「・・・・・・・・・悔しいです」

界刺の問いに、ポツリと言葉を漏らした葉原。その瞳には、涙が浮かんでいた。怒りの涙か、悔し涙か、それとも・・・。

「まさか、私達の支部の人間が『ブラックウィザード』の一員だったなんて・・・。そんな人間の存在に、今まで気付かなかった自分の不甲斐無さが許せません」
「・・・風路が言ってることが全部嘘って可能性は否定できないけど?」
「・・・そんなわけありませんよ。それじゃあ聞きますけど、あなたは風路さんが言ってることが嘘だと思っていますか?」
「いんや。思ってない」
「ほら。即答じゃないですか。ホント・・・本当に・・・・・・ッッ!!!」

歯を食いしばる。拳を握り込む。涙が流れ落ちる。

「くそっ・・・!!くそっ・・・!!何時も後方支援で一緒に仕事をしていたのに・・・!!今だってずっと・・・!!なのに・・・!!なのに!!!」

葉原と網枷は、176支部における主要な後方支援メンバーである。ここに時々鳥羽が入ることもあるが、基本的には2人である。
網枷は体が弱いのか時々風紀委員活動を休むこともあるため、いざという時は葉原が1人で全てを取り仕切る場合もある。
そんな彼女に網枷は何時も礼を言っていた。自分より年下の葉原を、必要最低限のことしか喋らないあの網枷がずっと褒めちぎっていた。
葉原自身も、自惚れないまでも悪い気はしなかった。先輩に頼りにされている。その実感を胸に抱いて仕事に励んでいた。
だが、それが唯の演技だったとしたら。『ブラックウィザード』の一員として、己の正体に気付かない自分達をずっと嘲笑っていたのだとしたら。

「・・・この情報は椎倉先輩だけに伝えるんだ。それから、他の人間に伝えていいかとかの指示を仰ぐんだ」
「・・・理由は何ですか?」
「俺が、内通者を炙り出すために椎倉先輩に色々提案したんだ。きっと、椎倉先輩はそこに自分の考えもいれて動いている筈だ。
今は『ブラックウィザード』に関する情報が圧倒的に少ない。だから、内通者を無闇に捕えるわけにはいかない。つまり、しばらくは泳がせるってこと」
「・・・風路さんは言ってましたよね?『ブラックウィザード』に挑み続けてるって。だったら、彼等の活動範囲とかはわかるんじゃないんですか?」
「・・・だそうだよ、風路?」
「・・・悪ぃが、俺は176支部の人間に教えることは何一つ無ぇよ。俺はまだ、風紀委員を信じたわけでも認めたわけでも無ぇ。
だから、テメェ等の力になるつもりは今の所は無ぇ。まぁ、さっきナイフを突き付けたことは謝る。・・・すまなかった」
「・・・いえ。こちらこそ、本当にごめんなさい。176支部の一員として、あなたとあなたの妹さんにどうしたら償いを果たせるのか・・・今の私には判断ができません」

風紀委員には協力しないという風路の言葉を、葉原は強く受け止める。自分が風路の立場だったら、同じことを考えただろうから。

「・・・君はこれからどうするの?きっと、君はしばらく網枷と同じ職場で働かなきゃいけないよ?彼に悟られずに、仕事とかってできるの?」
「・・・今の状態だと、すぐには無理だと思います。よりにもよって、活動は明日からですし。私の精神・・・ボッコボコ状態ですよ?」
「だろうね」

葉原は天を仰ぐ。周囲に建物が無いこの公園では、夜空に浮かぶ星空の光がよく見えた。
穏やかながらも、確かな強さを持つ星の光。そんな光を放つ人間なら・・・ここにも居る。

「こうなったら、やっぱりあなたを味方に付けるしか無いですね。『シンボル』のリーダー・・・“閃光の英雄”・・・界刺得世先輩?」
「・・・やっぱり、それが狙いか。それってさ、ヒバンナのことも込みでしょ?」
「えぇ。だって、他でも無いあなたが言ったんですよ?昨日のプールの中で。『暴走が始まってる』って」












時は昨日の午後に遡る。ここ『マルンウォール』内で、葉原は界刺に対して自分が知っている焔火のことについて一通りに説明を行っていた。

「・・・という感じです。緋花ちゃんは、今風紀委員としての在り方にすごく悩んでいる状態です。
本人的には、『周囲に迷惑を掛けたく無い。自分1人で答えを出す』らしいですけど。・・・・・・界刺先輩?」
「・・・・・・」

