「改めて謝罪をしたい。本当に済まなかった」


 年下の少女にも姿勢を崩さず、腰を折るのを屈辱とも感じてない、必要以上にへりくだらず、さりとて必要最大限の誠意を込めた、模範的な礼だった。
 難癖ありきの悪質なクレーマーでもなければ思わず怒気を収めてしまいそうになる、社会人の哀愁と世知辛さを未成年の少女に思わせる、処世物の賜物だ。

「あの瞬間、決して間に合わない距離じゃなかった。もっと彼女への防護を優先すべき余地は十分にあった。
 パフォーマンスを援護する意味は必要だったにせよ……より近くにいるべきだった。全ては俺の不徳の致すところだ。弁明のしようもない」
「謝らないでください。それじゃ今度は私とにちかが狙われたかもだし。たらればの話はやめましょー」

 話し合いで押し流してなあなあにしたくないと、寮を後にした3人のアイドルに対して深く頭を下げたライダーに。
 最初から非難する気も毛頭なかった摩美々からすれば、お門違いもいいとこであると、顔を上げるよう促す。

「……ごめんなさい。嘘です。ほんとはちょっとだけ怒ってます。
 もう少し、なにかないと……気が済まない、カモ」

 悪戯心か、微小な邪念か。
 話を円満に終わらせずに、摩美々は口を尖らせた。

「当然だ。命に関わるのは勘弁して欲しいが、それ以外の恥辱は甘んじて受けるよ」 
「はい言質ー。じゃあにちか、なんかライダーさんの弱みになるネタないー?」
「えっそこで私に振るんですっ? えーあーライダーさんの弱み……?
 ───ああ、はい、アレ。俺には心に決めたツバサがいるんだぜ、とかキメ顔で言っておきながら、いつも周りに幼馴染侍らせてるらしいですよこの人」
「マスターマスター。幼馴染以外をいやに曲解した情報を流さないでくれ。当人達は気にせずとも、周囲からするとけっこうデリケートな政治問題に発展してだな」
「うわーさいてー。ライダーさんはプロデューサーさんみたいに誠実な人だと思ったのにー。
 ……いや、あの人も割と勘違いさせるようなこと言いまくってるな……」
「あ、あと結局本命は体の中に住んでる男の人で、お前がいないと生きていけない一蓮托生の運命なんだぜーって」
「……嘘だろマスター。そういう目で俺達を見てたのか?」
「はぁ!? これライダーさんの罰ゲームですよね! なんで私まであらぬ目で誤解されてんですか!?」 
「はいそこまでー。ここらでお開きとしまぁす」

 ぱん、と手を叩く音を合図に、謎の寸劇が幕を閉じ。
 我に返ったにちかが、極めて気まずそうに壁に後退する。
 アシュレイもメロウも文句ひとつ言わず、方舟組にはすっかり慣れた姦しさに、霧子は「ふふっ……」と珍しいものを見たように微笑み、もう一歩後ずさった。


「寛大な心遣い、誠に感謝するよ。元気を取り戻してくれたようで安心した」
「はいー。元気ばーりばりばーいでーす」

 ピースピースと指でポーズをキメてアピールする、田中摩美々を表すアイコンとしてしっかり定着した、パンキッシュなメイク。

(誤魔化してるが隈が酷い。かなり嵩んでるな。やせ我慢を張れるぐらいの気力はさっきもらえたようだけど)

 アイドルでもっとも重荷と重圧を背負う立場に置かされているのが、今の摩美々だ。
 にちか達に真乃、霧子と、前に出て行く気質でないメンバーが集まったことで、自然と彼女が牽引役を担う流れになっている。
 面倒くさがりで天才肌、ノリが悪いからとレッスンをサボろうとする気まぐれ屋のようでいて、手の足りない箇所に目を向ける視野の広さと、身内の判定を下した人にはさりげなくも世話を焼く面倒見のよさがあることを、事務所の人間は知っている。

 電話越しとはいえ、敵連合の頭、蜘蛛の後継者と代理闘争すらも強いられすらもした。
 悪の首魁。別世界に生きるが如しの殺人者。プロの交渉人でも骨が折れそうな魔王との対話。
 そこに殊に心労をかけた先の一件。気をやるまでいった精神の負荷の重さは計り知れない。

