とんでもない時代だ、というのが
本田未央の持つ“この”1980年の5月への印象だった。
80年代の始まりとなるこの時より数年ほど前、平成生まれの未央も名前くらいなら聞いたことがある大人気アイドルユニット「キャンディーズ」が解散したのだという。「ピンクレディー」は今も活動しているが、時期的には遠からず解散する未来を迎えることになるのだと、誰かから聞かされた曖昧な記憶を基に思い出す。
ユニットでは無いソロアイドルを見れば、「山口百恵」が今なお人気絶頂である最中、一ヶ月ほど前に発売された「松田聖子」のデビュー曲が着実にオリコンチャート上位へと登りつつあった。
アイドルという職業を考える上で注目するべき、この業界で過去に築かれた黄金時代。その渦の中に、未央の生きた現代のアイドル達が紛れ込んでいた。
いつか見たブラウン管テレビの中では、
新田美波が歌っていた。
そして眼前の舞台上では、
渋谷凛と島村卯月が躍っている。
彼女達へと与えられた衣装や楽曲に、ジェネレーションギャップのようなものを感じないと言えば嘘になる。それでも彼女達は着こなし歌いこなし、しかし元来の魅力を曇らせることなく自らの糧としていた。
本来の昭和時代を生きたアイドル達の世界の中で、平成時代のアイドル達もまた名乗りを上げて競い合う。
もしも未央が彼女達と同じくあの舞台の上で歌い舞っていたならば、どこまでの高みへと行けたのだろうか。
そんな仮定をするたび、無意味と気付いて自嘲する。
「シンデレラプロジェクト」という名の枠組みは存在しない。「ニュージェネレーションズ」は二人組ユニットであると定義された。“この”昭和の世界には、本田未央が輝くための居場所が無い。
新人アイドルでニュージェネのリーダー。その役割を自ら捨てたではないかというかのように、アイドル業界から一人除け者にされた脇役の役割を与えられてしまったから。
羨んで見上げる以外に何もしない未央に、凛と卯月が見向きする理由は無い。
「未央。ほら、私達の隣、空いてるよ」
「早く上がってきてください、未央ちゃん!」
……とっくに分かりきっている。この世界は、夢。本田未央の見ている幻想。
現実の有様などお構いなしに、未央の願望通りに創り上げられた世界。
ただの観衆の中の一人でしかない未央のために呼びかけるアイドル。荒唐無稽も甚だしく、だからこそ嬉しくて、そして馬鹿げている。
凛と卯月との関係は壊れてしまうのだろうという推測とは別に、三人の関係が壊れてほしくないと未央が心の奥底で願った。
そのために未央のイメージによって創られた二人はこうして手を差し伸べる。未央の望むままの行動を取る。大方、そんなところなのだろう。
「ごめんごめん! しまむー、しぶりん、すぐ行くね!」
行くね、なんて平然と吐き出した未央がここにいる。
人の群れなどなんのそのと軽やかに翔る未央がここにいる。
魔法少女か何かのように、衣服を一瞬の内にステージ衣装へと変化させる未央がここにいる。
そんな未央の姿を、浅ましいと思う未央がここにいる。
勝手に投げ出して、勝手に二人に迷惑をかけて、今度は勝手に二人の姿を弄繰り回している。
「お待たせ!」
でも、これが未央の願いなのだ。
間違った選択をした今になってなお、あの輝きを諦められない。三人で成功させようと決めたライブを、失敗のままで終わらせたくない。
ニュージェネレーションズの三人のダンスとボイスとビジュアルで、目の前の大観衆を震わせるのだ。
「未央ちゃん!」
私と、しまむーとしぶりんの、三人で。
「行くよしまむー、しぶり」
取り戻した元気いっぱいの顔を、右隣の渋谷凛へと向けた、その直後のこと。
「未お、」
ぶしゃああああああああああああああああ、と。
渋谷凛の肢体に亀裂が走り、真紅の血液が派手に一気に噴き出した。
「え」
呆けた声を最後に、世界から一切の光が消え失せて聞こえなくなる。
血が濁流となってステージに激突する音。凛が血溜まりの中に崩れる音。
聞こえる。でも見えない。
恐慌一色に染まる卯月。混乱と狂気の中に呑み込まれていく観衆。
感じる。でも見えない。
たすけて、とか細く呟くのを最後に、腕が誰に掴まれることも無くぱたりと落ちた瞬間、到来する渋谷凛の最期。
見えない。
己の中の失意と悔恨と絶望を、哭き叫んでブチ撒ける本田未央の音。
見えない。見たくない。
こんな未来、認めたくない。こんな想像力、働かせたくない。
早く目を覚まさせて。夢を夢で終わらせて。
しぶりんのキラキラを、奪わないで。
こんな闇から、早く私を解放して!
