これは二人が対峙する少し前の事である。

◇      ◇      ◇      ◇      ◇      ◇ 

「おかしい。」

そう思ったのはバイトの日だったというのに、ゴドリックの姿はおろか、連絡さえ無いと思ったからである。
彼は学校の勉強はともかく、バイトで遅れたことなど一度もなかった。
不審に思ったジュリアは電話で確認するもそれすら出ることも無く、本格的におかしいと彼女に不信感と危機感を持たせた。

「(ヤールさん、ゴメンナサイ。でも……。)」

さっき、アドバイスをくれたヤールに対し、心の中で謝罪する。

「(それでも、行かないと。今動かなきゃきっと永遠に後悔するから―――――――――――!!)」

そして、ジュリアは『業焔の槍(ルイン)』を『封焔の鞘(アンチルイン)』に収め、その上から認識阻害の魔術を施した布を巻き、胸当てや籠手、コルセット状の鎧を装備して外に出た。

真夜中になってから、怪しい箇所は見つかった。
何の変哲もない町の一角に徹底的に施された人払いのルーン。
これでは樹海の中に自販機があるような、そんな違和感すら醸し出される。

とにかく、この中に“答え”がある。

そう確信したジュリアは、人払いが施された箇所へ侵入し、中を探る。
業焔の槍を握りしめ、封焔の鞘から精製した毒液を漂わせながら、警戒する。
そして角を曲がると、“答え”はあった。

燃え盛る壁。おそらく火矢が撃ち出されるだろう。
その先にいるのは見覚えのある人間、――――――――――――――――――ヤール=エスぺランがいた。
彼は飛び出してきた火矢に呆然としていた。威力の低い「一本」の火矢でも急所、それも頭に命中すれば燃え上がり、大事に至るだろう。

あのままでは射抜かれ、炎に包まれてしまう。

「鞘よ、その毒血で憤怒の炎を鎮静させよ≪S,STFORTPITB≫!!」

そうしてジュリアはヤールの眼前に毒液の盾で矢を防ぐ。
その速度は一瞬。
あまりの事に一気に気力を使ったかのような錯覚さえした。

「一体どう言うつもりなの?

―――――――――――――――――――――――――ゴドリック=ブレイク!!!」

そうして吼えるジュリアの前に、彼女の親しい狙撃手が現れた。

◇      ◇      ◇      ◇      ◇      ◇

現れた狙撃手は短めの金髪で碧眼の青年だった。顔つきは童顔で柔和だが、目には濃い隈が出来ていた。
黒いジーンズをはき、白Yシャツに茶色いベスト、そして胸当て。その上から濃紺のストールを纏っていた。両腕には籠手を嵌め、両足には脛当てをしている。
装備にはすべて『勝利』を意味するルーンが刻まれていた。
右手に持っている霊装は奇妙なボウガン。
棒の部分に計四つのナイフサイズの穂先がついており、発射口の下には比較的大きな穂先。接近戦にも対応できる霊装だ。

「ゴドリック……どういうつもり?」

ジュリアが槍を向ける。
彼女の表情は険しく、憤怒の表情は隠せなかった。
彼女の霊装である『業焔の槍』が彼女の怒りに呼応するように爆炎をまき散らす。

対してゴドリックは冷静だった。
その顔に一切の表情はなかった。ここまで来ると感情がないのでは、と錯覚してしまう。
彼の持つ霊装、『灼輪の弩槍(ブリューナク=ボウ)』も魔力の気配はなかった。

この場にいる必要悪の教会の魔術師でニーナだけはゴドリックを知らない。
しかし、噂には聞いていた。
普段は掴み所の無い感じだが、本質は良くも悪くも真面目で頑固。
また、ジュリアをナンパしているオージルを必死に守っている優しい人間だとも聞いている。

