時は少し遡る。

「・・・誰だ!?」
「俺だよ、俺。声だけじゃ不安なら、はいこの光」
「あー、その声にその無駄にキラキラしてる姿・・・兄(あん)ちゃんか!?何だよ、その奇妙な格好は!?また、わけのわからないファッションを俺に自慢しに来たのか!?」
「いや、俺だって好きでこんな姿で居るわけじゃ無ぇし。それより、さっさと護衛に銃を下ろさせろよ」

ここは、第4学区との境にある第5学区のあるビルの内部。入り口は、5階にある男及び女トイレの掃除用具入れの壁。
複数個所を規則的に触れることで開く通路の先にあるのが、数多の情報を売買する仕事に従事している情報販売の隠れ家。
もうちょっとすれば深夜に差し掛かろうとする時間帯に訪れたのは、“カワズ”というカエルの着ぐるみを着た“変人”・・・界刺得世であった。

「あー、あぁ・・・。お前等・・・下がってろ。まー、VIP客だ」

情報販売の命令を受けて、護衛するボディーガード達が各々に持つ凶器を下げる。

「んー、兄ちゃんがここに来たってことは、何か仕入れたい情報があるんだな?」
「あぁ。ここじゃあ話しにくい。奥の部屋で」
「・・・・・・」
「ん?先客でも居んのかよ?」
「・・・ま、まぁね」

彼を知る界刺は、冷や汗をかく情報販売の姿が珍しく映った。この男は、基本的に誰が相手でも軽薄な態度を崩さない。

「そんじゃあ、ちょっと待たせて貰うか。さっさと終わらせて来いよ」
「・・・そ、そうだね。そー、そろそろ戻らないとキレかねな・・・」






「グルアアアァァッ!!!情報販売!!!何時まで私を待たせんだ!!?来客は断れっつってんだろうがー!!!」
「「!!!??」」






突如男2人の前に奥の部屋へと繋がる扉を蹴破って現れたのは、黒髪ロングに水色メガネを掛けたそこそこの美少女。
だがしかし、着用しているのが牛模様で正面に『Yes or Die』とプリントされたシャツ・裾がギザギザ灰色一色のミニスカート・赤色のヒールという、
『女の子のファッションとしてどうよ?』的な格好をしている少女・・・樫閑恋嬢。そんな少女は、完璧にキレてる状態でズカズカと歩いて来た。

「この隠れ家に繋がる通路のシステムを遮断しろって言っただろうーが!!テメェは、そんなに金が欲しいのか!?金の亡者め!!そんな亡者の餌食になりに来たのは何処のどいつ・・・」
「(“お嬢”!!?)」
「・・・その無駄にキラキラ光ってるのは・・・・・・・・・得世!!!??」

何と、“カワズ”状態の界刺の正体を一発で見抜いた樫閑。さすがは、『ブラックウィザード』に並ぶ大型スキルアウト組織『軍隊蟻』のNo.3を務めているだけのことはある。
そこ!そんなの関係無ぇと言ってはいけない。わかりやす過ぎるだろと言ってはいけない。

「ナリヨ?ダレデスカ?オレノナマエハ“カワズ”ダヨ?」
「・・・まさかとは思うけど、『軍隊蟻』の“指揮官”を務める私にそんなカタコトが通じるとでも思っているの・・・得世?」
「・・・“お嬢”」
「だから、私のことは“姐御”と呼べって言ってるでしょうーが!!!」
「グヘッ!!」

樫閑の蹴りが“カワズ”の横っ腹に叩き込まれる。その美しい脚線美は、樫閑自身内心では自信を持っていたりする。

「だ、だって・・・下の名前で呼んだら駄目って言われたし、“レンちゃん”・“レンレン”・“ジョウレン”って渾名も不評だったし・・・」
「当たり前でしょうーが!!最後の渾名なんて有り得ないわ!!私は、アンタの常連客じゃ無いのよ!!」
「だろ?だから、仕方無く“お嬢”で・・・君の部下達もそう呼んでたし。別にいーじゃん」
「あ、あれはあいつ等が勝手に呼んでるだけよ!!何回指導しても一向に直らないんだから!!」
「(ふー、これが“怒れる女王蟻”か・・・何時見ても騒々しいなぁ)」

界刺と樫閑のやり取りを眺めながら、情報販売は“怒れる女王蟻”の暴虐を目の当たりにする。
自身も過去に何度か彼女を怒らせてしまったことはあるにはあるが、ここまで容赦無く実力行使に出たことは無い。器物損害なら幾らでもあるのだが。

「君が先客か・・・・・・。まぁ、いいか」
「・・・何がよ?」
「どうせ、情報販売の伝手を使って君とも話をしたかったし丁度いーや。情報販売。彼女と同席の下で話したい。いいかい?」
「むー、先客がOKなら」
「・・・どうだい、“お嬢”?」
「・・・・・・そうね。フッ、いいわよ。私も、アンタと会ったら色々話したいことがあったし」

樫閑の瞳が、“指揮官”の色に変わる。人を動かす天才として、長点上機学園でもトップクラスの優秀さを持つ彼女の頭脳は凄まじい。

「よしっ。そんじゃそういうことで。それにしても・・・その服いいね。何処で買ったの?後で俺にも教えてよ」
「これ?これはね、第5学区にある・・・」
「・・・あぁ、あそこか。あの店、そんなのも仕入れてたのか。男物もあるかな?」
「確かあったわよ。他にも骸骨が阿波踊りをしている水色の服とか・・・」
「ほぅほぅ。そうだ、実は俺も最近新しいお気に入りの古着店を見付けてさぁ・・・」
「へぇ。アンタの紹介してくれた古着店って、まずアタリだから気になるわ。何処、何処?」
「えっとねぇ・・・第4学区の・・・」
「ふむふむ・・・」
「(はー、この2人・・・仲が良いのか悪いのかさっぱりわからない)」

