金束晴天は、常盤台に通う中学2年生である。とある財閥の令嬢なのだが、幼稚園の頃から学園都市で生活していたせいか、お嬢様っぽさ皆無である。
彼女自身、親の期待に応える為に必死になって勉学・能力開発に努め、結果無事に学園都市において5本指に入る名門校常盤台中学へ入学することができたのだが、
入学してみたら周りには派手な能力ばかり。その上、同級生に超能力者が居るという現実が彼女に襲い掛かった。
入学後に、自身の能力が伸び悩んでいるのも手伝ったのだろう。今では、腐ってはいないもののすっかり“負け犬根性”が染み付いてしまっていた。
金束自身は、この“負け犬根性”というのを割りと肯定的に受け取っていた。常盤台に通う生徒は、総じてお嬢様なせいか矜持(プライド)の高い性格が多かった。
その中で、高過ぎる矜持を捨てることで何かを為すこともできる筈だ。レベルの高さや能力の強さだけに囚われていては、何時か足元を掬われる。
そう考え、今まで必死こいて生きて来た。その過程で、銀鈴、銅街、鉄鞘というかけがえの無い親友を持つこともできた。
ブラックウィザード』と呼ばれるスキルアウトから助けたことで、真珠院という後輩を持つこともできた。何時しか、金束自身にも、ある種の自信が付き始めていた。
“負け犬”にしては順風満帆な学生生活を送っていた・・・そんな時に現れた碧髪の男。成瀬台高校2年生の界刺得世
彼は、金束が定義する『レベルが高いから強いんだ』的な高位能力者では無い。また、自身が持つ能力の強さに溺れていない。その上矜持も高くない。それ故に・・・強い。
事実、一厘・真珠院・津久井浜・苧環・フィーサ・マーガレットの6名がこの男に挑み、いずれもが敗北を喫した。
その姿は・・・かつて金束自身が思い描いていた『自分の在り方』。常盤台へ入学する前の自分が目指していた姿。
“負け犬”でも『レベルが高いから強いんだ』的な人間でも無い。本当の意味で強い人間。自分が憧れて・・・目指して・・・でもなれなかった理想。
そんな、自分にとっての理想に居る男が自分の“負け犬根性”を叩き潰すと宣言した。その言葉を聞いた瞬間・・・金束晴天は微かに震えた。






「・・・1つ聞きたいんだけど」
「ん?何かな、晴ちゃん?」
「・・・ハァ。・・・何でアタシ達との勝負を受ける気になったの?最初は『面倒臭い』って言ってたくせに」

太陽は隠れ、風も強く吹き始めたこの庭には界刺と“常盤台バカルテット”が立っている。

「気が変わったから」
「はっ!?何それ!?」
「『ブラックウィザード』について色々話していた時に、ふと思い出したんだ。君が“負け犬”どうこう言ってたことを。
んふっ、思い出さなかったら君達との勝負を受けるつもりはなかったんだけど、思い出しちゃったからね。
この際、叩き潰しておこうかなって思って。後腐れの無いように、ボッコボコにしとこうって」

界刺が、“バカルテット”の“講習”への参加を認めた理由を聞いて唖然とする金束、銀鈴、銅街、鉄鞘。ようは、唯の気紛れなのだ。

「ンフフ~♪晴ちゃんをボコボコにするんですか~♪・・・そんなことを許すとでも・・・!?ンフフ~♪返り討ちにしてあげます~」
「アタイ達がおまんをボコボコにしたるけん、覚悟しぃや!!」
「私の友達を傷付ける人は・・・絶対に許しませんです!!」
「・・・君等が俺に勝負を挑んで来たんじゃなかったっけ?まぁ、いいや。そんな君達に、1つ忠告しておこう」
「忠告?何よ?」

