ズガガガガガガガ!!!



ここは、施設内東部方面に位置する倉庫街。ここへ不時着した159支部+花盛支部の冠に向けて、『ブラックウィザード』の構成員達が建物の影から機関銃を連発する。
それ等を一厘の『物質操作』及び鉄枷の『金属加工』で作り出した金属の盾をもって防御する。



バリバリ!!!
ブオオオオォォッ!!!



湖后腹が放った雷撃の槍と破輩の『疾風旋風』で束ねた強風が機関銃を操作する構成員達を迎撃する。
両者共レベル4の高位能力者。その威力は構成員達を薙ぎ払うことを容易にした。



ドン!!ドン!!



そこに突入して来たのは、成瀬台を襲った旧型駆動鎧の群れ。機械の手が握っている対隔壁用ショットガンが破輩達・・・では無く彼女達の上方にある建物に向けられる。



ドガガガガン!!!



ショットガンが噴火し、建物の壁を瞬く間に破壊する。その瓦礫が破輩達に降り注ぐ。



ピタッ!!



無論、瓦礫の落下を待つ道理は無い。一厘の『物質操作』で15kg以下の瓦礫を浮遊させ、それ以外の瓦礫は湖后腹が電撃で破壊して行く。



ドーン!!!
ブオオオォォッッ!!!



動きが止まったのを好機と見た駆動鎧の群れは大量の炸薬によって衝撃波を発生させる空砲の引き鉄を引く。
それに対抗するように破輩が『疾風旋風』で固めた暴風の塊を解き放つ。衝突する衝撃波。馬力は・・・破輩が上回る。



ブオオオオオオオオォォォォォッッッ!!!!!



勢いを増した暴風が駆動鎧の群れの中核を吹き飛ばす。但し、吹き飛んだ先に建物が無いよう大まかに調節してである。その光景に駆動鎧の動きが鈍る。だが・・・



ズガガガガガガガ!!!



再び機関銃の轟音が風紀委員達を襲う。態勢を立て直した構成員が再度の攻勢を仕掛けて来たのだ。
先程からこの繰り返しである。おかげで破輩達は一向に先へ進めないでいる。






「くそっ!!私達を閨秀達の所へ向かわせないつもりだな!!?」

物陰に退避した風紀委員。その中で冠が苛立ちを露にする。『心はクールに』を信念とする彼女がここまで苛立っているのは、『ブラックウィザード』の狙いを看破しているからである。
彼女の『炎熱装甲』は、主に近距離戦に特化した能力である。着用しているライダースーツは耐熱耐冷耐電防刃防弾の機能を備えてはいるものの、衝撃波を防ぐことはできない。
旧型駆動鎧が放つ空砲は、冠にとって天敵のようなモノである。

「湖后腹!!ぶっちゃけ、お前の能力で“手駒達”を操作してる電波を撹乱できねぇのかよ!?」
「・・・“手駒達”はここには居ません!!あの駆動鎧の群れに乗っているのも、『ブラックウィザード』の構成員だと思います!!」
「何だと!?」
「きっと、電波を操れる俺対策だと思います。旧型駆動鎧を俺達159支部にぶつけているのもその一環だと」
「もしかして、私の『物質操作』への対策でもあるのかも!機関銃を操作している人間が“手駒達”なら、私の念動力でアンテナを外すことができたかもしれないし!!」
「私達のデータは、網枷の手によって全て『ブラックウィザード』に渡っている。それに応じた布陣か・・・。厄介だな・・・!!」

159支部の面々は、それぞれ渋い表情を作る。奇襲とは敵に対処の暇を与えない内に打撃を与えるからこそ効果を発揮する。
しかし、殺人鬼の一撃で風紀委員達の目論見は半ば破綻してしまっている。『ブラックウィザード』に対処の暇を与えてしまったのだから。

「本当なら、旧型駆動鎧ごと『疾風旋風』で周囲一帯を吹き飛ばした方が早いが・・・」
「・・・『疾風旋風』の本領を発揮し難い状況ですね。何せ、どの建物に拉致された人・・・・・・新“手駒達”が隔離されているかわかりませんから」
「早過ぎる・・・・・・が、現実逃避するわけにはいかない。拉致されたと思われる人間は、既に“手駒達”化している」

破輩・一厘・冠は、一番槍の界刺からの情報―『音響砲弾』を通じて寒村、そこから椎倉→破輩という流れ―で朱花が“手駒達”になっていることを知った。
『痛覚が存在している』ことも合わせて。可能性の1つとしては考えていた。だが、低いとも考えていた。その可能性を・・・考えたく無かった。

「仮に『疾風旋風』で吹き飛ばしたとして、その後のフォローがこの暗闇では困難だ。気流を操作して地面へ安全に着地させる芸当は、今の状況だとかなり難しい」
「・・・『殺すつもりなら問題無い』ってことですか?」
「リンリン・・・!!」
「別に朱花さん達のことを言ってるんじゃ無いよ、鉄枷?私が言いたいのは・・・」
「『ブラックウィザード』の人間・・・ということだな?」
「・・・そうです」

一厘は、少し前に常盤台学生寮で行われた“講習”を思い出していた。あの時、“常盤台バカルテット”を相手に少しだけ『本気』を出した碧髪の男。
彼としては彼女達を殺すつもりは全く無かったそうだが、自分達はそう取らなかった。それだけの殺意を・・・示威行為をあの男は行った。
その結果、自分達は冷静な思考を保てなくなった。合理的な行動を取れなくなった。

