「“ゲルマ”先輩」
「むっ?・・・“カワズ”か・・・」
午後3時を回り、幼子達が“ヒーロー”と共におやつタイムに突入している。“ゴリアテ”等のグループに居た子供達は、お腹が満腹のために飲み物だけを手に持っている。
「言っとくけど、俺は“手駒達”の材料に『置き去り』が含まれている可能性があったなんて知らなかったからな」
「・・・それは真か?」
「あぁ。噂でスキルアウトとかを中心に漁ってたくらいしか耳にしていないよ?俺は、薬物なんかに手を出す人間に興味なんて無いからね。
一々調べようとも思わないし。そっちが買い被るのは勝手だけど、俺だって『
ブラックウィザード』について全部知ってるわけじゃ無いよ?」
「・・・確かに」
そんな中、部屋の片隅で立って話しているのは“カワズ”と“ゲルマ”。展開的には、“カワズ”の方から話し掛けている。
「“ゲオウ”先輩達も、内通者とかの詳しい情報は知ってるの?」
「いや。我輩だけだ。椎倉への連絡も我輩が行っておる」
「そう。・・・椎倉先輩に伝えといて。『俺を気にし過ぎるな』ってさ」
「んっ?」
「俺がそっちに味方するか敵対するかはさておき、今の段階から俺の動向を気にし過ぎるのは良くないよ?本当は、俺なんかより内通者の動向に気を払うべきだ」
「むぅっ・・・」
“カワズ”の指摘に“ゲルマ”は唸る。“ゲルマ”自身も、秘かに胸に抱いていた懸念。電話越しで話す椎倉の言葉の端々には、“詐欺師”の影が見え隠れしていた。
敵対する可能性もある『
シンボル』のリーダーの動向を気にするのは、ある意味では当然である。だが、それは最優先すべき事柄なのか?
自分達が今相手取っているのは、『ブラックウィザード』である。そして、そのスパイが風紀委員会の一員として居るのである。
本当に最優先に考えなければならないのは・・・果たして・・・
「俺が仕向けた面もあるから余り言えた義理じゃ無いんだけど、俺を気にし過ぎだ。気にする程度ならいいけど、過度は良くない。違う?」
「・・・その通りだ。椎倉達も頭ではわかっておるのだろうが、やはりここ最近の貴殿の働きに内心ビクついておるのやもしれぬ。
貴殿等が我輩等と敵対する可能性もあるのだ。上に立つ者としては頭が痛いであろう」
「・・・するかもね。最悪の場合は、そっちの命は保証しないから」
「・・・本気か?」
「あぁ。まぁ、その時が本当に来たら即死させないようには気を付けるけどね。勇路先輩も居るんだ。重篤でも無い限り何とかなるでしょ?」
「・・・それは、どういう場合を想定した言葉だ?」
「殺人鬼と殺し合ってる時に、風紀委員達が『本気』の俺を“邪魔”する場合。数日前に言った通り、“3条件”で言った通りさ。これも、椎倉先輩に伝えといて」
「(・・・ということは、風路兄妹のために・・・という場合は『本気』では無いということか・・・。ならば、やりようはあるか。
もし、件の殺人鬼と界刺が殺し合ってるとしても、我輩達は『ブラックウィザード』にだけ集中しておれば良いのだ。身に降りかかる場合は全力で対処し、逃げ切る。
それを徹底すれば、殺し合いに巻き込まれる恐れは低い!風路兄妹に関わる時は、こちらもできるだけ慎重に事に当たらねばならぬが)」
“ゲルマ”は“カワズ”の言葉から自分なりの推測を立てる。椎倉の言う通り、両者の戦闘に正面切って介入しないことを心掛ければ何とかなる可能性は低くない。
戦場が戦場なために、『ブラックウィザード』との戦闘もある。それについても命懸けになるだろうが、あの殺人鬼と同時に戦闘を行う可能性は避けなければならない。
風路兄妹(特に鏡子)に関しては、戦場で相見えた場合は可能な限り傷を負わせないようにすれば『シンボル』との本格的な戦闘に発展する可能性は高くない。
『シンボル』が参戦する理由があるとすれば、それは風路兄妹である。ようは、鏡子を救おうとする彼等にとっての“邪魔”レベルの介入をしなければいいのだ。
逆に、こちらが先に鏡子を救い出してしまえば『シンボル』と敵対することは無い。後は、殺人鬼との戦闘場所に近付かないように心掛ければいい。
一見理路整然として見解だが、この見解にはある盲点が存在する。それに“ゲルマ”は気付かない。表立った実害が発生していないためにまだそこまで考えが及ばないが故の死角。
風紀委員達が、東雲という男のことを伝聞でしか知らない―界刺は実際に対面し、その本気度を知っている―ために発生した盲点。“ゲルマ”が殺人鬼と対面していないのも大きい。
そして、実際に東雲と対面した“カワズ”もあえて言わない。まだ可能性の段階である。そもそも、“カワズ”は『風紀委員達の仲間では無い』し『完全な味方でも無い』。
何より、そのことを指摘すれば自分に対する注意が更に増して、『ブラックウィザード』の捜査に支障が出かねない。そうなれば本末転倒である、
「・・・わかった。椎倉達には、そのように伝えておこう」
「・・・そう。なら、しばらくはお互いに“ヒーロー”業を頑張りましょうかね」