銀鈴達の言葉に呆れる界刺が言い放つ忠告。それは、真剣勝負の意味。

「今回は、少しだけ『本気』で行くよ?周りが見えなくなる程『本気』を出すわけじゃ無いけど」
「「「「!!?」」」」

界刺の『本気』。それは、『相手を殺す気』。今までの“講習”でついぞ見せなかった『本気』の断片を、
よりにもよって自分達に出すと碧髪の男は忠告して来たのである。

「ど、どうしてよ!?ア、アタシ達なんかより、フィーサや苧環先輩と戦っていた時に出すようなモンじゃ無いの!?」
「ふ~ん。そんなに、俺が恐いのか?・・・最初に俺に見せた威勢の良さは何処へ行った・・・晴天・・・!!?」
「!!!」

界刺の目が、変わった。目は見開かれ、瞳孔も開いている。背丈の関係から自然と見下される形になっているその視線には・・・殺気が含まれていた。

「情けねぇな。たかが、俺の『本気』の断片だぜ?俺と戦うっていうテメェ等の本気度はその程度かよ?ハハッ、こりゃ幼稚園児並の小心さだな」

声にも殺気が含まれ始める。醸し出す雰囲気が一変する。

「だが、何処ぞの“負け犬”よろしく尻尾巻いて逃げるなんて選択肢をテメェ等に与えるつもりは無ぇ。一度、このステージに立ったんだ。
テメェ等がこのステージから降りる手段は2つだけだ。テメェ等が俺をボコボコにするか、俺がテメェ等をボコボコにするか、2つに1つだ」

碧髪の男は、懐から<ダークナイト>を取り出す。そして、ある赤外線通信を行う。

「これが、さっき言っていた<ダークナイト>。テメェ等も、午前の“講習”で見ただろ?」
「そ、それが何だって・・・」
「今さっき、ある赤外線通信を行った。それは、『閃光剣』を起動させるための通信だ。テメェ等には光の“剣”って言った方がわかりやすいか?」
「光の・・・“剣”・・・!!」
「そ、それって・・・!!」

金束達も見た、それは一厘や真珠院が操作する土の塊を融解した光の“剣”。

「これは、千度単位の熱を纏う熱剣だ。当然、人体に当たりゃあ火傷なんかじゃ済まねぇ。当たり所が悪かったら・・・ヤバイな」
「ま、まさか・・・」
「そのまさかだよ。テメェ等と戦う時は、最初から『閃光剣』を使わせて貰う」

『光学装飾』により装飾された『閃光剣』に切っ先を、金束達に勢い良く向ける。

「んふっ、大怪我を負いたくなけりゃあテメェ等も死に物狂いで来い。余力なんて出し惜しみする暇なんて無いぜ?
1つの油断、1つの判断ミスが自分の身を脅かすんだ。全力で俺に挑むんだな」
「「「「・・・!!!」」」」

金束達は、今ここに至ってようやく自分達が置かれた境遇の切迫さを理解する。自分達の甘さを理解する。
相手は、そんな自分達の甘さを見透かすかのように、己が持つ『本気』の断片まで引っ提げて“講習”に臨もうとしていた。

「そんじゃあ、とっとと始めるか・・・」
「ちょ、ちょっと待った!!」
「あぁ?何だ、怖気付いたのかよ?だが、逃げるなんて真似は・・・」
「ち、違う!!さ、作戦タイム!!」
「・・・はっ?」

金束は、自分達の体勢を立て直すために作戦タイムを要求する。

「ちょ、ちょっとこっちの作戦を見直したいだけよ!!に、逃げる気なんて無いから!!本当よ!!?」
「そ、そうそう!!せ、晴ちゃんがあなたから逃げるわけないですよ!!」
「ア、アタイ達が全力で行くことにゃー変わりないけん!!」
「うんうん!!皆さんの言う通りです!!」

金束、銀鈴、銅街、鉄鞘の4名はいずれも冷や汗ダラダラで弁明する。その必死さに、界刺も渋々納得する。

「・・・いいぜ。さっさと作戦を立てて来いよ。言っとくが、逃げるなんて真似を取った時点で俺がどういう行動に出るか・・・わかってるよな!?」
「「「「(コクンコクン)」」」」
「OK。そんじゃあ、作戦タイム開始・・・」



ダダダダダァァァッッ!!!!



