「どりゃあぁー!!!」



ドン!!!



「く、くそっ!!」
「俺の勝ちだあぁー!!」
「勇君スゴーイ!!!」
「勇君って僕等の“ヒーロー”だもん!!“ピョン子”にだって負けるモンかー!!!」
「だよねー!!」

相も変わらず相撲勝負に明け暮れている臙脂と“ピョン子”。臙脂は、同学年や下級生からは“ヒーロー”的存在として慕われていた。
彼が戦隊物、その中でも主人公(=“ヒーロー”)が大好きなこともあり、休み時間等を使って臙脂を中心に戦隊物ごっこ―“ヒーローごっこ”―をするのが『太陽の園』の日常であった。

「・・・で?まさか、俺を呼び出したのはこの光景を見せるためじゃ無ぇよな?」
「何を言っている?この光景をお前に見せるために、ここへ連れてきたのだぞ!!」
「はぁ?」
「昨日、今日のお前は“ヒーロー”としては不十分な働きだったからな。いい薬になると思った。
臙脂を見てみろ!!あんな小さい子供が、“ヒーロー”を務めようと一生懸命になっている!!少しは見習ったらどうだ、“カワズ”よ?」
「そもそも、俺は“ヒーロー”になんてなるつもりは無ぇっつーの。お前等が勝手に設定して俺に押し付けてるんじゃねぇかよ」

そんな子供達を遠くから見守っているのは、“ゲコ太マン”と“カワズ”。“カワズ”は、“ゲコ太マン”に連れられてここへ足を運んだ。

「だが、昔は“閃光の英雄”と呼ばれる程に猛々しかったのだろう?軽くだが、仮屋から当時のことを聞いたぞ?」
「・・・余計なことを・・・」
「何故、お前はそんなにも“ヒーロー”になりたがらないのだ?幼き頃なら、一度は誰もが夢見る筈だ。『“ヒーロー”になりたい』と。
例え、今の姿が演技であったとしても、心に根付くモノは“ヒーロー”そのものだ。俺はそう自負している。お前はどうなんだ?」

“ゲコ太マン”は、前から疑問に思っていた。“ヒーロー”の設定を決める際に、“カワズ”はとことん嫌がった。
最初の質問で“詐欺師ヒーロー”という回答を引き出していなければ、この男は最後まで“ヒーロー”を演じることに抵抗しただろう。
そうまでして“ヒーロー”になりたくない理由が、自分にはわからない。目の前の男は、“ヒーロー”になり得る力を持っているのに。何故・・・?

「・・・俺は“ヒーロー”じゃ無ぇよ。よくて、“詐欺師ヒーロー”か?」
「・・・悉く意味不明な奴だ。誰からも反感を買い、誰からも嫌われる“ヒーロー”にでもなりたいのか?それを“ヒーロー”と呼べるのか?」
「ガクッ!!お、お前にだけは言われたく無ぇな。・・・なぁ、鴉?」
「・・・何だ、界刺?」
「“ヒーロー”ってのは、周囲からどんな風に見られると思う?」
「ふむ。『頼りになる』とか『すごい人』とか・・・そんなありきたりな感じではないか?」
「そうだ。別に、誰もが“ヒーロー”に特別な感情を抱くことなんて無ぇ。大部分は普通の感情を抱くだろう。ありきたりな感情を、極自然に」
「それで?」
「ありきたりな感情だからこそ、そいつ等は気付かない。その感情が、“ヒーロー(たしゃ)”への依存と自分の卑下に繋がる危険性があることを」

