<キョウジ!!新手だヨ!!>
<あぁ!最新のセキュリティソフトをインストールしてやがるな!!>

ブラックウィザード』の本拠地内のネットワークに侵入した初瀬と電脳歌姫は、あるサブコンピュータ内でウィルス除去プログラムと戦闘していた。
それは、初瀬も知っている最新のセキュリティソフトで休みの日に買いに行こうと思っていたプログラムソフトであった。

<良い機会だ!!無料体験版の時とどう変化したのか俺の『阻害情報』で見極めてやる!!>
<ヒュ~ヒュ~♪カッコイイキョウジは珍しいから見て損は無いナ。ガンバレ~>
<ガクッ!!>

歌姫の褒めているのか貶しているのかよくわからない応援に項垂れながらも、初瀬は自分達をコンピュータウィルスと判断したセキュリティソフトのプログラムの改竄に着手する。
2人が侵入した場所は“手駒達”を操作しているメインコンピュータ・・・では無く、施設内に存在するサブコンピュータの1つであった。
初瀬は、そのコンピュータを足掛かりにメインコンピュータとの回線を捕捉、遮断されないための改竄を最優先に行い、常時回線を繋げている状態とした。
また、他のサブコンピュータを経由して電子攻撃を受けないようにそれ等からのアクセスを遮断した。
初瀬の『阻害情報』は、情報そのものをダイレクトに操作するタイプの能力である。但し、意識をネットワークに介在する弊害なのか初瀬という『カタチ』が電脳世界に発生してしまう。
初瀬という人間が発現した超能力なので、他の情報制御能力者が彼と同じとは限らない。唯、彼の場合は『カタチ』がプログラムの一種として電脳世界に顕現する。
『カタチ』のプログラム情報の改竄は幾らでも可能なのでアシが着いたことは無いのだが、仮にセキュリティソフト等で『カタチ』が駆除されれば情報へのアクセスは不可となる。
そのため、電脳世界特有の防壁をすり抜けて欲しい情報を獲得・改竄することができる一方で、『カタチ』を駆除するためのセキュリティソフトへの対処も同時にこなす必要がある。
特に、傍らには歌姫のアバターも居るので初瀬は慎重に動いている。歌姫の同行理由は、現実世界から初瀬への情報伝達を『ハックコード』内に居る歌姫(本体)が行う関係上、
派遣したアバターを目印として速やかな情報伝達を実現するという理由があるからである。

<もし、大変だったら私も手伝ってあげないことも無いヨ~>
<うるせぇ!俺1人で十分だっつーの!!>

また、『移動先のコンピュータの性能を使って従来の性能を発揮する』歌姫は、初瀬と共に過ごして行くに当たって彼が所持するセキュリティソフトを『ハックコード』を通じて学習した。
『ハックコード』でインターネットに自主的にアクセスを行い、セキュリティソフト関連の情報を集め、解析を行い、独自のブロッキング&ハッキングプログラムまで構築してしまった。
『プログラム自身が学び、同時に成長する』という“自立成長型プログラム”の本領発揮―製作者達が秘かに恐れていた―である。
このアバター自身が、一種のブロッキング&ハッキングプログラムなのである。今の彼女は、セキュリティソフトの妨害すら可能となっている。

<よしっ!改竄成功!>
<ちぇッ!な~んだ・・・つまんなイ>

そして、『カタチ』も一種のハッキングプログラムになっていた。レベル3の初瀬は、複数の情報の抜き取り・改竄等を実施中に『カタチ』への攻撃に対する情報改竄は不可である。
故に、その場合は抜き取り・改竄等が終わるまで『カタチ』に組み込まれているハッキングプログラムでもってセキュリティソフトに対抗しなければならない。
今の攻防においては別に情報を抜き取ったりしている最中では無かったので、改竄能力を用いて比較的楽に片付けることができたが。

<はいはい。にしても、メインコンピュータとの回線を速攻で捕捉できたのは幸運だったぜ。おかげで、機先を制することができた。離脱するアシも一応確保できたし>
<そうだネ。ネットワークの遮断・隔離の心配も無くなったシ。これで、“手駒達”を操作しているメインコンピュータに一っ飛びできたらどんなに楽だったことカ。しくしク>
<・・・同類も居るみてぇだしな。そう簡単に事は運ばないって証明だな。セキュリティレベルから見ても、常日頃から外部のハッキングに対策を講じている証拠だろうな。
そもそも、人間を操作するプログラムを作り出した事実から見ても、奴等を管理・操作する人間はこの手に関しての凄腕だ。『阻害情報』があるからって油断は絶対にできないな>

今の戦い&情報解析を最後に、侵入したサブコンピュータの掌握は完了する。これからは、メインコンピュータに舞台を移して電子戦を行うことになる。
メインコンピュータには、ここ以上のセキュリティが掛けられているに違いない。そして、サブコンピュータ内で目の当たりにした同類の存在も大きな脅威として立ち塞がるだろう。
だが、決して諦めるわけにはいかない。必ず成功させなければならない。それだけ重要度の高い任務を初瀬は任されているのだから。

<そんじゃ、姫。俺が解析し終わるまで警戒頼むぜ>
<おゥ!任せとキ!!>
<・・・何処の言葉だよ>

歌姫の調子の良い返事に、初瀬は溜息を吐きながらもサブコンピュータにおける最後の作業に取り掛かる。実は、歌姫(アバター)にも『阻害情報』による情報制御を行っている。
彼女がセキュリティソフト等による駆除で消滅した場合、電脳世界における初瀬の位置が本体にわからなくなるからだ。意思疎通という意味でも、『阻害情報』は必須だ。
そのために、『阻害情報』に弱点(複数の~)が顕現しているとも言える。通常は、『カタチ』と取得or改竄したい情報に『阻害情報』を掛けることで作業を滞り無く実施している。
しかし、初瀬は現状に対して不平不満を漏らしたりはしない。電脳歌姫を守るのは自分の役目。そう捉えているからだ。

<キョウジ・・・頑張ろうネ>
<・・・おぅ!>

今度は正真正銘の励まし。歌姫の言葉を力に初瀬は己に課せられた使命に没頭する。そして・・・そのやり取り―情報の抜き出し―を現実世界で観察しているガキが1人。

「へぇ・・・。やるね、初瀬。情報そのものを直接操作する『阻害情報』・・・中々に厄介だ」

『ブラックウィザード』の幹部であり、“手駒達”を取り仕切るガキ・・・蜘蛛井糸寂。彼の周囲は彼自身が選抜した屈強な“手駒達”が控えていた。

「こりゃ、片手間というわけにはいかなそうだ・・・」

自分が築いて来た防壁をすり抜けるのは、さすがは学園都市の超能力と言った所か。通常の手段では不可能なハッキングを可能にする異能の力。無能力者の蜘蛛井には無い力。

「でもね・・・情報をダイレクトに操作できるのがお前だけだと思うなよ?とは言っても、もう気付いているだろうけど」

残虐な笑みを浮かべながら、蜘蛛井は控えている“手駒達”の1人に命令を下す。その“手駒達”もまた・・・情報を直接制御する能力の持ち主。『阻害情報』を持つ初瀬の同類。
無能力者であっても、能力者に必ず負けるとは限らない。やり様によっては・・・手段を問わなければ幾らでも対抗手段は生まれる。

「ボクお手製のコンピュータウィルスソフトもあるし・・・まだまだ手札は残っているよ、初瀬?フフッ」

電脳世界における攻防は始まったばかり。この勝敗もまた、戦場の流れを左右するどちらにとっても譲れない戦いである。


初瀬恭治&電脳歌姫VS蜘蛛井糸寂  Ready?






施設内南西部では、駆動鎧で固められた南部侵攻部隊が新“手駒達”と遂に交戦を開始した。但し、交戦とは言っても目的自体は救助なのだが。

「今だ!!」

部隊長の指示が部下に飛ぶ。指示に応えるように、数機の駆動鎧が一斉に缶ジュースのような容器の蓋を開けた直後、その容器を新“手駒達”へ投擲する。

「うっ!!?」
「ゲホッ、ゲホッ!!?」

白色のスモークが新“手駒達”を襲う。そのスモークが瞬く間に半径何十mにも渡って拡大する。
これは暴徒鎮圧用に用いられるモノで、人体における顔面部位の粘膜を刺激することで五感を乱し、更には呼吸困難に陥らせる作用がある。
また、特定の紫外線以外の光線や音波を遮断する効果もあるので、対界刺得世という意味でも絶大な効果を挙げると目されている。
しかし、このスモークは設計段階から人間が扱うモノとして想定されている。可視光や赤外線等を遮断してしまうこのスモーク内で活動する場合は、
専用のセンサーを内蔵したマスクを人間が身に付けなければならない。生憎駆動鎧用のマスクは開発されていないし、複数のセンサーを持つ駆動鎧が煙の中で活動することは想定外である。

「捕縛弾発射!!」
「「「はい!!!」」」

そのために、駆動鎧はスモークの範囲外にすぐさま脱出した後に左腕へ追加装備されている対能力者仕様の捕縛弾を撃ち放つ。
合成樹脂でできた弾が破裂し、中から非金属物質で製造された耐火耐熱防弾絶縁仕様の網が放たれる。人間の力では到底引き千切ることなどできはしない強度も持つ網の中で、
それでも新“手駒達”は苦しさもあって暴れようとするが暴れれば暴れる程絡み付く極悪仕様となっている。
本来であれば、痛覚が存在する構成員等に使用する目的で持ち込んだこれ等の武器は、痛覚が存在すると判明した新“手駒達”への対策にも応用できている。



ブオッ!!!