「『ブラックウィザード』の攻勢が緩まないのは、そういうこともあるんじゃないですか?『風紀委員は自分達の命までは取らない』って・・・甘く見られてるんじゃないですか?
唯でさえ、“手駒達”とは違って自分の意思で薬物に手を出しているような人間です。薬の影響で、その辺りの“線引き”があやふやになっていてもおかしくは無い。
というか、平気で機関銃を撃って来る辺り私達の命なんてどうでもいいんだと思います」
「リンリンさん・・・。でも、俺達は命を奪うのが目的じゃ無いんですよ!?」
「わかってる!!でも、破輩先輩がさっき『疾風旋風』で駆動鎧を吹っ飛ばした時は確かに動きが鈍った。それは、『死の恐怖』を少なからず実感したからじゃないの!?」

一厘は、もう1つの光景を脳裏に思い描いている。それは成瀬台で起きた惨状。爆発物を処理した直後に一厘は仲間と共に成瀬台に足を踏み入れた。そこに広がっていたのは・・・


『あ、ぁぁぁああああぁぁ・・・・・・・』
『ガフッ・・・・・・ゴフッ・・・・・・』


何人もの警備員達が瀕死の状態に陥っている惨状。風輪の騒動で厳原が似たような状態になったが、その時は直に彼女の瞳には映らなかった。
協力を仰いだレベル4の1人が血塗れになって風輪学園のグラウンドに伏していたのは見た。それでも、深い傷は数える程でしか無かった。
だが、今回目にした光景は・・・重傷『しか』存在しない状態・・・・・・すなわち重篤の状態であった。目に映した瞬間、余りの吐き気に気を失いかけた。
こんな光景を生み出せる人間の気が知れないと、素直に思った。独り善がりのままに人を殺めることができる存在を・・・憎いと思った。

「破輩先輩と湖后腹君が構成員を吹っ飛ばした時・・・あれは手加減をしていた一撃だった。だから攻勢が緩まない。『ブラックウィザード』は私達を殺しに掛かってる!!
私だって人を殺めたく無い。絶対に殺めたく無い!!でも・・・このままじゃあ守れるモノも守れなくなる!!」
「リンリン・・・!!」

鉄枷は一厘が抱く矛盾を理解する。人を守る力と人を殺める力。この両者は相反するモノでもあり、同一のモノでもある。
超能力は一歩間違えれば人を殺める力になり得る。だからこそ、使用者には厳然足る“線引き”が求められる。でなければ後悔する。
今の一厘は、その“線引き”が乱れかけている状態なのだ。守るモノ―閨秀と抵部―が殺されようとしている可能性に。
自分達を阻む存在―『ブラックウィザード』―が存在する現実に、少女は抵抗する。どんな手を使っても。風輪の騒動で行使したあの“禁じ手”を使ってでも。

「せめて、相手に明確な『死の恐怖』を与えるくらいの攻勢を私達が示さないとずっとこのままです!!何とかしないと・・・何とか・・・!!」

抑止力。『死の恐怖』による絶対的な抑止力。正義の味方である風紀委員が出していい言葉では無いのは百も承知。普通なら『あなたは間違っている』と指摘されること請け合いだ。
だが、ここは戦場。普通が通用しない世界。普通のままでは命が失われる可能性がある現実。

<破輩先輩!!>
「!!佐野か!?」

そんな切羽詰った風紀委員達に、力強い仲間の声が聞こえて来た。成瀬台を強襲された時に軽くない傷を負った佐野馬波の凛とした声が。

<今の戦況はどうですか!?>
「足止めを喰らってる状態だ!!このままだと・・・」
<閨秀先輩達には、成瀬台の勇路先輩が向かいました!!>
「勇路達が!?」
<はい!!通信機の位置はわかっていますから。唯、通信機を装着していたために2人共に携帯電話の電源を入れていないようで、GPS機能を利用した位置捕捉はできていません。
とにかく、その周辺に閨秀先輩達が居ると思われます。到着までにはもう少し時間が掛かるでしょうが、破輩先輩達よりは早く着くかと。
なので、先輩達は思う存分足止めを堪能して下さい。勇路先輩の疾走を邪魔する連中すら巻き込んで>
「よ、よかった・・・!!」
「リンリンさん・・・」
「リンリン・・・」

佐野の朗報を受けて、一厘の緊張で凝り固まった体を少しだけ弛緩させる。勇路の身体能力なら、猛スピードで閨秀達の下へ辿り着けるだろう。
何より、勇路には『治癒能力』がある。その場での治療がすぐにでも可能な存在が彼女達の下へ疾走している。

「冠!!」
「あぁ!!」

破輩の掛け声に冠が強く応える。今までは何としてでも閨秀達の下へ急行しなければならない事態に慌てていたが、その必要が無くなった。
佐野のある意味非情な言葉―チンタラしている自分達より勇路達の方が早い―は風紀委員達に冷静さを取り戻させた。同時に、彼女達が為すべきことも付随させて。
勇路達が迎撃される可能性は0じゃ無い。しかし、今の自分達では閨秀達の下に辿り着くまでにどうしても時間が掛かる。物理的障害も立ち塞がる。
ならば、自分達が為すべきことは勇路達のバックアップである。彼等に差し迫る危害を、自分達の手で取り除く。それが、閨秀達を救う大きな一助となる筈だ。
何より、勇路を信じられなくてどうするのだ?仲間を信じられなくてどうするのだ?
信じられなかったから、自分達は殺人鬼の言葉に惑わされたのではないのか?あの醜態を繰り返すわけにはいかない。

