アットウィキロゴ
 前章で見たように、日本の法律では国民は教育を受ける権利があり、子どもの保護者は保護する子どもに教育を受けさせる義務がある。では、「教育をする権利」は誰かにあるのものなのだろうか、あるいは、そのような権利は論理的にも、法律上もないのだろうか。それとも論理的には存在するが、現在の日本の法体系上は存在しないのだろうか。
 教育に対する要求は多様である。多様であるという意味は、親が子どもの教育に対する要求としても多様であるし、また社会が未来の市民に対して求める要求も多様であるという点で、存在形態そのものが多様であり、かつひとつの存在形態の中でも多様であるということになる。
 そうであるとするならば、どのような教育を受けるのか、誰かが選択し、決定する必要がある。その選択・決定権は誰にあるのだろうか。
 また教育に受ける側にとってだけ問題なのではなく、もちろん教育を行う側にとっても、権利や権限は大きな問題となる。自分が理想とする教育を実現する権利は、誰にもあるのだろうか、それともそういう権利はないのだろうか。

 日本はこれまで「教育をする権利」の意識は極めて薄弱であった。教育をするのはもっぱら国家の事業であるという意識が国民の中にも強かったのである。しかし、教育に対する要求が多様化するに従って、国家が教育を請け負う制度ではそうした多様な要求に対応できないことが次第に意識されてきたと言える。そういう中で、近年注目すべき改革が行われ、「教育をする」ことが自覚的な市民の現実的な課題となってきたのである。
 2002年に「構造改革特区制度」にむけて大きく前進するようになり、様々な分野でのこれまでの規制が緩和される方向がとられたのだが、教育についてもさまざまなことが緩和されるようになってきた。

1
構造改革特区について
平成14年10月11日
構造改革特区推進室
[特区において実施する特例措置(別表1関連)]

5.教育関連
(1)地域の特性とニーズに応じた多様な教育を提供するために、市町村による社会
人等の教員への採用、授業を英語で実施することや小中高一貫教育等多様な教育
カリキュラムを認める特区
(特例措置)
○ 学習指導要領によらない多様なカリキュラム編成(研究開発校制度の特例)
○ 市町村負担による独自の教員の任用(市町村立学校職員給与負担法)
○ 市町村の申出に基づく教員免許授与手続きの簡素化(教育職員免許法関連)
(2)不登校児童生徒を対象とした新しいタイプの学校の設置と教育課程の弾力化を
行う特区
(特例措置)
○ 学習指導要領によらない多様なカリキュラム編成(学校教育法関連)
○ 学校設置に係る校地・校舎の自己所有原則の緩和(私立学校法関連)
(3)幼稚園と保育所の一体的運用等を促進する特区
(特例措置)
○ 幼稚園入園年齢制限の緩和(学校教育法)
○ 幼稚園と保育所等の教育・保育活動の一体的運用(幼稚園設置基準関連)
(4)大学設置認可に係る校地面積基準を緩和することなどによって大学・大学院の
設置等を促進する特区
(特例措置)
○ 大学の校地面積基準の緩和(大学設置基準関連)
○ 専門職大学院を設置する学校法人設立の際の校地・校舎の自己所有要件の緩和(私立学校法
関連)

 そして実際にこの緩和措置を利用して、これまで不可能である考えられていた学校設置が、市民にとって可能性が出てきたのである。
 いくつかの動きを紹介しよう。
 シュタイナー学校は、特別の教育理念をもった12年制の学校である。そして教育方法は特別なものがあり、教育内容も日本にはないようなものがある。特に大きく特色は最初の8年間を一人の担任教師が「基本授業」をうけもち、だいたい一月単位で同一科目を扱うというのがある。このことを厳格に行えば、学習指導要領に合致しないと言われる可能性が高いわけである。そして学年の区切りも日本の学校制度と異なっているから、日本の法律体系に合わせてることが難しいと言われてきた。
 しかし、シュタイナー教育の理念に共鳴する人たちは、正規の学校ではなくてもなんとかその理念で子どもたちに教育をしたいという運動を重ねてきた。そして、土日のクラスや不登校の子どもたちを扱う教育機関として運営されてきたが、規制緩和の動きに合わせて、今正規の学校として認可されるためのステップを踏み出したといえる段階にきている。まだ学校教育法上の学校として認可された学校は存在しないと思われるが、ふたつの学校のあゆみをホームページから紹介しよう。