ここまで来ると彼は太陽の様な優しい性格ではなく、むしろ氷の様な冷酷な性格ではないのか、とニーナは感じる。

しかし、彼女は知らなかった。
『太陽』の光はただ、暖かく優しいものではない。
激しく、攻撃的な側面もまた、『太陽』の姿だと。




「日輪は輝く。輝きは天を覆う。≪SIS.SCTH.≫」
「ゴドリック!!」

ジュリアは必死に呼びかける。しかし彼女の応えはゴドリックには届かない。

「その光は暖かきを護り、侵略者を貫く!!≪TLPIT、STI!!≫」

彼女たちにかける言葉も、戸惑いも無く、ゴドリックは『灼輪の弩槍』を彼らに向ける。
魔力を通した『灼輪の弩槍』は発射口から七条の光を放ち、炎を圧縮した高熱の火矢を放つ。

「鞘よ、その毒血で憤怒の炎を鎮静させよ!!≪S,STFORTPITB≫」

黒い水球は盾のように広がり、火矢を鎮静させる。

「ゴドリック、まさか忘れた訳では無いでしょうね?」

ジュリアの言葉を無視し、今度は同時に5発、火矢を放つ。
しかしその灼熱の矢も黒い水球から伸びた5つの枝に薙ぎ払われた。

「この『封焔の鞘』がある限り、炎熱系の攻撃はシャットダウンできるわ。」

『封焔の鞘』はケルト神話に登場する槍、ルインを収めるのに使用していた釜のレプリカ。
この霊装は鞘というよりは取っ手の付いた壺や瓶の様な形状をしている。また、『L(水)』、『I(氷)』、『Y(死)』のルーンが刻まれている。
この霊装に収める、またはこの霊装が生成する黒い毒液を浴びせる事で業焔の槍やそれの炎を封じる事が可能。
戦闘にも応用でき、触れた者の動きを鈍らせることが出来る。

しかしそれだけではない。応用すれば炎や熱などをシャットダウンすることも容易い。
構成されているルーンが『L(水)』、『I(氷)』、『Y(死)』であることからも炎の天敵へと成り得ることは十分だった。
そもそもが「ルインの炎を封じるために」伝承にある代物だ。
さすがにステイル=マグヌスの魔女狩りの王(イノケンティウス)レベルの火力となるとこの毒液は効果をなくしてしまうが、ゴドリックに対しては十全と言ってもよかった。










「ニン…げん。また、一人……増えたァ…あ、あああ、アアアアああああアアああああアアああああ!!」

ここでジュリアが失念していたことは。
狂った殺人鬼のことであった。


「ヤァアアああああアアああアアアアああああアアああエエエええええええエエエエええエエええエエ!!」
「え、なにこのガスマスク!?」
「イケナイ、ジュリアさん!!早くそいつから離れて!!」

ヤールが警告を発する。ジュリアが火炎を撒き散らす。
しかし炎を避けた殺人鬼は右手を振り上げ、『呪いの魔剣』を振り下ろす。
振り落とされた魔剣は空を切り、地に当たる。

「―――――――――――――ッ、きゃああ!!」

しかし、即座に放った拳はジュリアに掠る。ソレに怯んでしまったジュリアは大きな隙を作ってしまった。
ジェイクはその隙を逃がさず、『呪いの魔剣』を振り被ろうとして、




ドゴォ!!! とある人物が二人の間に入りジェイクの鳩尾に蹴りを入れる。

「ゲホォ、何すん………!!!」


すかさずジュリアをつかみ、距離をとると、今度はナイフを放つ。
ジェイクはこれをすかさず躱し、一気に距離を詰めようとする。

しかし、次の瞬間。

カッ!! と閃光弾のように、ナイフは強烈な光を放った。

「な、ナニモ見えネ…………アァァァあああああちぃいいイイいいいい!!!」

その場にいるゴドリック以外の人物全員が視界を潰されて何も見えなかった。
ニーナとヤール、マチが暫くして目を開けると。
纏っている毛皮以外の全身が黒焦げ、あちこちが火傷したまま気絶したジェイクと、同じく目を開けたばかりで状況判断の真っ最中のジュリア、。
そして、未だに『灼輪の弩槍』をジェイクに向け、大事そうにジュリアを抱えるゴドリックが立っていた。

