永遠の子供1-3 - 崩壊学園wiki

「じゃあ私は誰の妖精だっていうの?」
セリフを読み終わりどれくらい経っただろう。
セリフと舞台音楽以外の音がかすかに聞こえてきた。
パチパチパチ——
拍手だった。
まばらな拍手だった。舞台下にはあまり人がいない。
第四場が終わり、私は舞台裏に下がった。
次の場まで一分ほどの時間しかなかったが、
後ろを振り返るととても感慨深かった。
私もついにダンス以外のためにステージに立つ日を迎えたんだ、と。
……。
あっ。
二週間はあっという間に過ぎた。
今日はドレスリハーサルの日。
この劇で合同演公演に参加できるかが決まる日だ。
頭に血が上って参加を決めたあの時から、片時も止まることなくこの日まで駆け抜けてきた。

(回想)
……。

紋章
星綺部長、脚本まだ完成してないの？

星綺
まだだよ！そんな早くできないからね、今回の審査は初版の内容でいくしかないか.......。
そんな事より、油売ってるヒマがあるんだったら練習しなさい、練習！

アルテミス
星綺部長、宣伝部が部長に編集後の音声を確認しに来てもらいたいそうです。
えっ、大丈夫ですか部長！なんだか全身から力が抜けたみたいに見えますよ！

星綺
これ以上部長の仕事を続けたらもう......ワンワンワン！

星綺部長は奇声をあげ、駆けだしていった。

紋章
ふふっ、星綺部長ってホント面白い人ね〜。

……。
(回想終)

準備期間はたった二週間だったが、すごく長い間経験を重ねたような気がする。
放課後も週末も.....演劇部のみんなと一緒だった。

(回想)

アルテミス
ちょっと、待ちなさい！

紋章
いいわね〜すごく自然体。でも動作をもう少しだけ強調してもいいかしら。うまくコントロールしてね。
小さな動作は大きく、大きな動作は細かくよ〜。

アルテミス
あなた自分がおかれた状況、わかってるの！？

星綺
あの二人、何してるのかな？

演劇部の部員
ああ、「日記を後輩に盗まれた」という寸劇を即興でやってるみたいです。
アルテミスが怒りの感覚をつかむのを手伝っているらしいです。

星綺
劇中で怒るのは......ピーターのはずだね。

……。

星綺
もう時間がないよ！あなたたち、ちゃんと時間を見て！
舞台に上がるの、忘れたわけじゃないだろうね！

—— ごめんなさい。

……。

(回想終)

この二週間に限ったことじゃない。
当初......演劇部に入ったばかりの頃も——
演劇部の舞台に初めて関わった時も——
みんなの雰囲気はいつもこうだった。

……。

(回想)

アルテミス
フック船長は......これを着るんですか？

星綺
一時的なものだよ。時間もなかったし、主役の衣装から作っていかなきゃいけないから。　

アルテミス
「海賊」と書かれてる札があれば、そこに海賊船があるという事ですか。
これまでもずっとこういうやり方だったんですか？

星綺
演劇部の経費には限りがあるからね。

紋章
サメの彼り物をかぶってワニ役をするのに比べたらずっとマシでしょう。

ハハハハハ〜。

……。

(回想終)

「一緒に探しにいこう。」
「忘れたくないもの、それと......。」
「新しい変化を。」

忘れたくないもの、それはもちろんある。
演劇部で過ごした時間、自分で選んだこれらの記憶。
私はまだそれを見続けたいと思っている。

アルテミス
コンテストでみんながまた落ち込み苦しむのを見たくない。
ただそれだけよ。
気持ちを整理してようやく気が付けたわ——実は私が怖がっていただけだったのね。
これじゃあまるですべてが終わっちゃうみたいじゃない。　
私たち、今日の審査でオーケーをもらって、これからも劇を続けるんだもの。
一か月後の合同巡演公演もそう。それに…....
休み明けの全国大会も。

演劇部の部員
アルテミス、第五場が始まるわよ。

アルテミス
うん。

演劇部の部員
う〜ん。

アルテミス
えっ……何？

演劇部の部員
あなたのその姿、何度見ても本当に美しいわ。

アルテミス
か、からかわないでよ。
スカートもやたらと短いし、この服も.....。

演劇部の部員
きれいだったらなんでもいいのよ〜。
「チリンチリン~チリンチリン~」って、あなたが完全に役になりきってる姿もすごくかわいいけどね！

アルテミス
ほめ過ぎよ。
じゃあ、行ってくるわ。

演劇部の部員
頑張って。

幕が開けた。

トゥートルズ
ピーターパンを中に置き去りにしてしまった！

双子A
もう戻れない、海賊が来た！

双子B
彼らはウェンディまで捕まえていった。
私たちのお母さんを！

カーリー
ピーターパンなら何とかしてくれる。何でもできる！

ティンカーベル
ピーターはまだ中にいる！

ピーターパン
メチャクチャじゃないか、一体どうしたんだ。
子供たちは、ウェンディは......みんなどこに行っちゃったんだ！

ティンカーベル
海賊どもが来たのよ！

ピーターパン
ティンク、どうしてここにいるんだ！
きっと僕が薬を飲まないものだから、みんな怒っただけに決まってるさ。
もう十分遊んだことだし、みんなに帰ってきてもらおう。

