「カカカ。粘る粘る~♪」

風紀委員会率いる東部侵攻部隊と『ブラックウィザード』の旧型駆動鎧を中心とした防衛線が激突している施設内東部の一角にて、
構成員である西島は暗視機能付属のスコープ越しに敵の粘りようを軽い口調で賞賛する。敵・・・すなわち風紀委員会に所属するお嬢様・・・一厘鈴音
現在彼は『加速弾丸』による物体射出を収めている。弾丸となる物体が切れる前に、ここに居る仲間に依頼して補給に努めていたのだ。

「西島さん!中々仕留められないですね」
「まぁ、俺達の役目はあくまで足止めだけどな。もうちょっとすれば、俺達も施設内東部(ここ)からトンズラさせて貰うしよ。ハハッ!」

西島と同じく3階建ての建物の屋上から一厘の様子を窺っている他の構成員の口も軽い。何せ、現状では西島の攻勢に敵は防戦一方なのだから。

「カカカ。まがりなりにも風紀委員って所だろうよ。テメェ等。もう一度言っとくが、手出しは無用だぜ?あのお嬢様の甘っちょろい理想を砕くのは俺の『加速弾丸』なんだからよ?」

西島は銃を携える仲間に再びの警告を与える。あのお嬢様を仕留めるのは自身の『加速弾丸』だ。あの風紀委員は・・・自分の獲物だ。

「わかってますって。なぁ?」
「あぁ」

西島の言葉に頷く構成員は、目下の役割―眼下の風紀委員への助勢があった場合に備えての監視任務―を遂行するべく気を引き締め直す。
下手に西島の機嫌を損ねた場合“どうなるか”・・・それを知っているからこそ彼等は引き下がる。

「カカカ。そんじゃ、そろそろ俺も本気で行かせて貰うとしようか。いざって時は、戸隠秘蔵の『薬』もあるしな。さぁ・・・どうするよ、一厘鈴音!?」

仲間が各々の仕事に戻ったのを確認した西島は、能力強度を上げる非合法の薬物を摂取した後に憎しみに染まった眼光を甘ったるいお嬢様へ向ける。
『加速弾丸』によって体のあちこちから血を流す風紀委員の胴を必ずこの手で射抜くために、彼は再びコンクリや鉄くずを放ち始めた。






「(来る!!)」

束の間の静寂を利用して『下準備』を大方終えた一厘は、『物質操作』の支配範囲に猛スピードで飛来して来たコンクリへ己が念動力を行使する。
遠距離であればある程威力が増す『加速弾丸』によって今までに何度か『物質操作』を打ち破られてはいるものの、いずれも軽傷レベルで抑えている。
西島が放った弾丸によって起きた“結果”をも利用して―故に、西島との距離を“わざと”縮めないでいた―『下準備』の時間短縮を図っていた一厘はいよいよ距離を詰めようと動・・・



ズサッ!!



「グアッ!!?」

けなかった。今までとは威力も速度も違うコンクリの弾丸が『物質操作』を強引に突破、一厘の左肩口を少々以上に抉って彼女の後方へ衝突した。

「(ま・・・さか、薬による強化を!!?)」

強烈な痛みに蹲りそうな体を叱咤して付近の物陰へ咄嗟に跳ぶ一厘。その数瞬後に鉄くずが先程と同じ威力・速度のままに少女が居た場所へ突貫する。
物陰に腰を下ろした少女は悟る。西島が自分を仕留めるために、いよいよ能力を上げる薬物を摂取したのだと。つまり・・・

「私を・・・殺すつもり・・・か」

痛む左肩を抑えていた右手を見る。そこに付着した赤い液体・・・自分が生きている証拠の1つである血液を瞳に映し・・・数日前の出来事を思い出す。


『あ、ぁぁぁああああぁぁ・・・・・・・』
『ガフッ・・・・・・ゴフッ・・・・・・』


『ブラックウィザード』による成瀬台強襲によって発生した、何人もの警備員達が瀕死の状態に陥っている惨状を。

「・・・・・・・・・憎いな。やっぱり」

一厘鈴音は今一度考える。自分が為すべきことを。そのために、自分の心意を全て表へ曝け出す。

「どうしたって、この気持ちの存在は全否定できない。殺したいわけじゃ無い。『目には目を』じゃ無い。でも・・・でも・・・」

潰したい。自分達を殺そうとする敵を徹底的に、粉々に。正真正銘これが一厘鈴音の心意。

「・・・・・・『でも』、それじゃ駄目だ。いや・・・それ『だけ』じゃ駄目だ。それ『だけ』じゃ、私が考えるハッピーエンドには辿り着けない」

敵の意思に関係無く徹底的に叩き潰す。ある意味では、それは物事を解決する一番の近道なのかもしれない。しかし・・・“それ『だけ』では駄目だ”。


『私だって人を殺めたくは無い。それはお前と一緒だ、リンリン』
『破輩先輩・・・』
『だから、リーダーとしてお前達と共に成し遂げたい。人を殺めることでは無い方法でこの事件を解決するというハッピーエンドを』
『は、はい!!私もハッピーエンドを目指したいです!!諦めたく無いです!!』


自分達のリーダーが唱えるハッピーエンドを目指すためにも、風紀委員一厘鈴音として為すべきこととは一体何か?
考える。戦場であるにも関わらず、否、自身の命を懸けた戦場であるからこそ少女は只管考える。

「実力行使だけじゃ駄目。でも、話だけで解決するわけが無い。つまりは両立・・・ね。・・・・・・・・・そうか」

そして・・・少女はある1つの思考へ辿り着く。

「・・・フフッ。今の私にできるかな?憎しみの心を持った私に。でも・・・やらない理由にはならないよね、私?・・・『でもでも』も、もう終わりにしないと」

少女は立ち上がる。己が目指すハッピーエンドに邁進するために、彼女は自分を殺そうとしている敵に立ち向かう。

「『いわれある暴力』・・・か。フフッ、やってやろうじゃない!!!」

『いわれある暴力』。自身恋する少年が振るう『力』。ハッピーエンドを否定しかねない『力』を、しかし少女はハッピーエンドを肯定するために振るう。


『私は、界刺さんみたいに薬物中毒に苦しむ人達を簡単に切り捨てることはできません。だから、私は私の意志でその人達と向き合おうと思います。
そして、そんな人達を苦しめる「ブラックウィザード」に対しても、自分の信念でもって立ち向かおうと思います!』


