「暇だ。」
9月10日。午前中にもかかわらず客が誰一人としていない喫茶店で一人、ゴドリックは呟いた。
昨日のようにひたすらカオスで忙しい日もあれば、とことん暇な時もある。
ジュリアは魔術師の仕事でここにはいないし、彼女の祖父母は昨日から「魔術の神秘を探りに行く」と言って観光旅行に出かけてしまった
結局ゴドリックは暇を持て余しながら店の備品でもある本や新聞を読み漁っていた。
“9月の速過ぎる寒風。異常気象の真相は?”
“一家斬殺事件、またもや発生!!切り裂きジャック現代に復活か!?”
そういう見出しの記事を見て、ゴドリックは舌打ちする。
新聞記事の切り裂きジャックという表現は的を得ている。
何故なら、魔術業界では「ジャック・ザ・リッパー」の異名を持った魔術師が存在するからだ。
本名こそ知らないが、風の噂によると
必要悪の教会の魔術師が奇襲された際、撃退。捕獲とまではいかなかったものの指名手配し、現在に至るらしい。
ゴドリックは新聞から目を離すと、天井を見上げ思考の海に沈んでゆく。
……こういう身勝手な魔術師を狩るために、自分は魔術師になった。
ひいては――――――。
「(……嫌になるね。僕にそんな上等な事は出来やしない。いや、する資格すらないのに……。)」
自己嫌悪に捕らわれかけたその時。
カランカラン、とドアを開ける音がした。
「いらっしゃいませ。二名様でよろしいでしょうか?」
「貴様の目には二人以上に見えるのか?」
高圧的な態度で返答したのは、金色の獣毛が至る所に付着しているスーツを着た男だ。
金髪碧眼で顔はハンサムなのだが、その表情と目からは全てを見下しているのが容易に分かる。
しかしゴドリックはその人物より、もう一人の方へと目を向けていた。
蜂蜜色の髪の毛、緑色の目、顔に刻まれた傷痕。
その全てがゴドリックの愛する幼馴染であることを証明していた。
……その顔に浮かべた皮肉的な表情を除けば、の話だが。
「……魔術師、か。アンタら二人とも見ない顔だ。何の用だい?」
「ゴドリック。私に向かって酷いわそんな事……。」
「何年顔を合わせていると思っている。アンタは“
ジュリア=ローウェル”じゃあ無い。僕の記憶の中でジュリアは今までそんな表情を浮かべたことはなかった。」
「
ディスターブ、もういい。やめろ。」
もう一人の男の方が高圧的に命令を下す。
すると、ジュリアの頭がグズグズの肉塊めいた状態になり、一分後にはパンクロックでもやっていそうな、別の女性の顔をしていた。
「随分と気色悪いもん見せに来てくれたな。」
「ゴドリック=ブレイク。アンタの事は魔術業界の間でちょっとした話題になっているわ。“炎の射手(アーバレスト)”という異名の魔術師を聞いた事はある?まぁ、貴方の事だけれども。」
ディスターブと呼ばれた女性の口調や話の内容にゴドリックはどんどん不快さを隠せなくなってきた。
「なんでも、アンタの護衛方法は非効率的。対象の傍に常にいるのではなく、離れた箇所にいる。襲撃者がいれば離れた個所から即狙撃。
この非効率的な戦法。それはもしやすると、少年期の――――――。」
ジャキッ。
ディスターブの台詞に耐えられなくなったのか、遂にゴドリックは灼輪の弩槍を構えた。
「なんだ、アンタら。自殺志願の依頼か?それなら一撃で済ませる自信がある。」
「ヒヒ、そういきり立つこともないでしょ別に?」
「ディスターブ。貴様は少し黙っておけ。話がややこしくなる。そう言う訳だ、
ゴドリック=ブレイク。貴様も霊装を収めろ。無用な血を流しに来たのではない。貴様に依頼があってきたのだ。」
そう言われ、視線に殺気を含みながら、ゴドリックは灼輪の弩槍を収めた。
自分1人で目の前にいる金髪の男に勝つのは困難だろうと判断したからだ。仮に勝てたとしても、今この場(カフェ)で戦闘はしたくなかった。
世界樹を焼き払う者。
『世界樹を焼き払う者』はラグナロクの思想に則り、いわゆる『世界の作り直し』を目的としている魔術結社だ。
来るべきラグナロクにそなえ水面下で数多の霊装、魔術理論、人員を蓄えていると言われている。
リーダー、幹部等構成員に関する情報は殆ど不明。
ただし『北欧神話系五大結社』との交戦は何度か行われていたようであり、 秘密裏に存在してた支部が何箇所か潰されて居る。
『北欧神話系五大結社』の存在がこの魔術結社を牽制していたのだが、
それらがとある事情で壊滅的打撃を受けたことにより、その活動が活発化してきている
ゴドリックも噂だけは耳にしていた。
そして判断していた。
とても危険な部類に入る魔術結社だと。
「で、その魔術結社の幹部サマが一体何の用だ?」
「なに、仕事の依頼だ。内容は――――――。」
その日の夜。
「…………フゥ――――――。」
ゴドリックはカフェのバイトを終え身支度をし、帰ろうとしていた。
「辛、かっら!!何これ、ナニコレ!!?」
…………厨房から幼馴染の声を聞き、Uターンする。
「ちょ、ゴドリック!!ナニコレ!!??」
「アップルパイ。ってかつまみ食いすんなよ。」
「アップルパイがどうやったら激辛スパイシーなエスニック料理になるのか、ぜひともお聞きしたいわね!!」
「インド人を右に置いた。」
「嘘つけ!!」
「ほら水。」
「あー、ありがとー。プッハー。あー生き返るー。」
ジョッキに注いだ水を勢いよく飲んでいくジュリア。
そんな様子を見て、ハァ。とため息をつく。
人間の味覚を崩壊させかねない外道アップルパイを処分しておく。
「ねぇ、ゴドリック。どうしたの?」
「あぁ、どうやら砂糖とスパイスを入れ間違え「そうじゃないわ。」……ジュリア?」
「貴方がこんな真似するときは調子が悪かったりするわ。」
「…………………。」
「ゴドリック。」
ジュリアがジョッキを置き、両肩をつかんできた。
「あ……、ジュリア。もう帰んないと。」
「ゴドリック=ブレイク。私の目を見て。」
顔を見ようとしないゴドリックにジュリアはこちらを見るよう促す。
ゴドリックの視界の隅に一瞬だけ、彼女の目が入った。
彼女の目は心配と慈愛が入り混じっていた。
「ゴドリック、本当に何があったの?」
「………ジュリア、済まない。今はまだ話せない、事なんだ。」
「ゴドリック……。」
「……………………………………………悪い、帰る。またな。」
そう言って、ゴドリックは帰ってしまった。
一度もジュリアの顔を見ようとしないまま。
ふと、ジュリアはテーブルの上にある本を見つける。
ゴドリックが留守番をしている時に、読み漁っていた備品の一つだ。恐らく仕舞い忘れたのだろう。
「これは……。」
テーブルの上にあるのは詩集だった。
さほど分厚くない深緑色の本の表紙を見る。
ウィリアム=ブレイク著 “天国と地獄の結婚”
何気なく開いたページにあった詩の一節にはこう書かれていた。
“最大の敵は己自身の家庭と家族の連中だ”
その言葉に、ジュリアは一瞬背筋が凍るような感覚を覚えた。
最終更新:2013年07月20日 00:51