水銀色の空が、虚構の街を包み込む。
青い、青い空は雲間の向こうにさえその微笑みを見せない。
世界が、界聖杯という現象そのものが異界の法則によって侵蝕されている。
かつてある抑止力の青年がそうしたように、癌細胞もかくやの役割を果たして神に干渉していた。
今やこの界聖杯は、少なくとも深層部は銀の鍵持つ巫女によって正真正銘の異界へと変じた。
そんな死よりも恐ろしい末路へ行き着いた街を歩きながら、女は奇妙な感傷に浸る。
<裏世界>。恐怖に満ちたる異郷、踏み入る回数を重ねれば現実へと滲み出してくる、共犯者達の理想郷。
女の日常は、もはや無視できないほど明確に<裏世界>に汚染されていた。
枯れ尾花などである筈もない怪異、怪現象、それと接触した者の成れの果て。
日増しに変貌していく世界での日々は界聖杯という怪奇どころではない現象によって休載を喰らっているわけだが――
もしもあのままあちらの世界に入り浸り続け、現実を歪め続けていたのなら、最終的にはこんな景色が待っていたのかもしれない。
怖気立つように美しい、恐怖と狂気が支配する世界。
無人の都市を、巫女と隣り合って歩く。
隣で風に靡く髪は白銀。よかった、と思う。もしもこれが金色だったなら、また余分な感情を沸かせてしまうところだった。
しかし、ああ。それにしてもこの街は、本当に……
「どうかした?」
「別に。ただ――――きれいだな、って思って」
本当に、綺麗だ。
幽世、人の条理の外にある世界とは何故にかくも美しいのか。
斜に構えては社会性を蔑ろにしてきた自覚はあったが、これがそんな月並みな厭世観から来る感情でないことは分かっていた。
「此処も、あんたも、あいつも……恐ろしいくらいにきれいだ」
きっともう、自分は取り返しがつかないほどに魅入られているのだ。
<裏世界>が自分を見初め、そして聖杯戦争がこの病気を末期まで到達させた。
単にあちらを眺め、歩いて悦に浸るだけには飽き足らず。
命を奪うことを是とし、挙げ句この手で曲がりなりにも人間だったモノを殺した。
それはもはや、普通の人間などと呼べはしないだろう。
実話怪談本を開いては日常の片隅に潜んでこちらを覗く<かれら>に想いを馳せる必要は、もはやない。
今はもう、自分も立派に<そちら側>だ。
女は、自ら望んで――怪異に成った。
わが子を殺された母親が、異形の姿になって夜な夜な徘徊するように。
子を轢いたドライバーを探して、辺り構わず人間を襲うように。
女は愛する者を失った痛みで狂い、生きながらに鬼になったのだ。
「最後は私も出るよ。大和から拝借した"これ"もあるし、何かできることがあるかもしれない」
「ええ、わかっているわ。私も、止めたりなんかしません」
「遠慮するもしないも全部あんたに任せる。私からあんたに命じるのは、たったひとつ」
人ならば、絶対にやってはいけないことでも。
鬼ならば、それを咎める者はいない。
「必ず勝って。これが最後なんだから」
愛するからこそ、鬼になったのだ。
愛するからこそ、すべての器を壊すのだ。
愛しているから、すべての命を奪うのだ。
地平線の彼方にたどり着ける資格者はひとりだけ。
であれば、自分以外の命はどこまで行っても障害でしかない。
道徳や倫理を排除して、理屈だけで考えるならそうなる。
後はそれを貫くか、背くかの話だ。
そして女は、貫くことを選んだ。
すなわち皆殺し。すなわち、根絶やし。
女には、それができるだけの力がある。
「――私ね、ずっと恐れていたの」
主の命令に対し、巫女は答えるのではなく語り始めた。
白銀の髪、蒼白の肌。額の鍵穴、右手の鍵剣。
エロスを感じさせるほど露出の多い服装が、それと同時にひどく退廃的な冒涜を感じさせる。
まるで、そう。深淵のような。恐ろしいと分かっているのに覗いてしまいたくなる虚穴のような。
「変わってしまうのが怖かった。私が、私でなくなってしまうのが怖かった。
あの人が……鳥子さんが好きだと言ってくれた私でなるのが、恐ろしくて堪らなかった」
「……、……」
「でもね。今は、なんだかとっても心地いいの」
鍵の奥に、宇宙そのものを覗かせて。
巫女は、くしゃりと笑った。
「この手なら鳥子さんを……遠くへ行ってしまったあの人を連れ戻せる。
いけないことだなんてわかっているけれど、それでもこの私は悪い子だからきっとやれるわ。
ええ、約束します。必ず勝ってみせるって。
たとえ、どれだけの美しいものを汚してしまうとしても」
そう、人間の手で届かないところに手を伸ばすのならば。
人間でなど、なくなってしまえばいいのだ。