葉原は、界刺の表情を見て内心驚きを漏らす。何故なら、界刺の表情が物凄く険しいものとなっていたからだ。

「・・・確認だけど、最近の緋花は自分の行動について、仲間やリーダーにキッチリ連絡を入れて了解を取るようになったんだよな?」
「はい」
「その緑川っていう警備員に助けられたことが、緋花が“ヒーロー”に憧れる切欠になった。そして、それを体現するために教えられたのが風紀委員だった。そういうことか?」
「え、えぇ・・・」
「んでもって、緋花の相談に緋花自身が“ヒーロー”と考える緑川は、俺の考えを否定する所か肯定した。意味的にはズレてるけど。
だが、肯定したことには違いねぇ。そして・・・“よりにもよって”緋花はすんなりと聞き入れた。反発らしい反発を見せずに。そうだな?」
「は、はい。・・・“よりにもよって”?」
「最近は、緋花自身が主に債鬼のせいで激動の日々を過ごしていた。救済委員にボコられて、債鬼にボロクソに言われたことで失った自信はまだ戻っていない。
取り戻す術自体を見失っている。だから、その術を見出すために債鬼を頼った。自分が所属する支部のリーダーにじゃ無く。
176支部のリーダー加賀美雅は、債鬼とは正反対のタイプ・・・ってことか?」
「・・・加賀美先輩は、どちらかと言うと支部員の個性や考え方を尊重するタイプですね。余り部下を縛るのは好まれない人ですが・・・。それが?」
「きっと、債鬼に指導を願ったその判断は正しい。だが、その債鬼がこのタイミングで居なくなる・・・。
抑え付けてた重石が消える・・・。中途半端な指導と隙間だらけの根幹(じしん)・・・。そこに、部下の考え方とかを尊重する上司・・・。
暴走するピースが揃ってやがる・・・!!いや、もう暴走が始まっているのか・・・!?」
「えっ・・・?」

界刺の口から漏れる不吉な言葉。さっきも思ったこと。この碧髪の男が言えば、それが現実に起こり得そうな気がしてならない。

「・・・緋花は純真無垢なガキのままだ。そのガキが、超えられない壁にぶつかったことで自信を無くした。んで、度を超えて周囲に敏感になっているって感じか?
自分で“線引き”ができなくなってやがるな。混同なんて甘っちょろいモンじゃ無ぇ。完全に依存してやがる。依存して、自分の都合に置き換えてやがる。
相手の長所を素直に認める性格が、今回は仇になってんのかもしんねぇ。自分を卑下する余りに、周囲への評価が過大になってやがんな。
なのに、『自分1人で答えを出す』?・・・ガキの我儘か?聞く耳を持ちたく無いっていう無意識の表れか?・・・重石が無くなったことで、ガキが反抗し始めたって所か?
だから・・・緑川の言葉に反発しなかったな!?緑川には、絶対に自分を否定されたく無かったから!!・・・逃げたな、焔火緋花・・・!!!」

界刺は、焔火の状態に危機感を抱く。自身の経験―最近だと、春咲桜が考えを改めるまでにかなりの紆余曲折を経た―から、焔火の異常性を察知したのだ。
焔火は、意識的には周囲の意見に耳を傾け反省をしながらも、無意識的には自分の主張をぶり返しているのではないか?そう、界刺には思えてならない。

「少なくとも、緑川には絶対に俺の考えを否定して欲しかった筈だぜ!?だが、緑川は否定しなかった。否定してくれなかった。なのに、その緋花の反応はおかしいだろ?
幾ら自分が理想とする緑川が正しくても、そこは反発するのが普通だろ?自分の根幹に関わることだぜ!?
自分が小さい頃から抱いて来た根幹と対立する意見を自分が目指す人間に肯定されて、はいそうですかって納得する奴はいねぇ!!
他人の長所を認めるって言っても、それを自分にも当て嵌めるのかって話になったらそれは違ぇだろ!!そもそも、根幹で対立する意見をそう簡単に受け入れるわけが無ぇ!!
むしろ、『自分は間違っていない』っていう反発心を絶対に抱くモンだ!!きっと・・・聞き入れただけで本心ではまだ納得していない筈だ!!
だが、それを表に出さない?あの感情豊かそうな緋花が?・・・異常つーか面倒臭ぇ。なまじ自信を失ってるから、反発する気力が萎えてんだな。
でも、反発心自体が消えたわけじゃ無い。むしろ、溜まってやがる!!今は見ないフリをしていても・・・何時か爆発しかねないぞ、こりゃ」