(……まだいける、そういうことか)

 戦争と畑が違うとはいえ、アイドル業もまた激務だ。
 稼ぎ頭のアンティーカでは要領よく捌いている摩美々は寝る間も惜しむとまでいかないものの、リスクの配分は心得てる。

「と、いうワケでー。場も温まったところですし。ライダーさん、お願いしますー」

 その摩美々が先を促している。
 ここで立ち止まって休息に費やしていてはいけないと言外に告げている。
 体力も精神も限界に達しつつある中で、ここが踏ん張りどころだと心得ている。もう、間に合わないのはごめんだと。

「……ああ。周回遅れはここまでだ。巻き返しに行くぞ」

 もういい加減に休ませてやりたい、が本音だとしても。
 負担を可能な限り引き受けるのが計画を主導したサーヴァントの責務と前提を置いても。
 一時の安らぎを得る行為には、既に意味がないと理解している意志を汲み、アシュレイは頷き議題を展開させた。
 時間に余裕、あらゆる暇は足りずとも、叫べる限り、未来(イノチ)の希望(ヒカリ)は続くのだと信じて。


 ◆



 時間を節約したいということで、別の案件と平行しての作戦会議となった。


「俺達の目標設定を再度確認したい。
 大別すると、聖杯戦争脱出の方舟の製作、それに伴うマスターとサーヴァントとの対話。
 そして要救助者との接触、回収。確認される対象は、プロデューサーと古手梨花。ここまではいいか?」
「はい……」
「霧子、分かるー?」
「うん……アーチャーさんから……色々なお話……聞いてるから……」


 大ぶりのおにぎりを手に取って、めいめいに咀嚼しながら指針を確かめ合う。
 酷暑の炎天下でも食欲が失せないよう、しっかりと塩味が効いていて、中にはごろっとした大口の具が入っている。
 サーヴァント分含めてもそれぞれ2個ずつは平らげられる計算の数だった。今や栄養に水分補給も必須の任務と化している。

「だが後者において、火球の知らせが入った。プロデューサーと古手梨花の命が、それぞれ異なる理由で尽きようとしている」

 再合流した幽谷霧子から与えられた情報は、方舟にとって貴重なものとなる値千金ばかりだった。
 光月おでんと古手梨花という、最優のセイバークラスのマスターとの協力体制。リンボが獲物とするフォーリナー、アビゲイル・ウィリアムズとの横の繋ぎ。方舟が界聖杯で一度として顔も合わせられなかった、海賊同盟に囚われていたプロデューサーとの接触。
 地平戦線発足に至る前とその最中にあって、方舟の造船と災禍からの防衛に追われていたアイドルからは見えなかった地平の巡礼を、離れていた霧子は乗り越えていた。
 吉報か凶報の違いは関係なく、方舟のアイドルの面々は必ず知らねばならないことだったのだ。

「……だから、なんですね。なんでプロデューサーが、私達と会おうとしなかったのか」

 おかかのおにぎりに手をつけた摩美々が、抱いてた疑問を解く答えを零す。
 彼のホワイダニット。あれだけアイドルとの直の接触をプロデューサーが固辞し続けていた理由。
 引っ込みがつかないとか、光の元に戻されるわけにはいかないとか、そういった精神面の話でなかった。
 共に歩めるだけの時間が残されてない、肉体的にもう救えないという、単純な理屈だった。

「下手人は恐らくは、海賊同盟のライダー、ビッグ・マムと呼ばれてたサーヴァントだろうな。Мとの接触時にも似たような事象を確認してたみたいだ。あいつはそれを自力で解除してたらしいが……」
「そのサーヴァントって、もうやっつけられちゃったんですよね? こういうのってそしたらもとに戻るってのがお決まりのパターンじゃ……?」
「……どうかな。魂の扱いってやつは難しい。契約なり能力なりで切り分けられたものが、そう簡単に返ってくるものか。
 それに魂はサーヴァントにはエネルギーにもなる。魂をコレクションするぐらいやりくりが出来る奴が追い詰められた時、手を出さない保証はない」
「それって……!」
「この先の時間をプロデューサーとしてアイドルと共に生き永らえる余裕も、その意志もない。
 そうなればもう、勝ち目のあるなし関係なく願いに殉じて砕ける以外、彼の行動に意味を持たせられない。
 心血注いで何も成せなかったので辞めます───どこにでもありふれていて、最も耐えがたい人生の総括だから」