「・・・“閃光の英雄”としてか?」
「・・・いんや。“詐欺師ヒーロー”として」
“ゲルマ”は、“カワズ”がかつて“閃光の英雄”と呼ばれたことを知っていた。その時はまだ風紀委員では無かったが。
「・・・そうか。ならば、それまでは我輩達は同士ということだな。ならば・・・」
「わかってる。可能性は・・・低くない。動くかどうかはその時次第だけど、これに関しては俺達も完全無視だけはしないつもりさ。同行の理由上ね」
それは、『太陽の園』のこと。この施設に住む『置き去り』達は、もう少しすれば一時的に別の施設に預けられる。
つまり、その時を『ブラックウィザード』が狙って来る可能性がある。また、買収側or売却側orその両方が『ブラックウィザード』と繋がっている可能性も考えられる。
「それで十分。本来であれば、これは我輩達の責務である。貴殿等に負担を掛けることは可能な限り避けねばな」
「・・・やっぱり、アンタはしっかりしてるな。真刺が世話になってるだけのことはある」
「褒めても何も出んぞ?」
「・・・俺は、自覚と責任をしっかり持ってる人間には力を貸す。椎倉先輩だったり、破輩だったり、アンタだったり・・・。
持ち切れていない人間には不十分に力を貸す。全く持ってない且つ持とうとさえしていない奴には、力を一切貸すつもりは無ぇ。
その中でも、アンタは人一倍しっかりしている。アンタみてぇな人間ばっかりが風紀委員だったら、俺に惑わされずにもっとガンガン仕事に励んでるだろうに」
「我輩みたいな人間ばかりでいいのか?」
「・・・いや、やっぱ撤回するわ。筋肉ムッキムキばかりの職場なんて、想像しただけで暑苦しい」
「だろう?人間誰しも違っていて当然!!だからこそ、面白い!!」
「だね。色んな奴が居るからこそ、世界ってのは面白い」
“カワズ”と“ゲルマ”は互いに笑いを零す。一方は苦笑いを。もう一方は柔和な笑みを。
「・・・この件が終わったら、『シンボル』の活動はしばらく休止するつもり」
「・・・・・・それは、我輩達にも責任があるのか?」
「うん。てか、大半が」
「即答だな・・・。済まぬな」
「・・・そう思うのなら、1つ頼めるかな?この件が終わった後でいいからさ」
「むっ?何だ?」
「え~と・・・(ゴニョゴニョ)」
「・・・・・・」
元々小さな声で会話していたそれが、更に小さくなる。内容については・・・いずれ別の機会に語られることとなるだろう。
「・・・・・・・・・わかった。貴殿の頼み、確かにこの“ゲルマ”が承った」
「・・・注意してね?」
「あぁ。先方にもしっかり伝えておく」
「・・・ありがとう」
「・・・にしても、大した用心深さである。普段から、そういう思考を癖付けておるのか?」
「どうかな?まぁ、色々考えてるのは事実だけど。アンタが、毎日筋力トレーニングをしてるのと同じことかも」
「普段からの行いか・・・。確かに、それはとても重要なことだ」
普段からできていないことを、いざ本番の時にできるわけが無い。“カワズ”も“ゲルマ”も、普段から励んでいるからこそ何時でもその力を発揮できるのだ。
「さて。とりあえずは、“ヒーロー”業の傍ら『太陽の園』を買収する会社や担当者の名前を探らないと」
「施設主が直接交渉をしておるらしいな。その方にそれとなしに聞いた方が・・・」
「その前に、俺の『光学装飾』でサーチしてみるよ。もしかしたら、机の上とかに名刺みたいなのがあるかもしれねぇし」
「成程」
「もちろんわかった段階で調査はするけど、それを施設主とかに教えちゃ駄目だよ?連中を引っ掛けるためにも・・・」
「事が起こる直前までは動いてはいかん・・・ということだな。わかっておる。危険を伴うが、我輩達が今最優先すべきことは『ブラックウィザード』の尻尾を捉えること」
「次に優先しなきゃいけないのは、一般人の安否だね。最優先とほぼ同レベルだけど、それでも念頭に置かなきゃいけないのはここに来た“目的”だからね」
「・・・貴殿も中々に辛辣であるな。そのことを、何故あの娘にも教えてやらぬのだ?」
「・・・教えてもわかんねぇだろうからさ。あの馬鹿は、命の危険を味わうくらいの衝撃が無いと心底理解できねぇタイプだと思ってるし。
んふっ・・・俺とあいつが言ってることって実は殆ど同じなんだよ。『“自分”が望んで“他者”のために戦う』。『“目的”や“信念”の下』って言葉が頭に付くけどね」
「『“自分”が望んで“他者”のために戦う』・・・か」
“カワズ”の言葉を復唱する“ゲルマ”。『“自分”が望んで“他者”のために戦う』。これはとても大事な根本であり、重要な根幹でもある。
「そんでもって、最優先をどちらに置くかってだけの話なんだよ。これは、時と場合によっても変動するかもしんねぇけど。所謂優先順位ってヤツだね。
んで、最優先するのが“自分”だろうが“他者”だろうが、それは最優先にするってだけの話だ。無視するってことじゃ無い。優先するように心掛けるよ?