「・・・逃げ足はやっぱり速ぇな。さぁて、どんな作戦で来るか。俺も“らしくない”真似をしてるんだ。
少しは歯応えのある作戦を立てて来いよ、“バカルテット”・・・!!」

“バカルテット”の逃げ足の速さにまたも呆れながら、しかし彼女達が立てて来る作戦について思いを馳せる界刺。
その視線の先から・・・金髪の少女が歩いて来る。それに気付くのに然程時間は掛からなかった。

「界刺・・・!!」
「形製・・・」

“バカルテット”相手に『閃光剣』を持ち出した時点で、界刺が『本気』になりかけていることを察知した少女―形製流麗―は疑念渦巻く表情で言葉を発した。






「な、何考えてんのよ、あの男は!?アタシ達に対して、殺す気で来てどうすんのよ!?」
「ど、どうする晴ちゃん!?」
「うん?この風の匂い・・・」
「こ、恐いです。ほ、本気で私達を殺す気・・・そ、そんなの嫌です!!」

“常盤台バカルテット”の面々は、他の常盤台生が見学している一角にまで避難した。
“バカルテット”の緊迫した雰囲気と、金束と鉄鞘が言葉に出した『殺す気』という言葉に、周囲の少女達も騒ぎ始める。

「こ、殺す気・・・!?う、嘘・・・!!」
「ま、まさか本当にそんな真似を!?」
「あの男なら有り得る・・・のか?こ、これは“講習”を止めた方が・・・。で、でもあの男が反発したら・・・私達にまで牙を向けてくるんじゃあ・・・!!」

お嬢様である少女達には無縁の言葉。その言葉が現実となる可能性は、今まで目の当たりにした碧髪の男の実力を考えれば決して低くは無かった。

「か、金束様!!な、得世様が本当にそんなことを仰ったんですか!?」
「さ、珊瑚!!ア、アイツ、アタシ達に『本気』を出すって言って来たのよ!!」
「『本気』!?な、得世様・・・!!どうして・・・!?」
「ね、ねぇ、銀鈴?界刺さんは、本当に『本気』を出すって言ったの?」
「一厘先輩・・・。正確には、少し『本気』を出すだけらしいんですけど、あの人の雰囲気が丸っきり変わって来て・・・」
「・・・!!あなた達に『閃光剣』を繰り出すくらいだもんね。遠目から見ていても、界刺さんの雰囲気が変わったのは感じたけど・・・苧環・・・」
「今形製の奴が界刺さんの所へ行ってるわ。とにもかくにも、それ待ちね」
「あの男・・・。私との勝負では『その気』すら失いかけていたのに・・・!!」
「フィーサ様・・・」
「で、でもあの人、私達が“講習”を辞退するのは許さないって言ってましたです。
“講習”から降りれるとしたら、私達があの人をボコボコにするか、あの人が私達をボコボコにするか、2つに1つだって・・・」
「ど、どうなっちゃうんだろう?遠藤には皆目見当が付きません!!」
「サニー先輩・・・。界刺様は・・・」
「鬼ヶ原さん・・・。あの人がそう言ったのなら、その2つのどちらかしか無いと思います。界刺様は・・・こういう時は絶対に容赦しないです!!」

“バカルテット”の会話に色んな少女が加わり、騒然となり始める。
ここで、1つ確認しておこう。この場に居る少女達は全員レベル3以上の能力者である。
もし、“講習”を中止するべきと判断し、反発するであろう界刺に対して彼女達が束になって挑めば、さしもの界刺でも“講習”を続行するのは困難である。
だが、そんな当たり前の選択肢が、今この時の少女達には存在しなかった。それだけ、界刺という男のインパクトが大きかったとも言えるが。

「く、くそ!!八方塞がりとはこのことね!!で、でもこのままだと・・・」
「元の作戦だと晴ちゃんとせっちゃんが前面で、私と月ちゃんが後方だったけど、あの人の『閃光剣』の威力を考えると晴ちゃんも前面に出るのは危険かも・・・」
「希雨!?そ、それだと世津の負担が・・・」
「せっちゃんの反射神経なら、『閃光剣』もかわせる筈。それに、せっちゃんなら『光学装飾』の大半は“効かない”し。月ちゃんもある意味においては。
でも、晴ちゃんや私は『光学装飾』をどうしても喰らってしまう。あの人の光に惑わされている間に『閃光剣』を喰らったら、それこそマズイわ!!」
「で、でも・・・!!それじゃあ、アタシがアイツに勝負を挑む意味が・・・!!」
「そんなのは、どうでもいいの!!!」
「!!!」
「ぎ、銀鈴さん・・・!?」