そして、これは彼への決意表明を現実にするためのものでもある。彼とは違う信念を胸の宿した少女の今の瞳は・・・毅然とした光に満ち溢れていた。






「『当たらず』。この場合、双方共に当て嵌まるのが癪だが」
「随分余裕だな!!ハアアァァッ!!!」
「ッッ!!!」

『炎熱装甲』を纏った冠の拳が戸隠の腹部を狙い、それを耐熱仕様のセラミック製クナイの腹で受け流すことで事無きを得る。
双方共に高度の体術レベルを誇るがために実現している拮抗状態は、互いの内心を少々以上に高揚させていた。

「(『満たせず』。何事も完璧な調査というものは存在し得ないか。少なくとも網枷が『書庫』で調べ上げた情報では、
冠要がここまでの体術を身に付けているという情報は無かった。さて・・・)」
「(この掌打中心の体術・・・所謂骨法と呼ばれる武術か?『師範』なら速攻で断言しているだろうが・・・私はそこまで詳しく無いしな。
仮に骨法として、素人レベルならとてもじゃ無いが実戦で使えない代物だが・・・使う人間が違うとここまで厄介になるか)」

その上で戦況を冷静に観察する眼を2人共に持ち合わせている。

「(体術的に戸隠は都城に匹敵する実力を持っている。しかも、奴のクナイや手袋は『炎熱装甲』対策を施していると見て間違い無い。どうにかして隙を・・・)」
「フン!!!」
「ッッ!!」

冠が敵の隙を見出すべく思考を働かせていた途上で、戸隠が仕掛ける。逆手に構えたクナイを下段から一気に振り上げる。狙いは冠の首下。

「(いよいよ、本格的に急所を狙い始めたか!!)」

戸隠の本気度が上がったことを感じ取った冠は、襲い掛かる凶器を避けるべく一歩後退する。射程の短いクナイを避けるために大仰な回避は不必要だ。
むしろ、大きな隙を生んでしまう回避術は小回りが利く凶器を持った相手に対して得策では無い。
最小の動きで最大の効果を発揮する。これも友である『師範』からの教えである。

「『構わず』!!」

かわされた側である戸隠は攻勢を緩めない。振り上げた右手―回避された直後にクナイを逆手から順手へ持ち替えた―を振り下ろす。
防刃性能を持つスーツには効果が見込めない以上、狙いは必然的に冠の首から上に限定される。
冠は戸隠の器用な芸当に虚を突かれながらも冷静に防ぎ、回避して行く。

「(状況に応じて順手と逆手を絶妙に混ぜて・・・リーチを変えるか!!)」

だが、隙の無い攻勢に冠は防御体勢を解くことができない。順手と逆手を組み合わせた変則的な攻勢を極短時間では見極め切れないのだ。



ビュン!!



冠が守勢に徹しているのを好機と見た戸隠は空いていた左腕の袖口からクナイを出現させ、指や手首の力のみで器用に操ったクナイを冠の眼前へ投射する。
変則的な攻勢に突然混じった異物に条件反射として反応してしまった冠は、咄嗟に右手を眼前へ持って来ることで襲来したクナイを防御する。



ガシッ!!



それが戸隠の狙いであった。彼はスーツと同じ性能を持つ冠の右グローブに左手を引っ掛け、強靭な腕力でもって彼女の手から引き剥がそうとする。
一連の行動の最中に戸隠の狙いに気付いた冠も何とか対処しようと左手を動かそうとするが、クナイを携えた戸隠の右手がそれを許さない。
結果、冠の腹部に蹴りを叩き込む勢いを利用してグローブを引き剥がした後に距離と取る。戸隠が履く靴も手袋と同じ材質であったためにできた仕掛け。
その成果に戸隠は内心で満足し、冠は内心で舌打ちする。今まで保っていた拮抗状態は、交わす攻防によって少しずつ崩れ始めていた。

「くっ・・・」
「『油断せず』!!」

更なる追い討ちを仕掛けるために、戸隠はポケットからライターを6つ取り出した。左右の手にそれぞれ3個ずつ握っている物体を見て、
冠は少し前に仕掛けられた高圧ガスによる麻酔銃の再来を警戒して『身構えて』しまう。しかし・・・



ブン!!!



彼女の予想は外れる。戸隠は躊躇無く手に持つライターを全て冠へ向けて放り投げる。そして、作り物の奥歯に仕掛けていた『スイッチ』を“噛む”。



プシュ~!!



刹那、ライターが割れた。『割れた』という表現が正しいと見間違う程の鮮やかな分解を経て、ライターに込められていたガスが冠と戸隠を覆う。

「(ま・・・ずい。ここから早く・・・!!)」

冠は即座にこの場からの離脱を選択・息を止めながら後退する。ガスの吸引を防ぐためでもあるが、
それ以上にこの状況下ではガスへの引火の切欠になりかねない『炎熱装甲』は使用できない。
『炎熱装甲』の弱点を熟知した作戦であることは明白だ。ということは・・・作戦を仕掛けた主が次に取る行動はもちろん・・・

「『抗えず』!!!」
「(なっ!!?)」

作戦目的である追い討ち。ガスを防ぐ役割を持つマスクの恩恵を受けて真っ直ぐ突貫して来た戸隠に冠は瞠目する。
驚愕によってできた彼女の隙を戸隠は見逃さない。先程冠から奪ったグローブを再び少女の眼前へ投射する。
冠はクナイを投射された一連の攻勢を脳裏に思い浮かべ、投射されたグローブを掴みながら何とか回避行動へ移ろうとする。



ブン!!