凄まじいのだが、事ファッションの話になると途端に熱中してしまうのが樫閑の悪い癖であった。
それは無理も無いのだ。樫閑自身、己のファッションセンスには絶大な自信があったのだが、周囲からは全く認めて貰えないのである。
それは『軍隊蟻』でも同じ。No.1、No.2、そして部下からも私服の着用をストップさせられた。むしろ『制服でいてくれ』とメンバー全員の総土下座を喰らう羽目になった。
なので、普段の『軍隊蟻』での活動の際は長点上機学園の制服を着用しているのだが、本人的には不満だったりする。
そんな彼女が、ある古着店で邂逅した“不良”。まだ、『軍隊蟻』に所属して居なかった頃・・・“閃光の英雄”という名がほんの一部に広がり始めた去年の4月の終わり頃に少女は彼と出会った。






『フン!!テメェとは、色々趣味が合うのかもしれねぇな。友達になりてぇ人種とは思わねぇが。恋嬢・・・テメェは頭が良過ぎる』
『何を偉そうに・・・。まぁ、私の話について来られる人間はアンタが初めてよ。それと、私を下の名前で呼び捨てにしないでくれる?不愉快なんだけど?』


自分と趣味の合うファッションセンスを語る“英雄”の棘々しくも楽しげな雰囲気に・・・時折混じる殺意すら込められた瞳に・・・樫閑は興味をそそられた。
とてもじゃ無いが“ヒーロー”と呼ばれる人種じゃ無い。それなのに“英雄”と呼ばれるのは何故か?何故“英雄”になってしまったのか?
薄っぺらい外側の観点(こたえ)なんかに興味は無い。その内側にこそ本質がある。だが、中学時分からその頭脳のキレ具合が凄まじかった少女にもわからない。
何故なら、少女は“ヒーロー”に会ったこともなったことも無いから。自分にわからないことがあるのが、少女には我慢できなかったと同時にワクワクする気持ちに溢れた。
5月に入り、“猛獣”と呼ばれる男との死闘に明け暮れた界刺を樫閑は怯えながらも見ていた。この頃に少女はスキルアウト等の実態を知った。
ボロボロになっている界刺に着替え用の服や差し入れを持って行ったりもした。邪険に扱われることばっかりだったが、少女的にはそれで良かった。
学園都市のレベル至上主義に徐々に反発し始めていた樫閑にとって、無能力者を相手に差別無く接する高位能力者は界刺が初めてであった。
この頃の界刺は、そんなことよりもっと大事な“あること”を確かめたくて動いていたので当然と言えば当然ではあったのだが。


『何で、テメェは“ここ”まで俺について来るんだ?死んでも知らねぇぞ・・・恋嬢?』
『死ぬつもりは無いし、そんな恐怖を越えた欲求があるの。今の私にとって、危険を冒してでも得世の傍で色んなモノを見る方がよっぽど生き甲斐を感じるわ。
学校の授業だけじゃ知り得ないモノが・・・“ここ”にはある。“閃光の英雄”には・・・ね。反面教師的な意味も含めてだけど。後、私を下の名前で呼ぶなって言ってるでしょうーが』


樫閑は、“閃光の英雄”の傍に居場所を求めていた。小学生時代までは学園都市外に居た樫閑にとって、中学に上がってからの生活は色々不満や鬱憤が溜まるモノであった。
無能力者である自分は、それだけで評価が落ちてしまう。後に長点上機学園を目指したのも、自分の能力を開花させたくて目指したという動機が大きい。
高位能力者だけで無く低位能力者にすら嫉妬や劣等感を抱き始めていた少女。そんな自分の近くに、無能力者を差別しない高位能力者が居る。恥ずかしいと思った。情けないと思った。
加えて、それが自分にはわからない“ヒーロー”と呼ばれる人間であったこと(+趣味が合う)も重なり、彼女は“英雄”にのめり込んだ。
だから、“ヒーロー”の傍に居たくて去年の5月は学校をサボることが多かった。それだけ・・・界刺に期待していた。憧れていた。
だが・・・程無くして碧髪の男は“閃光の英雄”と呼ばれなくなった。その姿も見当たらなくなった。
彼に何があったのか?界刺に会いたくて方々を探し回っていた樫閑がようやく見付けたその先に居たのは・・・


『やぁ、“お嬢”。久し振りだねぇ・・・んふっ。梅雨ってヤツは、ジメジメしてて嫌だねぇ。・・・・・・えっ?“閃光の英雄”?
あぁ、あれは辞めだ辞め。そもそも、俺は“ヒーロー”になりたいと思ってなかったし。勝手に周囲が呼んでただけだし。んふっ』


後に“成瀬台の変人”と呼ばれるようになる無気力ぐーたら人間の界刺得世であった。
しかも、死闘相手の“猛獣”と友達になったと言うのだ。自分のことは、友達としてさえ扱ってくれなかったのに。
閃光のように苛烈で、峻烈で、激烈では無くなった男に・・・“ヒーロー”では無くなった男に・・・少女は失望と裏切りの思いを抱いた。
それ以降、彼女は界刺の前から姿を消した。再び会ったのは、『軍隊蟻』に加入してから。その時には、既に『軍隊蟻』という居場所を得ていた樫閑は“変人”と普通に接した。
向こうも、あの別れた時とは変わらずの態度で接して来た。ファッションセンスの好みが合うこともあり、普通に接することができた。普通以上は・・・無理だった。






「さて、これでようやく落ち着いて話せるかな?(チラッ)」
「あー、俺としてもそうなることを祈ってるよ(チラッ)」
「・・・何か文句でもあるの?」
「「別に」」

樫閑に言われた通りに、これ以上の来客を遮断する処置を施した情報販売はVIP客2名を奥の部屋へと通す。
この部屋を使えるのは、情報販売が重要顧客と認めた者だけである。

「それにしても、『シンボル』が大活躍してるじゃない?おめでとう」
「・・・皮肉かい?」
「まぁね。アンタも、あそこまで風紀委員会に肩入れしたく無かったんでしょう?深入りし過ぎよ」
「んー、俺も同意見だね。あそこまで大々的に報じられたら、今後『シンボル』は風紀委員達より厄介もしくはズブズブの関係として見られかねない。『正義の味方』の代表的な。
悪意のある無しに関わらず、“線引き”ができなくなる可能性が出て来る。兄ちゃんにしては珍しく下手を打った・・・と言いたい所だけど」
「・・・『闇』が関わってるでしょ?これって」
「・・・だろうね。間接的にしろ、このタイミングでの『闇』の介入は卑怯だよねぇ」

