魔法名を唱えた直後、彼女の義手が姿を現した。
と、思った直後。変化が現れる。
『螺旋の腕』は隻腕の騎士として有名なサー・ベディヴィアを参考に作製された義手霊装だ。
この霊装は基礎物質で作られた骨格の上に、液体金属と第五元素を混ぜたテレズマの塊が覆ってあるという特殊な造りをしてある。
材料の1つである第五元素の「万物に似ている」という特性と液体金属の流動性を活かした変形機能が発揮され。
『螺旋の腕』は『義手』から『長槍』へと、その真の姿を現した。
ソレは義手形体時に比べて一回りほど巨大で、多関節的な八つの小さな槍も現れ、合計で九つの槍だった。
「な……!!」
「にへへ、驚いた? これがあたしの霊装の本当の姿だよ。
こっからは本気の全力全開だから、簡単に勝てるだなんて思わないでね。」
驚愕するデヴァウアにマティルダは笑いかける。
その笑顔は新しい玩具を自慢する子供のようで、何処までも無邪気だった。
「さぁ、イっくよー!!」
そうして、マティルダは無邪気な笑顔のままその矛先を向ける。
轟!!!
一回り巨大な槍……『母槍』から風槍が放たれる。
威力は義手形態時のソレではなく。
躱すことも、受け流すことも出来ずに一撃を受けたデヴァウアは吹き飛ばされてしまった。
「(……ッ、何よこの威力!!さっきの比じゃない!!一旦引いて作戦を練らないと……!!)」
心の中に撤退の二文字を浮かべ、逃げ道を見つけるべく振り返る。
後ろには多関節的な小さな槍……『子槍』が4つ、デヴァウアの後ろに浮遊していた。
「(え……?なに!?まさか小さい方の槍は自在に飛べ―――――!!?)」
『子槍』からもまた、暴風が吹き荒れた。
デヴァウアは思考している最中に宙に飛ばされ、そのまま地面へと叩きつけられた。
今のマティルダは正に竜巻としか言い様がないほどの威力だと、デヴァウアは身にしみて分かった。
対するデヴァウアの戦闘力は常人の20倍程だった。
『竜巻』と『人間20人』。
どちらが圧倒的な力を持つかは、デヴァウアでも身に染みるほど理解した。
「どうしたの?こんなもの?
――――――――――――――――――――なら、もうこの戦い、終わらせちゃうね。」
マティルダの一言がデヴァウアに理解させる。
「(あ、たし……死ぬの?コロサレルノ?あ、アア、あアアあアあああああああああああ!!!)」
自分が今まで惨殺してきた者たち。
血を啜られ、心臓を食われた者たち。
“そんな人間たちが今際に抱く恐怖”を、デヴァウアは理解してしまった――――――――――――。
「嫌!嫌よ!絶対に嫌!何であたしが殺されなきゃいけないの!?」
突如、デヴァウアが嘆きだす。
その恐怖故に突拍子も無いことを言い出す。
今まで欲していた『螺旋の腕』への執念も、自身の霊装である『簒奪の魔剣』も捨て去り、デヴァウアは腰を抜かし後退りするのみだった。
マティルダは「ほぇ?」と思わず小声を漏らしてしまった。
「ねぇ!新しい世界まで待ってよ!そうすればあんたもあたしを殺す必要が無くなるじゃないの!」
突拍子のないことを言い続けるデヴァウアに、マティルダはため息をつきながら言い放った。
「“新しい世界”とか、“あたしが貴女を殺す”とか、そういうの解らないけど、今はっきりとわかることは一つだけあるよ。
“正しいとか正しくないとか”なんかより、“死ぬかも知れない恐怖”なんかより、今、こうして戦って、勝つ喜びの方があたしにとっては何千倍も大きいよ。
……それじゃ、リベンジはいつでも受け付けているから。その時が来たらまた戦おうね!!」
マティルダはまるで、友達と遊びの約束を交わすかのような軽さで再戦を願うと。
穂先に暴風を纏い、一気に解き放つ。
解き放たれた暴風はデヴァウアを吹き飛ばすのにはなんの苦もなかった。
吹き飛ばされる直前、デヴァウアはマティルダのにこやかな笑顔が視界にはいる。
その笑顔を見て、デヴァウアは本能で察した。
「(ああ、そうか。アタシなんかじゃ到底及ばない。
