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 斉藤喜博の方法から出発し、高度な個人技ではなく、むしろ、発問を具体的に集大成しようとして、その発問を使用すれば、誰でも、一定の授業が可能になると考えたのが、向山洋一であり、「授業の法則化運動」と呼ばれ、一時、爆発的に普及した。
 法則化運動は、単に授業だけではなく、生徒指導についても対象としている。

いじめはしません。ゆるしません。」大河内義雄
いじめのないクラスにしたい。そのために、次のことを行う。
いじめが起きる前に、できれば始業式の日に行う。
  • 発問1 いじめという言葉を知っていますか。
「いじめられた」とか「テレビで見た」と話し始める子がいる。
 挙手させて確かめる。全員が手を挙げた。2年生でも、これほど知っているとは驚きであった。
 「いじめ」という言葉を知っている子が多いということは、いじめたり、いじめられたりした子が多いということではないか。
 発問1の後、子どもたちは、体験を話そうとする。しかし、それは発表させない。かわりに次の発問をする。
  • 発問2 どんなことをいじめだと思いますか。
    全員に発表してもらいます。
列ごとに順次発表させる。
教師はこれを板書していく。
全員が発表できた。
(略)
発表のあと、次の指示をする。
  • 指示1 今までに、人をいじめたことのある人は、しょうじきに立ちなさい。
 13人が立った。ばらばらと立った。予想していたよりも少ない。
 何も言わず、その子たちのところへ行き、握手をする。そして、次の話をする。
  • 話1 今、先生は握手をしました。それは、この子たちが、とてもしょうじきだからです。それに、勇気があります。みんなで拍手をしてあげてください。
 立っていた子をすわらせる。
  • 話2 しょうじきなことはとてもすばらしいことです。しかし、人をいじめることは、わるいことです。絶対にしてはいけないことです。
 でも、今の13人の子たちは、しょうじきだから許してあげます。もし、恥かしくて立てなかった人も、きょうはゆるしてあげます。
 みんなも、今までのことは忘れましょう。だけど、これからは、人をいじめた人がいたら、先生は許しません。きびしくしかります。泣いてもだめです。いじめは、もう許しません。きょうから、みんなで、いじめのないすばらしい2年4組にしていきましょう。
 子どもたちは静かに聞いていた。驚いているようであった。
 これだけ話して、次のことをする。まず、用意しておいた画用紙を1枚、大切そうに引出しから取りだす。次に、これを、黒板に磁石でとめる。そこに、筆を使って、次ことを書く。
板書 いじめはしません。
  ゆるしません。(ただし、縦書き)

 その後、余白に名前を記入させ、この時間を終わり、この紙は、1年間教室内に掲示しておく。
 これだけでいじめがなくなるわけではない。
 しかし、年度初めに、教師の姿勢をはっきり示しておくべきなのである。

 法則化運動の特徴は、こうすれば必ず、期待される結果が得られる、という「発問」を考えていることである。
 そして、その際の原則が次のように示される。

原則(1)やることを示せ。
  • 目標場面を描ける。
  • 目標を具体的にしぼり込む。
  • 全員の子どものものにできる。
原則(2)やり方を決めろ。
  • 仕事の内容を明確にする。
  • 誰がやるのかを明確にする。
  • いつやるのかを明確にする。
原則(3)最後までやり通せ。
  • 時々進行状態を確かめる。
  • 前進した仕事をとりあげほめる。
  • 偶発の問題を即座に処理する。

 法則化運動には、批判も強かった。批判の中心は、法則化運動は、教えるべき内容に関する検討がない、という点にある。
 例えば、「飛び箱」を誰でも飛べるようにする実践。(法則化運動はここから始ったと言えるほどの重要性を持つ。)
 「飛び箱」を誰でも飛べるようにさせる技術はあるかも知れない。しかし、それで飛べるようになったからといって、どうなのか。そもそも、飛び箱を飛べることがそんなに重要なのか。歴史的には、飛び箱は、軍事訓練を学校に取入れたに過ぎない。現在の学校で、飛び箱を飛べない生徒が飛べるようになることが、非常に感動をもたらすとしても、それは、「飛び箱」を飛べなければならないのだ、と生徒を追込むことによって生まれるとする批判である。
最終更新:2008年08月06日 00:02