極論を言えば、“目的”・“信念”や状況次第で最優先をどっちに置いてもいいんだ。選ぶのは当人の自由さ。俺の場合は、“自分”にばっかり重さの無い重りを付加してるけど。
俺の“目的”はいっつもこうさ。『俺の“信念”が正しいことを世界に証明する』。だから“自分”を最優先にする。だからさ・・・俺は風紀委員になりたくないんだよね。んふっ♪」
「・・・つまり、貴殿もあの娘が抱く想い自体は否定せぬのだな?」
薄々は気付いていた。あの部屋でこの男は焔火にこう言った。『俺は今の君が考える理想の“ヒーロー”なんかになりたくない』と。
そう・・・なりたくないのだ。なりたくないだけなのだ。
焔火緋花が目指す“ヒーロー”の存在自体を否定はしていないのだ。
『自分のことを最優先に考えられない人間に他者を救えるわけが無い。俺は、そう考えているからね』とも言っていたが、これもこの男がそう捉えているだけなのだ。
焔火緋花がこの意見に恭順する必至は無い。自分の想いを歯牙にかける必要は『本来』無い。彼女が本当に“他者”を最優先に考えられるだけの確固たる信念を持っているのならば。
「・・・んふっ。抱いている想いが偶像でなかったら、ここまで言わないけどね。あの部屋で言った時からそんな匂いがしてたからな。
つーか、あの時言った『俺はなりたくない』てのは、あいつが目指す“ヒーロー”が形だけで中身が無い在り方だったってのもあるし。
でもね、戦う理由を全て“他者”に預けちゃいけないよ。じゃないと必ず行き詰る。これだけは絶対に譲っちゃ駄目だ。だからこそ自分の行動に納得できる。どんな結果でも後悔はしない。
その点、今のあいつは“自分”が極端に弱ぇ。そのせいで、戦う理由を“他者”に依存している。バランスが崩れてる。あいつが目指してる“ヒーロー”の性質上、それはマズイ。
“ヒーロー”ってのは、殊更“他者”に求められ、望まれる在り方だ。だからこそ、“他者”と“自分”の境界線はキッチリ引かないと。でないと、“自分”を見失う羽目になる。
あいつの場合は、抱いてるモンの根っこが偶像だからお話にならねぇ。最初から自分だけの“信念”を持ってねぇ。・・・あいつだけのせいじゃ無いってのはわかるんだけどな」
「よくよく、貴殿は“他者”を最優先にするのを嫌っておるな。その徹底振り・・・過去に何かあったのか?・・・・・・“閃光の英雄”と呼ばれていた時期・・・か?」
「さてね。それにさ、戦う理由を全部“他者”に預けてどうすんだよって話だ。そういう奴に限って窮地になった時に“他者”を僻むんだ。世界を怨むんだ・・・と俺は思ってる。
殊更“他者”に戦う理由を預けてる今のあいつなら、抱いた矛盾に気付いた時点で自分を許せなくなるだろうな。
献身も行き過ぎりゃあ“他者”にとっては迷惑でしか無くなる。本当に“他者”を最優先に考えるなら、“線引き”をしっかりやらねぇと」
「(・・・やはり、“閃光の英雄”時代に何かあって“他者”より“自分”を最優先するようになったのか?