ここに居る者達は知っている。学園都市には“表”と“裏”・・・そして『闇』と呼ばれる人間が居ることを。

「『ブラックウィザード』の件で俺達『シンボル』が表立って風紀委員達に助力した以上、最後まで責任を果たせって暗に言いたいんじゃない?
成瀬台が襲撃された折に『シンボル』が参戦したのを、連中はこれ幸い的にほくそ笑んでいるんじゃねぇかな。自分の手を汚さない効率的な手法だよねぇ。
それに、今回の件を『シンボル』そのものを『観察対象』or『殺害対象』に区分けする1つの指標としているのかもな。
ったく、神経使い過ぎて頭が破裂しそうだぜ・・・。綱渡りみてぇに、1歩でも踏み外せば即死レベルのプレッシャーだわ。
“表”にしろ“裏”にしろ『闇』にしろ、全方面に対して先んじた対策・対処を現在進行中で打っていかないといけねぇんだからよぉ・・・ハァ」
「得世・・・」
「・・・んふっ。それか、今回は暗部でさえ容易には動けないのかもしれない。権力闘争ってな具合でさ。情報販売。『闇』の人間は、一昨日の襲撃以降変わった動きを見せていないだろう?」
「まー、その通りだね。俺が掴んだ情報の限りではだけど。不気味だよねぇ。『闇』の手口なら、速攻で潰してもおかしく無いし。兄ちゃんの推測は当たってるかもね」
「『ブラックウィザード』が、“裏”の研究機関と複数結び付いているって情報は耳にしてるけど・・・その“裏”が『闇』と関わっている可能性が高いわね」
「“お嬢”。その研究機関は、具体的にはわかっているのかい?」
「フン。苦労しているアンタには悪いけど、ここは守秘義務を行使させて貰うわ。『軍隊蟻』の“指揮官”が泣き落とし作戦に乗ると思わないことね」
「そうか。わかってないんだな。まぁ、それならそれでいい」
「あら・・・どうして、そんなことが言えるの?」
「君が嘘を付く時の癖を知ってるから」
「「ッッ!!!」」

聞き捨てならない言葉を吐く界刺に、樫閑・・・と情報販売は揃って反応する。

「兄ちゃん!!それ、俺にも教えてよ!!『軍隊蟻』のNo.3の情報なら、百万単位で買うよ!?」
「ど、どうせお得意のペテンでしょ!?」
「君が俺に付き纏っていた頃から変わらない癖だよ?全然気付いていなかったんだねぇ。情報販売。さっきの言葉は本音かい?」
「あー、本音だ!!300万でどうだ!!?」
「嫌」
「くー、なら500万!!」
「もう一声」
「そ、それなら・・・」
「・・・・・・得世」
「ん?」

“怒れる女王蟻”の癖を巡って、百万単位の商談を開始した界刺と情報販売の間にワナワナ震えている樫閑が(物理的に)割り込む。
“カワズ”の着ぐるみを両手で掴み、怒りに染まった形相で言葉を放つ。

「今すぐ、その癖とやらを私に教えなさい!!!情報販売に聞こえないように!!!でないと、このまま一本背負いを決めるわよ!!!」
「ちょっ、ちょっとストップ!!つか、一本背負いって何だよ!?そんな技、一体何処で身に付けたんだ!!?」
「そりゃあ、仮にも『軍隊蟻』に所属してるんだから自分を守る術は身に付けて置かないと!!寅栄や仰羽にも喰らわしたことがあるんだから!!」
「あいつ等にも!!?つっても、俺はあの2人には会ったこと無いけどさ。実際に会ったことがあるのは真刺と仮屋様だし。そういや、2人共元気にやってんの?」
「ま、まぁね」
「・・・その様子だと、君も上手く馴染めているようだね。・・・良かった」
「・・・何が『良かった』よ。アンタがあの時私を・・・」
「もう、終わったことだよ。過去を否定するのは良くないけど、区切りは付けないとね。今の君の居場所は『軍隊蟻』だ。それは間違い無い」
「(あー、この2人って色々あったっぽいなぁ。後で調べてみるのもいいかもね)」
「あー、そうだ。情報販売・・・“これ”は手出し無用だぜ?」
「もし出したら・・・『軍隊蟻』総出であなたを潰すわよ?ところで・・・さっさと癖を教えなさい」
「ヘイヘーイ・・・(ゴニョゴニョ)」
「そんな癖が・・・!!」
「(・・・この2人、本当は仲が良いんじゃない!?)」

こういう空間はキツイものがある。3人の内、2人は昔に何かあった付き合いで残る1人はそれに関してはノータッチである。
情報販売は、今まさにそういう境遇に身を置いてしまっている。貴重なツッコミ役とも言えるが。

「・・・そういえば、“お嬢”。煙草先輩から聞いたんだけど・・・まだあの件を根に持ってんの?何か、俺の首を欲しがってるって言ってたんだけど」
「・・・あの件は、アンタが余計なことをしたせいでしょ?『「軍隊蟻」に加入したって風の噂で聞いたから、ちょっとお節介してみただけだよ』なんてヘラヘラ笑ってたけど。
アンタが、“わざと”『軍隊蟻』の武器を保管してある場所を他のスキルアウトに知らせたモンだから大騒動になったんじゃない!!」
「スキルアウトにしろ救済委員にしろ、俺は別に全肯定しているわけじゃ無い。実際に俺も救済委員に潜入していたからわかるけど、あの連中だって『危うい』よ?
せめて、『シンボル』みてぇに風紀委員や警備員とだって表立って+普通レベルに付き合えるくらいの落とし所をこれから図っていかないと、遅かれ早かれ行き詰る。
穏健派にしろ過激派にしろ・・・ね。事情的にすぐには無理かもしんないけど、融通を利かしていかないと」
「・・・この前あった穏健派と過激派の衝突に首を突っ込んだ理由の1つがそれ?1つの行動に色んな理由や目的を潜めているアンタらしいやり口だけど」
「・・・んふっ。まぁ、その話は横に置いておくとして。『軍隊蟻(スキルアウト)』で、しかも必要以上に武装化してる連中なんざまかり間違っても善だけの存在なんかじゃ無い。
例え、それが多くの能力者を人形として保持している『ブラックウィザード』の台頭が起因だったとしても。そうだろ・・・“怒れる女王蟻”?」
「・・・・・・」
「だから、君が『軍隊蟻』なんつースキルアウトで本当にやって行くだけの度胸があるのか確かめただけさ。
唯でさえ寅栄達の働きで結構な量の武器を保持していたらしい『軍隊蟻』が更なる武装化に走った理由の一端が存在する君の覚悟を。
まぁ、『軍隊蟻』の秘密を知ったスキルアウトが追い詰められて風紀委員や警備員に通報しちゃったのが余計だったねぇ。治安組織側も『軍隊蟻』の力は脅威と見ていたし、
行動が迅速だったよねぇ。だから、俺も俺なりの穴埋めはしたじゃないか。もし、俺の力が無かったら『軍隊蟻』の軍事力の一端が表沙汰になっていたよ?」
「最初からすんじゃ無ぇよ!!!その首・・・今でも絞め切ってやりたい~!!」