ジェイクを撃った人物に対してその場にいる全員が驚きで硬直した。
何故ならジェイクに蹴りを入れ、高熱の矢を放った人物は、先程までジュリア達を攻撃していた人物なのだから。

「ゴドリック?今度は一体……「あーあ、全く。堪え性がないね君。」

ジュリアの疑問の声を、一人の女性が遮る。

出るとこは出て引っ込むとこは引っ込む体型の二十代前半の女性だった。
金髪は腰にかかる長さをそのまま流しており、鮮烈な赤い色をしたシャツとズボンを着ている。
整った顔に明るい笑顔を浮かべているが、人を惹き付ける所は無く、むしろ人を遠ざける何かを感じさせた。

「全く、……最近の若い者は困ったものだよ。『彼』から伝言だ。『次はない』との事なのだよ。運が良かったな?」

続いて安物のスーツに身を包んだ長身の男がすぐ背後の路地裏から出てくる。同時にゴドリックはジュリアを離し、男の方へといった。
髪色は灰色で、研究に没頭しすぎたせいか頬がこけている。
一見するだけでは、魔術師なんかではなくそこいらのサラリーマンのようにしか見えない。

「私はデヴァウア=エルスティア。こっちのオッサンはハーマン=オラヴィスト。魔術結社『世界樹を焼き払う者』の構成員よ。 」
「『世界樹を焼き払う者』……!!噂には聞いているわ。イカれた連中の集まりでしょう?」
「そのイカれた連中にどうして貴女の大事なカレは加担しているのかしらね?」
「ッ…………!!」

デヴァウアの一言に反論できなかった。
目の前の現実が彼女の悔しさを湧き上がらせる。
その表れか、ジュリアの唇からは血が流れていた。

「『世界樹を焼き払う者』………随分なイレギュラーが現れましたね。とは言え我々は必要悪の教会の魔術師。アナタ方のような危険な魔術結社は野放しにできない。」
「――――――ここで、私達はあなた達を仕留めます!」

ヤールは3人の魔術師を前に堂々と宣言する。
ニーナも『樫の杖(オークワンド)』を強く握りしめる。
二人の眼は緊張感と使命感に燃えていた。

「へぇー、面白そう。仕切り直しにはちょうどいいね!!」

…………マティルダは、まぁ相変わらずだった。
彼女らしいといえば彼女らしい。

「へぇー面白いじゃない。特にそっちの義手の方。いいねその霊装。さぞや自慢の一品なんでしょうねぇ。そこの貴女、私と一勝負といかないかしら?ただし、勝った暁にはその霊装と心臓、戴くよ?」
「いいよ。ただ、勝つのはアタシだけどね。」
「いい度胸じゃない。じゃあ、場所を変えましょう。来なさい。」

デヴァウアは屋根から屋根へと飛び移り、マティルダはその後を追いかけていってしまった。


「さて、私達も場所を変えるとしよう。ジュリア=ローウェル。ゴドリックから答えを聞きたければ、追って来るといい。」
「…………。」
「ゴドリック!!」

ジュリアは呼びかけるも、ゴドリックは何も言わないどころか、目すら合わせずハーマンと共に行ってしまった。

「ジュリアさん…。」

ヤールはショックを受けているであろうジュリアの身を案じる。

「大丈夫よ、ヤールさん。ゴドリックは私が引き受ける。

……いいわ。貴方は良くも悪くも頑固者だものね。だったら、私がやる事は唯一つ。
―――――――――――――――――――貴方の目を、覚まさせてみせるッ!!」

しかしジュリアはショックを受けるどころか心に灯をともし、後を追った。


「ガァアァああああアアアアぁあああああ殺すぅううぅうう!!」
「さて、僕らはこの狂人の相手ですか……。」
「―――絶対に逃げない…!」

気絶から目覚めた殺人鬼は逆上し、二人に刃を向ける。
ヤールは霊装を起動させ、ニーナは『樫の杖』を構える。


こうして、戦いの火蓋は落とされた。

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最終更新:2013年07月22日 17:32