第十三章-第三幕- 無意識下の挟撃局面
アルボ森林を引き続き行軍中の
勇者軍主力部隊は、
敵からの奇襲を立て続けに受け、みるみる疲弊しつつあった。
当座の打開策もないまま、残り三時間ほどもあろうかという
行軍に耐えなければならない情況だが、彼等はまだ諦めていなかった。
「うおおおおりゃああああ!!」
何度目かも分からない奇襲を、騎士であるバスクが蹴散らす。
また陣形を変えてきたようだったが、二度も受ければもう通じなかった。
どんなに陣形をいじっても、間合いと呼吸、そして個々の能力に
大差が無ければ、最初の驚き以上の効果など
あるはずもなかったのだ。
「くっ……しつこいですねあなた方も!
そろそろ降参してはいかがか!?」
変人ナルシストの
ジーネ=フォーゲルも、
いつまで経っても倒れない勇者軍主力部隊に
業を煮やしつつあったようだが、
それでも我慢強く語りかけて精神的疲弊を狙ってくる。
「あのー……いくら態勢を整え直しても、無駄だと思いますよ。
そのうち突破すると思いますけど、
まだ続けるつもりですか?」
いくらか遠慮がちにメイベルが語りかける。
「当然です! 我が美しき白薔薇部隊は
この程度で負けはしません!せいぜい気を揉んで、
最後の防衛線で苦しむと良いでしょう!
そして我々の勝利の暁には、
大人しくあの姉妹を差し出すがいい!」
「墓」
「?」
いきなりバスクが一言加えるが、誰も意味が分からない。
が、ジルベルトが的確に翻訳を入れる。
テレパスが便利な局面だ。
『墓穴を掘ったな、だって』
「墓穴を掘ったな、って言ってるわよ!?」
ジルベルトのメールをいちいち丁寧に確認してから
ソニアがわざとジーネに向けて言ってやる。
「何が墓穴だと言うのです!?」
「探」
『どうせお前達はレイリア及びエイリアの姉妹を探索中なのだろう。
だとしたらこちらにも付け入る隙があるというものだ、って』
「どうせお前達はレイリアさん及びエイリアさんを探索中だから、
こっちにも付け入る隙があるって教えたようなモンだ、だってよ!」
またもいちいち丁寧に意訳するソニア。
その様子を見て、何故かジーネは哀れみの目でソニアを見る。
「……何よ」
「……何だか知りませんが、それは面倒そうですね?」
「……それは別に否定しないけど」
もう何度言ったか分からない妥協のセリフをソニアが返す。
「だからと言って、このジーネ=フォーゲル!
配下の兵が残っている限り、諦めるようなことなどありません!
まだまだ手札は残っています! 撤退です!!」
ジーネはまたも手下を引き連れ、しつこくしつこく撤退する。
「あっ、また逃げた!」
フローベールが叫ぶが、ルシアやゼクウは特に気にしてもいない。
「どうせ森を突っ切るまで付き合わされるのよ。
いちいち気にしてたらキリが無いわ」
「……ちなみに今ので十一回目の奇襲です」
と、いちいちメイベルが数えていたらしく報告する。
それを聞くだけ聞いて、ルシアは肩をすくめた。
更に進軍は続き、またある程度歩いてきたところで、
またしてもしつこくしつこくジーネの部隊は攻撃を仕掛けてきた。
「ったく、しつっこいったらありゃしない!」
ソニアもまたぼやきながら敵を蹴散らし始める。
流石に精神的に嫌気が差し始めている。
(まずい……本格的に士気が落ち始めてきている。
まんまと敵の術中にハマってる……)
ジルベルトは思案しながらも、懸命に味方を守る。
遂に体力の無くなりかけたキョウカ王妃が膝を折ってしまった。
「キョウカ王妃!」
メイベルが慌ててフォローに入る。
この人をやらせるわけにはいかない。
公私共に勇者軍の大勢にとって大事な人物なのだ。
だがしかし、まずい。有り体に言って危機である。
まさかこれほどの強行軍になるなどとは思ってもみなかった。
ジルベルトが逆に一時後退して休息に当てるかどうか……
そう本気で悩み始めた時だった。
どだんッ!
