魔王の手が触れた物質は、何であれ必滅の雫となる。
その雫に触れた物質が、死に冒されて広がっていく。
まさしく破滅の力、世界を滅ぼす者が握るべき力。
死柄木弔が個性を発動した時点で、この深層渋谷区の滅亡は確定した。
崩れ落ちるビルの山、その一軒一軒が死を帯びている。
そして死の奥底にて佇む魔王は、天地を神明として隷属させる万象の支配者だ。
これぞ盤石。これぞ最強。死んでいった皇帝達に決して劣らない怪物となって、連合の王はそこにいる。
しかしそんな王者に一歩も退かず、怯むことさえなく向かっていく腥い影がある。
伸ばすチェーンと斬撃で触れることなく死の波を超え、質量攻撃は断ち切って、死の空を駆ける彗星と化していた。
「は――」
魔王が笑う。
喜劇を見るような顔で、彼は歯を剥いて笑っていた。
皇帝殺しの時には肩を並べて戦いもした、
神戸しおのライダーの中に潜む何か。
あるいは、ライダーを表に出しながら彼の中で眠り続けていた真のサーヴァント。
その強さは知っていたつもりだった。つもりだったが、しかしこうして敵として直面すると流石に笑いが込み上げる。
何故、これだけの死を越えられるのか。
今までで最大規模でぶち撒けてやった崩壊が足止めとしてさえ機能していない。
小細工も手品も一切なしでの正面突破で、彼は魔王の命をその射程圏内に捉えてみせたのだ。
これこそまさに悪魔の中の悪魔。真性悪魔と呼ばれる上位種にさえ迫り得るだろう、地獄の英雄。
「――カッコいいなぁ! チェンソーマン!!」
「■■■■■■■■――!!」
人も、悪魔も、彼をそう呼ぶ。
魔王
死柄木弔もまた、その例外ではなかった。
響き渡る真名/真銘に応えるようにチェンソーマンが哭く。
次の瞬間、死柄木は後ろへ大きく跳んだ。
その判断は正解だ。そうしていなければ、今頃彼の身体は微塵切りにされていただろう。
完成を果たした今の死柄木でさえ、チェンソーマンの身体能力には遠く及べていない。
近距離戦(インファイト)での殺し合いにおいて有利なのは明確にあちらの方だ。
死柄木はそれを理解している。
峰津院家の傑物にさえ舌を巻かせた天性の戦闘センス、相手の命に迫る勘の鋭さが彼に最適解を躊躇なく選ばせた。
風を手繰り、触手のように自らの周囲へ伸ばす。
風であるため当然不可視だが、チェンソーマンは彼の狙わんとするところを理解していた。
何故なら彼はこれを知っている。
これは奇しくも彼が喰らった、この世のどこにも存在しない男の使った戦法と同じだったからだ。
「戦いってのは難しいよな。一個壁を越えたと思ったら、またすぐ次の壁が出てくんだ。
魔王がセコセコ創意工夫しなきゃならねえなんて、バトル漫画の世界もずいぶん世知辛いらしい」
黒死牟、童磨、
猗窩座。
三体の上弦をこの世に生み出した、あらゆる悲劇の根源たる始祖の鬼。
死柄木が至ったのは彼と同じ発想。触手状に伸ばした烈風を、ただ闇雲に振り回して周囲すべてを攻撃する力技だ。
ソルソルの実の能力を継承した今の死柄木は、しかし本家本元の■■■■■を出力でも速度でも大きく上回っている。
殺到する風の鞭に対して、チェンソーマンが足を止めたことがその証拠だ。
始祖を歯牙にもかけず屠った彼が、足を止めなければ捌けない風鞭の嵐。
一瞬にして三十六本の触手のうち半分を破壊したが、仕損じた残り半分が一気に襲いかかってくる。
