萩原雪歩は萩原雪歩であって決して荻原雪歩ではない。
だが、それは余談。
◇
(…暗い)
萩原雪歩が最初に思ったことはそれだった。
自分がすっぽりと収まる空間。
新築の家独特の、梳り立ての材木の香りがする。
さらに衣裳部屋にいる錯覚に陥るような嗅ぎなれた防虫剤の匂い。
そして頭上にはハンガーらしきもの。
どうやら、クローゼットの中のようだ。
(…穴に入ってる)
その事が分かると、安心して人心地がついた気がした。
いつも、不安になったり怖くなったり緊張したりするたびに言ってしまう口癖。
「こんなだめだめな私は、穴掘って埋まっておきますぅ!」
まさか最初から穴倉に入れるとは思わなかった。
それも一瞬。
ごろん。
高木社長の首が自分の足元に転がってきた光景がフラッシュバックした。
人の肉の焼け焦げる臭いが鼻を突く。焼肉なんかとまったく違う、そしてどこか似ている臭い。
現実感が沸かない、安心できるはずの穴に入っているというのに足元に更に暗闇が広がる感覚を覚えた。
近くで千早達の声が何かを叫んでいた気がしたが、彼女は何一つ言葉を発することができなかった。
今も涙が流れる事もない。
首元にある冷たい金属が恐ろしさを助長する。
明らかにチョーカーの類じゃない。
社長の首を雪歩の元まで運んだ原因。
(……そういえば、何でここにいるんだっけ?)
自我の自己防衛反応か、思考が唐突に切り替わる。
まさかとは思うが勝手に人の家に入ってしまったのだろうか?
(………)
そこまで考えて冷や汗が流れ始める。
『萩原雪歩!隠れる穴を求めて民家に不法侵入!!』
『765プロダクション、所属アイドルの不祥事で謝罪会見!!』
『またアイドルか!潜るアナを探して深夜徘徊!!』
『765プロ!信頼失い倒産!!』
新聞の見出しや週刊誌、ワイドショーが騒ぎ立てる映像が真に迫る勢いで連想される。
(あわ、あわ、あわ、あわ…)
取材陣に囲まれる、死んだはずの高木社長。
『高木社長!所属アイドルに裏切られた感想は!』
『…残念ですよ。…努力家だと思ったんですがね…
やはりアイドルになる動機が、自分が生まれ変わる為という不純な動機が
いけなかったんでしょうね…』
(あう、あう、あう、あう…)
映像は切り替わり961プロの社長と、移籍するかもと言っていた星井美希が映る。
『だから、高木君は見る目がないと言っていたんですよ』
『黒井社長さんの言うことを聞いて正解だったの。実は美希、765プロではあんまり馴染めなかったの』
(あぐ、あぐ、あぐ、あぐ…)
同じ事務所の仲間だった人たち。
『プロデューサーさん移籍ですよ。移籍!』
『だから私はアイドルなんて嫌だったんです!最初から歌手になればよかった!』
『僕は君を軽蔑するよ…』
『うっうー、せっかく事務所にも入れたのにケータイも返さなきゃだよーー!』
(うぐぅ、うぐぅ、うぐぅ、うぐぅ…)
そして、最後にプロデューサーが何かを言おうとした時。
『雪歩……』
何かが床を引く音が響き渡る。
(ひぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!)
