何が起きているのか、
狭山雪子という少女にはさっぱり理解することができなかった。
余りにも現実離れした目の前の一連の光景に、全くついていくことができていない。
……しかし、勘違いしないで貰いたい。
雪子が理解しかねている現実は『殺し合い』のことなどではない。勿論のこと、何の変哲もない青春を謳歌していた雪子にとって殺し合いなんてものは立派な恐怖の対象なのだが、今の彼女を支配する感情はまさに、『何が起こっているのか分からない』だった。
雪子のすぐそばで、凄まじい気迫を放って戦い続ける二人の男。
恐怖心など消え失せて、狭山雪子はこう思った。
―――――どうしてこうなった。
◇
――――十数分前
「嫌……嫌だ……怖いよ……」
朝の少しばかり肌寒い風が、私を支配する不安に拍車をかけていました。
がくがくと震える体とがちがちと奇怪な音を立ててぶつかり合う歯が、ひどく心地悪いです。
私、狭山雪子は、殺し合いなんてひどく現実から乖離したゲームにーーただ、震えていました。
情けない話ですが、私はとても、きっと自分が思っていたよりも弱いんだと思います。
親が居なくとも、自分の弱さを自覚しながらも日々、明るく振る舞ってきましたが――それも、所詮は上辺だけのどうしようもなく下らないハリボテだったのでしょう。
現に今の私の有り様を見てください。
殺し合いに反対するなんて当たり前の行動も、生きるために殺すなんて酷い行動さえ選べないまま、ただ情けなく震えているだけの、みっともない恥晒し。
千人が見たらきっと千人が、私を弱いと蔑み、嘲笑することでしょう。
「助けて……誰か……!!」
口にしてみただけのその言葉が叶えられる訳もありません。
此処はどう見ても私の馴染み深い場所じゃなくて、見たことも聞いたこともない知らない場所です。
これだけの人数を誘拐してこんな場所まで用意する人達が、まさか外からの干渉を許すとは思えません。きっと、どうにかして私達の外との通信手段を絶っているんです。
日曜日の朝にやっているようなヒーローなんて現実には居ない。
………ほら。ヒーローなんてものに助けを求めている。
私は弱いです、本当に、どうしようもないくらいに弱い人間です。
今の私は、誰も信用できません。
学校でも心を許して付き合える友達の
瀬戸麗華ちゃん――その麗華ちゃんに今会えたなら、私は本当に笑顔で再会を喜ぶことが出来るのでしょうか。
もしかしたら麗華ちゃんさえ信用できなくて、逃げたり酷いことを言ってしまうかもしれません。
最低―――いや、最悪だと思います。
こんな風に自分を散々貶めてみても、私の心が奮い立つことはありません。
まだ、だらしなく震えて、時折弱い言葉を小さな声で呟いています。
「もう……嫌……ひくっ、えぐっ」
嗚咽を堪えられなくなり、瞳から溢れてくる透明な塩辛い液体。
なんて―――
なんて、私は――――――「おい、そこの君っ!大丈夫か!?」
その時、でした。
突然、物事全てを悲観していた私の鼓膜に、男の人の声が届きました。
びくり、という何度経験しても慣れないあの心臓が跳ね上がるような感覚が、私を襲います。
直後溢れてくるのは恐怖。今まで自分の中に散々溜め込んできた恐怖が、更に増幅してしまいました。
よく考えれば間抜けな話です。
『大丈夫か』なんてわざわざ声をかけてくる人が、血も涙もない殺人者の訳がありません。
なのに私は本当に弱くて、その人に対して明確に拒絶の意志を示します。
