ガ、アァアアアア!!」

まるで獣に切り裂かれたかのような傷痕から、血を噴き出す。悪趣味な金色の獣毛のスーツはズタボロになる。
霧に乗ってきた張本人は乗っていた霧を解き、急いてジュリアのもとへ向かう。

「ジュリア!!ごめん、余計な怪我をさせた。大丈夫……」
「ゴドリック、よかった!!無事でよかった!!」

首を締め上げられていたとは思えない程に声を張り上げて喜ぶ。
歓喜のあまり抱きしめるほどだった。
イロイロと柔らかい感触が場の空気を緩和させる。

「ちょ、ジュリア!!まだ終わってない!!アイツ生きてるぞ!!」

しかし、アヴァルスはまるで亡者か悪霊の如く立ち上がる。

「き・さ・ま!!このごみクズゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!!」

その咆哮は完全に怒りに染まりきった狂戦士のもの。
中途半端な攻撃力の矢が、かえって仇となってしまったようだった。

「ヤバい!!ジュリア、今から『灰青色の霧(フェート・フィアダ)』を使うから先に階段を下りるんだ!!」
「ゴドリック!私も…!!」
「今の自分見ろ、ボロボロだろうが!!」

ジュリアも加勢しようとしたが、ゴドリックの叫びで制止された。
加えて、ジュリアは今の自分を振り返る。
『業焔の槍(ルイン)』は破壊され、身体はボロボロ。今の自分が必死に戦っても足手纏いになるのは目に見えていた。

「解ったわ。相手のデータや霊装は護符で通信して送るわ!!」
「ありがたい!!妖精王は霧雲を纏う≪TKFWF≫!!」

ゴドリックは『灰青色の霧』を発動させると、自身とジュリアの姿を霧で包み込む。アヴァルスからは二人の姿は見えないが、ゴドリックとジュリアからはアヴァルスどころか、霧に包まれた互いの姿まで丸見えだ。
アヴァルスが呆然としている間に、ジュリアは屋上から内部へとつながる階段を下ってゆく。

「(さて、今の内にコイツを無力化させ……)」
「逃げたのではなく姿を消した様だな……。北欧神話のタルンカッペと似た効果を持つ霊装、か…………。」

ゴドリックは背筋に寒気を覚える。
ゴドリックの魔術の知識はケルト神話が主なものだ。北欧神話の知識もあるがある事にはあるが、あくまで『知っている程度』。
世界樹を焼き払う者』は北欧神話を主体とした魔術結社。ケルト系魔術は殆んど無いにしても、そこから類似した効果の魔術を割り出すことに関してはそう簡単ではない。

「奴はこの辺一帯にいる。ならば……。」

『栄光の剣』を切っ先に掲げ30mもの高熱の刃を造り上げ、





「薙ぎ払うだけだ。」

一気に振り回す。

「(なぁ!?)」

声を極力出さないようにして滑り込んで高熱の刀身を避ける。怪我こそは無かったものの、滑り込むことで発生する砂埃や雑音を隠せるほど『灰青色の霧』は高性能ではない。

「そこにいるんだな?」
「(げ、バレた!!)」

再び巨大な刃を造り上げ、焼き切ろうと振り回す。

「ッ、妖精王は霧雲に乗る≪TKFRTF≫!!」

詠唱を施し平地での戦いではなく、立体的な軌道を主にした戦いに変更する。
『灰青色の霧』の霧雲に乗っての移動の方が素早く移動できるし、音も砂埃も出ないし最初からこっちにするべきだった、と軽く後悔しながら霧雲に乗る。

「ハァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

見えない敵を斬ろうとするアヴァルスは5秒ごとに30mの熱で出来た刃を振り回し、そんな刃を躱そうと必死でゴドリックは逃げ回る。

「(こ、怖えぇえええええええええええええええ!!すっごい怖い!!ジュリア、早く通信!!頼むギブミー通信!!)」

恐怖を原動力に必死で飛び回る。情報を手に入れればソレは新たな希望となる。その希望のために、ただひたすら飛び回るのみだった。
目の前を縦に通過する熱の刃を、急ブレーキをかけることでギリギリで避けるゴドリック。

「≪ゴドリック、生きてる!?≫」

そんな中、希望(つうしん)が入った。

「≪ジュリア、バッチリ生きてるぞ!!感度良こおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!??≫」
「≪ゴドリック!?≫」

