日本が戦争に敗れ連合国の占領統治下に置かれることになり、様々な改革が行われたが、教育改革も最も重要な改革の一つであった。日本の教育制度はほとんど全面に渡って検討され、多くが変わった。これは同じように占領下に置かれたドイツではあまり大きな改革がなされなかったことと非常に対照的である。ドイツではナチスによって変えられた制度を旧ワイマール共和国時代の制度に戻すのが主眼で、日本のようにアメリカ化された制度に作り替えられることはなかった。そして、戦後改革はその後肯定派と否定派に分かれて今だに論議となっている。現在進行中の教育基本法改正問題もそうした流れにある。
さて、教育行政もこの戦後改革によって大きく変わった。特に地方教育行政は根本的な変化があった。先述したように戦前は地方教育行政は内務省によって管轄され、内務省の役人は中央からの派遣であったから、中央直結の地方教育行政が行われていたが、アメリカが中心となった教育改革において、地方の教育は自治の対象となり、議員から選ばれる一名を除き、選挙で選ばれた教育委員が方針を定め、教育委員会の事務機構がそれを実施する体制となった。つまり、住民の意思が直接及ぶシステムに変えられたのである。「教育の民主化・教育行政の地方分権化・教育の自主性確保」が教育行政の三原則となった。
そして、成立した教育委員会の権限はかなり大きなものであった。そして文部大臣も教育委員会に対して指揮監督する権限はなく、指導助言をするのみとなったのである。(報告聴取権のみもつ)
まず教育委員会が行うことを見ておこう。以下は旧教育委員会法の規定である。
(教育委員会の事務)
第四十九条 教育委員会は、第四条に定める権限を行使するために、左の事務を行う。
一 学校その他の教育機関の設置、管理及び廃止に関すること。
二 学校その他の教育機関の用に供し、又は用に供するものと決定した財産(教育財産という。以下同じ。)の取得、管理及び処分に関すること。
三 教科内容及びその取扱に関すること。
四 教科用図書の採択に関すること。
五 教育委員会及び学校その他の教育機関の職員の任免その他の人事に関すること。
六 学校その他の教育機関の敷地の設定及び変更並びに校舎その他建物の営繕、保全の計画及びその実施の指導に関すること。
七 教具その他の設備の整備に関すること。
八 教育委員会規則の制定又は改廃に関すること。
九 教育委員会の所掌に係る歳入歳出予算に関すること。
十 教育目的のための基本財産及び積立金の管理に関すること。
十一 教育事務のための契約に関すること。
十二 社会福祉に関すること。
十三 校長、教員その他教育職員の研修に関すること。
十四 校長、教員その他教育職員並びに生徒、児童及び幼児の保健、福利及び厚生に関すること。
十五 学校の保健計画の企画及び実施に関すること。
十六 学校環境の衛生管理に関すること。
十七 証書及び公文書類を保管すること。
十八 教育の調査及び統計に関すること。
十九 ユネスコ活動に関する法律(昭和二十七年法律第二百七号)に規定するユネスコ活動に関すること。
二十 その他その所轄地域の教育事務に関すること。
旧教育委員会がもっていた最大の権限は予算に関わる内容であって、この権限をなくす為に教育委員会制度の改変をしたともいえる。それは次のようなものであった。
(予算の編成)
第五十六条 教育委員会は、毎会計年度、その所掌に係る歳入歳出の見積に関する書類を作成し、これを地方公共団体における予算の統合調整に供するため、地方公共団体の長に送付しなければならない。
第五十七条 地方公共団体の長は、毎会計年度、歳入歳出予算を作成するに当つて、教育委員会の送付に係る歳出見積を減額しようとするときは、あらかじめ教育委員会の意見を求めなければならない。
第五十八条 地方公共団体の長は、教育委員会の歳出見積を減額した場合においては、教育委員会の送付に係る歳出見積について、その詳細を歳入歳出予算に附記するとともに、地方公共団体の議会が教育委員会の送付に係る歳出額を修正する場合における必要な財源についても明記しなければならない。
第五十八条の二 教育委員会の所掌に係る既定予算を追加し、更正し、又は暫定予算を調製する場合においては、前三条の例による。
(予算の執行)
第五十九条 地方公共団体の議会において予算を議決したときは、地方公共団体の長は、教育委員会の所掌に係る予算を、当該教育委員会に配当しなければならない。
第六十条 教育委員会は、その所掌に係る予算について、その配当の範囲内で、支出を出納長又は収入役に命令する。
2 地方公共団体の長は、教育事務に関する収入について、収入を命令する権限を当該地方公共団体の教育委員会に委任することができる。