やむなく後退を選んだ悪魔に、魔王はあえて追撃を選ぶ。
――近距離戦ではチェンソーマンに勝てない。
なのにわざわざ死に近付くような選択を取ったのは、ひとえに自信があるからだ。
「死ぬ気で守れよ、ヒーロー」
死柄木にとっての勝ち筋は、何もチェンソーマンの滅殺だけではない。
彼がその肩に載せている少女を殺せれば、極論それだけで勝利を確定させられる。
だからこそ死柄木が此処で頼ったのは、炎のホーミーズだった。
肉体への負担など一切考えずにありったけの火力を集中させる。
当たらなくても余波の熱だけで炙り殺せるような、そんな地獄の業火が理想だ。
赫灼熱拳・ジェットバーン。
吹き荒ぶ業火の濁流が、怒涛の勢いで悪魔と少女の姿を隠す。
さあ、どうなった。焼け死んだか、蒸し殺されたか、それとも窒息で召されたか。
答え合わせの代わりに、忌まわしいほど明瞭なあの音が響いて死柄木の鼓膜を揺らす。
ぶうん。
「守ってくれるんだよ、とむらくん」
空高く飛び上がったチェンソーマンの肩で、少女は無傷で生きていた。
チェンソーマンのやったこと、それ自体はごくごく単純だ。
崩壊を触れる前に切り刻める速度と手数を生かしてジェットバーンを食い止めつつ、チェーンを振り回して即席の冷却機にする。
高速回転で熱波の到達自体を遮り、それどころか逆に押し返して
神戸しおの生存圏を捻出した。
理屈は単純。しかしそれを実現させられる存在など、この悪魔くらいのものだろう。
「どっちのらいだーくんも、私のヒーローなんだから!」
火柱が生まれ、廃墟と化した街をまた別の地獄に変貌させた。
もはやその出力は彼の参考にしたオリジナル、そしてそれを生み出したフレイムヒーローのレベルに収まっていない。
出力だけに留まらず、動作の繊細さも延焼範囲も共に唯一無二の領域に達して余りある。
この街に、魔王の敵の生存圏など存在しない。
崩壊に限らず、彼が駆使する時点でそれはすべてが社会を均すジェノサイドと化す。
そして顕現する地獄絵図(
フィルム・インフェルノ)――止まらない、止まらない。誰もこの白い魔王を止められない。
ああならば。
その焦熱地獄に踊り舞い、火を斬りながら進む黒影は一体何者か。
語るに及ばず、彼は悪魔だ。
天使を肩に載せた、恐るべき悪魔狩りだ。
悪魔でありながら悪魔を狩る、地獄の恐怖その象徴――デビルハンター・チェンソーマン。
「いいマイクパフォーマンスじゃん。殺し甲斐があるよ」
斬り裁かれた蒼炎が、悪魔の通る花道となる。
振るった刃を読み切れず、死柄木の肩口から血が飛沫した。
緋色の糸が、風に靡く。
糸を引いて伸び、やがて千切れて消えるそのわずかな流血がどれほどの偉業であるかは言うに及ばずだ。
斬られて初めて、死柄木は敵の大きさを知る。
龍脈の力を取り込んで人智を超えた筈の肉体が、内から悲鳴をあげていた。
細胞のひとつひとつが叫喚して、目の前の悪魔への恐怖を示している。
こんな感覚は初めてだった。皇帝との殺し合いでも、境界線との決戦でもついぞ感じることのなかった圧倒的なまでの恐怖が此処にある。
――強い。これがチェンソーマン。これが、
神戸しおの擁するサーヴァント。
長いようで短い付き合いだった間柄だが、これまで死柄木が真の意味で彼女達に脅威を感じたことは思えばなかった。
今なら分かる。あの犯罪王が、