彼女が、彼女こそが。
――――――――――――――――狂戦士≪ベルセルク≫なんだ。)」
一旦、午前6時24分まで時間は遡る。
送られた情報を活かすべくヤールとニーナはジェイクと苦戦を強いられていた。
そもそもがヤール・ニーナの二人組とジェイクの身体能力、力量からして危ういモノがある。
諜報部であるヤールの戦闘能力はからっきしであり、ニーナは魔術こそ戦闘専門とする部署に身を置いている故に中々のモノだが、体力はごく普通の18歳の女の子と変わりなかった。
一方でジェイクは暗殺とはいえ、表立っての白兵戦を行っている魔術師だ。
体力も二人に比べると勝っている。
「ハァアアアアアアアアアアアアア!!」
それを補うべくヤールは今回のために霊装を作成していた。彼の霊装は深紅の帽子と、数十枚の、帽子のアクセサリーと紙片がついた投げナイフ。ヤールは両手の指の間全てに投げナイフを挟む。そして全てを投擲する。
しかし、ナイフは掠る事すらなく、
「トッォおおおおおおおおロイなあああああアアああアアアアああああああ!!!」
全て『呪いの魔剣』に弾かれてしまった。
「こおおおおおおおおおおおおおオオオオンナモンかヨォオオオ。アぁ!!」
ギロリ、とガスマスク越しに輝く目がニーナをとらえる。
先程から『樫の杖(オークワンド)』を使い、何かしらの術式を行使している姿がジェイクの目に映った。
ニーナと目が合う。彼女の表情は怯えた少女のモノだった。
しかし、眼だけは不屈の精神を物語っていた。
殺人鬼はそんな彼女を斬殺の対象に選ぶ。
「よぉおオオシ、決めた。………………………………………まずは貴様からだ、小ぉおおオオオオオオオオオオオオオ娘ぇえええええええええェエエええええエエエエ!!」
「なっ!?」
ダッシュを決め込むとジェイクはニーナに襲い掛かる。
ニーナは『樫の杖』を使い、宿り木を束ねた即席の盾を形成、ジェイクを遮ろうとする。
しかし。
斬斬斬斬斬!! と滅多切りにされ、盾は切り刻まれ、崩れてしまった。
今度は『逆五芒星(ペンタグラム)』から銀色に輝く光の矢を高速で放つ。
放たれた矢の数、計五つ。
それらは吸い込まれるようにしてジェイクに命中した。
「や、やった…………!?」
その様子にニーナは一瞬歓喜する。
しかし。
「なぁああああアアアアアメェエエええエエエエるぅうううううウウウウウナァああああアヨォおおおおおお、小娘ェエエえええええええええええええええええええ!!!」
人間ならまだしも、“狂獣”の進撃は5本の矢(これしき)では止まらなかった。
実際、効いてすらいなかったのだ。
「く、まだだ!!」
効いてないと分かるや否や、再び矢を放たんと『逆五芒星』に魔力を通す。魔力を通した『逆五芒星』は銀色に輝く。
しかし、ふと、その輝きは消え失せた。
「え…まさか加護切れ!?こんな時に……!!」
よりによって敵を目の前に加護切れを起こしてしまった。もし戦闘中でなければそんな自分に対して自虐をしていただろう。
しかしそんな事をしている暇はない。
狂獣は目の前の敵の隙に歓喜しているのだから。
ジェイクはニーナへ突き進みながら、刺さった矢を筋肉の圧のみで外した。傷口から血が流れる。痛みがアラームとなってジェイクに知らせる。
しかし狂った獣がそんな事を気にすることはなく、ニーナに剣を振り被る。
剣は、彼女の右腕に掠っただけだった。
直後。
右腕から鮮血の鉄砲水が起きた。
「え……、嘘、なんで!?」
「アレは、……『呪いの魔剣』の効果が発動したのか!!いけない、ニーナ!!早く離れて!!」
『呪いの魔剣』は斬り着けた対象が近くにいればいるぼど吸血速度が増す。
早く離れなければ全身の血液が抜かれてしまう。
そのはずなのにニーナは離れることが出来なかった。動くことすらできなかった。
右腕は
ジェイク=ワイアルドにガッシリと握られていたからだ。
しかし、ジェイクが行ったのは吸血ではなく、
―――ぼき。
―――――――バキゴリャボギャベキボキ!!
