四字熟語VS生体兵器

 砕け散る。
 元々は形を保っていた筈の無機物たちが、強大なる力の乱舞によって砕け、空気中に塵となって舞っている。
 もしも並の格闘家たちがストリートファイトに興じていたとしても、こうはなるまい。
 まるで、これではゲリラ戦でも行われたような惨状だ。
 それも一方がその絶大な力で押しているわけではなく、双方が超人と呼ぶに差し支えなき力を存分に振るっているから質が悪い。
 紅色の狐が、ひらりひらりと身をかわす。
 優雅で流麗なものとはかけ離れた、とことん戦闘行為の為に極められた、粗雑ながらも確実な回避の動作。
 つい一瞬前まで顔面があった場所を、鋭い拳が打ち据えていく。
 狐に致命的な傷こそ与えないものの、万一回避を誤ればどんな惨状が待っているかは想像に難くなかった。
 いや、それ以前に。
 それほどまでに強力な老人の攻撃を連続してかわしながら、息をあげていない狐がまず、明らかに異常だ。
 スーパーの鮮魚コーナーに並んでいる、『死んだ魚』のように濁った亡者の瞳――決して光の灯らない瞳で無感情に老人を見つめ、一手一手の攻撃を危なげに、しかし確実にかわしていく。
 老人の動作は確かに卓越していて、まさしく武技を極めし戦士であることが窺える。
 その証拠に、行動に支障はないとはいえ、紅き狐は全身へと打撲を受けていた。ダメージは決して零ではない。
 彼女の手にかかってきた数多の存在が見たなら、思わず感嘆の声を漏らさずにはいられないかもしれない。
 あの生物兵器と、ここまで対等に渡り合うなんて。

「…………、」

 狐の挙動を待たずに、拳士は次なる一手を繰り出す。
 相手に何一つとして行動を許さないその戦闘スタイルは、紅狐と互角以上に戦うことのできる有効なそれだ。
 何せ、狐は軍部が公認するほど強力な生体兵器ではあるものの、老人のような武道家とは決してイコ―ルでない存在なのだから。

「確かに、見事な身のこなしだ。お主ほどの逸材は、捜したってそうそう見つかるまい」

 手を休めぬまま、老人――東奔西走は語る。
 狐はそれに耳を貸しているのか貸していないのか分からない。
 感情の起伏が限りなく乏しいこの紅狐にも知能はあるだろうが、感性まで備わっているとは限らないのだ。
 それはきっと、本人にしか分からないことなのだろう。
 東奔西走は目の前の狐がどういった存在であるかを知らないゆえ、そこまで意識を回すことは当然不可能だ。
 それに、言葉が通じているかどうかは、大した問題ではない。
 言葉が通じないのなら実力で語り聞かせればいいだけ。
 戦いに生きるものはそうでなければならない。

「だが、な」

 狐の腹部へ、正拳の一撃がヒットする。
 久しくなかった手応えだが、それは非常に浅い一発となってしまった。
 この程度の当たりなら、町中の不良やごろつきでも問題なく反撃を返してくるだろう――東奔西走が、『並』であったなら。
 当然、『敵』を抹殺せんと狐は反撃をしようとするが、行動が開始されるよりも早く東奔西走はより鋭い一撃に切り替える。
 付け入る隙など与えない。
 一手一手に意味がある。
 たとえば何てことのない、大したダメージにすらならなかった先の正拳突きでさえ、次への連結の意味を含めての計算された打撃。
 何も考えずに避けるだけでは、隙など見出せる筈もない……!!

「――お主は欠けている。お主には、魂が足りぬ」

 紅色の狐・小神さくらは強者だ。
 多少腕の立つ格闘家であっても、大抵はその並外れたスペックをもって無理矢理押し潰して終わらせてしまう。
 散弾で何度か撃たれても倒れず、無論銃弾の一発や二発ではその生命を奪う一因にすらなることはできない。
 そんな彼女がいまこうして押されている理由とは、即ち技術面だ。
 攻撃を避けるのだって、全てその身体能力に頼っている。言ってしまえば、技術もへったくれもないごり押しということ。
 現に彼女の動きは東奔西走の激しい攻撃の中で、攻撃を避けてこそいれど流麗な動きとはいえぬそれへと変化しつつあった。
 もしも小神さくらという兵器が更に進化を遂げて、もっと確固たる自我を植え付けられたなら話は違ってくる。
 東奔西走の攻撃を力押しではなく技術でかわし、彼の猛攻の抜け道を計算して行動できたなら、戦況は互角には持ち込めた筈だ。
 いわば、職人と機械。
 同じ作業を延々繰り返す機械は確実性こそ保証されていても、永遠に同じ場所に止まったまま決して進めない。
 その点職人ならば年月を重ねるごとに技は進化を遂げ、確実性では勝てずとも、やがてその技は唯一のそれに肉薄していく。