◆
「………………………ぅぅ。夢」
備え付けの家庭用電話が鳴らすコール音を目覚まし時計代わりとして、夢は一先ずの終わりを迎えた。
首が軋むような感覚に、未央は自分がテーブルに突っ伏して寝てしまっていたのだと気付く。あの夜の通達を聞かされてから、結局今まで何をすることも無く自室に籠って寝落ちしたのか。
寝汗が酷い。頭痛が酷い。きっと表情も相当酷い。それでもこんな時くらい、元気な未央ちゃんでいなければ。
カーテン越しの日差しから察するに今はもう朝であり、そしてこの時間帯にかけてくる相手にも察しはつく。彼女の前では沈痛な姿を晒したくなかった。
『もしもし、未央ちゃん。藍子です。起きてます?』
電話をかけてきた相手は、予想通り高森藍子だった。
「あーちゃん、おっはよう。いやー、モーニングコールしてもらっちゃってごめんね」
『ううん、好きでやってることですから』
この冬木で出会った高森藍子は未央と同じ学校、同じクラスに所属する高校生であり、そして友人でもあった。
理由もろくに告げず不登校を始めたクラスメイトを気に掛ける高校生という役割を与えられた女子高生。
アイドルではない女子高生。まるで未央のためにアイドルの資格を取り上げられたかのような、ただの女子高生。
冬木に住む高森藍子は、そういう人間であった。
『……今日は授業も二時くらいで終わりの日だし、久しぶりに』
「あーーーーっと…………あーちゃんゴメン、ちょっと今日もね」
『えっ、うん……』
もしも出会い方が異なっていたら、「あーちゃん」と呼ぶ度に違和感を覚えたりなどしなかったのだろうか。
デビューした時期の違いという壁が時間の積み重ねと共に取り払われ、気兼ねなく愛称で呼べるような関係になるのがきっと理想的だったのだろう。
アイドルの肩書きとは無関係に最初から対等な友情を築いていたことという与えられた事実に頼らずに、だ。
『何があったのかは……やっぱり、教えてくれないかな』
「あー、うん。ほんとゴメンね」
『いいですよ』
少し前までは学校に通っていた時期もあったという過去が、今の二人を辛うじて繋ぎ止めていた。長くない時間であっても結ばれていた絆が、未央をぎりぎりのところで世捨て人にせずに済ませている。
本当未央を待っているはずだった二人も、こうして未央を案じてくれていただろうか。それとも理由の身勝手さを知っているから見捨ててしまっていただろうか。
確かめる方法は、今は無い。
『私、待ってますから』
こうして心配してくれる友人が一人でもいてくれる時点で、未央は恵まれている。大切な絆を自分から捨ててしまった未央には不釣り合いなほどの境遇だと思った。
だから、未央はこの友人を頼る以外に無い。友人の前から逃げてしまった未央は、与えられた友人を頼る。
「…………あーちゃんさ、突然だけど、渋谷凛って分かる?」
『えっ? はい。最近デビューしたアイドルですよね。その子がどうかしたんですか』
「その子って、もしかして、もしかしてだけど。今日この街で仕事したりは……」
それはただ、友人のため。
どこかにいるのだと思われる友人を追い求めての問い。
そんな簡単に理想の解答が得られるわけが無いのだと理解はしているけれど、それでも未央は藁をも掴む思いで、
『……確か、今日はロケの仕事があるって私は友達から聞きましたけど。土曜も授業あるから見に行けなくて残念だなあって。でも未央ちゃん、どうして急に』
「――今日!? いつっ!?」
『う、うん、えっと……』
予想外の返答に、未央の意識が見事に動転する。
どうにか落ち着かせようと努めつつ、それでも捲し立てるペースを抑えることが出来ないままどうにかこうにか必要な情報を引き出した。
戸惑わせてしまってばかりの藍子に「ごめん」と謝るのが何度目になるか、自分でも分からない。
それでも、きちんと「ありがとう」は伝えられた。
「あーちゃん。今日私、ちょっとしぶり……渋谷凛ちゃんに会ってくる」
『……大事なこと、なんですか?』
「まあね。別に遊びに行くとかじゃなくて、もっと大事な理由で……って言っても、学校サボってアイドル見に行くって時点で信用できないか、あはは」
『いいえ。大丈夫です』
たとえ、それが未央のために演じる姿なのだとしても。