だがしかし、冠の取る行動を予測していた戸隠は彼女の注意が自身の首から上へ集中しているのを逆手に取り、強烈な足払いを放った。
予想だにしていなかった一撃に溜まらず冠は体勢を崩す。そこへ・・・



ガン!!!



掌打による顎へのアッパーカットが突き刺さる。骨ごと脳を揺らす一撃をまともに喰らった冠は、
しかし両手を後頭部に構えることで勢いそのままに地面へ叩き付けようとする戸隠の追撃を辛うじて防いだ。



ギシッ!!



その代償として・・・戸隠の左手で右肩口を押さえ付けられ、右手に持つクナイの切っ先が喉下へ突き付けられる。そう・・・冠要は絶体絶命の状況へ追い込まれたのだ。






「なんでぇ・・・とんだ腰抜けだな」

建物の屋上から攻撃を仕掛けていた西島は、物陰から一向に出て来る気配が無い敵に対して失望の言葉を吐く。
一厘の能力詳細については、網枷から聞き及んでいる。彼女の念動力では15kgを超える物体を操作できないし、操作範囲的にも自分へ効果を及ぼすことは現状の距離では不可能だ。

「こうなったら・・・物陰ごと俺の『加速弾丸』で撃ち抜いてやるか。カカカ」

遠距離特化の能力を有する自分にとって、現状は圧倒的に有利であることが生んだ過信のままに西島は物陰へ向けてコンクリを射出する準備に入る。その時!!



西島放手!!!」



今まで息を潜めていた敵が突如として物陰から飛び出て来た。自分の名前を声高に叫びながら。

「私は・・・私はあなた達『ブラックウィザード』が行ったことを絶対に許さない!!!」
「あん?何言ってんだ、あのお嬢様は?」

西島は少女の発言に怪訝な表情を浮かべる。自分達『ブラックウィザード』の所業を正義側である風紀委員が許さないのは当然だ。
そんな今更過ぎることを、何故この状況下でわざわざ吠えている?しかも、己を危険に晒しながら。

「だから・・・私の能力全てを知った“気取り”のあなたに目に物見せてあげる!!」

だから、いけなかったのかもしれない。疑問に対する思考に気を取られた彼は見落とした。一厘の足下や後方で蠢く粒状の砂利の存在に。

「私の全力・・・私の“禁じ手”・・・『砂塵旋風<サンドボルテックス>』を!!!」






ドドッ!!!






少女の宣言直後、『物質操作』の支配下に置かれていた大量の砂利がまるで意思を持った生き物のように盛大に蠢いた。
『加速弾丸』を幾何発も受けて地面の至る所が砂利状になっていたからこそ実現できたこれこそが、かつて風輪で起きた大騒動時に一厘が見出した“禁じ手”・・・『砂塵旋風』。

「カカカ!!何が『砂塵旋風』だ!!単に砂利を念動力で操作してるだけじゃねぇか!!そんなモンが俺に届くとでも!!?」

西島は未だ崩れぬ余裕で持って敵を虚仮にする。『物質操作』の操作範囲外に己が居る以上、結局は何の脅威にもならない。
もし、距離を縮めようとしても薬で強化している『加速弾丸』でもって砂利ごと一厘を射抜く。それだけの話だ。

「えぇ・・・届くわよ!!」
「・・・何?」

しかし、少女は西島の言葉に動じない。“禁じ手”の代償を現在進行中で払っている身としては、一々敵の言葉に動揺なんかしていられない。
短期決戦。これが―これだけが―少女に与えられた勝機。故に、一厘は吠える言葉のままに目を見開く。

「この私を・・・風紀委員一厘鈴音を舐めんじゃないわよ!!!」



グン!!!



そして・・・飛んだ。

「何!!!??」

西島は、今度こそ驚愕する。何故なら、15kgを超える物体を操作できない―つまりは自身を浮遊させられない―少女が己が身を浮遊させたのだから。
網枷が『書庫』にて調べ上げた情報を事前に知っていたからこその動揺。そこに一厘は勝機を見出していた。
万にも達する砂利粒によって1粒に掛かる重量を15kg以下に抑えながら一厘は勢い良く飛翔する。精度に関してはずば抜けた実力を持つ彼女だからこそ為し得た技。

「西島さん!!」
「わかってらぁ!!」

周囲を監視していた仲間が危機感を浮き彫りにした声を放つ。一方、西島はデータに存在しない現象を実現させた敵に対して『加速弾丸』による迎撃行動に出る。



ザザザザザッッッ!!!



「砂利が!!」
「くそっ!!」

しかし、迎撃行動を当然予測していた一厘は飛翔に使用しているモノ以外の砂利を前面へ展開、西島達の視界を妨げる。
同じ念動力系能力者である西島と一厘。馬力面では前者に分があるが、応用面では後者に分があった。
感知のための念動力展開を行使することができないという、『敵』の弱点を『書庫』で知っていたのは一厘も同じであった。
違っていたのは至極単純なこと。西島は自身の能力向上を非合法の薬物に頼り、一厘は自身の能力向上を己が研磨で成し遂げた。それだけの話だ。

「今!!!」

視界を塞がれたことによって迎撃行動を躊躇した西島の隙を突くように、一厘は勢いそのままに西島達を『物質操作』の操作範囲内である半径30m内に収める。



ドオオオオオオオオォォォォォッッッ!!!



瞬間、『砂塵旋風』がその本領を発揮せんがために西島達を包囲する。大量の砂利が建物の全方位に行き渡り、砂嵐の如き様相を呈す。
一厘は操作する大量の砂利でもって西島達を全方位から包み込み、一気に勝負を決めてしまう腹積もりであった。

「(グウウウウゥゥゥッッ!!!)」

頭に激痛が走る。万単位の砂利粒の操作は、一厘の頭脳に多大な負担を掛けている。それでも、少女は歯を食いしばりながら正確に演算処理を行う。
砂利を建物の屋上を包み込むかのように展開したために目晦ましの砂が薄くなっているが、正確な位置は気取られていない筈だ。
このまま一気に勝負を決める。そう決断した一厘は更なる演算負担が掛かることを承知の上で“あの”能力を行使する。



ビュン!!!