「よっしゃ!!こうなりゃ、この足止めってヤツを『俺達の』足止めじゃ無くて『連中の』足止めに変えてやらぁっ!!!」
「ですね!!駆動鎧相手なら俺もそう手加減する必要は無いですよね。よーし、佐野先輩の言う通り思いっ切り堪能しましょうか!!」
「湖后腹君が駆動鎧なら、私は構成員ね!!手加減はしない!!『DSKA―004』の恐ろしさを思い知らせてやる!!」

鉄枷・湖后腹・一厘も各々の覚悟を固める。一厘の言うことももっともだ。自分達は完全に舐められている。
殺す・殺さないは別にして、敵に対して『死の恐怖』を示すこともできない存在だと捉えられている。・・・黙ったままでは居られない。風紀委員の矜持に懸けて。


『では、借りを返そう・・・・・・哀れな弱者共』


自分達は哀れな存在では無い。弱者でも無い。それを証明する。この冷酷無慈悲な戦場で必ず。

「お前等・・・フッ。なら、私も『疾風旋風』の真髄を連中に見せ付けてやるとするか。お前等、私の操作する暴風に巻き込まれるなよ!?命の保障はしないからな!!」
「えっ!?ちょ、ちょっと待って下さいよ!!」
「リンリン・・・お前が私に言ったんじゃないか。『「殺すつもりなら問題無い」ってことですか?』って」
「私達を殺してどうするんですか!?全く・・・(ブツブツ)」
「・・・フッ。どうだ、リンリン。少しは緊張が解れたか?」
「えっ・・・。あっ・・・」

一厘は、破輩が自分のことを気に掛けてくれた上での言葉だったことに気付く。

「私だって人を殺めたくは無い。それはお前と一緒だ、リンリン」
「破輩先輩・・・」
「だから、リーダーとしてお前達と共に成し遂げたい。人を殺めることでは無い方法でこの事件を解決するというハッピーエンドを」

ハッピーエンド。それが誰にとってのハッピーエンドになるかはわからない。幾人もの重傷者・重体者が出ている現状では、そもそもハッピーエンドが存在していないのかもしれない。
しかし、それを目指さない理由は何処にも存在しない。少なくとも、ここに居る面々はそう考えた。

「は、はい!!私もハッピーエンドを目指したいです!!諦めたく無いです!!」
「お前達も・・・だよな?」
「「「(コクッ)」」」
「よしっ!それじゃあ、この足止めを吹っ飛ばして勇路達の応援に回る!!気を抜くな・・・」






ピカッ!!!!!






今後の動きについて指示を出していた破輩の言葉を中断させたのは・・・閃光。暗闇の世界の中に突如として出現した直径数百mにも及ぶドーム状の異界。
幾筋もの幾何学模様で覆われた表面に日食を模した漆黒の太陽が複数浮かび上がり、更に各々の中心から巨大な眼球が瞬きを繰り返しながら浮かんでは消えて行く。
唐突に現れた異界に気を取られてしまったのか、戦場に木霊していた轟音がピタリと止んだ。誰もが戦闘行為を中断せざるを得ない事象・・・抑止力足る『死の恐怖』。
明確に人を殺める力。“絶望”の異界。『光学装飾』の“戦闘色”・・・【閃苛絢爛の鏡界】。破輩達が目指すハッピーエンドを否定しかねない『いわれある暴力』。
同時にこの光景が示す事態―殺人鬼の存在―も否が応でも認識させられる。あの男もまたハッピーエンドとは対極の位置に存在する“怪物”。

「あれは・・・!!」
「界刺・・・だな。おそらく、殺人鬼と戦闘状態に突入したんだろう。あれが奴の『本気』か・・・!!」
「界刺さん・・・!!」

湖后腹の問い掛けに破輩が応える傍で一厘が自身恋する少年の名前を呼ぶ。事前に界刺から『「本気」を出す時は合図を送る』という言伝があった。
そこに、薄気味悪い幾何学模様が浮かんだ異様なドームの出現である。彼からの合図と判断するには十分な代物である。

「何度も言うが、界刺と殺人鬼の戦闘には『私が許可しない限り』は首を突っ込むな!!下手をしなくても、私達の命が危ない!!これは厳命だ!!」
「わ、わかりました!!」
「ぶっちゃけ、あの奇妙奇天烈な模様が浮かんでる空間に突っ込みたくないぜ!!中で一体何が起きてんだ?」
「界刺さん・・・どうかご無事で・・・!!」
「“閃光の英雄”界刺得世・・・か」

駄目押しとばかりに破輩が厳命を下し、湖后腹、鉄枷、一厘、そして花盛支部リーダーの冠は思い思いの言葉を呟く。
界刺があの殺人鬼を抑えられるか―もしくは返り討ちを喰らうか―によって、この戦場の大勢は大きく変動する。
自分達の手には負えない可能性大の殺人鬼を部外者である人間に任せている屈辱は、風紀委員会に所属する人間全員の共通認識であった。






「界刺さん・・・!!」

【鏡界】の圏外にある5階建ての建物の屋上に身を伏せているのは、界刺から背中を任された―という嘘を付かれた―水楯。彼女は、今目の前で起きた光景に目を瞠っていた。

「(このドーム・・・全然中の様子が見えない!!)」

水楯は不動から貸して貰った予備のだて眼鏡を掛けている。今の状態は“暗視&遠視モード”。僅かな可視光線や赤外線を用いた暗視を実現させるモード。
だが、【鏡界】の中を見通すことができない。何故なら、【鏡界】へ降り注ぐ可視光線がグチャグチャに歪められ、また新たな可視光線が塗り替えているからだ。赤外線も同様に。
先程少しの間だけ通信が途絶えた界刺の『赤外子機』は、【鏡界】展開直前に回線が復帰した。しかし、今の状況では赤外線通信によるやり取りさえ不可能な状態に陥っている。

