69 :62:2008/11/12(水) 22:27:05 ID:DVpCE0yJ
「よぉ。」
十数年ぶりに会った友人は、すっかりくたびれていたが、昔と変わらないどこかやんちゃな様子で挨拶した。
しわだらけのロングコートに片手を突っ込み、ボサボサの髪をさらに苛めるように頭を掻いている。
目の下にはクマが出来ていた。
私は簡単な挨拶を返し、テーブルを挟んだ向かいの席を勧めた。
駅前の平日の喫茶店には、打ち合わせに来ている会社員や、ノートパソコンをいじくる学生がそこかしこに見える。
その中で学生にはとても見えず、またスーツも着ていない私たち2人は少し異質なものに端からは見えただろう。
私の心に妙な不安がよぎった。
「うーさみさみ。もうすっかり冬だな。」
「ああ。これでますます帰りにタクシー代がかさむ。」
疲れた笑いを浮かべながら友人は座る。
それから彼はメニューも見ずにカプチーノを頼んだ。
「今は何を?」
私が訊くと、友人は首をふる。
「普通に会社員やってたけど、昨日辞めたよ。ありゃあ駄目だ。」
「何かあったのか?」
「全然家に帰れないんだ。」
ノルマが厳しいのだろうか。
そんなことを思いながら残り少ないコーヒーをすする。
彼と最後に会ったの小学校の頃だったか。
当時はかなり仲が良かったはずだが、それから多くの出来事を経験する内に、それらの記憶は押し潰されて、断片的な思い出しか残っていなかった。
だがこうして向き合ってみると、たしかにこの男と過ごした記憶がこの体に染み付いているのが、実感として感じられる。
しばらくの間私たちは、それらの思い出について、また、他の友人の消息について語り合った。
語り合いながら、お互いにタイミングをはかっていた。
私は彼が、なぜ今さら私に会いに来たのかを聞きたかった。
そして彼もまた、本題へと入りたがっているのが見てとれる。
が、なぜか二人には躊躇いがあった。
友人の方は自分が何に対して躊躇しているのかがわかっているようだが、私にはつかめない。
漠然とした、廃墟の扉を開く時のような、罪悪感にも似た恐怖があった。
「それで――」
私はハッとした。
いつの間にかカップは空になっている。
友人がいぶかしがる風に私の顔を見た。
「おい、大丈夫か?」
「ああすまない。少し疲れているのかな。」
十数年ぶりに会った友人は、すっかりくたびれていたが、昔と変わらないどこかやんちゃな様子で挨拶した。
しわだらけのロングコートに片手を突っ込み、ボサボサの髪をさらに苛めるように頭を掻いている。
目の下にはクマが出来ていた。
私は簡単な挨拶を返し、テーブルを挟んだ向かいの席を勧めた。
駅前の平日の喫茶店には、打ち合わせに来ている会社員や、ノートパソコンをいじくる学生がそこかしこに見える。
その中で学生にはとても見えず、またスーツも着ていない私たち2人は少し異質なものに端からは見えただろう。
私の心に妙な不安がよぎった。
「うーさみさみ。もうすっかり冬だな。」
「ああ。これでますます帰りにタクシー代がかさむ。」
疲れた笑いを浮かべながら友人は座る。
それから彼はメニューも見ずにカプチーノを頼んだ。
「今は何を?」
私が訊くと、友人は首をふる。
「普通に会社員やってたけど、昨日辞めたよ。ありゃあ駄目だ。」
「何かあったのか?」
「全然家に帰れないんだ。」
ノルマが厳しいのだろうか。
そんなことを思いながら残り少ないコーヒーをすする。
彼と最後に会ったの小学校の頃だったか。
当時はかなり仲が良かったはずだが、それから多くの出来事を経験する内に、それらの記憶は押し潰されて、断片的な思い出しか残っていなかった。
だがこうして向き合ってみると、たしかにこの男と過ごした記憶がこの体に染み付いているのが、実感として感じられる。
しばらくの間私たちは、それらの思い出について、また、他の友人の消息について語り合った。
語り合いながら、お互いにタイミングをはかっていた。
私は彼が、なぜ今さら私に会いに来たのかを聞きたかった。
そして彼もまた、本題へと入りたがっているのが見てとれる。
が、なぜか二人には躊躇いがあった。
友人の方は自分が何に対して躊躇しているのかがわかっているようだが、私にはつかめない。
漠然とした、廃墟の扉を開く時のような、罪悪感にも似た恐怖があった。