ジェームズ・モリアーティが彼らに最後の大役を任せたその意味が。
恐らくあの男は、こうまで"成る"こともすべて見越した上で
神戸しおとそのサーヴァントを選んでいたのだろう。
一体何手、何十手先まで読んでいたのやらと呆れさえ覚えながら、死柄木は彼にしては珍しい心からの脱帽を感じていた。
「上等だぜ、モリアーティ。あんた間違いなく、先生以上のスパルタだ」
風のホーミーズを右腕に纏わせて鎌鼬を撒き散らし、凶刃の進撃を抑える即席の迎撃手段とする。
相手は峰津院ともホライゾンとも、ビッグ・マムとすら格が違う近接戦の最強種だ。
"技"と"経験"の不足は峰津院との戦いで指摘された通り。
今から埋め合わせるのは困難と判断し、なるだけその欠点が露呈しない戦い方を選ぶことでカバーする。
チェンソーマンは鎌鼬の全弾を、曲芸の如く打ち払う。
音に届く速度の風刃など、彼にとってはものの脅威でもないのだ。
これ以上の狼藉を防ぐべく、八岐大蛇さながらに悪魔の背から噴き出したのは八本の鎖。
死柄木が初手で巻き起こしたコンクリートジャングルの大崩壊をすら無傷で凌がせた、このチェーンもまた馬鹿にできない脅威だ。
風のホーミーズを、"神"の姿形で顕現させて、その鉄騎馬(バイク)に運命共同(ニケツ)して離脱を図る。
縦横無尽のバイクアクションは、人間ならば過度のGと風圧でたちまちミンチになっていること請け合いのむちゃくちゃだ。
だからこそ、この馬に乗れる者は人外でなければならない。
魔王と神。生きながらにして神話を体現した二人だからこそ、この無理を道理に変えられる。
空を駆ける、ジグザグに。
追い縋る縛鎖を引きちぎり、音を突破しながら駆け巡る。
目指す場所は天空、遥かの高み。
そこまで駆け上がった所で、神の姿形が消えた。
いや、消えたのではない。
彼は、溶けたのだ。
空一面を覆う嵐が、忽ちにして空の雲々を吹き散らしていく。
ありったけの魔力を注いで渦巻かせる大嵐、それはまさしく神の御業なれば。
次に待ち受ける現象は、もはやひとつを除いてはあり得ない。
――嵐が来れば。
――空が融解(とけ)て。
――雨(レイン)が来る。
「来いよ、バカども」
魔王の声が、神に通じ。
神の声が、"彼ら"を呼び起こす。
空、風の天蓋から何かが飛び出した。
単独ではない。十、二十、いやそれでも止まることのない軍勢が召喚されている。
神戸しおは、これを知っていた。
チェンソーの悪魔も直接ではないにしろ、この悪夢めいた光景を知っている。
今や遥か新宿決戦。割れた子供達(グラス・チルドレン)の総攻撃を前に、暴走の神が繰り出した軍勢召喚宝具。
地平線の果てから爆音と共にやって来て、そこにあるすべてを均して去っていく夢想の軍勢を知っている!
「祭りの時間だ――――死んでも踊れ!」
その名、暴走師団聖華天。
一度ならず二度までも、地獄の釜が開いて十万の悪童(ワルガキ)達が蘇った!
空を埋め尽くして、地に駆けてくる鋼鉄の流星群はあくまで単なる模倣(イミテーション)。
されど再現された彼らもまた、原典と同じくその圧倒的物量というただ一点で無限大の脅威となる。
猪口才な搦め手など一切無用。必要なのはただ走ること、暴走して走破することそれひとつ。
忍者、幼狂、そして今度は悪魔と天使を轢殺するために暴走族神も太鼓判を押す馬鹿どもが駆け抜ける!