「(界刺さん・・・。私に『背中を守ってくれ』って言ってくれた言葉・・・あれは嘘だったんですか!?)」

水楯は歯噛みするのを止められない。自分は戦闘準備を万全にしている。近くにある水道管に傷を入れて、そこに『粘水操作』で操作する水を繋いでいる。
界刺の身に何かあればすぐにでも飛び込めるように。なのに、この【鏡界】は水楯の侵入を阻んでいる。もし、不用意に侵入すればそれが界刺にとっての致命傷になりかねない。
それがわかっているから水楯は動けないでいる。自分の行動が界刺を危険な目に繋がっては本末転倒だ。

「(・・・・・・こうなったら方針を改める。このドームが形成されている限り、界刺さんは生きている。
だったら、私は外部からの攻撃対処に万全を尽くす。それは、界刺さんの背中を守ることに繋がる筈。・・・誰が相手でも私はあの人を守り切ってみせる!!)」

方針を改めた水楯は、決意を再確認した後に外部からの攻勢に気を払う。位置的に、本拠地東方から攻め入った風紀委員が真っ先に攻めて来る可能性は低い。
有り得るとすれば、『ブラックウィザード』と四方から囲むように攻め入る予定の警備員駆動鎧部隊における西方・南方侵入部隊である。
但し、“激涙の女王”にとって界刺を脅かす者は誰であっても同じである。彼女が“そう”判断したのなら・・・誰だろうが潰す。






「【閃苛絢爛の鏡界<せんかけんらんのきょうかい>】」

“英雄”が“私闘”の開幕を告げる。瞬間、【閃苛絢爛の鏡界】が顕現する。



ビュン!!!



「ほぅ・・・」

“怪物”が目に映る光景に少々の感嘆を混ぜた息を吐く。顕現した世界に映っているのは・・・星。星々。流星群。“英雄”にとって生涯忘れることの無い“あの”星空。
プラネタリウムのようにドームの『壁』にしか映っていないわけでは無い。銀河に見立てた多種多様な光球が空間全体に浮かび、廻り、奔っている。
“怪物”の瞳には“英雄”はおろか周囲にあった筈の建物や地面さえも映らなくなった。“英雄”以外―この場ではウェイン―は己の体すら瞳に映らない。視えるのは星々が移ろう世界。
まるで、体を無くした精神が銀河の中を漂っているような感覚。これこそが【鏡界】の真実足る【雪月花】の一角・・・“月”の【月譁紋様<げつがもんよう>】。
太陽の光を照らす月のように、【鏡界】内に閃光の支配者が顕現した光の『幻惑』を溢れさせる。『幻惑』とは・・・すなわち『眩惑』。
【月譁紋様】に『眩惑』を加えれば、生物を失明に至らせる程の強力な可視光線を顕現させることも可能。
『六枚羽』と戦闘した際に用いたサーモグラフィーやドップラー・ライダーのような感知能力等も【月譁紋様】の領域である。

「(以前俺の視覚を封じた手段とは違うな。状況から見て、俺個人を対象にしたのでは無く外部からの攻勢にも備えて一定領域ごと能力で覆ったか。
目に映る・映らないを組み合わせて、距離感や平衡感覚を狂わせる。この空間がどれ程の広さなのか、たとえ糸を用いても容易には測らせないということ。面倒ではあるか・・・)」

“怪物”は目の前の光景から“英雄”の狙いを量り、目を瞑った後に周囲へ念動力に包まれた極小の糸を散布する。
視力に頼れない以上、感知用の糸は“怪物”にとって生命線になり得る重要な手札である。
サングラスや暗視装置を使った所でこの男には通用しない。信を置けるのは己の力のみ。

「では、始めるとしようか。界刺得世・・・貴様の『本気』を・・・・・・ッッ!!?」



ジュアアアァァッッ!!!



“英雄”の殺気を感じ取った直後に起きた異変。顔が、首が、手が『焼ける』。露出している皮膚全てがたちどころに。周囲に散布していた極小の糸も全て焼け落ちる。
一方、露出していない部分には予め体と服の間に直径2cmの蜘蛛糸を纏わせていたために影響は無い。

「クッ!!!」

殺気を感じた瞬間から動いていた“怪物”が、露出部分から糸を射出し防護+【鏡界】顕現前に近くの建物へ飛ばしていた糸の1つを拡大・操作し、後方へ離脱する。
これこそが【鏡界】の真実足る【雪月花】の一角・・・“花”の【千花紋様<せんかもんよう>】。自身より最大で半径15m内を赤外線加熱炉化する赤の陣形。
通常発生させるモノとは桁が違う強大熱量を及ぼす赤外線を用いる。加熱炉内に存在する物体は最高で1300度に達するが、赤外線を自在に操る“英雄”には何の影響も無い。
通常の燃焼のように空気(酸素や水素等)が反応するわけでは無いので、燃焼における弊害(例:燃焼で酸素が奪われて息苦しくなる)は発生しない。
最初の殺し合いの際に、糸でグルグル巻きにされた“英雄”が瞬間的な赤外線輻射で危機を乗り切った力の真の姿がこの【千花紋様】であり、水楯の侵入を拒んだ理由の1つである。
但し、半径15mを越えた強大熱量を齎す赤外線はそのままでは自動的に消滅する・・・というか維持できなくなる。それが演算による赤外線加熱炉の限界範囲なのだ。






ゾクッ!!!






