第3部序章-第二幕- 人の運命は一期一会






バスク=ランドルフアーム城から自宅への帰路へと着いていた。
しかし、立ち寄ったロクに名前も知らない村で、
彼は運悪く豪雨の直撃をもらっていた。
挙句、傘も持っていなければレインコートも着ていない。
そもそも天気予報を見ていないので雨など予想出来ていなかったのだ。
そんな不運なバスクは、とりあえず傘を売っていそうな所を見渡したが、
相当な田舎町、もとい村だ。商店の一つもロクに無さそうだった。
人ごみを嫌ってこんな所を通過する己の愚を呪う彼であったが、
たまたま発見した廃バス亭の雨除けスペースに座る事にした。
「ふう……運が悪いな。
 食事する店も無いから一休みもロクに出来ない。
 なあ、ヴィッセル。お前も濡れるの嫌だもんな?」
「ぶるるっ」
全面同意、と言わんばかりにひと鳴きする愛馬のヴィッセル。

ざぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………!

更に大きな音を立てて豪快に雨が強くなってきた。
もはや地面はまともに見えず、軽く脛ほども水浸しだ。
この状況が長く続けば、民家で床下浸水が発生するかもしれない。
だとすれば、これ以上の長居は無用ではあるまいか、
と内心でバスクが悩み始めたところで、男女の姿が見える。
しかも騎乗している……あれは――
「あのー! 確か隊長の妹さん、でしたっけ?」
「?」
雨で視界も悪い上に一頭の馬に二人乗りなので、
男女は訝り、バスクへと近寄ってきた。
何故か男の方はギプスを巻いている。足でも折ったのだろうか。
「あなた……は? 勇者軍の人。そうなのね?」
「あ、ええまあ、はい。分かるんですか?」
「シエル。失礼ではないか?」
男の方が嗜めるように言ってくる。
「ごめんなさい。私はシエル=ラネージュ
 この人はジーク=ルーンヴィッツァー
エスパーなのだ、彼女はな。だから、分かる」
「あ、聞いてます。僕はバスク=ランドルフ。
 今から家に帰るところですけど、そちらは?」
「随分と会っていないからね。お兄ちゃんに会いに行くの。
 確か方角は一緒でしょう? どうせなら随伴してみる?
 こっち、傘は二本あるけど……どう?」
「あ、じゃあ馬にはちょっと無理をさせちゃいますけど、
 早くここの村を離れようと思います、是非一緒に」
そう言ってバスクは立ち上がり、傘を受け取るべく、
ジークとシエルの方へ、一人近寄る。
ばしゃばしゃとうるさい水音を立て、歩くバスク。

だが、刹那――

「がぼっ!?」
どぼんッ!!
凄まじい速度でバスクの体が地面の下へと消えていく。
「ひひぃぃん!!」
愛馬ヴィッセルが主人を心配し、消えた地点へ踏み込む。
がぼんッ!!
しかしヴィッセルも前足だけ地面の下に沈んだ。
「バスク!? どこへ消えたの! バスク!」
慌ててシエルはジークの愛馬、エンテより降りて周囲を調べる。
「待て、シエル! バスクの消えた地点は危険だ。
 私の不運はいつもの事だが、今回は近くにいたことで
 たまたまバスクが巻き込まれてしまったのだろう」
「何言ってるの! 早く助けないと!」
「気付かないか? マンホールだ。蓋が外れているようだな。
 それで、端末で彼の生命反応を追っている」
「……いつの間に?」
「不運は慣れていると言った。肩代わりしてもらったに等しい。
 後で彼には何か奢ってやらんといかんだろう。
 それにほら、端末の反応を見るといい」
「ん?」
シエルはジークの端末を覗き込む。
「これは……」
端末ではX線検査機か何かを通すかのごとく、
サーモグラフ映像的な人型の何かが、器用に立ち泳ぎで凌いでいた。
状況と形状と位置関係を考えれば、バスクに違いないだろう。
下水道に流されまくっているが、
実にタフな事にまったく無事なようだ。
正直それを見て、シエルはホッとするより呆れてしまった。
何故ならそれに似た光景を以前に見たからだ。デジャヴと言っていい。
「まあ、大丈夫ならいいんだけどね……」
「ほどなく、とは言わんが、雨がやみ次第自力で出てくるだろう。
 確か親族がいるはずだ。その人に連絡しておけばいいだろう。
 研究部だったか? そこを経由させておいてくれ、シエル」
「はいはい……ジークの肩代わりだなんて、不運な子」
ぼやきながらも、とりあえず研究部に連絡を入れるシエルだった。
その一方で寂しそうな愛馬ヴィッセルの治療も忘れてはいない辺りが、
彼女の美徳であるのだろう、となんとなくジークは思うのだった。