もはやその火力は、生半可な対城宝具をさえ超えていた。
一切の枷を外した
死柄木弔、魂を喰らう女の後継者は此処までやれるのだと好敵手へそう示す。
そしてそれに応えるように、天使は悪魔の肩をきゅっと掴んだ。
次の瞬間。地獄から来た黒影が、ゆらりと蜃気楼のように揺らぎ。
「――ポチタくん!」
主の号令と共に、彼は一切鏖殺の颶風(かぜ)と化した。
殺す。ただ殺す。
刃を振るって殺す。鎖を振るって殺す。
彼が取る行動にそれ以外のものは一切なかった。
故に、その挙動には一から十までどこを調べても無駄というものが存在していない。
完璧な効率と完璧な精度を実現しながら、悪魔(ヒーロー)は"モノを殺す"ということを突き詰める。
極限まで収斂させた殺意は、現実をもねじ伏せる"絶対"となって具現する。
その証拠が今、この世界に再来した暴走師団を蹂躙していた。
特攻隊長として先陣を切った、金属バットを持った男が斬殺された。
日本刀を握り悪魔に挑んだ副総長が鎖に胴体を切断された。
不退転の覚悟で悪魔の懐に飛び込んだもう一人の副総長もまた、拳が届くよりも速い斬撃で全身を微塵に切り刻まれた。
彼はこれを成し遂げるまでの間に、片手間と余波で4235体あまりの暴走族を殺害している。
そして主要幹部を切り刻み終えるなり、チェンソーマンは587体を殺しながら空に飛び上がった。
鎖を超高速で振り回しながら引き戻すことで2357体を抹殺し。
空へ追いかけてきた198体を、身じろぎひとつせずに斬首する。
一瞬の沈黙があって。
次にチェンソーマンが地に向かうべく空を蹴ったのが、終わりの始まりだった。
殺す。殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す
殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す
殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す
殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す
殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す
殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す
殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す
殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す
殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す
殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す
殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す
殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す
殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す
殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す
殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す
殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す
殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す
殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す
殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す
殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す
殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す
殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す
殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す
殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す
殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す
殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す――ただ殺し続ける。
そこには慈悲はおろか、一切の感情すら籠もっていない。
作業的に、事務的に、単なる勝利に近付くための手段として目の前の暴走師団を殺していく。
寄せ集め、烏合の衆なれど十万体いれば格上の喉元にも届き得る。
そんな希望を、この悪魔は少しだって斟酌しない。
一分と経過しない内に、聖華天の総軍は半分を割った。
そこから弛れるどころか、更にチェンソーマンは加速する。
殺人扇風機とばかりの回転率で、それでいて肩上の天使には傷一つ負わせることなく、ただ敵だけを殺し尽くすのだ。
結果として。チェンソーマン――暴走師団の十万総軍を一分二十四秒で鏖殺!
そして最後に、空の彼方から飛んできた一発の魔弾。
それを一刀両断し、砕いた風弾の破片を天へと打ち返す。
神と呼ばれた男の似姿の頭蓋が弾けて、風のホーミーズは消滅した。
殺されたのだ。チェンソーマンが、死柄木の無数の手足を一つもいだ。
だというのに何故、この男は笑っているのか。
「終わってんな。今のを無傷で凌ぐかよ普通」
根負けにも聞こえる、その台詞。
だがそれをそう認識するならば、分かっていない。
死柄木弔という怪物の真髄を、浅瀬でしか読み取れていないと断言する。
何故、死柄木が暴走師団とチェンソーマンの交戦中に一切横槍を挟んでこなかったのか。
その根拠はひとつだ。彼は、こうなることを予期していた。
時には肩を並べて戦いもしたあの悪魔が、単なる数任せの力押しで倒せるなどとは端から思っていない。
だからこそ、彼は暴走師団を隠れ蓑にしながら次の準備に取りかかっていたのだ。
チェンソーマンにとって、暴走師団は実力で滅ぼし切れる程度の脅威でしかなかったが。
かと言って十万という数は純粋に膨大であり、さすがの彼も無視しながら死柄木に向かえはしなかった。
そこまで含めて魔王の読み通り。だからこそ、彼が潜ませていたこの策が活きる。
「しお。ライダー。お前らは見てたよな、"これ"も」
死柄木の背後に――龍が、とぐろを巻いていた。
この光景そのものを見たわけではない。
だが、こうなり得るものは確かに見ていた。
「もう一度仰ぎ見ろ。これは俺とお前のすべてを尽くした殺し合いなんだから、お前はこいつを知らなきゃいけない」
四皇ビッグ・マム。
追い詰められた彼女が、幼狂の王の決死で掴み取った起死回生の好機。
その瞬間に彼女が何をしたのかを、彼らは知っている。
龍脈の力そのものに魂を与え、その上で取り込もうとしたのだ。
言うなれば龍脈のホーミーズ。
ビッグ・マムはそれをあくまで龍脈の力を完全に取り込むための"手段"として用いたが、既に吸収を終えている死柄木は違う。
彼は自分の体内に巡る龍脈の力をホーミーズ化させ、その上で自分の手駒として扱うことを選んだのだ。
龍脈の龍などという生易しいものでは、当然ない。
死柄木はそれを知らないし、知っていたとしても彼はその程度では満足しなかっただろう。
故に彼が選んだカタチは、彼にとってあまりに大きなとある存在の姿形(ガワ)となった。
実体のない無形の龍が、歪んでいく。
龍体から人体へ、一見すると零落と言っていい変化を遂げる。
だがその認識は、明確に間違いだ。
これは進化である。龍が人に堕ちる、それをもって彼は進化と呼ぶ。
人間を英霊以上の超人に変え得る、絶大なる力の源泉。
それに命を与え、名を与えるならば。
彼が選ぶ銘は、奇しくも先代(ビッグ・マム)と同じだった。
この世のすべてを己の手に収めるための、他の何者も追随を許さない力の極み。
机上の空論(ペーパー・ムーン)を現実に変える出鱈目。
しかしその固定観念を乗り越えて現出したこの荒唐無稽を、そう――
「――――――――"全ては一つの目的の為に(オール・フォー・ワン)"」
――オール・フォー・ワンと呼ぶ。
刹那、莫大な衝撃波がチェンソーマンを打ちのめした。
天使を守りながら吹き飛んだ悪魔が、無数のビルを打ち抜きながら消えていく。
その跡に佇んでいるのは、異形と呼ぶべき姿の男だった。
潰れた白紙の顔。そこに繋がれた呼吸器。口元に浮かんだ、悪意に満ちた笑み。