自分でも嫌になるくらいの愚劣加減ですが、狭山雪子はそういう人間でした。
「やだっ……来ない、で」
こんな風に。短い途切れ途切れの言葉ではありましたが、私は自分を心配してくれる人を拒絶しました。失礼もいいところで、怒って何処かに言ってしまってもおかしくはないくらい。
でもその人はこんな私を見捨てずに、近寄って来てくれます。
しかし私は臆病で、何もかもが信用できずに――ゆっくりと、しゃがみこんだまま後ずさるのでした。
「俺は殺し合いには乗っていない!俺は
行木団平、警察官だ……信用してくれ」
警察官。
その三文字って不思議ですよね。
人って言う生き物は正義のために日々治安を守っている彼ら警察官を無能と蔑みます。
彼らが些細な不祥事を起こしただけでも大袈裟に騒ぎ立てて、偉そうな評論家が扱き下ろす。
その癖して、こういう非常事態には警察を頼るんですから。
やっぱり、安心感っていうものを人に与えてくれるんでしょうね。
勝手ですが、私もそんな人達と同じく――――警察官という単語に、救われました。
警察が居る。
この殺し合いはきっと、もうすぐやって来るだろう応援の警官隊に打倒されるでしょう。
主催した二人がどれだけ抵抗しようと、結局は逮捕されて御仕舞い、ってのが落ちです。
そんな、夢のようなご都合主義を私は夢想しました。
「あ……えと……狭山雪子っていいます」
「そうか……じゃあ一応確認するけど、狭山さんはこの殺し合いに乗っていないよな?」
こくり、と私が首を縦に振ると、警察官――行木さんは、少しだけ笑いました。
狭山さんが殺し合いに乗っていなくてよかった、と言う風な、私を気遣ってくれるような笑顔でした。
この人の近くに居れば、私は強くなれるかもしれない。
行木さんにだって家族やお友達、もしかしたら娘さんや息子さんだって居るかもしれません。
殺し合いに乗れば、警察官の強さを活かして勝ち抜くことだって十分出来る筈。
誰だって死にたくはないんですから、行木さんだって怖いと思います。
それなのに、こんなところでも警察官として正義のために行動できる―――とても、強いひと。
自分も行木さんのようになれたら、こんな弱い自分を払拭出来るかもしれない。
今思えばどうしようもなく安易で浅はかな考えでした。
確かに、行木団平さんは強い人でした―――――。
――――そう、とてもとても、『強い人』だったのです。
◇
―――行木さんと出会ってから数分後
「成る程……
浅倉翔、
須藤凛……そして瀬戸麗華。この三人が狭山さんのクラスメイトか」
私と行木さんは、ある程度の情報交換を済ませていました。
情報と言っても、私の過ごしていたのは何の変哲もない普通の日々でしたからね。
アニメやドラマみたいな、『こいつは何をするか分からない危険な奴だ』なんて情報はありません。
何が何だか分からない内に連れてこられたので、役に立つような情報もありませんでしたね。
かくいう行木さんも、残念ながら知り合いは一人も呼ばれていない『参加者』の立場だそうで。
少しだけ、私の中に不安の影が生まれましたが――私は、何とか自分を抑えられました。
行木さんと出会ってからもずっと怖さはありましたけど、それを爆発させずに抑え込めています。
最初みたいに、恐怖に溺れたりはしなさそうで安心しました。
クラスメイトの皆も、あんなに楽しく青春していたのにいきなり殺し合いなんてしないでしょう――と、私はどこかで安心していました。いや、安心しきっていました。