乱暴な銃声。一人敵兵が落ちる。麻酔銃のようだった。
「
テディ=カレン、勇者軍の義に基き、いざ、参る!!」
次いで現れたのはテディ=カレン。勇者軍の
メインメンバーだ。
「テディさん!」
喜色満面にメイベルが叫ぶ。
「礼儀正しいのも程々にしときなさいよ。さあ、行った!」
「ドルカス!?」
ルシアも驚く。まさか個人的な知り合いまで来ているとは。
更に後ろからは物騒な狙撃銃を持った
ドルカス=ウィンチェスター。
かつての敵だったが、今はルシア同様勇者軍に深く関わる身だ。
どうやらテディとの仲は良好というところなのだろう。
「な、何なのです!?」
急に無様にうろたえ始めるジーネ。
「何故部外者がここに入って来られるのですか!?
そもそも後ろの陣に残した私の部下達はどこに!?」
「それならここだ」
テディが襟首掴んでいた敵兵らしき人物を放り投げる。
「わざわざこんな所で待ち伏せしていたとはな。
他にも何陣かあったが、全部潰してきた。
俺としては落ち着いて待とうかとも思ったのだが、
住民からの苦情が聞こえてきてはしょうがないだろうな」
と、したり顔で丁寧に説明してやる。
「喋り過ぎだな、テディ。こんな奴に
わざわざ情報をくれてやることもないだろう」
と、更に後ろから紫色の髪の青年が現れた。
「
フロックハート・タウンはあいつが過ごしていた町だ。
あいつが教職員としての役割を終え、
ようやく
惑星アースを立ち去った矢先に、
俺の目に付くところで、こんな騒ぎ……
その愚行を許すとでも思っているのかッ!」
その目に怒りを滾らせ、青年は叫ぶ。
「名乗りもせずに偉そうに! 誰なのです!」
「ヴァジェスだ!
ヴァジェス=バハムートが長子にして、
カレン家の
守護竜とは、この俺の事だッ!!」
カッ!
眩い光を放ち、ヴァジェスは一瞬にして
ワイバーンへと戻る。
「ひゃぁぁぁぁぁぁッ!!」
その姿を見て、敵の兵士が一瞬にして恐慌状態と化す。
「ヴァジェス……あの
フェイト=ヴァジェスⅡ世か!!」
ジーネも聞き覚えでもあるのか、すぐに戦慄する。
「がぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
ガカッ!!
彼の必殺奥技、閃光の吐息――
レーザー・ブレスが
木々を多数薙ぎ払い、一瞬にして戦場は焔に包まれた。
その怒りを漲らせた戦いぶりに、
新人のバスクとフローベールまでもが恐れをなしてしまう。
ソニアも、もちろん驚きは隠せなかった。
「次は当てる! 選べ、逃げるか死ぬかだ!!」
殺意を隠そうともせず、ヴァジェスは言い放つ。
よほどアイツの――
シオン=カレンの愛した街の近くで
自軍が脅威に晒されているのが腹に据えかねたのだろう。
「ぐっ、何故ヴァジェス王の子息ともあろうものが
勇者軍などに肩入れを――」
ガカッ!!
しかしそれをまともに聞きもせず、
ヴァジェスは二発目のレーザー・ブレスを放った。
今度は確実にジーネに直撃させるコースだったが、
彼はかろうじてかわした。
「逃げるか死ぬかだと言った!
貴様風情に選択権があると思うな!!」
「ぐっ――! 総員全面撤退!
