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 教育について、大別してふたつの立場、考え方があるこ。
 第一に、教育は個人の中にある素質、あるいは資質を引き出すこと、あるいは、個人の能力を最大限延ばすことであるという、学習する個人の側から教育を見る立場である。
 それに対して、第二の立場は、教育を社会の側から見るものである。社会の構成員を、それにふさわしく形成するために、社会が個人を社会に適応させる過程であると考える立場といえる。社会学では、これを「社会化」と称してきた。

 個人的教育論の原型は「紳士教育論」である。系統的な教育を受ける存在として、王侯貴族は最も優れた教育を受けてきた。個々の専門領域の専門家が、個別に王侯貴族の子弟あるいは本人を個人的に教えるのが、通常の形態であった。それを紳士教育論という。最も有名な例は、哲学者のアリストテレスが後の大英雄アレキサンダー大王の子ども時代に家庭教師として教えた例であろう。カントやヘーゲルも若い時代には、貴族の子弟の家庭教師をやっていた。そうした教育の方法について具体的に論じたのが、ジョン・ロックの「人間教育論」やルソーの「エミール」であった。教育が、個々人の個性や能力に応じてなされるのが理想であると考えれば、究極に「個人」を教えるのが最も優れた教育形態となる。
 しかし、紳士教育論が王侯貴族に対する教育であったことでわかるように、権力や財力をもった者にだけ可能な方法であって、国民全体を対象とする国民教育制度において、それが文字通りの形で実現できるわけではない。
 だが、この教育観は、様々な方法や技術を応用することで、現代でも追求されている。 代表的な事例としては、プログラム学習である。教えるべき内容を細かい部分に分解し、それを系統的に並べ、やさしいところから次第にレベルをあげていくように教材を配列している。生徒はやさしい段階から、問題を解きながら学習を進めていく形態である。現在ではコンピューターを使用して、問題だけではなく、コンピューターが解説もしてくれるようになっているので、個々人が自分の段階に応じた学習が可能になっている。
 また、現在の日本の学習塾の多くは「個別指導」というスタイルをとっており、一斉授業の形ではなく、個々の生徒が自分の学習を進め、わからない部分を講師に質問する形をとる場合が多い。これも個人に応じた教育を好む傾向の現れであろう。
 有名な学校教育のスタイルとしても、集団教育の中に個別的要素をできる限り取り入れる発想は、ドルトン・プランやモッテッソーリ教育などにも見られる。
 このような教育的立場は、教育の効果を社会的視点から吟味するということは、あまり見られないと考えてよいだろう。むしろ、王侯貴族の教育については、彼ら自身が「社会」そのものであると考えられていたから、社会の側からみる必要がなかったというべきだろう。
 しかし、大衆教育が成立した時代にあっては、教育が社会現象となり、社会科学的に教育をみる必要が生じた。

 19世紀に成立した社会学は、折しも成立した国民教育制度の分析から、教育を「社会化」という視点からとらえることになった。社会学は現在なお、教育を「社会化の一環」として理解する。「社会化」とはアンソニー・ギデンズによれば以下のように定義される。

 「社会化は、無力な幼児が徐々に自己自覚をおこない、理解力をもった人間になり、その子が生まれおちた分化のならわしに習熟するようになる過程である。」

 社会化の理論は、次のような特質をもつといえる。
 第一に、人間関係の中でこそ、成長発達するという理解である。従って、野性児や孤立した子どもの研究が重要な意味をもつ。平凡社百科事典での解説はそのことをよく示している。

 生物としてのヒトは,社会的存在たる人間となる素質をもって生まれてくるが,自然のままに放っておいて人間になるわけではない。オオカミに育てられた野生児が,人間としての行動様式をまったく獲得していなかった例が端的に示すように,ヒトは社会的環境の中で育てられてはじめて人間になっていく。この過程が社会化 socialization であり,それは個人が社会の一員として必要な知識や技術,行動様式や規範を習得していく過程である。したがってそれは,子どもが一人前の社会人としての人格を発達させていく過程としてみることもできる。社会の側からみれば,それは次の世代へと文化を伝達し,社会を存続,発展させるための後継者をつくりあげていく過程であり,家族や学校,地域社会やマス・メディアなどの種種の集団や制度がそれを担っている。また個人の側からみれば,それは基本的生活習慣から価値観や道徳意識にいたるまで,その社会の一員たるにふさわしい文化内容を習得,内面化し,社会にうけいれられていく過程である。しかし,それは個人が社会の期待する鋳型にはめられ,個性を失って画一化されていくことを意味するわけではない。 (平凡社世界大百科事典 「社会化」高垣 忠一郎)

 しかし、後に検討するように、オオカミに育てられたという事例を出すことで議論の弱点が出ている。ただ、ギデンズはさすがに、オオカミに育てられた野性児を事例としては出していない。ギデンズの示す事例は、アベロンの野性児と、幼児の頃から一人部屋に閉じ込められたジーニーという少女の例である。

 第二に生まれおちた文化環境の中で成長するという論理は、当該文化が発達の「枠」と意識される面が強い。内面化される文化や習俗は、その社会のものであるから、それを超えることが想定されることはあまりない。教育は理想の追求という側面をもつから、既成の価値観を乗り越える志向性をもつ場合がしばしばある。ルソーは「エミール」を書いたあと、危険思想家として貴族・教会勢力から追われる身になった。しかし、文化・習俗を規定のものとして、その内面化を問題とすることからは、その文化を超える発想は生まれにくい。
 学校選択制度が日本で議論されているときに、教育行政学の分野の専門家と教育社会学の専門家の間で学校選択制度の評価が、かなり明確に分かれるという現象が起きた。これは、教育行政学は「教育の権利論」から出発する発想が大きく、権利が満たされない状況をどのように充足させていくかという観点から制度を見るのに対して、教育社会学は既存の制度を前提に考えるために生じた差異であろうといえる。もちろん、教育社会学が常に学問的に保守的であるわけではないことも、否定することはできない。

 戦前の日本の教育は、教育を「国家」の側から統制しようとしたものであり、それは教育の定義にも関わっていた。

 「元来教育といふことは如何なる事であるか。之に付て往々誤解がありまする。諸君の間には固よりありますまいが、世上の教育の事に関係を有って居らぬ間には教育と学問を混同する者もあります。是は注意すべきことでありまして、学問は学者の研究する所でありまするが、教育は国民を鎔鑄する仕事であります。学問は銘々個人の仕事でありますが、教育は公けの仕事であります。国家の仕事であります。夫故に教育は国家が国家の方針に依ってするものであります。学問は国家の干渉を受けず銘々事由独立の違憲を以てするのであります。」(穂積八束「国民道徳の本旨」東京都内府部学務課編 大空社「日本教育史基本文献・史料叢書5」p3

最終更新:2008年08月09日 15:32