スモークに巻き込まれなかった新“手駒達”の中に居る『風力使い』が、スモークを吹き飛ばすために強烈な旋風を解き放つ。
一掃されて行くスモークが、今度は駆動鎧部隊目掛けて殺到する。

「空砲発射!!!」
「「了解!!!」」

もちろん、それを予期していた警備員側も対隔壁用ショットガンを空砲モードに切り替えて躊躇せずに撃つ。
新“手駒達”に直撃しないように放たれた空砲でスモークはあらぬ方向へ散乱して行く。煙が晴れて行った場所では、10名程度の新“手駒達”が体中に走る刺激にのた打ち回っている姿があった。

「念動力で網を外される前に確保しろ!!」

空砲で牽制しつつ網に捕らわれている新“手駒達”の回収に走る駆動鎧部隊。直接的な攻撃を控えなければならない条件下で、それでも彼等は捕獲に成功した。

「隊長!!捕獲完了しました!!」
「よしっ!!お前達はすぐに離脱しろ!!施設外に居る搬送用車両に預け次第、ここへ戻れ!!まだ、最初の釣りが成功しただけだ!!」
「わかりました!!」

駆動鎧の手では、新“手駒達”の頭部にめり込んでいるチップを外すのは困難だ。故に、スモークの影響が続いている間に迅速に離脱、
搬送用車両が待機している施設外にて駆動鎧を纏っていない警備員に預け、彼等にチップの排除を任せた後に戦場へ戻って来る・・・という作戦だ。
この作戦通り部下が捕獲した新“手駒達”を運んで行く部下の姿を確認した直後、新たな通信が2つ入る。

「隊長!!西部侵攻部隊が到着しました!!」
「あぁ!!それは、こちらのモニターでも確認した!!彼等には、界刺得世と殺人鬼への対策に当たって貰うことになっている!!
危険度が最も高い任務に就く彼等のためにも、俺達が下手を打つわけにはいかないぞ!!」
「隊長!!新“手駒達”の一集団が、別方面からあのドームに接近しています!!」
「何!?センサーには・・・光学能力と電気能力の併用か!!」
「だと思われます!!電波によるセンサーでは未だに表示されませんが、先程暗視による確認が取れました!!」
「暗視・・・?新“手駒達”にとって襲撃直前に光学能力を解除する特段の理由は無い筈・・・まさか、あのドーム外でも界刺得世の能力が働いているのか!!?」

部隊長は、光学能力を解除『させられた』と判断した新“手駒達”の動きから、界刺の能力範囲が想像以上に広いことに感付く。

「西部侵攻部隊から伝達!!『ドームに近付く新たな新“手駒達”を確認!!これより、彼等の確保と界刺得世の鎮圧及び殺人鬼の排除を念頭に置いた行動を開始する』。以上です!!」
「・・・わかった!!俺達は、目の前の新“手駒達”を捕獲することに全力を挙げる!!いくぞ!!」
「「「はい!!!」」」

命令が下った。先程の被害―ドーム内から奔った糸の奔流とその結果―と南部侵攻部隊隊長の進言から、あのドームを形成する界刺得世の鎮圧を橙山が遂に決断したのだ。
その重い決断を理解した部隊長は、自分達の役目を遂行するべく奮励を部下に―そして自分に―与える。
1つの間違いが命取りになる。今までに何度も経験して来たこの感覚は・・・やはり何時までも慣れることは無い。






戦闘音が響くドームに新“手駒達”が向かう姿を確認した西部侵攻部隊の部隊長は、部隊を2つに分けた。
1つは、南部侵攻部隊のようにこちらへ接近中の新“手駒達”を捕獲するための部隊。もう1つは、界刺得世の鎮圧及び殺人鬼の排除を目的とした部隊である。
南部侵攻部隊の部隊長と同じく、ドーム外でも界刺の能力が働いていることを看破した西部侵攻部隊の長は作戦を妨害する最大の危険の速やかな排除に着手した。

「投擲!!!」
「「「了解!!!」」」

電波レーダーによってドーム内に居る2人―界刺と殺人鬼―の位置を確認した直後、可視光や赤外線を遮断する容器を数十投げ付ける。
駆動鎧によって常人の何倍もの身体能力を発揮する警備員の投擲は、電波照準も相俟って正確に2人に直撃するような軌道を描く。



「ハハハッッ!!おいでなすったか!!!」



しかし・・・



「“障害物”風情が・・・」



当然の如く予期していた―容器の中身を既に知っていること含め―“英雄”と“怪物”が、予期への対策を抜かることなど有り得ない。






パッ!!!






「「「「「!!!??」」」」」

消滅した。ドーム・・・【閃苛絢爛の鏡界】が忽然と消えた。もちろん、これはスモークの効果では無い。

「(まさか・・・『知られている』!!?)」

西部侵攻部隊の部隊長は眼前の光景が示す意味を数瞬考え、界刺に可視光・赤外線を遮断するスモークの存在を知られている可能性に気付く。

「(・・・もし、南部侵攻部隊の活動領域までが界刺の能力行使範囲に入っているなら、スモークの効果を知られてもおかしくは無いが・・・)」

界刺の『光学装飾』の詳細なデータが不明なために、判断材料がどうしても不測する。可能性を1つに絞れない。

「(だが、あれだけのスモークだ。念動力を操る殺人鬼はともかく、光学能力だけの界刺が逃げ切れるわけが・・・)」

それは、妥当な思考。妥当な判断。界刺の『光学装飾』は、可視光線と赤外線を操作する能力である。言い換えれば、それ以外の異能の力を振るうことはできない。
残るは純粋な身体能力のみだが、それを用いたとして一気に広がるスモークから逃れられるわけが無い。
そう判断した部隊長が、電波センサーに映る2人の位置を確認しようと目を向ける。

「なっ!!?」

一瞬、瞳に映った映像が信じられなかった。それは、スモークの範囲外に脱出している2人を表示していたからだ。すぐに暗視装置も用いて確認した結果、
殺人鬼と思われる糸に覆われた“何か”は煙の届かぬ上空へ避難し、界刺はドームの端に飲み込まれていた5階建ての建物の一角に避難していた。

「どうやって・・・!!?」

部隊長が驚いた界刺の逃亡劇。これは、<ダークナイト>の機能の1つである『樹脂爪』が鍵となっている。
『樹脂爪』を地面に向けて発射すると、瞬間的に己の体を上方へ浮かせることが可能である。ワイヤーの強靭性を活かしたこの機能で、界刺は自身を十数mも上方に浮遊させた。
しかし、煙の広がりはすぐにでも空中に移動した界刺を覆ってしまう。界刺自身も、浮遊した後は地面へ急降下である。下手をしなくても死ぬ危険性がある。
そこで、上空に移動中に連結状態を解除した<ダークナイト>のもう1本にも備わっている『樹脂爪』を発動、少し離れた位置にある5階建ての建物の外壁に鉤爪を食い込ませ、
ワイヤーを巻き取ることで難を逃れた。実は、西部侵攻部隊が到着する前に界刺は戦闘場所―ひいては【閃苛絢爛の鏡界】―を5階建ての建物寄りに移動させていた。
無論、これはスモーク対策である。周囲を取り囲むように投擲されれば先程採った行動でも防ぎ切れなかっただろうが、一方向からの投擲ならば逃げ切れる。
西部侵攻部隊や南部侵攻部隊の動きを予測・観察した上での位置取りは、『俺って光を操る関係上、周囲の位置取りとかって気にするんだよねぇ』と漏らす界刺らしい行動とも言える。

「界刺さん!!」
「涙簾ちゃん!!」

その界刺の傍に、避難先の建物屋上から移動して来た水楯が声を掛ける。彼女の瞳は、警備員達の行動に対する怒りに満ち溢れていた。

「私も界刺さんと戦います!!新“手駒達”や警備員も乱入して来ました!!ここからは乱戦になります!!」

界刺の背中を任された水楯は、愛しき少年と共に襲い来る脅威と戦うことを表明する。

「・・・駄目だ」
「界刺さん!!!」

しかし、愛しき少年は少女の参戦を拒否する。その理由を・・・『光学装飾』で捉えた。

「・・・“彼女”が来た」
「ッッッ!!!」
「涙簾ちゃん・・・俺の“頼み”を忘れちゃったの?“彼女”が来た以上、君には俺が頼んだことを遂行して貰わないといけないよ」

“頼み”。それは“彼女”のこと。その存在の接近を界刺が気付いた事実に、“頼み”を遂行することと引き換えにここに居ることを許された水楯は歯噛みする。

「こんな時に・・・!!!」
「今度は俺の言うことを聞かないなんて真似は許さない。俺が君を許さないんだ・・・涙簾ちゃん。君は・・・俺の想いを裏切っちゃうの?」
「界刺さん・・・!!」
「・・・んふっ。だから、早く行って。“頼み”をキッチリ遂行したら戻って来てよ。それまでは・・・いや、それからも俺は生きているから。・・・頼む」
「・・・・・・・・・わかりました」