『・・・・・・やっぱりかって思った!あの人の言うことって、本当に私の盲点ばかり突いて来るもんだから中々理解できないわ~。
でも、やっぱりあの人の言葉は正しいのか・・・いや、正しいというより、そんな考え方があるってことか。そうか・・・そうか・・・』


「(・・・!!!これが・・・“『シンボル』の詐欺師”!!!)」

今更ながら、葉原は疑問に思う。自分が“ヒーロー”を体現するために風紀委員になる切欠となった緑川が、
焔火が抱く“ヒーロー”像と真っ向からぶつかっている界刺の指摘を認めたことに対して、彼女がやけに素直な反応を示したことに。
そして、彼女は・・・自分の考え―焔火(ガキ)が抱く誤った偶像―に間違っている部分があるとは認めていない。界刺や緑川のような考え方があるとしか言っていないのだ。
つまり・・・界刺や緑川の指摘に明確な返答をしていないのだ。これは・・・。そして、それにすぐに気付いた碧髪の男に葉原は希望を見出す。焔火緋花を救う希望を。

「周囲に依存してる癖に、自分で答えを出したがる・・・。自分のことをわかってない癖に、他者の力になりたがる。・・・立派な独り善がりだな。
混同・・・依存・・・利用・・・債鬼・・・加賀美・・・弊害・・・。そして・・・行き着く先は無意識による“反動”の顕現。
あんにゃろう、全然わかってねぇ。気付いてねぇ。債鬼から何を学んでやがったんだ!?自立する術を学んでたんじゃ無かったのか!?このままだと・・・」
「・・・どうなるんですか?」
「・・・まぁ、いいか。自業自得だし。俺には関係無い」
「(ガクッ!!・・・本当にぶっ飛んだ人。普通そこまで行ったら、『~だよ』とか『俺も力を貸すぜ』みたいな言葉が出てもおかしくないのに・・・。
“線引き”が厳格過ぎるっていうのも、考えものね。でも・・・でも・・・!!)」

焔火の在り方について議論を交わし続ける界刺と葉原。その後携帯電話の番号を交換した2人は、プールの中を共に漂っていた。












「・・・言っとくが、俺はヒバンナに対してこれ以上アドバイスを送るつもりは今ン所は無ぇぞ?」
「今の所・・・。フフッ、なら可能性はありですね」
「・・・自分でフォローするんじゃ無かったのかよ?」
「私の勘が言うんです。あなたとの繋がりを持つべきだって。緋花ちゃんのためにも、私自身のためにも。
例え、その可能性が限りなく低いとしても0じゃ無ければもしかしたらがあります。もちろん、無償というわけじゃありませんよ?」
「というと?」
「あなたの依頼があれば・・・風紀委員として可能なことは何でもします。私はオペレーターをする関係で、何時でも『書庫』とかにアクセスできたりします。
これは、他の風紀委員の皆には内緒ですよ?皆、あなたへの対抗心剥き出し状態ですから」

つまり、他の風紀委員には内緒で『シンボル』―正確には界刺―に情報を横流しすると言っているのだ。
これは、所謂スパイ。かつて、春咲の件絡みで一厘がしていた行為。それを、今度は葉原が行うと言っているのだ。
もちろん、こんなことがバレれば風紀委員を辞めなければならない事態に発展する可能性もある。だが、それでも葉原は突き進む。

