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 私立学校は、公立学校とは異なる教育理念を掲げて、独自の教育を行うのであるから、当初は財政的にも独立していた。その代わりまったく自由な教育を行うことができたのである。ところが、教育の量的拡大とともに、そうした独自の教育理念を独自の財政で実行する私立学校よりは、公立学校の量的不足を補うものとしての私立学校が増えてきた。そうすると、私立学校に通う生徒・親にとっては、公立学校のために支払う「税」と、私立学校に支払う学校納入金と、二重払いをしなければならないという事態になってきた。そして、教育は非常に費用がかかるものだから、私立学校では納入金も多額になっている。アメリカの私立高校などは、補助金を受けない学校が多いため、年額200万~400万円の授業料が普通である。
 このような状態を打開するために、私立にも公費支出をする要望が出てきたが、かつては、憲法の関連で問題があるとされていた。

憲法89条 公金その他の公の財産は、宗教上の組織もしくは団体の使用、便益若しくは維持のため、又は公の支配に属しない慈善、教育若しくは博愛の事業に対し、これを支出し、又はその利用に供してはならない。

 私立学校は当初は多くが宗教団体によって設立されていたこと、公立の学校とは異なる教育を行っており、それが「公の支配」に属していないと判断されていたのである。しかし、私立学校も学習指導要領を遵守することを求められており、「公の支配」に属しているという解釈で、私学への補助が制度化された。
 私立学校振興助成法は次のように規定する。

第1条(目的)
 この法律は、学校教育における私立学校の果たす重要な役割にかんがみ、国及び地方公共団体が行う私立学校に対する助成の措置について規定することにより、私立学校の教育条件の維持及び向上並びに私立学校に在学する児童、生徒、学生又は幼児に係る修学上の経済的負担の軽減を図るとともに私立学校の経営の健全性を高め、もつて私立学校の健全な発達に資することを目的とする。 

 他方、私立・公立の経費負担に関する全く異なった発想をとっている国もある。
 オランダでは1920年代に学校闘争が行われ、主に教会勢力が自分たちの経営する私立学校に対する補助を求めた。公立学校が公費で運営され、私立は専ら授業料を負担するのは、同じ行為が行われているのにおかしいという主張であった。
 結局、教会側の主張が認められ、今日では経費負担における私立と公立の区別はなくなっている。当初は、私立学校は、教会関係の宗派学校が多かったが、現在ではシュタイナー学校、モッテッソーリ学校、イェーナプラン学校等の特定の教育理念をもった学校も多く、すべて公費で運営されている。(公費支出基準は生徒数)
 オランダの制度が極めてめずらしいのは、こうした公費支出で運営がなされながら、「公の支配」の存在しないことである。ほぼ完全な「教育の自由」が認められており、「100の学校があれば100の教育が存在する」と言われている。
 以上のことは、自由と公の支配の関係について考察を余儀なくさせる。
 教科書無償をめぐる問題で考えてみよう。日本では1963年まで、すべての学校で教科書は有償だった。この年「義務教育諸学校の教科用図書の無償に関する法律」で、義務教育学校の教科書が無償になった。これは私立学校でも、また、海外の日本人学校でも適用されている。それにともなって、それまで「学校採択」であった教科書が、公立義務教育学校では「採択地区」の採択になった。そして、教科書を発行できる教科書会社は、文部省の認定を受けなければならないことになった。
 採択の自由が、費用を国家が負担することで、学校から奪われたことになる。
最終更新:2008年08月04日 21:28