“カワズ”としてでは無く、界刺得世として己が本心を語る。それに呼応するかのように、“ゲコ太マン”も啄鴉として碧髪の男の言葉を耳にする。

「それは、別に“ヒーロー”に限った話では無いと思うが?」
「そうだよ?鴉の言う通り、これは“ヒーロー”に限っての話じゃ無い。でも、確かに“ヒーロー”という在り方にそれは含まれている。
んで、俺はそれが嫌だ。“ヒーロー”と呼ばれることで、無意識的にそんな感情の流れが発生するのが嫌だ。俺は、自分を卑下する人間が大嫌いだし」
「『シンボル』のリーダーとして、風紀委員を引っ掻き回しているのは?近頃は、『シンボル』もそれなりに名が通るようになったぞ?」
「・・・さっき確認を取ったけど、俺を意識し過ぎているみたいだから忠告してやった。『俺を気にし過ぎるな』ってさ。
風紀委員に選ばれるくらいだから、もうちょっと自分ってヤツを持ってるのかと思ってたけど。どうやら思い違いをしていたみたいだ。人それぞれってヤツ?俺もまだまだだね」
「己に対抗し得るモノを持っていると見做していた奴等への信頼・・・成程。それが、所謂他者への依存なのだな?」
「その側面はある。信頼と依存はすごく似通ってるからね。俺も気を付けてたりするけど、時々間違える。
まぁ、普通の生活をしているなら信頼でも依存でもそこまで大きな問題にはならないとは思うけど。
だけど、“ヒーロー”は違う。“一般人”からの視線を一挙に集めるあの在り方は、“ヒーロー”が輝く場所を考えればすごく面倒なことになりかねない」

界刺は昔を思い出す。かつて成瀬台で“閃光の英雄”と呼ばれていた際、“不良”以外の生徒からは期待と羨望の眼差しを向けられていた。
自分としては、“ヒーロー”になるためにやっていたのでは無い。ある目的を達成するための手段として利用し、“不良”共を叩き潰していたのだ。
だが、そんな事情は彼等にとっては関係無かった。“ヒーロー”が抱く思いや葛藤を理解しようとせず、あるいは理解し切れず、自分の価値観を“ヒーロー”に押し付けた。
同時に起きたのが、己に対する卑下の感情であった。必要以上に“英雄”を評価し、崇め、自身を傷付けた。例えば、成瀬台の廊下をすれ違う際に色んなコソコソ話が聞こえて来た。


『俺にも、あいつみてぇな力があったらなぁ』
『僕って、どうしてこんなに弱いんだろ・・・?』


気に喰わなかった。自分を卑下する態度が。“英雄”の一挙手一投足に気を取られる余り、却って“自分自身”の否定に陥っていることに気付かない人間達が。
『俺に負けんじゃねぇ』、『テメェ等にだってできるかもしれねぇだろ』、そう心中『だけ』で吐き出していた。自己否定に陥っている人間を諭す、又は導くことはしなかった。
これは、当時の界刺が自分のことしか考えていなかったことの証明でもある。自分のことだけで精一杯だった表れでもある。
だが、一度広がった流れは中々止まらない。“一般人”は勝手に“英雄”へ依存した。悪辣な“不良”が蔓延っていた成瀬台(当時)というのも影響大だった。


『でも、“英雄”って言っても「暴力」を振るってることに変わりないんだし・・・“不良”だし・・・近付きたく無いよね。もっと穏便な方法とかってあるよね~』
『俺達を助けてくれたのはありがてぇんだけど、友達とかになりてぇタイプじゃ無ぇよ。苛めた奴は病院送りになったし、俺等の周囲も平穏になった。
一応礼も言ったし、あいつはもうどうでもいいや。むしろ、あいつにこれ以上関わったら病院送りにされた奴の報復対象にされかねないし。近付かないようにしようぜ』


それなのに、身の回りに平和と平穏が戻った“一般人”は、今度は陰で“英雄”を厄介者扱いするようになった。“英雄”の周囲に発生する戦渦に巻き込まれたくないからである。
界刺自身、“閃光の英雄”として“不良”共を叩き潰すというある意味わかりやす過ぎる手段を取っていたために、その流れは更に広がった。時に自分を見失うことも・・・あった。
“猛獣”と呼ばれた不動と殺し合いを演じていなければ・・・“閃光の英雄”を辞めていなければどうなっていたか・・・想像したくも無かった。

「今の臙脂がやってるアレも、すごくわかりやすい手段だ。だからこそ、“ヒーロー”の弊害が発生しやすくなる。
俺の解釈だと、依存ってのは他者を基準に置くヤツだ。対して、信頼ってのは自分を基準に置くヤツだ。
んで、“ヒーロー”ってのは他者を自分に依存させる確率とか割合とかが大きくなるきらいがあると考えている。どうかな?」
「ふむ・・・。確かに一理ある。俺なら、そのような他者をひっくるめて指導してやるがな」
「それが可能ならそうする手もあるけど、“ヒーロー”は英雄だ。英雄は、何時の時代もある条件下で“一般人”からの絶大な支持を集める。
『期待』や『羨望』という名の価値観の押し付けを。そこには、絶対に齟齬が生まれる。例えばだけど・・・臙脂も似たような感じなんだぜ?」
「ん?どういうことだ?」