「ッ、きゃあああああああああああああああああああああ!!」
ガッシリと握った右腕を更に握りしめた。骨も折れる音がした。
ニーナは悲鳴を上げる。
思わず耳を塞ぎたくなる程、悲痛な声が響き渡る。
「ニーナから離れなさい、この狂獣!!」
仲間の危機を黙って見るほどヤール=エスぺランは冷徹な男ではない。
6本の投げナイフ全てをジェイクの頭部めがけ投擲する。
ジェイクは素早く躱し投擲されたナイフは壁に突き刺さる。
叩き落とさなかったのは、「触れれば何が作用するか分からない」という本能による判断だった。
そんな危険なナイフを次から次へと飛ばしてくるヤールから距離をとることもまた本能が察した決断だった。
30mくらい離れたところでヤールは投擲をやめ、負傷したニーナを庇う様にジェイクの前に立つ。路上にはいつの間に落としたのか、ニーナの眼鏡が踏みつぶされていた。
「ヴ、ヴ、ヴゥウウウウウウウ……殺す。お前も、そこの小娘も。皆だ。皆、殺してやる……。」
ジェイクは先程から「憎しみ」をあらわにした発言ばかり目立つ。霊装の毛皮も相俟ってさながら「ヒトに迫害されてきたオオカミ人間」のようだった。
「貴方は、そんなにまで僕たちが憎いのですか……?」
ヤールは、そんな言葉が自然と零れ出た。よく考えれば当然の筈だ。
必要悪の教会(じぶんたち)は彼を指名手配しているのだ。
「ああ、ニクイ。ニクいにキマッテいルだろうが……!!
俺はニクイ!!ニンゲンガニクイ!!アンナ糞共がこの世にいるコト、こノオレ自身がニンげんだッテ事も!!」
「な…。」
ヤールは絶句した。絶句するしかなかった。
怒りの、憎しみの矛先を自分たちではなく、「人間」そのものというあまりに規模が大きく、途方もないモノへと向けているのだ。
「俺は……見てキタ、仲間が殺しアウ様を!!この剣を造りアゲタ仲間たちが醜くコロシ合ったサマヲ!!あんなに信頼シ合ってたあイつラが無惨に死ンでイッテ!!俺ヒトリ生きノこったんだ……。
………マジマジと“人間が悪”だト見せつケてナ!!!」
「それが貴方が『ジャック・ザ・リッパー』となった理由ですか……。」
「あぁ、そうダ!!
人間の本質なンザ悪だ!!欺瞞、妬み、汚い欲望、裏切り、…俺は人間の悪を嫌というほど見てキタ!!
ダカラこそ『
世界樹を焼き払う者』にハ感謝シテいルンだ。」
「?、何故そこで『世界樹を焼き払う者』が出てくるのですか?」
ヤールはふと疑問に思う。
そこから、何故ジェイクが『世界樹を焼き払う者』に加担するのかが掴めるかもしれないからだ。
「は、ソンなの決まっテイる。俺が『世界樹を焼き払う者』の構成員にナッたかラダ!!」
「やはり……動機は十分ありますね。」
「ああ、こいつらと一緒にいれば、人間を殲滅出来るハズだ!!奴等は『世界の破壊と再構築』だなんて謳っているが、『再構築』など要らん、人間ハスべて滅ぼし尽くスニ限る。悪は全てナクなればイインダ!!
……それに感謝していルンだぜ?何せコンな素敵な毛皮ヲくれたんダカラよぉ!!」
ゲラゲラと笑っているジェイクをヤールは睨みつける。こんな外道を野放しにするなど断じて出来ない。
しかし眼前の敵(ジェイク)よりも、今自分の背後にいる負傷した味方(ニーナ)のほうが気がかりだった。
彼女は先程からずっと黙り込んだままだった。もしかすると気絶しているのではないのかと思うほどに。いや、気絶していてもおかしくはないだろう。彼女の右腕は折れてているのだ。
振り向くことは出来ない。振り向いた瞬間、ヤールは呪いの魔剣の錆となる。そして後ろのニーナも餌食になる。最悪の結末が舞い降りてしまうのだ。
「人間が、悪?悪が、人の本質……?」
ニーナの声がした。その声は小さな雑音にすら掻き消されかねない、囁きにも等しい声だった。
しかし、ヤールは聞いた。その囁きに彼女が宿した決意を。
立ち上がり、ヤールの横を通る。ヤールは彼女を止める事が頭になかった。ニーナの変化にただ驚愕しかできなかった。
右腕はやはり折れている。痛覚も十分感じている。しかし、『樫の杖(オークワンド)』から伸びた植物がギプスとなり、ニーナの腕を補強する。
左手の『樫の杖』を握りしめる。ギプスとなった植物と、『樫の杖』に巻ついた本体の植物が、まるでトカゲのしっぽの様に切り離される。そこから伸びる植物からは力強さがにじみ出ている。
歩みを止める。殺人鬼との距離は30m。
ジェイクは見据える。
ニーナ=フォン=リヒテンベルクの目に静かな、しかし揺るがぬ意思が宿っているのを。
最終更新:2013年07月26日 20:34