加熱炉外に離脱した“怪物”は感じ取る。“英雄”の殺気が更に膨れ上がった瞬間を。
反射的に蜘蛛糸による緊急回避―体に纏う糸の念動力をも操作して―を行う。しかし・・・



ビュッ!!!



「グゥッ!!!」

“怪物”の左脹脛を目に映らない光線が焼き貫く。蜘蛛糸を纏っていたのにも関わらずである。また、姫空の『光子照射』をかわしたあの“怪物”が今度は避け切れなかった。
これこそが【鏡界】の真実足る【雪月花】の一角・・・“雪”の【雪華紋様<せっかもんよう>】。
“超近赤外線”を用いた“親指大”サイズの不可視光線で、最多で10条もの光線を放つことができる。
自身より半径15m内に発射地点を設置可能(【千花紋様】の限界である半径15mを超えるために赤外線を一転集中した結果である)。射程距離は『光学装飾』の制御範囲内。
照射時間(=破壊力のある光線という性質を保てる時間)1.1秒。インターバル3秒。1条の最高温度は約2000度に達する。集束することで威力は更に上がる。
そして、【雪華紋様】の最大の特徴は殆ど威力を減衰させないまま光線を意図的に『屈折』させることができる点にある。
直進性に特化しているレーザー及びレーザー系能力者には真似することが困難な芸当を、光学操作の『基本』を極めている“英雄”は実現させた。
その分、直進性を極めている高ランクのレーザー系能力者に比べれば威力や照射時間等は一歩劣るが(ちなみに、【雪月花】はそれぞれ単独で行使可能)。
“怪物”も放たれた光線が直進するだけなら回避することはできた。だが、“英雄”は【月譁紋様】にて“怪物”の挙動や糸の設置場所から動きを何パターンか予測し、
予測に沿って様々な角度から放った光線をそれぞれ屈折させることで命中確率を上げたのだ。これこそが、トリッキーに秀でた光学攻撃の真髄。
不動・水楯・仮屋に比べて全体的に直接的な攻撃力に欠けていた男が編み出し、研磨し、進化させた戦闘方法・・・欠陥が目立った昔とは違う強大な力・・・【雪月花】。

「(何て野郎だ!!1条しか当たんねぇのかよ!!順序立てて隙を作ったってのに!!)」

しかし、“怪物”に確かな攻撃を与えた“英雄”は内心で舌を巻いていた。何しろ、放った10条の光線の内明確に命中したのは1条だけなのだから。
やはり、“親指大”という光線サイズの小ささがネックなのか。内ポケットに潜んでいた拳銃を他の1条で撃ち貫けたのは良しとしても、これは決定的な有利には働かない。
“怪物”の体にくっ付いていた複数の回避用の蜘蛛糸の位置も含めて計算し、必殺の十撃を放った筈なのに。本来であれば、この攻撃で“怪物”は死んでいなくてはならない。

「(反射神経のレベルじゃ無ぇ!!俺の攻撃するタイミングがわかってねぇと、あんな回避はできねぇ!!
さっきの【千花紋様】の時もそうだったが、一体どんなタネを使ってやがる!!?糸の牽引力も想像以上だったから、計算外のコースへ逃げられちまった!!)」

それはタイミング。“怪物”は10条の光線が放つ直前の刹那から回避行動を取っていたのだ。こちらの攻撃するタイミングがわかっていなければできない芸当である。
また、【雪華紋様】の最大の特徴である『屈折』にも幾つか制限がある。例えば、『屈折』の角度に限界は存在するということ。最大でも90度弱が限度である。
そして、それ以上に重大な制限が『「屈折」的光線は照射前(=インターバルの3秒)に予め演算していたコースを走る』というもの。この制限は、言葉以上に厄介であったりする。
通常の直線的光線は照射開始から1.1秒間は上下左右に振ることができるが、『屈折』的光線の場合はそれができないのだ。
照射中の1.1秒間に新たな屈折パターンを計算・実現することが不可能故に。加えて、光速の『屈折』は演算がとても複雑なために『屈折点』を4~5つ程度に抑えている。
すなわち、これが実戦で使える数なのだ。当然ながら『屈折』的光線が1.1秒も持つわけも無く、実質的に刹那の運用に限られる。


「(タネはわからねぇ・・・が、このまま押し切る!!)」

“英雄”は再び【雪華紋様】を発動する。インターバルの3秒を経て、10条の目に映らない『屈折』的光線が“怪物”に襲い掛かる。






ジジジジジジ!!!