樫閑が『軍隊蟻』に加入してから1ヶ月程が経った今年の5月中旬に事件は起きた。
新たな銃火器の入手ルートの確立や卓抜した指揮能力等その才覚をメキメキと表していた樫閑に試練が訪れた。
何処から情報が漏れたのか、『軍隊蟻』が保有している銃火器の保管庫の場所が他のスキルアウトに割れてしまったのだ。
“指揮官”として銃火器の移動作戦を任された樫閑は、人員を動員してスキルアウトを黙らせつつ銃火器の安全且つ迅速な移動に励んでいた。
そこに、予想外の乱入者が現れる。それは、『軍隊蟻』に一蹴されつつあったスキルアウトの足掻き。何と、近隣の風紀委員や警備員が突入して来たのだ。
彼等は、『スキルアウト同士の抗争が勃発した』という情報しか知らされていない。だが、その事実を『軍隊蟻』側が知る由も無い。
銃火器の量は相当多く、これを守りながら戦闘するのは困難である。窮地に陥った樫閑達。そんな彼女達に助け舟を出したのが、“変人”であった。
彼の『光学装飾』で、風紀委員や警備員は大いに幻惑された。その間に、樫閑は辛くも銃火器ごとその場を離脱することに成功したのだ。
後に衣服店で再開した折に、『保管庫をスキルアウトにバラしたのは俺なんだよねぇ、んふっ!』と言われた時は怒りの余りに膝蹴りを鳩尾に見舞った。
また、これを教訓として樫閑主導の下『軍隊蟻』は5月下旬頃に風紀委員・警備員と不可侵条約を結んだのだ。

「ハァ・・・こりゃ、やっぱり“お嬢”から女難が始まってると見て間違いないかなぁ。あ~嫌だ嫌だ」
「・・・何が女難よ、この“ハーレムメーカー”」
「はい?“ハーレムメーカー”?」
「数多の女の子達を侍らせているアンタのことを言ってんのよ!昔は彼女はおろか友達1人も作らなかったくせに」
「・・・君、俺の私生活を覗いてたりすんのか?それにさぁ、今の俺は絶賛女性不信状態なんだけど?」
「女性不信・・・?ハッ、都合の良い言葉ね」
「・・・ハァ。まぁ、いい。それより・・・情報販売。風路に俺の情報を売ったよな?」
「・・・かー、さすが兄ちゃん。気付きそうだとは思ってたけど。まー、アイツは自分の内臓を質に入れて金を用意したからねぇ。それ相応の情報を売っただけだぜ?」
「・・・お前のおかげで、俺達がここまで深入りすることになっちまった部分は確かにあるぜ?まぁ、これ以上はとやかく言うつもり無いけど。まだ、引き受けてねぇし」
「おー、“さすが兄ちゃん”。わかる人間で助かるよ」

棘が含まれた界刺の言葉に、情報販売は邪な意を含んだ笑みを浮かべる。あくまで、これは商売である。そこに、私情や事情は持ち込まないのが彼のポリシーでもある。

「同じ大型スキルアウトの『軍隊蟻』が、“ヒーロー”の如く『ブラックウィザード』を倒してくれてりゃ言うこと無かったのにさぁ。なぁ、“お嬢”?」
「私達は専守防衛が基本戦略よ?向こうが仕掛けてこない限り、こちらから手を出すつもりは無いわ。それに・・・“ヒーロー”はもう居ないし。寅栄は“ヒーロー”じゃ無いしね。
“ヒーロー”って呼ぼうと思ったら呼べる人だし、私自身彼を尊敬してるし憧れてはいるけど・・・あいつは“喧嘩番長”って呼び方の方が似合うわ。
何処かの誰かさんのように、“ヒーロー”に裏切られたくないわ。もう・・・二度と」
「・・・それで、『シンボル』にお鉢が回って来たと。全く、面倒臭いったら無ぇ」

界刺は、樫閑と情報販売の意見や情報を下に今後の対策を練り始める。

「“お嬢”。これは可能な限りでいいけど、『ブラックウィザード』が潰れた場合はそれが切欠でスキルアウトの間に混乱が起きる可能性が高いから『軍隊蟻』の力で抑制してくれ。
専守防衛つっても、燃え広がる火種は消火して置くに越したことは無ぇだろ?」
「言われなくても、それくらいは考えているわよ?まぁ、『ブラックウィザード』が潰れた場合は・・・ね」
「それと同時に、警備員の上層部に圧力を掛けてくれ」
「圧力?・・・『シンボル』の処遇に関すること?」
「そうだ。今回の件で、『シンボル』の名前は良くも悪くもバーンと拡がる。これは抑えようが無い。そして、警備員の中には1つだけ“面倒臭い”部署がある。だろ、情報販売?」
「むー、それは“姐御”に売るために取って置いたネタだったのに・・・」
「・・・どういうこと?」
「実は・・・」