銀鈴の大声に金束と鉄鞘は驚愕する。こんな銀鈴は、今まで一度たりとも見たことが無い。

「このままだと、晴ちゃんが大怪我を負っちゃう可能性が高い!!そんな、そんなこと許せるわけ無い!!私は晴ちゃんのためを思って・・・!!」
「それは、違う!!希雨!!アンタは、間違ってる!!アンタは、アタシを思うばかりに世津に危険を押し付けてるだけよ!!」
「ち、違う!!こ、これはちゃんと考えて出した作戦なの!!わ、私はせっちゃんのことも・・・!!」
「だったら、アタシも世津と一緒に前面に出る。世津1人に、危険を押し付けるわけにはいかない!!」
「だ、駄目!!それだけは、駄目!!お、お願いだから・・・!!晴ちゃん・・・私の言うことを聞いて・・・!!」
「そんなお願い、聞けるわけないじゃん!!アイツの目的はアタシなのよ!?そのアタシが前面に出ないってことは、アタシは戦わずにアイツに屈したことになるのよ!?」
「・・・それでいいじゃない」
「・・・希雨?」

金束は、己が親友の言葉に耳を疑う。その親友は、何時しか涙を目に浮かべながら己が親友に問い掛ける。

「晴ちゃん、何時も言っているじゃない。自分は“負け犬”だって。“負け犬”って・・・そういうことでしょ?自分より実力が高い人には、最初から挑まない。
最初から自分の負けを認める。“自分自身”の敗北を。あの人は・・・強い。私達からすれば、あの人は強過ぎる。
そんな人が・・・私達を殺す気で来る。絶対に勝てっこない。も、もしかしたら、今から皆で謝ればあの人だって許してくれるかもしれない。そ、そうだ。その手があった」
「希雨・・・!!アンタはそれでいいの!?幾らアイツがアタシ達より強いからって、最初から何もかも諦めるって言うの!?」
「晴ちゃんが無事なら、私はそれでかまわない!!!」
「銀鈴さん・・・!!・・・・・・」

銀鈴にとって、最優先すべきは金束の身の安全。それは、金束と友達になってからずっと変わらない銀鈴の優先順位。
引き篭もりで友達も居なかった自分を引っ張ってくれた、自分に色んな景色を見せてくれた金束のためなら、銀鈴は何でもする。金束の意思に反してでも。






パアァッン!!






「・・・銀鈴さんは間違っていますです」
「月代・・・!!」
「月ちゃん・・・!!」

そんな視野狭窄に陥っている友を目覚めさせるために、鉄鞘は銀鈴の頬を引っ叩く。

「友達って、そんな程度なんですか?私が今まで付き合って来た友達は、友達の意思を踏み躙ったりするような人間なんですか!?」

眼鏡の奥に見える瞳は、涙色に彩られながらも確かな強さを持ち合わせていた。

「友達が楽しんでいるなら、自分も楽しくなるです。友達が困っているなら、自分が助けるです。その逆もです。
でも、友達が抱く譲れない思いを踏み躙るのは間違っているです。金束さん、銀鈴さん、銅街さん、そして私は共に歩いて来た仲間じゃないですか。
これからも・・・これからも一緒に歩いて行きたいです。かけがえの無い友達として・・・皆さんと共に!!」

金束とルームメイトになって以来、鉄鞘の学生生活は一変した。友達が起こす色んな騒動に巻き込まれた。時には怒り、時には泣き、時には笑い合った。
鉄鞘月代にとって、金束達と過ごす時間は何時しかかけがえの無いものとなっていた。だから、彼女は言う。
これからも、一緒に頑張ろうと。共に居ようと。どんな困難が立ちはだかっても、皆で協力して乗り越えようと。