通信が入ったゴドリックの目の前に、今まさに刃が真正面から襲い掛かろうとしていた。そんな刃をゴドリックは真上に霧雲を飛ばすことでギリギリで避ける。
今まで奇跡的に無傷だった避雷針が焼き切れ、オレンジ色に染まる。もしゴドリックが焼き切られるならば、こんな風に綺麗ではない。ミディアムレア以上に焼けた醜い肉塊になるだろう。

「≪大丈夫なの本当に!?≫」
「≪ギ………ギリギリ。早くなんか情報頂戴!!一人から二つにならないうちに、早く!!≫」
「≪わ、解ったわ。アイツが使っている霊装は二つとも豊穣神フレイが使っているものよ。『黄金の鬣』は戦闘で使う事はきっとないわ。私が逃げた時だけに使っていたわ。
注意すべきは『栄光の剣』、特に貴方が今躱しているそのレーザー光線よ。『的確精度』も銃弾を弾くほどの速さを発揮するけどきっとアレが発揮される範囲は狭い。せいぜい自分の手で届く範囲を飛び回れるくらいね。
その上、『レーザー光線』と『的確精度』。一度に二つ同時に行うことは出来ない。レーザーさえ潰せば、何とかなるわ。≫」 

その言葉を聞いたアヴァルスは希望を見出す。しかし、すぐにとある絶望的な事実を思い出す。

「≪レーザーさえ潰すって………豊穣神フレイの剣は神話中で負けなしだぞ。チートだチート!!≫」
「≪確かに、北欧神話でフレイの剣が負けた事は無い。でも、こうとも伝わっているわ。『担い手の賢さで名剣にもなまくらにもなる』と≫」
「≪担い手の賢さって……担い手、担い手…………。なぁ、ジュリア。剣自体に勝てなくても、ソレの担い手の魔術師になら勝てるって事か?≫」
「≪ええ、そうよ。≫」
「≪アイツの左手が潰れているのは、君のおかげか?≫」
「≪そうよ。私との戦いで左手は一切使わなかった。きっとアイツは左手を使えないのよ。≫」

その言葉を聞いたゴドリックはニヤリと微笑む。ソレは企み、策を持つ者の笑みだ。
その眼で見据えるのは…………アヴァルスの右手だ。

「≪そうか、思いついたよ。レーザーを封じる方法を。≫」
「≪え?≫」
「≪一旦通信を切る。成功したらまた連絡を入れる。成功を祈ってくれ!!≫」
「≪ちょ、ゴド―――――――――――。≫」

ブツン、と通信用の護符を切る。











しばらくして、『灰青色の霧』の効果も解く。これではすぐに見つかってしまうというのに、纏った霧を解いてしまった。

「見つけたぞ、ゴミめ…………!!」

屋上の上にある給水塔や看板、避雷針や発電機の残骸が転がる戦場。
その中でゴドリックはすぐに見つかった。よほど必死に逃げたのか、髪も服も乱れて、残骸のせいで傷も幾分か負い、流血もしていた。
両者の距離は20m。アヴァルスの『栄光の剣』の領域内だ。
ゴドリックの顔には、緊張と期待が入り混じっていた。一瞬でも読み間違えれば、一瞬でも隙を見せれば、間違いなく死ぬ。
だが、成功すれば大幅に戦力を落とせる。うまくいけば戦闘不能にまで落とせるかもしれない。