麗華ちゃんに早く会って、無事を喜び合いたい――そんな思いさえ抱いて。
「じゃあ、瀬戸麗華さんを優先して探すか……乗った奴に容赦出来るかは分からないけど」
『ぞくっ』―――――と、背中に冷や水を浴びせられたような悪寒が走りました。
行木さんが、一瞬だけ。
本当に一瞬だけ、とても怖い何かに見えてしまいました。
何故だかはよく分かりません、警察官が殺人犯に容赦しないなんて当たり前のことで、しかも日本はそれでも外国に比べたらまだ犯罪者にも優しい対応とさえいえる国です。
容赦しないと言っても、気絶させるくらい。
最悪骨の一本か二本は折れてしまうかもしれないけれど、それでも別に、そこまで怖いことじゃない。
なのに私は一瞬、行木団平という人が凄く恐ろしい何かに見えた気がしたんです。
気のせいだったら、良かったんですけど。
―――気のせいだったら、どんなに良かったことか。
そんな僅かな平穏の綻びが見えてから、私達は暫く無言が続きました。
話すことなんて探せば幾らでもあったとは思いますが、話す気にはなれず。
沈黙の殺し合いで、私達は沈黙しながら殺し合いの打倒に向けて動き出していました。
安心しきっていた心が揺れ、ざわざわとざわめき始めます。
本当にこの人と居ていいのか、何とか理由をつけて逃げた方がいいのではないか。
今思えばこれは弱さ故のものではなく、純粋な本能からの、警告だったんだと思います。
まあ、私がどう嘘をつこうと警察官である行木さんには通じなかったでしょう。
でも、たったあれだけのことで一度信頼した人に疑念を懐くなんて――とも、思えました。
と、そんな時。
私と行木さんは、それぞれの視界に『明らかに異様な存在』を捉えていました。
吊り上がった目は獰猛さを体現したかのようで、くすんだら深緑の瞳が得体の知れなさに拍車をかけていて、金髪と銀髪が織り混ぜられた髪の毛だけを見れば今時の若者に見えなくもない。
けれど――その全身から発せられる突き刺すような、隠そうともしていない殺気。不良の喧嘩に巻き込まれたり、強盗に遭ったりしたことなど一度もない私でも理解できるほどに鋭い殺気が、その人物が只のチンピラ、もっと言えば何処にでもいるような存在ではないと証明していました。
それらを加味して結論―――この人物は、殺し合いに乗っている。
言葉など交わさずとも、彼を見た人物なら分かってくれるでしょう。
私が挙げた事柄だけでも、十二分に彼が殺人者である根拠になっているのです。
ましてや――明らかに銃刀法に違反していると見える一本のナイフ。
行木さんの雰囲気が、『強硬突破』する警察官のように変化しました。
しかしそれはさっき一瞬見せた殺気を通り越した何かではなく、もう少し穏やかとさえいえます。
「ナイフを収めろ、そこのお前。俺は警察だ、この殺し合いを潰すために行動して―――」
びりっ―――と。
空気が一気に張り詰めるのを私は確かに感じました。
胸が張り裂けそうなまでのプレッシャー、しかし行木さんはそれを感じていないかのようで。
決まり文句のような警察官の台詞を切り、デイパックから一本の棒を取り出しました。
――ゴルフクラブ。私は少し拍子抜けしましたが、冷静に考えれば護身用には立派な武器です。
サスペンスなんかでも、たまに凶器に使われたりしますが―――と、そこまで考えて。
行木さんから一瞬感じた、あの『感覚』のことを思い出します。
―――――容赦しない。
―――――加減しない。
―――――殺す?