 東京シュタイナーシューレ
1982年  4月 シュタイナーハウス(現「日本アントロポゾフィー協会/シュタイナーハウス」)発足
1987年  4月 東京シュタイナーシューレが新宿区大久保シュタイナーハウス内に誕生
1987年  8月 国際自由ヴァルドルフ教育連盟に登録
1988年  4月 2クラスになるとともに新宿区喜久井町に校舎移転
1991年 10月 新宿区落合に第二校舎設置
1993年  1月 全クラスが三鷹市井の頭の新校舎に移転(5学年4クラス)
1997年  3月 国際自由ヴァルドルフ教育連盟代表シュテファン・レーバー氏を迎えて十周年を祝う
1997年  8月 三鷹市牟礼校舎に移転
2001年 11月 特定非営利活動法人として東京都に認証を受ける *12)http://www.steiner-schule.or.jp/pub/profile.htm

 京田辺シュタイナ-学校
1994年 就学前の子どもを持つ母親を中心に,親の勉強会が始まり,そこから「シュ     タイナ-学校設立を考える会」がうまれる。
1995年 シュタイナ-学校設立の第一歩として,1年生クラスと23年生合同の2ク     ラスを「土曜クラス」として始める。会報「プラネッツ」を創刊。
1998年  2001年の「全日制クラス」の開校をめざして,会の名称を『京田辺シュ     タイナ-学校設立準備会』と改める。
1999年 「土曜クラス」が1年生から7年生まで全7クラスとなる。
2000年 NPO法人格を取得し,会の名称を「NPO法人京田辺シュタイナ-学校」     と改める。
2001年 4月『全日制クラス』開校。*13)http://school.kyotanabe-steiner.jp/school-01.html

 これまで日本では、独自の教育理念によって学校を設置し、教育をしたいと考えると、私立学校を設立する道があった。しかし、私立学校を設立するためには、学校法人を設置し、(かなり厳格な条件が定められている。)設置基準として標準化された校舎、図書、体育施設、実験施設、教職員など、実に多岐にわたる基準をクリアして初めて認可される仕組みになっていた。
 日本の学校はヨーロッパの学校と違って、体育や芸術教育を対規模に行うので、そのための施設がかなりたくさん必要となっている。そして、大きな校庭なども必要だから、「土地」取得だけで莫大な資金が必要となり、これまで私立学校を設立するのは、非常に大変だったのである。私立学校が宗教的な色彩をもつ学校が多いのは、決して宗教団体だけが学校を設立する意欲をもっていたのではなく、資金を提供できるのが宗教団体が多かったからである。
 ところが、この間、不登校の生徒が通う自由な教育を行う塾のような教育機関にいっていても出席扱いするなどの柔軟なやり方がとられるようになり、また、校地の取得について、「所有」ではなく「貸借」でもよいとするなどの緩和策が段階的にとられてきた。そして先の構造改革特区の制度ができて、こうしたフリースクールやアメリカで生まれたチャータースクールなどのような学校もできる可能性がでてきたのである。
 しかし、こうした学校が学校教育法に規定された私立学校と同一の資格をもつものとされるには、まだ道のりがあると言える。それは社会の受け入れの問題である。
 大学の入学資格が正式に認められるかどうかの問題が関わっている。
 大学は以前は、学校教育法上の「高校」を卒業したものでないと入学資格がないものとしていた。しかし、現在ではほとんどの大学が、外国で教育を受けた者なども考慮して、12年間の教育を受けたことを基礎資格とし、外国人学校や外国の学校の卒業については、個別に認めるかどうを判断している。朝鮮学校について、以前は受験を認めない大学が少なくなかったが、現在では多くの大学が受験を認めるようになった。
 他方、日本の大学受験に対しては、「大検」という世界的に珍しい制度があり、正規の高校に通学していなくても受験資格を受けられる制度があった。朝鮮学校に通っていた生徒は、大検を受験することで、大学受験資格をえていたのである。従って、これらのフリースクールが学校教育法上の学校としての資格をえなくても、その生徒が大学受験の機会をえることは以前から可能であった。しかしこのような制度は、原則的・論理的には合理性を欠くともいえる側面がある。
最終更新:2008年08月04日 20:45