命が惜しい者は早くお逃げなさい!!」
ジーネまでも引き上げたことで、
この方面での戦線は完全に決着した。
凄まじい怒りようだったが、ジーネがいなく
なると
ひとまず落ち着きを取り戻したようで、
ドラグーン化して、
青年の姿に戻ったのであった。
「あわわわわわわ……」
半泣きのフローベールだったが、まあ無理も無い。
新人の彼女にとっては、
ナインサークルロードすら上回りかねない、
ヴァジェスの実力は恐怖の対象以外の何でも無かった。
――実際は頑張れば割といい勝負が出来るはずなのは余談であるが。
「だだだ大丈夫よバスク! お姉ちゃんが守ってあげるからね!」
「そそそそんな事言ってもフローベール、足が竦んでるぞ!」
少々情けない事を言う二人をテディがたしなめる。
「おいおい。味方だぞ、味方。
ナリは怖いが一応自軍の最精鋭だから」
「ナリは怖いとか言うなよお前よ」
と、ヴァジェスが半眼で鋭いツッコミを入れてくる。
「……まあ、私も正直びっくりしたんだけど」
冷静にドルカスも感想だけ述べる。
すると、とことことキョウカが近寄ってきた。
「あん?」
こつん。
拳骨のようなものを作って、軽くヴァジェスの頭を叩く。
「森林をこんなに燃やしちゃ駄目ですわよ、
ヴァジェスさん。めっ、です」
「あー……なんかすんません」
申し訳無さそうにヴァジェスが謝罪する。
威嚇目的にしては強烈過ぎるブレスが、
およそ二十五メートルプール並みの面積の森林を
一斉に全焼させてしまっていた。凄まじい破壊力である。
砲剣ストレンジバスターの砲撃でも
ここまでの火力は無いかもしれない。
しかし、そうやって謝るヴァジェスの姿に人間味を感じ取ったのか、
フローベールとバスクの畏怖もいくらか薄らいだようであった。
「ともあれ、戦力を集めているのでしょ。ここからは私やテディ、
それにヴァジェスさんも主力部隊に加わらせてもらうわ。
このアイズ・オブ・バーバリアンも作り直した事だしね」
と、ドルカスが自慢げに狙撃銃を取り出した。
もっとも精度が高すぎて常人相手に使えば文字通りの
必殺武器と化してしまうため、使いどころは限られるが。
ともかく、採算度外視のカスタムメイドライフルである。
「私はドルカス=ウィンチェスター。よろしくね」
「俺はテディ=カレン。まあよろしく頼む」
「俺の自己紹介はいらんだろ。さっき言ったし」
と、三者三様に自己紹介する。
「ところでなんで謝ったんだ? お前のが年上なのに」
と、ヴァジェスにツッコむテディ。
「あっちのが階級高いだろ。それにあの人は凄い人なんだ。
作戦部ばっかりやってるお前には
重要性が伝わりにくいかもしれんがな」
「ふうむ。キョウカ王妃か。ユイナ王女の母上殿だったか?」
「ああ。勇者軍少将でありながら
惑星アース国際平和機構の長官も兼任する、
デリアの引退した今の勇者軍情報部にとっては
欠く事の許されない英傑だ」
「虚弱そうではあるがな」
「……まあ、彼女は非戦闘要員だからな」
「ならば、守ってやらねばならん、という事か」
「そうだ。テディもドルカスも肝に銘じることだな」
「分かったわ」
と、新参加メンバーの中でも意見がまとまったようだ。
その後、更に全員で会議を行う。
「フロックハート・タウンには寄るけど、
すぐに出立する予定になったわ。次の目的地は
いよいよ
カルナード港。コンラッドと合流するわよ」
「おお、コンラッドか。それは頼れるな!」
ジルベルトの心の声をメールを介して意訳したソニアの説明に、
テディがいちいち律儀にリアクションを取る。
「そう距離も無いから一気に駆け抜けたいところだけど、
問題はキョウカ王妃の体力ね。どうしたものかしら……」
「必要なら、フロックハート・タウンで
数日休息で良いと思うけど?」
「駄目よ、ドルカス」
と、ルシアが釘を刺す。
「敵の狙いは遺伝子工学及びそれによって創造された
生命と技術全てよ。レイリア、エイリア姉妹の消息が
未だに不明である以上、私達と向こうの双方が
通信網に引っ掛かるまで、休息は取れないわ」
「……私が思っている以上に状況は悪化しているようね。
バスク、勇者軍の研究部に連絡は取れないの?」
「暫定的ですが大丈夫です、ドルカスさん」
「ならバスクから連絡しておきなさい。通信網を修復ではなく、
むしろこの際、一斉強化させるのよ。
勇者軍の組織規模を考慮したら
いっそこの方が早いかもしれないからね」
「……一理ありますね。連絡しておきます」
『それじゃあ進軍再開なのー!』
「おう!!」
と、ジルベルトの号令で全員が立ち上がり、歩き始めた。
行軍はひとまずの終着段階を見せ、一行は港へと入る――
最終更新:2011年03月05日 22:28