「(アタシは・・・アタシは・・・)」

銀鈴と鉄鞘、2人の友達の言葉を受け金束は考える。自分が今何をするべきなのかを。


『君は“負け犬”なのかい?“レベルが上がる”なんて誘い文句に身を委ねた連中のように?』


“負け犬”。あの男の言葉が、鋭い痛みを放つ。今まで受け入れて来たその有り様が、何故か今の金束には異物のように感じられる。

「(アタシは・・・“負け犬”なのか?アイツが言う、甘い言葉に誘われて努力を怠るような人間なのか・・・?アタシが・・・?・・・・・・違う)」

例えレベルが上がらずとも、能力が上がるように研鑽を積んで来た。“負け犬”の有り様を受け入れた後も、それなりの努力はして来た(勉学面は・・・だが)。
結果は伴っていない。伴わなければ、意味等無いのかもしれない。でも・・・

「(もしアタシが“負け犬”なら、希雨の言う通りアイツに土下座してでも謝る選択肢だって考える筈。でも、アタシはそんなことを考えもしなかった)」

胸の内から湧き上がって来る感情。それは・・・対抗心という名の熱き感情。

「(・・・負けたくないんだ。アタシは、アイツに負けたくないんだ!!何でかはわかんないけど、アタシは界刺得世に負けたくないんだ!!!)」

それは、自分が理想とする姿に対しての憧憬に端を発する対抗心であることに金束は気付かない。
“負け犬”になる前の・・・未来に対して光り輝く可能性を期待していた頃の自分が、今の金束晴天の心を強く後押しする。

「・・・希雨。月代。アタシは、アイツに挑むのを止めない。アタシは・・・アイツに負けたくない!!絶対に!!!」
「晴ちゃん・・・」
「金束さん・・・」

一度心に強く決めたのなら、その通りに動く。それが、“常盤台バカルテット”を引っ張る少女、金束晴天の在り方。

「無謀なのはわかってる!!もしかしたら、希雨の言う通り酷い目に合うかもしれない。
でも・・・それでもアタシはアイツに背を向けたくない!!アイツから逃げたくない!!アイツに屈した・・・“負け犬”になりたくない!!!
だから・・・皆の力をアタシに貸して頂戴!!アタシは・・・界刺得世に絶対に勝つ!!!」

晴天の名の如く、金束の瞳は爛々と光り輝いていた。その瞳に秘められたるは、『自分の在り方』。絶対に屈さないという鋼の意志。

「・・・わかったよ、晴ちゃん。ハァ・・・一度本気で決めたら私の制止も聞かないんだから・・・」
「希雨・・・」
「でも・・・晴ちゃんらしいかな。ごめんね、1人で泣き喚いちゃって。月ちゃんに引っ叩かれて目が覚めたよ」
「あ、そ、その・・・こ、これはつい手が出ちゃったというか・・・。つ、つつ、つまり・・・ごめんなさいです!!!」
「ううん。ありがとう、月ちゃん。2人のおかげで、私は私の大事な友達を踏み躙らなくて済んだんだもの」
「銀鈴さん・・・」

金束、銀鈴、鉄鞘は互いに笑みを浮かべる。下手をすれば、友達関係が壊れかねなかった今回の衝突を、少女達は見事乗り切った。

「さぁて、後はアイツに勝つだけね!!・・・・・・どうしようっか?」
「・・・・・・本当に晴ちゃんは晴ちゃんだね。計画性が全然無いっていうか・・・」
「そろそろあの人も痺れを切らすかもしれませんです。な、何とかいい案を・・・」
「あらあら、でしたらわたくしがその材料程度は提供させて頂きますわよ?」
「津久井浜先輩!?」

如何にして界刺に打ち勝つか。再び悩み始めた3人に、午前の“講習”にて界刺に敗れた津久井浜が声を掛ける。隣には、菜水も居る。

「津久井浜さんってば、ずっとあの人の戦闘を観察していましたからね。余程負けたのが悔しい・・・」
「あらあら、菜水さん?『発熱爆弾』・・・味わってみますか?菜水さんの肥えた舌に見合うだけの味を備えていると思いますよ?」
「い、いえ!!結構です!!」