それは、1週間以上前に常盤台学生寮にて開催された“講習”時に見出した物体感知方法。先程戸隠の不意打ちから冠を守ったのと同じ技。
念動力を掛けた物体の輪郭や表面の凸凹具合、果ては実際に触れないとわからない筈の手触りさえ詳細に識別できる『物質操作』の支配下に西島達3名を置く。
もちろん、彼等をどうこうすることはできない。だが、彼等の行動全てを詳細に把握できるようになった。これで狙いを外すことも無い。
『加速弾丸』の材料であるコンクリや鉄くずにも念動力による干渉を仕掛けた。パンクしそうな頭を抱えながら、一厘は『いわれある暴力』を振るうために最後の演算を終えようとする。



「お、俺を・・・」
「西島さん!?」
「うおっ!!?」
「(えっ・・・?)」



だがしかし・・・事ここに及んで一厘は見誤った。『いわれある暴力』を振るう相手・・・西島放手の絶望を。憎しみを。苛立ちを。
『ブラックウィザード』の一員として、非合法薬物を摂取するようになった身として、人の尊厳を軽視する思考に浸った西島は『加速弾丸』を発動するために・・・人間へ念動力を仕掛けた。
感知の念動力を西島達に仕掛けていた一厘が、仕掛けられた念動力が意味する所に思わず瞠目する中・・・



「舐めんじゃねぇよ!!!!!」






ドン!!!






「ギャッ!!!??」
「ガァッ!!!??」
「(嘘!!!??)」

彼は、仲間2人を弾丸として一厘が居るであろう場所へ全力で射出した。薬物によって強化された『加速弾丸』によって上空へ射出された構成員2人。
15kgを超える物体を操作できない『物質操作』の念動力では、彼等の射出を止めることなどできない。
できないが、このままでは間違い無く2人は命を落とす。そう判断した一厘は、『物質操作』による感知によって射出直前から2人の予測的位置情報を即座に弾き出し・・・

「ハアアアァァァッッ!!!」

自身の前面へ展開していた+包囲に使用していた『砂塵旋風』の砂利の大半を用いて緩衝材代わりとする。無論、砂利である以上そこへ突っ込んだ2人の体は傷だらけになってしまう。
15kg制限がある『物質操作』では、如何に1粒1粒に重量を割く工夫を行っていても『加速弾丸』による強化が為されている人間の体を支えられない。
だからこそ、一厘は半径30m内に存在する別の建物の屋上へ2人が不時着できるように砂利を操作する。



ガッ!!!ズサアアアアアァァァッッ!!!



幸か不幸か、一厘の目論見通りに別の建物の屋上へ金網を突き破りながら不時着する構成員達。
『加速弾丸』の勢いは完全には相殺し切れていないために、相当な勢いで屋上を転がる2人。
他方、仲間を射出した西島は『ブラックウィザード』の構成員を助けるために大量の砂利を回した敵へ向けて侮蔑を混ぜた視線を向けながら鉄くずを射出する。



ドヒュン!!!



「ぐうっ!!?」

念動力による感知により西島の追撃を察知した一厘は即座に回避行動に移ろうとした。しかし、ここで遂に一厘の演算能力がパンクした。
度重なる無茶をした挙句、敵である『ブラックウィザード』の構成員を助けるために無理をした直後に西島の攻撃に対処しようとしたが故の必然。
支配下に置いていた全ての物体が彼女の手から零れ落ちる。すなわち・・・大量の砂利で飛翔していた己が体が重力に従って落下する。
西島の攻撃自体は、この自然落下によって偶然にも避けることができた。だが、このままでは落下によって彼女は命を落とす。

「(だ、駄目!!こんなことで・・・死んでたまるか!!!)」

少女は否定する。この先に訪れる“安易”な結果を。何も成し遂げられないまま死ぬことなんてできない。否、絶対に死ねない。

「ハアァッ!!!」

一厘は『物質操作』を再行使し、零れ落ちていた砂利をもう一度支配下に置く。そして、自身を西島が立つ屋上へ着陸させるために砂利を身に纏いながら操作して行く。
今の状態では飛翔も浮遊も維持できない。精々軟着陸が関の山だ。一厘は激痛が走る頭を何とか働かせ、何とか軟着陸を成功させた・・・が。

「オラッ!!!」
「グハッ!!!」
「カカカ!!命拾いできたからって油断してんじゃ無ぇよ!!」
「ガッ!!!」

そんな彼女の隙を西島が見逃す筈が無い。彼はコンクリを手に持ったまま一厘の胸を強打する。
体に走る衝撃によって呼吸ができなくなった一厘の顎を、再び西島が蹴り上げる。西島も焦っていたのかクリーンヒットとはいかなかったが、彼の蹴りを受けて後方へ吹っ飛ぶ一厘。
西島は追撃の手を緩めない。コンクリを彼女の脳天へ振り下ろし、一気にケリを着けるつもりなのだ。

「死ねやあああああぁぁぁっっ!!!」
「!!!」

脳を揺さ振られたことによって少し意識が混濁していた一厘の鼓膜に西島の声が突き刺さる。これが、逆に一厘にとっての幸いとなった。
彼女は咄嗟にポケットへ忍ばせていた『DSKA―004』を腕の力だけで西島の声がした方向へ投射する。



バチバチ!!!