 プロデューサーは聖杯を手に入れるために命を捨てている。
 捨て身の覚悟や投げやりになったという気構えではない。「これから死にに行く」のではなく、命は既に「ない」のだ。
 賭金は没収された。一世一代の大博打で、宵越しも残さず完全に破産した。
 人質の旨味も戦力としての期待もない。
 そんな彼に聖杯という唯一縋りつける希望を諦めさせることは。
 『もうあなたには何もできないんだから、そのままさっさと燃え尽きてください』と、荼毘に付してやるのが慈悲だと。

 プロデューサーはそれを受け入れている。むしろそうやってアイドル達には見捨てて欲しいとすら願ってる節がある。
 徹底的な没交渉はそういうことだ。
 その果てに生まれるのは、光の奴隷の宿痾。人ではなく現象に近しくなった『ただひとりの七草にちかを救う』ためだけの概念だ。

 この世界のどこにもいない七草にちかを救うために、羽根を折り、傷を膿み、無数の痛みを浴びてもアイドルになると吼えたここにいる七草にちかを。
 幽谷霧子の生きる、全てが上手く行って幸福のチケットを掴み、アイドルとして戦う七草にちかの世界を、諸共に殺すという矛盾にも、躊躇わない。
 君たちは素晴らしい。この世に二つとない尊い花だ。一緒に仕事に携われたことを誇りに思う─────────だが、殺す。
 いや、既に『一度目』でそれに加担したも同然の行いをしている以上、尚更引っ込みがつけられない。
 彼は英雄ではないのだから、この土壇場で優勝レースに躍り出る逆転劇が起こりはしないし、強者を引き摺り降ろす逆襲者にもなりはしないだろうが。
 それに成ってしまい、成った彼を彼女らと合わせる事自体が、そもそもの禁忌であり、敗北だった。



「提示しなければならないが、俺達の中に失った魂を補填させる手段を持ったサーヴァントはいない。それこそ聖杯の余剰リソースにでも期待する他ない。
 唯一の当てとは、今なお取り付く島もない。いてもあいつが一番嫌う枠組みだろうからな……」

 一足早くおにぎり1個を平らげたアシュレイは、厳然たる事実のみを渡す。

「だから俺は問わないといけない。
 マスター。田中さん。幽谷さん。それでも君らは彼らを救いに向かうか?」 

 プロデューサーを説得し、こちら側に引き戻して生還するという当初の指針は消失した。
 救っても、その先がない。いや、「私では答えにならなくても、せめて生きていたいと思えるようになって欲しい」という前提が崩壊した今、救おうとする行為自体が、彼から全てを失くす。
 願いの成就も、生存の手段も与えてやれない。
 慕っていた人の後悔と執念に塗れて凋落した姿を見せつけられ、嘆きと慟哭で飾られた、湿っぽい別れの挨拶ぐらいしか渡せないかもしれない。
 そういう、残酷を、隠すことなく告げる。

 以前までなら、隠そうとしたままだったろう。
 欺瞞を使うとはいかずとも、あえて明文化せず疵の残らない言い回しで選択を促していた。
 だが、今は。


「救うとか、そういうのは……どうしたら救えるのか、どうすれば救ったってことになるかも含めて、分かりっこないですよ」

 答えたのはにちかだった。

「そこまでボロボロになって何やってるんだ、時間がないならなんで早く会いに来ないんですか、どれだけ心配させてると思ってるんだって、言いたいことは山程ありますけど。
 それがあの人にとってどれだけの意味があるかだって、今の私には分かりません」

