87 :創る名無しに見る名無し:2008/11/13(木) 23:12:55 ID:3REoPlq0
「メリーさんの電話、ってのを知ってるか?」
開口一番──というわけでもないが、しばらくぶりに会った奴は挨拶を交わすのもそこそこにそう切り出した。
手に持ったビールのグラスを見つめ、割りと茶化した風もなく。
となればそれなりに真面目な話なのだろう。しかしいかんせん場所が渋いおでんの屋台ときてる。
思い出話や愚痴に花咲かせるものだと思い込んでいた俺はまったく予期していなかった台詞に面食らっていた。
「……えと、メリーさんって、あの電話がかかってくるメリーさん……だよな?」
「ああ」
俺の認識が正しければ、それは都市伝説の一つである。特にオカルト好きな奴ではなかった気がするが。
「で、そのメリーさんがどーしたんだ? まさか……電話がかかってきたって言うんじゃねーだろーな……?」
恐る恐るといった感じの口調を意識しながら言う。
もしかすると、こういうノリから始めて驚かせ、その後の会話を盛り上げるネタを覚えたのかもしれない。
となれば乗ってやらないわけにはいかないだろう。
そんなことを考えていると、奴はふっと笑った。
俺はその笑いに違和感を覚える。引っかかったという感じではなく、演技を見透かしたような含みがあったからだ。
「私のとこにはかかってきてないよ。ただ、気になってね」
「気になるって、なにが?」
話が見えない上に酒の席で意味不明な話題をふられていることもあり、少しだけもどかしさを感じ始めていた。
「メリーさんの話にはいくつか説がある。一番基本なのが、女の子が捨てたメリーって人形が電話をかけてきて、最後には『あなたの後ろにいるの』で終わるってパターンだな」
「ほお」
「そっから派生して、振り向いたら殺されるだとか、ひき逃げした運転手に被害者の少女から電話がかかってくるなんていくつかの話がある」
「ふぅん」
「あとは、メリーさんが相手にしてもらえずに泣いたり、少女が超高層マンションに住んでて、たどり着く前にメリーさんがギブアップしたり、なんていう話もあったな」
「ぶっ、それは初耳だな」
想像したらメリーさんがちょっと可愛く思えてきた。まあ都市伝説というか誰かが考えたギャグなんだろうけど。
「まあそんな具合に色々派生があるが……お前の知ってるメリーさんの話は、どういう感じだった?」
「は? いや、どういう感じって言われても……お前が言ってるのと同じだけど。詳しいことなんて知らないし」
「いいから、詳しく知らないでもいいからお前がイメージしてたメリーさんの話を大ざっぱでいいから聞かせてくれ」
一体なんだってんだろうか。最初は冷静だったのに話しているうちに興奮してきたのか、奴は少し強引に話を迫る。
「あー……だから、女の子から電話がかかってきて、今どこどこにいるから、ってのが続いて最後は後ろにいる……って感じだよ」
「女の子については? 元の話が人形だとか知ってたか?」
「いや、知らなかったけど」
「後ろにいる、ってなった後の展開は?」
「さあ……ただ、なんとなく殺されるイメージがあるけど」
「そっか……」
奴は今度こそ神妙な顔をして黙り込んでしまった。そして俺は今度こそわけの分からん話にもどかしさが怒りに変わった。
「なあ、お前一体何が言いたいのさ? ……こっちは久しぶりに会って楽しく酒が飲めるって思ってたの」
「妹が蒸発した」
「…………は?」
「妹が行方不明になっちまったんだよ……。消える前に家族とか友達にメリーさんが来る、って言ってたんだ。だから……な」
おでん屋の店主のグラスを磨く手が止まる。背中に当たる秋風が嫌に冷たくなってきた。まるでそこに冷気を帯びた何者かがいるかのように。
開口一番──というわけでもないが、しばらくぶりに会った奴は挨拶を交わすのもそこそこにそう切り出した。
手に持ったビールのグラスを見つめ、割りと茶化した風もなく。
となればそれなりに真面目な話なのだろう。しかしいかんせん場所が渋いおでんの屋台ときてる。
思い出話や愚痴に花咲かせるものだと思い込んでいた俺はまったく予期していなかった台詞に面食らっていた。
「……えと、メリーさんって、あの電話がかかってくるメリーさん……だよな?」
「ああ」
俺の認識が正しければ、それは都市伝説の一つである。特にオカルト好きな奴ではなかった気がするが。
「で、そのメリーさんがどーしたんだ? まさか……電話がかかってきたって言うんじゃねーだろーな……?」