ここに来て、界刺はワケ知り顔を啄に見せる。視線は“ヒーローごっこ”をしている臙脂に向けられている。

「さっきのおやつタイムの前に、臙脂が1人不貞腐れているのを見付けたんだ」
「どうして不貞腐れていたんだ?」
「自分の才能を卑下していたんだよ。別の子供から聞いた話だと、あいつは俺やお前と同じ光学系能力者らしい。レベル1で、ビー玉くらいの光球を幾つか発生させるだけで精一杯だそうだ」

界刺は1人考え事をしていた際に、『光学装飾』で臙脂の姿を捉えた。その顔が、自分をボコボコにした時とは打って変わって深刻そうな顔をしていたので、妙に気になった。
もしかしたら、『ブラックウィザード』に関することかもしれない。そう考え、こっそり近付いた。


『ちくしょー・・・。こんなビー玉くらいの光を出せて何の意味があんだよ・・・』


目にしたのは、ビー玉サイズの光球を手に浮かばせている臙脂の不貞腐れた顔。独り言を聞いていると、彼が自分の能力の低レベルさに憤っていることがわかった。
まだ、小学生である。今後の努力次第では、幾らでも才能を伸ばせる可能性はある。だが、臙脂にとってはすごく不満のようであった。

「あの野郎の学年にも、レベル2や3のガキが数人居るらしい・・・というか直近の『身体検査』でそれが判明したらしい。ガキ大将としては、中々に気になるんじゃねぇか?」
「そうだな。今まで学年の中心に居た人間としては、己の立場が危うくなるという焦りを抱いても不思議では無い」
「しかも、あいつは“ヒーロー”として色んな振る舞いをして来たそうだ。そんな“ヒーロー”よりレベルが高い“一般人”の出現ってのは複雑じゃね?」

別の子供に聞いた限りでは、『身体検査』の結果がわかった頃から臙脂の“ヒーローごっこ”は盛んになったらしい。
腕っ節自体はかなり強い。元来の気質もあるのだろう、彼は以前と変わらずガキ大将であり、同学年以下にとっての“ヒーロー”であった。

「あいつは焦ってる。これは、他者に自分の評価を預けていることから発生した弊害だ。他者から必要以上に影響を受けるっていう齟齬が発生してるんだよ。
“ヒーロー”が、自分の信念を他者に預けちゃ駄目だね。でも、時に“ヒーロー”自身がこの弊害に陥る危険性はある」
「・・・だから、お前は“ヒーロー”になりたくないのか?」
「・・・なりたくないモンはなりたくない。俺は俺だ。その上に何を乗せるかは、俺の自由だ。そして、今の俺は自分に“ヒーロー”を乗せたくない。それだけだよ」
「・・・正確には、『己を卑下する程の期待と羨望の眼差しを向けられる“ヒーロー”にはなりたくない』・・・ではないか?
だから、お前は他者から好かれる・好まれる行動を取らなくなった。そして、他者に対して嫌われてでもしっかり考えさせるような行動を取るようになったのではないか?
お前に恭順するのでは無い。各々の信念に基づく行動を他者自身に考えさせ、選ばせ、掴み取らせるために!!」
「・・・・・・」
「ハーハッハッハ!!お前らしい分かり難さだ。だが、俺は揺るがぬぞ!!この力は、弱き者を救うためにこそある!!
そのためならば、“ヒーロー”でも何でもやってやろう!!俺はそのために選ばれた者なのだからな!!
もし、“ヒーロー”であることがその者にとって己の卑下に繋がるのであれば、キッチリ指導してやる!!もし、“ヒーロー”の存在で他者が道を誤ったのならば、その苦労を共に背負おう!!」

啄の信念は、界刺の言葉を聞いた後でも些かも揺るがない。この男も、自分だけの信念を持った人間の1人・・・というか、信念自体が不可思議な方向にぶっ飛んでいる。

「・・・んふっ。俺が“ヒーロー”になりたく無い一番の理由とはズレてるけど・・・お前にならそれができるかもな。だけど、俺はしない。それだけの話だ」
「・・・強情な奴め。『できない』では無く『しない』と来たか。だが、今回の期間中はして貰うぞ!!可能ならばやって貰う!!十二人委員会の一員として!!いいな!!?」
「・・・あぁ。わかったよ。お前等には借りもあるしな。ここいらで、さっさと清算しておくに限る」
「・・・本当に面倒臭い男だ」
「お前には言われたく無い。あ~、さっさとメンドイこと終わらせて無気力グ~タラ生活に戻りてぇ。今回の件が終わったら俺、真っ白けっけになりそうだ~」