「うおっ!!?」

消しゴム程度の大きさから発生した電流の音に、西島は思わず足を止めてしまう。『物質操作』によって行使できたのはスタンガンのスイッチを入れることだけ。
だが、反撃できないと高を括っていた西島には有効な不意打ちとして機能したようだった。その間に、一厘は口から流れる血を砂利に塗れた手で拭きながら何とか立ち上がる。

「ハァ、ハァ・・・」
「夢見がちなお嬢様にしぶてぇな、おい」

思わぬ一厘の反抗に西島は苛立ちの言葉を吐く。少し前までの圧倒的有利な状態を五分五分に近い状態までに追いやられた感覚が、彼の苛立ちを益々助長させる。
そんな西島の内心に一厘は気付かない。いや・・・気付こうとしない。それ所では無い。今の少女の脳内は、途轍も無い怒りに満ち溢れていたのだから。

「あなた・・・」
「あん?」
「あなた・・・自分が一体何をしたかわかってるの!!!??」
「!!!」

絶叫に近い一厘の咆哮が夜風に舞い踊る。西島に突き刺す今の少女の眼光は、凄まじい憤怒と疑問に占められている。

「仲間でしょ!!?それなのに、どうしてあんなことができるの!!!??この高さで人を『加速弾丸』でフッ飛ばせばどうなるか、あなたにわからないわけ無いでしょ!!!??」
「あぁ!!わからいでか!!だが、それがどうしたってんだ!!!??俺が俺の能力をどう使おうが俺の勝手だろうが!!!??」

言葉による一厘の攻勢に西島も釣られるかのように応戦する。能力で黙らすこともできる。だが、今この場では能力行使による口封じをする気にはなれなかった。
夢見がちなお嬢様の言葉を絶望に染まった自分の言葉で蹂躙する。そこに彼は拘った。

「ッッ!!!ふ、ふふ、ふざけんじゃ無いわよ!!あなた!!人の命を何だと思っているの!!?」
「何とも思っちゃいねぇよ!!一厘鈴音!!テメェも風紀委員なら『書庫』で俺の情報くらい知ってんだろうが!!俺が昔ダチや恋人から瀕死の重傷を負わされたことをよ!!」
「ッッッ!!!」

応戦する言葉に底知れぬ怨嗟の念が宿る。自分の人を見る目の無さ故に、無能力者狩りを行っていた友人や恋人の本性に気付かぬまま説得に当たった。
その結果として、自分は瀕死の重傷を負わされた。絶望させられた。そんな自分の言葉を世間知らずのお嬢様如きに否定などさせない。絶対に。

「俺はその時悟ったんだよ!!ダチだろうが恋人だろうが、結局はどいつもこいつも自分の都合で他人を平気で傷付けるような連中がこの世界には蔓延っているってな!!
だったら、俺だって自分勝手でやってやるよ!!俺の『加速弾丸』で人の1人や2人くらい、何時でも弾丸代わりに吹っ飛ばしてやるよ!!!」
「あなた・・・!!自分が何を言っているのかわかっているの!!?あなたを裏切った人間と同じことをあなたがしてどうするの!!?自滅しているだけじゃない!!」
「ハン!!さすがは、名門常盤台に通う夢見がちなお嬢様は言うことがご立派だな、カカカ!!テメェみてぇな他人から碌に傷付けられてもいねぇような女が何言っても無駄だぜ!?
テメェに俺の絶望が理解できるとでも言うのかよ!!!??カカカ!!それこそ、現実ってヤツを見ることができていねぇ節穴だらけのお嬢様だ・・・・・・」

ここぞとばかりに眼前のお嬢様へ向けて溜め込んでいた激情をぶつける西島・・・だったが、その途上でふと言葉が止まった。
その理由を考え・・・そして『至る』。理由は自分じゃ無い。ならば何処にある?・・・決まっている。ここには自分以外の人間は1人しか居ない。

「・・・そうね。確かに、当事者じゃ無い今の私にはあなたの気持ちを全て理解できないんだと思う」

風紀委員一厘鈴音。夢見がちなお嬢様と自身が断定した少女の顔が・・・歪んでいた。まるで・・・あの頃の自分のように。

「でもね・・・それはあなたにも言えることでしょ?」
「・・・!!」
「あなたに・・・あなたに私の気持ち全部を理解できるとでも思ってるの!!!??」
「ッッ!!!」

逆転した。今までは西島が己の怨嗟を一厘へぶつけていた。しかし、今からは違う。今度は少女の番。夢見がちなお嬢様と勝手に断定されたことに対する憤怒をぶつける番。

「私はね!!この数ヶ月の間に凄まじい苦痛を何度も味わって来たわ!!友達や先輩の気持ちを理解できなかったことで色んなことが起きた!!!
挙句の果てに、自分自身の能力(ちから)についてもきちんと理解を及ぼせていなかった!!私はね・・・その度に傷付いた!!傷付いて来た!!そして・・・全部乗り越えて来た!!!」

友達である白高城や先輩である春咲の心情を最初から理解することができなかった反動は、その都度少女を苦しめた。“とある講習”では自分自身の能力にまで鋭い指摘を喰らった。
少女は断定する。『今』の自分は決して夢見がちなお嬢様じゃ無い。現実も夢も自分なりの価値観で見ることができる、そんな人間に成長したのだと。

「そ、そんなモン俺の知ったことか!!!」
「そうでしょ!!?だったら、私だってあなたが過去にどんな苦痛を味わって来たかなんて知ったことじゃ無い!!あなたの理屈なら!!!違う!!!??」
「うっ・・・!!」

一厘の言葉に『知ったことか』と返答してしまった時点で西島の負け。最初に切り出したのは自分なのだ。なのに、彼は自分で自分を追い詰めてしまった。

「私はあなたが憎い。あなた達『ブラックウィザード』が憎い!!罪無き人々を苦しめて・・・私達の仲間を死の危機に陥れて。私は・・・絶対にあなた達を許さない!!!」
「さ、最初から許して貰おうなんて思っちゃいねぇよ!!」
「・・・『でも』。そんなあなた達を・・・理解する努力を私はしようと思う」
「はっ!!?」

西島は目の前の敵から飛び出た突拍子も無い言葉に呆気に取られる。『許さない』と散々吠えていた人間が、何故ここに至って『理解する努力』を行うと言うのだ?