清貧の村で育った敬虔なる少女は、狂気に身を浸して恍惚と微笑み。
青い世界で緩やかに狂った浄眼の女は、理屈のままに鬼と化す。
女の名前は『
紙越空魚』。巫女の真名は『
アビゲイル・ウィリアムズ』。
数多の英霊が散っていき、魔王さえ玉座を降りたこの余命わずかな世界において。
地平線の彼方へ続く辻、狂気の鳥居の前にて佇む――――凶星である。
◆◆
変質しゆく世界の中で、空から地へ降りる影がふたつあった。
ひとつは、言わずもがな凶星たる銀鍵の巫女。
そしてもうひとつは――
「~~~~~~~~~~~っ!!!!」
「…………、……っ……!」
六眼の鬼と、それに抱えられた二人のアイドルである。
七草にちか。
幽谷霧子。そして霧子のサーヴァント、剣鬼
黒死牟。
東京スカイツリー最上階、天望回廊。
敵(ヴィラン)たちの最終決戦の最中でもなぜか余波を被らなかった場所ではあったが、次に待つ因縁も何も関係のない正真正銘の最終決戦を前にしてもそうであり続けてくれるとは思えなかった。
黒死牟が窓を破り、少女たちを抱えて飛び降りる。
常人なら自殺行為の自由落下でも、サーヴァントならば問題はない。
着地――衝撃でミンチにならなかったのは、黒死牟がそれだけ二人の人間に配慮をしていた結果だ。
地獄みたいな自由落下を終えたにちかが、次いで霧子が、肺の底からのため息を吐く。
「……っ、はぁ……。やっぱりこの手のやつは、何度やっても心臓が弾け飛びそうになります……!」
「う、ん……おなかのあたりが、きゅうう……ってなるよね………」
「軟弱千万………無駄口を叩く暇があるならば……、周囲に、目を凝らせ…………」
サーヴァントっていつもそうですよね……と言いたげなジト目を鬼に向けるにちかだが、一方の霧子は彼の言葉に従っていた。
その結果、遠くから近付いてくる影を見つけて「あ……」と声を漏らし、指を向ける。
水銀の空の下。白塵が吹き遊ぶ荒野の向こうから現れたのは、大小二つの
シルエットだった。
「しおちゃんと、らいだーくん………」
「あ……無事だったんだな。霧子さん――あと七草も」
なんで添え物みたいにしたんですか、という軽口が普段なら出てくる場面だったが。
帰ってきたのが彼らだけという事実を認識しているから、どうもそんな気にはなれなかった。
あれほど激しく繰り広げられていた戦いの中から帰還した、
神戸しおと彼女のライダー。
彼女たちの傍に、あの憎たらしい"仇"の姿はない。
戦いの末に何やかんやあって分かり合い、別れたのかもしれない……だとか。
そんなありえっこない"もしも"を考えたりしない程度には、にちかもこの非日常の中で擦れてしまったようだ。
「安心していいぜ、死柄木は殺した。これでもう、あのおっかねえ"崩壊"に怯えなくていいってこった」
死柄木弔は、敵連合の首領だった男は、死んだ。
神戸しおのライダーの手によって討ち取られた。
魔王は玉座を追われ、恐ろしい"崩壊"が吹くことはもう二度とない。
それは――間違いなく、方舟の残党たちにとって望んでいた結末である。
何しろ死柄木は強すぎる。
危険度も手の内の幅も、一度の行動で影響を与えられる範囲の広さも桁違いだ。
厄介さだけで言うならば、今まさに世界を蝕んでいる銀の鍵の巫女さえ後塵を拝するかもしれない。そんな相手だった。
だから死柄木がしおとライダーを殺して帰ってくる結末こそが、考えられる限り最悪の展開だったのだ。
しかし、そうはならなかった。
勝ったのはしおだ。
本来であれば喜ぶべきことだったが、なのにやっぱり"そんな気にはなれない"。
おかしなことだと、にちかは思う。
憎たらしくて憎たらしくて、できるならこの手で絞め殺してやりたいとすら思った相手だったのに――いざ死んだのだと知ると、心の中を駆け巡るのは喜びではなくなんとも言えないむなしさであった。
「街をこんなにして……。最期まで傍迷惑の権化みたいな人でしたね。あいつ」
やっぱり、殺したり殺されたりの世界はまっぴらだ。
復讐は何も生まないなんて日和った主張だと思うが、それで喜べる人間とそうでない人間、二つのパターンがあるらしいとにちかは知った。
七草にちかは、どうやら後者の側だったらしい。
死柄木弔という仇敵の死を知るなり手を叩いて喜べなかった時点で、にちかにそちらの素質はさっぱりないのだろう。
「ま、死んだんなら勝負は私の勝ちってことで。石ころ拾って持ち歩くなんて酔狂しなけりゃ完全勝利だったのに、馬鹿な人です」
あんなのに命乞いして救ってもらったと考えると複雑なものはあるが、それでも生きてるだけで丸儲けだ。