一人の薄汚れた少年を拾い上げ、そして育てた最大の悪の似姿がそこに立っていた。
「……それが」
鎖を手繰り、空を駆け。
戻ってきた悪魔と、先代の魔王がぶつかり合う。
暴走師団とは文字通り格の違う強大さは、悪魔の中の悪魔をしてそう容易く押し退けられるものではない。
何しろこれは、述べている通り魔王なのだから。
死柄木の記憶の中にある恐ろしさと巨大さ、その両方を完全に再現した"先代"なのだから。
「それが、とむらくんの――"先生"なんだね」
「ああ、そうさ。血の通ってない顔をしてるだろ?」
死柄木弔を完成させる目論見は、後からやってきた犯罪の王が奪い取った。
それでも、最初に彼を路傍から見出したのは間違いなくこの男だ。
策謀の冴えでならば後任に劣るだろう。しかし力でならば、その限りではない。
「俺は先生の人形だった。今思えば、まあ……踊らされてたんだろうよ。これと訣別できたことも俺にとっちゃ幸運だったのかもな」
撒き散らされる個性(ちから)、個性、個性、個性――
単なる釣瓶打ちなれど、ひとつとして並の威力はない。
「だが今は違う。元の世界(あっち)に戻れば、先生のことも殺してやるさ。
けど俺は……やっぱりあの人の教え子だからな。最後に共闘戦線といこう」
死柄木と、そして彼が知る限り最強だった男の二段構え。
並び立つ二体の魔王は、チェンソーマンを従えるしおでさえ決して油断できる布陣ではなかった。
絵面だけなら先の暴走師団より遥かに大人しいにも関わらず、覚える戦慄はまさに次元違い。
この二人だけで十万の極道を優に凌駕しているのだと、幼心にしおはそう理解した。
だというのに、一体何故だろうか。
気付けばしおは、理解が追い付くよりも早く笑っていた。
「何故笑う?」
「ふふ、うふふ――ごめんね。なんだか、とむらくんのことをもっと知れた気がして」
これは殺し合いである。
命を削り、世界を冒す。
そんな、互いのすべてを賭した殺し合いだ。
けれど、彼らにだけはそれ以上の価値があった。
だからこそ、彼らは泣きも怒りもしない。
笑いながら、語らうように殺し合う。
涙を流して怒り狂うのはヒーローの役目だ。
そして彼らは、ヒーローではない。
彼らはヴィランなのだから、笑って命を賭け合うのだ。
「夢の共闘だな。あんたの計画(プラン)にはなかっただろ、これは」
龍脈のホーミーズ。
この世のすべてを意味する言葉を与えられた魔王の影が、悪意を咲かす。
迸る莫大な魔力は、これまで死柄木が駆使してきたどのホーミーズとも比にならない。
ソルソルの実の能力と、龍脈の力……異なる世界の異なる法則同士をかけ合わせた結果生み落とされた科学反応。
影の指先から、無数の触手が出現した。
悪鬼のものとは質が違う。稲妻を思わす、黒い爪のような触手だ。
這うように襲いかかるそれを、チェンソーマンは切り裂きながら突き進む。
彼の前に敵の強さ、不測の事態は一切関係がない。
敵が増えたのなら、それも殺して踏み越えるのが地獄流だ。
そのやり方は奇しくも、先代魔王が最も苦手とする蛮勇(スタイル)なのであったが、しかし。
「ずっと気味悪く感じてたよ。お前さ、頭のネジがどっか外れてんだろ」
この影は、
死柄木弔の抱くかつての"絶対"だ。
だから当然、知っている。共有されている、絶望のビジョンが。
あらゆる奸計を踏み越えて迫り、拳を叩き込んでくるヒーローの影を生まれたその時から脳裏に焼き付けている。
如何に天敵といえども、知っているならば手は打てる。
ただの凡夫ならばいざ知らず、ひとつの社会を陰で牛耳った悪の大魔王ならば。
「お前がただのガキ? 笑わせんじゃねえ。お前は間違いなく、この俺の同類だ」
振るわれた斬撃。
瞬時に八つ裂きにされても不思議でない的確なる多段斬が、しかしひとつも実を結ばない。
それどころか――力(ベクトル)そのものが反転したかのように、チェンソーマンの身体が弾き飛ばされた。
衝撃反転。
龍脈の力の出処である世界になぞらえて言うならば、"テトラカーン"と呼ぶべきか。
そして吹き飛ぶ彼の着地を待たずに放たれたのは、不可視の熱波だった。
電波放出能力。それを突き詰め、極めて殺人的な形に特化させて放つ電磁波攻撃……電子レンジの内側で起こる現象を外に引っ張り出す所業。
これを使われれば、チェンソーマンは跳んでの退却を選ばざるを得ない。
その熱波は彼ならば耐えられる微風に過ぎないが、彼が載せている少女を殺すには十分すぎる攻撃だからだ。
逃れたチェンソーマンの真上から、死柄木が落ちてくる。
翳す右手に満ちていく蒼炎が、悪魔を目掛け放出されるまで一秒と要さない。