まさか、と私はその可能性を首を横にわざとらしくぶんぶんと振って否定しました。
行木さんは警察官です。
警察官が、ナイフを持った相手に襲われたからといっていちいち相手を殺害するなんて有り得ません。
ナイフを弾き飛ばして、即座に組伏せるのでしょうーーと、敢えて否定を重ねました。
「やるってのか?――――『肉塊』」
「お前の目からは俺がそう見えるか。いい眼科を紹介してやるよ」
ヒャハハ、と奇怪な笑いを溢す奇怪な男。
そしてそれに欠片の怯みも見せず、異常なまでの勇敢さを発揮する行木さん。
男はナイフを構え、行木さんへ明確な戦闘の意思を示します。
口角を吊り上げ、攻撃的な笑顔を作って―――
「馬鹿が、これからなるんだよ」
―――――――『非常識』が、始まりました。
回想終了。
□
――――現在。E-6エリア、神社の境内にて。
始まりは、一瞬だった。
雪子に被害の及ばぬように、行木自ら突貫し――男はそれ以上の速度で突貫する。
大振りの軍用コンバットナイフが空から注ぐ僅かな光を反射して輝いていた。
男の速度は明らかに人間とは思えぬ速度で、陸上か何かの選手と見紛う程の速度。それから繰り出されるナイフの鋭利な斬撃を避けることなどまさに至難の業だ。
が、行木団平はその一撃を紙一重、しかし確かに避けられる確信を持ったステップで回避する。
次はゴルフクラブが薙ぎ払い、それを男はナイフの大きな刃渡りを生かして止める。
行木がクラブを地面に向けて勢いよく突き、棒高跳びの要領で――しかしこれまた、プロのスポーツ選手さながらの跳躍で空中に舞い上がり、そこから男を狙う。
男もまたその意図を直ぐに汲み取り、地面を勢いよく蹴ってナイフ片手に獣のように跳ねる!
ガキン、とナイフとクラブがぶつかり合い、二人の戦士は地面に完璧に着地。
軍用ともなれば相応の強度を持っているナイフと、プロ御用達の高級品アイアン。
武器の差では互いに同格、故に重要となるのはシンプルにただ、強さ。
それを直ぐに察した両者は、一度距離を取って体勢を立て直す思考に至った。
「ハハハハ!!何だテメェ、思ってたより楽しめそうじゃねえかァ!!そうだ、名乗っておくぜ。俺は
ジャック・ザ・リッパーっつーもんだ……連続殺人鬼やってます、ッてなァ!!」
「随分とまあ、粗雑な偽名――いや、コードネームを使うんだな」
行木は失笑混じりにそう呟いた。
行木団平の生きる現代でも連続猟奇殺人鬼・ジャック・ザ・リッパーの伝説は伝わっている。
しかしそれは既に百年以上も前の大昔の時代に生まれた伝説だ、仮に実在していたとしてもこの現代まで行き長らえている筈がない。いや、まあ―――死んだとされてからも目撃談の相次いだどこかの錬金術師のように、生存説くらいはあるかもしれないが。
だとしても、そんな下らないことで行木が怯むことはなかった。
《わずかな正義》を進行するために、目の前の狂人を滅する為に彼は戦う。
臆するという概念さえ存在しないかのような男、《過負荷(マイナス)》の警察官。
人間としては致命的に負けているのに、彼自身は勝ち続ける――それが行木団平である。
彼の掲げる《わずかな正義》の前に、たとえ偽称だとしても連続殺人鬼が存在していい筈がない。
だから―――――全身全霊全力を以て、ジャック・ザ・リッパーを―――――殺す。
再度の激突。
ジャック・ザ・リッパーの驚異的な速度を、行木はより緻密に敵を葬る戦術で迎え撃つ。
説明不能、彼らの戦いはそれほどに《ぶっ飛んでいて》、第三者の狭山雪子には理解不能な光景だったろう。たとえ格闘技のエキスパートが見たところで、同じくやはり理解不能だったかもしれない。
クラブの一振りをかわし、懐に侵入してくるジャック――しかし、それを許す行木団平ではない。
警官として会得していた格闘の技術を、犯人確保ではなくもっと攻撃的に利用する。
ジャックのナイフが振られる前にその肉体を受け流し、掌底の一撃を叩き込む。
しかし相手はジャック・ザ・リッパー……その一撃を、これまた神業的な受け身で流してしまう。
近接過ぎても行木には格闘術がある―――厄介だな、とジャックは珍しく舌を打った。
これほどまでの難敵を相手取るのは、久方ぶりであったのだ。
同時に行木団平もまた、ジャックを舐めてかかってはいけない相手だと認識する。
彼の過負荷《無双劇場》があるにしろ、ジャックの攻撃は一発食らっただけでもリスクがでかい。
肉を切らせて骨を断つなんて真似をすれば、肉どころか最初の時点で骨を断たれかねない。つまり、全ての攻撃をそれぞれ的確に受けていくしかないのだ。そしてその返しで生じた隙を突いて、まさに必殺の一撃を叩き込んで一気に終幕と洒落混む。
これほどまでの難敵を相手取るのは、行木団平の生涯で後にも先にもこれ限りだろう。
(コイツはここで、仕留める―――――!)