椎倉が言うには、内実自分勝手で独り善がりだったそうだが・・・“自分だけ”だったそうだが・・・。“ヒーロー”・・・か)」
“カワズ”は、苦笑いも程々に自分の考えを述べ続ける。葉原から話を聞いた限り、焔火が“ヒーロー”に憧れる切欠となった緑川に対して幾つか注文を付けたいとは思った。
風紀委員になったからといって、それだけで“ヒーロー”になれるわけが無い。そこら辺を、もっと丁寧に教えてやるべきだったのだ。
幼いから理解できないという可能性はわかるが、そのせいで焔火は偶像を心に深く刻み付けてしまった。だから、今彼女は苦しんでいる。
「あいつ自身が本当に理解した上で納得するには、一度あいつの根本をギリギリまでぶち壊す必要がある。その上で、あいつ自身が歯ぁ食いしばって自分の根本を建てる必要がある。
これは短期的な方法だ。長期的になら徐々にってのも1つの方法だけど、そんな甘っちょろい流れじゃ無ぇだろ?今の状況はよ?
あいつは、未だに偶像から完全に抜け出せていねぇ。あれは与えられたモンだ。自分が見出したモンじゃ無ぇ。そこに気付けるかが・・・鍵だ。
根付いているモノを短期間で除去するってのがどんだけメンドイのかは、“負け犬根性”を根付かせたバカなお嬢様相手に実践済みだけどね。
あの時は“講習”だったけど・・・今度はモノホンの戦場だ。どうなるか・・・まぁ、俺には関係ないけどね」
「・・・本当に辛辣であるな。貴殿とて、様々な者に影響を与えているだろうに。・・・もしや、その“線引き”を区分けするために意図して嫌われるような手法を採っているのか?」
「・・・・・・どっちかっていうと、それは俺じゃ無くて債鬼だな。まぁ、俺もその手の方法を採る場合はあるけど。反面教師って言葉が最適だな」
「(いや・・・貴殿は貴殿で壊滅的なファッションセンスや常の態度によってそれ相応に嫌われておるぞ?)」
「何せ、そいつに負けないように必死こいて自分なりの考えを求めるからな。弊害とかもあるけど。わかっててやってる分、そいつには相応の覚悟ってのが根付いていると思うよ?
そもそも、全面肯定して他者の色に染まるよりかはよっぽどマシだ。思考停止してる奴に成長は望めねぇ。陰口叩いて傷を舐めあうようなことを本気でしてる奴等は、それこそ大馬鹿だ。
自分(テメェ)が、そいつが一体何をしてきたのか。生み出した結果が何を齎すのか。それを考えりゃ、自ずと答えは出る。あの真面目そうな真面(ヤツ)は、そこら辺に気付けるかな?
そして、他者の長所に“しか”注目しねぇあの焔火(バカ)は他者依存にド嵌り中ってこと。短所ってのは目に見えやすい分殊更注目しない場合が多い。あいつはその典型例だ。
本当の意味でヤバイ短所は、見え難い長所以上に注目しないとわかんねぇこともある。そんなあいつも、債鬼や葉原達のおかげで何とかもがけているって感じかな?」
2人の脳裏に浮かんでいるのは、意図せずに与えられた“ヒーロー”という名の偶像から抜け出せていない少女。
あの部屋に居た者として、“カワズ”に指摘されて顔を蒼白にしていた少女の姿を“ゲルマ”は何時でも思い浮かべられた。
「おそらくは、貴殿の言葉も大きいと思うぞ?貴殿風に言うならば、固地の辛辣極まる言葉に親友である葉原の温かい言葉。両者の内、どちらが欠けてもいけない状態であった。
そこで、固地の離脱。本当であればバランスが崩れる筈だった天秤が何とか保っていられるのも、貴殿の檄のおかげではないのか?昨日のように」
「・・・椎倉先輩から聞いたの?」
「あぁ。貴殿や固地のおかげで、あの娘は他者の短所にも目を向け始めた。長所と短所。人間たる者、完璧な存在は有り得ぬ。故に、その2つをしっかり認識する必要がある。
全部を把握するのは無理かもしれんが、その努力は怠るべきでは無い。フッ、あの娘も少しずつではあるが成長しておると思うぞ?それは、貴殿にもわかっているのではないか?」
「・・・・・・」
“カワズ”は返答しない。照れ臭いのか、認めたくないのか、あるいは・・・。
「“カワズ”よ!!」
「うおっ!?“ゲコ太マン”!!?」
そんな最中に声を掛けて来たのは、“ヒーロー戦隊”のリーダーである“ゲコ太マン”。
「少し話したいことがある!一緒に来てくれ!!」
「・・・わかった」
そう言って、2人はこの場から離れて行く。その姿を見送った“ゲルマ”は、これからどう動くべきかを慎重に考え始めていた。
「準備できたよぉ」
「い、勇君・・・。む、無茶しないで・・・グスン」