そう言って、2人は“ヒーロー”に戻る。2人が歩く先に居るのは、臙脂が“ピョン子”に打ち勝った土俵。
臙脂達が怪訝に思う中、“カワズ”が『光学装飾』で、“ゲコ太マン”が『分裂光源』で色取り取りの光球を発生させて子供達を驚かせ、ついでに臙脂の鼻っ柱を折る。
“ヒーローごっこ”に“ヒーロー”が負けたままでは居られない。これは、“ヒーローごっこ”からの脱却を兼ねたデモンストレーションでもあった。






「お、お腹が痛い・・・!!筋肉痛が・・・!!」
「不動様のトレーニングに比べたら、何のこれしき・・・!!」
「・・・大丈夫?」
「逆上がりか~。僕もできないんだよね~」
「“ゲコイラル”先輩。清涼飲料水は無かったんすか?」
「子供達が取っていったみたいだね。ウーロン茶で我慢してね、“ゲコっち”ちゃん?“ゲコゲコ”ちゃんもいいかい?」
「「ありがとうございます」」

『太陽の園』のある一室で居るのは、“ゲコっち”、“ゲコゲコ”、“ケロヨン1号”、“2号”、“ゲダテン”、“ゲコイラル”の6名。
その中心に居るのは、先程まで逆上がり大会に矯正参加させられていた“ゲコっち”と“ゲコゲコ”の2人。
2人共に逆上がりはできなかった。しかも、能力禁止である。周囲の子供達からは馬鹿にされ、何回も挑戦させられた挙句に完璧な筋肉痛となって襲い掛かって来たのだ。
“ゲコっち”は不動のトレーニングに参加しているため、まだ痛みはマシだったが。ちなみに、子供達は他の子供に遅れておやつタイムに突入していた。

「最近の小さい子供達って容赦無いですね。私が大事にしてたキラキラピカピカ光る石を、『いらない』の一言で放り捨てられましたし」
「外界の子供達とは、これ程までに遠慮を知らない方々なのですね。私が隠れて『念動使い』をしようものなら、一斉に文句をぶつけて来ましたし。
“ケロヨン1号”様や“2号”様のように、あの子達と普通に接することができるまでにはまだまだ時間が掛かりそうですわ」
「僕達も最初は苦労したよね~?」
「・・・そうだね。・・・でも、僕は“2号”君のおかげで何とかうまく付き合えるようになったよ」

こういうボランティアが初めての少女2人にとっては、先駆者である2人の少年の落ち着き振りは玄人のように映った。
そして、それが経験を積み重ねて来たことによる成果であることを認識し、少年達に敬意の心を抱いた。

「それにしても、“ゲコっち”が『シンボル』の一員になってたなんて夢にも思わなかったなぁ。ねぇ、“ゲダテン”君?」
「そうっすね」
「私も、あの成瀬台のグラウンドでご一緒になった成瀬台の風紀委員の方々とこんな所で再会するとは夢にも思いませんでした」

“ゲダテン”、“ゲコイラル”共に、“ゲコっち”が『シンボル』入りしていたのは今日初めて知った。
あの部屋に居た者達には周知済みのことだが、その情報をかの緊急会議の折に椎倉はあえて挙げなかった。
味方になるかもしれない『シンボル』の情報を、わざわざ内通者に教える必要は無い。そう考えてのことだった。
ちなみに、『シンボル』の“参謀”である形製のことも『恋する乙女達』としか説明していない(=名前を出していない)。

「・・・“ゲコっち”は、どうして『シンボル』に入ったんすか?」
「そうですね・・・。話せば長くなっちゃうんで、一言二言で言えば・・・界刺様に憧れたのと、あの人の下でなら自分は成長できるって思ったからです」
「あの界・・・“カワズ”先輩なら?」
「はい。あの騒動の時に私は痛感しました。他者に任せることしかできない自分の無力を。だから、私は強くなりたいって思いました。その手段が『シンボル』入りだったんです」
「そういえば、あの時君は僕を偽ったスキルアウトの1人に襲われたんだったね?」
「はい」