「悪いな。布石を打たせてもらう。妖精王は霧雲を纏う≪TKFWF≫!!」

そうして、切っ先が天に掲げられるのと今までの規模とはけた違いな量の霧が噴出したのはほぼ同じタイミングだった。

「な…………!!」
「ッ…………!!」

驚愕で声を上げたのはアヴァルス。緊張で声も出ないのはゴドリックだ。

霧は器用にアヴァルスを避ける。あまりの濃さで1m先すら見えない。
そうして怯んでしまい攻撃のチャンスを逃してしまった。

――――――――――――――――――――何故なら、霧が見えなくなったときには全てが消えていたのだから。

「これは……、一体?」

あれほど斬り散らかした残骸も、屈辱のごみの姿も見えない。障害物のない、屋上からの朝がどこまでも見通せる。
そんなアヴァルスの目の前から、唐突に火矢が飛来した。

「な……!!」

アヴァルスは30mのレーザーの刀身で火矢を叩き斬る。威力で勝っているのは『栄光の剣』だ。
今度は、アヴァルスの背後から火矢が飛び、命中した。

「がぁあああああああああああああああああああああああ!!貴様ぁああああああああああああああ!!」

見事命中した火矢だが、破壊力には乏しく牽制程度の炎ではアヴァルスに致命傷を負わせることは出来なかった。

「(さて、次はあの給水塔、看板、そしてアヴァルスの順だ。同時にあの床に仕込みだ。)」

ゴドリックは『灰青色の霧』に乗り、『灼輪の弩槍(ブリューナク=ボウ)』を発動。給水塔向かって矢を放ち、再びそこから放たれた矢は看板に命中して、そこからアヴァルスに食らいつく。
「三本」の火矢はあっさりと『栄光の剣』の威力の前に負ける。

「(今だ!!)」

そこから「五本」の火矢を放つが、『栄光の剣』で切り伏せる姿を見て、舌打ちをする。
しかし、その後火矢を数発入れることに成功する。それを皮切りにどんどん火矢を当ててゆく。

ゴドリックの霊装『灼輪の弩槍』は最大四回までなら標的に命中したその後、命中した箇所から再び高熱の矢を放つことも、命中した標的から一度に四つの矢を放つことも、一つの標的に五回分の炎熱を浴びせるといった応用も可能な霊装だ。
つまり、まるで貫通するかの如く次々と相手に攻撃したり、散弾の如く矢を放ったり、高温の火矢を放つ事が出来る。この応用性によって威力不足を補うことが出来ているのだ。
ゴドリックの作戦は自身及び、すべての障害物。つまりアヴァルス以外のすべての物体に『灰青色の霧』をかける事。これは既に透明化発動中に別の対象を透明化させるためには、一々透明化を解かなくてはならないからだ。
その後、霧雲に乗り矢を打ち込んでゆく。先程の様に別の方向から仕掛けたり、「五本」の矢を打ち込んだり、と緩急をつけて打ち込んでいく。ゴドリック自身が動かないのは『ある機会』を虎視眈々と狙っているからだ。

「(小さな一撃でもどんどん蓄積すれば厄介なものだ。疲労とダメージが蓄積している状況。チャンスはもうすぐ来る。その時、一気に仕掛ける。)」

今のゴドリックは泥臭い。卑怯と言われても仕方ない。外道と言われても言い返せない。何処までも、薄汚れた戦い方だ。
しかし、戦力差は明らかだ。ならそれを埋めるには作戦が必須。
例え、卑怯になったとしても。例え外道と罵られても。薄汚れていても。

『唯一つの世界を護る』という理想は決して失ってない。

理想を成す為に何が出来るか。出来る事をいかに最大限に発揮できる為に、何をするか。
それが、ゴドリック=ブレイクの戦法(せのび)。彼が理想を護る為の、必死な背伸び(せんぽう)だ。

「ふざけるな…ふざけるなよ!!私より明らかに戦力差があるくせに!!私より劣ったゴミのくせに!!不意打ちでしか、渡り合えないくせにぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」

アヴァルスの体は疲労と火矢のダメージが蓄積していた。完全に頭が怒りで充満していた。彼のプライドの高さが、何処までもゴドリック=ブレイクと言うゴミに怒りを募らせていた。

「いいだろう。このまま出てこないのならば、先に女から仕留めてやろう!!」
「!!」
「どうせ影に隠れる事しかできない臆病者だ。震えながら、女の悲鳴を聞かせてやろう!!」

そう言って、アヴァルスは階段へと向かう
その途中で、10m先の所にゴドリックの姿が現れた。その足には霧がまだ纏わりついていたが、この範囲ならば十分にレーザー光線の餌食にすることが出来る。