連合に対しては負け続けだったが、最後の最後で勝ち逃げできたということにしておく。
にちかはそうやって、自分の目の届かないところで死んだ憎い男へのちょっとばかしの追悼とした。
一応は、同じ釜の飯を(たぶん)食った仲でもあるのだし。
嫌いだし、今でも思い出すと腹の立つ相手だが、まあそのくらいはしてやってもいいだろうと。
そうやって自分の中の感情に折り合いをつけ、にちかは連合の王の死を受け入れたのだった。
時に、霧子はといえば。
「しおちゃん、そのジャケット……」
「うん。とむらくんからもらったの」
戦闘の名残だろう。
粉塵や泥で汚れたしおが羽織っている、見覚えのあるジャケットに気が付いた。
霧子は死柄木弔という人間について、ほぼほぼ知っていることはない。
直接まともに対面したのは昨夜のコンピューター室が初めてだし、彼が魂を支配する異能を継承していたことなど知る由もなかった。
だが、それでも。
死にゆく魔王が同胞だった少女に遺したという"それ"は、彼女にかの男の人間味を垣間見させるには十分な代物だった。
「…………、…………」
なにか言葉をかけようか、迷った。
でも、それは余計なお世話だろうなと思い、やめる。
連合(かれら)の絆はきっと連合だけのものだ。
自分たち方舟に、皆で支え合ったかけがえのない時間があったように。
彼らにもきっと、自分の知らない尊い時間とつながりがあったのだと霧子は思う。
だから言葉はかけなかった。他人の心/瓶の中身を覗こうとするなんて、それはお行儀の悪いことだから。
「――ありがとね、霧子さん」
でも、意外にも話を続けてきたのはしおの側であった。
藪から棒にそんなことを言われ、ぽかんとしてしまう霧子。
そんな彼女へ、砂糖菓子の片割れは言う。
「霧子さんが、"ともだち"って何かをおしえてくれたから……私、ちゃんとお別れできたよ」
「……、…………そっか……。それなら、よかった…………」
彼女たちの物語は、きっと別れでしか終われないものだったのだろう。
霧子は優しいからつい手を取り合う未来を願ってしまうが、彼女たちにとってはきっとそうでない。
霧子としては、決してそう大したことを言ったつもりではなかった。
偉そうに説教を垂れたわけでもないし、ほんのちょっと小さな子に教えてあげたくらいのつもりだった。
けれどそのちょっとした善意が、あるいはお節介が、彼女たちの"お別れ"に花を添えるくらいのことにはなったというのなら。
それは霧子にとって、心が華やぐように嬉しいことであった。
たとえ世界が終わりに瀕していても。
いよいよもって、殺し殺されでしか立ち行かない現実が近付いてきていても。
それでも、283プロのアイドルたちはこうして彼女たちらしく生きている。
それは亡き
プロデューサーや、方舟のために散っていった者たちの生き様を労うような日溜まりで。
そんな日溜まりのなかに立ちながら、もう灼かれてはいないその鬼が――静かに口を開いた。
「語らいの時間は……終わりだ………」
鬼が、空を見上げる。
その面持ちは厳しく、これから起こることのすべてを見据えているようであった。
「――――――――来るぞ」
黒死牟の声が、全員の耳に届くのと。
目の前で、さっきまで砦だった電波塔が崩落を始めたのはほとんど同時のことだ。
いや――これは崩落なんて生易しい現象ではない。
東京スカイツリー。日本最大の電波塔が、まるで空間をねじ曲げられたように歪んでいく。
ぐるぐると渦を巻くように、あらゆる物理法則や物体の強度、その他性質を無視して変形する。
そうして出来上がるのは、直径数百メートルにも及ぶ巨大な"うずまき"だ。
その渦は、門であると。
底の知れない存在規模(スケール)を持った存在がこの世に向けて開けた口のようなものであるのだと。
全員が等しく理解したのは、スカイツリーだった渦が数千にも及ぶ触手の波濤を吐き出したからだった。
――戦慄が走る。対城宝具にも余裕で匹敵するだろう異界の触腕群は、比喩でなくこの場の全員を殺せる威力を秘めた鉄砲水に他ならない。
駆けたのは黒死牟と、そして
デンジだ。
と言ってもまともに勝負しようとしているわけではない。
臆病と無謀は違う。どうあがいても、人は天災と相撲は取れないのだから。
あれだけの火力を正面からどうこうするのは無理だと判断し、彼らは躊躇なく守るべき者たちを連れての逃げに走った。
鬼の脚力と、チェンソーマンの縦横無尽な駆動力。
それを駆使して逃げる、逃げる。
死柄木の個性によって焦土と化した街を再び蹂躙する大海嘯から、絶望的な撤退戦を敢行する。