「そのような、心の宿らぬ戦い方で」

 さくらは逃れつつも、東奔西走の急所を狙う。
 鍛えられたその肉体を一撃で貫けるかどうかは怪しいところだが、さくらの力も人間としては間違いなく規格外に位置する大きさ。
 内臓を抉るくらいは期待できるかもしれない。
 そこで生まれた隙に更に付け込んで一気にペースを奪い取れば、老人一人ごとき殺すのは造作もない話だ。
 ごくごく機械的に、さくらは東奔西走抹殺の算段を組み立てていく。
 体内の臓器の位置など大体の察しは付く。
 仮に臓器を捉えられずとも兵器の拳で打たれれば、老いた肉体でまったくの無傷とはいかない筈。
 さくらは東奔西走の上段蹴りが剛、と轟く音を聞きながら、その片腕を老人の胸の中央めがけて突き出した。

「…………!?」

 がしぃぃっ、という快音が響く。
 さくらは相も変わらずの濁った瞳のまま、目元を訝しむようにぴくりと動かした。
 感情の機微と呼べるほど大層なものではなかったが、その機械思考にノイズを走らせるだけの効果はあったようだ。
 東奔西走は小神さくらの殺人拳を腕の中央付近から掴み取り、自らの身体へのダメージを最小限に抑えたまま、身動きを封じていた。
 さくらは引き抜こうとするも、東奔西走の追撃がそれを許さない。
 相手の肉をも裂きかねない、小神さくらの鋭き手刀が彼の腕を潰さんと放たれるが、インパクトを受けたのはさくらの方だった。
 まるで、巨大なハンマーで打ち上げられたような衝撃を感じた。
 テニスボールにでもなったような、これまで感じたことのない感覚。
 痛みよりも衝撃が大きい。
 ごぎゃりという嫌な音は、しっかりとさくらの耳に入っていた。

「――――この東奔西走を、破れると思うな!」

 東奔西走の打った打開策は限りなく単純だ。
 目の前の機械のように冷徹な狐の行動をこれまでの打ち合いから推察するに、まずは不自由な片腕をどうにかせんとする筈と分かった。
 後は単純、さくらが僅かにでも隙を見せたところで思い切り人体の急所の一つ、『顎』をアッパーカットで打ち抜く。
 どんなに優れた格闘家であろうとも、人間の枠に収まっている限りはこの一撃を無傷で済ませることはどう考えたって不可能。
 東奔西走だって、今撃破した紅狐に同じ攻撃を喰らっていたなら、手痛いダメ―ジになっていたことは間違いない。
 根拠は、さくらの腕を掴んでいた左腕にある。
 小神さくらの腕自体は見かけ通り少女のそれだったが、引き抜かんとする力は予想を超えた強さだった。
 力が無かったなら、より高い威力での一撃を打てた。
 しかも、直撃とはいかずとも腕に接触してしまったあの手刀もまた、少女の肉体からは考えられない威力だった。
 骨がやられていないか不安になる――折れてはいないだろうが、鈍痛はしばらく消えないかも知れない。
 しかし処置はまだ出来ない。
 何故なら、

「……なん、と」

 ――小神さくらは、付近の電線の上にて屹立していたからだ。
 漫画や映画に代表される忍者のイメージと、まったく同じ光景。
 両手を広げてバランスを取ろうとするでもなく、紅き狐はただ冷淡に佇みながら、あの濁った瞳で東奔西走を見据えていた。
 瞬間、不覚にも背筋へ寒気を感じた。
 彼女の濁った瞳はさっきまでの交戦でさんざん見ている筈なのに、改めて目を合わせてみるとよく分かる。
 あれは――『死者』の目だ。
 あんな目をした『人間』を、東奔西走は見たことがない。
 四字熟語になったことで一部の記憶に欠損が出ているが、それでも断言できる。あれは、怪物であると。

「…………」

 さくらのやっていることは、決して達人芸ではない。
 東奔西走の猛攻をひたすらにかわし続けたのと同じように、持ち前の身体能力を駆使して強引にバランスを維持しているだけだ。
 そこに『理屈』なんて欠片もない。
 出来ることだから出来る。
 たったそれだけの理不尽の下に、小神さくらは立っている。
 忍者のように、幽鬼のように。