紋章.......ピーターパンは観客の方を向いた。
演劇部の仲間や生徒会の人、それに部外から支えてくれている人たちがそこにいた。
舞台下で見ているそれらの人々が、まるでネバーランドの子供たちのように感じられた。
彼女はその子供たちを招こうとしている。

ピーターパン
？

ティンカーベル
(いけない、私のパートだった。)

集中しないと。
舞台下の観客に注意がいって、ついついボーっとしちゃったわ。
ええと、次のセリフは......。

ティンカーベル
毒が入ってるかもしれないわ！

ピーターパン
……。
バカ言うなよ。フックがここを知るわけないじゃないか！

ここで薬を奪って、ここからは私の独壇場になるのよね......。
でも今の状態だと......。

ピーターパン
ティンク、毒が入れられてる証拠でもあるのかい？

そう言うと紋章は私のそばへと歩いてきた。
気づいてくれたのかしら？

ピーターパン
（小声）長時間集中できないなんて当たり前さ。
（小声）大丈夫、僕がフォローするから。

ティンカーベル
……。
(これを飲んで、倒れる。)
(台本にそう書いてあったわ。)
(ティンカーベルの状態から完全に普段の自分に戻っちゃったけど、これくらいの動作だったら……。)

紋章が緊張した面持ちでいる。すぐにでも駆けつけてきそうだ。
彼女は......観客に背を向けている。
—— 主役である私の存在感を引き立たせるために。

ティンカーベル
（彼女のことを信じよう。)

薬を飲んだ。

ピーターパン
ティンク！なんでこんな事したんだい！
本当に毒が入っていたのか......どうして僕はティンクのことを信じなかったんだろう！

ティンカーベル
自分が悪いだなんて思わないで。
落ち込まないで。ピーターはいつものピーターじゃなきゃいけないのよ。
私はただ自分がしてしまった過ちを取り戻そうとしただけ。

紋章が私のことを見つめている。
その様子は、ティンカーベルが死にそうになるのを緊張した面持ちで見つめるピーターパンの表情とは違い、とてもやさしげだった。
「頑張ったね。」
まるで、そうほめているかのようだった。

ピーターパン
ティンク、ダメだよ、ティンク！
ティンクが死んじゃう。誰かで妖精はいると思うかい！

ピーターパン
フック、たとえ僕ひとりしかいなくてもいい。
今度こそ決着をつけよう！

当然、妖精の存在を信じる人などそこにはいませんでした。
子供たちも逃げてしまったのです。ほかに誰が信じてくれるというのでしょうか。子供ひとりでも妖精の存在を信じてくれたらこの妖精は死なずに済むのです。

いつでも泣き顔を作れて、泣いたと思ったらすぐにいたずら好きの笑顔を見せる。
普段だとすごく手を焼かされるその能力が、今は何よりも頼もしかった。
「演劇部のみんながサポートするから。」
部長のあの時の言葉、こういう事だったのね。
私も、頑張らなくちゃ。

ティンカーベル
ピーター……。

ナレーション
経験したことが増えれば増えるほど人は成長する。
それはピーターパンも同じこと。

違う。

ティンカーベル
自分勝手で、人に付きまとって、軽率で時に間違うこともある。それは私たちが生まれつき持って生まれた性格のようなもの。
でも特に理由もないのに勇敢で、なんでもできるという自信に満ち溢れている。
だからピーターはたったひとりでも......海賊に立ち向かいウェンディを助けようとしているのよ。

これは本当に紋章が演じるのにうってつけの人物よね。

ティンカーベル
ひとりでも......妖精がいると信じていれば。
毒を飲んだ私がもう二度と目を覚まさなければ、ピーターもそれらの経験によって成長したということ。
でもそうはならなかった。ピーターの心は変わったかもしれないけど、今でも夢のような出来事を信じ続けている。
私もみんなのことを探しにいかないと。ピーターを助けないと！

ナレーション
そこには道理も論理もありませんでしたが、それでも勇敢に前へと進んでいったのでした。
そういう彼らだからこそ、空に浮かぶ星々もここまで輝いて見えるのかもしれませんね。