「・・・必死だな。網枷と似たようなことをやるって言ってんだぜ、君?それに、176支部(なかま)のことは眼中に無ぇのかよ?わざわざ、部外者の俺を頼・・・」
「網枷先輩と一緒にしないで下さい!!・・・必死に決まってるじゃないですか。私の大事な親友が、あなたの言うヤバイ状態になってるのかもしれないんですよ?
しかも、同じ支部員の手で今後緋花ちゃんや他の人達が危ない目に合うかもしれない。特に、今の緋花ちゃんは危ない。
176支部の人達の中で、あなた以上に物事を量ることができる人間は・・・残念ながらいません。リーダーである加賀美先輩でも、緋花ちゃんを指導し切るのは無理でしょう。
私だって・・・きっと無理。唯でさえ、スパイが入り込んでいる上での『ブラックウィザード』の捜査。下手をしなくても、命の危険があるかもしれない状況。
私は、前線に居る緋花ちゃんの傍には居てあげられない。他の支部や警備員の人達に緋花ちゃんのことをお願いするなんてこと、できるわけが無い。
そんな特別扱いが許されるわけが無い。そもそも、そんなことを状況自体が許さない。緋花ちゃんを厳しく指導していた固地先輩は、しばらく休暇に入ります。
緋花ちゃんのお姉さんである朱花さんや友達の荒我君達にだって、捜査に関わることを言えるわけが無い。
だったら・・・あなたしかいない!!私が縋れるのは・・・結果を出し続けている『シンボル』のリーダー、界刺得世しかいない!!」

目が血走っていた。声に緊迫感を滲ませていた。それだけ、今の彼女は切羽詰っていた。この瞬間を逃せば、何か大事なモノが掌から零れ落ちる・・・そんな予感がしたから。
優秀な・・・優秀過ぎる少女は、現状の逼迫さから絶対に今この時を逃すわけにはいかなかった。例え、自身の立場を危うくしたとしても。“詐欺師”の言いなりになったとしても。

「・・・本当に君の力でできないと思っているのかい?」
「はい!!無理なものは無理です!!だったら、逆に聞きます!!私なら、緋花ちゃんにはっきりと断言せずに彼女の在り方を矯正させることができると思いますか!?」
「・・・ふむ。・・・きっとだけど、完全に矯正させるのは無理だと思うよ。長期的ならまだしも、短期的には」
「・・・!!!」
「実際に言われるとショックかい?」
「・・・・・・はい」

項垂れる。自分で言ったことなのに、他人に改めて無理だと言われると、どうしても気落ちする。

「でも、君の力でもある程度までは矯正できると思うよ?」
「・・・」
「にしても、君んトコのリーダー・・・加賀美つったか?よっぽど、部下の指導が下手糞なのか?」
「・・・これは、網枷先輩から聞いた話なんですけど・・・。後で自分でも確認を取ったから事実ではあるんですけど・・・」
「・・・何?」

葉原はこんなことを言っていいものかどうか迷う。迷うが、それでも言う。界刺への告白が、自分達を利することに繋がるかもしれないから。

「加賀美先輩が176支部のリーダーになって1ヶ月くらい経った頃に、1人の支部員が風紀委員を辞めたそうなんです。私は、まだその頃は風紀委員では無かったんですけど」
「・・・んで?」
「それまでの176支部では、重い病気や怪我でも無い限り支部員の自主退職が発生したことは一度も無かったそうです。その支部員の名は・・・麻鬼天牙
「なっ!?」
「麻鬼!?」
「あいつが・・・元風紀委員!?」
「えっ!?あ、麻鬼先輩のことを知ってらっしゃるんですか!?」

葉原が出した麻鬼という名前に、迂闊にも反応してしまう啄・ゲコ太・仲場。そんな彼等を葉原は訝しむ。

「・・・麻鬼とは、以前に何度か会ったことがあってね。あいつは自分のことを余り話さないから、ちょっと驚いただけだよ」

そこに、界刺がフォローを入れる。彼も内心では驚いていたが、同時に納得する所もあった。
以前の会合の際、金属操作に風紀委員並の情報収集力だと褒められた際に、麻鬼が不機嫌になったことを覚えていたために。