「…………」

 身体状況、把握。
 疲労・支障なし。
 負傷・
 全身打撲、支障なし。
 腹部へのダメージ、支障なし。
 足へのダメージ、やや行動に支障あり。だが殺人続行の上で支障なし。
 脳へのダメージ、脳震盪。だが、視界さえ使えれば戦闘続行に支障なし。平衡感覚など、自力で補う。
 その他のダメージ、下顎部粉砕骨折。会話行動に大きな支障はあるだろうが、そもそも殺戮遂行の上で会話行為など不要。
 よって、結論――戦闘および殺戮・続行。

「――――」

 小神さくらは冷淡な動作で、高所からクロスボウの矢で東奔西走を射らんとする。
 流石にその動きをくい止めることは出来ないが、ボウガンの矢ごときこれだけの間合いがあれば脅威でも何でもない。
 十分に避けられる。
 更に、回避の為に用いた運動をそのまま転換し、小神さくらの『着地点』を狙った重い一撃を打ち込むことも十分に可能。
 そう、さくらは転落死も有り得る高所から、ボウガン発射後即座に飛び降りることを決行していたのだ。
 超人的な身体能力を持っているとはいえ元は人間。無茶な着地を試みれば、骨が砕けるのは当然。
 さくらは空中を落ちながらも、東奔西走の動きをしっかり濁りきった両の眼で捉え、彼の意図を機械的に認識する。
 速い。
 無策に受け身を取っては、老人の一撃が自分の頭を砕く。
 ならばと、さくらはまともな人間であれば馬鹿馬鹿しいと一笑に伏すような行動を、平然と試みた。

「二段跳び、じゃとッ!?」

 二段跳び――それこそ格闘ゲ―ムの中のような話であって、現実には到底無理とされる馬鹿馬鹿しい技術。
 さくらはそれをやってのけた。
 東奔西走は一瞬思わず瞠目したが、すぐにその仕掛けに気付く。
 如何に生体兵器である小神さくらであれど、流石にそこまでの超人的技能は持ち合わせていない。
 彼女がやったのは、単なるくだらない取捨選択だ。
 クロスボウの矢ではなく、クロスボウ『本体』を落下しつつ片手で掴み――地面へと着地する直前に、全力で地面へと叩きつける。
 本体は無惨な姿を晒しているが、この取捨選択は完全な妙手だった。
 もしも武器を失うことを躊躇でもしていたら、東奔西走の渾身の一撃を無防備な体勢で直撃することになっていたのだ。
 そうなれば――さしものさくらとて、ひとたまりもない。
 東奔西走もまた戦闘勘を存分に働かせ、さくらのトリックを瞬時に見破り、死角へと逃れたさくらへ拳を打――てなかった。

(東奔西走……ルール、能力……!!)

 ぎり、と東奔西走は歯噛みする。
 さくらのいる位置は、ほんの僅かではあったが東奔西走よりも『北側』だったのだ。
 ほんの僅かの差異が、東奔西走の手を否応なしに鈍らせる。
 ル―ル能力の制限がなければ、これほどに大きな隙を曝すことはなかった。
 とことん、東奔西走は四字熟語として貶められたこの肉体を呪いたいと心から思った。

「…………」

 さくらはディパックから『あるもの』を取り出した。
 それは本体を失ったクロスボウの矢だ。
 その殺傷能力はわざわざ試さずとも、その鋭い切っ先が、光を反射しておこる金属光沢が無言の内に語っていた。
 さくらは躊躇無くそれを振り下ろす。もちろん、素手で。
 《東西にしか移動できない》ルールの縛りによって、一瞬だが確かな隙を作ってしまった東奔西走は避けようとするが、遅い。
 クロスボウの矢の鋭い切っ先が彼の胸板を裂いて、真っ赤な液体を漏らさせていた。

「っっ……!」

 傷口は決して深くはない。
 あと一瞬対処が遅れていたなら致命傷だったかもしれないが、とりあえず今のところは問題ないようだった。
 東奔西走は矢を振り下ろしたことで位置が若干ながら変動したさくらへ、迷わず重い一撃を打ち込む。
 それは彼女の手元の棍棒へと吸い込まれ、無惨にもクロスボウの矢はその棒状の部分から真っ二つにへし折れてしまった。
 だが手はある。
 クロスボウの矢を、更にディパックから取り出す。
 本体を捨てたのは別に無我夢中だったとかではなく、この矢単体であっても殺人用途で十分に利用可能と判断したからでもあった。
 刺し貫く。
 狂い無く急所を狙ったその一撃は、回避を取っていたとはいえ東奔西走の左腕を、またも浅くではあるが確かに裂いていた。
 あれでは掠り傷だ。
 やはり急所を突かなければ――さくらが再び矢を東奔西走へと向けようとしたその刹那、老人の姿は視界から消えていた。