「!!!」

今度は“英雄”が瞠目する側となった。【雪華紋様】発射前から“怪物”は対策を打っていた。それは、『蛋白靭帯<スパイダーズスレッド>』の“真価<アウトレイジ>”の一端。
『蛋白靭帯』で作り出す蜘蛛糸の中で最大の直径3cmの糸が羽織るコートを内側から破り、“怪物”の全身を何重にも覆う。
繭では無い。それは、まるで獅子の化物が白骨化したような白の異形であった。強靭な念動力も合わさった『蛋白靭帯』最硬の鎧を身に纏った“怪物”へ“英雄”が放つ2000度の光線が10条直撃し・・・結果・・・耐えられた。

「マジか、よ・・・!!!」

思わず声に出してしまった。驚愕の態度を露にしてしまった。それだけ、目の前の光景が信じられない証拠。
同時に、驚愕によって見開いた瞳に映った光景から“英雄”はある救済委員の顔を思い浮かべる。

「(こりゃ、少なく見積もっても金属操作並の念動力使いだな。同系統の鉄枷の助けがあったとは言え鴉達がよく勝てたなって今でも思うぜ。金属操作も大概反則野郎だ。
念動力って、超能力の代表的存在なだけあってバリエーションが豊富だわ。金属操作にしろ涙簾ちゃんにしろ仮屋様にしろ珊瑚ちゃんにしろ、やっぱパワー型の念動力系はクソ面倒臭ぇ!!)」
「ククッ・・・クククククッッッ!!!俺の“真価”を引き出させる攻撃に一切の躊躇が存在しない殺意・・・か。
成程・・・これが貴様の『本気』か!!ククッ、確かに貴様は俺の全力でもって相手をするに相応しい敵のようだ!!界刺得世!!!」

“英雄”の驚愕をよそに、宙に浮遊する“怪物”の愉悦交じりの笑い声が【鏡界】に響き渡る。迸る凄まじい殺気はそれ以上に【鏡界】を揺るがす。
負傷した左脹脛は、制菌作用や細胞促進作用を持つ蜘蛛糸で縫合した。そして、念動力で動く蜘蛛糸に覆われている以上脚の力は然程必要無い。
そんな『蛋白靭帯』で作り出した蜘蛛糸は、太さ・念動力・アミノ酸配列における各性質を飛躍的に高める分子レベルでの最適化を行うことで強靭な接続・保護・固定を成し、
加えて太陽等から放射している紫外線を蜘蛛糸(アミノ酸)に吸収させておくことで、糸の強度を更に増すことを可能とする。
蜘蛛糸には紫外線を吸収するものと反射するものがあるが、今回使用しているのは前者の方である。この最硬モードに用いられる糸は特に衝撃に対する防御能力に秀でており、
学園都市製の大型ガトリング砲や滑腔砲(APFSDS等)ですら貫通することが叶わず、ハリケーン等の強大な衝撃さえ“怪物”の体に至らすことができない。
『皆無重量』を操る閨秀美魁の十八番でもある超重量物体の射出・投擲といった大質量攻撃も、束ねた糸で数千トンもの超重量を支え切れる性質故に効果は望めない。
その上高温に対しても相当の耐性を持ち、あの『六枚羽』が放つ2500度にも達する『摩擦弾頭』に耐え得ることができる(逆に言えば、この温度を超える規模なら耐え切れなくなって来る)。
『蛋白靭帯』は、総合力という観点ではレベル4において最上位クラス―レベル5に近い―に位置すると言っても過言では無い。
他には、穏健派救済委員である金属操作が繰る『金属操作』や風輪学園第6位の黒丹羽千責が操る『状態変化』等もこれに該当する。

「(チッ・・・とりあえずは、【雪華紋様】の集束光線・『閃熱銃』・『閃光大剣<カリバーン>』をぶつけてみるしか無ぇ!!あの感じだと【千花紋様】は決定打にならねぇ!!
後は『樹脂爪』の電撃くらいなモンか。【千花紋様】で極小からある程度の太さの糸を、【月譁紋様】で視覚を封じられているのが救いだが・・・。
博打も博打な『アレ』を切るタイミングは絶対に間違えるわけにはいかねぇ!!ハハハッッ・・・文字通りの“怪物”だな、ウェイン!!!)」

“閃光の英雄”は流れる冷や汗を実感しながらも『閃光剣』状態の<ダークナイト>を連結し、更なる対抗策を練りながら・・・“嗤う”。修羅の如き冷酷な瞳と笑みを浮かべながら。
他方、先端がドリル状になっている糸の尾を腰から垂らし、ボサボサの黒髪を鷲羽根を模した白い糸で一本の鬣に束ね、両肩には雷神鳥の顔面を表顕した肩当てを形成し、
両手・両足には糸で形作られた鋭利な狼爪を構え、死鳥を象ったスリムな最硬の鎧を体中に纏い、顔に獅子と骸骨が融合したかのような糸の仮面を装着する“怪物”は、
『蛋白靭帯』の更なる“真価”を示すかのように蜘蛛糸でできた巨大な長槍を作成した後に、“英雄”へ向けて声高らかに死刑宣告を行う。
かの神話において物語や秩序を掻き乱し、災いを齎す存在として語り継がれる蜘蛛(トリックスター)の如き横暴を込めながら。

「【獅骸紘虐<しがいこうぎゃく>】を・・・この俺の『本気』を出すに値する強者と巡り会えた世界の理に感謝しよう!!
さぁ、ここからは強者しか生き残れない残酷な世界のルールが支配する領域だ!!ククッ・・・死ね!!!」

閃光の群と暴虐の嵐が【閃苛絢爛の鏡界】に吹き荒れる。戦場全体の命運が懸かった最大の“死闘”が・・・本当の意味で始まった。






「・・・・・・ギリッ」

敷地のあちらこちらで戦闘音が響く中、薬物中毒者の手によって焔火は別の場所―方向的には北部へ―に運ばれていた。
殺人鬼の猛攻で建物の一角が崩落したことを受け、もっと離れた場所に移そうと薬物中毒者は中庭を駆け抜ける足を早める。