恐る恐るといった感じの口調を意識しながら言う。
もしかすると、こういうノリから始めて驚かせ、その後の会話を盛り上げるネタを覚えたのかもしれない。
となれば乗ってやらないわけにはいかないだろう。
そんなことを考えていると、奴はふっと笑った。
俺はその笑いに違和感を覚える。引っかかったという感じではなく、演技を見透かしたような含みがあったからだ。
「私のとこにはかかってきてないよ。ただ、気になってね」
「気になるって、なにが?」
話が見えない上に酒の席で意味不明な話題をふられていることもあり、少しだけもどかしさを感じ始めていた。
「メリーさんの話にはいくつか説がある。一番基本なのが、女の子が捨てたメリーって人形が電話をかけてきて、最後には『あなたの後ろにいるの』で終わるってパターンだな」
「ほお」
「そっから派生して、振り向いたら殺されるだとか、ひき逃げした運転手に被害者の少女から電話がかかってくるなんていくつかの話がある」
「ふぅん」
「あとは、メリーさんが相手にしてもらえずに泣いたり、少女が超高層マンションに住んでて、たどり着く前にメリーさんがギブアップしたり、なんていう話もあったな」
「ぶっ、それは初耳だな」
想像したらメリーさんがちょっと可愛く思えてきた。まあ都市伝説というか誰かが考えたギャグなんだろうけど。
「まあそんな具合に色々派生があるが……お前の知ってるメリーさんの話は、どういう感じだった?」
「は? いや、どういう感じって言われても……お前が言ってるのと同じだけど。詳しいことなんて知らないし」
「いいから、詳しく知らないでもいいからお前がイメージしてたメリーさんの話を大ざっぱでいいから聞かせてくれ」
一体なんだってんだろうか。最初は冷静だったのに話しているうちに興奮してきたのか、奴は少し強引に話を迫る。
「あー……だから、女の子から電話がかかってきて、今どこどこにいるから、ってのが続いて最後は後ろにいる……って感じだよ」
「女の子については? 元の話が人形だとか知ってたか?」
「いや、知らなかったけど」
「後ろにいる、ってなった後の展開は?」
「さあ……ただ、なんとなく殺されるイメージがあるけど」
「そっか……」
奴は今度こそ神妙な顔をして黙り込んでしまった。そして俺は今度こそわけの分からん話にもどかしさが怒りに変わった。
「なあ、お前一体何が言いたいのさ? ……こっちは久しぶりに会って楽しく酒が飲めるって思ってたの」
「妹が蒸発した」
「…………は?」
「妹が行方不明になっちまったんだよ……。消える前に家族とか友達にメリーさんが来る、って言ってたんだ。だから……な」
おでん屋の店主のグラスを磨く手が止まる。背中に当たる秋風が嫌に冷たくなってきた。まるでそこに冷気を帯びた何者かがいるかのように。
123 :メリー譚 ◆izRqNgc0hU :2008/11/20(木) 22:13:31 ID:YX6gTJh6
自宅への帰宅途中、俺の頭の中では奴に相談された話が混沌と渦巻いていた。
帰り際にかっくらったビールは今まで生きてきた中で最もまずく、思わず吐き捨てたくなるほどだった。
おまけにたった一口しか飲んでいないのに頭がくらくらして嫌な胸焼けまでする。
頭を押さえて舌打ちをしながら緩慢な足取りで帰路を行く。
帰り際にかっくらったビールは今まで生きてきた中で最もまずく、思わず吐き捨てたくなるほどだった。
おまけにたった一口しか飲んでいないのに頭がくらくらして嫌な胸焼けまでする。
頭を押さえて舌打ちをしながら緩慢な足取りで帰路を行く。
『…………』
思わず口を開き──けれど言葉は出なかった。
言われたことの意味が分からなくて……いや、もちろんどっちの単語も理解はできる。だがあまりに現実味がなくて。
冗談にしてもマジにしてもすこぶる性質の悪い話だと思った。
『……ごめんな。信じらんないよな……』
「あ、いや……』
特に失望したような様子もなく、きっと俺のリアクションが予想の範囲内だったのだろう、奴はすまなそうな顔をする。
正直……まるで対応の仕方が分からなかった。
現実的に考えて行方不明ならば事件か何かで完全に警察の仕事だ。
本当にメリーさんという幽霊(人形?)に殺されたり消されたりしたのなら……それもそれで警察か霊能者の仕事だろう。
何故近頃まったく会っていなかった俺にわざわざ連絡を取ってまでそんな話をしたのか、少しも奴の思考が読めなかった。