踏み込まないでただゆったりと待っていてくれるのは、特にこの局面では何よりありがたかった。
前に一度話をした時から思っていたが、高森藍子は暖かな女の子だ。
もっと粘り強くあの世界に居続けていたら、彼女の暖かな人柄により近づけていたのだろうか。もしかしたら仲間に、親友になれていただろうか。
そんな時を迎えるイメージが、もう今は湧かないけれど。
「ありがとう、あーちゃん。来週は、学校行くから」
『来週……うん。待ってますよ、未央ちゃん』
「うん、それじゃ」
別れの挨拶と共に電話を切る。
内側に渦巻く感情を気付かれずに済ませられたことは幸いだった。
来週登校できるかなんて分からないけど、と嘘を吐いたことの罪悪感も、頑張って隠した。
自分勝手な自分自身の姿にまた心が陰る。でも、今はそうも言っていられない。たとえ闇の中でも、動かないわけにはいかない。
……自分はずっと闇の中に囚われているのだろうと思っていたし、正直なところそう言い訳して停滞したままでいたいという気持ちも、無いわけでは無かった。
しかし、現実が最早それどころではなくなってしまった。
闇そのものとも言える最悪のイマジネーション。意図せずして見てしまったそれが、結果的には本田未央の肉体を突き動かすこととなる。
「……よし」
気色悪く纏わりついた汗をさっさと洗い流して。動きやすさ重視の私服へと衣装を変えて。少しだけ汚れの目立つスニーカーを履いて。
未央はドアの向こう側へと踏み出した。思えば、単なる買い出し以外の理由によって外出するのはこれが初めてと言えるかもしれない。
アパートの階段を下りて数歩、建物の陰に身を潜めていた何人もの黒ずくめの影が見えた。確か、クローズという名前だったと聞いている。
少し驚いたが、逃げ出すほどの恐怖は無かった。一度姿を見ていたから人間離れした容貌への奇異は多少克服していたし、何よりライダーが未央の護衛のためにこうして向かわせているという話も聞いていた。
こうして事情を理解しているから、未央は恐れを抑え込んでクローズ達に近付く。
「……おはよ」
どう声を掛けたものか迷い、とりあえず挨拶で済ませる。
潜んでいた二体のクローズは未央の方を向き、帽子を押さえながらぺこりと頭を下げた。
見た目の割に、こういうところには可愛げを感じないことも無い。そのおかげで、人の言葉を発さない彼等に話しかけることへの抵抗感も大分薄らいでいく。
「しぶりん、いつどこに行けば会えるか分かったよ。友達に聞いた」
ぴくっと身体を動かしたクローズは、たぶん驚いているのだろう。
ここにいる三体以外にも既に数十体のクローズが数日前から冬木市内の偵察を行っており、対象には「渋谷凛」も含まれている。が、特に明確な手掛かりも無い状態では人海戦術にも限界があり、また捜索は未だ人間社会の活動しない夜間にしか行われていない。そのために彼等もまだ渋谷凛の情報を得ていないのだろう。
そんな中で、こうして未央が目当ての情報を掴んだとあっては当然の反応だろうと思う。
ともあれ、今後のためにも情報共有は必要ということでクローズにそのまま教える。彼等の中の一人が、後でどこかにいるライダーへとそのまま伝えてくれるだろう。
「これもさ、ライダーに言っておいて」
そうだ。彼にも、未央の意思を伝えなければ。
「私の気持ちも結局は後ろめたさとか、自分本位なのかもしれない。しれないけど……やっぱ、嫌じゃん? 友達が死んじゃう姿見るの」
テレビの中で憧れの的になる者達のように立派な目標を掲げることなど、今の未央には出来る気がしない。
一方的に迷惑をかけた相手に会いに行くのだから、「私があなたを救ってあげよう」なんて王子のような台詞を吐ける立場でない自覚はある。
そして、「渋谷凛」を救うことがライダーにとって何のメリットがあるのか未央には全く説明出来ない以上、ライダーも巻き込んだ取り越し苦労に終わらせてしまうかもしれない。
誰かの手を引ける人気者では無い、誰かの足を引っ張る日陰者と言うに相応しい自分の姿にまた嫌悪感が湧き上がる。
それでも。
未央は、今こうして進むことを選んだ。選ぶ以外に無くなった。