痛いくらいに歯を噛み締めながら、それでも水楯は界刺の“頼み”を遂行することを承諾する。
界刺から“彼女”の居る場所や方角を教えられた碧髪の少女は、去り際に一言だけ呟いた。この場には相応しく無いのかもしれない。でも、漏れ出る言葉を止められなかった。

「愛していますよ・・・界刺さん」
「・・・・・・わかっているさ」

碧髪の男の返事を胸に、少女は愛しき少年の“頼み”を遂行するためにこの場を離れた。一方、見送る少年は感慨に耽る間も無く戦場を見渡す。
建物や地面が死闘によって崩れ、窪み、悉く破壊されている惨状が誰にでも見えるようになっている。界刺が居るこの建物とて、あちらこちらに損傷を抱えている。

「・・・戻るか!!」

自分達が生み出した破壊の痕跡の上で・・・“障害物”の排除を行っている“怪物”の暴虐が新“手駒達”にまで降り掛かろうとしている。
それが齎す最悪の結果を防ぐために、“閃光の英雄”は<ダークナイト>を携えながら戦渦の中へ再び身を投じて行った。






「皆!!もうすぐ現場に着くけど、絶対に気を抜いちゃ駄目だよ!!」
「「「「(コクッ)」」」」

加賀美の再確認の言葉に部下が頷く。176支部は、現在施設内南部から南西部へ移動している。
『ブラックウィザード』の妨害は無い。戦力をこちらに差し向ける余裕が無いのか、逃走準備に突入しているのか定かでは無い。
しかし、176支部にとっては妨害が無いのは好都合である。今は、一刻も早く南西部に辿り着かなければならない。
新“手駒達”を界刺と殺人鬼から守るために。そして、新“手駒達”を無事確保するために。

「(破輩先輩や勇路先輩の情報を総合して考えるに、界刺さんの傍に居る『シンボル』のメンバーは・・・)」

加賀美は、ドームがあった場所にいよいよ近付いたこともあり破輩と勇路の情報から界刺の傍に居る可能性が高いと判断される水流操作系能力者に警戒を高める。
加賀美の水流操作系能力『水使い』は、半径150m内の液体を操作する。その特性を活かして、周囲に存在する液体に他の水流操作系能力者の力が掛かっていないか確認する。

「(きっとあの花盛学園の・・・ッッッ!!!)」

その確認作業中に加賀美の感覚が“捉えた”。自分とは違う水流操作系能力者の息が掛かった液体が、猛スピードで接近していることに。
しかも、それは地上だけでは無い。何時の間にか、地下を走る水道管に流れている水さえも彼女の支配下に置かれており、今にも地面から噴出しようと荒れ狂っていた。

「皆!!水楯さんが来るよ!!」
「「「「ッッッ!!!」」」

加賀美が仲間に警鐘を鳴らす。『シンボル』のメンバーの名前に神谷達が反応した直後・・・彼女は姿を現した。



ボハアッッ!!!



水道管とその上にある地層やコンクリートを突き破って大量の水が地面から噴出する。それ等噴水が同時に押し寄せた地面上の水と混ざり合い、濁流となり、激流となる。
その頂の上にあるコンテナの上に乗る少女・・・“激涙の女王”水楯涙簾が176支部の面々を見下ろしていた。

「(何て統御力・・・!!私の『水使い』でも抑えるだけで精一杯だわ!!)」

本当なら神谷達が立つ場所の地下からも噴出する筈だったが、それを『水使い』でもって加賀美が抑えている。

「そこをどいて頂けますか、水楯先輩!!?」
「私達は、新“手駒達”を助けなきゃいけないのよ!!」

斑と鏡星が水楯へ譲れぬ思いを込めた言葉を放つ。176支部には、新“手駒達”の救助という使命が課せられている。
その使命を邪魔する者は、たとえ自分達のために色々動いてくれた『シンボル』の一員でも排除するという覚悟を各々は固めていた。

「・・・・・・行きたければ行けばいい」
「えっ・・・行かせてくれるの?」
「えぇ。但し・・・加賀美雅以外は」
「「「「「!!!??」」」」」

水楯の口から出た『加賀美雅以外はここを通ってもいい』という主旨の発言に、176支部のメンバーは困惑の色を隠せない。
何故、彼女だけがここに残らなければならないのか?その理由がさっぱりわからない神谷は、声を荒げながら水楯に問いを発する。

「どういうこった!?何で加賀美先輩だけが通れないんだよ!!?」
「通れないじゃ無い。加賀美雅は・・・今から私と戦うの」
「何っ!!?テメェ・・・」
「待って、稜!!」

水楯の勝手な物言いに憤怒の色を隠せない神谷。そんな彼をリーダー足る加賀美が抑える。
向かい合う加賀美と水楯。視線が交錯する中、口を開いたのは・・・加賀美。

「水楯さん・・・。何で私『だけ』があなたと戦わなければならないの?」
「・・・・・・」
「それは・・・・・・界刺さんの指示?」
「・・・・・・えぇ、そうよ。そのために・・・私はあの人の傍から離れることになった・・・!!!」

水楯の声が低くなる。抑えられない激情を表すかのうように、渦潮と化した激流が益々荒れ狂う。
界刺の“頼み”を簡潔に言えば・・・こうだ。『戦いに介入しようとする176支部リーダー加賀美雅と全力で戦え』。

「・・・!!!」
「加賀美雅。私は、さっさとあの人の下へ戻りたいの。だから・・・」

頂に居る水楯の周囲に激流から伸びた水塊が幾つも浮かび、彼女を中心に異常な速度で周回する。後は行動を開始するのみ。そして、“激涙の女王”は躊躇しない。

「去ね!!!」



ボバッ!!ボバッ!!ボバッ!!



「くぅっ!!!」

バスケットボール大の水塊の大群が加賀美に向けて放たれる。逆に、他の176支部の面々には1つたりとも放たれていない。
どうやら彼女の言葉は正しいようだ。水楯涙簾が阻むのは加賀美雅のみ。『水使い』でそれ等を逸らし続ける加賀美は、信頼の置けるエースに命令を下す。

「稜!!皆を連れて、早く行って!!」
「加賀美先輩!!」
「水楯さんの狙いは私!!稜達は眼中に無い!!だったら、ここは私に任せて先に行って頂戴!!」

同じレベル4。同じ水流操作系能力者。文字通りのガチンコ勝負に、176支部リーダーは受けて立つ。
それに、彼女を自分が引き留めておくことが神谷達の利に働くかもしれない。どうせ、界刺に危害を加える者は誰だろうと許さないのが水楯だ。
新“手駒達”相手でも、一切躊躇しないだろう。そんな危険な能力者は、結局は誰かが抑えなくてはいけない。その『誰か』が自分だった、それだけのことである。

「言っとくけど、界刺さんや殺人鬼にビビったからじゃ無いからね!?勘違いしないでよ、皆!?」
「・・・フッ。わかっていますよ。私がそんな誤解をするわけ無いじゃないですか?」
「私も加賀美先輩の思いを履き違えたりはしませんって!!」
「・・・・・・当然」

冗談めかしたリーダーの“気遣い”に斑・鏡星・姫空は各々なりの返事をする。リーダーの想いを勘違いする人間はここには存在しない。

「加賀美先輩・・・!!」
「稜!!私もなるべく早くそっちに向かうから、それまでは皆をお願い。必ず新“手駒達”を救助しなさい。そして・・・それを邪魔するのならたとえ界刺さん相手でも戦いなさい」
「・・・!!!」
「私達は風紀委員よ。私達が譲れないモノは確かにある。それは譲っちゃ駄目。必ず貫くの。命懸けで・・・最善の行動で・・・譲れないモノを守るの!!
稜・・・皆・・・あなた達ならそれができる。生きてそれを成し遂げられるって信じている。だから・・・早く行って!!!」
「・・・了解!!!いくぞ、お前等!!!」
「「「おぅ!!!」」」

リーダーの命令と信頼を受けたエースは仲間を率いて走り去って行く。以前のようにリーダーの意見を無視して無謀に走る部下では無い。
以前のように部下の顔色を覗って厳しい指示を送れないリーダーでは無い。176支部の真価が今ここに花開いた。
これは、リーダーと部下が一緒に作り上げた価値ある信頼(たからもの)である。

「・・・さてと。それじゃあ、いっちょ私も全力でいこっかな?ねぇ、水楯さん!!」
「・・・何?」
「どうせ界刺さんのことだから、あなたを私に差し向けたのには何か理由があるんでしょ!?」

部下の背中を見送った加賀美は、水楯を自分に差し向けた界刺の意図について思考を傾ける。あの男なら、両者の対決を仕組んだ明確な理由が必ずある筈だ。

「・・・さぁ?」
「・・・まっ、いいや。私も水楯さんと同じで時間の余裕とか無いし。悪いけど、さっさと勝たせて貰・・・」



ドッ!!!



今まで『水使い』で逸らしていた水塊の1つが加賀美の顔面すぐ横を通過する。これが示しているのは、『水使い』と『粘水操作』では馬力の面で後者に分があるという事実である。

「・・・・・・」
「(・・・マ、マズイ?)」

水楯の殺気さえ宿した眼光が加賀美を射抜く。対して、『粘水操作』の馬力を見せ付けられた形となった加賀美は背中に冷や汗をかく。

「・・・私も時間の余裕なんか無いわ。フッ・・・同じ意見で助かったわ」

176支部リーダーの鼓膜に“激涙の女王”の宣告が叩き込まれる。互いに譲れないモノを抱える少女達が織り成す水上の舞踏(せんじょう)が開演する。

「だから・・・加賀美雅。あなたを速攻且つ全力で潰す!!!」
「潰されて堪るモンか!!!私にはやらなきゃいけないことがあるんだから!!!」


加賀美雅VS水楯涙簾  Ready?