『え…っと……と、とりあえず話を簡単に整理してくれよ。悪い、俺も混乱しちまってさ……』
奴は両手で持ったグラスに目を落としながら話し出す。
『妹…お前も知ってるだろ、あいつが一週間くらい前にいなくなった。部屋の状態から考えて、警察は事件の可能性が高いって言ってる』
『あ、一応警察には届けたんだな』
メリーさんとか言い出すから、てっきり警察にも届けずに騒いでいるのかと思ってた。
というか警察が事件の可能性が高いっていうくらいだから、こいつが勝手に怪談話を信じ込んでいるだけなのかもしれない。
奴は一度じとりとした目を俺に向ける。思わず怯むと、目を逸らして奴はまた話し始めた。
『部屋には争った跡みたいなのがあったからな。メリーさんなんてオカルト話より、現実的な線で捜査を進めるのは当然だとは思う』
『……もしかして、警察にもメリーさんの話……したのか?』
『そりゃあな。あいつもいなくなる前には異常に怖がってたし、それに……』
そこで一旦言葉を切ると、目を閉じてしばらく考えるような表情をした後、奴はまた口を開いた。
『何が手がかりになるか分かんないから話さないわけにはいかないだろ』
『まあ……そういうもんか』
『私はな……ストーカーか何かなんじゃないかと思ってるんだ』
思わず口を開き──けれど言葉は出なかった。
言われたことの意味が分からなくて……いや、もちろんどっちの単語も理解はできる。だがあまりに現実味がなくて。
冗談にしてもマジにしてもすこぶる性質の悪い話だと思った。
『……ごめんな。信じらんないよな……』
「あ、いや……』
特に失望したような様子もなく、きっと俺のリアクションが予想の範囲内だったのだろう、奴はすまなそうな顔をする。
正直……まるで対応の仕方が分からなかった。
現実的に考えて行方不明ならば事件か何かで完全に警察の仕事だ。
本当にメリーさんという幽霊(人形?)に殺されたり消されたりしたのなら……それもそれで警察か霊能者の仕事だろう。
何故近頃まったく会っていなかった俺にわざわざ連絡を取ってまでそんな話をしたのか、少しも奴の思考が読めなかった。
『え…っと……と、とりあえず話を簡単に整理してくれよ。悪い、俺も混乱しちまってさ……』
奴は両手で持ったグラスに目を落としながら話し出す。
『妹…お前も知ってるだろ、あいつが一週間くらい前にいなくなった。部屋の状態から考えて、警察は事件の可能性が高いって言ってる』
『あ、一応警察には届けたんだな』
メリーさんとか言い出すから、てっきり警察にも届けずに騒いでいるのかと思ってた。
というか警察が事件の可能性が高いっていうくらいだから、こいつが勝手に怪談話を信じ込んでいるだけなのかもしれない。
奴は一度じとりとした目を俺に向ける。思わず怯むと、目を逸らして奴はまた話し始めた。
『部屋には争った跡みたいなのがあったからな。メリーさんなんてオカルト話より、現実的な線で捜査を進めるのは当然だとは思う』
『……もしかして、警察にもメリーさんの話……したのか?』
『そりゃあな。あいつもいなくなる前には異常に怖がってたし、それに……』
そこで一旦言葉を切ると、目を閉じてしばらく考えるような表情をした後、奴はまた口を開いた。
『何が手がかりになるか分かんないから話さないわけにはいかないだろ』
『まあ……そういうもんか』
『私はな……ストーカーか何かなんじゃないかと思ってるんだ』
124 :メリー譚 ◆izRqNgc0hU :2008/11/20(木) 22:14:35 ID:YX6gTJh6
ストーカー。オカルト話を信じ切っていると思っていた奴の口から漏れたその現実的で危険性の高い言葉に、俺は目を見開く。
『メリーさんってのが比喩か何かで、ストーカーのことを指してるんじゃないか……って、そう思って色々調べたんだよ』
『……だから俺が知ってるメリーさんのイメージみたいなのを聞いたのか』
『メリーさんの特徴的な印象が犯人に繋がってるかもしれないから……悪いとは思ったけど、お前なら真剣に聞いてくれると思って』
そう言うと奴は突然立ち上がり、先ほどとは打って変わって声のトーンを上げ、
『悪かったなっ、久しぶりに会ったのに辛気臭い話しちまってさ。今度また飲み直そうぜ。ここは多めに払っとくから、せめて腹膨らませて帰ってくれな』
『あ、おい!』
止める間もなく、奴は万札を置いて風のように消えて行ってしまった。放心した後、俺はグラスのビールを一気に煽り立ち上がった。