怪訝な表情を浮かべる樫閑に、界刺と情報販売は警備員の中にある“面倒臭い”部署の説明を行う。

「・・・ふ~ん。そんな部署がねぇ・・・・・・得世。アンタの狙いがわかったわ。報道から読み取れる可能性の1つに、潰し合いに対する期待が含まれているのね?
そして、もし『シンボル』が勝ち残ればいよいよもってその脅威度が跳ね上がる。今は、治安活動に勤しんでいるアンタ達でも何時反抗に転じるかわからないと相手方は見る。
“3条件”を呑ませたことからもわかる通りに、『シンボル』は絶対的な味方じゃ無い。それを部外に居る“面倒臭い”部署がどう見るか・・・。
難癖付けて・・・『闇』の力を使って火種を鎮火させようとするかもしれない」
「そう。俺としては、『殺害対象』レベルまでの引き上げは何としてでも防がないといけない。暗部関係の人間は、面倒臭いことこの上無いし。
それに、『シンボル』のリーダーである俺が通うのは、第5学区にある成瀬台高校だからね。
その成瀬台も、『ブラックウィザード』が操る薬物中毒者・・・“手駒達”による強襲で大きな被害が出た。
第5学区を縄張りとする『軍隊蟻』としては、その中で一生懸命頑張っている人間達を無下に扱ってもいいのかい?
“義を以って筋を通し、筋を通せぬことを生涯の恥とせよ”っていうスローガンを掲げる君達がさ?」
「『ブラックウィザード』のアジトを掴む当てでもあるの?」
「まぁね。やり方は教えないけど」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」

“指揮官”と“詐欺師”の交渉。“指揮官”の『専守防衛』という壁に、“詐欺師”は『被害』という槍を付き刺す。
“義を以って筋を通し、筋を通せぬことを生涯の恥とせよ”というスローガンに、“薬物中毒者の強襲”という事実を叩き込む。
更に・・・大きな脅威である『ブラックウィザード』を『軍隊蟻』の代わりに『シンボル』と風紀委員会で叩き潰すから、その後始末くらいには協力しろという脅し。
“指揮官”は、“詐欺師”の提案を鑑みる。『軍隊蟻』には、被害はまず無いと言っていい。
『ブラックウィザード』を潰してくれるのなら有り難いし、できなくても連中には大きな被害が出る。弱体化は免れない。
“詐欺師”曰くの後始末に加われば風紀委員・警備員に恩を売れるし、更なる勢力拡大も見込める。自分達としても、無用の混乱は望まない。
『最初の助力依頼を断っておいて』と警備員は思うかもしれないが、そんなことはどうでもいい。馴れ合いをするつもりは無い。それを、相手にわからせただけで価値がある。
その上で、今度は協力を申し込む。この綱引きこそが・・・“指揮官”足る自分の役目。自分の・・・居場所。数分の沈黙の後に、『軍隊蟻』のNo.3は結論を下す。







「いいわよ。アンタの依頼、この樫閑恋嬢が引き受けるわ。引き受けた以上は・・・絶対にやり遂げてみせる!!」
「・・・ありがとう。これに関しては、俺も色んな対策を考えてあるから後で伝えるよ。・・・本当にありがとう、恋嬢」
「ッッ!!!・・・・・・久し振りね」
「ん?」
「私の・・・名前を呼んだのは。あの頃以来ね・・・・・・何だかくすぐったいわ」

樫閑は、“閃光の英雄”時代にずっと呼ばれ続けていた名前を久し振りに界刺の口から聞いて体がくすぐったくなる。
学校においても、『軍隊蟻』においても下の名前で呼ばれたことは無い。彼女自身が下の名前で呼ばれることを好ましく無いと思っているからだ。
だから、『軍隊蟻』の部下には“姐御”と呼ばせている(“お嬢”と呼ばれることが殆どだが)。同じ幹部にも名字で呼ばれている。そう、樫閑恋嬢を下の名前で呼ぶのは・・・この男のみ。

「そうだったね・・・。あの頃は俺なりに必死にもがいていた頃だったけど・・・君が傍に居てくれたことには感謝してるんだよ?今まで言ったこと無かったけど」
「・・・そうなの?」
「あぁ。君が居てくれた頃は友達なんか1人も居なかったし、ずっと独りだった。君との会話は、俺にとっては心休まる時でもあった。恥ずかしくて言わなかったけど。
それに、君はあの頃から頭がキレてたからねぇ。頭の回転じゃあ負けてたつもりは無かったけど、それでも『スゲェ・・・!!』って思ったことは何回もあったし。
だからさ、今後の自分のためにも成長真っ盛りの君に後れを取りたく無いって思ってさ。真刺との死闘を経た後からずっと磨いて来たんだ。ダラダラしながらだけど1年くらい。
本当なら、君と一緒にあーだこーだ言い合いながらやりたかったんだけど、君は姿を消しちゃったからねぇ。まぁ、俺に責任があったから見掛けても声を掛けなかったよ。
君が『軍隊蟻』に入ったって聞いた時は、実はホッとした所もあったんだ。あそこなら、そこまで間違った方面へは行かないだろうなって思ったし。だから確認しに行ったし。
良い機会だね。これも区切りだ。・・・ごめんな、恋嬢。君の期待を・・・裏切っちまって。そして・・・良かったよ。君が居場所を見付けることができて・・・さ」
「ッッッ!!!」

それは、少年にとって心残りであったこと。自分探しの真っ最中に足を踏み入れて来た少女に対して、自分は何もしてあげられなかった。
時には邪険にあしらい、時には無視して・・・そして最後は彼女を裏切った。自分が見出した答えだ。後悔は無い。だが、そのせいで1人の少女を裏切ってしまったのは事実だ。
普通以上に接することができなかったのは、少年もまた同じであった。だから・・・言う。この数ヶ月で、少年は色んな経験を積んだ。だからこそ言える言葉を。今度は自分から。

「・・・・・・アンタ・・・が・・・アンタが声を掛けてくれたら・・・私は・・・私は振り向いたかもしれないのに・・・!!」
「・・・ごめん。俺も・・・勇気が無かった。・・・本当にごめん」
「・・・私も・・・ごめん。アンタの思いを・・・・・・あの頃の私は察してあげられなかった。自分のことばっかり考えて・・・・・・だから・・・ごめん」
「・・・あぁ。わかってる。それに・・・あの頃の俺は、本当の意味で“ヒーロー”じゃ無かった。そんな偽者の“ヒーロー”の傍に・・・恋嬢を置くわけにはいかなかった。
これは、今さっきふと認識しちゃったことでね。あの頃の俺は、それを本能的には理解してたんだろうけど言葉として説明できる程理解はしていなかったと思う。
最近は、俺も“ヒーロー”について改めて考える機会が多くてね。如何に、あの頃の俺が自分のことしか考えてなかったのかが身に染みてわかって来た。
やっぱり、君は俺の傍に居るべきじゃ無かったよ。少なくとも、あの頃の俺の傍には・・・ね。寅栄達に出会えて・・・良かったな、恋嬢」
「得世・・・それでも当時のアンタは私にとって“ヒーロー”だったことには変わりないのよ・・・!!」
「(・・・あー、俺って存在自体が抹消されてない!?何、この光景!?情報として扱いたく無ぇー!!思い出す度に不快になるぜ!!)」