“ゲダテン”や“ゲコイラル”の質問にスラスラと答えて行く“ゲコっち”。それを静かに聴いているその他の者達。
事の成り行きでこうして集った者達。偶然が皆々を一つ所に集めたこの機会を何かに活かそうと、各人共無意識の内に声が弾む。

「あの時は、『シンボル』の力で大分助かったからね。彼等の活躍を知れば、入りたくなるのも頷けるね」
「俺は複雑っすけど。今なんて、俺達を振り回してるじゃないっすか。そこら辺はどう思ってるんすか?」
「そ、そうですね。私としては、心苦しいのが正直な気持ちです。学園都市を守るために尽力為さっている方々をイラつかせるような真似をあの人はしている。
私自身も、界・・・“カワズ”様に申し上げたこともあります。でも、あの人は・・・」


『俺の言葉をどう受け取るかはあっち次第だ。文句があるんなら、堂々とぶつかって来い。受けて立ってやる。
そんでもって、君は俺を打ち負かせる程の思いがあるのかい?無いのなら、時間の無駄だ』


「・・・そう言って、話を打ち切りました。今の私には、あの人を打ち負かせる程の力はありません。そう、確信している自分が居ます」
「・・・よくそんな人間の下に居ようと思えるね?俺なら、そんな人間の下に居たいとは思えない・・・」
「でも、だからこそ私はあの人の下に居たいと思いました。いえ、その思いを更に強くしました」
「・・・どういう意味っすか?」

“ゲダテン”の訝しむ声に、“ゲコっち”は自分が抱く思いの丈を打ち明ける。意識していないと抑えられないくらいの想いを。飽く無き欲求を。

「私は強くなりたいんです。それこそ、あの人よりも強くなりたい。だったら、あの人には私が乗り越えるべき最大の“壁”として居て貰わなければなりません」
「つ、強気だね・・・」
「“ゲコイラル”様・・・。私は、あの人の考え方を理解したとしても全部を納得はしていないんです。
いえ、未だに理解中です。あの人の姿を見て、私がどう思うか。その確認作業真っ只中です。
気付いたのは最近になってです。自分の中に、こんなにも貪欲な思いがあったなんて。自分に負けたくない。あの人に負けたくない。そんな思いで溢れ返っています」

つい最近までは、自分が敬愛する先輩の後ろを歩いているだけだった。それで十分だった。納得もしていた。
でも、今は違う。物足りない。現状に満足できない。もっと貪欲に、色んなモノを吸収したい。全ては、強くなるために。
自分が師事するのは2人。だが、この強大な思いを遠慮無くぶつけられる存在は1人しかいない。

「強く!強く!!強く!!!私は、もっと強くなりたい!!!自分の可能性を、もっともっと広げたい!!!
この思いを全てぶつけて、受け止めて、上乗せして叩き返してくれるのは・・・界刺得世様しか居ません!!
あの人なら、私を強くしてくれる!!あの人の下でなら、私は貪欲に強さを求められる!!」
「ちょ、ちょっと落ち着いて・・・!!そ、そんなに強さを求めてどうするの?」
「守られるだけじゃ無い!!この手で誰かを守れる、そんな強さが欲しいんです!!」
「そ、それについて“カワズ”先輩は何か言ってたりするっすか?」
「『好きなようにしてみるといい』とだけ。だったら、私は好きなようにするだけです!!」
「わ、わかったっす!!だから落ち着くっす!!」
「(得世様・・・。わざと、サニー先輩を焚き付けて居られませんか?意地悪いあなた様のことです。サニー先輩を痛い目に合わせる気満々なのが目に見えます)」

“ゲコっち”の勢いに“ゲダテン”・“ゲコイラル”組が圧倒される傍らで、“ゲコゲコ”は1人心中で自身が恋する男の狙いについて思案する。
底意地の悪い性格は短い付き合いながらも思い知らされている。あの性格は何としてでも矯正しなければならないと秘かに思っているくらいだ。

「“ゲコっち”先輩。強くなりたいというお気持ちがわかりますが、“カワズ”様は・・・」
「『私を痛い目に合わせるつもり』・・・ですか?」
「な、何故それを・・・!!?というより、それを理解していながらどうして・・・!!?」
「あの人の意地悪さは承知済みです!!私も散々おちょくられていますから!!
きっと、私はあの人の予想通り何時か痛い目を見ると思います。・・・それでもいいんです!!」