「ギリッ・・・ギリリッッ・・・ギリリリリリッッッ・・・!!!」

下着姿のまま運ばれている焔火は、今の自分のあられもない姿など気にも留めていなかった。薬物によって意識が朦朧としているせいでは無い。意識ならもう覚醒している。


『逃げてんじゃねぇよ、焔火緋花!!』


歯が潰れるくらいに噛み締める。その軋む音が周囲に聞こえる程に。それだけの“痛み”を、“我”を無理矢理叩き起こされる程の衝撃を“閃光の英雄”から与えられた。

「(私は・・・私は・・・また逃げていた!!!目の前に降り掛かって来る理不尽に打ちのめされて・・・・諦めて・・・・・・尻尾を巻いて逃げていた!!!)」

『自分を最優先に考える“ヒーロー”』に突き付けられた“痛み”。彼が示した不条理な現実を打ち砕く不屈の意志は、本来は自分が持ちたかった―示したかった―尊きモノ。
図らずもその尊きモノを見せ付けられた形となった少女は、自身の不甲斐無さに怒りまくっていた。

「(仲間に裏切られた・・・仲間が死んだ・・・お姉ちゃんが操り人形にさせられた・・・そんな理不尽な現実から目を背けていた!!!逃げていた!!!
たとえ・・・たとえその原因が全部私にあったとしても!!私は逃げちゃいけなかったんだ・・・!!目を背けちゃいけなかったんだ・・・!!)」

『本物』の風紀委員は、『本物』の“ヒーロー”はとても重たいモノを『背負う』。それが自分の手で生み出した最悪な結果だとしても、絶対に目を背けることは無い。
最後の最後まで背負って・・・その結果を次に活かす。自分の信じる信念を貫くために。

「(ムカつく!ムカつく!!ムカつく!!!あの人に・・・“閃光の英雄”にまた指摘されるなんて!!私が目指す『他者を最優先に考える“ヒーロー”』とは違う“ヒーロー”なのに!!
なのに・・・なのに・・・他者(わたし)が立ち上がる切欠を確かにくれた・・・!!間違いに気付かせてくれた・・・!!悔しい!悔しい!!メチャクチャ悔しい!!!
私・・・ボッコボコにされてばかりじゃない!!あの人に・・・『自分を最優先に考える“ヒーロー”』に負けてばっかりじゃない!!)」

今の焔火の頭の中を占めているのは、“閃光の英雄”に対する敵愾心(ライバル心)と自身に対する凄まじい怒りである。

「(あの人の言うことは正しい!正しい!!正しい!!!でも、その正しさに私が恭順しなきゃいけない謂われは無い!!私には私の信じたい道がある!!あの人とは違う道を!!
緑川先生に与えられたモノがたとえ“偶像”であったとしても、その“偶像”のおかげで今の私が居る!!後悔は微塵も無い!!!・・・・・・。
ま、まぁ、あの人は私に恭順を強要はしていないんだけど・・・私が目指す“ヒーロー”に『なりたくない』って言ってるだけなんだけど・・・ハァ。
私はまだあの人に何も示せてない・・・そうよ、私が不甲斐無いからあの人がツケ上がる!!だから、私の目指すモノがあの人の望むモノより劣ってるって敵に思われちゃうのよ!!)」

火花の如き迸りが少女の瞳に宿る。調教による肉体的・精神的負担は健在だ。すぐに解消されるようなモノでは無い。
弱音を吐いた。絶望の感情を抱いた。自殺まで考えた。だが、少女が抱いた負の念全てを蹴散らす程の威力があの“閃光の英雄”の光臨にはあった。

「(ムカつく!!不甲斐無い私自身に!!いえ・・・『私』に!!!何へこたれてんのよ・・・何諦めてんのよ・・・何絶望してんのよ・・・『私』!!!恥ずかしいったらないわ!!!
自殺なんかして何が解決するって言うのよ!!?現実から逃げてるだけじゃない!!!見たく無いモノから逃げてるだけじゃない!!!
愛玩奴隷なんかになって何の意味があるの!!?お姉ちゃんへの償いなんかになるわけ無いじゃない!!!甘ったれんじゃないわよ、『私』!!!くそっ!くそっ!!くそっ!!!
こんな媚薬如きで動きを封じられたままで居られるか!!何の結果も生み出せないまま終われるか!!界刺得世に・・・負けたままで居られるか!!!)」

青白い電流が少女の体を疾る。“閃光の英雄”の意志と言葉は、焔火に凄まじい活力を与えていた。
それは、彼女が夢に抱く“ヒーロー”がこの世界には確かに存在することを証明してくれたから。
少女の夢である『“ヒーロー”になりたい』という想いを、今の状況でも“英雄”が否定しないでくれたから。
何より・・・恥ずかしかった。『“ヒーロー”になりたい』という夢を抱いて風紀委員になった自分を知る“英雄”に、夢を殆ど諦めていた姿を見られたことがとても恥ずかしかった。

「(『助けに来てくれた』って思ったのに・・・。『私の悲鳴に応えてくれた』ってほんのちょっぴり期待しちゃったのに・・・。
『テメェやテメェの姉貴をこの手で「助けに来た」わけじゃ無ぇぞ?』ですって?『俺は、事の“ついで”にテメェへ一言二言言葉を掛けに来ただけだ!!』ですって?
何て自分勝手・・・!!何て独り善がり・・・!!何て気障でムカつく胡散臭い笑み・・・!!私なら・・・私があの人の立場なら!!!)」

焔火の動きに、彼女を運んでいた薬物中毒者が能力等をもって動きを封じようとする。だが、時既に遅し。今の彼女は・・・盛大に怒り狂っている。






「『この焔火緋花が来たからにはこれ以上悪者の好き勝手になんかさせないわ!!』の一言くらい叫んで思いっ切り格好つけてるわよ!!!!!」








バリバリバリ!!!!!









