第三部    決行当日? Day shine?

もうすでに日が昇り切って、明かりを付けなくてもいいくらい部屋の中が窓からの光で満たされている。
外からは人の声が聞こえ、治安の悪い第十学区にもほんのわずかだが活気が宿り始めている。時計の針はもうすぐ9時を指しだす頃だが、≪家政夫(ヘルプマン)≫はまだ工場の事務室にいた。
会議が終わり、毒島達が帰っても事務室にこもっていた彼は今現在まで一睡もせずにパソコンと睨めっこを続けている。
だが寝むたそうな様子は彼から微塵も感じられない、恐らくこういった生活に慣れてしまっているのだろう。

そんな彼が熱心に見つめているパソコンの画面には学園都市の地図が表示されており、地図上にはいくつかの赤い点がついたり消えたりしながら動いている。
彼は一旦パソコンから目を離し工場に誰もいない事を確認すると、
自分が着けていたホッケーマスクを外し、おもむろに煙草を取り出して一服しだした。

(今のところ問題なし、か。まぁこのままうまくいけば無傷でこなせるかもしれんけど・・・そんなに楽にいかせてもらえんやろうしなぁ)
(あーほんましんどいなぁできればやめたいわぁ、何?長月四天王とか、マジでありえへんわぁ死ねばいいのに。)
(そもそもなんでスキルアウトが能力者に協力してもらうねん、本末転倒やないか!)
(・・・腹ぁくくるしかないな、うん、愚痴ってもしゃーないし、ワイはできる子やって思えば大抵何でもうまくいくもんやし?てかワイ元々できる子やし。)

(それに・・・ワイはまだここで死ぬ男ちゃうしな。)

彼は勢いよく席を立つとふらふらと歩きだし、昨晩参加者達と会議した応接室へと入った。
部屋に入ると彼は部屋の隅のカーペットを剥がしだす、すると剥がしたカーペットの下から黒光りした金庫が顔を出した。
この型の金庫はセキュリティ機能が高く、色彩認証と指紋認証をクリアしないと決して開かないようにできており、
さらにもし無理矢理こじ開けようとすると金庫が中身を燃焼し中身が奪われるのを防ぐ仕様になっている。
彼は右目を金庫に近づけたあと人差し指を金庫に向ける。カチリという音とともに金庫がその中身をさらけ出す・・・

そこには数億はくだらないくらいの札束と一枚の写真が入っていた。
写真にはなにやら年齢の様々な子供達と中年の男性、職員にもみえる格好をした女性達も写っていた。
これだけなら普通の写真なのだが、よく見ると中年の男性と職員と思われる女性の数人の顔に黒く×印がついている。
彼は金庫に入っていた金を数えたあと写真を手に取ると、まだ何も付いていない職員の顔に×印を書き加えた。

(・・・まだ5分の1もいってへん、なっがいわぁ~)

昔彼が冒した、彼だけが知る、彼一人で背負わなくてはならない罰。その重さを彼は改めて実感していた。
その罪を償いきれるのはいつになるか、もしかしたら死ぬまで償い続けなくてはならないかもしれないという非情な現実は彼のまわりを常について回り、苦しませつづけている。

家政夫はしっかりと金庫の扉を閉めるとすぐにカーペットでそれを隠し、再びパソコンを眺め続ける作業に入る。彼が食い入るように見つめている赤い点滅は変わらず地図上をフラフラしている。

「さって!!お仕事がんばりますかいな~♪」



午後1時、全身黒ずくめの男≪毒島拳≫は会議が終わった後第七学区にいた。
数多くの学校が立ち並ぶこの学区は出席日数ギリギリまで来ない不登校系男子(ただしテストの点数は割と高いので某ツンツン頭とは一線を画す)の彼にはあまり縁がなさそうに思われるが、
彼がここに来た目的は出席ではなく入院している姉の見舞いだ。

彼の姉は過去にスキルアウトに襲撃、強姦され、その際に脳を大きく損傷、そのため能力の行使を大幅に制限することとなってしまった。
元々大能力者だった彼女はその現実に絶望し、さらに強姦されたトラウマも加わったことで精神が酷く病んでしまい、
親族の彼でさえ認識できず、恐怖の対象としてみてしまうほど重度の男性恐怖症に陥ってしまったのである。

それが彼がスキルアウトを憎む理由であり、闇サイト≪風の盗賊≫を立ち上げたきっかけにもなっている。

第七学区のとある病院についた毒島は受付で面会許可をもらい、いつもなら真っ先に姉のいる部屋へ行き見舞いをすませるのだが、今日は珍しく時間が有り余ってしまったのでしばらく病院を散策することにした。
何故今日に限って時間が余ったのかと言うと・・・

(・・・それにしても決行の時間が変わると急に暇ができるもんだな。)