「は、やっと出てきたな臆病者。」
「女の子一人にオーバーキルやる大人げないオッサンには言われたくないねぇ。」

売り言葉に買い言葉、とでも言うように見下した顔で罵るアヴァルスに挑発するゴドリック。
どうやら挑発が効いたらしく、アヴァルスの額に青筋がはしった。

「そうか、貴様の様なゴミはどんな死にざまが似合っているか思い知らせてやろう!!」

切っ先を掲げ、30mもの刃を造り出す。

「さぁ、貴様も霊装を構えろ!!ゴミにはもったいない程の死に様を与えてやろうじゃあないか!!」

そう言われたゴドリックは、アヴァルスの言葉に釣られるかのように『灼輪の弩槍』を構える。



ナイフ程度のサイズの穂先が3つ、欠けた『灼輪の弩槍』を。
それを見てアヴァルスは違和感を感じる。
直後、背後で爆発が起きる。
反射的にアヴァルスが振り返ると、炎が奔る。流星の如く輝く炎は3つ、アヴァルスの左側から飛来してくる。

「チィ、鬱陶しい!!」

即座に、『栄光の剣』のレーザー光線を振り被る。流星の温度はそこまで高くなかったようでレーザー光線で簡単に破壊された。文字通り、アヴァルスは自身に降りかかる火の粉を振り払った。
そんなアヴァルスは見た。

自身の右腕が切り裂かれ、元通りになった『栄光の剣』が地に突き刺さっていったのを。

「な、ぁあああああああああああああああああああ!?私の、右、腕、までぇえええええええええええええええええええ!!」

霧で身を隠していた時、ただ火矢を撃っていただけではない。同時にルーンを刻み罠を仕掛けていた。その罠の一つこそ、アヴァルスが破壊した空を奔る火だ。
そうやって罠に気を取られている隙に『灰青色の霧』で距離を一気に詰め、右腕を斬った。
『灼輪の弩槍』の刃は右腕を斬り落とす、とまでもいかなくとも肘を貫通し、そこから掌まで一気に切り裂いた。
アヴァルスが受けた損傷は左腕の傷より大きく、もう右腕は使えなくなった。

「悪いな。僕が欲しいのは生き様、未来だ!!」

そうして、「五本」の火矢を装填し、一気に放とうとしたその時、ひとりでに『栄光の剣』が浮き、切っ先をゴドリックに向ける。
危機感を感じたゴドリックは避けるが、その際に左肩が掠りそこから血が噴き出す。

「やっべ、『的確精度』のこと忘れてた!!妖精王は霧雲を纏う≪TKFWF≫!!」

詠唱を唱える。が、霧は出ず透明になることは無い。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

ゴドリックは『灰青色の霧』を見てみる。大きく切り裂かれ、破れてしまっている。
どうやら掠った際に大きく損傷してしまったようだ。

「おいおいウソだろ……!!」
「ハッ、どうやらこれで貴様もこれまで通りにいかんようだなぁ!!」

そう言ってアヴァルスは『的確精度』をフルに使い、斬撃の嵐を纏う。火矢を撃ちこむも、斬撃の嵐が火矢を阻み、届くことは無かった。

「っ……………………氷よ≪I≫!!」

とっさに仕込んでいた罠の一つ、氷の壁を形成する。ただの壁ではない。鋭い刃がいくつも生えた壁だ。
通信用の護符を発動させ、ジュリアと通信をつなぐ。

「≪ジュリア、聞こえるか?≫」
「≪ゴドリック、無事なの!?≫」
「≪今そっちに向かう。場所を教えて欲しい。いい話と悪い話がある。≫」

そう言って、アヴァルスが氷を削っているうちにゴドリックは撤退した。


◇      ◇      ◇      ◇      ◇      ◇


槍のついている氷壁にぽっかりと穴が開いている。
派手に血液をぶちまけた右腕はもう止血されている。しかしアヴァルスの今の両腕の状態で剣を振るうことは出来なかった。
しかし剣を振るう必要はない。剣は自動的に宙を漂い、敵を切り裂く事が出来る。
そんなアヴァルスは階段を下り、建物内部に入る。

「チィ……姿隠しと言い、小細工ばかりは上手な様だなゴミめが!!」

憤るアヴァルスの目の前には、氷壁が通路を塞いでいた。


◇      ◇      ◇      ◇      ◇      ◇


「それで、此処で迎え撃つっていうの!?」
「ああ、もうアイツには『的確精度』しか手がないんだ。けど、こっちも『灰青色の霧』を失った。」

ゴドリックは壁にもたれながら、ジュリアと話している。ただ話しているだけでは無い。『灼輪の弩槍』の穂先は4つ、浮遊してルーンを刻んでいる。
奥行き15m、幅・高さ5mの部屋。ゴドリックとジュリア、アヴァルスがいたのは廃ビルで、ゴドリックとジュリアはその一室にいた。

