環境とは何か。一般的な意味は明瞭である。環境は人間の外にある条件の総体である。 まず自然環境の中に人類はおかれている。水、空気、地形、気候、生物の状態等々。そして、様々な段階・種類の人間環境がある。家族や友人、学校、職場、そして街の群衆等々。そして、人間が生み出してきた文化や伝統、規範なども環境を形成している。
このようなことが「環境」であり、環境が人間の成長に大きな影響があるとしても、それぞれの環境がいかなる影響をもたらすのかは、極めて曖昧である。また、環境が良ければ良いほど、それだけ成長・発達にとって好ましいのか、必ずしもそうではないかも、また曖昧である。一般的に言えば、環境がよい程発達によい影響をもたらすものだろうが、しかし、「艱難汝を玉にす」と昔から言われているように、厳しい環境を乗り越えようとするときこそ、人は大きく成長するとも言われてきた。「必要は発明の母」というのも、不便な状態を克服するための必要性が、人間の努力を刺激し、克服のための新しいものを生み出していくということを表している。そうすると、厳しい環境こそ、成長にとって好ましいとも言える。
1 人は感覚を通して「環境」を受容し、取り入れる。
近代社会の幕開けの時代に、哲学的に「経験論」が現れ、人の能力は教育や環境によって形成されるという見解が主張された。この見解は、身分制に対するアンチテーゼであるから、当然「平等」の原則を含んでいた。つまり、環境が人間の発達の基本的な要因であるという主張は、人間の平等性の主張なのである。
しかし、感覚は先天的に優劣があると考えられる。傷害がある場合もあるし、また、視覚・聴覚の機能は人によって、ある程度の差がある。もちろん、感覚器官の能力差は、出生後の鍛え方によって変わってくる面もあるから、教育という環境の結果の面もある。(例えば、イチローは、小さい頃から、通常の子どもが行なわない速球のバッティングマシンで訓練したので、動態視力が並外れて優れている。)
2 人間は生まれた家庭環境において、まず最も重要な言語を学ぶ。前述したジーニーの事例でわかるように、幼児に言語環境から隔離されると、通常の言語修得は困難になると考えられる。国際的に有名な英語辞書を編纂したウェブスターは赤ん坊の頃、大家族の中で育ったが、それぞれの家族が別の、しかし一環した言語でウェブスターに接したので、ネイティブ的に数カ国語をマスターしたというが、これは、このことを逆に示している。また、言語はあらゆる文化の基礎だから、言語環境はその後の発達にとって、決定的に重要な意味をもつ。
言語環境は、英語や日本語のように、何語かというレベルだけではなく、使用言語の性質にも及んでいる。
バ-ンシュタインの言語コ-ドについて考えてみる。(これは、知能の問題にも関連)彼は英語で育つ点で同じであっても、階級的に異なる英語を修得することが、学校教育の成績に大きな影響を及ぼすのではないかと考えて、その原因を探った。そこで中産階級の英語と労働者階級の英語に、かなりの相違があることを見出し、それが彼等の知的な生活の差を生むとともに、学校教育が中産階級の英語を使用しているために、その意味するところが異なっていると主張した。
中流階級の英語はformal language で、その特徴は
- 比較的正確な文法形式、文章構造
- 接続詞や従属文を使いこなした複雑な構文
- 論理的関係、時間、空間などの接続関係をはっきりと示すための前置詞の頻繁な使用
- 不定代名詞の使用
- 福祉や形容詞の使い方に気を配る
- 主観的に一度受け止めたものを、客観的に表現し、他の人にとって明示的にする。
等々である。
それに対して労働者階級はpublic language と呼び、
- 言語表現が短く、文法的に単純で不完全
- 単純な接続詞を繰返し使う
- 従属節をあまり使わないため、主題がまとまった提示にならない。
- 形容詞や副詞がぎこちない
- 不定代名詞はあまり使わない
- 結論と推論過程の明確な区別に欠ける
- 断定的な言い方をする
- まえにしゃべったことを繰返し、同意を求める表現が多い。
- 慣用語を多く使用し、そのために感情を不分明にしか伝えられないで、客観的に他の人に伝えることが困難
という特徴をもつ。こうした言語が日常的に精神活動に影響を与えるだけではなく、学校教育での成功を左右すると考えるのである。
もっともバーンシュタインは労働者の言葉が、より親密な人間関係を結ぶのに適しており、知的水準が低いことで価値がない、と言っているのではない。
また、イギリスの経済学者ポール・ウィリスは、「ハマータウンの野郎ども」という著書で、労働者階級の子どもたちが、中産階級文化を土台とする学校文化に対抗して、学校に反抗し、自ら労働者文化を身につけていく様を分析している。*18)
3 家庭の文化環境は、子どもの成長にとって大きな意味をもつと考えられている。
義務教育制度という国民全体を平等に扱う教育制度ができ、中等教育も、更に高等教育もそれほどの困難さがなく、多くの人が受けられる社会になって平等が教育によって促進されたかというと、ほとんどの研究は逆の結果が生じたことを報告している。つまり、子どもが属している家庭や家庭の階層によって、子どもの教育の結果は大きく左右され、階層差は教育を受けることによって縮小されるのではなく、むしろ拡大する傾向があるというのである。
日本でも最も格の高い学校と言われる東大において、学生の家庭の経済的・社会的階層が最も高いと言われて久しい。つまり、家庭的・階層的に恵まれた子どもたちが、よい教育を受ける機会を与えられ、そして有利な社会的地位を獲得するというわけである。
もちろん、今後の社会の大きな変動によってその現象が継続するかどうかはわからないが、少なくともこれまでの実態は、教育は階層差をかえって拡大するというものであったと多くの研究者が確認しているのである。
ではどうして同じ学校教育を受けながら、不平等な結果が生じるのだろうか。いくつかの理由が考えられる。
第一に、学校教育ではそれほど費用がかからないにせよ、家庭での学習が学校の成績に影響を与え、学校以外の学習にかけられる費用に経済力が影響するという考えである。
第二に、家庭での知的雰囲気の相違によって、学校での学習に影響を与えるというものである。
これらは常識的であり、かつ個別の家庭の相違に関するものであるが、より社会全体の中での学校の位置が影響しているとする考えもある。
{学校建築の問題}
最終更新:2008年08月31日 22:21