そう、狩りの時間を変更したのである。
元々今日の11時に狩りを行う予定だったのだが今回は向こうに情報が筒抜けになってしまっていたため、明日の午前5時に変更されたのだった。
本当はもっと別の日に変更したかったのだが、参加者の予定が合わないことと、サイトの存在を他のスキルアウトに知れ渡る事態をできるだけ小規模に抑えるためこの措置で落ち着いたのだった。

(・・・まあ当然の対処だよな、もっとも、あの関西馬鹿は他になんか企んでるだろうけどよ。)

彼が病院内を一通り散策して再びロビーを通りかかると、変なゴーグルをつけた同じ顔をした四つ子が何やら騒がしいので、興味のない素振りをしながら耳を傾けていると、

「おっミサカの大好きなメロン味です。とミサカ10032号はささやかな喜びを享受してみます。」
「ちっレモン味か・・・ゴミめ。とミサカ10039号は残念な心中を吐露します。」
「ハッカ・・・だと・・・?とミサカ19090号は絶望を隠し切れません・・・がくっ。」
「大体なんでドロップ?ババ臭いなオイ。とミサカ13577号はミサカ10032号のセンスのなさに憐れみを覚えます。」
「うるせーたまにこれが食べたいときがあるんだよ。とミサカ10032号は昔ながらの味の分からんミサカ13577号に反論します。」

(・・・四つ子にしては番号がでかすぎないか?もしや“2万つ子”?・・・まぁ流石にそれはないか)
毒島は進む方向を急に変えると病院の購買へと向かい何かを買ったあと、ようやく姉のいる部屋へと向かうことにした。

時計の針が4時を指す頃、
毒島の姉がいる部屋に着いた。
部屋の前には“毒島帆露”という名札が立ててある。どうやら一人部屋のようだ。
毒島は覚悟を決めたかのように強く一息つくと、部屋の扉を開く・・・

(・・・)
部屋には誰もいなかった。
毒島は部屋を見回す。彼の姉はもともと綺麗好きで、それがあらわれているのか部屋は誰も使っていないと言っても疑われないぐらい物がかたずいている。
彼女はまだ精神が不安定で外出許可でないので、今彼女は大方検査でも受けているのだろうと考えられた。
狩りの準備に時間もかかるため、もうここで待っていられる程の時間もない。

「・・・今日はもう帰るか。」
「おや、今日はもう帰るのかい?」
「っ!?あっ、・・・姉さんがいつもお世話になってます。」

いつ彼の後ろにいたのかは分からないが、そこにはここの病院の先生が立っていた。
凄腕の外科医として有名で、数々の手術を成功させてきたその医者は毒島の姉の脳を手術した人でもある。
彼の腕がなければ姉の脳の損傷はもっとひどかったであろうと言われており、それゆえ毒島はそのカエル似の医者に頭が上がらない。

「彼女は今検査中でしばらく戻ってこないよ?」
「・・・そう、ですか。分かりました。もう時間もないですし帰らせてもらいます。」
「そうかい?」
「・・・先生、これからも姉さんをよろしくお願いします。」
「もちろんだよ。医者が患者の面倒をみるのは当然のことだろう?」
「・・・。」

言葉がでなかった、少しでも気を許せば涙が出ると思った。
医者への感謝の気持ち、その一言の心強さからくる安堵感、姉以外に信用できる存在に対する安心感・・・
とにかく色々な感情がせめぎあい、ごちゃ混ぜになり、言いようのない感覚が彼の中で芽生えているのを自分自身で感じていた。
ただ確かなことは、そういった感覚は彼が久しく感じていなかった、というより感じることさえできなかったものであるということだ。
彼は溢れそうな涙を感ずかれないように必死で堪えると、カエル顔の医者に深く頭を下げると、何も言わずにそのまま病院を後にした。



カエル顔の医者は誰もいなくなった毒島の姉の病室で少し佇んでいると、部屋のベッドの上に何か置いてあるのに気付いた。
医者はベッドに近づき、それを手に取る。

それは病院の購買で売っているドロップだった。

彼はかすかにほほ笑むとそのドロップを元にあった位置に戻し、部屋を出た。

(やれやれ、兄弟愛というものはいつみても心を動かされるもんだね?)