「…………“やっぱり”逃げられないの?」

ジュリアが問いかける。アヴァルスはゴドリックに切り裂かれ、両腕を大きく負傷している。『世界樹を焼き払う者』の幹部相手にそこまでやれば十分な戦果だ。
更に今ここで逃げれば生き残れる。それは即ち、ジュリアや彼女との約束を守れると言う事だ。

「ああ、逃げられない。逃げちゃ、いけない。」

しかし、現実は甘くない。ゴドリックは選択しないといけない。そして、答えは決まっているがその答え通りの結果を出せるのか、自信がなかった。

ここで引けば二人は助かる。日常を犠牲にすれば、二人は助かる。
『世界樹を焼き払う者』は知っている。ティル・ナ・ノーグや、ジュリアの祖父母。恐らくはゴドリックの学友まで、余すことなく知っているだろう。
ディスターブがジュリアの顔を知っていたのだ。向こうがそれ以上を知らないとは言い切れない。むしろ知っている可能性の方が高いのだ。

此処で逃げれば、自分たちの日常は悉く破壊される。だから逃げられない。アヴァルスを倒すしかない。

しかし、不安だった。ゴドリック=ブレイクがここでアヴァルスを倒せるのか?それが不安だった。
自分がここまで対等に渡り合えたのは、『灰青色の霧』の存在が大きい。姿を隠して、音も無く舞い、影から撃つ。これ等は『灰青色の霧』があったから出来た事で、これ等が出来たからアヴァルスをここまで追い詰めることが出来た。しかし、逆に言うとこれ以上は追い詰めることが出来ない。

“もしも、此処で負けたら後ろにいるジュリアも死ぬ。大切なものを何一つ守れず、償いも出来ず、何より愛する人をこれ以上ない程悲しませてしまう。”
そういった“もしも”を思い浮かべると、まるで間欠泉の様に恐怖が湧き上がってくる。
冷や汗が止まらず、動悸が荒くなり、『灼輪の弩槍』を持つ手が震えてくる。

遂に、恐怖がジュリアの死体を脳裏に浮かびあがらせる――――――――――――――――――



「ゴドリック。」



―――――――――……前に、『灼輪の弩槍』を持つ右手に、ナニかが触れる。生きたジュリアの暖かい感触が、籠手越しに伝わってきた。

「ハーマンを撃つ前、私と槍を交えて『業焔の槍(ルイン)』の柄を掴んだとき。なんて言ったか憶えている?

……貴方は私に『信じてくれ。』って言ってくれたわ。私は貴方を信じてよかった。少し冷や冷やしたけどね。」

ソレを聞いて。
自身がジュリアの放った言葉を聞いたその時、ゴドリックの中で何かが揺れ動く。

「ジュリア……。僕は、……僕は。」

恐怖ではない。もう恐怖なんかではない。
ゴドリック=ブレイクの心の中には、もう恐怖の感情は無い。

「ゴドリック=ブレイク。」

そんな彼にジュリアは告げる。ジュリアは呼びかける。覚悟が定まったその眼は、ゴドリックから恐怖を掃おうとする。

「貴方は何のためにヤールさんたちと、私と戦ったの!?何のために『世界樹を焼き払う者』に従ったの!!?何のためにアヴァルスと戦ったの!!!?


―――――――――――――――――――――――――――――……何のために、私との約束を守ってくれてるの?」



『Vivera335(生きて欲しい者の為に)』という魔法名が、ジュリア=ローウェルの支えが、ゴドリックに問いかける。
問いかけられたゴドリックに、変化が訪れる。

「何のために……、か。」

冷や汗は湧かず、呼吸は元通りになり、震えは止まった。
ジュリアの言葉のおかげで夜明けの太陽の様に、恐怖と言う名の夜は掃われた。
今、ゴドリックの心にあるのは、『目の前の彼女を護る』という責任と強い意志だ。

「護り通すために。ティル・ナ・ノーグを。おじいさんとおばあさんを。記憶にいる人達を。暖かい日常を。―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――ジュリア=ローウェルを。」