「男なら泣くんじゃねぇー!!こうなったら、俺が手本を見せてやるぜー!!白黒ハッキリつけたらあー!!」
「“ピョン子”!何で相撲勝負になってんだ!?」
「あ、あたしだってわかんないよ!!あの生意気なガキンチョが急にしゃしゃり出て来たと思ったら、仮・・・“ゴリアテ”さんが『勝負なら相撲』なんて言い出して・・・」
日照りに若干の翳りが見えて来た頃、ここ『太陽の園』にある運動場ではいち早くおやつを食べ終わった子供達と“ヒーロー”達で賑わっていた。
「・・・“ピョン子”ちゃん。・・・“ゴリアテ”先輩は、最近あった相撲の全国大会でも優勝したんだって」
「マジ!!?スゲー!!!」
「一見脂肪だらけに見える身体に秘められたパワーか・・・。僕や“ゲルマ”も負けてらんないな」
彼等彼女等が今から行おうとしているのは、即席の相撲勝負。先程“ピョン子”が泣かしてしまった子供が、同学年のガキ大将に泣きついたのが切欠である。
その大将―
臙脂勇―が、“ピョン子”に決闘を申し込んで来たのだ。
『“ピョン子”!!この臙脂勇と決闘しろー!!!』
おやつタイムの前に、“ゲコ太マン”達と一緒に偽者のヒーロー“カワズ”を叩きのめしたことが臙脂の心にある種の自信を付けたのかもしれない。
彼は特撮モノが大好きな子供で、特に主人公―つまりは“ヒーロー”―になりきることが彼にとって何より重要なことであった。
現に、今の臙脂はある戦隊モノの主人公のお面を被っている。
「ボクが行司を務めるからね。能力の使用は×。さぁ、両者共前に」
「よっしゃー!!!」
「たりーな。こんなガキンチョ相手に・・・(ブツブツ)」
“ゴリアテ”の合図を受けて、臙脂と“ピョン子”は土俵の上で相対する。事前の作法等は省略し、いきなり雌雄を決する。
「はっきょーい・・・」
「(いくぜー!!!)」
「(幾らあたしが小さいからって、小学低学年の奴に負けるわけが・・・)」
「のこった!!!」
「だああああああぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!!!」
「ぐおっ!!?」
勢い良く突っ込んだ臙脂の思わぬ力に、“ピョン子”は驚愕する。自分が想像していた以上に、このガキ大将には力があった。
それもその筈、臙脂は運動神経が抜群で暇さえあれば趣味の昆虫採集のために方々を駆け回っている。喧嘩も同学年の中でもかなり強い。
対する“ピョン子”は学績・能力強度には抜群の結果を出すものの、運動面においては体格もあってか同学年のレベルを下回っていた。
本人としても、己が体格の貧相さを気にしていても汗水垂らして体を鍛えようとまでは思ってこなかった。対等な喧嘩なんてまずやらない。故に・・・
「どりゃー!!!」
「キャッ!!?」
ドスン!!
「そこまで!!勝者・・・臙脂勇!!!」
「勝ったぞー!!!」
「「「うおおおおおおおぉぉぉぉっっ!!!!!」」」
「そ、そんな・・・」
決まり手は外掛け。見事勝利をもぎ取った臙脂に、観戦していた子供達が集まって行く。一方、自分より年下に敗北した“ピョン子”は失望感に苛まれていた。
「(く、くそ!!くそ!!あ、あんなクソガキ・・・あたしの『音響砲弾』でやっちまえば、すぐにでもぶっ倒せるってのに!!!そうだ。こうなったらマジで『音響砲弾』を・・・)」
「大丈夫かい、“ピョン子”ちゃん?」
「うわっ!!?」
邪な心に覆われていた“ピョン子”の傍に“ゲオウ”が近付いて来た。
「もし、何処か怪我とかしてたら遠慮無く言うんだよ?傷の度合いにもよるけど、『治癒能力』ですぐに治してあげるから」
「・・・・・・」
純粋な親切心からの申し出。それが心底理解できたからこそ、“ピョン子”は自分に苛立ちを募らせる。
今までの自分なら、こういう時にこそ愛嬌を振り撒いてチヤホヤして貰っていた。相手の顔色を伺い、自分の印象を相手が望む方向に変化させ、結果として自分にとって都合の良い形にする。
それが今までの
春咲林檎。何時もの
パターン。身に付いた癖が顔に表れようとする。それを懸命に抑えようとして、ストレスが溜まる。堂々巡り。
でも、今の自分は優しい言葉を掛けてくれた“ゲオウ”に対して取り繕うとは思わなかった。
『自信を身に付けたいんなら・・・逃げるんじゃない』
それは、かつて碧髪の男に心身共にボコボコにされた日から変化してしまったモノ。
春咲桜という少女のために、己が能力を封じてまでケジメを付けた“変人”の有り様に、林檎は甚大な衝撃を受けた。