「『許さない』。・・・『何を』?『許さない』って言った以上、そこには許さない理由がある。その理由を見付けた時・・・疑問が湧く。『何でそんな理由が生まれたの?』って」
「・・・!!!」
「そこから、『そんな理由』が生まれた理由を私は探す。探して、見付けて、また疑問が湧くかもしれない。延々と続くのかもしれない。
でも、それが『理解する』ってことなんじゃないかって今の私は思うの。そのためには、『理解する努力』の継続が必要なの」

白高城の時も春咲の時もそう。傷付いて、苦しんで、それでも一厘は彼女達を理解しようともがいた。
それが自分の首を絞める行為と同義であっても少女は貫いた。貫くことができた。『その理由とは?』。
少女は息を吸う。憤怒でも疑問でも無い、真摯極まる表情を顔に宿して言葉を吐く。

「もちろん、私1人の力じゃ無理だった。そんな私を支えてくれた仲間の力があったからこそ、私は『理解する努力』を貫けている。
私は私が目指すハッピーエンドに辿り着きたい。誰もが最後は笑って終われる・・・そんなハッピーエンドを。
そこへ近付く努力を私はする。たとえ・・・完全なハッピーエンドが望めないこの現状でも私は私の信念を貫く。
『己の信念に従い正しいと感じた行動をとるべし』。この風紀委員の信念と共に」

遂に見出した。一厘鈴音が見出した自分だけの信念。『誰もが最後は笑って終われるハッピーエンドに辿り着くために、他者を理解する努力を貫く』。
この信念は自分1人の力で見出せたわけじゃ無い。色んな人達との触れ合いを経て、自分なりに考え続けて、その結果として確と見出すことができたかけがえの無い努力の結晶。
『己の信念に従い正しいと感じた行動をとるべし』。かつて『彼』とのやり取りの中で矛盾を突かれたために零れ落ちた風紀委員の信念を、この瞬間にようやく少女は背負い直せたのだ。






「・・・!!!」
「『躊躇わず』。最期だ。楽に殺してやろう・・・・」

息を呑む。自分が置かれた状況に。自分の鼓膜を叩く敵の死刑宣告に。正に絶体絶命の状況下、周囲の音がやけにリアルに響く。
激しい激音から、付近では一厘と西島が戦っていることは容易に想像が付いた。鉄枷とピアス男についてはわからないが、おそらく激しい戦闘になっているだろう。
それなのに・・・自分はこのまま為す術も無く殺されるのか?同じリーダーである破輩に任された大役を果たせないまま。

「(何とか・・・何とかするんだ!!絶対に!!)」

そんなことは絶対に許されない。唯でさえ、今回の事件で彼女がリーダーを務める花盛支部の面々は大きな被害を受けている。
篠崎・幾凪・渚・六花・山門は入院を余儀無くされ、閨秀や抵部も傷を負った。文字通り、花盛支部はボロボロになっている。
誰にも漏らしていないが、このことで一番傷付いているのは支部リーダーである冠だ。大事な仲間を『ブラックウィザード』や殺人鬼に傷付けられて・・・
殺されそうになって一番悔し涙を心の中で流しているのは冠要だ。過ぎたことを言ってもどうしようも無いことはわかっている。
それでも、リーダー足る少女は悔しかった。悲しかった。だから、決意した。絶対にこの事件を解決してみせる・・・その一助に自分達花盛支部はなると。

「(そのためにも!!私は死ねない!!)」

故に、冠要は望む。この窮地を脱する方策を。何でもいい。偶然でも必然でも何でもいい。戸隠の注意を逸らす何かを・・・この瞬間に強く望んだ。

「・・・死ね!!」

戸隠のクナイが数瞬後に冠の喉下へ突き刺さろうとする。冠は目を閉じない。『諦めない』という強き想いを・・・この世に生を受けた自分の生き様を最期の時まで体現するかのように。






ガッ!!!ズサアアアアアァァァッッ!!!






「「!!!??」」

刹那に上方から響いたのは、2人の人間が猛烈な速度で金網が張られた屋上へ突っ込んだ衝突音。
西島が『加速弾丸』にて放った構成員2人を一厘が『物質操作』によって操作する砂利を用いて速度をでき得る限り緩和した結果実現した光景。
これが冠にとって絶体絶命から脱出する最初で最後のチャンスとなった。仕留める直前に鼓膜を叩いた衝突音に不覚にも戸隠は注意を向けてしまった。

「(今!!!)」
「!!?」

冠が、自身グローブを身に付ける左手で喉下に突き付けられたクナイを掴む。注意を逸らした己の不覚を遅れて自覚した戸隠は、持ち前の腕力でもって一気に突き刺そうとする。



グッ!!



数瞬の攻防が齎したのは、着込んでいる耐刃スーツのギリギリ上限にクナイがめり込んだという現実であった。
無論、スーツの上からでは冠の体を突き刺すことはできない。自身の失態に僅か歯噛みする戸隠の束縛から脱するために冠は男共通の急所を狙う。



ゴン!!!



すなわちそれは・・・金的への蹴り。倒されたままの状態ではそこまで強力な蹴りを放つことはできないが、それでも急所への一撃であることに変わりは無い。
蹴りの感覚と鈍い音から察するに、戸隠も股間付近に防御用のプレートのようなモノを仕込んでいたようだが衝撃そのものを完全防御することはできない。
さすがの忍者の末裔も、人体の構造そのものまでは無視することはできなかった。思わず、少女を押さえ付けていた左手を放してしまう。



ブン!!



そこへ、さっきのお返しとばかりに冠が体全体を使った足払いを戸隠へ仕掛ける。正確には倒された状態である自身の両脚を、
金的への一撃で力の入らない戸隠の脚へ絡めて地面へ倒すという方法である。半ば強引なまでの足払いを受けて戸隠は地面へ倒れる。



グシャッ!!!