「ニュージェネのリーダー……なんてもう名乗っちゃいけないんだろうけど、それでも、一回は名乗ったんだし、さ」
会ったところで、何を話せばよいのかイメージ出来ないのだとしても。
たとえ、もう壊れてしまうのかもしれない関係なのだとしても。
本田未央は、渋谷凛の仲間だから。
「じゃあ行ってくる。良かったら、ライダーも力を貸してって伝えといて。今の私じゃ、やれることも限界あるし」
それだけ言って、未央はクローズ達に背を向けた。
歩きながらちらりと一瞥した先で、三体いたクローズのうち一体が別方向へと離れていくのが見えた。ライダーへの報告に向かったのだろう。
残る二人もまた身を隠す。恐らく未央について来るつもりだ。丸腰の少女一人を守るための方法であることは理解しているため、そのことを気にすることは無い。
ライダーの側はこうして準備を整えている。その真意は未だ知らないけれど、多少なりとも彼との間に絆がある。
となれば、未央も態度を示さなければ。しなければならないという義務的な動機であっても、未央はこうして行動を起こしたのだ。
数日振りにまともに浴びる日光は眩しくて辛くて、でも、もうあの薄暗い部屋の中に引き返すわけにはいかない。
形だけでも、元気を出さねば。空元気も、元気の内だ。
「……しぶりんゴメン。やっぱ私、もうちょっとだけリーダーの方は辞めないことにした」
未央の中に残されたなけなしの輝きの欠片。
掻き集めて、燃料へと変えて、本田未央はようやく出発する。
◆
今から八時間ほど前の午前零時過ぎ、久方ぶりにライダー――ゼットは未央の様子を確認するために直接彼女のもとへと出向いた。
ルーラーを名乗る白黒の不愉快なクマから伝えられた開戦の合図。同時に発せられた、“キラキラ”した者達を標的とする奇妙な討伐令。聖杯戦争を生き残るための方針をより入念に練るためにも、これらは検討するべき課題であった。
ゼットは既に微量の魔力で召喚可能なクローズを数十体用意し、冬木市内での他主従の動向を探らせるための偵察活動に当たらせている。
詳細を知るべきと思われる対象は少なくない。多数の人々を犠牲にしたという大火災。逆に無軌道なまでに人々の助けとなる「
アースちゃん」を名乗る“人間衛星”。
そして特に警戒するに値するのは、遠巻きに眺めるだけでもゼットの本能を刺激される、あの度し難い闇を発する“城”。あれは恐らく『此処なるは終着駅、常闇の魔城(キャッスルターミナル)』の同類、要塞型の宝具だ。その城内で待ち構えているだろう親玉がゼットにも匹敵する“闇”の持ち主である可能性を想像するには十分であった。
対策を考えるべき者が既にいくつも挙げられる状態の中、さらに報酬付きのイベントの開始である。どこから優先的に手を付けるべきか考えねばならない。
そのためにはパートナーである未央の意見も、まあ、一応は聴いておくべきだろうとの考えであった。
どうせ今もまだ辛気臭い表情のままだろうなどと思いながらアパートの一室へと侵入したゼットの目に映ったのは、茫然とした表情で一枚の写真に視線を釘付けにされた未央の姿であった。
――これ、しぶりんだよ。
岸波白野なるマスターに召喚されたエクストラクラスのサーヴァント、ネバーセイバー。
外見の年齢は未央とさほど変わらないようであるその少女を指して、どういうわけか未央はその真名を言い当てたのだ。
どういうことだと疑問をそのままぶつけたゼットに、未央は戸惑いを露わにしながらも説明した。
このネバーセイバーの姿は、未央が元の世界で組んでいたニュージェネレーションズというアイドルユニットのメンバーである渋谷凛という少女とよく似た、いや、全く同一なのだという。
そこまで言い終えて、今度は未央の方からどうなってるのと疑問をぶつけ返された。未央と同じく十代の少女が、どうしてサーヴァントとなっているのだろうか。
このサーヴァントを渋谷凛と同一人物と定義した場合に考えられるのは、彼女が未来において歴史に名を残すこととなり、そして過去の時代にサーヴァントして呼ばれた可能性。何らかの逸話に基づく宝具を携え、今の渋谷凛は一人の戦士となっている。