「んで?話はそれだけ?」
「え、え~と・・・。麻鬼先輩は、風紀委員を辞める理由を質した加賀美先輩に向かって『あなたには、一生理解できないことだ』って言い放ったそうなんです」
「・・・リーダーにとっちゃあ、その言葉はキツイね。ちなみに、それって何時?」
「・・・去年の10月上旬ですね。加賀美先輩は、去年の9月から176支部のリーダーになったんです」
「・・・その約1ヶ月後に今度は鏡子の件が発生してんのか。・・・・・・成程。
『支部員の個性や考え方を尊重するタイプ』って考え方は、それが影響してる可能性が大だな。きっと、心の何処かで加賀美自身が自分の指導力に疑問付を持ってるんだ。
だから、支部員に対して中々踏み込めない。本当の意味での指導ができていない。・・・葉原。確か、君が彼女の代わりにメンバーを纏めることもあるんだっけ?」
「はい。加賀美先輩って結構軽い性格なんで、おふざけとかが過ぎた時は私が怒ったりして皆を纏めたりしています。でも、私は一支部員でしかありませんから・・・。
もちろん、加賀美先輩が纏め役ですし、普段は大体纏まるんですけど、どうしても纏まり切らない時があるんです。特に、大事な時に限って。
連絡面というか連携面とかも最低限必要なレベルでは取れてるんですけど、それ以上が・・・。そのせいで苦情も多くて・・・」

葉原は、普段の176支部を脳裏に描く。神谷を筆頭とした問題児集団に対して、加賀美が悪ふざけで色んな提案を行い、それを自分が正すというのは割とよくある光景だった。

「・・・恐がってるんだな。リーダーである自分のせいで支部員が辞めたりするのに、もう耐え切れないんだな
だから、殊更フレンドリーな接し方をする。部下の身勝手な行動も許容する。時には悪ふざけて自分を批判の対象にすることで、部下の優越感を刺激させたりしている。
でも、中身は伴っていない。いざって時に、ビシっと命令ができない。部下が部下なら、上司も上司か・・・。面倒臭ぇ」
「・・・プールの中であなたと話し合った後から、私もそれをずっと考えていました。もしかしたら、あれは加賀美先輩なりの処世術なんじゃないかって」
「ある意味、債鬼と似たような手法を取ってんだな。方向性は違うけど。だが、あいつに比べたら脇が甘ぇ。・・・正直な話、加賀美はリーダーには向いてない人間だよ。
もし彼女がリーダーを務めるのなら、それを支える強力な部下が必要だ。だけど・・・」
「・・・私もその部下の一員なので、何も言えません」
「君の言を借りるなら、『加賀美にしか、あの問題児集団は扱い切れない』だったか。確かにそうだろうな。自由奔放が過ぎる人間の集まりみたいだし。
だけど・・・自覚が足りねぇな。上に立つ者の心情ってヤツを、下の連中が本当の意味で理解してねぇ。所謂“烏合の衆”ってヤツか?176支部ってのは?」
「・・・すみません」

“烏合の衆”。今回の[対『ブラックウィザード』風紀委員会]の中でも最大戦力を持つ176支部が。この指摘を176支部の一員である葉原は否定することができない。
それどころか、己の力不足さを思い知らされるかのようで居た堪れない。だが、逃げ出すわけにはいかなかった。己のために。親友のために。仲間のために。






「しかも、その中に『ブラックウィザード』のスパイまで居るんだもんな。“烏合の衆”より、尚酷ぇな」
「・・・・・・」
「・・・・・・ふぅ。いいだろう。椎倉先輩に突き付けた“3条件”の範囲内で使えそうな駒が増えるんだ。君の覚悟に少しだけ応えてあげよう」
「ほ、本当ですか!!?」
「但し、俺が関わるのは焔火緋花の件についてだけだ。そして、君が俺のアドバイスの下緋花を矯正させて行くんだ。優秀な君なら俺の言ってる意味はわかるだろう?」
「・・・『ブラックウィザード』の件には関与しない。例え、緋花ちゃんが『ブラックウィザード』との戦闘でどうなろうと関係無い・・・ですね?」
「そうだ。そして、俺は基本的にアドバイスしかしない。そこから、君がどう考えて緋花に接し、彼女を矯正させて行くのか。最終的な判断は、君がするんだ」
「・・・!!!」
「俺は、甘くないよ?全部、俺に押し付けられるのは勘弁だ。それは、自分の責任を軽くする行為だからな。
これも言っとくけど、俺がアドバイスをした所で、君がどれだけ頑張った所で、緋花を矯正させられる保証は無い。それでいいなら、君との取引に応じよう」

界刺の言葉を受けて、葉原はもう一度冷静に考える。自分の行動、風紀委員としての矜持、緋花の現状、自分達を取り巻く切迫した環境etc・・・。
そして、彼女は大きく息を吸う。承諾すれば、後戻りはできない。・・・できなくてもいい。絶対に後悔しない。親友を救えるのなら、私は・・・