意識を失う前に戸隠が認識できたのは、己が鼻先を叩き潰すが如き勢いで振り下ろされようとする冠の右拳であった。
金的と同じく人体の急所を狙った攻撃を、少女はグローブを身に付けていない右の拳にて連続して放つ。
グローブより素手の方が威力は伝わる―弊害として自分の手を傷める―というのが理由であった右手による苛烈な攻勢を続け様に仕掛けた結果・・・戸隠は気絶した。






「ハァ・・・ハァ・・・」

気絶した戸隠の血で塗れた右手をその目に映しながら、冠は気が抜けたかのように尻餅をついた。
偶然に助けられたことを実感しながら、振るった右手から発する痛みを感じながら、少女は己の生を感じ入る。

「ハァ・・・ハァ・・・。何、とか・・・なったか。何とか・・・生き抜いたか。ハァ~・・・良かった」

『心はクールに』という信念を持つ冠も、さすがに絶体絶命の状況下から脱した直後にはクール以上の感情が湧き上がっていた。
何かが一歩ずれていれば間違い無く自分は殺されていた。それがわかっているからこそ、偶然を活かすことによって生き永らえた事実を素直に嬉しく思った。

「とりあえず・・・戸隠を警備員へ引き渡すのが先か?それとも、戸隠をその辺に縛って一厘や鉄枷の応援へ向かうべきか?・・・・・・どうしようか」

冠は、今後の行動指針について思考を働かせる。先の自分を救った偶然―人間の飛来―は、おそらく西島によるモノだ。
激音自体は鳴り止んでいるものの、それが却って不気味であった。鉄枷とピアス男の動向も不明。
しかし、このまま戸隠を付近に縛って一厘達の援護に向かっている間に敵に奪還されては元も子もない。
決断する時間の猶予が殆ど無い中、少女は決断のためのピースの整理に勤しむ。そんな最中に・・・

「戸隠!!?大丈夫か!!?」
「チィッ!!風紀委員め!!よくも戸隠を!!」
「!!?」

この東部方面に出張っていた『ブラックウィザード』の構成員が冠の後方から現れた。おそらく、戸隠や西島達への援護のために現れたのだろう。
新手の出現に冠は、今度は表立って舌打ちをしながら戦闘体勢を構える。

「おい!!銃は使うな!!戸隠に当たっちまう!!」
「わかってらぁ!!凶器を持つこともできねぇ気弱な戸隠を・・・!!テメェのその血に塗れた手でボコったってか!!?絶対に許せねぇ!!!」
「(気弱!?戸隠が!?どういうことだ・・・?)」

ナイフ等の近距離用の凶器を持つ構成員の言葉に冠は怪訝な表情を浮かべる。自分と戦っていた戸隠は、紛れも無く人殺しの目をしていた。
様々な凶器を用いて自分を殺そうとした。そんな人間が気弱な筈が無い。ということは・・・考えられる理由は限定される。

「(まさか・・・国鳥ヶ原での日常生活と同様に、仲間である構成員に対しても演技を・・・!!?)」

構成員の言葉を受けて、僅か首を後方へ向けながら視線を戸隠へ向けた冠の瞳に映ったのは・・・手で目を覆い隠しながら安全ピンを抜く戸隠の姿であった。



ピカァッッー!!!



「なっ!!!??」
「「うおっ!!!??」

この極短時間の内に意識を取り戻したことに驚愕する冠と仲間をボコボコにした風紀委員へ攻勢を仕掛けようとした構成員の眼球を強烈な閃光が襲う。
完全には防げなかったものの反射神経的に手を眼前へ持って行った冠。そして、少女の陰で戸隠の行動が見えていなかった構成員はまともに閃光を浴びる。

「(くそっ!!油断していたということか!!?とにかく、何処か物陰に隠れなければ!!)」

冠は閃光を隠れ蓑にした戸隠の反撃を警戒して、よろめきながらも付近の物陰へ体を隠す。幸い、その間に敵の追撃は無かった。
時間が経つにつれて視力を取り戻して行く冠。戸隠の出方を最大級に警戒しながら決意を新たにする。

「(いいだろう!!こうなったら、まともに体を動かせない程までに捻じ伏せる!!そこまでして、ようやく戸隠を止めることができるってことだろう!!)」

血に染まった右手にグローブを嵌め直し、物陰から様子を窺う冠。敵は戸隠だけでは無い。まともに閃光を浴びたことで未だに視力を完全に回復できていない構成員達。
逆に言えば、まともに動けない今こそがチャンス。戸隠も万全とはいかない筈である。勝機はまだまだ存在することに気丈な笑みを浮かべる冠だったが・・・

「・・・・・・えっ?」

彼女の相手・・・今まで戦っていた少年―戸隠禊―の姿は・・・・・・何処にも存在しなかった。






「あはっ・・・はははんんははははっっっ」
「ハァ・・・。ぶっちゃけ、いい加減大人しくしろってんだ」

うんざりした表情を隠さない鉄枷は、敵である『ブラックウィザード』の構成員風間鋲矢と激闘を繰り広げていた。
とは言え、戦闘自体は鉄枷が終始優勢を保っていた。身体能力的には風間の方が上ではあったものの、
正式な戦闘訓練を積んでいる自分と所詮素人である風間とでは戦闘を継続して行く中でどうしても差が出て来る。
一応拳銃等の遠距離武器を警戒してヒット&アウェイ的戦法を行っていたが、今までの様子から鉄枷は風間が遠距離武器を所持していないと判断する。

「ここで道草を喰ってる場合じゃ無ぇんだ。さっさとお前を捕まえて、リンリン達の援護に向かわなきゃなんねぇんでな!」

鉄枷は右手に『金属加工』による支配を継続している警棒を、左手には彼ご自慢の手錠を携える。
『金属加工』対策なのか風間が振るう武器はいずれも非金属製であった。故に、鉄枷はこちらから一気に攻勢を仕掛けることで風間を取り押さえることを決断する。
薬の影響か地のモノかは判別できないが、風間の変則的な動きにも慣れた。後は、風間が右手に持つサバイナルナイフの軌道に細心の注意を払っていれば・・・。
つい数分前に発生したスタングレネードと思わしき閃光の発生源も気になる。ダラダラ戦闘を長引かせる余裕は無い。

