アットウィキロゴ

第五章-第一幕- 絶望への前奏曲





ライナスがうっかりスパイ相手に一杯食わされた後、
勇者軍主力部隊はカルナード港へと到着した。
カルナード港には、冒険者ギルドの支部が設置されている。
希望と、それに伴う経験、そして技量があれば
上級クラスになる事も出来るのである。

そんなわけで、未だ下位クラスの一部の者達は、
ここで試験を受け、無事に昇格するのであった。
「いやー、案外ちょろいモンなのね!」
と、破顔一笑で言ってのけるソニア。
父親がまだアーム城で在位中のため、敢えて
マスターロードとならなかったユイナ姫も笑って応じる。
「お見事ですね、ソニアさん、で、ちょっといいですか?」
「え?」
「いいから」
ソニアはユイナ姫に腕を引かれ、一行から一時離れさせられた。

「先程のジル君とのひと悶着に関しては、シエルから聞きましたよ」
「あー、うん。アレね……いい子なのよね、彼」
二人きりになったソニアとユイナ姫は、語らいの場を持った。
「ですよね? で、好きなんですか? ジル君の事」
「……そうね。たぶん、私は好きよ。応援するっつったのに、
 随分と自分勝手な事言っちゃって、本当にごめんなさいね」
「何で謝るんですか?」
と、きょとんとした表情で言ってのけるユイナ姫。
「何でって……裏切りじゃない、あなたに対する」
「いいえ。あなたが正式に私のライバルになっただけですから。
 そういうのは裏切りじゃないと、私は思います」
わずか15歳にしてこの物言い。やはり一国の王女である。
「前も言いましたけど、私はジル君が異性を愛するという事が
 分かったら、告白してみようかと思っていますよ」
「あー、うん、私はそのつもりは無いから?」
「え?」
今度はユイナ姫が驚く番である。
「だって、あんなに小さい子に私から告白だなんて……
 なんか負けた気がするじゃない」
「勝ち負けの問題ですかッ!?」
自分の立ち位置も忘れてあまりの暴言にユイナ姫がツッコむ。
「まあ、ジルベルト君から告白してくるようだったら
 受け入れてあげてもいいかなー、なんて……」
開いた口も塞がらないユイナ姫は無視して
言いたい放題のソニアだった。

一方のジークはというと、上陸する際に接舷しっ放しの
レッド・ワイズマンMk-Ⅱの上で見張りを続けていたりする。
スパイの後だけに何かあったら
どうしたものかと警戒しているのだろう。
昇格試験の合格に喜ぶのもそこそこに、
非常に真面目であった。珍しく。
そこへコンラッドがやってきて、望遠鏡を持ち出してきた。
「何か変なシルエットが向こうの山に見えるな」
そのコンラッドの言葉に、ジークも同じ方向を見た。
直後である。

ずずん!

軽く大地が振動を始めた。地震にしては不自然な短さだ。
しかし、船にまで伝わる振動とはただごとではない。
「ジーク、コンラッド、いるの!?」
シエルが近寄ってきた。
「方位、北西! 何かが望遠鏡で見えるが、
 やっぱ何かあったのか!?」
「というより、むしろ一大事であろうか!?」
と、コンラッド、ジークが立て続けに言う。
「分かってるんなら早く船から降りて来なさい! 港が危ないわ!」
言われるままにシエルの後を追う二人であった。

一方、露店で買い食いなどをしていた、
レイリア、エイリアは火山の方位に異様な影を目視した。
「スプレッダー!?」
「にしては大きい……まさか、アレが噂の成体!?」
「合流を急ぐよ、エイリア!」
「勿論!」
すぐに二人は動き出した。

更にジルベルト、ライナスのコンビも事態を察知していた。
「ジルベルト君、調子は万全になったかな?」
(おかげさまで)
と、ジルベルトはただ頷く。
「よし、じゃあ全員に通達しておくよ、いい?」
(お願いします)
またジルベルトは頷く。
「こちらライナス。主力部隊全員に通達するよ。
 噂のスプレッダーの成体とやらがデス・ボルガノンと呼ばれる
 火山帯に出現したんだ。進行ルートを算出したところ、
 確実にカルナード港は巻き込まれるだろう。奴にトドメを刺して、
 一気に戦局を有利に傾けよう。俺とジルベルト君が先行するよ!
 それぞれ任意に合流を試みて欲しい。以上です!」
了承した旨の返事が届くと、ライナスはジルベルトを促し、
大急ぎでシャンゼリー王国領最大級の休火山、
デス・ボルガノンへと足を向けた。

ジルベルトとライナスは山道へと足を踏み入れた。
まだカルナード港までは相当距離があるが、出来るだけ早めに
攻撃を開始し、出来るだけ平坦な地形で撃破しない事には、
ビーム・カーテン改用の重機を運び入れるのにも一苦労だ。
その間に病原菌が撒き散らされてしまうのも避けたい。
しかし、スプレッダー成体は予想以上に大きかった。
シルエット自体はスプレッダー幼生体がそのまま大きくなったような
印象を受けるが、サイズが桁違いだったのだ。
ライナスは慌てて、端末の簡易計測・測量機能を駆使して、
スプレッダー成体を遠目から、サイズ測定を行った。
『全長、57メートル級、体重、550トン級、と、推測、されます』
機械的な音声が絶望的なサイズを挙げていた。
勇者軍史上に置いてこれほど巨大な敵を相手にした記録は、
ザイン=ストレンジャーの時代においてさえ皆無である。
「あれが……成体……!」
(勝てる……のかな……!?)
ライナス、ジルベルト、共に絶望的な気持ちになったが、
タカを括って手出しをしないのは、
勇者軍特務戦技教導隊指導要項にも反する。
ならば、自らを鼓舞するより他に、出来る事は無いのである。
「怖いかい? ジルベルト君。正直、俺もだよ。
 けど、相手も生き物だ。傷も付けば死にもする。
 どんなにしぶとかろうが、付け入る隙は必ずある!
 勇者軍は、勇者軍のために戦うのみだ……いけるね?」
(やる)
と、ジルベルトは残酷なほど素直に頷いた。
「ライナス=ジーニアス! 勇者軍の力の御旗の下に!」
(ジルベルト=ストレンジャー……勇者軍の勇気の命ずるままに)
「出撃!」
(突貫)
ライナスが真っ先に、そして、次いで
ジルベルトが高い崖から飛び降り、
スプレッダー成体の行く手を阻む形で着地した。
そして二人は駆け出す。味方の増援を信じ、
何よりも勇者軍の勝利を信じながら――



<第五章-第二幕- へと続く>
最終更新:2011年02月18日 13:04