「わかりました!!その条件でお願いします!!」
「・・・自分を大事にしないねぇ。こりゃあ、君の矯正もしないといけないかもな(ボソッ)」
「えっ!?」
「んふっ・・・。さっきも言ったけど、ここ最近は本当に風紀委員の連中が俺に面倒事を持って来るな。その癖して、俺へのフォローも殆ど無ぇしよ。
君に言っても仕方無いのかもしれないけど・・・いい加減にしろよ、コラ・・・!!?俺はテメェ等の都合のいい人形じゃ無ぇぞ・・・!!?」
「ッッ!!!・・・・・・な、何も返す言葉がありません」
「まぁ、いいや。・・・これで、明日は何とかなりそうか?」
「・・・わからないです。けど、これ以上あなたにご迷惑を掛けるわけには・・・」
「それなら、俺に名案があるぞ!!!」
「うわっ!?」
「鴉!?」

キレ気味の界刺と葉原が何とかやり取りを続けている中に、啄が割り込んで来た。

「明日の夕方までなら、ハバラッチを内通者の脅威から守ることができる良い案がある!!」
「えっ!?ほ、本当ですか!?」
「(・・・余り良い予感はしねぇな・・・)」
「風路!!お前も来るがいい!!他者の心を量る絶好の機会となるぞ!!?」
「お、俺も!?」

啄は蚊帳の外に居た風路まで呼び付ける。もちろん、悪い予感しかしない。

「いきなり風紀委員の心を見極めると言っても、今のお前ではやはり難しいのではないのか!?」
「そ、そりゃそうだが・・・」
「だったら、俺達と来い!!界刺も参加することになっているぞ!?上手くいけば、奴へのアピールにもなるんじゃないか!?」
「・・・そ、そうか?・・・界刺さんも参加するのか・・・。よし、わかった!!」
「(俺も参加・・・?てことは、ゲコ太の・・・)」

さすがと言うべきか、風路を一気にその気にさせた啄の演説っぷりは目を瞠るものがある。重ねて言うが、悪い予感しかしない。

「ハバラッチも、拙者達と共に行くでござる!!」
「鴉の言う通り、明日の夕方くらいまでならお前を匿えるぜ?その間に、気持ちの整理を付けるってのはどうだ?」
「そ、そうですね・・・。界刺先輩も・・・か。わ、わかりました!私も、啄さんの提案に乗ります」
「(・・・俺だって肝心なことを聞いてないのに。後で後悔しそうだな・・・)」

次いで、ゲコ太と仲場の説得により葉原も承諾してしまう。ダメ押しで言うが、悪い予感しかしない。

「そうか!!よし!!これで、頭数は揃った!!今ここに、“ヒーロー戦隊”『ゲコ太マンと愉快なカエル達』が誕生したのだ!!ハーハッハッハ!!!」
「「「“ヒーロー戦隊”『ゲコ太マンと愉快なカエル達』???」」」

界刺・葉原・風路は、啄の誕生宣言(高笑い付)に首を傾げる。
界刺でさえ詳しいことは聞いていない事の詳細は、この直後に説明された。反論は啄によって一蹴された。『固地並の一蹴ぶり』とは、風路の零した言である。
(界刺がゲコ太から聞いたのは、『施設の子供達を笑顔にするための催しに数日間協力して貰えぬか?』である。
ちなみに、月ノ宮と真珠院が加わったのは界刺の陰謀である。騙されやすい+文句を言わない2人を選び、彼女達に幼い子供達の相手を押し付けようと目論んだのだ)






時は今に戻る。

「えっ・・・?」

加賀美は、去って行く“ゲロゲロ”の言葉を上手く理解できなかった。

「(『リーダー失格』?『最低最悪な人間』?な、何であのカエル人間にそんなことを言われないといけないの!?ど、どうして私のことを知ってるような口振りなの!?)」

加賀美はうろたえる。“ゲロゲロ”が発した声に、彼女自身何処かで聞き覚えがあったがために余計に。

「わ、私が居なくてもあ、網枷先輩が・・・」
「それが、今日はお休みなんだよ。だから、鳥羽君が1人で慣れない事務作業をしてるんだよ、ゆかりっち?」
「えっ!?い、居ないの!?な、何で!?」
「うおっ!?え、え~と・・・病欠だね。一昨日から調子が悪かったみたいだし、念のためのお休みみたい」
「(わ、私は昔の私じゃ無い!!ちゃんと、部下の気持ちを理解しようと頑張ってる!!緋花の件だって、私なりにフォローに努めてる!!
なのに・・・何であの男はあんなことを言うの!?それに部下の悪行って何!?な、何を言って・・・)」