眼前で繰り広げられる元カレ・元カノのような会話に苛立ちが隠せない情報販売。存在自体を無視されているかのような扱いを受けているので、尚更ムカつくのである。
ちなみに、今も昔も2人の間に恋愛感情というモノは1ミリたりとも存在しない。『“不良”と優等生が織り成すフクザツな関係』という表現が一番適当か。

「・・・んふっ。ところで、情報販売?」
「うおっ!?」
「お前って、確か『霞の盗賊』と繋がりがあったよな?」
「・・・それが?んー、あそこに今回の件で依頼でもするのかい?」
「ちげーよ。『ブラックウィザード』とは関係無い話だ。今から言うことを調べて欲しい。もし、知っている情報があればここで全部教えろ。まずは・・・」






界刺の依頼。それは、『霞の盗賊』と呼ばれるスキルアウト討伐を専門とした無能力者狩り集団に関することと、それに付随すること、そして『最新の情報』であった。






「・・・あー、俺が今知っている情報はこれくらいだ。後は、随時調べておくよ」
「相変わらず立ち上げ人の毒島拳と家政夫を中心に動いてやがんのな。それと・・・やっぱりあのチェス好きっぽいオッサンは一癖二癖ある人間みてーだな。
つーか、最近の警備員の武装も色々進歩してやがるな。俺が真刺と戦り合っていた頃に比べると格段の進歩だ。『連中を相手取る』時は、初動を見逃さないようにしねーと」
「得世・・・。確かに、『霞の盗賊』が今回の件を踏まえて『シンボル』に危害を加える可能性は0では無いけど・・・連中を敵に回すつもり?」
「さてね。俺的には、少し“気に入らない”だけだし。余り突っ込むつもりは無いよ。唯、相手があの家政夫だからねぇ。
勘も良さそうだし、金次第で高位能力者を相手取るかもしれない。何せ、登録メンバーの中に風輪第6位の人間を精神障害に陥らせたお金持ちも居るしね。可能性はある。
“表”対策は、『シンボル』の活動休止他で何とかなる。『闇』対策は、今回の件で風紀委員会を主役にしながら治安維持に積極的に協力することで『観察対象』に留まらせる。
“面倒臭い”部署の常套手段である暗部への依頼は、活動休止・治安維持協力及び恋嬢と筋肉ダルマへの依頼で阻止する。
そして・・・“裏”で活動する組織の中で今後俺達に危害を加える可能性が高い筆頭格が『霞の盗賊』だ。実績もあるしね。なら、連中への対策として情報収集は必要だろ?」
「ふむ・・・妥当な判断ね。“例の”スキルアウトについては、さっきも言ったように私達も無関係じゃ無いから調べておくわ。
お互い、連中と偶発的な衝突が起こり得るかもしれないし。情報代は・・・アンタしか知らない穴場の服屋でどう?」
「OK。・・・『ブラックウィザード』という大型スキルアウトが潰れれば、無能力者狩り集団や他のスキルアウトの動きも活発化する可能性がある。
下手をしたら、情報販売の指摘通り『軍隊蟻』ともガチでカチ合うかもねぇ。お互い注意した方がいい。それと・・・情報販売。
これから色々面倒なことが起こるかもしれないから、俺に関する情報は俺の許可が下りるまでは絶対に売るな。そして漏らすな。いいな?」
「えー、わかったよ。兄ちゃんには、前に命を助けて貰ってるしな。やっぱり、命に勝るモノは無いね~」

現在得られる情報を把握した界刺は、樫閑の懸念に明るく応える。今回の『ブラックウィザード』の件で痛い目を見ている者としては、余り冒険したくない事柄であるが故に。
もちろん、冒険する場合の手立ても考えている。何せ、風輪学園は成瀬台と同じく第5学区にあるのだから。



ピロロロロロロロ~



「うん?誰だ・・・?ちょっと失礼・・・」

そんな折に界刺の携帯電話に着信が入った。画面に表示された名前は・・・免力強也

「はい。もしもし。どうし・・・」
「界刺さん!!やっと掛かった!!今何処ですか!!?」
「・・・どうした?」
「『ブラックウィザード』が『太陽の園』に!!!」
「『ブラックウィザード』が!!?」
「「!!!」」

免力から告げられた言葉を反芻する界刺。そして、その言葉に樫閑と情報販売の表情が変わる。

「僕と盛富士君は今、何とか電波妨害網から脱出した所だと思います。風路さんが、僕と盛富士君を逃がしてくれて・・・!!!」
「免力!!風路が『太陽の園』に居るのか!!?」
「はい!臙脂君のために、僕達3人が『太陽の園』に向かって・・・そしたら風路さんが『ブラックウィザード』の手先に気付いて・・・僕に言ったんです!
『このことを・・・・・・成瀬台の風紀委員や界刺さん達に伝えてくれ!!皆が来るまでは、俺が何とか頑張るから!!』って!!」
「風路が・・・!!」

免力の言葉に嘘は感じられなかった。風路は、遂に決断したのだ。風紀委員の力を頼るという決断を。ならば・・・

「免力!!他の連中への連絡は!!?」
「まだです!!界刺さんに繋がったことで、電波妨害網から抜け出たことを知りましたから!!」
「それじゃあ、すぐに他の連中へ連絡を取れ!!具体的には、鴉か寒村先輩に!!その後に、お前達はなるたけ安全な所に逃げつつ皆と合流しろ!!
間違っても、2人で『太陽の園』へ突っ込むなんて真似はするなよ!!いいな!?」
「わ、わかりました!!」
「それと!!林檎ちゃんの念話回線を全員に繋げておくように伝えろ!!このタイミングで連中が動いたってことは、“手駒達”の中に精神系能力者が居る可能性が高い!!
林檎ちゃんの念話能力なら、それに対する強力な防御壁になる!!俺達もそれに対する準備は整えておくから、そっちもキッチリしとけ!!」
「はい!!」