ポコン!ポコン!ポコン!



空中に巨大な糸球が形成された後に、そこから様々な大きさの糸球が射出される中ウェインは空中に佇んだまま微動だにしなかった。

「(【精製蜘蛛】・・・チロシン及びセリン放出開始。カテコールアミン濃度をレベル4まで上昇。グルタミン酸濃度レベル2にてこれを補強。
グリシン及びGABA操作レベル3にて適切に抑制しつつ、セリン放出にて新陳代謝を最大レベル5まで上昇。・・・完了)」

射出された大小の糸球が更に分裂を繰り返したり、逆に合体したりしている中 “英雄”の提案を呑んだ“怪物”は、自分から駆動鎧部隊に攻撃を仕掛けようとはしなかった。
『どうせ、提案のある無しに関わらず警備員は自分へ攻撃を仕掛ける』。南部侵攻部隊へ自分が攻撃を仕掛けた以上。そう捉えていた。

「(・・・散布した糸と【意図電話<ストリングラフィ>】から感じた振動の限りでは、邪魔な“障害物”が一挙に押し寄せて来るな)」

心中でボヤくウェインが零した【意図電話】とは『蛋白靭帯』の能力応用術の1つで、能力で作った『普通』の蜘蛛の巣を糸電話とする。
ここで言う『普通』とは、自然界に当然のように存在する蜘蛛の巣と同じ形状(形としては“主に”『筒』に近いテント状)を指す。
念動力の応用として、コンピュータ等の画面に『膜』を貼り付けることで画面から伝わる熱や光量が『膜』を押し、それによって画面に映る文字等を判別するモノがあるが、
【意図電話】は蜘蛛糸に念動力を付与することで巣に伝わる振動を念動力によって詳細に感知している。
(蜘蛛も仕掛けた巣(受信糸)に伝わる振動を詳細に識別しており、風の振動等を獲物と勘違いはしない)
“仕掛け”とは違い無意識では念動力を保てない(=意識がある時にしか使えない)。但し、巣を構成する蜘蛛糸の表面に念動力は纏っておらず、
糸内部に振動感知用の念動力があるため破壊や浸透等が無い限り一般的な念動力では探知不可能である。
通常の糸電話とは違い念動蜘蛛糸製蜘蛛の巣が『筒』、念動力が『糸』の役割を負っているため、念動力を感知するウェインと糸では繋がっていないし繋がる必要も無い。
仕掛け方としては直接設置の他にバルーニングを用いており、念動力も相俟って遠方まで拡散・設置することを可能としている。
この自由度の広さからウェインは【意図電話】を学園都市中に仕掛けており、必要に応じて近隣の【意図電話】に念動力を付与し、
【意図電話】付近に存在する『音声』や能力戦闘&兵器駆動時における振動の種類等を収集・自身の経験を元に分析している。自然界に普通に存在していることもあり、
様々な索敵・傍受網の裏を掻く擬態物として、またリアルタイムで『音声』を取得できる有用性を持つ。尚、極小の感知用蜘蛛糸や“仕掛け”は【意図電話】の一形態である。
また、他の一形態として蜘蛛の巣をより『筒』に近い状態にする+糸表面にまで念動力を行使する場合に限って、
念動力による振動を用いて『筒』である蜘蛛の巣から『音声』という名の振動を放出する―つまりは通信機代わり―こともできる。
この力はここ『ブラックウィザード』の本拠地内でも用いられており、無数に散布した極小の蜘蛛糸―実はこちらがブラフ―と合わせた“領域”によって戦場把握を為している。
無論、必要とあれば如何なる戦場においても躊躇無く使用している。たとえば・・・あの路地裏の邂逅でも。


『・・・では、この例えなら貴様等にも理解できるか?あそこにある蜘蛛の巣を見るがいい』
『何・・・!?』


狙い始めたのは弱者足る風紀委員の鬱陶しい言葉に付き合っていた頃。故に、敢えて問答に乗った。
『路地裏に蜘蛛の巣がある』という『意識付け』を行う事によって【意図電話】を察知される可能性を下げるために。
もっとも、【意図電話】を仕掛けた時期は加賀美の『水使い』の材料源であった水道管に蜘蛛糸を巻き付けた時。
その際に、後方支援の姫空や斑の近くに浮遊していた極小の蜘蛛糸を増幅・操作して気付かれないように【意図電話】を数箇所に設置した。


『・・・とにもかくにも、殺人鬼を地面(した)に引き摺り下ろさねぇと。あの状態だと空中を自在に動けるみてぇだから、下手に姫空のレーザーも撃てねぇ。
姫空の「光子照射」は細かいコントロールが効かねぇからな。建物や一般人を巻き込まない角度で撃つ必要がある』


【意図電話】に入って来る神谷の『音声』で姫空の能力及び弱点も知覚した。そして、姫空にレーザーを“撃たせ易い”ようにするためにわざと背を向けた。
幾ら光速とは言え、風紀委員として急所は狙えない立場(=狙撃箇所の限定)・状況の主導権は姫空では無くウェインにある・攻撃前の敵意及び殺気知覚・念動蜘蛛糸の牽引力等々、
ウェインに有利が傾いていたあの場では姫空のレーザーをかわすことができたのは必然とも言える。
他にも、固地や過激派救済委員と対峙したあの爆炎に包まれた倉庫街においても事前に【意図電話】を設置・極小の蜘蛛糸と合わせた“領域”によって、
雅艶達の迅速な捕捉に繋げている。『多角透視』にて極小の蜘蛛糸を看破した雅艶でさえ、【意図電話】の存在には気付いていない・・・というか“気を向けていない”。
探知系能力者が存在する場合、どうしても“目立つ”極小の蜘蛛糸の方に意識が向く。『極小の蜘蛛糸が感知用能力だ』と認識する。その認識は間違ってはいない。
だからこそ“誤認”する。能力戦闘における『戦略』の極意とは、如何に己が能力を十全に発揮できる“環境”を作れるかに尽きる。

「・・・全くもって鬱陶しい」

176支部の面々が疑問を抱いていたレーザー回避の『タネ』・・・その一端足る【意図電話】から伝わる振動と眼下の光景に“怪物”は心底うんざりした言葉を吐く。
ウェインの推測通り、西部侵攻部隊は対隔壁用ショットガンを迷わず“怪物”へ向けた。殺害許可は下りている。駆動鎧とて油断すれば駆逐される。
故に、駆逐される前に潰す。正確には・・・殺す。治安組織の一員として、しかし人の命を奪う機会はそうそう無い警備員達は、
駆動鎧の能力を活かして10m級の跳躍をした―地上からの銃撃では殺人鬼に命中しない場合、外れた弾が遠距離に居る仲間達を脅かす可能性がある故に―後に緊張を全身に走らせながら引き鉄を引く。



ドン!!ドン!!ドン!!



空砲では無く、正真正銘の実弾が次々に放たれる。一発で戦車を破壊する威力を有する弾丸を、しかし“怪物”は時に最硬の鎧で受けながら俊敏な動きで避けて行く。
念動力の糸に己が身を包む【獅骸紘虐】は、空中における縦横無尽の高速移動を可能にする。
各所―念動力の特性から空中にある糸球にも―に射出した糸を基点とした張力を利用する変幻自在の移動も組み合わせながら。
そして・・・ウェインは人間が放つ敵意・殺意を回避術に応用している。もっと言えば、『攻撃』という敵意・殺意が最も強くなる瞬間を察知し、回避・対処を行っているのだ。
駆動鎧も警備員という人間が操作している以上、例外にはなり得ない。しかも、距離が離れていることもあって、
弾丸の強大な衝撃を鎧で防ぎ切ることが可能な事実に加えて糸の砲弾を迎撃用として銃口の延長線上へ正確に射出する。
幾多の糸球も生い茂る枝場の如く邪魔をする。これ等殺し屋の恐るべき対処に更なる警戒感を募らせた警備員の殺意を感じ取ったウェインは、
腰から垂れ流している尻尾を駆動鎧の3倍以上の直径まで巨大化させる。



ギイイイイイィィィンンン!!!



先がドリル状になっている巨大な尻尾を、体の回転と共に駆動鎧部隊の横っ腹へ振り払う。一方、負けじと駆動鎧部隊も尻尾に向けて実弾を何発も叩き込む。



ボハッ!!!



至近距離なら数発叩き込むことで核シェルターの扉を抉じ開けることも可能なショットシェルを文字通り至近距離で幾発もまともに喰らい、遂に撃ち砕かれた尻尾。しかし・・・



シュアアアアアァァァッッ!!!



直後に尻尾が“再生する”。撃ち砕かれて散りじりになった尻尾だったモノに自身から伸びた糸を繋げる、又は付近の糸球からの補強によりすぐさま元の巨大な尻尾を形成したのだ。
一旦撃ち砕いたことで、ショットガンをウェインの方に構え直そうとしていた駆動鎧は虚を突かれる。もちろん、殺人鬼はその隙を見逃さない。



ドアアアアァァァッッ!!!