在り方のまるで正反対な二人、悪と正義の思考が一度だけ、完全に重なった。
ジャックが跳躍する。ジャングルの獣さながらの動きを、苦笑しつつ行木は地上にて迎え撃つ――!!
ガッキィィィィィィィィン!!という、空気を切り裂くような一際激しい金属音。
行木のクラブの先端部分が、乱雑に折られた。
行木は地面を蹴って後退し、ジャックは着地してから間髪入れずに地面に手を着いたまま、行木にぎりぎり届くであろう――だからこそ最高レベルの威力を生む回し蹴りを放つ。
武器をこれ以上破壊されるのは不味い、行木はクラブを捨ててそれを掴み取ろうとする。
足が衝突した瞬間、行木の肉体が、《無双劇場》によって人外の強さを得ている肉体が、強制的に後退させられる。出鱈目な、と彼は舌打ちをしつつクラブを拾い上げた。
腕は骨こそ折れてはいないが、じんじんという痺れは未だ残っている。
当然それが引くまで待つジャックではない、ナイフを片手に突貫を開始していた。
「ヒャハハハハハハハァァ!!休んでる暇なんざねェぞォ!!」
クラブはもう打撃武器としては落第点だ―――ならば。
折れて細く、貫通力に特化したフォルム。
そして過負荷にて強化された力ならば、その落第点を《最高点》に引き上げてやることができる。
ジャックの突貫を迎え撃つ――しかし、それは以前までのものとは違う。
原始的な振り回す戦い方から、そのクラブを水平に、柄を長く持つ。
即ち《槍》。当たりさえすれば打撃より確実に相手を傷つけられる《刺突武器》だ。
斬撃と刺突。早さでも確実性でも前者が勝る場合が多いだろうが――威力でなら、後者だ。
「生憎―――サンドバッグになる趣味は無いんだよ」
紅蓮の液体がほんの僅かではあったが散り、境内の地面を濡らす。
結果的に、行木団平が目の前の狂人を貫かんと突き出したクラブは、ジャック・ザ・リッパーの咄嗟の判断あってかその右肩を本当に浅く抉るに止まった。
これだけの打ち合いを繰り広げておきながら、やっと流血だ。
しかし――――このジャック・ザ・リッパーとの戦いにおいて、そんな悠長な戦いは失策である。
彼は行木団平とは違い、正真正銘本物の人外であるジャックにもまた、《力》があるのだ。
「――――――ヒャ、ハハハハはははははははははははははははァァァァァァァァ!!!!」
ジャック・ザ・リッパー。
それは行木の推測したような偽名でもコードネームでもなく、彼の本名である。
《精霊》――《暴食》。
殺した相手を喰らう最狂の精霊は、その伝承にそぐわぬ能力を幾つか保持しているのだ。
その一つが、この《返り血》。
自分の血だろうが他人の血だろうが、とにかく生物の血液を浴びることで発動する能力なのだが、これこそがジャック・ザ・リッパーが最狂の精霊と呼ばれる所以でもあった。
腕がもがれようが腹が破けようが体が千切れようが、失血するまで止められない。
更にどんどん、底無しに強くなっていくというのだから性質が悪い。
現在のジャック・ザ・リッパーの固有能力はこれしか使用することができない。
が、逆に言えばこれだけで十二分に敵を制圧できるレベルの力であると言うことだ。
コンバットナイフを片手に持ったまま、一際大音量の甲高い笑い声をあげながら駆けてくるジャック。
言うならば行木にとっては本来この勝負は詰んでいるようなものなのだ。
勝ち目がない。幾ら人外の強さを発揮したとしても、底無しに強さが増す相手に勝てる筈などない。
今すぐに、狭山雪子を連れて逃げればまだ生きてジャックから逃げ切れるかもしれないが、まともに戦えば倒れ伏すのは行木の方だろう――――――。