「に、にににに、逃げきれるんですかこれ……!?」
「喋んなバカ! 舌ぁ噛んでも知らねえぞ!!」
「あなたにバカって言われる筋合いないんですけど!!」
デンジは、しおとにちか。
黒死牟は霧子を抱えていた。
休戦協定の維持について確認をしている暇はなかったし、どちらの陣営にもその気は皆無だった。
これほどの光景を見れば、誰だって議論の余地なく納得する。
"これ"には勝てない。少なくとも単騎(ひとり)では、どう戦ったって活路というものが見い出せない。
当初の予定通り、異界の厄災――フォーリナー・アビゲイルを倒すまでは方舟と連合の因縁は打ち止めだ。
だからデンジはにちかを迷わず助けたし、黒死牟もデンジらへ押し寄せる分の触手を払う役目を率先して担った。
問題は涙ぐましい助け合いをしたからと言って、彼ら二騎でこの厄災を切り抜けられる確率は限りなく乏しいということ。
死柄木弔が脱落した代償は今、戦力の枯渇という点で確実に残る器たちを苛んでいた。
「聞け……ライダー………」
「今じゃなきゃダメ!? 俺結構しんどいぜ、これ~~!!」
「今でなければ、ならぬ……敵が至近に迫った段階では、気取ってくれと言っているようなもの……」
「……まあ、そりゃそうだけどよ! なんだよ、あのタコガキをどうにかできる妙案でも浮かんだのかあ!?」
デンジのやけっぱち気味な問いかけに、黒死牟は肯定も否定もしなかった。
その反応に、デンジの顔が幾らかの真剣味を帯びる。
「――え。マジであんの?」
「それは、貴様が判断しろ……」
「わ~ったわ~った、猫の手も借りてやらあ! 聞かせろサムライ!!」
デンジは、根源的脅威の名を持つ悪魔を知っている。
人形の悪魔の計略で地獄に落とされた時、遊びのように蹂躙された『闇の悪魔』。
今だって勝てる気のしないあの"超越者"に似た気配を、デンジはアビゲイルに感じていた。
だからこそ、猫の手も借りるし藁にだって縋る。そうでもしなければ勝てないと分かっているからだ。
この状況を逆転ホームランに持ち込める妙案なんてものが本当に存在するのかどうかについては未だに半信半疑、いや九割九分は"疑"が勝っていたが、それでも今はその一分にすら望みを懸けたい。
そんな思いで叫んだデンジに、黒死牟は駆けながらも距離を詰め、そして――
「―――――、―――――――――…………」
何事かを、囁いた。
それを聞いたデンジは一瞬、足を止める。
すぐに慌てて歩みを再開するが、それでも彼の顔に宿る怪訝は消えていなかった。
「お前……」
まるでその顔は、馬鹿げた悪戯の計画を聞いた子どものようで。
発案者が堅物の黒死牟であることを踏まえて見ると、どうにもシュールさの付きまとう絵面だった。
「それ、本気で言ってんのかよ」
「ならば問うが……その娘に令呪が残存していない今も、貴様は"悪魔(あれ)"に成れるのか……?」
「……無理だな。ポチタは死んじまったし、俺も多少強くなったとはいえアイツには及ばねえよ」
「であれば尚のこと……これを除いて手は無かろう……」
「……、……」
無茶苦茶はデンジにとって、常套手段と言ってもいい。
その彼が、こうまで難色を示す――というより"信じ難い"といった顔をする策。
黒死牟は、二度は語らなかった。
ただ一言、こう付け加えるのみだった。
「天下分け目の、大戦だ………………貴様も腹を括れ、ライダー」
「……ああクソ、テメエを信じたワケじゃねえからな! 無理そうになったら盾にしてやるぜ!!」
そう、これは天下分け目の大戦。
誰も彼もが腹を括り、命を懸けなければならない。
器(マスター)も、英霊(サーヴァント)も。
そこにひとつの例外もありはしない。
「……セイバーさん……?」
「憂うな」
霧子の問いを、一刀のもとに斬り捨てて。
黒死牟は、言った。
「これを弥終とするつもりはない。
だが、成さねばならぬ……。
貴様と交わした誓いを……賤しい嘘に終わらせぬ為にも…………」
成さねばならぬ、鬼殺があるのだと。
語る鬼の横顔に、霧子はもういないひとりの男を思い浮かべていた。
◆◆
銀の鍵が、妖しく輝きを増した。
次の瞬間、溢れ出したのは蝙蝠の群れだ。
骨肉のみならず魂まで咀嚼する異界の蝙蝠。
信仰の概念を獲得した、外なる神由来の侵略的外来種。
いざ残りの命を平らげるべく飛び立ったそれを、鬼の月剣が一羽残らず斬殺する。
戦いの始まりは、無言の内に訪れた。
"うずまき"の津波からどうにか逃げ遂せた二体の英霊が、巫女に対して挟撃を仕掛ける。