重要なポイントは、教育に関わる予算編成に関する権限をもっていたこと、そして予算をある程度教育委員会の権限で執行できたことである。通常予算は知事・市町村長サイドが編成して議会に提出するのであるが、教育委員会は独自に案を作成することができ、知事サイドと調整がつけば統合されるが、調整がつかないときには独自案を議会に提案することができた。つまり財政に関する権限を部分的にもっていたのである。これに対して知事・市町村サイドが不満をもつことになった。
更に選挙が行われたために、当然通常の選挙同様政党を背景とした政治的争いと関わることになってしまった。これが教育にはなじまないという意見も生み、選挙は2度行われただけで、1956年教育委員会法は廃止され、地方教育行政の組織及び運営に関する法律に変更され、公選制度の教育委員会は知事・市町村長が任命する任命制教育委員会に変わったのである。これは戦後の占領政策の変化などにも影響された、政治絡みの変更であって、その後の教育政策をめぐる対立の原点ともなったものであり、日本の教育にとってその影響は小さくなかった。
更に都道府県教育委員会の教育長は文部大臣の承認を必要とするように変更され、また都道府県教育委員会はは市町村教育委員会に対して様々な承認、認可、監督権限をもつようになった。
しかし、この変更は教育委員会の存続意義そのものに関わるものであり、実際には教育委員会は機能しないに等しい状態になってしまったのである。任命された委員が知事サイドに異議申し立てすることはほとんどない上、議会には文教委員会があるから、教育委員会における審議はほとんど実質的な意味をもたなくなった。教育委員会は事務局機構が知事サイドに対して事務を行うような組織になってしまった。実際月一度数十分の審議のみ行い、案は事務局が作成し、それをほとんど審議なしに承認していくというのが、ほとんどの教育委員会の実態と言われていた。
こうして文部省すらも地方教育行政の不活性さに危機感をもち、中央教育審議会の答申をへて、再度地方教育行政を活性化させるために、教育委員会の権限を多少増大させる改革が行われ、今日に至っている。都道府県教育委員会の教育長の文部科学大臣による承認制度は廃止され、
文部科学省は地方に対して指導・助言をする機構であることが、より実質化したといえる。
もっともこれも文部科学省からの提起ではなく、地方分権化推進委員会の報告にもとづくものであって、平成8年の第一次答申に以下のように規定されたために、改正が行われたと考えられる。
【教育】
教育長の任命承認制は廃止する。(廃止)
文部大臣の教育委員会に対する指揮監督権(地方教育行政の組織及び運営に関する法律(55条)は、機関委任事務制度の廃止に伴い廃止する。(廃止)
地方公共団体の長又は教育委員会に対する文部大臣の措置要求(同52条)については、一般ルールに沿って行うものとする。(緩和)
義務教育費国庫負担金に関する各種調査、申請、報告等の事務手続きについては、平成9年度から大幅に簡素合理化することとする。(縮減) 30)http://www8.cao.go.jp/bunken/bunken-iinkai/kankoku/
文部科学省サイドでは1998年の中教審の中間報告「今後の地方教育行政のあり方について(中間報告)」にそれが盛り込まれ、法改正によって廃止されたものである。
では現在の教育委員会の権限等を見ておこう。
地方教育行政の組織及び運営に関する法律
(教育委員会の職務権限)
第二十三条 教育委員会は、当該地方公共団体が処理する教育に関する事務で、次に掲げるものを管理し、及び執行する。
一 教育委員会の所管に属する第三十条に規定する学校その他の教育機関(以下「学校その他の教育機関」という。)の設置、管理及び廃止に関すること。
二 学校その他の教育機関の用に供する財産(以下「教育財産」という。)の管理に関すること。
三 教育委員会及び学校その他の教育機関の職員の任免その他の人事に関すること。
四 学齢生徒及び学齢児童の就学並びに生徒、児童及び幼児の入学、転学及び退学に関すること。
五 学校の組織編制、教育課程、学習指導、生徒指導及び職業指導に関すること。
六 [[教科書]]その他の教材の取扱いに関すること。
七 校舎その他の施設及び教具その他の設備の整備に関すること。
八 校長、教員その他の教育関係職員の研修に関すること。
九 校長、教員その他の教育関係職員並びに生徒、児童及び幼児の保健、安全、厚生及び福利に関すること。
十 学校その他の教育機関の環境衛生に関すること。
十一 学校給食に関すること。