 意外にも二個目のおにぎりに手をつける健啖ぶりを発揮し、水筒のコップに入った麦茶を呷って口の中を洗い流してから。


「だから、全部ぶつけてやります」


「あの子が言えなかったこと、私が言いたかったこと、誰かが言うべきだったこと、何もかも洗いざらいひっくり返してぶちまけちゃいます。
 こんだけ姿も見せず迷惑かけといて、もう手加減なんかしませんから」

 自虐ではなかった。
 半ば以上虚勢ではあるかもしれないけど笑みを作って、不敵に塩鮭のおにぎりにかぶりついてみせる。
 後がない、という意味では、にちかも同じような立場かもしれなかった。
 余分な部分、恐怖すら削ぎ落とされ、だからここで自分のやりたいことを優先して発言できるのだろう。


「…………まあ、私はにちかほどアクセル全開で正面衝突したりはしませんケド」

 次いで前に出た摩美々は、にちかほど意気込んだ様子を出さず冷静さを装って。いつもと同じ薄笑みで。

「私、悪い子ですから。ほっといて置いてけぼりにしちゃう酷い人には、なにするかも分かりませんねー」

 沈殿する憂いも淀みもおくびにも出さず、どう悪戯してやろうというアイコンを立てる。
 自分を差し置いて悪さをする人。置いていこうとする人に追いかける、黒い猫のように。


「……梨花ちゃんは……咲耶さんの言葉を、私に届けてくれました……」

 先にプロデューサーに会い、言葉を交わしている霧子は、もう一人の存在に向けた思いを発した。
 契約してるセイバーのパスを伝わる影響と、直後に接触した皮下の配下だった少女からの説明で、会わないままに状況は掴めた。
 皮下の再度の拉致。葉桜なる異能の血の注入。元の世界と因縁あるマスターと潰し合わせる鉄砲玉。
 肉体を壊死する劇毒は、新たな可能性を花開かせる種でもある。
 共に生命が尽きかけてるのは同じでも、梨花の症状はより悲惨なる残酷さを負わされている。

「咲耶さんの言葉を、大事にしてくれて……私にその思い出をくれて……一緒に頑張ろって……言ってくれました……。
 だから……梨花ちゃんがまだ……頑張ってるなら……。私達が来たら、お邪魔かもしれないけど……一緒に頑張ろって……応援したい……です」

 己がそれを背負わせてしまった因であると理解して。
 だからこそ今の自分は生きていられるのだという因果から、目を逸らさないのであれば。
 どんな光景が待っていても、迎えに行きたい。もらったものを返せなくても、言いたいことを伝えたい。
 あいを受け取り、あいをあげられる、霧子が歌うアイドルの姿で、梨花と会いたいと。


 3人の言葉を受けて、アシュレイは薄い笑みを形作った。

「……本当に、過保護だったのかもな。俺も、アイツも」

 自分であり、ここにいない誰かに当てた、自虐の笑いだった。

 強くなることは正しく、美しい。
 困難に折れず、辛苦を研磨材に替え、血と涙の意味を前進の理由へ錬成させられることは素晴らしい。
 適者生存、弱肉強食などという雑に一括りにするようなものではない、生きる者凡てに備わる原石だ。
 そこに異論は挟まない。光の雄々しさ、眩しさに全身どころか魂までも灼かれた身が、それを保証する。
 だが───君達がその強さを得るのは、本当に良かったのか。
 それは召喚されて以来、常にアシュレイの喉元に小骨になって突き刺さっていた懸念だった。

 剣も銃も取ることのない平和な世界から、一転して戦争に送られ。
 殺人者に、破壊者に、悪鬼に、外道に、死神に命を何度も狙われて。生き残る毎に、大切な人を失って。
 得たものは必ず人の血肉になる。咀嚼して嚥下して消化した時、それは成長の糧に変わる。それは自然なことだ。
 本人の意思も問わず、何の関係もない殺し合いに放り込まれる。
 争乱とは大抵そんなものだ。犠牲者はサイコロを振って出た目で決める気軽さで選定される。
 だとしても。死ぬよりは遥かにマシだと、痛みと死を与えられ、強くなるしかなかった、強くさせられるしかなかった彼女達を。
 強くなったと喜ぶのが、本当に正しいと叫べるだろうか─────────?