『メリーさんってのが比喩か何かで、ストーカーのことを指してるんじゃないか……って、そう思って色々調べたんだよ』
『……だから俺が知ってるメリーさんのイメージみたいなのを聞いたのか』
『メリーさんの特徴的な印象が犯人に繋がってるかもしれないから……悪いとは思ったけど、お前なら真剣に聞いてくれると思って』
そう言うと奴は突然立ち上がり、先ほどとは打って変わって声のトーンを上げ、
『悪かったなっ、久しぶりに会ったのに辛気臭い話しちまってさ。今度また飲み直そうぜ。ここは多めに払っとくから、せめて腹膨らませて帰ってくれな』
『あ、おい!』
止める間もなく、奴は万札を置いて風のように消えて行ってしまった。放心した後、俺はグラスのビールを一気に煽り立ち上がった。
今考えるとあいつ、かなり切羽詰ってる感じだったな……。
そこまで特別に妹との仲が良かったわけじゃないと記憶してるが、やはり肉親がストーカー被害とかでいなくなれば落ち込むものか。
メリーさん……。
都市伝説とあいつの妹の蒸発……一体どういう関係があるのだろうか。中途半端に聞かされただけだとどうにも歯がゆい。
人形…電話…あなたの後ろに……
「!!」
背筋が急に薄ら寒くなり、慌てて後ろを振り返る。
……もちろん何もいるわけはない。街灯で等間隔に照らされた暗い夜道が続くだけだ。
やはり大人になっても作り話だと理解していても、何か得体の知れない存在がいるかもしれないと思ってしまうのは人間の性なのか。
バカバカしい。明日も仕事だ。早く帰って寝、
──急に携帯の着信音が鳴り響く。
タイミングがタイミングだけに心臓が口から飛び出しそうなほどに跳び上がり、激しい動悸に襲われながら犬のように息をする。
震える手で携帯のディスプレイを見れば、なんてことはない、あいつからの電話だった。
マジで死ぬかと思ったじゃねえか……。何か言い忘れたことでもあったのだろうか、とりあえず文句を言わなければと通話ボタンを押す。
「もしもし。どうし」
「私メリーさん」
時間が一瞬止まった気がした。声が出ない。
「今、北江公園の前にいるの」
「……お……お、おお、おいおいおい……ははっ、げ、げ、幻滅だぞ。このタイミングでそんな冗談……」
「今、あなたの方に向かって全速力で走ってるの」
「言……い……、…………」
もう、本当に言葉が出ない。さぁーっと体温が下がっていくのが分かる。手が汗でヌルヌルする。背中が冷や汗で気持ち悪い。
そういえば……北江公園って……この近く。そう──さっき数分前に前を通ったばかりの……。
待て、待て待て待て待て。さっきこいつなんて言った!?
そこまで特別に妹との仲が良かったわけじゃないと記憶してるが、やはり肉親がストーカー被害とかでいなくなれば落ち込むものか。
メリーさん……。
都市伝説とあいつの妹の蒸発……一体どういう関係があるのだろうか。中途半端に聞かされただけだとどうにも歯がゆい。
人形…電話…あなたの後ろに……
「!!」
背筋が急に薄ら寒くなり、慌てて後ろを振り返る。
……もちろん何もいるわけはない。街灯で等間隔に照らされた暗い夜道が続くだけだ。
やはり大人になっても作り話だと理解していても、何か得体の知れない存在がいるかもしれないと思ってしまうのは人間の性なのか。
バカバカしい。明日も仕事だ。早く帰って寝、
──急に携帯の着信音が鳴り響く。
タイミングがタイミングだけに心臓が口から飛び出しそうなほどに跳び上がり、激しい動悸に襲われながら犬のように息をする。
震える手で携帯のディスプレイを見れば、なんてことはない、あいつからの電話だった。
マジで死ぬかと思ったじゃねえか……。何か言い忘れたことでもあったのだろうか、とりあえず文句を言わなければと通話ボタンを押す。
「もしもし。どうし」
「私メリーさん」
時間が一瞬止まった気がした。声が出ない。
「今、北江公園の前にいるの」
「……お……お、おお、おいおいおい……ははっ、げ、げ、幻滅だぞ。このタイミングでそんな冗談……」
「今、あなたの方に向かって全速力で走ってるの」
「言……い……、…………」
もう、本当に言葉が出ない。さぁーっと体温が下がっていくのが分かる。手が汗でヌルヌルする。背中が冷や汗で気持ち悪い。
そういえば……北江公園って……この近く。そう──さっき数分前に前を通ったばかりの……。
待て、待て待て待て待て。さっきこいつなんて言った!?
今、あなたの方に向かって全速力で走ってるの──。