『はい。きっと、私は界刺様達にこっぴどく叱られたり怒られたりするでしょう。迷惑も一杯掛けると思います。下手をしたら、見捨てられるかもしれません。
でも、私はそれでも構いません。これは、私の決断。私の覚悟。・・・後悔なんてしません。だって、自分がよかれと思って決めたことですから。
守られるだけじゃ無い、ちゃんと自分の信念でもって、適切な判断でもって誰かを守れるような人間になりたい・・・そう思っちゃったから』


「自分がよかれと思って決めたんです!!これは私の覚悟!!これだけは絶対に揺らがない!!揺らがせません!!」
「・・・!!」
「何事も経験です!!がむしゃらに強さを追い求めて行く道程で、どんな困難が待ち構えているか!?あの人も、幾多の失敗を乗り越えながら今の姿があるんです!!
なら、私だってやってみせます!!やり抜いてみせます!!そして、あの人はブツクサ文句を言いながらも見守ってくれます。
そんな優しい人だから、私は界刺得世様に憧れたんです。だからこそ、私は界刺得世様を越えたいんです」

何時か憧れる人間を追い抜いて見せる。一厘鈴音が抱く思いを、月ノ宮向日葵も抱いていた。
1人で全てを救えるなんて思っていない。未熟な自分に何ができるのか、未だにはっきりとはわかっていない。
過信なんかできるわけが無い。最近まで、自分は誰かの後を付いて行くだけだったのだから。今だって自分は『シンボル』に、碧髪の男について行っているだけなのかもしれない。
でも、何時か必ず追い着いてみせる。追い抜いて見せる。そう思ったから、月ノ宮向日葵は迷わず進む。全ては自分のために。






「・・・そうか。あの方も、“ゲコっち”先輩が成長した姿を心待ちにしているのですね?」
「・・・だといいんですけどねぇ」
「あれっ?あれだけガンガン話されていながら自信が無いんですか?」
「結局は、私の解釈でしかありませんから。あの人の心なんて全てわかるわけ無いですし。だから、余計に自分を強く持たないといけないんですよ」
「成程。デートの折に参考にさせて頂きます。“カワズ”様はモテモテですし、一筋縄では行かない方なので」
「(ハァ・・・)」

先程の威勢の良さは何処へ行ったのか、“ゲコっち”の不安げな声に“ゲコゲコ”がツッコミをいれる。その様を“ゲダテン”は目に映し、内心溜息を吐く。

「そういう意味では、苧環様もドンドン攻めていかないと駄目ですね。・・・そういえば、苧環様があの人とは別にお慕いになられている先生も女の子にモテモテですねぇ」
「モテモテ?・・・あっ!あの“天才”と声高い先生ですか!?苧環先輩がお慕いになられているとは一体・・・!?」
「(・・・何か、1人でムキになってたのがバカらしくなったな。こんな姿を見せられちゃ、あの“変人”を嫌でも認めるしかないぜ・・・。
もしかしたら、一厘もそういう所に惹かれたのかな?結局は、俺が臆病だっただけか・・・。ハァ・・・)」

彼は、一厘に対して淡い想いを抱いていた。風紀委員として時々会うこともあった。彼女の何処に惹かれていたかと問われれば、具体的に説明することは難しかった。
だが、彼は彼女に対して具体的なアクションを取ることはしなかった。今の関係を崩したく無かったのか、臆病だったのか・・・今となってはわからない。わかりたくも無い。

「そうです!あの先生は、以前苧環様が御坂様に敗北された折に喝を入れて下さった先生なんです。とても厳しい先生なのは、“ゲコゲコ”も知っていますよね?」
「はい。普段は優しくて常盤台生にも人気があるダンディーなお方なのですが、その実途轍も無く手厳しい方であるとお聞きします。あの人に泣かされた人は数知れず。
ですが、その後のフォローもきっちりされるので後腐れも無い。“天才”と謳われるだけのモノを積み重ねて来られた立派な方ですよね」
「(一厘の方から告白したんだっけか。あいつの方が俺よりも勇気があったってことか。情けないな・・・)」

もし、自分が勇気を出して一厘にアクションを取っていれば結果は変わったのかもしれない。だが、今となっては全て仮定の話である。
自分を強く持つことができなかった。それだけの話。それだけが、彼にとって悔恨の一撃となった。