 馬鹿を言え。思い上がりもいいところだったと己を痛罵する。
 彼女達は強かった。最初に出会った時から、ずっと。
 戦いの強さではなく、心の強さ。殺し合いに臨める耐性ではなく、何を目指し、何処に向かうかという精神(こころ)を、始めから持っていた。
 彷徨い揺蕩う小舟のようなアシュレイのマスターにも、それはあった。今は埋もれ、気づけなかったというだけで。
 彼女達は極楽浄土(エリュシオン)にも灼烈恒星(アルカディア)にも染まりはしない。峰津院大和の掲げる新宇宙にも適合する強者じゃない。
 ならば弱者か。それも間違いだ。それは戦いで発揮されない強さを備えているということ。

 アイドルという星。
 一等星の頂きを目指して競い合い、蹴落とし合う戦場であるのは間違いないだろう。
 だがそこで披露する輝きは、見る者全員に光を灯す。
 同調した相手に無限の出力と手段を供給するでもない。
 美しく正しい、幸せな栄光と勝利を約束するでもない。
 宇宙の新生。世界の変革。そんな大それた事とは関わりない。愛と夢と希望を見せるだけ魅せるだけの、いわば幻想だ。
 目を灼かず、魂を奪わず、見る者の心を震わせるのみの輝き。
 現実的な益をもたらすわけがない、一夜の夢のような少女の児戯。

 けど─────その幻想には熱がある。
 天から与えられなくても、自ら何かを生み出そうとする情動をくれる。
 なんの確約もされないけど、なんとかなるさと未来に進む足に力を入れる勇気を貰える。
 「大した世の中ではないが、もう少し生きてやるか」と、そう思わせる数値で見えない「何か」を創造している。
 乾いた喉を潤し、傷ついた心を癒やす。寄り添いながらも触れ合わず、どこまでも遠い場所にいながら、誰よりも近く見ている。
 夜空に光る、綺羅星(スフィア)のように。

 そんな少女の持つ強さを育て、守ってきた一人の男がいた。
 芸能界という、恐らくは過酷な競争社会で、ひとりひとりの輝きを尊重し羽撃ける巣をずっと営んでいた。
 その人が今、飛べないまま巣を去った雛のために、巣立ちを待つ鳥の涙を振り切って失墜している。


 ああ、上等だ。
 最も弱く儚く、されど優しき星々の流す涙を止める。星の担い手として一切の過不足なき理由だ。


「───その旨、請け負った。君達の星を届ける翼の任、必ず遂げよう」

 赫灼が猛る。運河が踊る。言うに及ばず、是非も無し。
 奈落を上がり、崖を階に鳥は翔び立つ。


 ◆





 ……。




 …………。




 ………………………………………。





「悪いな。こっちの構想に付き合わせる形で。ここでなら時間の経過は無に等しいし何かと都合がいいんだ」
「構うな。俺の都合に斟酌する必要などないだろう。現実では寸暇の浪費も許されない」


「そも、俺はとうに壇上に登れる権を破り捨てた身だ。予定にない飛び入りが舞台を荒らすのが歓迎されないのは何処も変わらん。歌姫流では厄介ファン、と言うのだったか」
「結構な驚天動地な台詞をお前の口から聞いた気がするよ、今」
「仮初とはいえ比翼の主、そこに纏わる身辺をお前経由で仕入れるのを怠るはずがないだろう。一度は個人(ヒト)それぞれに問いかけようと馳せた俺ならば、尚更だ」
「ああ、まあ、飽いてはいないようで安心した。外に出さないのはともかく、窓すら塞いでしまうのは幾らなんでも忍びない」
「ならば俺からも言わせてもらおう、我が比翼。お前こそいつまで開帳を惜しんでいる」


「ヘリオス?」
「俺自身の顕現は既に叶わんが、お前を窓にして外界の様子と音を窺う程度の事はできる。
 多くの、覚醒(めざめ)の音を聞いた。己の限界を突破し、境界記録帯(ゴーストライナー)なる括りの規格を更新して見せた光狂いの咆哮を。
 特に禍々しく響いた、あの夜仕留め損ねた鋼翼の魔、我らの世界の星辰光(ほうそく)にまで侵食せんとしていた。
 放置すれば界聖杯そのものを内側から食い破りかねなかった、俺でなくば止められぬ厄災と成り果てていただろう。
 その波及を留め、見事討ち取って見せた剣、俺としても目にしたかったものだが───そこは言うまい。俺からの言祝ぎなど何の栄にもならん」
「…………」
「故に尋ねたいのはそこだ。奴らが突破しておきながら、お前にのみ枷が解かれない。この理屈はどういう事か?」 