「それで――」
私はハッとした。
いつの間にかカップは空になっている。
友人がいぶかしがる風に私の顔を見た。
「おい、大丈夫か?」
「ああすまない。少し疲れているのかな。」
71 :創る名無しに見る名無し:2008/11/12(水) 22:33:22 ID:DVpCE0yJ
「で、話聞いてたか?」
「いや……すまん。何の話だったっけ。」
眉間を押さえる私に対して、友人は呆れたようにため息をついた。
「だから、小学校の時よく読んだ怪談だよ。」
「怪談……?」
「ほら、“私、メリーさん。今あなたの後ろに居るの”ってやつ。」
「ああ。あったな、そんなの。」
懐かしい怪談だ。
何かの本で見つけて、よく彼が私の後ろで彼女の真似をしてふざけたっけ。
「話は覚えてるか?」
「大体はな。」
「よし、じゃあコレだ。」
そう言って友人はポケットから携帯電話を取り出し、私に寄越した。電源は入っていない。
意図がわからないので友人に問うと、彼は悪戯っぽい笑みを浮かべながら「電源入れてみな。」と言った。
不審に思いながらも私はその携帯電話を開き、電源ボタンに親指を伸ばす。
てっきり金を貸してくれとでも言うのかと思っていたのに。
電源が入る。
途端に、けたたましい着信音が店内に鳴り響いた。
他の客が不快そうな眼差しを向けてくる。
私は驚き、思わず通話ボタンを押してしまった。
友人に電話を返そうとするが、彼はどこか悪意のこもった笑顔を浮かべたまま、私にそのまま電話に出るよう促す。
その彼の態度を恐ろしく感じた私は唾を飲み込み、恐る恐る電話を耳にやる。
震える声で言った。
「も、もしもし……?」
「……私……」
スピーカーからは、妙にかすれた、少女のような声が聞こえてきた。
「あ、すいません、私は……」
「……メリーさん。」
「……は?」
「私、メリーさん。今、あなたの家の前に居るの……」
「えっとあの、失礼ですが――」
ブツッ!!
電話は唐突に切れた。
わけがわからないまま黒い画面を眺めていると、突然延びてきた友人の手に、携帯電話を奪われた。
「ああ、ありがとう。本当にありがとう。これでようやく家に帰れるよ。」
そそくさと携帯電話をしまい、席を立つ友人に私は説明を求める。
彼はテーブルのそばで伝票と自分の財布の中身を見比べながら言った。
「いやあさ、一週間前にメリーさんから電話がかかってきてさ。
俺の家はマンションなんだけど、悪戯かと思って相手してたら、俺の住んでる下の階まで来ちまってさ。」
何の話かわからない。
「家の電話は線を抜いても鳴りっぱなしだし、会社に寝泊まりしてたんだけど、これじゃあ気が狂いそうだったからさ。
悪いけど頼んだわ。お礼にここはおごるよ。」
「いや……すまん。何の話だったっけ。」
眉間を押さえる私に対して、友人は呆れたようにため息をついた。
「だから、小学校の時よく読んだ怪談だよ。」
「怪談……?」
「ほら、“私、メリーさん。今あなたの後ろに居るの”ってやつ。」
「ああ。あったな、そんなの。」
懐かしい怪談だ。
何かの本で見つけて、よく彼が私の後ろで彼女の真似をしてふざけたっけ。
「話は覚えてるか?」
「大体はな。」
「よし、じゃあコレだ。」
そう言って友人はポケットから携帯電話を取り出し、私に寄越した。電源は入っていない。
意図がわからないので友人に問うと、彼は悪戯っぽい笑みを浮かべながら「電源入れてみな。」と言った。
不審に思いながらも私はその携帯電話を開き、電源ボタンに親指を伸ばす。
てっきり金を貸してくれとでも言うのかと思っていたのに。
電源が入る。
途端に、けたたましい着信音が店内に鳴り響いた。
他の客が不快そうな眼差しを向けてくる。
私は驚き、思わず通話ボタンを押してしまった。
友人に電話を返そうとするが、彼はどこか悪意のこもった笑顔を浮かべたまま、私にそのまま電話に出るよう促す。
その彼の態度を恐ろしく感じた私は唾を飲み込み、恐る恐る電話を耳にやる。
震える声で言った。
「も、もしもし……?」
「……私……」
スピーカーからは、妙にかすれた、少女のような声が聞こえてきた。
「あ、すいません、私は……」
「……メリーさん。」
「……は?」
「私、メリーさん。今、あなたの家の前に居るの……」
「えっとあの、失礼ですが――」
ブツッ!!