免力に命令を出した界刺は電話を切る。その表情は、何時に無く真剣なモノとなっていた。

「得世!」
「『ブラックウィザード』が動いた。俺達の存在に気付いたのかもしれねぇ。チッ、つくづく物事は思い通りにならないぜ!!情報販売!!」
「あー、何だい?」
風路形慈がお前に貢いだ金を全部本人に返せ!!つーか、お前が代理人でいいから風路が質に入れた臓器分の金をお前が利子ごと立て替えろ!!」
「はー!!?何でそんなことを・・・!!?」
「その代わり、俺がお前の命を助けたことの借りってヤツを帳消しにしてやる!!命に勝るモンは無ぇんだろ?だったら、それで等価交換だ!!」
「兄ちゃん・・・何でアンタがそこまで・・・!?」

情報販売は、界刺が何故風路のためにここまでするのか理解できなかった。会って数日しか経っていない人間のために、この男は今から命を懸ける。

「『軍隊蟻』風に言うなら、“義を以って筋を通し、筋を通せぬことを生涯の恥とせよ”ってヤツさ!風路は打てる手を全て打った!この短期間で打てるようになった!!
だったら、俺が応えないわけにはいかねぇ!!俺はあいつに力を貸す!!その先はあいつ次第だが、あいつのおかげで俺も自分を振り返ることができた部分がある。
その借りを返すだけさ。それ以上に、お前のあくどい商売には腹が立ってたんだ!!ちったぁ、痛い目見とけ!!」
「いや・・・痛い目見てんのは兄ちゃんの方・・・・・・大したお人好しだよ。全く・・・」

確実に損をしているのは風路では無く界刺の方だ。風路は借金が消え、質も帳消し。一方、界刺はこれからは金を支払わなければならない。他者の厄介事も今から引き受ける。
つまりは『他者のために』。それ以上に『自分のために』。『いわれなき暴力』を潰すという己が信念のために、命を懸ける。だが・・・これはこれで界刺らしいのかもしれない。


『な、何で俺を助け・・・た・・・?』
『気紛れだよ。何か助けておいた方がいいと思っただけさ。話は聞いてたけどさ、どっちもどっちだろ?なのに、お前だけ殺されるってのは何だか気に入らなくてね。
とりあえず、早く病院へ行くぞ。闇医者でも何でもいいから、さっさと教えろ!情報屋なんだろ?』


自分を助けた時も、唯単に情報をタダで得るために動いたんじゃ無い。情報販売という1人の人間を界刺なりに量って―『気紛れ』という名の己が意思の下―動いたのだ。
同時に己への危険をきっちり量り、その責任は己が負う。界刺は、己の選択に一切の後悔を抱かない人間だ。言い換えれば、選択の結果を他者のせいには絶対にしない人間だ。
だからこそ、この男は他者を積極的に助けない。無条件に救わない。キッチリ量ってから動く。全ては、己の選択がどんな結果に行き着こうと絶対に後悔しないようにするために。
少なくとも、情報販売(じぶん)の時はそうだった。ある意味では残酷で・・・ある意味ではとても優しい・・・そんな変わり者。そんな生き方が・・・ちょっとだけ羨ましくなった。

「・・・兄ちゃん」
「うん!?」
「あー、兄ちゃんに情報を売る時は、特別に割り引いてやるよ」
「・・・何か変なモンでも食ったの?」
「うー、失礼だなぁ。俺は、兄ちゃんのようなVIP客を失いたくないだけだよ」
「・・・そうか。サンキュ」

だから、そのちょっとだけを割引という形で現実に還元する。偶にはこういうのもいい。この直後、界刺と樫閑は情報販売の隠れ家を去って行った。






「得世!!その様子だと、今夜一気にカタを着けるつもりなのよね!?」
「あぁ!!そのために、色々準備をして来たんだ!!あの人の家に待機している姐さん達には連絡済。車を持ってるあの人の住まいが第4学区だったのは僥倖だな。
真刺達は、珊瑚ちゃんの能力で待ち合わせ場所へ向かってる。仮屋様の飛翔限界時間を浪費するわけにはいかねぇ。鴉や風紀委員会には、一応俺からも掛けておくか。
この時間帯だと、風紀委員達は帰宅してそうだな。サーヤに連絡取って、美魁と一緒に皆を迎えに行かせるか。それと、矯正ついでにあの娘の覚悟を試させて貰うか。
安易な火遊びの恐さを俺の問いと本音で実感してくれるといいんだけど・・・。優秀過ぎるから却ってドツボに嵌りそうなんだよなぁ。・・・後でフォローが必要かも」

界刺と樫閑は、足早にビルを降りて行く。ちなみに、ここに来る際は『光学装飾』によって“カワズ”の姿を隠していた。
ものの数分で、ビルの入り口から出た2人はここで最後の言葉を交わす。

「そんじゃあ、行って来るよ」
「えぇ。これは『軍隊蟻』の“指揮官”としてじゃ無い・・・私個人の気持ちよ。・・・頑張って」
「あぁ。ついでに・・・俺なりの区切りも付けて来るよ」
「区切り?」
「“ヒーロー”ってヤツの」

かつて、自分は“閃光の英雄”と呼ばれた。だが、あの頃の自分は“自分のことしか考えない無責任な英雄”だった。それが原因で、1人の少女を裏切ってしまった。
それを今日樫閑と再会し、思い出した。正確には自然公園でその一端は思い出していたが、今この時に明確に思い出すことができた。
思い出した以上はケリを着けなければならない。少女のために。そして・・・自分のために。少年の纏う空気が・・・一変する。

「今の俺は“詐欺師ヒーロー”って設定でね。嘘でも何でも付いて子供達を守るのさ。だったら・・・今夜はペテンの大判振る舞い、一夜限りの“ヒーロー”大復活祭だ!!」
「“閃光の・・・英雄”・・・!!!」
「あの頃の俺と今の俺がどう違っているのか・・・自分は本当に変わったのか・・・それを確かめて来る。『自分を最優先に考える“ヒーロー”』として。
ハハハッッ!『テメェ』にその勇姿・・・【閃苛絢爛の鏡界】の進化した姿を見せられないのは少し残念だけどよぉ。まっ、勘弁してくれよな?」
「・・・!!!」