……と言っても、そう語るゼット自身ですら懐疑的にならざるを得ない説であった。未央の生きる時代は少なくとも日本に限れば既に平穏なものであり、また女子高生でアイドルである渋谷凛では得られる名声など高が知れているのだ。
或いは、例えば偶然にも人智を超えた夢幻の力を与えられた渋谷凛が鮮やかに変身しては仲間達と隊を組んで街に襲来する怪人の軍団を毎週のようになぎ倒した姿が数多の人々の間で語り継がれて……などという未来が訪れる話も考えたが、それこそ言い出したらきりが無い。
いい加減馬鹿らしくなってきて話を切り上げようとしたゼットを、未央は止めた。
――ねえ、討伐令ってことは、このしぶりん……ネバーセイバーも誰かに狙われるってことだよね。
――こいつがそのしぶりんなのかどうかは知らねえし狙うのは誰かどころか俺かもしれねえが、そういうことだ。
――じゃあさ、テレビに出てたしぶりんが、
――こいつテレビに出てたのか。
――あのしぶりんが、このサーヴァントと別人じゃなくて同じだって可能性も……
――ゼロとは言わねえ。まあ、サーヴァントの方は渋谷凛のコピーだって可能性のが大きいだろうがな。
――……本当に、本当に私の知ってるしぶりんとは、関係無いんだよね?
――未央、お前何考えてる?
頭の中で纏まっていないようなので、ゼットの方で言いたいことを想像する。
未央が恐れているのはネバーセイバーの渋谷凛、テレビに出ている芸能人の渋谷凛の関係が未央を含めた誰にも説明出来ないこと。そして芸能人の渋谷凛が、ネバーセイバーとの何らかの関係性を疑われてサーヴァント達の標的となることなのだろう。
芸能人の渋谷凛が「未央の知る渋谷凛」と同一人物か別人であるか、ゼット達に確かめる術は無い。
しかし「渋谷凛」が脅かされ命を摘み取られるのを恐れることは変わらないというところか。
たとえ、彼女が「未央の知らない渋谷凛」であったとしても、それでも彼女は確かにこの世界のニュージェネレーションズのメンバーの「渋谷凛」だから。
――お前、んなことに想像力を使ってどうすんだよ。
――……ごめん。でも……
――クローズ達に探させる。と言っても俺の敵になるかもしれない相手なわけだ。都合のいい方向にだけ考えるなよ。
それきり伝えて、結局ゼットは未央の前を去ることとした。
キラキラを失いかけている未央は、その想像力(イマジネーション)すら負の方向に向いている。それでいて、想像の先に何かプラスになり得る物を生み出すことも無い。
予想通り、今の未央はゼットの期待に応えるだけの力をまだ取り戻してはいなかったのだ。こうなると彼女のために過度に時間を割くのも勿体なく思えてならなかった。
また拠点へと戻ることとしたゼットの胸中には、未央が今後も部屋の中で閉じ篭り続けるものだと半ば諦念の混ざった確信すら生まれつつあった。
……と、思っていたのだが。
「未央のやつ、いきなり勝手な真似しやがって」
朝になって、唐突に未央が行動を起こしたという報告がクローズから伝えられた。偶然にも芸能人の渋谷凛の予定を把握したから、その場所に先回りして彼女を待つのだという。
ゼットの考えていた方策の中に、また課題が一つ増えた。こうして手間を掛けさせられる未央に対し、ゼットは怒りを抱くべきなのだろう。
しかし、どういうわけだろうか。
「俺が呼ばれてから初めてか。あいつが太陽の下に出るのは」
不思議と怒りは無かった。ただ純粋に、驚いていた。
どんな理由であれ、あの塞ぎ込みの未央が自発的に行動を起こしたのだ。
今の自分は胸を張れるような人間ではないし、輝かしい未来へのレールを築けるとも思っていない。そんなことを語ったという未央。
今も闇の中にいる彼女は、それでも渋谷凛に、アイドルに、輝きに近付こうとする。
友人が脅かされるかもしれないから。たったそれだけの理由で、ゼットの助力を黙って待つという選択を取ることもなく自ら一歩を踏み出したのだ。
誰かの身を案じ、庇護しようとする。それはまるで、ゼットの知るキラキラを手にした者達の悉くが見せた行動と似通っていた。
だから、期待してしまう。
「いいぜ未央。こういうのを待っていた」
ライダーもまた、自らの玉座から発った。
目的地は当然、本田未央の向かう先。渋谷凛が訪れるという地。