月輪が揺らめく軌跡の剣と、それに巻き込まれ損傷することを厭わずに進めるデビルハンターの相性は意外にも良い。
フレンドリーファイアをある程度無視できる相棒がいれば、黒死牟は一切の憂いを排してその剣技を開帳できるのだ。
天満の月が、地を這う嵐となって殺到する。
アビゲイルにとってそれは鍵の一振りで払い除けられる程度の脅威でしかなかったが、その細腕にデンジの鎖が巻き付いた。
巫女の腕を柱代わりにして距離を詰めながら、迎撃のための触手を五本六本と切り刻んでいくデンジ。
チェンソーマンのデタラメさ此処に極まれりといった光景だったが、アビゲイルの笑みはそれでも崩れない。
彼女の白い腕はひしゃげるどころか血の一滴も流すことなく、拘束を物ともせず逆に鎖を引いてデンジを引き寄せてみせた。
「いいわよ。遊びましょう、悪魔憑きのお兄さん」
こうなると、望んでいた接近が一転して窮地に変わる。
引き寄せられたデンジの身体を、迸った極光(オーロラ)が刹那にして槍衾に変えた。
デンジだから耐えられているが、不死性を持たない英霊だったなら即死していたに違いない。
「祓ってあげるわ」
しかし、彼の弱点は既にアビゲイルには割れている。
チェンソーの心臓、それがデンジの骨子だ。
故に狙うのは素手での心臓摘出。
あがく少年を無視して殺しに掛かったアビゲイルの懐に、だが這入った者がある。
「あら――私、出来ればあなたとは戦いたくなかったわ。"あの人"の恩人ですもの、何が悲しくて恩あるお方を傷付けなければならないのかしら」
そう。
その鬼は、少女を巫女へと至らせたある女のことを知っている。
戦いと戦い、波乱と波乱の合間に存在したほんのわずかな、けれど確かにあった穏やかな時間。
だが今となってはあの光景を共にした者達の中にさえ生きている者は少ない。
そして生き残っている二つの陣営も、こうして殺し合っているのだからこれほど無体な話もないだろう。
セイバー、剣鬼黒死牟――アビゲイルがかつて心から感謝した悪鬼の剣は、しかし今他ならぬ彼女自身を断つ鬼滅の刃と化していた。
無言のままに放たれる月の呼吸・壱ノ型……闇月・宵の宮。
神速の抜刀で繰り出される居合抜きは通常ならどんな天禀さえ一太刀で斬り伏せられる魔剣だが、巫女はそれを易々と防ぐ。
揺らめいた月刃を呑み込みながら溢れて氾濫する、異界の神の片鱗たる触手の群れ。
人間時代、後に上弦と呼ばれる者達に相当するだけの強き鬼さえ滅してきた黒死牟でさえ、これほどの怪物を見た覚えはない。
あるとすればそれはあの忌まわしい"混沌"くらいのものだが、今眼前に立つこの少女もまた、間違いなくあれに匹敵する魔徒になっている。
だからこそか、月剣の冴えは間違いなく黒死牟/継国巌勝の永い生涯で一番のものだった。
(感じる)
その練度たるや、件の混沌と相対した時の次元さえ遥かに超えていると断ずる。
黒死牟自身、剣を振るいながらそれをひしひしと感じていた。
(三百年の、研鑽を……この数日間で、飛び越えるか…………)
強く焦がれ、強く焦がれ。
久遠の時間を費やして、人の身すら捨てて鍛錬に明け暮れた数百年。
ああも永く感じた鬼としての生涯、そこで手に入れた力のすべて、業のすべてを。
この世界で過ごしたわずかな時間、それも此処数日の間だけで凌駕したと強くそう感じる。
だというのに全能感のひとつも抱けないのは、よりにもよってあの弟めをこの世界で視てしまったからだろう。
天狗にすらなること叶わず、今でも鬼は鬼のままだ。
それなのに超えるべき遥かの高みは、自分を置き去ってどこかへ先に消え去ってしまった。
奇しくもそれは、あの赤い月の夜のように。
「イブトゥンク・ヘフイエ・ングルクドゥルゥ」
祝詞(うた)が聞こえる。
これは、冒涜の詩だ。
彼女は、あらゆるモノを冒涜する。
例えばそれは、美しく研ぎ澄まされたモノであっても。
例えばそれは、醜く欲望に淀んだモノであっても。
例えばそれは、情愛の果てに狂ったモノであっても。
全てを冒涜する、彼女だけの詩篇。
宇宙から響く、虚空から降る詩。
渚に雨の降る如く、我が心にも涙降る。
されど今宵、天の銀雲は狂している。
降り注ぐ触手の波が月輪を噛み砕いた。
空間そのものを湾曲させる神の力が、斬撃を押し曲げて巫女への到達を拒絶した。
ひとつとして物理法則その他既存の理(
ルール)に則っている現象はない。
悪魔のように尖った牙をぬらりと覗かせながら笑う巫女が、清貧なる聖者などであるものか。
届かない。
当たり前のように、己の技/業は届かない。
いつからであろう。