もう、覚悟は定まった。
やらなければならない。信じるしかない。
今のこの状況は嵐だ。嵐を越えなければ太陽も虹も見ることは出来ない。

『protege533(唯一つを護り通す為に)』。

ゴドリックにとって、『唯一つ』とは『暖かい世界』。それはさっき言った全てがある日常(りそうきょう)で出来ていた。
それを侵す輩がいるのならば。

「ありがとう。ジュリア。―――――――――――――――――もう、迷わない。君を護り通す。その為にアヴァルスを倒そう。」

その敵を貫く騎士になるまでだ。
今のゴドリック=ブレイクに迷いも、絶望もない。
あるのは、覚悟と意思。その先にある希望だ。

「それでこそ、私が知ってるゴドリックよ。」

ジュリアが微笑む。顔に刻まれた疵が霞むかのような笑みに、ゴドリックもつられてはにかむ。

「けど、護られてばかりじゃ情けないわ。ゴドリック。私に案があるの。私の命を預けるから、貴方の命を、私にも預けさせてもらえないかしら?」

その言葉や、案と言う単語を聞いたゴドリックは一瞬驚く。しかし返す言葉は決まっていた。

「勿論だ。君に僕の命を預けよう。」


◇      ◇      ◇      ◇      ◇      ◇


扉を塞いでいる氷が、切り崩された。
切り崩したのはアヴァルス。宙に浮かんでいる『栄光の剣』が生物を切り刻むのを望んでいるかのように、アヴァルスの周囲で回り続ける。

「見つけたぞ、ゴミめがぁああああああああああああああ!!」

部屋の中には、ヒトの身長程の大きさの氷の刃が床から、壁から、天井から、ありとあらゆる箇所から生えている。刻まれた『氷』、『死』のルーンが氷の刃を防壁にしていた。
その奥にいたのは、アヴァルスが抹殺してやりたいと強く望んだ標的(ゴミ)が二人、ゴドリック=ブレイクとジュリア=ローウェル。
床には『太陽』のルーンがぎっしりと刻まれている。恐らくは『灼輪の弩槍』の威力を強化するためのモノだろう。

ジュリアの前には、ゴドリックが立ち塞がり、『灼輪の弩槍』をアヴァルスに向けていた。

「透明になって逃げることも出来ず、そんな狭い場所に逃げ込んで、待っているのは死しかないというのに。灼熱の刃で焼き切られるのが望みか?」
「そんなことは出来ないだろう?ジュリアが左手を潰し、僕が右手を潰した。『黄金の鬣』の高速移動も、この狭い場所じゃ不利なだけだ。ましてや、こんな刃が生えた場所なら、な。」

アヴァルスの皮肉にゴドリックは事実を返す。氷で出来た刃の林はそのための物だった。相手の機動力を削ぐための作戦。もしも高速移動で突っ込んでくるのならば、刃の壁を囲んで待ち構えていればいい。

「ほう言ったな。だが、それがどうした。お前の攻撃は私には届かない。何故なら……。」

アヴァルスの台詞の途中で、ゴドリックが矢を放つ。「五本」の火矢。人間程度の耐久力なら、確実にしとめる緋色の矢。
しかし、その矢はアヴァルスに届くことは無く、『栄光の剣』に一刀両断された。

「『栄光の剣』の『的確精度』は銃弾すら通さない。貴様の火矢で貫ける道理は―――――――――――。」

突如、金属音が四回響き渡る。
突然の事にアヴァルスは台詞を遮り、地面を見る。ナイフほどの長さの刃が地面に刺さっていたり、転がっていた。

「訂正しよう。せせこましい暗殺でさえ我が『栄光の剣』は自動で迎撃するのだ。貴様のゴミ程度の策では我が『栄光の剣』は貫けない。」

圧倒的な優越感に浸りきるアヴァルスは余裕そうに歩いてくる。
彼の半径1m周囲には何物も侵入することが出来ない。氷の刃は芝生か何かの様に刈り取られていき、放たれる火矢は遮られる。
そして遂に互いの距離は9mをきった。

「これで『的確精度』の自動迎撃機能の存在も分かった。後はジュリア、頼んだ。僕の命は君に預ける。」
「ええ、任せて。この一瞬に私たちの全てが係っている。」

それでも二人は感づかれないようにアヴァルスの前に立ちふさがる。

「は。新世界に貴様らは要らん。此処で無様に処理してやろうゴミ共ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