午後5時、≪安田≫・・・もとい≪春咲桜≫は自身が所属している風紀委員一五九支部でデスクワークにはげんでいた。
風輪学園のレベル4が二人、常盤台中学のレベル4が一人、計三人の大能力者が所属する一五九支部では彼女は見回りよりもデータの処理を任されることが多く、普段は誰に話し掛けることもなくもくもくとパソコンの前で作業を続けている。

そんな彼女がいつものように仕事をしていると、向こうの方からくずれんばかりの書類の山と格闘している少年、≪鉄枷束縛≫が助けを求めるような目でこちらを見ていることに気付いた。

「春咲先輩!!ぶっちゃけヘルプです!」
「ごめんだけど・・・こっちは手が空いてない。」
「そーだよなぁ、けどこれぶっちゃけ今日中に終わらないよな?」

彼が見上げる書類の束はまるでジェンガのように奇跡のバランスを保ちながら圧倒的威圧感を放っている(ように見える)。

「てかぶっちゃけ湖后腹と佐野は!?あいつらに帰って来たら手伝ってもらうしか―――」
「湖后腹はパトロール、佐野は病欠。もう我慢してそれやった方が早く終われるんじゃない?」
「てめぇ一厘・・・・・・手伝ってくださいおねがいしま「嫌」」

鉄枷と今たわいのないやり取りをしているのは風紀委員の一人≪一厘鈴音≫である。
彼女は一五九支部で唯一の常盤台在学の生徒で支部で三人いるレベル4の内のひとりである。
彼女も、彼女自身の背中でよく見えないが今デスクワークで手が回らないのだろう。

「ていうか、そんな山脈級の書類手伝ってたら最終バスのがしちゃうじゃない!貴方こんないたいけな少女に椅子に座って寝ろって言うの?」
「っだぁーれがいたいけな少女だコラ。いいから手伝え、お前ぶっちゃけ手動かしてないだろ。」
「動いてるわよ!ほら!こんなに!ところでなんで私と春咲先輩で態度が全然違うわけ!?」
「そーだぞ鉄枷ぇ、私たちみたいな少女には皆優しくしなきゃ嫌われんぞ?」

そう言って鉄枷と一厘の会話に割って入ったこの女性は一五九支部のレベル4の内の一人、≪破輩妃里嶺≫。
風輪学園の高等部三年生で風紀委員の最年長。ちなみに彼女に“最年長”に関するネタは一切禁物である。
そんな彼女は今風輪学園内で起こった事件の始末書処理に追われている。つまり彼女も暇ではないのだ。

(・・・私たちみたいな少女?)
「あ?」
「ぶっちゃけ何も言ってないですよ!?やだなぁ破輩先輩はアハハハハ・・・」
「なんか聞こえた気がしたから、気のせいか。」
(っこええええぇぇぇ!!!読心系能力者じゃないよね先輩!?)

春咲は彼女のまわりで繰り広げられている忙しないも楽しく、温かみのある時間を享受していた。
こんな時間がずっと続けばいいのに、と思うくらい彼女はこのひと時が何よりも大好きだった。

彼女は家庭に居場所と言うものが存在しなかった。
彼女の家は両親が科学者、姉と妹が大能力者といった能力開発のエリート一家で、姉妹でただ一人低能力者の彼女は常に家族全員から落ちこぼれとして扱われているのだ。
両親は彼女がジャッジメントで遅くなっても一瞥もくれず、姉と妹は彼女に関して無関心。家族の会話にすらまともに参加できない彼女にとって家族とは憎むべき対象以外の何ものでもなかった。
彼女が闇サイト“霧の盗賊”に毎日アクセスし、狩りにほぼ毎回参加するのも、
狩りで憂さを晴らさないともはや自尊心を保っていられなかったからである。

なので、ジャッジメントは彼女にとってただ一つの居場所であり、ジャッジメントのメンバーは家族以上に心の許せる存在なのである。


そんなやり取りがしばらく続きながら作業を行っていると、もう時計はすでに8時を指していた。
夏なのでまだぼんやりと明るかったがもうとっくに生徒の帰宅時間はすぎている。
ちなみに湖后腹はまだ見回りから帰って来ていない。
なので今現在支部にいるのは春咲、鉄枷、一厘、破輩の四人だった。

「湖后腹君、遅いね・・・」
「そうっすねぇ、ぶっちゃけ気になるんスか?」
「えっ!春咲先輩もしかして!?」
「別に、そういう意味で言ったんじゃないから。」

おっ、これはもしや・・・?と探りに入ろうとする鉄枷と一厘を軽くスルーしている間に彼女は自分の仕事を終わらせていた。
狩りの時間にはまだ時間もあり、家に一旦戻る時間もあるのだが
彼女はどうしても家に帰る気にはなれなかった。
どうせ帰らなくっても心配しない、と思っている彼女は、かといって用事もなくずっと事務所にいるのも気が引けるので
狩りの集合時間までどこで時間をつぶそうか考えていた。

彼女は時間潰しの計画をあれこれ考えてながらマナーモードにしていた自分の携帯を確認すると、宛先不明のメールが入っていることに気付いた。

「・・・・・・・・あれ?」

彼女はそのメールを見るやいなや、顔を真っ青にしながら急いで事務所を出ていったのであった。

≪緊急の事態が発生。至急8時までに第7学区の39号線にある赤いビルの前に集合≫


第4部に続く

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最終更新:2011年09月11日 02:16