巨大な火柱が立ち昇ってチェンソーマンを呑み込み、更にそこへ魔王の影が加撃する。
「今なら分かるよ。俺は、お前を殺さない限り終われない。
俺という犯罪(うつわ)を完成させるには、どうやったってお前の墓標が不可欠だ」
爆心地を囲む形で展開される、数多のパラボラ。
そのすべてが同時に、英霊の肉体に風穴を穿つ破壊光線を射出する。
個性/異能同士の複合は、この影の大元となった男の十八番だ。
更にそれでも足りぬとばかりに、構えた拳へ衝撃を載せて空間をひび割れさせるほどの威力でぶちかました。
『発条化』+『膂力増強×10』+『ダークボール』+『空震』。
空間そのものを震動させて放つそれは、この地にはいない白髭の皇帝の得意技にも似ている。
吹き荒れる大破壊は追い打ちと呼ぶにはあまりにも苛烈。
人間はおろか虫の一匹さえ生存できない熱と衝撃の海の中、しかしまたあの音が響いてくる。
――ぶうん。
「俺もお前を知りたい。魅せてみろよ、しお。
ジジイの遺命だ――お前のすべてを殺し尽くして初めて、俺という魔王は完成する!」
破壊光の乱れ飛ぶ中を、文字通り切り進んでいくのは地獄のヒーロー。
英霊にさえ生存圏を確約しない地獄絵図の中、悪の英雄と魔王の影がダンスを踊る。
秒間数十という数の異能には、驚くべきことに一つとして重複するものがない。
龍脈の力と死柄木の記憶を重ね合わせて生み出した、超常個性の万華鏡。
完成した界奏の影を踏む勢いの流星群が、少女の夢を塗り潰さんと嗤い転げている。
「知ってる。だから私も、とむらくんを殺したいの――!」
光を断ち、音を斬る。
雷を喰い、炎を捻る。
既存の科学の範疇に収まる現象は彼らの間に存在していない。
まさに神話の戦いだった。
神の去った地平で繰り広げられる、魔境の戦場がここにある。
膂力強化を施した拳をチェンソーの刃が受け止めた。
殺到した悪魔のチェーンを、血色の鎖が絡め取った。
力比べならば悪魔の側に利がある。だが、それは敵方も承知の上だ。
鎖と鎖の間に成立するわずかな綱引きの時間を拘束に利用し、受け止められた状態から更に膂力を跳ね上げていく影。
そこに筋肉系の発条化を施して乗算すれば、均衡の行方は本来のと真逆になった。
破砕音を立てながら揺らぐ、地獄からの使者。
その隙に、新たに噴出した血鎖が彼の身体を無数に貫いて飛沫をあげさせる。
立て続けに叩き込まれる空震の一撃は、悪魔の全身を粉砕するのに十分すぎる破壊力だった。
更に――畳みかけるような連続攻撃から彼が復帰するのを待たずして、真横から災禍の濁流が押し寄せてくる。
「試したかったんだ。不死身のお前に、俺の崩壊(こいつ)が通用するのか」
チェンソーマンは――こと生きているモノを殺すということにかけて他の追随を許さない。
海賊であろうが、混沌であろうが、天元の花であろうがその例外ではないだろう。
目の前に存在する命を殺す、その一点において彼は間違いなくこの聖杯戦争の最強格である。
だがその彼でも、死柄木の崩壊は防げない。
何しろそこには命もなければ形もない。
ただ押し寄せては、触れたすべてを平らに均していくそういう種類の“厄災”だ。
滅びの厄災。天の星すら崩壊させる彼の“個性”は、チェンソーマンにとってもまごうことなき天敵と言える相性を発揮していた。
だからこそ、最悪の横槍として放たれたそれに対し彼が選べる手は回避以外に存在しない。
そして避けるための動作を挟むということは、それ即ち目の前の影に好き勝手を許すのと同義だ。
「不死身、不滅……俺にとってお前の存在は目の上の瘤みたいに鬱陶しいよ、ライダー。
俺の世界にお前は存在しちゃならない。壊れてもまた蘇る存在なんて、なあ――だから俺は、ずっとお前が嫌いだったんだ」
空に逃れるのを許さぬと、足を血鎖が貫く。
ただし今度は単なる足止めには止まらない。
針金のような自在さで成形され組み上げられたのは、悪魔を捉える球状の檻だった。
破られるまでは一瞬。しかしその間なら、確実に悪魔の視界と自由が奪われる。
内側から微塵に砕かれた檻の向こうで、釈放の時を待ち受けていたのは、言わずもがな――
「――ぶッ壊れろ」
破壊の貴公子、地上の魔王に他ならない。
彼はこの極短期間で、幾度も脅威に直面した。
生きるためというこの世の何より重い理由に背中を押されて獲得してきた経験値を、今の彼の身体は120%糧にできる。
だからこそ、ここで彼はまた一つ偉業を成し遂げた。
チェンソーマンが放ってくる音速超えの殺刃を、数百体の敵をもたちまち膾斬りにできるその死線を、たかだか致命傷程度で押し留めながら捌いてみせたのだ。