思わぬ被害を被りそうになった菜水は、ブンブンと首を振る。

「貴方達は、どういう作戦を立てていますの?」
「え、えっと・・・希雨!」
「・・・ハァ。・・・既に立てていた作戦だと、晴ちゃんとせっちゃんが前面、私と月ちゃんが後方という形ですね」
「何故その戦法に?」
「晴ちゃんは『肉体強化』による白兵戦が得意ですし、せっちゃんは身体能力自体が超人的です。
特にせっちゃんの場合は、『精密処理』によって五感が非常に冴えている関係から、“聴力だけ”であの人の居場所を特定できると踏みました」

銅街の能力『精密処理』は、脳の情報処理能力を飛躍的に向上させる能力で、これによる五感の鋭さは人並みはずれていた。
今回の場合で言えば、目を瞑りながらも戦闘可能という点が重要な要素であった。界刺の『光学装飾』の大半は、目を瞑っている人間には効かない。
銅街の場合は超人的な身体能力も持ち合わせていることから、強力な対界刺得世対策になり得るのだ。

「後方メンバーの選出理由は?」
「月ちゃんは、『絶対嗅覚』であの人の居場所を匂いで特定できます。晴ちゃんや私が『光学装飾』で惑わされても、月ちゃんなら確実に居場所を特定できます。
もし、せっちゃんが戦闘不能になっても、あの人の正確な位置を探れる月ちゃんは後方に。私は、月ちゃんの護衛ですね。いざという時は、私も前面に出るつもりでした」

鉄鞘の能力『絶対嗅覚』は、犬並みの嗅覚を発揮できる能力で、銅街以外に『光学装飾』下に居る界刺の正確な居場所を特定できる人間である。
その正確さだけなら、おそらく銅街以上。但し、戦闘能力はからっきしなので後方に。
銀鈴は、自分の居場所を特定し得る鉄鞘を潰そうと攻撃を仕掛けて来るであろう界刺から鉄鞘を守るために後方に身を置く。そういう段取りであった。

「あらあら、それ程までに綿密な作戦を・・・。これでは、わたくしがアドバイスする余地が無いも同然ではありませんか」
「・・・でも、あの人の『閃光剣』の威力を考えると無闇に白兵戦を仕掛けるのは危険です。何とか、あの人の動きを封じる作戦を考えないと・・・」
「そがなことなら、アタイにいい案があるったい!!」
「せ、せっちゃん!?それ、ホント!?」
「世津・・・。そういえば、アンタ今の今までアタシ達のやり取りに参加していなかったけど、何をしていたの?」

津久井浜と銀鈴が会話をしている途中に、今まで作戦タイムに参加していなかった銅街が割り込んで来る。
彼女は、しきりに空へ視線を彷徨わせていた。雲は急速に黒みを増し、風も生暖かくなっていた。






「もうすぐ、雨が来るとよ」
「えっ!?」
「あっ・・・雨」






そこに、降って来たのは雨。ポツンポツンと、しかし確かに降り出した雨が少しずつ強くなって来る。

「そういえば、今日は午後から少しだけ雨が降るって予報・・・いえ、予言でしたわね」
「そうでしたね・・・。これは、“講習”の方もどうなるんでしょうね?」

津久井浜と菜水が、降って来た雨に関する感想を言い合う。その脇で、銀鈴は銅街の発言の真意を理解する。

「そうか・・・。これなら・・・。せっちゃん、ナイス!」
「こんで、ちーとはアタイや晴天の負担ば軽うなるやろ?」
「せっちゃん・・・」

銅街の労わりが、銀鈴の心に染み渡る。銅街自身、先程の銀鈴の取り乱しようを見て、何とかあの男に勝つ方法が無いか、
その可能性を上げる材料が無いかを必死に考えていた。
その時に思い付いたのが、作戦タイムに入る前に匂った雨の匂い。
銅街は、その鋭敏な感覚と田舎暮らしという経験から、短時間における天気の変化を言い当てることができた。

