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義務教育

 なぜ、「教育を受ける権利」の享受である教育が、「義務教育」なのか。もちろん、当初日本に現れた義務教育は、文字通りの「義務」の教育であり、国家の人材育成のためのひとつの機構であった。
 しかし、それは戦後の改革で根本的に変わった。それなのに、何故「義務教育」なのだろうか。それとも「改名」したほうがいいのだろうか。

 義務教育という言葉が使われた当初から、この「義務性」については論争があった。
 コンドルセは、義務は社会にとってのものであり、個々人の対しては「権利」であり、義務ではない。つまり、学校を作って教育を受けられる状態を保障するのは、国家の義務であるが、学校に行くかどうかは市民の選択であるというのが、コンドルセの理論である。

 これは「義務」が誰にとっての義務であるのか、その意味によって具体的な制度が代わってくることを意味する。
 子どもにとっての義務、保護者にとっての義務、教師にとっての義務、そして国家にとっての義務。これらが全て構造的に関係しているわけである。

 「子ども」が法的能力をもつのは、通常14歳程度からであるから、義務教育制度が開始される時期の「子ども」にとっては、もちろん自身が決定することはできない。義務教育制度というときに、もちろん、「通わなければならない」のは「子ども自身」であるから、子どもにとっての「義務」という性格が前面に出ることになる。しかし、子どもは「権利」の主体であるとされ、義務は別の主体が負うことになる。そこで、子どもは学校に行かないということができるのか、という問題が提起されてきた。あるいは教育を受けないということができるのか。
 「権利」とは選択することができるのが理論的前提であるから、教育を受ける権利を有するということは、教育を受けないという選択をすることも許されなければならない。法論理としては、義務を負っているのは、保護者であり、従って、保護者が子どもを学校に行かせる意思があるのに、子どもが生きたくない(不登校)ときには、保護者の義務違反を問わない、という「実際上の政策」は、子どもが義務教育を受けない権利を認めているように思われる。
 しかし、法的な問題としてではなく、実生活の問題として、教育を全く受けないまま、社会に出ていくことはできない。社会の中でいかなる役割も果たすことはできないだろうから、生活することはできないはずである。
 従って、それは「権利・義務」の問題としてではなく考える必要があるとも言える。
 子どもが通常の社会生活を営んでいる限り、学校に行かない状態であっても、社会の中で社会生活上必要なことは学ぶことができるから、社会に出ても生きていくことができないような非教育的環境に置かれるということは、やはり、コンドルセのいうように、「社会の義務」が果たされていないということを意味するだろう。(永山則夫の例はそうしたレベルで考えることができる。)

 保護者はどうか。もちろん、保護者は子どもに教育を受けさせる義務があることになる。つまり、子どもに教育を与える、学校に行かせる、あるいは、家庭でしっかりと教育を与えるというのは、保護者にとっての義務である。
最終更新:2007年03月11日 18:31