届かぬことに慣れたのは。
十二鬼月の頂点まで登り詰め、幾多もの鬼狩りを屠った。
あの"最期の夜"にあってさえ、黒死牟の剣は必殺の脅威を振り撒き続けていた。
だというのにこの世界ではどうだ。
鬼など、たかだかヒトの延長線など、単なる井の中の蛙でしかなかったのだと思い知らされ続けている。
剣が当たったところで薄皮すら裂けず。
形のない月輪さえ、条理を無視して打ち砕く。
そんな輩の跳梁跋扈する魔界こそが、この界聖杯であり。
黒死牟にとってはこの世界の方が、よほど自分を罰する地獄めいていた。
飛び越えても。
飛び越えても。
己という生き物の壁を、どれだけ突き破ってその先に転がり出ても。
いつだって、先に誰かがいる。
追い越すべき背中はおろか、その前にさえ無数の背中がある。
自分の底の浅さをひたすらに自覚させられた挙句、おまえの在り方はすべて間違いだと突き付けるようにあちこちから照らされる鬱陶しい光。
これを地獄と言わずしてなんと呼ぶのか。
無間地獄や阿鼻地獄、六千層に及ぶ地獄降りよりも遥かに恐ろしい。
この世界は、黒死牟――否。
継国巌勝という存在に対する否定に満ちていた。
人生を。極めた剣を。一端に抱えていた存在意義を。認識していた自己の価値を。
ひとつひとつ丁寧に踏み砕いて、否定していく太陽の世界。
太陽の輝きに照らされることを恐れて、穏やかな月明かりだけが見守る夜に逃避した軟弱者を笑う永遠の昼。
いっそ早々に死ねてしまったなら、まだ幾らか楽だったのかもしれない。
知らずに済んだことも、無数にあったのかもしれない。
月の呼吸・捌ノ型――月龍輪尾。
迫る触手を抉り斬って道を開き、ひた駆ける。
殺到する蝙蝠に肉を喰まれながら、それでも肉薄を果たして剣を振るう。
月の呼吸・玖ノ型――降り月・連面。
振り下ろす三日月が巫女の矮躯をすり潰す。
しかし現実は、それを振り上げた鍵剣が受け止めるのみ。
鬼の腕力なら指一本で押し潰せるような細腕が、今は一寸たりとも動かない。
地面を殴って星を動かそうとしている。そんな滑稽さを、黒死牟は想起した。
だがならば。
月の呼吸・伍ノ型――月魄災渦。
刀をまったく振るわずに放つ斬撃という、自分自身の本末転倒さを何より体現した技に恥じ入る段階はもう過ぎた。
心の中で今も響き続ける豪放磊落な笑い声が、あらゆる自問と矛盾への葛藤を笑い飛ばす。
宇宙を斬ると豪語するのなら、このくらい出来ずして如何にする。
回避不能の間合いで吹き荒れた斬撃の竜巻が、今度こそアビゲイルの痩身を飲み込んで切り刻んだ。
しかし。
「いあ・いあ」
声が聞こえる。
次の瞬間、そこに立っていたのは無傷のアビゲイルだった。
黒死牟は確かに見ている、斬り刻まれて血飛沫をあげる巫女の惨憺を目にしている。
なのにその記憶を真っ向から否定する"現実"が、悪戯をする子どものような顔で嗤っていた。
「とても痛いわ。苦しいわ。私、辛くて泣いてしまいそう」
伸ばされる、手――
ただそれだけで、唐突に黒死牟の半身が消し飛んだ。
鬼でなければ間違いなく即死。
強度も、距離も、何もかもを無視した証明不能の方程式が上弦の月を半月に変える。
「それでも私、泣かないわ。どれだけ痛くても苦しくても、今"あの人"が感じてるのに比べたらそよ風みたいなもの。
だから繰り返すの。だから何度でも、この身が擦り切れても繰り返す。箒星は巡り、法廷は開かれ続ける。結び目は生まれ続ける」
「訳の分からぬ、ことを……」
上弦の鬼の再生速度は、下弦以下のそれの比ではない。
同じ上弦でも上位三柱とその下では巨大な格の差がある。
その点、求道の修羅である
猗窩座と神童の童磨をさえ寄せ付けず頂点を保ち続けた黒死牟の再生は言わずもがな最高のレベルだ。
半身欠損など彼に言わせれば巻き返せる範疇でしかなく。
また、この程度の不覚は不本意ながらもはや慣れている。
土に塗れた回数。
界聖杯という地獄で味わった屈辱の数。
それが、黒死牟を明確に強くしていた。
月の呼吸・拾ノ型――穿面斬・蘿月。
瞬時に再生を終えて繰り出した刃が、巫女を再び斬撃の中に隠す。
その一瞬を突いて再び台頭してきたのは、アビゲイルが言うところの悪魔憑きの少年だった。
「化物同士の決戦だなオイ。魑魅魍魎のバーゲンセールかあ?」
切り刻まれていくアビゲイルにチェンソーの刃を突き立てる。
ぐじゅ、という肉が潰れる音に続いて、スプリンクラーもかくやの勢いで噴き上がる鮮血の音が響く。
スプラッター映画を通り越してスナッフビデオ同然の惨劇だったが、それでも演目の形は揺るがない。