『確固たる自信』を持つ男。その生き様に確かな憧憬を抱いた。今までの自分が酷く惨めに思えた。逃げてばかりの自分で・・・居たくなかった。
だから、こうやって同行している。今までやったことのないボランティア活動は、とてもストレスが溜まる。内心では逃げたくて堪らない。
でも、ここで逃げたら終わりだ。そう、自分の心に語り掛けて来る“声”がある。故に、彼女は踏み止まる。自分を変えるために。
「ムカつくことばっかりで、イライラするよ。・・・自分を変えるのって、こんなにしんどいんだなぁ・・・」
「・・・変わりたいのかい?」
「うん。・・・今のあたしは、自分の悪い所を直してる最中。“ゲオウ”さんの言ってることとはズレてるけど、『なおす』ってのは並大抵じゃないんだって痛感してるよ」
「・・・」
「あのお兄さん風に言うなら自業自得だから、文句を言っても始まらないのはわかってるんだ。言い訳ばっかり言ってるのも自覚してる。そんな自分に辟易してる。
こんなことなら、もっと早くに気付いときゃよかったよ。そうすれば、自分の素をもっと前面に押し出せたのに。あたしってバカ。
“ゲオウ”さんや“ゲルマ”さんみたいに、早くに気付いていればもっと体も鍛えてただろうし。あんなガキンチョに負けることもなかったのに・・・くそ!」
「クスッ。でも、君の言う素はこうやって僕に見せられているじゃないか」
「・・・これでも意識的にやってるんだよ?意識してないと、どうしても言い訳を言っちゃうから。今の言葉だって言い訳がましいし」
「成程。大変だね」
「ホント大変。苦労ばっかりしてる。でも・・・何でかわかんないけど新鮮な気持ちが湧いて来るんだ。ムカつくことばっかりなのに・・・何でだろ?」
“ピョン子”は自分の胸に手を置く。今抱いている思いを確かめるように。その思いに尊さを感じているために。
「・・・実はね、昔の僕ってすごく貧相な体だったんだ」
「えっ!!?嘘っ!!?」
「本当。幼い頃は病弱だったことが原因で、碌に外で遊ぶこともできなかったんだ。さっきのように外で遊ぶ同年代の子供達を見て、すごく複雑な気持ちを抱いていたよ。
『何で、僕はあそこに居ないんだ』、『何で、僕はこんな体で生まれてきたんだ』って」
勇路映護。今では美しい筋肉美を誇っている彼も、幼い頃は病弱でまともに外で遊ぶこともできなかった。
当然体付きは華奢で、それが原因でイジメも受けた。そんな自分を変えるために、勇路は自身の体を鍛えることを決意する。
もちろん、病弱なのを考慮して最初は軽めのトレーニングから始めた。徐々に、トレーニングの負荷や量を増やしていった。
時々無茶をして、その度に体を壊した。それでも、彼は諦めなかった。自分を変える。そう固く決意したからこそ為せる業であった。
「能力のレベルが上がったこともあってか、自分の体は逞しくなった。病気もしなくなった。貧相な体から・・・僕は脱却した」
「すごいね。“ゲオウ”さんは、ちゃんと変われたんだね。自分の力で」
「でも、天は僕に更なる試練を与えた」
「えっ?」
「僕は変わった。貧相な体から、逞しい体に。でも、周囲から聞こえてくるのは僕が変わったことに対する落胆の声だった」
トレーニングに一定の目処が着いたのは、成瀬台高校2年生の秋頃であった。生まれ変わった自分。風紀委員にもなった。これで、誰からも苛められることは無い。
そんな彼に待ち受けていたのは、これまでの道程に対する落胆の声だった。勇路は、同姓から見ても美青年の部類に入る少年であった。
但し、鍛えに鍛えた筋肉が美顔と些かアンバランスであった。その理由をクラスメイトに尋ねられた勇路は、これまでの自分の努力を語った。
『何て勿体無いことを』
返って来た最初の反応は惜しみの声であった。別段、クラスメイトに悪気があったわけでは無い。素直な感想を述べただけのこと。
もう少し筋肉を落とせば、それこそ勇路は顔・体共に抜群のスタイルを誇る超美青年になれる。そう思ったからこその言葉。
だが、勇路からすればその感想は自身の努力の否定と同義であった。彼等が言うことも理解はできる。だが、心では納得できるわけが無い。
幼い頃の経験から、今まで必死になって努力して来たことを否定される。温厚な彼は、その怒りを誰かにぶつけるようなことはしなかった。
但し、その頃からある奇行が発生するようになった。それは、体の露出。
本人に露出癖は無いのだが、怪我人の止血の時に服を破いたり、犯人との抗争で服が破けたり、立てこもり犯との交渉のときに丸腰になるために 服を脱いだりなど、