討伐令の達成、敵対勢力の排除。それらの達成における合理性の有無や程度とは無関係の行動を、ゼットもまた自然と取っていた。
ただ単純に、未央の瞳に宿っているかもしれないキラキラを今一度確かめるため。
そして、そんな未央を自らの手でも守るため。
「良かったら? は、俺がてめえを守らないわけねえだろうが」
未央の中で再び輝き始めるかもしれないキラキラを、他の誰かに踏み潰されるのが気に食わない。
だから誰にも、未央の中のキラキラを消させない。キラキラが再び露わとなる時を待ち望みながら、未央のための力となり続ける。
未央の中に燻る光の種。それが実を結ぶ瞬間のために。
「未央。やっぱてめえには価値があるのかもしれねえな」
そう。本田未央には価値がある。
期待に応え、闇の皇帝としての力を投じる価値がある。
「――それでこそ、この俺に“喰われる”価値がある」
ゼットは、未央のために手を尽くす。
……しかし、それは純粋に未央の想いを最優先にしてのことでは無い。
キラキラの持ち主は、どこまで突き詰めてもゼットにとっては吸収(しんしょく)する対象に変わりない。己の中の底無しの闇に消し去られないキラキラであれと願い、そして騎乗(しんしょく)する。
かつてグリッタのキラキラを取り込んだように、ライトのキラキラを我が物にしようとしたように。
そして今は、本田未央もまた同じ。
ゼットが未央を守るのは、聖杯戦争における仮初のマスターだからというだけの理由ではない。
本田未央に、聖杯にも並ぶ極上の“捕食”対象としての可能性を見出したためだ。
闇の世界の頂点に君臨する皇帝であるがために、ゼットは他者を尊重することが無い。誰かのために奉仕するという感覚を全く理解出来ない。
自身より他者を優先することがキラキラを生むのだと知識として理解していても、ゼットは自らキラキラを生み出すことが無い。一見同じような行動を取っても、その根底を為す感情が全く異なってしまっているから。
ゼットを動かすのは、あくまで自分本位の欲望。
ゼットは未央のために手を尽くす。そんな行動を通じて、あくまでゼット自身のために手を尽くしている。
そんな彼との間に絆を見出す者がもしもいたとしたら、その者はどうしようもない愚か者だ。
ゼットは断じて、本田未央個人を慈しんでなどいない。獲物が成熟し、肥えて、食べ頃となる瞬間を待ち望んでいるから、今は丁重に扱ってやろうというだけ。
傲慢な考えを根拠に繋いでいる関係など、友情に見せかけた幻想だ。
故にゼットは、闇の皇帝の英名を掲げるに値する。
……その性分故に終ぞキラキラを掴めなかったのだと、こうして二度目の君臨を果たして尚、一切学んでいないから。
「待ってるぜ未央。てめえが俺にキラキラを寄越す、その時を」
人の輝きを視覚でしか捉えないゼットは、その本質が分からない。
皇帝は、人の心が分からない。
【一日目・午前(8:00)/B-2・住宅街(未央の自宅アパート付近)】
【本田未央@アイドルマスターシンデレラガールズ】
[令呪] 残り三画
[状態] 健康
[装備] なし
[道具] 鞄(私物一式入り)
[所持金] 一万円前後
[思考・状況]
基本:キラキラを取り戻したい。
1:しぶりんを探す。後のことは、会ってから考える。
[備考]
ライダーが召喚したクローズ数体に警護されています。
【一日目・午前(8:00)/B-1・柳洞寺地下】
【ライダー(
闇の皇帝ゼット)@烈車戦隊トッキュウジャー】
[状態] 健康、人間態
[装備] なし
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本:今度こそ、キラキラを手に入れる。
1:未央を守る。今は未央のもとへと向かう。
2:力の源となる闇、または興味深いキラキラをクローズに探させる。
3:闇に満ちた安土城への強い警戒。
[備考]
B-1 柳洞寺の地下に『此処なるは終着駅、常闇の魔城』が展開されています。
数十体のクローズを召喚し、市内の偵察に向かわせています。
[全体備考]
今日の昼頃、渋谷凛(NPC)が市内のどこかでロケの仕事をするようです。
詳細な日時や場所、同行者等については後続の書き手さんにお任せします。
最終更新:2016年10月31日 21:06