「・・・“ゲコっち”さんはすごいですね」
「“1号”・・・?」

そんな悔恨真っ最中の“ゲダテン”の隣に居た“ケロヨン1号”が、“ゲコっち”の意思表明に対して羨望の声を露にする。

「・・・僕にもね、憧れの人って居るんだ。・・・葉原先輩のことなんだけどね」
「葉原様が?」
「・・・うん。・・・葉原先輩は、僕に希望を与えてくれた」






“1号”―免力強也―は小川原高校付属中学校に通っているが、本当の志望校は映倫中学校であった。
だが、彼はレベル0。そして、映倫中はレベル3以上の者にしか受験資格を与えていない。そのために、受験さえ受けることができなかった。



「・・・当時の僕はグレかけていた。・・・『ふざけるな!!』ってね。・・・そんな時に第2志望の小川原に見学に行ったんだ。・・・そこで、僕は葉原先輩と出会った」



今年の1月、免力は小川原が開いた最後の見学会に赴いた。以前にも参加したことはあったのだが、その時は特段の感慨も湧かなかった。
しかし、それは運命だったのか。見学会を警備していた風紀委員の中に、彼女―葉原ゆかり―が居た。
久し振りということもあり校内で迷っていた所、近くに居た葉原が道案内してくれた。見学会終了後、一言お礼を言いたくて葉原に会いに行った。


『そうか・・・。映倫中志望だったんだね。でも、あそこってレベル条件がねぇ・・・。私も受験志望の1つに映倫中を入れてたんだけど、あなたと同じ理由でハネられたなぁ』


聞く所によると、葉原は今年の1月―つまりは今月―に風紀委員になったばかりらしい。小川原と映倫中の両方を管轄範囲に置く176支部のメンバーとして。
彼女は、免力と同じレベル0だった。そんな彼女が、風紀委員の1人として学園都市の治安を守る活動を行っていることに、免力はいたく衝撃を受けた。


『でも、小川原もいいトコだよ?私もここに通ってもうすぐ1年になるけど楽しいことも多いと思うし。テストだけは全力で取り組まないといけないけど。
それに、通う学校で自分の将来が決まるってわけじゃ無いし。結局は、自分の努力次第なんじゃないかな・・・と私は思うな』


当時の免力は学校の名前に拘っていた。入る学校で自分の格付けが決まると考えていた。『共学の常盤台』と呼ばれる映倫中を第1志望にしたのも、それが原因だった。
しかし、今日会った小川原に通う先輩の姿は免力が拘っていた幻想をぶち壊す程のモノであった。
何故なら、自分と同じ理由で志望校をハネられた彼女がこれ以上無い程活き活きとしていたからだ。
それに比べて、自分は何をしている?目の前の現実に唯不貞腐れて、グレて、文句を言い連ねているだけが能なのか?それで・・・本当に納得できるのか?
自分に問い掛けた。『このままでいいのか?』。・・・いいわけが無い。一度限りの人生。免力強也の人生。それを決めるのは学校では無い。決めるのは・・・己自身の有り様。


『・・・あ、ありがとうございました』


その後、免力は寝る間も惜しんで猛勉強に明け暮れた。その甲斐もあってか、無事小川原に合格した。入学して早々に葉原に会った時は、まるで自分事のように彼女は喜んでくれた。
嬉しかった。自分の努力が正しかったことを認めてくれる存在が居ることを幸福だと感じた。
ちなみに、彼女に対してはあくまでも憧れの存在で目標と割り切っており、恋愛感情は持っていない。それでも、彼女の前になると些か以上に緊張してしまうが。






「へぇ・・・。そんなことがお2人の間にあったんですか」
「・・・うん」
「小川原に合格するくらいだし、レベルが基準を満たしていれば映倫中にも合格してたのかもしれないね」
「でも、“1号”はその時の経験がコンプレックスになったのか、未だに映倫中の生徒を見ると隠れちまう癖があるんすよ」
「えっ?そうなのかい?」
「・・・はい。・・・高位能力者に対しても引け目があったんですけど、ゲコ太君の知り合いにすごく面白い人が居たこともあってか、以前よりかは気にならなくなりました」
「あの人って~、すごく楽しい人だよね~」