これがか弱い少女への露悪的な虐待劇ではなく、狂気に囚われた巫女による恐怖劇であるということを改めて二人に突き付けるように、銀の運命は素手でデンジのチェンソーを掴んでいた。
「うふふ」
「うおっ。力、強~~ッ……!?」
「か弱い悪魔さん。おいたをしてはいけないわ」
そしてそのまま、自らの身体に深く突き立ちそれどころか貫通していた凶刃をぬぷ、ぬぷりと耳を塞ぎたくなる異音を奏でながら引き抜いていく。
臓物が刃の凹凸に引きずられて外に飛び出すが、アビゲイルにそれを気にした様子はない。
戦慄を通り越し、悟りさえ抱かせる光景である。
これに比べれば、鬼などまさしく人間の延長線上にある存在でしかない。
この娘は、本物の化生だ。
昼も夜も関係なく、またあらゆる理に縛られず、狂気のままに現実を湾曲させる天魔の化身。
鬼が天魔を討つという皮肉以外の何物でもない光景を、黒死牟が体現する。
内臓と脂肪諸々の色を開帳しながら笑う少女、その首筋に向けて躊躇なく鬼剣を振るった。
「いぐな・いぐな・とぅふるとぅ――」
「黙れ」
紡がれる詠唱に付き合ってやる義理はない。
むしろ、今はそれ自体がありがたかった。
この局面での詠唱は即ち、自分達の猛攻が彼女に対し一定の効果を挙げていることを示す。
どんなに道理を超越した芸当を駆使していようが、彼女もまた自分達と同じサーヴァントなのだ。
であれば必ず、そこに限界が存在する。その枠組みに収まっている事実自体が状況の突破口になる。
故に出し惜しみはしない。
確実に殺せる一撃で、屠り去りにかかる。鬼殺を成す。
そのための月光を用立てるのに、特別な動作は必要なかった。
ただしその代わり、対価だと言わんばかりに猛悪なまでの吸い上げが襲ってくる。
まさしく妖刀。地獄の鬼が振るうに相応しい、いやそれでさえ役者が足りるか定かでない魔剣。
放つのは黒き斬撃――数に飽かすこともなく、逃げ場を塞ぐことに腐心するでもない、ただの袈裟斬りだ。
だからこそその速度は黒死牟の持つあらゆる技の中で最速。
最強の海賊でさえ、この剣を前にしては咆哮し悶絶するしかなかった一振り。
月の呼吸・拾漆ノ型――――紫閃雷獄・盈月。
「ぁ」
拍子抜けしたような声が、アビゲイルの口から漏れる。
初めて、その顔から笑顔が消えた。
呆けたような顔が浮かんでから、次の段階に移行するまで一秒もかからない。
「う、あ――あ、ああああああああああああっ……!!?」
露出は多く布地は薄い、退廃と冒涜を糸代わりに編み上げたような異界の巫女装束。
それごと柔肌を切り裂いた斬撃の軌跡が、次なる斬撃の始発点となる。
そして巫女の体内で起こるのは、自分自身の血肉を糧に成長していく斬撃という地獄の形だった。
「ひ、ぐぅ、あ、あ……っ、い、ぁ……あ、あぁあああぁああ――!!」
響き渡る絶叫は、それが彼女に対してさえ無視することのできない痛手であったことを示している。
上弦を超越し、鬼の王へと新生した猗窩座はこの斬撃を乗り越えることができなかった。
カイドウは体内に覇気を轟かせ、肉体強度に物を言わせて圧殺する荒療治で凌いだ。それでもその傷は確かな深手として残り続けた。
アビゲイルの所業は確かにめちゃくちゃだが、彼女自身の耐久値はそう高くないものであると黒死牟の六眼は見抜いていた。
ましてや彼女は、竜王カイドウの最後の一撃を相手取っている。
結果的に下しこそしたものの、あの"火龍大炬"はこうまで成った/堕ちた巫女でさえ持て余す一撃だったらしい。
アビゲイルの霊基には、カイドウが残した傷跡が今も癒やしきれずに残留している。
当然だろう。あれだけの怪物が最強と断じて放つ一撃を、そう易々と凌ぎ切れて堪るものか。
隠し切れない疲弊と、サーヴァント故の限界値。
そこにねじ込まれた、閻魔が繰り出す盈月の一刀。
これだけでも十分に討伐に足るものと信じるが、黒死牟は今孤軍ではない。
「う、ぁ、ああぁあああ゛ぁ゛っ、が……!!」
「へへへっ、ずいぶん痛そうじゃねえかよ~……! 傷口に塩を塗り込んでやるぜェ~~ッ!!」
「――ひ、ぎゅ……ッ」
文字通り、傷口をこじ開ける役目をデンジが担う。
突っ込まれた刃が今も斬撃が肥大し続けているその傷を押し開き、内側を更に掻き回すのだ。
もはや激痛だけで発狂死してもおかしくない責め苦を敷くさまは、まさしく悪魔と鬼、地獄のコンビネーションと呼ぶに相応しい。
「これで――」
「沈め……!」
切腹。
ならば介錯が必要不可欠だろう。
そして此度、それを務めるのは六つ目の鬼だ。
水銀の空の下、邪教の巫女を断罪する剣が振るわれる。