何機もの駆動鎧が尻尾に薙ぎ払われる。幸いドリル状の部分に接触はしなかったものの、この一撃を喰らった駆動鎧の装甲は盛大に凹み、内部の人間の体にも激痛が走る。



ドドドドドドド!!!



振り払った直後に、浮遊している糸球や尻尾の表面から糸の砲弾が次々に放たれる。比例的に巨大化していた尻尾が小さくなって行くそれ等の狙いは、今の一撃を喰らわなかった駆動鎧。
咄嗟に回避行動を取れた駆動鎧も居れば、回避が間に合わず腕を交差・身を屈める防御体勢を取る駆動鎧も居た。
獅子と骸骨が合体したかのような仮面を被る殺人鬼が放つ砲弾が防御体勢を取る駆動鎧へ次々に炸裂し、ショットガンが破壊され、交差している“腕”の装甲が窪み、遂には破壊される。
主に身体面や回復面を一定程度上昇させる通常の強化レベルでは無い、【精製蜘蛛】による最高レベルのドーピングによって実現させた、
糸を自身に繋いでいなくとも繋いでいる状態に並ぶ演算強度によって砲弾は強化されている。他方、何とか回避し得た駆動鎧が味方を助けようとショットガンを構える。だが・・・



ドドドドドドドドドドン!!!



左手に形成したクロスボウ型の弓から、合計10本の巨大な矢が連続して放たれる。照準を合わせる前に飛来した矢が、念動力の補正を受けて寸分違わず駆動鎧の“片方の肩”を次々に貫いた。
駆動鎧をモノともしない“怪物”の攻勢に、部隊の統率が乱れる。西部侵攻部隊の部隊長は最大限に危機感を募らせ、乱れた統率を立て直そうとするが・・・



ジャキッ!!!



それを阻むかのように、“怪物”が自分目掛けて猛烈な速度で突っ込んで来た。右手に長槍を構えた白い殺人鬼は、今まさに自分を殺そうとしている。
本能が告げる『死の恐怖』。それに一瞬呑まれてしまった部隊長の反応は、必然的に遅くなる。死線の間合いにおける“一歩”に出遅れた。それは、文字通りの命取り・・・



ヒュン!!!



にはならなかった。自分へ攻撃を仕掛ける直前に、“怪物”は―駆動鎧に貼り付けていた糸を用いた緊急回避によって―軌道を変更した。
一瞬何が起きたのかわからなかった部隊長は、駆動鎧の光学系センサーが欺かれている―正確には、光線と1人の少年の姿だけを偽装していた―事実に今更のように気付いた。
電波系センサーには反応していた男・・・光学系センサーを欺くことができる光学系能力者・・・“閃光の英雄”界刺得世は静かに歩を進めながら『光学装飾』の偽装を解き・・・こう宣言した。



「警備員!!俺と殺人鬼の戦闘から手を引け!!俺達の戦闘を邪魔するな!!そうすれば、俺達はこっから先はテメェ等に危害を加えねぇ!!」






「ふ、ふざけるな!!界刺得世!!あの殺人鬼は我等に・・・」
「わかってらぁ!!あの野郎はさっき警備員を殺してる!!だから言ってんだよ!!テメェ等は新“手駒達”の対処に全力を注げってな!!これ以上死者を出したくは無ぇだろ!!?」

部隊長と界刺が、互いに声を荒げながら己が意見を主張する。

「貴様!!我等に引き下がれと言うのか!!?」
「そうだよ!!テメェ等じゃあの殺し屋には勝つことは難しい!!もし、勝てたとしてもそれまでに犠牲者が何人出るかわかりゃしねぇ!!」
「治安組織に身を置いている以上、死は覚悟している。それ以上に、殺人鬼を目の前にしておきながらおめおめと引き下がることなどできる筈が無い!!」
「バカが!!テメェ等が最優先にしなきゃなんねぇのは殺人鬼かよ!!?違ぇだろ!?『東雲真慈討伐』だろうが!!?それか『新“手駒達”の救出』だろうが!!?」
「その『新“手駒達”の救出』に『殺人鬼の排除』が含まれている!!そんなこともわからんか、小僧!!そもそも、我等は貴様の手を汚させないためにも・・・」
「足りねぇな!!『界刺得世の排除』も入ってるだろうが!!?さっきの邪魔を見る限りよぉ!!何が俺のためだよ!!あぁん!!?」
「ッッ・・・!!」
「とりあえず、今は俺に任せろってんだよ!!もし、俺が野郎に殺された時は存分に立ち向かえよ!!それまでは出しゃばって来んな!!!つーか、邪魔すんな!!!」
「邪魔!!?貴様が言えた義理か!!?」

両者の主張は平行線を辿る。界刺としては無駄な犠牲を出したくは無い。だから、自分が戦っている・・・という側面もある。
しかし、警備員側も殺人鬼を目の前にして引き下がるわけにはいかない。実際にあの殺人鬼に仲間が殺されているのだ。そして、これは界刺の手を汚させないためでもあるのだ。

「チッ・・・頭が固ぇなぁ。テメェ等も警備員と同じ意見か!!176支部の連中!!!」
「「「「・・・・・・」」」」

苛立たしげに髪を掻き毟る界刺が、先程居た5階建ての建物の陰に居る風紀委員達に大声を掛ける。
そこから出て来たのは、神谷・斑・鏡星・姫空の4名。全員戦闘態勢を崩さないまま界刺へ歩を進める。

「・・・あぁ。そうだよ」

界刺の質問に答えたのは、先頭を歩く176支部エース神谷稜。以前の邂逅時に殺人鬼と戦い、痛い目を見た筈の少年の表情はリーダーから任された役目と信頼を胸に確と立つ。

「テメェ・・・前に痛い目見ただろうが。性懲りも無く、また痛い目見る気かよ?」
「・・・もう、あんな醜態を晒すつもりは無ぇよ。“変人”・・・いや・・・“閃光の英雄”。今の俺は、あの時のような無鉄砲に走る俺じゃ無ぇ」

『閃光真剣』を構える“剣神”は、“閃光の英雄”に宣言する。リーダー足る加賀美雅の意思を。自分の意志を。

「俺は・・・加賀美先輩に頼まれた。新“手駒達”の救出を。任された。その障害になる奴の排除を。
一緒に戦うってんなら、俺達はアンタに力を貸すぜ?アンタは俺達のために動いてくれた。アンタが何を思おうが、それは事実だ。本当に感謝してる。・・・どうだ?」
「・・・『邪魔するな』って言ったら?」
「・・・“ヒーロー”。たとえアンタの意見を無視してでも、俺は俺に課せられた役目を遂行する。任された信頼に応えてみせる。
あの殺し屋は、今ここで排除しなきゃなんねぇ。あの殺人鬼が、この戦場で新“手駒達”や俺達に危害を加えない保障は何処にも無ぇ。不意打ちかまされるなんてのはご免だ」
「(・・・一応最悪の事態を防げるかも的なギリギリの提案は呑ませたんだけど、言うわけにはいかねぇんだよな。取引として、俺が殺人鬼の行動を認めたことになるし。
つーか、『本気』状態の俺の邪魔なんだよ。こんだけ大勢居たら、俺が全力を出せねーじゃねぇか。テメェ等だって死ぬっつーの。そうなったら、誰が新“手駒達”を確保するんだ?
ウェインは俺に任せて駆動鎧や斑達はそっちに専念しろっての。まぁ、神谷だけってんなら俺の補助アリで一緒に戦えないことも無ぇけど・・・メンドクセェ)」

神谷の言葉は至極もっともである。殺人鬼が新“手駒達”や風紀委員会に危害を加えない保障は無い。攻撃されれば、奴は必ず反撃する。
実際に、あの殺し屋は幾人もの人間を殺している。加賀美の判断も正しい。彼等に課せられた使命を鑑みれば、否定できるモノでは無い。
しかしながら、『ギリギリの提案』を呑ませた界刺としては『風紀委員会の行動が邪魔になっている』としか言いようが無い。
何より、全力を発揮するには風紀委員や警備員が邪魔でしか無い。彼等の位置取りを考慮しながら戦うのは、死闘において致命的な隙になり得るのだ。

「クッ。ククッ。クククククッッ・・・!!!」

その様を上空から眺めていたウェインは、未だ分裂と合体を繰り返している糸球を背景に込み上げる笑いを抑えられない。
弱者を思っての強者の言動が、当の弱者に否定されている。その不条理さに、笑わずにはいられない。

「界刺得世・・・。それでも、貴様は弱者のために動くのか!?何の契約も結ばず、助ける義務も無い弱者の勝手に翻弄されて・・・・・・段々貴様が哀れに思えて来たぞ?」
「殺人鬼・・・!!!」
「小僧。貴様に界刺得世の気持ちがわかるか?いや、わかるまい。強者の気持ちを真に理解できるのは強者だけだ。
弱者は強者にとって重荷以外の何者でも無い。弱者は弱者らしく、強者の戦いを黙って眺めていろ。そうすれば、貴様等の望みに近い結果が訪れるだろう」

