第五章-第二幕- 辛勝という名の惜敗
スプレッダーの成体を確認したジルベルトとライナスは、
すぐさま崖から飛び降り、その眼前へと舞い降りた。
二人はとりあえず動きを止めるべく、
その超巨大な多脚を切り払おうと、足に対して攻撃を開始する。
「
疾風剣!」
ライナスの猛連撃が足をたちまち傷だらけにする。
ジルベルトも遠くから魔法で援護をする。
(
ライトキャノン)
大きめの呪文だったが、力の限り連打した。
「ごぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおお!」
スプレッダーが悲鳴をあげて大きく足をばたつかせる。
どうやら痛覚に訴える事は出来るらしいが、
どうやらガラスの破片を素足で踏みつけた程度の痛みしかないのか、
すぐに気を取り直して
勇者軍を無視して前進を再開する。
「通常攻撃だけでは厳しいのか……!?」
ライナスが絶望混じりに呟くが、
それでも足を斬りつけるのはやめない。
魔力の大半を使い尽くしたジルベルトも、
剣での攻撃に参加する。
(傷が付くならいつかは勝てる。それまでもてば……)
というジルベルトの思惑も無理からぬ事であった。
しかしスプレッダー自体は、怯みこそするものの、
基本的に無視する形での前進をしつこく続けるのだった。
しかし次第に煩わしくなってきたのか、時折多脚を振り上げて、
ジルベルト達を薙ぎ払いにかかるスプレッダー。
「くっ!」
ジルベルト、次いでライナスが慌てて回避する。
大きいと回避するのも一苦労である。
「ちょっと、大丈夫なの!?」
「ジル君、助けに行きます!」
そこへソニア、ユイナ姫のコンビが登場、戦列へと加わった。
「せいッ!」
ソニアはジルベルトの傍へと寄ると、
多脚の関節部分を殴り始めた。やはり足を止める方針は変わらない。
「
チトセ、動きは任せます!」
愛馬チトセが自らの意思でユイナ姫を乗せて巧みに回避に徹する。
ユイナ姫本人はその槍をもって、
スプレッダーに刺突攻撃を加え続けた。
「他の人達はまだ来ないの!?」
ソニアの悲鳴交じりの言葉だったが、状況はまた好転する。
「待たせたな!
ジーク=ルーンヴィッツァー、推参!」
ジークである。後ろにはコンラッドもいる。
「よっしゃ、いよいよ出番だな!」
二人は斧で、魔法で、それぞれ攻撃する。
次第にスプレッダーの怯む回数も増えてきたが、
それでもスプレッダーはほぼ動きを止めず、歩き続ける。
「これじゃあ埒が明かない! ここまで頑丈とは!」
ジークが早くも泣き言を言うが、
コンラッドはそこで諦める男ではなかった。
「どうせこいつが親玉だろうが! 出し惜しみの必要があるか!
親父、聞こえるか!? そこにいるんだろうが!!」
コンラッドは義父へと通信を送る。
「
レッド・ワイズマンの砲撃設備を
目標、スプレッダーに向けてくれ!
射程距離に入り次第、全火力を結集して構わない、狙撃だ!!」
それだけ言うと、通信を一方的に切った。
もう射程距離に入っていたのか、数十秒後には砲撃が始まった。
とんでもない火力の砲弾が間近で着弾、地面が振動する。
「ごぉぉぉおああああああああ!」
大きく怯むスプレッダー。これはかなり効いているらしいが、
それでも前進する事が最優先なのか、まったく歩みを止めない……
とばかり思っていたが、スプレッダーは急に歩みを止めた。
それを見て、主力部隊全員が攻撃を止めた。
「やった……わけじゃないようだが?」
コンラッドの疑問ももっともである。
しかし考える時間をくれなかった。
スプレッダーの十字口が大きく開くと、
何故かそこから熱線が飛び出し、砲弾を迎撃したのだ。
「マグマ!?」
マグマビームとでも呼ぶべき熱線が、砲撃の大半を叩き落とした。
(また環境に応じて能力を変化させたみたい)
というジルベルトの直感を、シエルが捉えた。
「ここは火山だからああいう真似も出来るみたい……気を付けて!」
スプレッダーの傷はかなり増えては来ているが、
まだ瀕死にすら至らない。なんという頑強さであろうか。
すると、レッド・ワイズマンMk-Ⅱからの砲撃がただの砲弾ではなく、
赤外線誘導
ミサイルへと切り替わった。ただの乱射では
たやすく迎撃されるのが向こうからも見えたのだろう。
まだ誰一人、諦めてなどいないのだ。
「よし、まだ負けは決まっていない……総員、動くぞ!」
ジークの檄が飛び、全員が頷いた。
再度の猛攻が開始された。
そこからしばらくは単調な多脚への攻撃と、本体への砲撃が続く。
スプレッダーはスプレッダーで、とにかく突き進むかと思えば
時折立ち止まってマグマビームにより、
ミサイルを狙撃し、撃墜させる。
さらに戦局は動いた。
遅れて出てきたレイリア、エイリア姉妹が到着したのである。
「遅れてごめん! いくよ!!」
レイリアは更なる遠距離狙撃仕様のライフルを持ち出して、
ありったけの弾丸を多脚ではなく、本体へと叩き込む。
エイリアはというと、マグマビームを巧みに避け、
ミサイルからミサイルへと飛び移る離れ業を披露し始めた。
マグマビームによって撃墜されそうなミサイルを鞭で巻き取り、
自らの鞭によって投げる事でスプレッダーへ叩きつける。
それでもほとんどのミサイルや砲弾は、
スプレッダーのマグマビームで撃ち落されていた。
「あと一つ……あと一つ決め手は無いの!?」
執念をもって攻撃を継続するユイナ姫が嘆きの声をあげる。
これほどの火力をもってしても、撃退にさえ至らない。
絶望的な気持ちであった。
気が付けば完全に下山コースをたどり、
防衛すべき
カルナード港まで残り五百メートルを切る勢い。
ついにジルベルトは腹を括った。
人類史上最強剣技である『
封神封魔流』の秘剣を
叩き込むため、大きく距離を離して引き下がったのだ。
この剣術、威力はあるが消耗する魔力も大きく、
また強い集中力が無ければ効果が大きく減退するため、
未だ未熟なジルベルトは実戦での使用を控えていた。
しかし、そんな事を言っている場合ではない。
それを感じ取ったシエルが、全員に通達する。
「お兄ちゃんがアレを使う気ね……
全員、それまで足止めよ、お願い!」
「なんか分からんが、分かった!」
コンラッドが真っ先に頷く。
次いで全員が頷いた。信頼しているのだ。
しかし懸念事項はジルベルト本人が最初から戦闘しているせいで、
大きく消耗している事であった。
(……傷が痛む……集中が……ッ!)