千切れかけた腕。半ばで断ち切られた左足。
胴体に刻まれた太刀筋は心臓に達しているが、せいぜいその程度。
脳が生きているならば。首が繋がっているならば。
彼こそは不滅のマスターピース――それしきの流血は無と等しい。
崩れ落ちる鎖獄、それそのものが死を纏って降り注ぐ。
振り回されるチェーンを使い捨て、トカゲの尻尾切りのように途中で自ら切断することで崩壊を防ぐが、後手に回ってしまうのは否めない。
その一秒を魔王が握り砕く。伸ばされた手が、遂にチェンソーマンの腕に触れた。
刹那にして始まる崩壊の伝播。防ぐ手段は、やはりというべきかひとつしかない。
崩壊が胴体に達する前に右腕を切り落とす。
それと同時に前蹴りで魔王の腹を蹴り抜き、脇腹を中心に胴体の半分を消し飛ばした。
瞬時に猛追へ切り替えた悪魔を、先代の影が嗤いながら相手取る。
常ならば容易く相手取れた借り物の乱舞、しかしそれも文字通りの片手落ちとあっては――
「■■■■■■……!」
「きゃ、っ……!」
腹に叩き込まれた重撃が、チェンソーマンの胴体をくの字にへし折って宙へかち上げた。
押し寄せた衝撃に、肩上のしおが小さな悲鳴を漏らす。
そこを狙う黒鎖の一撃は当然ながら致命であって、彼女が駆る悪魔は我が身を犠牲にしてでも撃ち落とすしかない。
彼は極めて、極めて優秀な天使の走狗(しもべ)だ。
彼がついている限り、如何に死柄木と言えどもしおを殺すことは限りなく不可能に近いだろう。
だが、守るものを抱えて戦う行為はどんなに秀でた英雄にさえ致命的な隙を作り出す。
死柄木と、彼が再現した影。その両方ともがよく知る、ヒーローの殺し方。
「そこだ。撃ち抜け、"先生"」
先公譲りの悪意を煮詰めた命令(オーダー)が下るのと。
嗤う悪心影の右腕から、黒い流星とでも呼ぶべき光が放出されるのは視覚的にほぼ同時のことだった。
龍脈の龍が会得していた魔法のひとつにして、かの理の参照元である世界でもハイエンドに区分される一撃。
名をメギドラオン――数刻前には禍津日神を僭称した
蘆屋道満が振るい、英霊三騎相手に痛打を与えた大魔法。
今、オール・フォー・ワンが放ったのはそれだ。だがそこは悪の極み、数多の個性を束ねて我が物として運用していた先代魔王。
手持ちの異能を駆使して、本来広域を破壊する用途で放つ筈のメギドラオンを一点に圧縮/収束。
その上で一筋の流星として、最大の貫通力と収束性を与え解き放った。
まさに闇の天霆(ケラウノス)。
ただでさえ回避不能と言っていい初速を帯びて放たれたその極光を、全英雄共通の弱点にねじ込む形で放ったならば。
あらゆる行動の余地を奪い去りながら、魔王の悪意は必中する。
――黒が、崩壊都市に一瞬の静寂を生み。
――崩壊の未来を遮っていた目の前の壁に対し、文字通りの風穴を穿った。
悪魔の胸に穴が空いている。
皇帝にさえ致命を刻み、鬼の始祖を餌として貪った地獄の英雄の心臓が、消し飛んでいた。
彼の膝が地面に落ち、まるで疲弊した走者のように荒い呼吸音が乱杭歯の覗く口元からは聞こえてくる。
いまだかつてない、ともすれば"死"よりも激しい消耗が、その弱々しい姿からは窺える。
「さあ」
道化を演じた不死身の超人。
誰もに愛された義侠の風来坊。
そして、銀河を駆ける海洋王。
三人の"希望"を屠った、"絶望"の権化。
ヒーロー殺しの魔の手が今、その遍歴に地獄から来た英雄の名を刻まんとしていた。
両手を広げ、強さを誇示して謳うは白き魔王。
黒き先代を侍らせて、今こそ新たに唯我独尊(オール・フォー・ワン)を掲げている彼を。
天使の少女は、ただ見ていた。今まさに希望をへし折られ、砂糖菓子の夢をコールタールのような苦味で蝕まれつつある少女は。
今まで自分がどこか軽く口にしてきた、乗り越えられるものと信じていた最後の課題の重さを思い知っていた。
「どうする、天使」
崩壊の手が、心の中の瓶へと伸びてくる幻影。
もはや甘さでも苦さでもない、破滅の予感を天使は確かに見る。
これが、
死柄木弔。これが、自分が共に歩んできた男。
神戸しおにとっての二人目の"友達"で、超越しなければならない"敵"。
すべてを崩す魔の手が、大切なものを入れた瓶に触れて。
あまねく希望と未来が、一息のうちに崩れ落ちる。
絶望に包まれて崩れていくその一瞬に、少女が思ったのは――
「……やっぱり」
諦めでも、怒りでもなく。
むしろ、納得にも似た感情だった。
「とむらくんは、強いね」
そんな、分かりきっていたことを呟いて。
神戸しおは、へらりと笑った。
最終更新:2024年03月24日 15:47