「戦争の場では直接的な殺傷力のみこそが求められる。俺や鋼翼共らのような破壊に重点を置いた気狂いこそが幅を利かせられる。
 対して界奏、お前は単体の性能ではなく、周りの星々と繋ぎ合わさり連なる事こそが肝要となる。
 どちらも界聖杯(せかい)を内側から変容させられる特異点。なのに許容されるのは前者のみ。
 悪が力を思うままに振るうのは推奨され、善は切り詰められた短剣で生き馬の目を抜くしか許されぬ。何だそれは、不公平だと疑問を呈するのは自然だろう」
「解けるカラクリがどこかにある、ってことか? 精神論(いつもの)じゃなく、理論として?」
「所感だ。ユグドラシルの実が落ちてきたたわけでもない。それがなくば承服できんという、捨てられぬ宿痾に過ぎん」
「……どれだけ魔力を注ぎ込んでも半端にしか顕現できない烈奏(おまえ)と。
 伴侶(ナギサ)がいなければ数秒も発動できない界奏(おれ)。
 マスター差でどうにかなる問題じゃない。確かにこれは手落ちだな。もっとも、俺とお前が全開を許される戦争なんて想像もしたくないが……」
「俺達は、招かれる戦地を間違えたとでも?」
「間違えた……とは違う。招かれるサーヴァントに特に意味はないんだよ。界聖杯は聖杯戦争さえ完遂できればいい。
 意味があるのは、重要なのは───────なぜ、俺のマスターが彼女だったかだ」


「そこまで気づき、答えに思い至りながら、何を迷うという」
「もし俺の考えが全て正しい場合───彼女は方舟を動かす要になる可能性がある。
 けど代償に、マスターに俺と同じ地獄を味合わせることになるかもしれない」


「まして確証のない憶測だらけ、大してよくもない頭を回した穴だらけの推論だ。
 最低でも検証の一手……セイバーから聞いた、高い演算能力を持ったアーチャーと協力できるのが一番よかったんだが……」
「だがお前は翔ぶと彼女らに言った。あれは後悔を先送りにせず、偽りなくその願いに沿うという誓いだった。変心の所以は」
「地獄に向かわずともあの子は翔べるって、信じられるようになったから。
 同じように乗り越えられると思ってるわけじゃない。そもそも俺とマスターは似ているが違う人間だ。だったら辿る道も答えも変わる。そうだろう?」
「ああ───そうだ。その通りだ」


「その紙片は何だ」
「『こんなこともあろうかと』。
 後出しは知恵者の特権だな。俺が頭を悩ませてる問題の殆どに疑問と構想が練ってあるよ。
 上を行かれるのはいつもの事で我ながら情けないが、これのおかげで、少し道筋が見えてきた」
「そうか。ならばその時が来たら俺を使え」
「……何だって?」
「案ずるな。ここに来て出張る無粋はせん。炉の火を盛るには焚べる薪がいるという、当然の理屈だ」
「だが……それは……」
「二度も言わすな。俺が認めたお前の決断。お前が信じた光の優しさ。そこに俺が一翼を担うのにいったい何の迷いがあろう」
「……ありがとう。本当に、お前には助けられっぱなしだな」


「もう少し待ってていてくれヘリオス。
 例え俺達と関わりのない世界でも、鳥の翼は地平の遥かに続いてる。答えに足る星を見つけられると」
「待つのは慣れている。少しといわず悠久をかけて幾度となく挑むがいい。
 たった一度の敗北で善悪が定まるほど、世界は簡単ではないのだから」




 ◆




     概略『NPCとマスター、界聖杯内世界との相互関係について(途中経過) : W』




 ◆




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最終更新:2023年08月22日 21:33