少し離れた場所に居る焔火と葉原が大きな声で行っているやり取りさえ、今の加賀美は聞こえていない。


『もし、風紀委員の中に「ブラックウィザード」と通じている人間が居る・・・としたら?』


「(・・・!!!な、何で今あの“変人”の言葉が出て来るのよ!!?まだ、完全に内通者が居るって決まったわけじゃあ・・・)」
「ふぅ。ガキ共はいなくなったか」
「うわっ!?」

延々と考え込んでる加賀美の傍に、“カワズ”が出現した。とは言っても、加賀美以外には“カワズ”の姿は見えていないが。
どうやら幼子達が居なくなった頃合いを見計らって、一応不可視状態に身を置いてこの場に戻って来たようだ。

「・・・“ゲロゲロ”が言ったことを、よく覚えておくといい」
「!!あ、あなた・・・やっぱり何か知って・・・!?」
「俺は何も言わない。それは、リーダーである君が答えを出さないといけないことだ。例え、君の身に何が起きようとも」
「・・・!!」

“カワズ”は、加賀美に顔を向けること無く語り掛ける。界刺得世では無く、“カワズ”としてできる限りの言葉を贈るために。

「部下の暴走。部下の悪行。それは部下の自業自得でもあり、君の自業自得でもある。君が今後もリーダーとして在り続けるなら、避けては通れない道だ。
いずれ君にもわかる。その時がもうすぐ来る。・・・踏ん張り所だよ、加賀美雅?世界の零す愚痴(プレゼント)をどう受け取るかは、君次第だ。
んふっ!ここは“詐欺師ヒーロー”らしく、空気を読んだ言葉で締め括ろうか?・・・頑張れ、加賀美雅!応援してるぜ?」
「・・・プッ!・・・嘘くさ~い。あなたから応援されるなんて・・・。背筋が何だかムズ痒くなって来ちゃった。嘘だってわかってるのに」
「酷ぇな。こっちが珍しく気を利かせてやったのに」

心外そうな“カワズ”の雰囲気に、加賀美も笑みが零れる。そして・・・確認する。心が痛くて堪らないが、それでも断行する。ひとえにリーダーであるが故に。

「・・・居るの?しかも・・・・・・私の部下に?」
「サァ?オレハナンニモシラナイ」
「・・・あなたなら・・・どうする?・・・この仮定なら?」

“カワズ”のカタコトを無視して、リーダーは問い掛ける。自身と同じリーダーに。

「・・・大事になる前に潰す。容赦はしない。必要なら・・・『本気』で殺す。どんな手を使ってでも」
「・・・!!!」
「・・・と言いたい所だけど、今は無理だねぇ。状況的に。泳がせる意味でも、こちらが目に見えるアクションを起こすわけにはいかない」
「・・・そ、そうだ・・・ね」

無意識に拳を強く握っていることに、少女は気付かない。心臓の鼓動が早まっていることにも。

「・・・あなたは少しの間どっかに出掛けるんだよね?」
「うん」
「・・・・・・ハァ(ボソッ)」
「・・・・・・一応、葉原と携帯の番号は交換してある。あいつから俺の番号を入手すればいい。期限は俺が“カワズ”で居る間だけ。
その間なら・・・リーダーについての相談くらいには乗ってやる。参考になるかは保証しないけど。
但し、俺からの情報提供はしない。それが、君達にとって生死に関わるようなことでも俺は伝えない。・・・基本的にな。ちなみに、今言ったことは全部ペテンな?」
「あ、あなた・・・!!」

“カワズ”の提案。それは、加賀美に対する極限定的なアドバイザーに“カワズ”がなるということ。
自業自得を信条としているあの“変人”の思考なら、まず有り得ない折衷案。そう考えた加賀美の疑惑の目線に応えるように、“カワズ”はその理由を述べる。