それを分かっている妹の阿吽の呼吸が、戦場に轟く。
「ヒールシューター!!」
最大級の治癒魔法が、ジルベルトの傷と、疲れを大きく癒した。
(ありがとう、シエル!)
(何をして欲しいかは分かってるの。さあ……やっちゃって!)
(うん)
テレパスにより、瞬時の意思疎通が終了すると、
ジルベルトは改めて精神を集中し、奥技を放つ準備をする。
そして疲れが癒えた以上、それに時間を費やす必要など無かった。
「みんな、離れなさい!!」
シエルの指示で、全員が大きく飛び退く。
特にエイリアはミサイルからの離脱なので少し時間がかかったが、
それとて問題になる程度の時間ではない。
「!」
ジルベルトの剣が大きく光を発した。
(封神封魔流『攻』の秘剣……
四大精霊元素爆裂剣ッ!!)
ずずどぉぉぉぉぉん!!
凄まじい爆圧がスプレッダーを襲う。
「うおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ……ん……!!」
スプレッダーがその場にくず折れた。
「やったの……?」
ソニアが呟いた。
これはジルベルトが現状で出せる最大火力である。
これで駄目なら……成す術など無い。
しかし、スプレッダーはゆっくりと起き上がった。
「うぉぉおぉおおおおおん!!」
幼生体とは明らかに異質な重低音の鳴き声と共に。
「駄目なのか……ッ!?」
だが、スプレッダーは前進する気を完全に失っていた。
そのままゆっくりと反転し、来た道を戻り始めたのだ。
「……良かった……港だけは守る事が出来たのね」
と、シエル。息がまだ上がったままだ。
「コース算出完了、進路上に町は無いみたいだ」
と、安心して、ライナスも呟く。
「化け物め……
リーダーがいなかったら完全に負け戦だな」
その当のジルベルトは完全に息が上がりきっている。
もはや追撃など不可能だ。これをもって辛勝とする他は無い。
「お兄ちゃんだけに任せてもおけないわ。全員がアレに匹敵する
最強の技を身につける必要が……あるわ……ね……」
そこまで言って、シエルが倒れる。
直後、ジルベルトも倒れた。
「ちょっと……大丈夫……ごほッ!?」
駆け寄ろうとしたソニアもよろけて膝をついた。
「ぐっ……何だ、これは……!?」
更にはライナス、ジーク、コンラッドまでが倒れる始末だ。
「どうしたの、みん……な!?」
最後にユイナ姫までもが落馬する。
愛馬チトセも、仔猫達も調子が悪そうだ。
「レイリア、これは……!?」
「そうだね、エイリア。これは……例の病原菌みたい。
しかしスプレッダーの誤算は
あたし達の存在意義を知らなかった事。
充分対処は打てるよ。でも、港で治療は出来ないよ。
二次感染だけは避けなきゃ……どこかへ隠れよ?」
「そうだ……そうだな。そこだけは
ゼクロスに感謝せんといかんだろう。
チトセ、悪いが病人を運ぶのを少し手伝ってくれ、
もう少しの辛抱だから」
エイリアの指示に健気にも、チトセはまずユイナ姫を運ぶのだった。
「いい子だ」
と、笑ってエイリア。
かくてジルベルト、ユイナ姫、ライナス、シエル、
ジーク、コンラッド、ソニアと、
七名もの病人を抱えた勇者軍は、絶望の中のわずかな希望に
頼るべく、自力ではないにしても移動を行なうのだった。
とても勝利とは呼べない状況にありながら、
レイリアとエイリアが諦めの欠片さえ見せないのは、
彼女たちなりに、自分たちだけが持ち得る
勝算が残っているからである――
最終更新:2011年02月18日 13:05