何故か事件に関わると最終的に全裸になるというジンクスを抱えてしまうようになった。
『学園都市一全裸の似合う男』、『裸で出歩いても許してしまいそうな肉体美』、『成瀬台の裸王』等の不名誉な異名を面白半分で付けられ、内心では酷く憤慨した。
だが、露出癖は一向に改善しない。この癖で、更に自分の行いに落胆(=否定)する生徒が増えた。様々な思いを抱えていたある日、あの男が成瀬台支部の門を叩いた。
『今日から成瀬台支部に所属することと相成った
寒村赤燈である!!よろしく頼む!!!』
今年に入ってから成瀬台支部に所属した寒村赤燈に出会ったのが、勇路の転機であった。同学年ながらクラスが違っていた2人は、それまで会話したことも無かった。
勇路自身、ものすごい筋肉ダルマが同学年に居るというのはかねがね耳にしていた。
行事の折にその姿を見掛けることはあったものの、やはり別クラスであったために接触の機会が無い。特段問題を起こす人間では無かったため、風紀委員としても。
そんな彼が同じ支部に来た。体を鍛えているという点から、2人が親友と呼べる間柄になるまでに時間は掛からなかった。
筋肉をこよなく愛し、筋肉信望者であり、筋肉の素晴らしさを語る親友に勇路は心に底に溜まっていた邪念が溶けて行く感覚を得た。
寒村は、勇路の歩んで来た道を心の底から認めてくれた。それが・・・途轍も無く嬉しかった。
「唯、1つだけ気掛かりなことがあった。それは、『どうして、事あるごとに裸になってしまうのか』。自分ではなるつもりが無いのに、それだけが理解できなかった。
だから、寒村の薦めもあって緑川さんという警備員に相談しに行った。あの人も筋肉を愛する先達者だったから、僕も遠慮無く自分の思いを吐くことができた」
あれは、同僚の速見の強化作戦が失敗した直後だった。『筋肉探求』という筋肉を鍛えるための青空教室を開いている
緑川強に、寒村を連れ立って会いに行った。
1人の大人としても尊敬できる緑川に、勇路は思いの丈を全て伝えた。数十秒後、緑川は勇路にとんでもない檄を放った。
『隠せないなら隠すな!!むしろ、隠そうとするな!!お前の本当の姿を・・・ありのままの姿を見せてやれ!!』
緑川は、勇路の思い全てを理解していたわけでは無い。言うならば、本能的な勘。その言葉が今の勇路には必要だと思ったがために、有りのままの本音を伝えた。
実は、勇路には心の何処かで自分が変わった姿を周囲に見せ付けたいという欲求があった。過去の経験から生じる無意識の欲求が、彼が全裸になる原因になっていたのだ。
この理由は、緑川・勇路共に明確に理解はできていない。だが、緑川の言葉に勇路は感動した。自分の意思や在り方を見守ってくれる大人の勇姿をそこに垣間見た。
勇路(と寒村)にとって、その瞬間に緑川は師匠的存在となった。以降、勇路は自分のありのままの姿を曝け出すことを信条とした。
周囲の意見に殊更左右されるのでは無く、自分の裸の姿を曝し続ける。そうすれば、自分は自分で居られる。そう、信じ切れる何かを親友と恩師から受け取ったから。
「・・・“ゲオウ”さんもすごく苦労したんだね」
「うん。でも、そのおかげで今の自分が居る。たゆまぬ努力と、それを色んな意味で嗜め、認めてくれる存在に出会えるか。人が成長するには、この2つが重要なポイントになるんだと思う。
君は・・・誰に認めて貰いたいんだい?君自身が必死になって変わろうとしている努力をさ?」
「・・・・・・」
自分を認めて欲しい存在。それなら、誰でもいいから認めて貰いたい。特に、姉である躯園や桜、両親には自分が変わった所を見て貰いたいと思う。
でも・・・何故だろう?今頭に思い浮かべているのは、そのいずれでも無い。脳裏に現れたのは・・・胡散臭い笑みを浮かべる碧髪の男。
「・・・あのお兄さんに認めて欲しい。あのお兄さんと出会ったから、あたしは変わりたいと思うようになった。
本当なら家族に認めて貰いたいって思うのが普通なんだけど、今のあたしにはその資格が無いや。だから・・・」
「・・・そうか。なら、頑張るんだ。きっと、彼も君のことをちゃんと見ていると思うよ?」
「うん。それはわかってる。何せ、あたしと同じくらい面倒だった姉ちゃんに最後まで付き合ってたくらいのお人好しだもん。
あたしの素を事も無げに引き出したスッゲェ人だもん。あのお兄さんがくれた機会を・・・絶対に無駄にはしない。よ~し!!やってやる!!」
そう決意した“ピョン子”は、未だにワイワイうるさくはしゃいでいる子供達の輪に突き進んで行く。