――――行木団平が、《無双劇場》でない只の人外であったなら、だが。
「…………が、ぁっ!?」
叩き伏せられたのは、ジャック・ザ・リッパーの方であった。
打撃武器など使ってはいない。槍に見立てたクラブも使ってはいないし、本当に拳だけで。
それを見下ろす行木の体に傷は一切なく、何も怯む様子を見せずに立っている。
仮に、ジャックが最初のようにまだ理性を持った戦いを続けられていたなら。
きっと今もまだ、行木団平と互角の打ち合いを続けていただろう。
いわば慢心だ。自らの固有能力を過信しすぎたからこそ、行木の一撃を食らってしまった。
《無双劇場》。
その過負荷は、こと戦闘において負けというものを知らない。
どれだけいい勝負を続けたところで、結局最終的に勝つのは行木なのだ。
《相手の強さに比例して強くなっていく》――――。故に、ジャックでは勝てない。
ジャック・ザ・リッパーの首を掴みあげ、そして――勢いよく、神社の本堂に向けて投げつけた。
文字通りに、まるで野球ボールでも投擲するがごとく軽々と、投げつけた。
ノーバウンドで受け身さえ取れずままに飛び、大きな音を立てて神社に激突。その直後――崩れた。
ひどく罰当たりな行為ではあったが、神社を崩壊させ、そのまま生き埋めにする。
こうまでして死なない人間はいない―――、行木団平は興味を失った風に神社に背を向けた。
「あれ……狭山さん……怖がらせちまったかな」
狭山雪子の姿はいつの間にか見当たらなくなっていた。
無理もない――、あれだけの激しい戦いを繰り広げ、挙げ句正当防衛とはいえ人を殺した。
むしろ逃げない方が異常だというものだろう。
しかし行木団平は止まらない。何人殺そうが、何人に怖がられようが、正義を執行し続ける。
「ごめん。でも俺は、必ずこの殺し合いを潰すから……何を犠牲にしても、な」
過負荷故の、思考。
その思考は決定的に何かが破綻しているのに、気付かない。
最強無敵の警察官、行木団平。
彼はこのバトルロワイアルにて何を得て何を失い、最後に勝つのか負けるのか。
無双の劇場、開幕。
【E-6/神社/一日目/朝】
【行木団平@DOLバトルロワイアル4th】
[状態]:疲労(中)
[服装]:特筆事項なし
[装備]:折れたアイアン
[道具]:基本支給品一式、ランダム支給品×2
[思考]
基本:《わずかな正義》を執行して殺し合いを潰す。
1:狭山さんは無理には探さない。瀬戸麗華を優先して探したい。
2:殺し合いに乗った参加者は殺すが、説得してみてどうにかなりそうなら説得も試みる
※ロワ参加前からの参加です。
※《無双劇場》は特に規制されていないようです。
× × ×
「…………済まぬ」
一人の鍛えられた肉体をした老人は、遠くで響く建物の崩壊音を聞いて静かに黙祷した。
彼の名は
東奔西走。勿論本名ではなく、彼の当て嵌められた《四字熟語》に過ぎないのだが――、名簿にも《東奔西走》と記載されている為、ここではそう呼ぶことにしよう。
その東奔西走は、一人の少女を抱えていた。
狭山雪子、つい先刻まで行木団平とジャック・ザ・リッパーの交戦を呆然と見ていた少女は、今老人の腕に抱えられたまま、意識を失っている。
彼女の意識を奪ったのは行木団平でもジャックでもなく、他ならぬ東奔西走。
しかしながら、東奔西走にはあの場に狭山雪子を放っておくことはどうしても出来なかった。
彼の目から見て――行木とジャックでは、どちらが悪なのかが区別できなかったのだ。
確かに端から見ればジャックが明らかな悪役だったし、風貌的にも一目で偏見を抱かれるだろう。