彼女の首を切り落とし、淀んだ愛の物語を終わらせる一太刀。
いざ終われと天魔討伐の絵巻を締め括る、結びの筆が振るわれるその最中。
中の、
ナニカと、
目が、
合った。
「――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――」
黒死牟が開き、デンジがこじ開けた袈裟の傷。
本来ならば筋肉や臓器が覗くだけの筈のそこから、何かがこちらを見ていた。
それが何であったのかを形容する手段は、ふたりにはない。
ただ、分かってしまったのだ。
見られている、と。
目が合った、と。
認識された、と。
「ぉ゛、え」
デンジが嘔吐した。
黒死牟も、介錯の刀を振り下ろさんとする格好のままで硬直していた。
与えられた情報の量を、脳が処理しきれていない。
今自分が何と目が合ったのか、いや合ってしまったのか。
それを理解しようとする理性と理解すまいとする本能が無限のせめぎ合いを繰り広げているから事態がまったく進展しないのだ。
これを理解してはならない。
逆に、理解されてもならない。
知るな、見るな、関わるな。
触れるな、思うな、感じるな。
盲目白痴であり続けることこそがこれに対しての最適解。
遠巻きに見る星空がいかに美しくとも、望遠鏡で倍率を絞って観測すれば人知を超えた星辰が蠢くのが見えるように。
真実を知ること、世界が開けることが必ずしも幸福ではないことを示している。
「ダルブシ・アドゥラ・ウル・バアクル…………」
苦悶の声が、止まる。
紡がれる呪文は、妖精の囁きに似ていた。
「いあ、いあ、んぐああ んんがい・がい
いあ、いあ、んがい、ん・やあ、ん・やあ、しょごぐ、ふたぐん」
それは端から見れば、さぞかし奇妙な光景だったに違いない。
少女の腹から引き出される自分の刃を、進めも引きもせず止めているデンジ。
刀を振り上げたままの格好で静止している黒死牟。
アビゲイルは官能的でさえある粘ついた水音を立てながら、悠然と誰の邪魔も入ることなく歌唱を続けている。
「いあ、いあ、い・はあ、い・にやあい・にやあ、んがあ、んがい、わふるう、ふたぐん」
そんな彼女の顔から、一度は姿を消した笑みが。
にぃ、と――引き裂くように、顔を出した。
「よぐ・そとおす」
鼓膜が爆ぜる。
魂が震撼する。
認識の彼方からこちらを睥睨する神、語られぬモノ、語ってはならぬモノ。
観測される深淵、世界の戸口に佇むそれが、ああ、今、窓に、そこに。
「 よぐ・そとおす! いあ! いあ! よぐ・そとおす! 」
額が、鍵穴が、傷口が、瞬く。
またたく。そして、まばたく。
サーヴァントの身では知覚することも叶わない巨大な何かが、まばたきをした。
起こったことは多分、きっとそれだけ。
ただそれだけのことだった。
世界が、銀の光に包まれていく。
少女は、愛し子を抱擁するように両手を広げた。
真っ赤な血が、剥がれてとろりと溶け落ちて。
体内で反響していた斬撃は、いつの間にか消失していた。
それそのものが宇宙の彼方、星の光さえ窺えない何処(いずこ)かへ飛んでいってしまったかのように。
「何だよ、これ……」
デンジが辛うじて絞り出せたその言葉が、彼らにできる最大限の抵抗だったのかもしれない。
光が、邪神の祭祀に踏み入った悪魔憑きと鬼を呑み込んでいく。
塗り潰して、白く、白銀に染め上げていき。
そして――
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『人間であり非人間であり、脊椎動物であり無脊椎動物であり』
『意識を持つこともあり、持たないこともあり』
『局所性』
『不変かつ』
『自己一体感』 『動物であり植物』
『無限性』
『幼年期の夢』
『力の渦動』
『無限』
『原型的な無限の眩暈』
『囀り』
『インドの寺院』 『繰り返し連続して見る夢』
『深淵と全能』
『神聖な存在』
『呟き』
『そのもの』
『空恐ろしい想念』
『不条理』
『口にするのも憚られるほど』
『法外』
『零』
『戸口に立つもの』
『手足と頭を多数備える彫像』 『窮極の門』
『限りのない空虚』
『無』
『始まりも終わりもない』
『触手持つ原形質の怪物』 『最極』
『ラヴィニア・ウェイトリー』
『異端なるセイレム』
『時空連続体』
『虹色の輝く球』
『門にして鍵』
『彼方なるもの』
『全にして一、一にして全』
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最終更新:2024年03月24日 15:51