敵意に満ち溢れた神谷の眼光を意に介さず、ウェインは弱者に翻弄される強者の擁護を行う。
西部侵攻部隊への攻勢で警備員達の命を積極的に奪わなかったのは、同じ強者である界刺の提案に乗ったからである。“あの程度”の怪我で済ます理由は本来無い。
本来であれば、邪魔する者を容赦無く殺すウェインの主義をウェイン自身が半ば放り捨てているのは、界刺との決着を着けた後の仕事を円滑に進めるためである。
ウェインとの利害の一致を叶わせた界刺の提案―これもまた、風紀委員会にとって利のあるモノ―に沿って、“英雄”と“怪物”は死闘を行いながらも動こうとしている。
それなのに、当の風紀委員会側が邪魔をすると宣言しているのだ。口に出せない事情があるとは言え―ウェインも話すつもりは無い―滑稽と言う他無い。

「何が俺達の望みに近い結果だ!!ざけんじゃ無ぇよ!!」
「神谷の言う通りだ。私を含めた皆にとって、今の状況からして最高の結果からは程遠い」
「この前のようにはいかないわよ・・・覚悟しなさい!!」
「・・・・・・今度こそ潰す」

ウェインの擁護を嘲弄と受け取った神谷・斑・鏡星・姫空は、いよいよもって臨戦態勢に移行する。

「隊長!!」
「わかっている!!風紀委員(こども)を守るのは我等の役目だ!!この程度で引き下がっては、あの子達に示しが付かん!!いくぞ、お前達!!!」
「「「はい!!!」」」

ウェインの攻勢を受けた西部侵攻部隊も、戦闘続行を表明する。ここで殺人鬼を仕留める。それが、治安組織足る自分達の役目。そう自負しているが故に。

「・・・・・・」

界刺は反応を示さない。無表情と言ってもいい。この瞬間に彼が何を考えていたかは彼にしかわからない。

「全く・・・身の程知らずめ。珍しく強者なりに気を遣ってやったというのに。その愚かな決断をすぐに後悔させて・・・」

敵意・殺意全てを向けられている殺し屋ウェインが、弱者達の愚か極まる決断に絶大な殺気を込めた言葉を・・・



ガシッ!!!
キイィィンン!!!



「・・・ほぅ」

放っている最中に―感知用の極小蜘蛛糸や糸球の『抵抗力』から“避けるまでも無い”と看破したために―【獅骸紘虐】へ別種の念動力が作用する。
その上で超高周電波を蜘蛛糸越しに叩き付けられる。この場に念動力や電波を操作する能力者は存在しない。つまり・・・

「隊長!!申し訳ありません!!新“手駒達”17名の突破を許しました!!」
「何!!?」

今のウェインが新“手駒達”による念動力の妨害を喰らっている事実を“予測している”のは、『光学装飾』で糸の僅かな+不自然な凹み具合を察知した界刺のみ。
そして、その念動力をウェインがモノともしていないと“予測している”のも界刺のみの中、部隊長に新“手駒達”に防衛線を突破された部下の緊急通信が入る。

「(清廉さんの“追加装備”が何処まで通用するか・・・)」

『光学装飾』で新“手駒達”の接近を察知した界刺は、<ダークナイト>に追加装備された“手駒達”を操作する電波への一斉ジャミングの仕掛け時を計る。
少なくともウェインが攻撃を仕掛ける前に実施しなければならないが、周囲一帯には電気系“手駒達”の電波強化が掛かっている可能性は高い。
一斉ジャミングの電波自体を操作される可能性もある。故に、できるだけ引き付けた状態で一斉ジャミングを行い、電気系“手駒達”の妨害前に駆動鎧部隊に捕獲させる。

「あれが・・・標的」
「殺す・・・殺す・・・」
「・・・・・・」

新“手駒達”17名が接近して来る中、これが最良の手段。そうすれば、176支部も近付いて来る17名への対処に気を取られる筈だ。そちらへ差し向ける話術も用意してある。
誰よりも深く、深く思考している。様々な結果を出すために。その結果を出すタイミングの1つがもうすぐ訪れる。



ガシャン!!!



「「!!?」」

そんな最中、突如糸でできた尻尾の根元からスプレー缶のような容器が噴出・ほぼ同時に内部からの『破壊行動』にて容器がバラバラになる。
その中から無数の金属箔が空気中に飛散し、“怪物”を覆い、新“手駒達”が放った超高周電波を撹乱する。そう、これは電波撹乱装置の一種・・・『撹乱の羽<チャフシード>』。
本来はマイクロモーターを用いて空中を自動浮遊する代物だが、急激な大気の流れに弱いという欠点のため本来は今のような屋外戦闘には不向きの武器である。
それをウェインは蜘蛛糸を金属箔に巻き付け、粘着物質によって吸着力を強化し、蜘蛛糸を操る常のように念動力を用いて『撹乱の羽』を自在に操作しているのだ。
先の『破壊行動』も、容器内に仕込んでいた蜘蛛糸を用いたモノである。蜘蛛糸単体では電波を用いた高周波攻撃は防げない。ならば、防ぐ手段を常備しておく。
殺し屋を務めている以上これは当たり前の事。“手駒達”という『能力者』と戦う以上至極当然の事。セラミック製ナイフ然り、【鋏角紘弾】然り、【精製蜘蛛】然り。
この念動蜘蛛糸接着型『撹乱の羽』も応用すればレーダーも撹乱させる所か、電波を用いた制御を行っている新“手駒達”に対して有効に働く。
但し、能力で電波制御強化を施している可能性が高い故の金属箔を分散させるリスクを考慮したウェインとしては“確実”が見込める自身の防御に用いたのだ。

「フン!!」

同時にウェインが【獅骸紘虐】に掛かっていた念動力を振り払い、いよいよ迎撃準備に入った。
左手に長槍を作成し、本格的に新“手駒達”を迎え撃とうとする。駆動鎧部隊が、ウェインの凶行を止めようとショットガンを差し向けようとする。

「ウェイン!!風紀委員会も!!手を出すな!!!」
「「「「「!!!!!」」」」」

界刺の大声が皆の鼓膜を叩く。機は熟した。清廉止水が分析・割り出して実装した一斉ジャミングを仕掛けようとした・・・・・・その時!!






バリバリバリ!!!!!
ブオオオオオォォォッッ!!!!!






「「「「「!!!??」」」」」

突如発生した雷撃がウェインを襲い、幾つもの小型竜巻が新“手駒達”を巻き込んだ。ウェインは察知した敵意及び【意図電話】等による感知から回避行動を取り、
新“手駒達”の中に居る大気系能力者が竜巻に真空刃をぶつけることで吹き飛ばされながらも衝撃を緩和する。

「くそっ!!当たらなかった!!!」
「呆けるな、湖后腹!!」
「わかってます!!にしても、あの姿は一体・・・?」
「あれが殺人鬼の『本気』なんじゃないか!?気を抜くなよ!!」
「はい!!」
「よしっ!・・・あれは神谷達か!?何で『本気』の界刺の近くに!?幾ら駆動鎧が傍に居るとは言え、不用意過ぎるだろうが・・・!!
しかも、西部侵攻部隊が界刺を鎮圧に動いた以上、少なくともあいつは邪魔をする警備員を敵と認識していてもおかしくないのに・・・!!」

それは、施設内東部から強力な風を周囲に伴って―光学攻撃対策も兼ねている―飛翔して来た159支部の2人・・・破輩妃里嶺湖后腹真申
2人は、眼前に見える光景に本能的な危機感を募らした結果、殺人鬼と新“手駒達”への攻撃を決断した。もちろん、新“手駒達”への攻撃は手加減をし、逆に殺人鬼への攻撃は本気であった。
界刺へ攻撃しなかったのは、風紀委員として現時点では敵対意思が無いことを証明するためのものである。

「破輩先輩達だ!!」
「湖后腹も!!これで、殺人鬼に対して更に有効な手が打てるわ!!」

斑と鏡星が強力な増援の到来を喜ぶ。湖后腹は殺人鬼に、破輩は新“手駒達”に有効な能力を行使できる実力者である。
その証拠に、破輩の『疾風旋風』で新“手駒達”は逆方向に吹っ飛ばされた後に、追いかけて来た駆動鎧部隊と交戦に入った。
また、湖后腹が放つ本気の雷撃は絶縁性を持たない蜘蛛糸を操る殺人鬼には脅威になり得る。そう・・・『雷撃』は。



ドシュン!!!



反撃とばかりに、“怪物”は振り向かないまま右手に持つ長槍の穂先を破輩達目掛けて射出した。凄まじい狂音を発しながら、ドリル状の穂先が2人に襲い掛かろうとする。

「湖后腹!!」
「わかってます!!」

破輩の声を受ける前から準備していた湖后腹は、右手に持つコインを穂先へ向ける。それは10m以内でなら実現可能な彼の必殺技・・・学園都市第三位の異名でもある超電磁砲。

「いっけええええええぇぇぇ!!!」

10m以内という制約(=加速に必須な『レール』の短さと精密電流操作の未熟)から第三位とは違い音速の3倍までしか初速を叩き出せないものの、
威力としては申し分無い―未熟さから10mを超える領域の弾道が不安定になるために緊急時以外では使用しない―超電磁砲が・・・満を持して湖后腹の手から放たれた。



グガガガガガガッッッ!!!!!