怒りが爆発した焔火の放った電流は、薬物中毒者全員を気絶させる程に強力なモノだった。



ドン!!!



「ぐぅっ!!」

当然の帰結として自分を担いでいた中毒者を気絶させた以上、焔火自身も中庭の土の上にその身を叩き付ける。
土の匂いが鼻腔を擽る。下着姿の体のあちこちに土が付着している。その冷たさが、想像以上に心地良かった。
その上、怒りに満ち満ちていた思考が一旦クリアになったことで耳を叩く遠方の轟音を認識できるようになった。

「ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・。グウウウウゥゥゥッッ!!!!!」

体にはまだ上手く力が入らない。性感帯化している体は少しの接触、少しの刺激で焔火の体を鈍らせる。それでも少女は這いずる。這いずりながら進む。

「ングッ・・・・ハァ・・・この、まま・・・このまま終われるか・・・!!」

這いずる度に土の付着が増加する。顔も土だらけ。口の中にも少し混じっている。彼女が目指す“ヒーロー”とはかけ離れた姿。にも関わらず、少女は進むのを止めない。

「私は背負わないといけない・・・仲間の死を。立ち向かわないといけない・・・裏切った先輩に。しっかり認識しないといけない・・・敵の操り人形になっている姉の現状を。
あの人は・・・界刺得世は界刺得世なりの理由で戦っている。きっと“閃光の英雄”として!!『自分を最優先に考える“ヒーロー”』として!!
あの人にできて・・・私にできない筈が無い!!『本物』の風紀委員に・・・『他者を最優先に考える“ヒーロー”』に・・・・・・私は絶対になるんだああああぁぁぁっっ!!!」

泥臭くなっても、土塗れになっても、少女は地べたを這いずりながら進む。土から芽を出した植物が花を咲かせようと懸命になるように。その先に自分が憧れた姿があると信じて。

「過去は・・・変えられない!!私が馬鹿で独り善がりだったことも!!私が風紀委員会に加わったことも!!私のせいで傷付いた人や死んだ人が出たことも!!
でも、未来なら変えることはできる!!今の私次第で!!お姉ちゃんの手を血で汚させないように!!仲間の犠牲をこれ以上増やさないように!!裏切った先輩の凶行を止めるように!!
全部・・・全部私の手で変えることができるかもしれないんだ!!!だったら・・・私は進む!!進み続ける!!!この身に・・・『死』という重い咎を背負ってでも!!!」

自分が生み出した結果に唯絶望していては何も変えることなどできない。ならば、どんな結果に行き着くにせよ変えるためにできることをする。

「真面・・・殻衣っち・・・・・・(グスッ)・・・ごめんなさい・・・!!!私・・・・・・行くね」

ここには居ない仲間に一言だけ謝罪する。一言だけだからこそ、そこに込められた想いは途轍も無く重い。
死んだ者が生き返るわけでは無い。傷を負った過去が変わるわけでは無い。それでも進む。無視するのでは無い。背負って・・・背負い切って・・・この手で未来を変える。



バン!!!



焔火の視線の先―建物の扉―から幾人もの人間が現れた。彼等は・・・『ブラックウィザード』の“手駒達”。おそらく焔火を捕獲しに来たのだろう。

「(早速、不条理な現実が現れたわね!!網枷・・・先輩といい今回といい・・・世界はつくづく私の足を引っ張るのが好きなのかしら?でも・・・グウウウゥゥッッ!!!)」

焔火は何とか身を起こそうとするが、どうしても力を保つことができない。力が抜けた腕が曲がり、再び顔が地面へ落下する。

「(ガッ!?・・・くそっ!!捕まるわけにはいかない!!いかないのに・・・!!!)」

“手駒達”がすぐ傍までやって来た。薬のしぶとい効果に焔火が苦渋の顔色を浮かべる。しかし、その瞳の力は失われていなかった。
動けないのなら電撃で迎撃する。今の状態では連発できるかどうかも怪しいが、それでもやる。このまま終わるのは・・・諦めてしまうのは・・・もうこりごりだったから。

「私は・・・私は・・・・・・絶対に諦めない!!!」









ズサッ!!!ズサアッ!!!ズバッ!!!









当初、焔火は何が起こったのかを理解することはできなかった。何故なら、空間移動で突然現れた黒い包帯で顔を巻いた人間が、
閃光を先端に宿した幾つもの小針を“手駒達”の脚に投射した後に髪ごと小型アンテナを切り捨てたという光景だったからだ。

「・・・・・・」
「(あ、あの“剣”は・・・!!)」

少しして理解が思考に追い着いた。見間違える筈が無い。6月の終わりに荒我と共に対峙した救済委員の1人。
自分の“先輩”を名乗る男に打ち負かされた際に目にした、鉄爪から伸びる・・・光の“剣”。『閃光小針』と呼ばれる神谷の『閃光真剣』と同系統の能力を持つ男の名は・・・

「麻鬼・・・天牙・・・!!!」


元176支部風紀委員にして現過激派救済委員の1人・・・麻鬼天牙。救済委員事件以来の出会いは、両者に何を齎すのであろうか・・・。

continue!!

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最終更新:2013年08月30日 20:05