電話は唐突に切れた。
わけがわからないまま黒い画面を眺めていると、突然延びてきた友人の手に、携帯電話を奪われた。
「ああ、ありがとう。本当にありがとう。これでようやく家に帰れるよ。」
そそくさと携帯電話をしまい、席を立つ友人に私は説明を求める。
彼はテーブルのそばで伝票と自分の財布の中身を見比べながら言った。
「いやあさ、一週間前にメリーさんから電話がかかってきてさ。
俺の家はマンションなんだけど、悪戯かと思って相手してたら、俺の住んでる下の階まで来ちまってさ。」
何の話かわからない。
「家の電話は線を抜いても鳴りっぱなしだし、会社に寝泊まりしてたんだけど、これじゃあ気が狂いそうだったからさ。
悪いけど頼んだわ。お礼にここはおごるよ。」
75 :創る名無しに見る名無し:2008/11/12(水) 22:38:32 ID:DVpCE0yJ
「おい、なんだよコレは!」
彼は横目で私を見た。
「なあに、別の人間に電話に出てもらえばいいだけさ。
その内お前の携帯にも彼女から電話がくるはずだ。見覚えの無い番号には気をつけろよ。」
「だからこれは何なんだ!説明しろ!!」
「わからない奴だな。」
私たちは外へ出た。
「……メリーさんだよ。小学生の時、俺たちが好きだった怪談……」
「あんなもの、ただのフィクションだ。」
「本当にそう思うのか?」
「当然だろ!」
「そうかい。」
その時、私の携帯電話が鳴った。
戦慄した。
震える手で液晶表示を見る。
見覚えの無い番号だった。
友人は笑う。
「出てみろよ。フィクションなら、お前は助かる。」
携帯電話を片手に立ち尽くす私を尻目に、彼はゆったりとした仕草でこちらに背を向け、そして歩きだした。
冬空の下で汗だくになりながら、私は鳴り続ける電話を握りしめていた。
彼は横目で私を見た。
「なあに、別の人間に電話に出てもらえばいいだけさ。
その内お前の携帯にも彼女から電話がくるはずだ。見覚えの無い番号には気をつけろよ。」
「だからこれは何なんだ!説明しろ!!」
「わからない奴だな。」
私たちは外へ出た。
「……メリーさんだよ。小学生の時、俺たちが好きだった怪談……」
「あんなもの、ただのフィクションだ。」
「本当にそう思うのか?」
「当然だろ!」
「そうかい。」
その時、私の携帯電話が鳴った。
戦慄した。
震える手で液晶表示を見る。
見覚えの無い番号だった。
友人は笑う。
「出てみろよ。フィクションなら、お前は助かる。」
携帯電話を片手に立ち尽くす私を尻目に、彼はゆったりとした仕草でこちらに背を向け、そして歩きだした。
冬空の下で汗だくになりながら、私は鳴り続ける電話を握りしめていた。
深夜の道を歩く。
人通りは少なく、街灯も無い道。
そこで俺の携帯電話は鳴った。
驚きつつ液晶を見ると、番号は昼間会ったあの友人のものだった。
思わず込み上げる笑いをこらえつつ、通話ボタンを押す。
「よぉ。」
「私だ。」
電話の向こうに居るのは、やはり彼のようだった。
「電話、どうにかなったか?」
「いいや。……これから、どうにかするつもりだ。」
彼の声からは生気は感じられない。
急に俺は彼に申し訳なく感じた。
「おい、お前今どこに居るんだ?」
「……」
「おい。」
「お前の後ろに居る。」
その瞬間、軽い衝撃と共に、俺の背中に激痛が走った。
くたびれたコートのポケットから、ボイスレコーダーと、それにテープで繋がったもうひとつの携帯電話がこぼれ落ち、血溜まりに転がった。
人通りは少なく、街灯も無い道。
そこで俺の携帯電話は鳴った。
驚きつつ液晶を見ると、番号は昼間会ったあの友人のものだった。
思わず込み上げる笑いをこらえつつ、通話ボタンを押す。
「よぉ。」
「私だ。」
電話の向こうに居るのは、やはり彼のようだった。
「電話、どうにかなったか?」
「いいや。……これから、どうにかするつもりだ。」
彼の声からは生気は感じられない。
急に俺は彼に申し訳なく感じた。
「おい、お前今どこに居るんだ?」
「……」
「おい。」
「お前の後ろに居る。」
その瞬間、軽い衝撃と共に、俺の背中に激痛が走った。
くたびれたコートのポケットから、ボイスレコーダーと、それにテープで繋がったもうひとつの携帯電話がこぼれ落ち、血溜まりに転がった。