「「!!!??」」

刹那、湖后腹と破輩は眼前で起きた現実を理解することができなかった。音速を超えることで発生した衝撃波を伴いながら射出された超電磁砲が、
直撃したにも関わらず穂先を撃ち貫けずに弾かれてしまったからである。但し、穂先の進行自体は超電磁砲の威力によって変更させられた。
数瞬遅れて我に返った破輩の暴風―超電磁砲によって発生した衝撃波も用いて―による援護もあって、迫り来る脅威から何とか脱することができた。

「俺の超電磁砲が・・・弾かれた!!?そ、そんなバカな・・・!!!」
「糸を自身に繋いでいたなら超電磁砲の影響が殺人鬼にも及んでいる筈・・・!!!今のは糸を自身に繋いでいない攻撃の筈だ!!
それなのに、湖后腹の超電磁砲を・・・!!?一厘や橙山先生の推測は間違っていたのか!!?まさ、か・・・それすらも奴の罠だったのか!!?馬鹿な!!
これでは本当にレベル5に片足を突っ込んでいるぞ、あの殺人鬼は!!?幾らレベル5に近い実力とは言えこんなことが・・・!!何か・・・何かカラクリがある筈だ!!
奴がレベル5で無いのならば!!あれ程の出力を引き出す“代償”が・・・あれ程の出力を引き出すのと引き換えに顕在する『リスク』が絶対に!!!」

しかし、超電磁砲によって撃ち貫く所か弾かれた現実が齎したショックは2人に想像以上のダメージを与えていた。
加えて、確かな妥当性を持ち得ていた一厘と橙山の推測そのものにも疑問付を抱かざるを得ない状況が更なる追撃となっていた。
殺人鬼と繋がっている糸に比べて繋がっていない糸は強度も操作性も落ちる。それならば、破輩の暴風や湖后腹の電熱で強度・操作性の落ちた糸を迎撃し、
強度・操作性が凄まじい繋がっている糸には“繋がらざるを得ない”事由を逆手に取ることで、どうにかして湖后腹の高圧電流を伴った攻撃をぶちかます。
総合力では殺人鬼に劣っている2人が一厘と橙山の推測を基に導き出した最善。だが、繋がっていない糸の強度等が繋がっている糸と同等ならばその最善も最善で無くなる。
もし、この思考が当たっているのならばあの殺人鬼はレベル5の域に片足を突っ込んでいるのではないか。そう考えてしまったが故の大きなショック。
2人は知らない。一厘と橙山の推測は当たっているのだ。ある例外―【精製蜘蛛】―を除いて。
もっとも・・・レベル5の実力を見掛け上の“結果”でしか判断できていないレベル4の念動力系能力者破輩の推測は、実は『当たってもいる』し『外れてもいる』が。

「今の雷撃・・・ククッ、威力自体は本気だろうがそれでも躊躇が伴った一撃だったな。つくづく甘い。まぁ、風紀委員の1人2人殺しても別に構わないか。
俺の邪魔をしたのだから・・・!!殺しを躊躇する弱者が強者の尾を不用意に踏んだ意味をその身に刻んでやろう・・・!!」

他方、『牽制』を放った破輩達と同じ空中に居る“怪物”・・・レベル5とレベル4を分ける基準が見掛け上の“結果”には存在しないことを知っているレベル4の念動力系能力者・・・
仮に念動力系能力者がレベル5として認められる場合に重大な要素に挙げられるであろう『大原則』における欠陥を自身の能力が抱える上に、
『今』の自分の実力でもレベル5の域には達していないことを熟知しているウェインは、長槍の穂先を作成しつつ自身へ襲来した湖后腹の雷撃の規模から手加減無用と結論付ける。
超電磁砲と思われる攻撃には意表を突かれたが、コインクラスのサイズならたとえマッハ6程度を超えた速度であっても逸らす必要さえ無く防御できる。
駆動鎧部隊については後の仕事の円滑な進行に配慮して手加減したが、“生身”の人間である風紀委員の数人程度は殺しても支障は無い。

「クッ・・・!!来るぞ、湖后腹!!覚悟を決めろ!!私も援護する!!」
「は、はい!!!」

怖気が走る仮面がこちらを向いた。本格的に標的を自分達に切り替えたのだろう。それも狙いの1つである。新“手駒達”には絶対に手を出させない。その決意の下攻撃を仕掛けたのだから。

「姫空!!」
「了解!!」

176支部視点では後ろを向けた形となったウェイン。これを好機と見た神谷が、姫空に『光子照射』の撃つように指示を出す。
以前のように避けられる可能性は高いが、破輩達に攻撃を仕掛けようとする殺人鬼を少しでも牽制できる筈だ。
施設内南西部にて、様々な人間が様々な思惑で様々な選択を決断し様々な行動を起こす。

「・・・・・・ギリッ。ギリリッッ。ギリリリリッッッ・・・!!!!!」

その中で・・・唯1人沈黙していた男が動く。血走った瞳を見開き、危うく割れそうになる程に歯を噛み締める。
自分の思惑を全て台無しにした、そしてこの戦場で今後も邪魔をし続けると本能が瞬間的に『判断した』存在へ。ブチ切れた『本気』の“戦鬼”が怒りの咆哮を放ちながら牙を剥く。






「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァッッッッッッッッッ!!!!!!!」






ビュン!!!!!






“閃光の英雄”界刺得世の『本気』・・・“絶望”を司る『光学装飾』の“戦闘色”・・・【閃苛絢爛の鏡界】が大きさを増して再び顕現する。今度は風紀委員も警備員も巻き込んで。

「な、何だこれは・・・!!?」
「破輩先輩・・・あれっ!?破輩先輩!!?」

殺人鬼の攻撃を待ち構えていた破輩は、突如視界に顕現した無数の星々が移ろう光景―【月譁紋様】―に平衡感覚を狂わされる。
また、湖后腹は視界に自分を抱きかかえる破輩が映らなくなったこと、そして己の体さえ映らなくなったことに驚愕する。

「(目・・・が!!!しまっ・・・)」
「(グウウウゥゥッッ!!!)」

その上、銀河の中・・・浮かび、廻り、奔っている星々へ次々に視点が移動→固定されるためにまるでジェットコースターの如き凄まじい眩暈を引き起こさせられた。
“初めて”『幻惑』を体験する2人故の混乱。直接的脅威である光学攻撃を警戒する余り、どうしても『幻惑』に対する警戒レベルが低くなってしまうが故の弊害。
本当に界刺に対する有効な対策―排除―を最初から打つ気があったのならば、不動が忠告したように即断即決・問答無用で遠方からブッ飛ばすべきだったのだ。
界刺が新“手駒達”へ仕掛けようとしていたタイミングだったからこそ、破輩達の攻撃は確かに届いていた筈なのだ。
仲間の存在に気付いていなかったとは言え、界刺を本気で鎮圧する気であれば結果として付近に居る神谷達の命を危うくさせたとしても攻撃を仕掛けるタイミングだった。
そもそもの話として、『幻惑』対策として自ら視覚を封じていては殺人鬼には勝てない厳然足る現実が、強力な能力者集団である新“手駒達”に対処できない無慈悲な真実があるからこそ、
破輩は心を鬼にして非情な決断を下すべきだった。しかし、結果として下さなかった。否、下せなかった。


『んなモンお互い様だろうがよ。俺がお前等を振り回していることを忘れてんじゃ無いって。その配慮は俺みたいな部外者なんかじゃ無くて傷付いた仲間に向けてやんな。
今愚痴をお前に零した所でどうにもなんねぇよ。どうにもなんねぇのに、愚痴なんていう無駄口を他人に叩いている暇は俺には無いよ。真刺達の行動を否定させないためにも。
そんなどうにもなんねぇことを何とかするために、今の俺は色々考えている最中でね。まぁ、何とかしてみせるさ。これが最後のメールだ。破輩。後悔の無い選択をしろよ?
その中で俺達のために何かしたいってんなら、何でもしろよ。もっとも、そんな余裕があればの話だけど。そんじゃね』
『わかった。お前の言う通り何でもしよう。界刺。少なくとも、私はお前達をこの命を懸けて守るつもりだ。どうせ、お前のことだから鬱陶しがるのは目に見えている。
それでも私は1人の風紀委員として、1人の人間としてお前達を守りたい。治安組織やボランティアという括りを越えて、お前達と対等な関係を築きたい。
どちらが上でも下でも無い、真の意味で対等な関係を。だから・・・遠慮せずにお前の好きなようにやってくれ。・・・その結果として私がどうなろうとも文句は言わない。
私は受け入れるよ。その代わり、私も私に課せられた使命を果たす。自分の信念を貫こう。願わくば・・・同じリーダーとしてお前と肩を並べて立つ日が来ることを祈っているよ』


鎮圧したく無かった。排除したく無かった。攻撃したく無かった。戦いたく無かった。敵対したく無かった。己が手で・・・同じリーダーである彼を傷付けたく無かった。
それが、破輩妃里嶺の嘘偽り無い本音。私情。主観。男勝りで・・・実は根が気弱で・・・それでいてとてもとても情に深い少女の心意。湖后腹も理解を示した心優しきリーダーの“希望”。
以前の騒動で大怪我を負った親友の身を案じて後方へ待機させ、殆ど事件に関わっていない友を巻き込みたくないために助力を頼まず、
今もまた自分達の命を危うくさせる可能性を押し殺してでも最初から“英雄”に攻勢を仕掛けなかった。情に深く、心優しい少女の根底は今も昔も変わらない。
故に・・・故にこそ光学攻撃対策のために神経を尖らせていた『疾風旋風』による精緻且つ不規則な大気操作が乱れた。停滞してしまった。
その隙を・・・散乱の要因になる気流の流れや大気中に存在する埃等の位置を精密に捕捉・看破し得る【月譁紋様】を操る油断皆無の“戦鬼”は見逃さない。



ビュン!!!