だが、行木団平という男もまた―――東奔西走から見て、善であるようには見えなかった。
真の善人が、ああも《殺すこと》に特化した戦い方をする筈がない。あれは、むしろ自らが《悪》とみなした全てを殺していく鬼―――言ってしまえば、殺人鬼と紙一重。
危険な人物だ、と思った。
仮にこのまま戦いを続けても、どちらが勝とうとこの少女は危険に晒される。
ならば―――少々手荒な方法ではあるが、暴れられないように意識を奪って連れていくしかない。
如何にあの二人が強者といえど、あれだけの激しい戦いの最中で雪子にまで気を遣ってはいられない。
敗北した――恐らくは命を落とした方には申し訳ないことをしたが、流石の東奔西走でもあの壮絶な戦いの場で二人を止めた上で雪子を連れていくなど無理がある。
(タクマもまた、この殺し合いに呼ばれている)
切磋琢磨。
東奔西走が経験した前回の殺し合いにて、幾つかの武術を伝授した弟子。
彼はきっとこの殺し合いの場でも、何処かで反逆の意志を固めて既に行動を開始しているのだろうか。
彼はこのふざけたゲームをきっと潰し、そして元の自分のあるべき場所へ帰るべき男だ。
無限の可能性を秘めた彼の師である《老師》東奔西走は、静かに思う。
(………ではこの東奔西走。此度の殺し合いもまた、反逆者となることを誓おう)
フッ、と小さく微笑んで、東奔西走はこのゲームでの在り方を決定するのだった。
【D-6/野原/一日目/朝】
【東奔西走@四字熟語バトルロワイヤル】
[状態]:健康
[服装]:特筆事項なし
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、ランダム支給品×3
[思考]
基本:殺し合いを潰す。
1:一先ずはこの少女(狭山雪子)を連れてタクマを探す。
2:二人(行木団平、ジャック・ザ・リッパー)には警戒しておく。
[備考]
※四字熟語バトルロワイヤル、死亡後からの参加です
※ルール能力により東西にしか移動できません
【狭山雪子@変哲もないオリキャラでバトルロワイアル】
[状態]:健康、気絶
[服装]:特筆事項なし
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、ランダム支給品×3
[思考]
基本:殺し合いには乗らない?
1:…………。
[備考]
※変哲もないオリキャラでバトルロワイアル参加前からの参加です
○●
崩落した神社の中で、瓦礫から這い出してくる一人の男。
ジャック・ザ・リッパーはまだ生きていた。もしジャックが普通の人間だったなら、確実に全身強打で即死してもおかしくないが、ジャックは精霊である。
《返り血》の力が発動して戦闘能力が上昇し、盛大に神社の崩落に飲み込まれたとはいえ、ダメージは見た目ほど大きくない。少なくとも行動が出来るレベルの体力は残っている。
しかし、彼は――自らの完全な敗北を、思い返していた。
言い訳などできないしする気もない、完全なる敗北。
最狂の精霊、ジャック・ザ・リッパーといえど―――これには思う所がない訳でもないらしい。
右肩の血はもう止まっていて、溢れだした血が固まって傷口を塞いでいる。
「はァ……この俺様があんなにあっさり負けるたァな」
興が削がれたようにも、自らの敗北を反省しているようにも見えた。
コンバットナイフは落としてしまったらしいが、探せば見つかるだろう。
まずは武器が無ければ始まらないのだ、暴食の精霊として在るべき行動を取るためにも無くすのは惜しい。下手な剣などより、ああいったナイフの方がお誂え向きなのだ。
なよなよしているのはジャック・ザ・リッパーとは違っている。