一方、その頃バスクはと言うと……
「ふんぬ、ふんぬ、ふんぬ、ふんぬっ!」
気合を入れて強引な力任せの立ち泳ぎの最中だった。
もう即時合流は不可能なのは分かっていた。
水の勢いで相当の距離を流されている上に、
別のマンホールから外に出ようとしても、
上から上から水が降ってきているので、
人間技で地上に出るなどもちろん無理だったし、
下水道を破壊して、というのは尚更論外である。
かくなる上はいっそ海から外に出るか、
かなり遠くまで走ってからマンホールから外に出るかしか無かった。
食料も無いのにいつ、やむか分からない雨の終わりを待つほど
バスクは人間が出来ていないし、余裕も無いのだった。
家族にロクに連絡も入れないままだったし、
そのまま死ぬなど論外にも程がある。
「ふぬーがばばばばべばば!!」
一瞬、水の勢いに飲まれそうになったが、再び脚力だけで凌ぐ。
普段からアホのように脚力を鍛えていたのが幸いしていた。
とはいえ、そう何時間も流されて無事な保証などどこにもない。
体力に余裕があるうちに、打開策を取らなければならないだろう。

「おっと、なんだこりゃ? 生き物か?」
ひょいっ、と棒に引っ掛けられてバスクは釣り上げられた。
(こんな所に……人!?)
咳き込みながらもバスクは驚いて自らを棒で釣り上げた主を見た。
「うわっ、亀!?」
人型の巨大な亀が棒でこちらを釣り上げていたのだ。
「亀とは失礼な。いや確かに亜人族だが」
「亜人族?」
亜人族――デミ・ヒューマンと呼ばれる半人半獣の種族である。
どの生物も遺伝子の大半が人間に準じている事からそう呼ばれるが、
こんな亀の亜人の話は、バスクも聞いた事が無かった。
まして、文献や資料でも見た事がない。
「まあ、マイナーだからね。ウェアタートルってんだけど、
 知らなくて当然かもしれないね。普通人間の前には姿を見せないし」
「はあ。とにかく助けてくれてありがとうございます」
「いやいや。君は筋がいい。普通の人間ならとっくに死んでる。
 なんか知らないけど只者じゃないみたいだね」
「ええまあ、一応勇者軍メンバーですからね」
「なるほど、君があの勇者軍のメンバーかい。こりゃ光栄だ」
「バスク=ランドルフです。あなたは?」
「……」
急に黙り込む亀の亜人族。
「あの、何か悪いこと言いました?」
「ああ、いや特に問題は無いんだが、本名はあんまり
 おおっぴらに公表したくなくてね。じゃあ仮名でいいかな。
 Dタートルとでも呼んでくれればいいよ。他にも
 Lタートル、Rタートル、Mタートルっていう仲間がいて、
 一緒に下水道に居住空間を作って生活してるんだ。今出張中だけど」
「こんな下水道にねぇ。物好きな……」
「はは。我々だって好きでこんなトコ住んでないよ。
 それに慣れると意外に悪臭とかどうでも良かったりするしね。
 雨がやむまでは僕等の家にいたらいいと思うよ」
「こんなトコに家持ってる人も初めて見ましたけど、
 お世話になります。よろしく、Dタートルさん」
「はは、任せておいて」

かくて、地下道を歩き出す二人。
ほどなく部屋と呼んでいい空間に出た。
意外と中は広く、何故か家電製品がごちゃごちゃと並んでいる。
正直、そこらのアパートよりよほど快適そうではあった。
「うわあ。これ無断ですか?」
「そう。電気も勝手に引っ張ってきて。僕、得意なのよね」
と、どや顔でリアクションするDタートル。
「メカいじり、好きなんですか?」
「うん、そういうの僕の担当だし」
Dタートルは冷蔵庫から冷えたミルクを取り出した。
「飲むといいよ。服も乾燥機使っていいから」
「あ、はい。ありがとうございます」
バスクが礼を言ったところで、Dタートルはバスクの武器に気付いた。
「棒? 君も棒術か何かを使うのかい?」
「ええ、まあ。普段は騎士としてですので、
 派手な動きもしませんが、一応これを専門に戦っています」
「ふむ、伸び代がありそうだね。僕が一つ技を教えてあげようか?」
「えっ、いいんですか?」
「うん、これも一つの縁だからね。それにどこかで自分の使う技を
 別の誰かが使ってくれるのは、案外嬉しいと思うしね。
 それに馬に乗れない時の保険も必要だろ? どうだい?」
「是非! もっと強くなりたいんです!」
「ああ。そうするといいよ。でもLタートル達には内緒だぜ?」
「はい!」
「服が乾いたらトレーニングルームへ行こう。そこで訓練だ」
Dタートルはそう言うと、電子レンジから取り出したピザを
美味そうにつまんだ。どこで入手したかは知らないが、
実に優雅な事であった。周囲の悪臭を除けば、だが。

バスク=ランドルフ軍曹。14歳になったばかり。
一人だけ成長の行き遅れていた彼は、
今ようやく師と仰いでいい人物と出会い、
そして人知れず新たな境地。即ち『奥技』へと導かれるべく、
その伸び代を一期一会の運命の中、
静かに引き出されようとしていたのだった。
まるで、それが最初から決まっていたかのように――



最終更新:2012年02月14日 02:20