目に映らぬ1条の光線―大気に吸収され難い性質を持つ“超近赤外線”で構成された【雪華紋様】―が・・・飛んだ。

「ッッッ!!!??」
「グアッ!!!??」

右太腿を焼き貫かれた激痛が湖后腹を、左太腿を焼き貫かれた激痛が破輩を襲う。収まらない眩暈も影響して、制御していた9つの竜巻が維持できなくなる。

「クウウゥッッ!!!」

それでもさすがは風輪第2位の実力と言うべきか、この不可思議な銀河世界に視界が切り替わる前に目に映していた建物の屋上に着陸するために、己の感覚を信じて風を制御する。

「ガアアァッ!!!」
「グフッ!!!」

風が維持できなくなるのと屋上への不時着のタイミングは然程変わらなかった。“そこ”に屋上の床があったことに確信を持てなかった破輩は、不時着時に肩から激突した。
しかし、何とか不時着には成功した。未だ太腿の激痛は続いているが、それがどんな原因で痛みを発しているのかがすぐにはわからなかった。



ビュン!!!



視界が元の世界の色に戻った。【鏡界】の支配者が、意図的にドームを縮小したためだ。
その結果として湖后腹には右太腿の外側の一部分に、
破輩には左太腿の外側の一部分に“鉛筆大”の穴がそれぞれ空いていることを“風嵐烈女”は認識する。加えて、頭から不時着してしまった湖后腹は血を流しながら気絶していた。

「湖后腹・・・!!!」

破輩は、足を引き摺りながらすぐに湖后腹の処置を行う。対外傷キットを用いて彼の頭及び右太腿の応急処置を行い、脈拍・呼吸等に異常が無いことも確認する。
そして、自分の左太腿の治療に取り掛かった破輩は自分達を狙撃した“碧髪の男”の行動について頭を働かせる。

「こ、これは・・・グウゥゥッ!!!ハァ・・・ハァ・・・か、界刺の・・・仕業、か・・・!!!」

彼の咆哮は耳にした。そこに込められた怒りの色も肌で感じ取った。だが、自分達の行動―界刺を邪魔しない攻撃―が咆哮を放つ引き鉄になるとは思わなかった。
“閃光の英雄”が自分を最優先することを前提として、それでもできるだけ他者を優先するべくあれこれ苦心して動いていたのを風紀委員会は(界刺視点で)悉く邪魔をした。
もしウェインが評価するのならば、『強者の気持ちを弱者は理解できない』と言った所か。もっとも、この評価は今の場合においては適切では無いが。

「わ、私・・・私達が殺し合いに手を出したから・・・か!?い、いや・・・あの咆哮はそれだけじゃ無い。な、何か・・・別の意味で私達・・・はあいつに・・・!!」

炭化を起こしている傷を認識しながらも、破輩は界刺の咆哮の意味について考えていた。『俺の邪魔をするな』。そう告げられ、それを理解してこの戦場へ来た。
現時点では敵対意思が無いとは言え、それが彼にきちんと伝わる保障は無い。故に、この南西部に到着した時から彼の攻撃も覚悟していた。もっと言えば・・・死を覚悟していた。
先日のメールでも伝えたこと。しかし、実際に攻撃される前に破輩は確かに“英雄”の声を聞いた。殺す相手には『不必要』とも取れる、嘆きと哀しみと憤怒が混じった咆哮を。

「も、もし私達を殺す気なら“この程度”で済ます必要は無い。レーザーで頭でも心臓でも撃ち抜けばいい。ハァ・・・ハァ・・・。それをしなかったということは・・・。
今の奴は、不動が言う『敵なら何でもかんでも殺しに掛かる』という状態じゃ無い。『本気』だとしても、“選べる”余裕が今の奴にはあるんだ。まだ分別が付けられるんだ。
でなければ、私達がここに来るまでに神谷達が五体満足で立っている状況になっている筈が無い。何故気が付かなかった!?くそっ・・・。
それなのに・・・それなのに私達は“嫌がる”界刺に私達を『本気』で敵に回すという決断を下させてしまったんだ!!」

まがりなりにも、あの男とは付き合って来た。だから、『わかる』。あの男は、自分勝手なだけの人間じゃ無い。他者と確かな信頼関係を築ける人間だ。分別を付けられる人間だ。
そんな人間を、自分達は遂に実力行使へ至らしめる程に『本気』で怒らせてしまったのではないか?あの男へ多大な迷惑を掛けてしまっていることも重々わかっている。
界刺の排除に動くという選択を採った裏切り行為についても申し訳無く思っている。それが譲れないモノのためだということを、当の界刺も理解してくれる。そう思っていた。

「そ、それが・・・甘えだったのか!!?『理解してくれる』・・・『わかってくれる』・・・そんな“安易”な考えをあいつに押し付け過ぎた結果・・・あいつが切れた!!
それなのに、あいつは私達の命を奪わなかった。怒り狂いながらも、冷静な思考を保っていた。・・・保身のためだけじゃ無いだろう。ハァ・・・ハァ・・・不動め・・・嘘を付いたな。
何が、『邪魔する者達(おまえたち)を殺しに掛かる』だ。あいつは、『本気』でも冷静な思考を保ち続けて私と湖后腹を“守ったぞ”。・・・おかしいな。何だ・・・この気持ちは?」

おかしい。湧き上がって来る感情を理解できない。自分達は界刺に重傷を負わされた。これで、『ブラックウィザード』討伐や新“手駒達”救出に重大な支障が出るのも確実。
破輩の抱く譲れないモノを貫く手段を界刺は奪った。どんな覚悟をしていても多少以上の怒りが湧いて来る筈なのに、今は・・・今は悲哀の感情が彼女の胸に広がっていた。
何故なら、物事を全て手の平の上で転がし、時に愚痴を吐きながらも何処までも達観して物事を量ると感じていた碧髪の男の本音を聞いたから。
自分達のように悩み苦しむ1人の人間界刺得世の心意を感じ取ったから。

「フッ、界刺には散々振り回された筈なんだがな。迷惑を掛けてしまっていることを度外視すれば・・・な。
事件が終わったら、本当はフォローも兼ねてたらふく文句をぶつけたかった筈なのにな。ぶつけて・・・ぶつけられて・・・な。
界刺だって、私達のことをとやかく言えない筈なんだがな。あいつの言う自業自得の筈なんだがな。・・・・・・でも・・・・・・言えなくなっちまった。卑怯だろ・・・あれは。
あんな悲鳴(ほうこう)を聞かされたら、もう何も言えないよ。何で怒りのまま私を殺さなかったんだよ・・・界刺?そうすれば、瞬間的にでも楽になれただろ?・・・・・・。
やっぱり・・・殺すつもりなんて最初から無かったんだな。それか・・・湧き上がる殺意の衝動を懸命に抑えていたんだな。
あれが・・・界刺(ウソツキ)の本音か。ハァ・・・ハァ・・・・・・くそっ!!!」

拳を床へ叩き付ける。あの男は・・・あれだけ怒り狂っていても・・・他者のために命を取らなかった。破輩妃里嶺と湖后腹真申を切り捨てなかった。
おそらく、湖后腹の超電磁砲や自分の暴風を物ともしない『本気』の殺人鬼から“自分達を守るため”に重傷を負わせて強制的に離脱させた。
迸った光線に、抱く悲哀と憤怒も込めて。その意味を心底理解した“風嵐烈女”は、血が滲む程に拳を握り締めた。






バン!!!






だがしかし、現実は彼女に後悔する暇を与えない。






「誰だ!!?」
「・・・やっぱり人が居る~。大きな音がしたからもしかしたらって思ってたんだ。それにしても、さっきの星空は何だったんだろうね?
今見えるのは変な模様が浮かんだドームみたいなモノだけど・・・別にいっか!ハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!」






旋風渦巻く屋上の入り口を勢い良く開けた少女が破輩の前に姿を現す。






「お、お前は・・・!!!」






破輩の瞳に映るのは、映倫中学のジャージを着用しノンフレームの眼鏡を掛けるボサボサ髪の少女。






「あっ!!!風紀委員の腕章だ!!私も、昔はその腕章を付けて一生懸命頑張ってたんだよねぇ。なのに・・・何で・・・どうして・・・私・・・私・・・ハハハハハハハ!!!」






ハイテンションからローテンションへ、ローテンションからハイテンションへ目まぐるしく移り変わる少女の態度は、彼女が服用した非合法の薬物の影響である。






「だ・か・ら・・・・・・フフフッッ・・・風紀委員なんてモンが・・・・・・この世から消えて無くなったらいいんだよおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉっっっっ!!!!!」






元176支部風紀委員風路鏡子が、薬で暴走状態にある『風力切断』を159支部リーダー破輩妃里嶺へ振り向ける。
運命の悪戯に弄ばれながら、しかし必然であるかのように咆哮(ひめい)を挙げながら現役風紀委員へ挑む哀れな少女の瞳からは涙が一筋滴り落ちていた。


破輩妃里嶺VS風路鏡子  Ready?

continue!!

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最終更新:2013年08月30日 20:14