クローゼットの隙間から動く影が見える。
驚きのあまり声も出ない。
震えながら雪歩は隙間にそっと目を当てた。
そこには自分と同じように銀色の首輪を嵌めた男がテーブルに着いていた。
(お、男の人だ)
「……る…」
何事かを呟きながらデイバックを漁っている。
「……やる…」
件の男、まだ少年というべき幼さを残す人物はボソボソと何かを言い続けている。
クローゼットの扉が間にある為、雪歩には何を言っているかは聞こえない。
不気味な行動を続けるする少年に怯み、出るに出れなくなる。
元々、相手が苦手な男なのであまり出たくはなかったが…
「…る……てやる…」
まるで、自分自身に言い聞かせるように何度も同じ言葉を呟き。
荷物をテーブルに広げる。
「お嬢様の為だ……。今こそ、恩を返すときだ…
やる…やってやる…誰だろうと容赦しない……決してお嬢様に手は汚させない」
転がり出たある錠剤を手に取り、少年は目を見開く。
「……マリアさんがいて、ヒナギクさんがいて、伊澄さんが迷子になって、
そういう場所も好きだったさ……でも」
錠剤をテーブルに置き、次に荷物の中にあった紙袋を騒々しく漁っている。
取り出したるは亀の死骸の甲羅…
(ひっ)
ではなく、メロンパン。
「今回はただの誘拐じゃない……これは、どこかで聞いたことのある話が本当なら
……恐らく、スナッフムービー…殺人ビデオ……
あのグループ達は楽しませろと言った。これはもう疑うべくもないじゃないか!!」
拳で勢いよくテーブルで叩く。
雪歩は、その音に身を震わせた。
(ムー○ン谷の旅する人がどうしたっていうのよ~)
断片的に聞き取れる言葉と、少年の理解不能な行動で更に恐怖を覚える。
「しかも、この規模と日本人名らしき人が多いこと……
日本を敵視する国家?いやそれは早計か…なんにしても、国家単位とみて間違いない。
日本警察の手に負えるような物じゃない…」
鬼気迫る形相でメロンパンに小さな穴を空け何かを仕込む。
「そして、こんな所に来るまでの体感時間が一瞬だなんて、いったいどんな幻覚剤を…
いや、まさか人間じゃないのか……まさか…」
メロンパンを紙袋に戻し、長い溜め息をつく。
「僕やマリアさんがいなくても、クラウスさんがいる…
お嬢様さえ帰ることができれば…それでいい」
少年は俯き手を祈るように組んだ。
「だから僕は…………」
その先は続けられることはなく、動きを止め目を閉じている。
(………)
もしや気づかれたのだろうか?
雪歩は身を強張らせる。
「……誰か、来る…」
たっぷり十秒程黙った後、低い声でそう呟いた。
そこから、萩原雪歩の記憶は曖昧だった。
下着姿の少女が現れ、少年は何かを仕込んだパンを差し出した。
少女は疑う事無くそれを食べ、やがて頭痛を訴え苦しみ動きを止めた。
それを放置し少年はどこかへ去っていく。
そして少女は最後に小さく痙攣した後、二度と動かなかった。
◇
少年が去ったペンション内。
残されたのは、身を隠したままのアイドルと屍となった銀髪のシスター。
テーブルに残されたメロンパン。
やがて、雪歩は扉を開きクローゼットから出る。
ペンション内はシンプルな作りでリビングが二階まで吹き抜けになった半二階といった物だった。
リビングとダイニング、キッチンがつながった広い部屋が一つあり、
壁際の階段の下には雪歩が今までいたクローゼットがある。
階段はダイニングキッチンの上まで続いており、二階は寝室になっているようだ。
テラスに続く大きな窓が月明かりを取り込み、室内を怪しく浮かび上がらせる。
だが、雪歩は目の前の少女しか見ていなかった。
小学校に通っている位だろうか小柄な体をしていた。
銀色に輝く絹のような長髪が、美しく波打ったまま静止している。
白く剥いた目、口からあふれ出ている泡、掻きむしられ血の滲んだ細く白い喉。
それらが対比しアンバランスな光景を作り出す。
「あ、あの…ゆ、床で寝たら背中痛くなっちゃいますよ~」
屍が返事する道理はなく、声は闇の中へ弱々しく消えていった。
叫びたいのに声がでない。じりじりと後退する。
今にも動き出しそうな少女は決して動かない。
その場に不釣合いな甘酸っぱい香りが漂う。
堪らず目を逸らすと窓際に備え付けの電話を見つけた。
「きゅ、救急車…パトカァ…」
力なく呟き、よろよろと近づく。
呼吸が何故か荒い。
めまいと吐き気もする。
(苦しい……私、過呼吸なんて持ってないよ…?)