“1号”のカミングアウトに、皆々は色んな意味で頷く。人は、各々が抱えるモノも千差万別なのだと実感する瞬間である。

「“1号”様。そういうことであれば、私とあなたは同じ位置に居るのではないのですか?」
「・・・僕は、“ゲコっち”さんみたいに強くなりたいとは思ったことが無いんだ。・・・いや、最初から諦めていると言っていいのかもしれない。
僕には、特筆すべき身体能力も超能力も無い。・・・そんな僕にできることがあるとすれば、悪事の現場を見たらすぐに風紀委員か警備員へ連絡すること。・・・それくらいしかできない」

護身術を身に着けているわけでも、運動が得意なわけでも無い“1号”の身体能力は貧弱そのものであった。
唯、正義感は強く悪いことは見過ごせないため、悪事を見つけると風紀委員か警備員に通報し、悪人に見つかる前に即逃亡するといった行為を行っている。
万が一悪人に見つかってしまうと、身体能力の関係上逃げ切れないためというのが最大の理由である。

「・・・情けないよね。・・・僕が“2号”君と何時も一緒に居るのも、彼の体格ならスキルアウトとかが寄って来ないからだし・・・」
「もちろん~、友達というのが前提にあるけどね~」
「・・・君は優しいね」

“2号”ののほほんとした柔らかい言葉に、“1号”は嬉しく思う。体格的に不釣合いもいい所な両者には、しかし確かな友情関係が築かれていた。
葉原とはまた違う関係。だが、互いが互いを認め合う存在はやはりかけがえの無いモノである。

「・・・俺は、お前を情けないとは思わないけどな」
「“ゲダテン”君・・・!?」

そして、この2人と友人関係を築く“ゲダテン”は友人が抱く幻想をぶち壊すために言の葉に訴える。かつて、葉原か彼に行ったのと同じように。

「本当に情けないのは、悪事があっても見て見ぬフリをする人間だぜ?『自分には関係無い』、『自分まで巻き込まれたく無い』・・・そんな理由で目を背ける奴は幾らでも居る」
「・・・!!」
「その点、お前はちゃんと通報するじゃないか。俺達風紀委員や警備員を信じて、その場で起きたことから逃げずに連絡してくれるじゃないか。
それが、どれだけすごいことなのかお前は忘れてるぜ?俺なんか、その手のことができなくて最近も落ち込んだりしたんだぜ?そうは思いませんか、“ゲコイラル”先輩?」
「僕も“ゲダテン”君と同じ思いだね。“1号”君。君は情けなくなんか無い。確かに“ゲコっち”ちゃんが抱く思いの強さには負けているかもしれない。
でも、君の思いは消えてなんかいないよ。君にできる最大限のことを、君自身の意思で行っている。それは誇るべきことだと思うよ。僕の“ゲコイラルラッシュ”のように」
「いや、あれと比べるのはどうなんすかね?」
「何で?“ゲコイラルラッシュ”があれば、どんな事件でも解決できるさ」
「いや、それが有り得ないっつーか・・・」
「何で?」
「いや・・・(め、面倒臭ぇー!!)」
「風紀委員の人達って~、やっぱり優しい人ばかりだね~」
「・・・だね。・・・誇るべきことか・・・僕のやって来たことが・・・」

『“ゲコイラルラッシュ”で全ての事件は解決できるのか』という論争を始めた“ゲコイラル”と“ゲダテン”を余所に、“1号”は自分がして来たことを振り返る。

「“1号”様」
「・・・“ゲコゲコ”さん・・・」
「『自分にできる最大限のことを状況に応じて見極める』。これは、“カワズ”様が仰っていた言葉です。そして、この言葉に私は賛同しております。
ですから、私もあなた様の行動を情けないとは思いません。今のあなた様にできる最大限のことが通報という手段なら、私はあなた様の行動を肯定します」
「私もです!!思いの強さとか色んなモノはあると思いますけど、それが“1号”様が選択された意思と行動を否定するモノにはならないと考えます!!」
「“ゲコゲコ”君や“ゲコっち”君の言う通りだね~。“1号”君の正義感の強さは~、何時も一緒に居る友達の僕が一番よく知ってるよ~」
「・・・“ゲコっち”さん・・・“2号”君・・・皆・・・ありがとう」


自分の行動は情けないことでは無く、他者に誇れる立派なことであった。それを教えてくれた“ヒーロー”達に、“一般人”は感謝する。
蝉の声を耳にこびり付かせ、その上から蒸し暑さを飾り付けていた昼の色は少しずつ翳りを見せ始めていた。

continue!!

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2012年11月03日 19:11