「うん・・・!!これなら、何とかできるかも!少なくとも、あの人の動きを少しでも封じられる可能性は高い!!
晴ちゃん!せっちゃん!月ちゃん!こっちに来て!!あのね・・・(ゴニョゴニョ)」
「(ゴニョゴニョ)。・・・さすがは、アタシの親友!!これなら、アイツにも勝てる・・・かも」
「(ゴニョゴニョ)。・・・さすがったいね、希雨」
「(ゴニョゴニョ)。銀鈴さん・・・すごいです!!それと、金束さん。『かも』じゃ無くて、絶対に勝ちましょうです!!」
「そ、そうね!!ここまで来て弱気になったていたら話にならないわ!!希雨!世津!月代!
アタシ達“常盤台バカルテット”の底力をあの男に見せ付けてやるわよ!!そんでもって、絶対に勝つ!!!いいわね!!?」
「「「おおううぅ!!!」」」
「津久井浜さん・・・。何だか無駄骨でしたね」
「あらあら、そんなことは無いわ。だって、こんな眩しい笑顔を見ることができたんだもの。それだけで、私は満足よ」
「えぇ、そうですね。(自分が何の役にも立たなかったことの言い訳じゃないかしら?)」
「・・・菜水さん?何か、とても不愉快なことを考えておられませんか?」
「い、いえ!!」

“常盤台バカルテット”の威勢に当てられ、周囲の常盤台生にも元気が戻って来る。
この娘達なら何とかしてしまうんじゃないか。そんな希望を思わず抱いてしまう程、彼女達の笑顔は眩しかった。



ピカッ!!