ティンカーベル
本当に大人になってネバーランドで消えてしまう前に。
再度はばたくのよ。

ティンカーベル
行きましょう、ピーターに協力するのよ！

双子A
僕たちもう海賊に負けちゃったし。

双子B
失敗したし、もうチャンスはきっとないよ。

ティンカーベル
そんな事ない！

この後、子供たちを見つけ出すのよね。
大丈夫、ちゃんと覚えてる。

双子B
へへへ、捕まらないよ！

双子A
隠れる！私は行かないよ！

双子A&B
あっ、捕まっちゃった！

ティンカーベル
フックに一度くらい負けたからってなんだっていうのよ。今のかくれんぼだってあなたたちまた私に負けたけど。
悔しかったら次は勝ってやり返してやればいいだけじゃない！

そしてここでシーンが変わって殺陣に入るのよね。
大丈夫、きっとできる。

トゥートルズ
ティンク、戻ってきたんだね。

ティンカーベル
あなたずっと頑張ってるわね！

トゥートルズ
ウェンディを矢で射っちゃった時の後悔の思いが今もあるんだ。
もう過ちはおかしたくないから！

ティンカーベル
じゃあ、あなたどうするつもり？

トゥートルズ
ピーターの力になりに行くよ！

カーリー
ピーターが、君たちはもうこれ以上進むなって言ってたよ。

ティンカーベル
私たちも協力しないと、きっと大変な事になっちゃうわ。

カーリー
ピーターの言うことは絶対だよ。僕たちが行っても勝てないから、ピーターがやるしかないって事だよ！
レッドスキンズもそう思ってるし！

ティンカーベル
バカ！

ここから殺陣だったわね......。
体力も大丈夫そう。
これまでしてきた練習、無駄じゃなかったわ。

ティンカーベル
ハァ……ハァ……。
どう、これでもまだ勝てないと思う？
結論は、もう一度やってみてから出せばいいのよ！

カーリー
今日のティンクはなんだかすごくましいね。

フック
天真爛漫なピーターパンめ、おまえのその小生意気さの前じゃその利口さも純真さもあったものじゃないな！
さらばだ、わがライバルよ！

ティンカーベル
ネバーランドに居続ける勇気すらなかったら、もう何もないじゃないの！

ピーターパン
ハハハ！ティンク、君ならきっと大丈夫だと信じていたよ。
でも、ここからは僕がやるから下がっていて。

ティンカーベル
それはあなたが決める事じゃないわ。
みんなをネバーランドに連れてきたのはあなたなんだから。
これからもずっとネバーランドで一緒に遊んでよ！

ピーターパン
まさか君に説教されることになるだなんてね。

フック
家も焼かれ失くしたというのに、どうしておまえらそうやって笑顔でいられるんだ。
一度はやられたというのに、どうしてまた立ち上がれるんだ！

ピーターパン
なぜなら僕はピーターパンだからさ。僕は喜びであり、生まれたての小鳥だよ！
ダメでももう一度やればいいだけさ！

ティンカーベル
それに私たちがついてるからね！

ティンカーベル
ハァ……。
うまくいったわ。

紋章が静かに私のことを見つめ、うれしそうな笑みをうかべた。
その笑顔にあの小生意気さはなかった。彼女のこの感情は彼女が演じているピーターパンの表現の一部ではないはず。
いいえ、そう思ってしまったら最後、また術中にはまっちゃうわ。紋章にとってのピーターパンの人物像が万が一……。

ピーターパン
家に帰ろう。

ティンカーベル
……。

まったく。私が注意をそらすと、すぐに気づいて引っ張ってくれるんだから。
私、先輩だっていうのに全然頼りがいがなくなっちゃったわね。

ティンカーベル
お星さまは.....私がもう大人になったと言うけれど。
でも何も変わってないみたい。

ピーターパン
それでも、彼女たちはいずれ大人になる。

歓喜の声とともに子供たちが集まってきた。

ティンカーベル
それならそれで、ほかの子供たちがまた来てくれるのを待つわ。
あなたが成長してしまったとしても、ほかの子供たちに私の存在を信じてもらわなくちゃいけないしね。
私、ずーっとネバーランドで待ってるから。みんながまた来てくれるのを。

ピーターパン
じゃあティンク......ネバーランドで待っててね。
いつまでも。

ティンカーベル
！？
(小声）また台本勝手に変えたでしょ。星綺部長にお仕置きされても知らないから。

ピーターパン
(小声）だってこの方がずっといいじゃない。

頼りがいがあるとかないとか、そんな事はもうどうでもよかった。
今はこの劇のエンディングに向けて突き進もう。

ティンカーベル
私、自分が誰の妖精なのかがわかったわ。

ピーターパン
僕もだよ。

ティンカーベル
ネバーランドに来たすべての子供たちのなのよ。ピーター、あなたも含めてね。
ここを離れるその時まで、思いっきり楽しんで行ってよ。

ピーターパン
でもここでの時は.....無限に長いかもしれないけどね。