そうして、アヴァルスは駆ける。自信をコケにしてくれた目の前のゴミを完全に粉砕するために。
『黄金の鬣』を使わずとも、風のように走るアヴァルスはどんどん距離を詰める。


8m――――――――――、アヴァルスはごみクズ二人を斬殺することだけを頭に考えていた。
5m――――――――――――――――、ジュリアは自身の策と目の前の射手を信じる事に徹した。
3m――――――――――――――――――――、ゴドリックは『灼輪の弩槍』を下げる事は決して無い。















そして、遂に『栄光の剣』の『的確精度』の圏内に入った。

銃弾すら弾く速さで振るわれる刃は、確実に目の前にいる敵を殺す。
一瞬でゴドリックの胴体を切り離し、ジュリアの首を跳ね飛ばす。
まるで糸が切れたマリオネット人形か何かの様に、力なく事切れた二人は『栄光の剣』によってあっという間に更に切り刻まれ二人は一つの血だまりとなった。
鼻につく血液の臭い。肉を切り刻む音。鮮烈で過激な紅色。








どれもこれもアヴァルスにとって勝利の祝福となるであろう。もしも、アヴァルスがゴドリックとジュリアを殺せていたのならば。

「な……どういうことだ?何故だ!!何故死なない!!『栄光の剣』が効かないだと!!北欧神話で無敗の剣だぞ!!貴様らは何故どうして…………!!」

ゴドリックも、ジュリアも死んでいなかった。『栄光の剣』の『的確精度』圏内に入ったにも関わらず、切り刻まれていない。
幻覚でもなんでもない、間違いなく、二人は生きている。

「振り返って自分の周りを確かめてみろ。そうすれば理由がわかるぞ。」

ゴドリックの言葉に促され、振り返る。

「な…………!!?」

アヴァルスから3mほど後方の場所。
そこには濁ったような、直径4m級の黒い水球の中に『栄光の剣』が捕らわれていた。銃弾すら弾く速度で動いた剣は、ピクリとも動く気配は無かった。

アヴァルスが駆ける途中、ジュリアは『封焔の鞘』での毒血でアヴァルスの死角から奇襲を仕掛けていた。自動迎撃機能を持つ『栄光の剣』は当然、主に襲い掛かる毒血を迎撃しようとする。
しかし、如何な名剣であろうとも、液体を斬ることは出来ない。毒血は『栄光の剣』を取り込み、遂にはその動きを封じ込めた。『栄光の剣』の自動迎撃機能を逆手に取った作戦だった。

アヴァルスが『栄光の剣』のもとに駆けようとするが、刃のついた氷壁がすぐさま形成された。もう逃げ場も抵抗手段も無い。

『栄光の剣』の奪取。アヴァルスの確保。これ等全てがジュリアの作戦だ。そして後は。

ジャキッ。

ゴドリックがとどめを刺すだけだった。

「そ……んな。馬鹿な。」

唖然としているアヴァルス。そんな彼を現実に引き戻すかのように、『灼輪の弩槍』の極光はアヴァルスへと標準を定める。

「奪うのか。貴様らは……奪うのか?」

もはや抵抗することのできないアヴァルスは絶望し、喚く以外に手段は無かった。

「私には手段がある。作り直すための手段がある!
新しい世界で私は幸せに生きる! 全てをより良く作り変えるのだ!
今の世界が犠牲になるなど、知ったことかっ。私には関係が無い!
先に全てを与えられるのは私だっ! ゴミが私から奪って良い物など無いっ!
貴様は私に我慢して、絶望しながら死んで行けと言うのかっっ!? 私からすべてを奪うゴミの分際でっっ!!
ゴミの分際で、貴様らは私を絶望させるのか!? 身勝手にも私を死なせると言うのか!?全てを奪うというのか!!?

………………―――――――――――――――――――――――――――――― ふ、ざけるなよゴミくず共がぁぁっっ! 」











「奪う?何か勘違いしているよあんた。」

喚くアヴァルスにゴドリックはただ、標準を定める。

「僕は、唯一つの世界を護り通すだけ。そこに踏み入る侵略者を貫くだけだ!!」

そして緋色の矢を放ち、決着をつけた。

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最終更新:2013年08月17日 11:52