「オラァ!!勇ってガキンチョ!!!もう一度あたしと勝負しろぉ!!!もちろん、能力を使わずになぁ!!!」
「おぉー!!“ヒーロー”からの再挑戦状だー!!うし!!受けて立ってやる!!」
「“ピョン子”と勇君がもう一回勝負する・・・!!皆ァー!!集まれェー!!!」
“ピョン子”の挑戦を受けて立つ臙脂。その情報は、瞬く間に子供達に広がり、輪が更に大きくなって行く。
「・・・あの女も色々抱えてたんだな・・・」
「“ゲロゲロ”?」
仮面を外して荒ぶっている“ピョン子”に目を細くしていた“ゲオウ”に、“ゲロゲロ”が話し掛けて来た。
実は、“ゲロゲロ”は木陰に隠れて2人の話を聞いていた。ちなみに、“ゲロゲロ”の正体を“ゲオウ”・“ゲダテン”・“ゲコイラル”は知らない。
「・・・人ってのは、たとえ肉親相手でも隠してたり引け目に思ってる部分があったりするモンなのかもな」
「・・・かもね」
「アンタも、相当苦しんでたんだな」
「余り主張するようなことじゃ無いんだろうけどね。あの娘を見てたら、他人事じゃ無いなって思っちゃってね。つい、自分の苦労話を語っちゃった」
「・・・俺も似たような気分だよ。あのくらいの女を見てると・・・どうしてもな」
「ん?それは?」
「・・・俺の妹さ」
“ゲロゲロ”が手に持っているのは、男女1組が腕組みをしながらピースしている写真であった。男の方は照れ臭そうに、女の方は満面の笑みを浮かべて。
本当なら、風紀委員なんかに見せるべきものではないのかもしれない。自分が嫌う存在に。だが、それでも彼は写真を見せた。彼もまた、必死に変わろうとしている人間だったから。
「可愛いね」
「当たり前だ。俺の妹なんだぜ?」
「お兄さんに懐いているんだね。腕組みをしてる所から見ると」
「・・・何か、腕組みをしてなきゃ仲が悪いみたいに聞こえるが?」
「思春期の兄妹は、色々と難しい面があるんじゃないかなって思っただけだよ。気を悪くしたのならごめん」
「いや・・・そうかもしれねぇ。俺も、妹のことを全部わかってたかって言われたら・・・そんな自信は無ぇよ。
思春期が理由というか、妹の頼みもあってこいつの部屋に行く回数も減ってたしな。何か深い悩みを抱えている・・・かもしれねぇ」
もしかしたら、能力が向上しないことを原因として己が妹は自分の意思で薬物を服用した可能性がある。
そんな彼女に、兄である自分は何もしてあげられなかった。気付いてあげられなかった。それは、紛れも無い事実だった。
「そこまで考えているなら、今からでもいいから妹さんのために動いてあげたらいいんじゃない?」
「・・・一応色々と動いてはいるんだけどな」
「・・・その感じだと、余り芳しく無いみたいだね?」
「・・・あぁ」
「ふ~む。余り家族関係に他人が首を突っ込むのはよくないんだろうけど・・・こうなったら人肌脱ぐか!!」
“ゲロゲロ”の言葉から事の深刻さを感じ取った“ゲオウ”は、少しでも彼の力になってあげようと言の葉を紡ぐ。
「アンタ・・・」
「もし、君が良いんだったら僕が力になるよ!本当になれるかどうかはわからないけど、君達兄妹のために人肌を脱ぐ所存さ。
僕じゃ力になれなくても、僕の同僚なら君の力になれるかもしれない!最後は君と妹さん次第になると思うけど、それまでだったら他人の僕等でも力になれると思うんだ!!」
「(・・・あの人の言う通りなのかもしれねぇ。確かに、成瀬台の風紀委員は俺でも信じることができる人間なのかもしれねぇ。
葉原って176支部の風紀委員から俺のことを聞いた上で、俺を引き入れるような演技をしてる風にはとてもじゃないが見えねぇ。
こいつは、間違い無く本音を言ってる。こいつ等、俺のことを知らされてねぇのか?単独行動とか言ってたから、それも有り得るのか・・・?)」
“ゲオウ”の言葉に、嘘偽りは感じ取れなかった。心の底から自分達を心配し、自分達の力になろうと立ち上がる漢の姿は、“ゲロゲロ”の凍った壁を溶かしつつあった。
「・・・もしかしたら・・・頼むことになるかもな」
「何時でもいいよ?あぁ、今の僕等は色々立て込んでいるからタイミングが合わない時があるかもしれないけど。その時はごめんね」
「わかってる。・・・ありがとな」
人は積み重ねることでしか成長できない。それは、努力であったり、偶然・必然を含めた経験であったり。だからこそ、人は茨の道を歩む。己が手に掴みたいモノがある故に。
continue!!
最終更新:2012年10月26日 15:51