疑問に思うが息苦しさは変わらない。
視界に火花が散り膝が笑っているが一歩ずつ電話に近づこうとする。
雪歩のめまいの理由は倒れた少女。
インデックスが飲んだのは青酸カリ。
それは胃酸に触れることでシアン化水素、つまり青酸ガスへと変化する。
青酸ガスは肺から血液中へ侵入しヘモグロビンと強く結ぶ、
それにより臓器細胞の呼吸を止められ細胞が酸欠状態になり壊死してしまう。
また同時に血中の酸素濃度は高くなる、これは死ぬ間際に呼吸ができなくなり
過剰に酸素を取り込もうとするため。
その際、飲用者の呼気には青酸ガスが含まれることになる。
萩原雪歩はインデックスに近づいた
部屋は広く薄まっているとはいえ、青酸ガスを含んだ空気を微量ながら吸いこんしまった。
時間が経てば飛散し毒性も薄まる、だが彼女はいくらも経たないうちに近づいていたのだ。
よろめきながらも電話にたどり着き、受話器を手に取る。
(お、お巡りさん……プロデューサーさん。……お、お父…さん)
110番。何をするより簡単に覚えることのできる番号。
法治国家の重要な楔機関へのSOS信号。
雪歩は震える指でその番号を押した。
―――そして、警察署内の電話が鳴り響く。
【I-08 ペンション/1日目・深夜】
【萩原雪歩@THE IDOLM@STER】
[状態]:恐怖、震えが止まらない、めまい、嘔吐感。
[装備]:なし
[道具]:基本支給品、不明支給品1~3
[思考・状況]
基本:不明
1:気持ち悪い。
2:110番をする
3:お、お、お巡りさん助けて下しぁ…
4:ブルー系統の髪の男の子を危険人物認定。ていうか、もう男に会いたくない。
【備考】
※換気をすれば、微量の青酸ガスは消えます
※微量のため死に至ることはない。
※雪歩の荷物はクローゼットの中です。
※メロンパン(2/3)@灼眼のシャナはI-8のペンション内のテーブルに置かれています。
※インデックスの死体はI-8のペンション内に放置されています。
◇
ペンションから南へ離れた道路沿いの草むら。
虫の声もなく、ただ草がざわめくのみ。
異質な静寂があったが、少年は気づく事無く手元の作業に没頭する。
荷物を整理しなおし、デイバックへとしまった。
(使えそうな武器はライフルとこの刀だけか…あとの二つは意味が分からなかったな…)
刀だけはそのままベルトへと差し込んだ。
ハヤテの荷物は青酸カリ以外はハズレばかりだった為、憮然とした顔付きをする。
「贔屓し過ぎだろう…あの女子高生の奴は…」
そう言って、遠い目で不公平を嘆いた。
「…まずは一人か」
殺害した少女を思い出す、身の丈はナギとほぼ同じだった。
焦りが浮かぶ、もしもナギがあの子と同じように悪意ある者に出会っていたら…
しかし、闇雲に走り回った所で会える保障はない。
地図を見て思考を働かせる。
ナギの事だ、いつまでも暗い中にいるはずがない。
明かりのある場所を目指すはず、その候補はペンションを除けば七つ。
街周辺、洋館、旅館、美術館、灯台、廃村、山小屋。
近いのは旅館だが、灯台は広範囲を一度に照らす。
(いや、陸地は照らさないか?)
海に出る光はあるが、陸地の方は丘のせいでよく見えない。
(何はともあれ、島内を一周してどこかにお嬢様がいればいい……)
決意を込めるように拳を固く握る。
(……そして、気絶させても隠す)
彼女をこの殺人遊戯に、少しだろうと加担させたくはない
そのためにはナギにいくら嫌われようとかまわない。
不意に上を見た。
広がるは満天の星月夜。
そこを緩やかに動く光点に気づく。
(流れ星?いやあの遅い動きは、飛行機……じゃない人工衛星か?)
空はこの無法の島でさえも包み込む。
(星は…北極星に北斗七星、おおぐま座にこぐま座、北半球で間違いないな。
さすがに夏の大三角形は分かりやすいや)
明るい月と黒い山に阻まれ、いくつか見えない星はあるがコンパスと見比べて納得する。
(…あれがあの位置って事は、反対の南天にはおとめ座と…スピカ。
やっぱり綺麗だな。ここの季節は春かな?)