「…………? 、――――!!??」

 いや、違う。
 東奔西走は、全速力で小神さくらの懐へと踏み入っていたのだ。
 これは危険な賭けだった。さくらの反応速度が想定より僅かにでも速ければ、一撃の代償として手痛い傷をもらう可能性がある。
 しかし、この狐を沈められるならば。
 そう考えた東奔西走は捨て身の一手として、この方法を選んだ。
 強烈な速度で叩き込まれた正拳突きが、そのまま威力を殺せずにさくらの肉体をくの字に曲げさせて、彼方へと吹き飛ばした。
 あまりにも呆気ない幕だったが、東奔西走としては珍しく冷や汗を流すに足るだけの戦いだったと、いえる。
 命を奪えたかどうかはわからない。
 ただ、当面の脅威は去ったといっていいだろう。

「さて、のう――」

 安堵の息を漏らした途端、痛みを思い出した。
 結局本来の用途での使用とならなかった矢によって切り裂かれた胸。命にも行動にも支障はないが、処置しておきたい。
 腕の掠り傷もそうだが、化膿されては困る。

(ユキコたちは、大丈夫かのう……)

 処置も施したいが、まずは合流が先だ。
 彼は現在彼女・狭山雪子がどんな状態であるかを知らない。
 知らないが、何となく言いしれぬ胸騒ぎだけは感じていた。
 しかし、どうにもできない。
 自分の無力を痛感しながら、東奔西走はかつて別れた、今はもう壊れてしまった少女を探して歩き出した。


 四字熟語VS生体兵器――勝者、四字熟語・東奔西走。


【C-6/市街地/一日目/昼】


【東奔西走@四字熟語バトルロワイヤル】
[状態]:疲労(中)、胸に裂傷(命・行動に支障なし)、左腕に掠り傷(行動に支障なし)
[服装]:特筆事項なし
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、ランダム支給品×2
[思考]
基本:殺し合いを潰す。
1:一先ずは狭山雪子と他二名に追いつく。狭山が南北に行ったのならば協力者を捜す。
2:傷の処置も余裕があればしておきたい。
3:出来ることならタクマを探す。
4:二人(行木団平、ジャック・ザ・リッパ―)には警戒しておく。
[備考]
※四字熟語バトルロワイヤル、死亡後からの参戦です
※ル―ル能力により東西にしか移動できません


    ◆    ◆


 小神さくらは、すっくと立ち上がった。
 強く打ち付けられたことで胃液と僅かな吐血を催したものの、別段何でもないかのように立ち上がってみせた。
 彼女は生体兵器だ。
 それゆえにその生命力は常人とは一線を画しており、東奔西走の一撃をもろに受けてもどうにか生命を保つことには成功していた。
 とはいえ、腹部へのダメージはかなり甚大だ。
 徒手空拳でこれほどのダメージを背負う羽目になるとは、小神さくらにしたって思いもしなかっただろう。
 さくらはボロボロだ。
 だが、その生命を削りきるにはまだまだ足りない。
 防戦一方のまま場所を移動しつつ戦った疲労も。
 アッパ―カットにより脳は揺らされ、衝撃で半壊状態にある下顎も、見た目は深刻な損傷に見えるが、足りない。
 腹部へのダメージは強大だが、やはりまだ足りない。
 行動可能。
 小神さくらは感慨も風情もなく、微塵の名残惜しささえ感じないままで、次なる獲物を今度こそ仕留めるべく歩き出した。
 濁った、死んだ魚のような瞳のままで―――


【小神さくら@俺のオリキャラでバトルロワイアル2nd】
[状態]:全身打撲(活動に支障なし)、左足に裂傷(処置済、行動に若干の支障あり)、下顎が半壊、腹部にダメージ(極大)
[服装]:特筆事項なし
[装備]:なし
[所持品]:基本支給品一式、クロスボウの矢、ランダム支給品1~2
[思考]
基本:殺し合いを遂行する。
[備考]
※俺のオリキャラでバトルロワイアル2nd、死亡後からの参戦です
※支給品は確認しましたが、武器はもう残っていないようです
※クロスボウは破壊されました


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最終更新:2013年04月29日 15:50