「“詐欺師ヒーロー”だからな。嘘を付こうが、騙そうが、利用しようが、最終的には子供達を守ってるって設定だし。鴉の奴にも設定を貫けって言われてるし」
「・・・プッ!子供・・・か。・・・・・・それじゃあ、“詐欺師ヒーロー”のペテンに引っ掛かってみようかな?」
「本当にいいのかい?」
「だって・・・今のあなたは“ヒーロー”なんでしょ?緋花が目指す姿とは違う、“自分を最優先に考えるヒーロー”。
あなたは・・・独り善がりじゃ無いね。自分のことばかり考えてる人間にそういう真似はでき・・・・・・そうか・・・そういう意味か・・・!!」

“詐欺師ヒーロー”の言葉に加賀美は“自分を最優先に考えるヒーロー”の真意に気付く。同時に、己の部下が盛大な勘違いをしていることにも。

「・・・気付いた?」
「うん。成程・・・そういう意味だと、確かに緋花は独り善がりだわ。これは・・・あの娘が自分で気付く必要がある。じゃないと、あの娘は成長できない。
私も、今まで気付かなかったというのが情けないけど・・・。これを今後の指導に活かさないと!・・・ありがとう・・・“ヒーロー”」
「ふ~ん。色々考えてんのな。意外~」
「・・・そこは心外なんだけど?私だって、色々考えて動いてたりするんだよ?」
「あんまり上手くいってないようだけど?」
「ううぅ・・・!!」

間髪入れずのツッコミに怯む加賀美。本人的にも、自分の処世術が上手くいっていないことを気にしているようだ。

「忠告1つ。ペテンに頼り過ぎると、痛い目見るぜ?」
「実感が篭ってるね。・・・わかってるよ。これは・・・私の覚悟が問われてるんだから!」
「・・・頑張れよ。こっからが本番だ。きっと、君の抱えるモノは凄く重いと思う。だからこそ・・・頑張れ。意地を見せろ。何があっても最後までやり抜け・・・!!」
「『何があっても』・・・か。うん、わかった。絶対に最後までやり抜くことを“詐欺師ヒーロー”に約束するよ。子供なら、“ヒーロー”との約束は絶対に守らなきゃね」

加賀美は、“詐欺師ヒーロー”の歩み寄りに感謝する。きっと、これから先は自分にとってもキツイ試練が待ち構えている。そんな気がしてならない。
本当は、独力で何とかしなければならないだろう。でも・・・やっぱり人間である以上、何かに寄り掛かりたくなってしまう。
その先が“詐欺師ヒーロー”というのは何の冗談だと自分でも思っているが、それでもその存在自体があると無いとでは大違いだ。
何より、この“ヒーロー”は今までに数々の実績を残している。目に見えるものもあれば、見えないものもある。共通するのは、過程と結果を高レベルで両立させていること。
もちろん、頼り過ぎたりしない。焔火への指導や捜査、そして・・・内通者の割り出し。
風紀委員である以上、176支部のリーダーである以上、部外者にばかり頼ることは絶対に許されない。

「・・・できるだけ、あなたには頼らないようにするよ。あなたには、あなたのやらなきゃならないことがあるんでしょ?」
「あぁ。そうしてくれると、こっちとしても助かる。後、俺ばかりを頼るんじゃ無くて別の奴にも頼れよ?そうすりゃ、俺が君に関わることも・・・」
「・・・いざという時は連絡するかも」
「・・・ハァ。その時が来ないことを祈ってるぜ?あぁ、それとおたくの娘はお返しするよ。代わりを見付けたから」
「代わり・・・?」



“カワズ”の申し出に、加賀美は疑問符を浮かべる。だが、その疑問はすぐに解決する。



「お、お前はああああああぁぁぁっっ!!!??」
「うっさいわね!!何いきなり大声を挙げてんのよ!!?」



一色の驚きの声が一帯に広がり、すぐ近くに居た鏡星が文句を付ける。何故一色が驚きの声を挙げたのか?
それは、彼の視線の先に居る金髪のツインテールの少女に原因があった。リンゴの髪留めをした少女は、姿を消している“カワズ”に向けて声を放つ。






「お、お兄さん!頼みたいことってな~に!?は、早く教えてよ!!」


少女の名は春咲林檎。かつて、救済委員事件で界刺によって病院送りにされた少女は、今再び物語の表舞台に立つ!!

continue!!

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最終更新:2012年09月08日 00:49