十二 青少年教育、女性教育及び公民館の事業その他社会教育に関すること。
十三 スポーツに関すること。
十四 文化財の保護に関すること。
十五 ユネスコ活動に関すること。
十六 教育に関する法人に関すること。
十七 教育に係る調査及び指定統計その他の統計に関すること。
十八 所掌事務に係る広報及び所掌事務に係る教育行政に関する相談に関すること。
十九 前各号に掲げるもののほか、当該地方公共団体の区域内における教育に関する事務に関すること。
(長の職務権限)
第二十四条 地方公共団体の長は、次の各号に掲げる教育に関する事務を管理し、及び執行する。
一 大学に関すること。
二 私立学校に関すること。
三 教育財産を取得し、及び処分すること。
四 教育委員会の所掌に係る事項に関する契約を結ぶこと。
五 前号に掲げるもののほか、教育委員会の所掌に係る事項に関する予算を執行すること。
文部科学省と教育委員会の関係については、以下のように規定されている。
第五章 文部科学大臣及び教育委員会相互間の関係等
(文部科学大臣又は都道府県委員会の指導、助言及び援助)
第四十八条 地方自治法第二百四十五条の四第一項 の規定によるほか、文部科学大臣は都道府県又は市町村に対し、都道府県委員会は市町村に対し、都道府県又は市町村の教育に関する事務の適正な処理を図るため、必要な指導、助言又は援助を行うことができる。
2 前項の指導、助言又は援助を例示すると、おおむね次のとおりである。
一 学校その他の教育機関の設置及び管理並びに整備に関し、指導及び助言を与えること。
二 学校の組織編制、教育課程、学習指導、生徒指導、職業指導、教科書その他の教材の取扱いその他[[学校運営]]に関し、指導及び助言を与えること。
三 学校における保健及び安全並びに学校給食に関し、指導及び助言を与えること。
四 校長、教員その他の教育関係職員の研究集会、講習会その他研修に関し、指導及び助言を与え、又はこれらを主催すること。
五 生徒及び児童の就学に関する事務に関し、指導及び助言を与えること。
六 青少年教育、女性教育及び公民館の事業その他社会教育の振興並びに芸術の普及及び向上に関し、指導及び助言を与えること。
七 スポーツの振興に関し、指導及び助言を与えること。
八 指導主事、社会教育主事その他の職員を派遣すること。
九 教育及び教育行政に関する資料、手引書等を作成し、利用に供すること。
十 教育に係る調査及び統計並びに広報及び教育行政に関する相談に関し、指導及び助言を与えること。
十一 教育委員会の組織及び運営に関し、指導及び助言を与えること。
3 文部科学大臣は、都道府県委員会に対し、第一項の規定による市町村に対する指導、助言又は援助に関し、必要な指示をすることができる。
4 地方自治法第二百四十五条の四第三項 の規定によるほか、都道府県知事又は都道府県委員会は文部科学大臣に対し、市町村長又は市町村委員会は文部科学大臣又は都道府県委員会に対し、教育に関する事務の処理について必要な指導、助言又は援助を求めることができる。
(文部科学大臣及び教育委員会相互間の関係)
第五十一条 文部科学大臣は都道府県委員会又は市町村委員会相互の間の、都道府県委員会は市町村委員会相互の間の連絡調整を図り、並びに教育委員会は、相互の間の連絡を密にし、及び文部科学大臣又は他の教育委員会と協力し、教職員の適正な配置と円滑な交流及び教職員の勤務能率の増進を図り、もつてそれぞれその所掌する教育に関する事務の適正な執行と管理に努めなければならない。 (地方教育行政の組織及び運営に関する法律)
序章において触れた教育基本法の原則に立ち返ってみよう。
教育の原理から考えれば、生徒の学習にせよ、また教師の教育実践にせよ、地方教育行政にせよ、自発的な意欲を尊重することがもっとも効果的であることは言うまでもない。しかし、近代化を進める際に形成された上から指示するあり方は、こうした教育界全体を包んでいたといえる。生徒は教師の指示によって勉強し、教師は校長の指示通り動き、校長は教育委員会に指示を求め、教育委員会は文部科学省に対して、というようにである。しかし、それではどの段階においても十分な実効性は期待できない。
最近の改正によって、学習面においても、また学校運営においても、そして地方教育行政においても自主的な努力が尊重されるようになってきた。しかし、長年の指示待ち的な姿勢が簡単に払拭されるものでもないし、また、行政が政治的論理ではなく、教育的論理ち立ち返って動くようになるものでもない。そのように機能するようになるには、まだ時間の経過が必要であるかも知れない。
最終更新:2008年07月22日 21:50