「「「「!!??」」」」

空に光球が浮かぶ。それは、作戦タイムの終了を告げる合図であった。碧髪の男―界刺得世―は雨脚が強まり始める中、雨避けに使っていた木から姿を現した。

「ゴクッ・・・!!時間切れ・・・ね。そんじゃ、行くわよ!!」
「うん!!」
「おう!!」
「はいです!!」

対する“常盤台バカルテット”の面々も雨降る中に身を投じる。いよいよ、最後の“講習”が始まる。

「形製!!界刺さんは何て言っていたの!?」
「形製さん・・・!?」

同時に、界刺の下へ向かった形製が戻って来た。苧環や一厘が駆け寄る中、形製は濡れた髪や制服に気を留めずに“講習”のステージに視線を送る。

「・・・君達もよく見ておくといい。今から・・・界刺の『本気』の断片を目の当たりにできるよ」
「『本気』・・・!!」
「界刺さん・・・・!!」

苧環や一厘が、形製の言葉を受けて視線を界刺に送る。一方、形製は先程の会話を思い出す。



『あいつに染み付いた“負け犬根性”ってのは、ちっとやそっとのことで拭えるようなモンじゃ無ぇ』
『だからって、何も「本気」を出すようなことじゃあ・・・!!』
『俺があいつに関われるのは今日この時だけだ!そんな短い時間の中であいつの“負け犬根性”を叩き潰すためには、
こっちも「本気」の断片くらいは出さなきゃなんねぇ』
『そんなに“負け犬根性”というのが嫌いなのか、君は!!』
『・・・あいつは“負け犬”なんかじゃ無ぇよ。あいつは、“自分自身”に“負け犬”を押し付けてるだけだ。それが・・・気に食わねぇ・・・!!』
『えっ・・・』
『だからこそ、今この時にあいつの“負け犬根性”を叩き潰す!!
もし、あいつが本当に“負け犬”なら、それ相応の無様さを披露するさ。それに、“負け犬”じゃ無かったとしても面倒臭いことには変わりねぇ。
これは、それを見極めるための“講習”でもあるんだ。そのために必要なのが・・・「本気」の断片。そういう判断なんだよ』
『・・・“らしくない”ね、今日の界刺は。普段の界刺は、そんなに積極的じゃ無いよ。
無気力でぐーたらで面倒臭がりで。自分に関係無いのなら、とことん関わらないのに』
『・・・俺も何時まで生きられるかわかんねぇしな。あの殺人鬼に目を付けられた以上』
『!!?』
『それに、あの殺人鬼と対峙した時は「本気」で臨む以上、俺も「本気」の出し方を復習しておかないとな。
久しく俺も「本気」を出していないし、ここら辺で慣らし運転をしとかねぇと。まぁ、俺なりの事情もあるんだよ、形製』
『界刺・・・。い、嫌だからね。君が死ぬなんてこと・・・あたしは絶対に認めないからね!!』
『形製・・・』
『あたしは・・・あたしは・・・君が居ない世界なんか、絶対に認めないから!!』
『ふぅ・・・。お前も面倒臭い男に惚れちまったな(ポン)』
『!!?』
『(ポンポン)。まぁ、少なくとも自分から死ぬつもりは無ぇよ。それだけは、約束する。俺の命に懸けて。
んふっ、この台詞は涙簾ちゃんにしか言ったことが無かったな。どうだ、形製。少しはカッコ良くキメれたんじゃない?』
『・・・バカ。それに、気付いていたんなら気付いてたって言ってよ。1人で騒いでいた自分が馬鹿みたいじゃないか。・・・そうだよ、あたしは君が好きなんだ』
『・・・』
『あたしは、君が好きだ。世界中の誰よりも。あたしは、君と共に居たい。君の居ない世界なんて嫌だ。
だから・・・約束して。絶対に死なないって!相手が殺人鬼だろうが何だろうが、絶対に死なないって!!』
『・・・そりゃ、無理だろう。人間何時死ぬかわかったもんじゃ・・・(ムニュ)。・・・!!!』
『(ムニュ)。・・・勝手に約束させて貰ったから。あたしは、君と共にこの世界を歩く。界刺は、約束を守るんでしょ?
だったら、この形製流麗の口付け(やくそく)も守ってみせて!!君と共に歩くという、あたしにとって命と同じくらい重い口付けを!!!』
『・・・・・・ハァ。善処はするよ。何せ、お前のファーストキスだし。ちなみに、俺にとってもファーストキスだったがな。まさか、お前に奪われるとは・・・!!』
『な、何だよ!!何か、文句でもあるって言うの!?』
『大アリだ。まぁ、それ程ショックじゃ無いけどな。お前にキスされても、“そっち系”の感情が全然波立たないからな。
んふっ、これなら他の女とキスしても全然大丈夫そうだ』
『なっ・・・!!!』
『華憐にはさっき告白されたし、リンリンや珊瑚ちゃん、嬌看や桜は俺のことが好きみたいだし。いや~、モテる男は辛いね』
『なっ・・・なっ・・・!!!』
『この際、色んな女の唇を味わってみるっていうのもいいかもな。女性不信状態っていうのも、案外悪くないかも。女は強く出れないし、俺も罪悪感を全く感じないし』
『か、界刺~!!!』
『んふっ。ということで今後の楽しみも増えたからさ、それを堪能し切るまでは死んでも死に切れねぇよ。・・・これでいいか、形製?』
『・・・!!!・・・もう。本当に卑怯だよ。バカ界刺のバカバカバカ』
『痛いな~。全くこれだから、バカ形製は・・・。んふっ!』
『・・・フフフ。・・・わかった。君の好きなように戦えばいいよ。あたしは、君を心の底から信頼しているから』
『・・・ありがとな。それと・・・心配掛けて済まねぇ。きっと、これからも掛けると思うけど』
『・・・いいよ。君が生きてくれるなら、あたしはそれだけで十分だ。
君があたしを恋人(パートナー)として選んでくれるなら、もっと嬉しいけど。だから・・・生きてよ?』
『なるたけ頑張る』



形製の視線の先には、“講習”を開始した界刺の姿が映っている。その姿を見て、自然と己が指を唇に乗せる。
自身のファーストキスを贈った男の姿を確と瞼に焼き付けるように、少女は“講習”に集中する。

「(あたしも、もっと強くならなくちゃ!!どんな脅威からも界刺を守れるくらいに!!)」


少女は決意する。愛する人を守れるだけの能力を、己が実力を高めるための、それは決して解けない誓い。

continue!!

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最終更新:2012年06月22日 20:21