帰って来た。あの“ヒーロー”が。かつての自分が憧れた“閃光の英雄”が。あの頃とは違う信念を抱いて樫閑の目の前に再臨した。
【閃苛絢爛の鏡界】・・・かつて樫閑恋嬢が界刺得世の戦い振りを見て名付けた『光学装飾』の“戦闘色”と“ヒーロー”という言葉を口にした・・・故に少女は“英雄”の帰還を確信した。
(樫閑恋嬢曰く、「【閃苛】には『戦火』・『戦禍』・『戦渦』を、【鏡界】には『境界』を掛けている」、「閃光の支配者によって齎された、絢爛華麗な、そして残酷無残な異界」とのこと。
ちなみに、【雪月花】については界刺が趣味のファッションにおいて『紋様』という装飾をあれこれ調べていた関係で適当&覚えやすいように付けた名前である)
その口調、その佇まい、その殺気・・・全てが懐かしい。思わず、“英雄”の手を両の手で握ってしまった程に。

「帰って・・・帰って来たのね・・・得世・・・!!私が最初に憧れた・・・閃光のように苛烈で、峻烈で、激烈な・・・・・・素敵な人!!」
「一夜限りの儚い夢(ペテン)だけどね」
「それでも・・・それでもアンタは帰って来てくれた!!本当の意味で私を最初に認めてくれたアンタが・・・今ここに居る!!」
「別に、君のためだけに帰って来たわけじゃ無いよ?それに、『帰って来た』って表現が正しいかどうかも不透明さ」
「・・・フフッ。そうね。だったら・・・得世。アンタの『生まれ変わった』姿を・・・新しい“閃光の英雄”を・・・この世界に思う存分見せ付けて来なさいよ!!!」
「・・・んふっ。そうするよ。まぁ、それが『幸』か『不幸』かは受け取る人間次第かな?」
「・・・可能な限り背負うつもりなのね?『シンボル』もアンタの仲間も知り合いも依頼人も風紀委員会も丸ごとひっくるめて。アンタなりのやり方で彼等を守るために。
新しい“閃光の英雄”に・・・“ヒーロー”になるってことはそういうこと。あの時とは違う『本物』の“ヒーロー”として、『背負わない』という退路を絶ってアンタは戦場に立つ。
どうせアンタのことだから、間違ってもバカ正直にそんなことを周りへ言わないんでしょうけど・・・」
「・・・俺なりの都合や計算も多分に含まれているよ?切り捨てる時は躊躇無く切り捨てたりもするだろうし」
「わかっているわよ。アンタは、自分の都合や計算に情や義を含めることができる人間だし。それが、どれだけ苦しいモノなのかを今の私はわかっているつもりよ。
だから・・・死なないでよ?背負うモノの重さに潰されないでよ?アンタの覚悟の証を・・・後でちゃんと私に報告しなさい!!」
「・・・・・・んふっ。・・・そうだ、恋嬢。久し振りに“アレ”をやってよ。景気付けにさ」
「・・・わかったわ。それじゃあ、後ろを向きなさい」

“ヒーロー”の促しを即座に理解した少女は、込み上げる何かを堪能しながら手を動かす。指を動かす。人差し指を動かす。
樫閑(じぶん)の想いも『背負う』という“ヒーロー”の真意を瞬時に理解した少女は、自分の言う通りに背を向けた“ヒーロー”へ自身の想いを込めて書き記す。



『いっつもボロボロになって帰って来るなんて情けない!!それでも“閃光の英雄”なの!!?』
『うるせぇ・・・。テメェには関係無ぇだろ。友達気取りしやがって・・・鬱陶しいったらねぇ』
『大アリよ!!・・・こうなったら、私が気合いを入れてあげる!!』
『気合い・・・?こりゃまた、テメェらしくも無ぇ頭の使わなさっぷりだな・・・恋嬢?』
『下の名前で呼ぶな!!くそっ、何回言っても無視して・・・!!私の言うことなんか全然聞かないんだから!!』
『何で、俺がテメェの言うことなんざ聞かなきゃいけねぇんだ?俺は誰かに恭順するつもりは無ぇよ。俺は俺の思うように生きる』
『そんなんだから・・・アンタは放っておけないのよ(ボソッ)』
『あん?何か言ったか?』
『う、うるさい!!テメェには関係無ぇだろ!!』
『・・・俺の口調が混じってんぞ?つーか、テメェが『テメェ』って言葉を使うのは初めてだな。俺の口調は荒いからよ。伝染しても知らねーぞ?』
『そ、そんなことより!!今度から、“猛獣”との決闘前までは私も付いて行く!!そこで気合いを入れてあげるわ!!』
『・・・どんな気合いの入れ方だ?火打石みたいなモンか?』
『違うわよ!!えっとねぇ・・・』






“Yes or Die”






「“Yes or Die”・・・“自分の信念を貫き通せ。さもなくば死を”・・・か。“Yes”には“肯定する”って意味もあるし・・・何より君らしい檄だよね。
この文字を決闘前に君の指で背中になぞって貰うのが、死闘の最後の方では通例になっていたねぇ」
「そうね。・・・昨日のことのように思い出せるわ。あの頃の光景を」

着ぐるみの上から、樫閑は檄文をなぞり上げた。あの頃のように。“英雄”と共に夢中で走り続けた在りし日々のように。
結局は2人共に当時(いま)だけを考え、己が未来について深い考えを持たずに生きる『蛬(キリギリス)』だった昔のように。
かつて見飽きる程凝視した背中を光景に重ねながら、未来についても深く考える『蟻(アリ)』となった少女は“ヒーロー”に決まり切った言葉を告げる。
同じく『蟻』となった“ヒーロー”も。そこに込められたモノは・・・やはり2人にしかわからない。騒々しくも一瞬一瞬が煌く日々を駆け抜けた『蛬』達にしか。

「『得世・・・行ってらっしゃい!!』」
「『あぁ・・・行って来る!!』」


かくして、“閃光の英雄”は少女の檄を背負って出陣した。その身に“詐欺師ヒーロー”という仮面を被りながら。

continue!!

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2013年03月08日 21:02