首を回し、目当ての星を見つける。
スピカは二つの恒星がほぼ四日の周期で公転しあう分光連星。
生まれてからどちらか一方が燃え尽きるまで、その光を見せつけ続ける。
(どれほど光が弱まろうと、もう一方が生き続ける限り光は消えないのだろうか…)
フッ、感傷的になった自分を吐き捨てるように笑う。
『そうやってお前は咎を重ねる気か?』
背後からの突然の声、だがハヤテは驚かない。
(…サンタさん)
いつかの人物がそこにいるんだろう。
『あの人たちにも手をかけるというのか?』
(…もう決めたことだ、消えてくれ)
決して振り返る事無く答えた。
声はもう聞こえない。
(そうさ、たとえマリアさんに嫌われたっていい…)
そこに思い至り、苦笑する。
(……何を考えているんだ僕は?だれも手にかけなければ僕の手で脱落させなきゃならないのに…)
たとえあの雪の日、自分に手を差し伸べてくれたあの人でも…
最後の一人をナギにする。
それだけを胸に仕舞い、感情を消す。
三千院家の執事として当然な事だと信じている。
だが参加者は数えてみれば50人以上いた、さすがのハヤテでも一人で勝てる道理はない。
もちろんこの殺し合いに乗った者もいるだろう。
だから、表立った殺しはそういう奴らにまかせればいい。
(生憎、僕を敵視する人物は誰もいない…そこを利用させてもらう)
当然一対一で勝算があれば、先ほどのようにする。
複数の場合は、信頼させてから間違った方向へ導く。
(僕はただ、三千院家の執事としてナギお嬢様を心配する一少年を演じればいい)
そうすれば、どんな人物に出会おうとも一人で動く自由を束縛されることはない。
そして最終的にナギと自分が残って、自分が自害すればいい。
最悪相打ちでもナギが最後の一人になればそれで…。
(そういえば)
この島で僕が死ねば、あの両親に保険金が支払われてしまうかな?
それは癪だが、ナギの命と天秤にかければどちらが重要かなのかは明白。
本来なら、あのままどん底の地獄へと落ちるだけだった。
よくて高校中退で永久に両親の借金を返し続ける生活。
あの雪の公園でお嬢様に出会わなければ、今の僕はなかった。
………いや、違う。
あの出会いがそんな軽いものであって堪るか!
僕が生まれたのは両親の借金から疾風の如く逃げるためじゃない!
そうだ、僕は今ここで三千院家執事綾崎ハヤテとしてお嬢様を生かす為に生まれたんだ!
執事、それは仕える者。
執事、それは傅く者。
執事、それは主の全てをサポートするフォーマルな守護者。
そして、この殺戮の舞台においては
全身全霊で命を賭けて主人を守る者。
故に執事は鬼となる。
故に守護者は悪魔となる。
故に彼は立ち上がる。
綾崎ハヤテはいったいどこへ向かうのか。
―――だが、彼は失念していた。
先ほどのペンションにメモを残していないということを。
【I-09 道路/1日目・深夜】
【綾崎ハヤテ@ハヤテのごとく!】
[状態]:健康、固い決意。
[装備]:古青江@School Days
[道具]:基本支給品、不明支給品2(確認済み、用途不明)、青酸カリ(2/3)、
アンチマテリアルライフルM82(32/32)@とある魔術の禁書目録
[思考・状況]
基本:ナギを優勝させ、生還させる。
1:ナギを探し保護。
2:明かりのある場所へ向かう。
3:島内を一周する。
4:行く場所にはナギだけに分かるようにメモを残す。
5:人に会った場合、相手が一人なら隙をみて殺す。
6:複数人に会った場合は友好を持つ振りをして利用してから殺す。
7:もし、マリアさん達に殺すことになっても…
※ハヤテがどこへ向かうかは次の書き手さんにお任せします。
【古青江@School Days】
桂言葉の刀。
備中青江鍛冶の総称。
外伝SummerDaysでは見事な居合いを見せてくれた。
【アンチマテリアルライフルM82@とある魔術の禁書目録】
御坂妹が使用していた対物スナイパーライフル。
12.7mmの機銃弾を精密射撃するために作られた。
建造物や軽装甲車両などの攻撃に使われる また鉄鋼焼夷弾も使えるので仕様用途は幅広い。
最終更新:2009年10月03日 15:02