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 入学試験の問題は、「このような学力を身につけて進学してほしい」というメッセージである。受験生は過去の問題を検討し、それにそった勉強をする。そして、入試問題が要求する学力を身につけようと努力する。しかし、残念ながらこのメッセージ性は、日本の場合出題者によって十分に自覚されているとは言えないし、また自覚されていても伝えたいメッセージに適う問題が作成されていない場合も少なくない。
 最近の大学生は学力が低下したと嘆く前に、大学人は身につけてほしい学力を反映した入試問題を作成しているのかどうか、メッセージが伝えているのか、じっくりと反省してみる必要がある。
 曰く、やさしい漢字が書けない。文章力もない。しかし、漢字を書いたり、じっくり時間をかけて作文を書かせる問題を、入試でどれだけ重視しているだろうか。
 分数の計算すらできないと言う。しかし、日本の大学の多数を占める私立大学の文科系学部では、数学を勉強しなくても入学できるのである。数学はいらないというメッセージを出しておいて、分数計算ができないことを嘆くのは、正しいのだろうか。
 しかしまた、入試問題提出者が、メッセージを十分に伝える問題を出すことが困難な入試システムであることも否定できないのである。
 日本は近代化の過程で、西洋技術に追いつくため、また、乏しい自然資源を「人的資源」でカバーするために、教育に「競争」を持ち込むことで、経済競争に生き残ろうとしてきた。その結果、欧米と比較して、極めて競争的な性格の強い入学試験システムを構築してきた。それは以下のような特徴がある。
1 入学試験が、公立の義務教育学校を除いて、幼稚園・小学校から、大学・大学院まで、すべての学校階梯において実施されていること。
2 入学試験を実施する主体が、わずかな例外を除いて、受け入れ側であり、送り出し側が試験を実施する事例は皆無と言ってよいこと。
3 入学試験を実施するための専門スタッフは、各学校にはほとんど存在せず、入学試験は受け入れ側の教員が作成・採点、合格を決定すること。
 このような特質について、ごく当たり前のように思っているかも知れないが、実は国際的に見て比較的少数派に属するのである。かなり大雑把な分け方であるが、入学試験の基本的なタイプは四つある。受け入れる側の学校による競争試験、第三者機関による資格試験、送り出し側の学校が行う卒業試験、そして、特別の試験を行わず送り出し側の学校の成績を受け入れ側が考慮して選抜する方式である。
 大学入試で言えば、競争試験は日本、第三者による資格試験を実施している国はアメリカ、イギリス、卒業試験合格を入学資格とするのがドイツ・フランス・オランダなどが主な国であり、高校の成績で選抜するのはカナダが代表的な例と言える。
 こうした方法の相違は単に教育観の相違だけではなく、社会全体の能力観をも示しているし、方法の相違や能力観の相違が問題の内容に直接的な影響を与えているのである。
最終更新:2008年08月04日 21:39