殺して、狂って、喰らって、刺して、斬って、裂いて、塊にしていく。
それでこそ――――暴食の精霊だ。
「ヒャハハハ……行くか」
その時。ふと、喉が渇いたな、と思った。
デイパックに水か何か入っていないだろうか――と手を突っ込んで、瓶に入った液体を取り出した。
重要薬と書いてあるそれには、飲んではいけない旨の警告文が書かれている。
分かりやすすぎる《フリ》ではあったが、しかしこの男、ジャック・ザ・リッパーは最狂の精霊。
狂っているからこそ、余計にそれを飲んでみたくなった。
ごきゅり。
● ● ●
味はそんなに良くなかったな、と何処か他人事のようにジャックは思った。
薬品の瓶を投げ捨てると、ナイフを探すために瓦礫からのそのそと這い出ていく。
何故だろう。何故だか、何時もより体が動かしにくいような気がする。
ジャック・ザ・リッパーが薬品飲んで体調不良たァ笑えねえ――――ジャックは笑う。
消えない違和感。
何処か懐かしいような、けれど何かが決定的に異なっている。
そんな奇妙な感覚に襲われていながらも、普通に行動を続ける辺り、やはり最狂か。
やがて、地面に落ちている銀に輝く《それ》を見つけ、ジャックは口角を吊り上げる。
これさえあれば、たとえ敗北しようが何度だって立ち上がるし何度だって食らい付いてやる。
と、拾い上げようとして、その銀の刃が写したのは――――
普段より幾らか穏やかそうな目付き。くすみが取れた綺麗な深緑の瞳。銀髪と金髪が混ざった髪は変わらずだが、清潔感が増して艶のようなものさえ生まれている気がする。
そう。それは何処から見てもジャック・ザ・リッパーで、何処から見てもジャック・ザ・リッパーではなかったといえる――――こんなに小綺麗な可愛らしい姿などしてはいなかったはずだ。
幼女。何処から見ても、幼子。
幼女。なのにその特徴は何処から見てもジャック・ザ・リッパー本人。
「ハアアアアアアアアあああああ!?」
最狂の精霊といえども、この事実には適応できなかったらしい。
随分と可愛らしい絶叫が、神社の荒れた境内に反響していた。
【E-6/神社/一日目/朝】
【ジャック・ザ・リッパー@夢オチだったオリロワのキャラでロワ】
[状態]:疲労(中)、激しい困惑、幼児化(残り三時間)、性別変化(残り一週間)
[服装]:幼児化によって服がぶかぶか
[装備]:コンバットナイフ
[道具]:基本支給品一式、ランダム支給品×1
[思考]
基本:強い人間を殺し、その肉を喰らう
1:(思考が混雑していてまとまっていない)
[備考]
※ロワ参加前からの参加です
※固有能力《無限の刃》は封印されています
※薬品により幼児化、性別変化しています
支給品説明
【高級アイアン】
行木団平に支給。
高級なゴルフクラブで、プロ御用達の一品。鈍器としても申し分ない。
【コンバットナイフ】
ジャック・ザ・リッパーに支給。
刃長が25cm位の、ダブルヒルト(キリオンが上下に付き出しているヒルト)のファイティングナイフ。
【幼児化、性別変化の薬@DOLバトルロワイアル4th】
ジャック・ザ・リッパーに支給。
飲むと性別変化して更に幼児化する薬。
時系列順で読む
投下順で読む
| GAME START |
行木団平 |
033:迷い猫オーバーラン! |
| GAME START |
東奔西走 |
:[[]] |
| GAME START |
狭山雪子 |
:[[]] |
| GAME START |
ジャック・ザ・リッパー |
051:危機一発 |
最終更新:2012年05月07日 01:44