「んはんはんはははははぁぁぁはははは!!!足りねえええぇぇぇぇぇなあああああぁぁぁぁ!!!もっとビンビンに感じてええええぇぇぇぇ!!!!!」

今まさに攻勢へ打って出ようとした鉄枷の気を挫くように、風間がハイテンション且つ気色悪い笑いと大声を吐き出した。
それと同時に左手をズボンのポケットに突っ込む。鉄枷は遠距離武器の存在を脳裏に浮かべ、咄嗟に警棒を盾状に変形させようとする。

「戸隠えええええええぇぇぇぇ!!!お前の『薬』ぃぃぃをををををを遠慮無く使わせて貰うぜええええええええぇぇぇぇぇっっっ!!!!!」

しかし、鉄枷の予想は外れる。風間がポケットから取り出したのは錠剤であった。そして、風間は仲間の名前を叫んだ後に躊躇せずに錠剤を飲み干す。
戦闘狂であり、能力の影響もあるのか常に他人の血に飢えている彼を更に興奮させる“筈”の『薬』を。



ゴクッ!!!



「ふふふふふふふふっっっっっ!!!んぁぁあはぁあぁはぁ!!!!!」
「(『薬』?・・・ぶっちゃけ能力を上げる薬かよ!!?もう、あの野郎は摂取済みなんじゃねぇのか!!?)」

咄嗟に防御体勢を取ったために風間の新たなる薬の服用を止められなかった鉄枷は歯噛みする。
風間の正体については、風紀委員会の面々は誰も知らなかった。雅艶の協力によって風間の風貌自体はわかっていた。
しかし、『書庫』の検索でその風貌にヒットする者は誰も居なかった。それもその筈、『書庫』に掲載されている風間の風貌と現在の風間の風貌は全くと言っていい程変化していた。
『ブラックウィザード』に所属していたスキルアウトが吸収される前―もっと言えば元のスキルアウトに所属する前―から戦闘に明け暮れていた彼の顔は傷みに傷んでいた。
骨は陥没し、髪の毛はボサボサに傷み、それでも戦闘に狂った彼の顔は最早以前とは様変わりしていたのだ。
これに調査時間の短さもあって、風間の所持する能力について風紀委員会側は調査することができなかった。
鉄枷が速攻でカタを着けようとしなかったのも、相手の出方を覗っていた点が大きい。

「(今まで能力らしい力は全然使っていねぇが・・・『薬』で能力を上げて初めて実戦で使える代物だったりすんのか!!?)」

鉄枷は、風間の未知なる能力行使を警戒して防御体勢を崩さない。ここに来て形勢を逆転されるような失態を犯すわけにはいかない。
気色悪い笑い声を吐き続ける風間の出方を覗う鉄枷。そして・・・遂に風間が“前へ”出た。






「西島放手。私は、きっとあなたをこれからも許さない。私があなたに抱いた怒りは凄まじいわよ?」
「・・・くっ」
「でも・・・あなたが何故こんな状況に自分を追い詰めてしまったのか、その理由を私は探そうと思う。
あなたが抱く気持ちを100%理解できなくとも、私はあなたを理解する努力をしようと思う。だから・・・あなたを逮捕する。
これ以上、あなたを理解する努力を妨げる理由を生み出さないために。絶望に染まったあなたの手を、これ以上汚させないために」
「(な、何でこいつは・・・!!?)」

毅然とした光に満ち溢れた一厘の瞳を西島は直視できない。彼女の言葉が虚偽なんてモンじゃ無いことくらいわかっている。
夢見がちなお嬢様でも何でも無い、自分と同じく仲間の心を量ることができなかったために傷付いた少女。
自分と少女は同類だ。それなのに、何故自分は『この』立ち居地なのだ?少女は傷付きながらも乗り越えた。対して自分は?
西島は本当の意味で実感させられる。自分の立つ位置が、どうしようも無く無価値な居所であったことに。

「(お、俺は・・・俺は・・・)」

絶望に胡坐を掻いていたのは自分であった。わかっていた。そんなことは『ブラックウィザード』に入る前からわかっていた。
わかっていたのに掻いた。絶望から脱却しなかったのは自分の意思だ。それを望んだのは、他の誰でも無い自分だ。
だが、今の自分から湧き上がる希望のような感情は何だ?こんなどうしようも無い自分を理解しようとしてくれる同類が眼前に居るからか?
絶望から抜け出せる“救いの手”を差し伸べようとしてくれる正義の味方が対峙しているからか?

「(俺・・・は・・・・・・)」

正直に言おう。嬉しかった。同類・・・一厘鈴音の言葉が堪らなく嬉しかった。『ブラックウィザード』の人間達は、誰もそんな言葉を掛けてくれなかった。
傷を舐めあい、正義の味方を否定する。そんなことばかりに明け暮れていた。自分も。このまま彼女の“手”を取れればどんなに良いだろうか。

「(ま、まだ・・・掴めねぇ・・・!!!)」

それでも、少年は“救いの手”を取ることを拒否する。『今』はまだ“手”は取れない。何故なら、少年は少女と同じく自分自身のことを碌に理解できていなかったのだから。
それ以上に、初対面である少女を完全に信じ切ることは現時点ではやはり無理だった。信じる者達に裏切られた経験は未だに彼に絡み付いていたがために。



ガサッ!!



故に、少年はズボンのボケットに入っていた薬を取り出す。これは戸隠秘蔵の『薬』。彼が言うには調合屋の薬と戸隠流秘伝の調合法を合わせたモノらしく、
通常使用している薬物以上の効果を発揮する上に副作用が抑制されているこの『薬』を西島は彼の手から直接渡された。
普段から風間と共に彼と友達みたいな―無意識下では友達として―付き合いをしていた。彼が忍者であることも知っていた。
そんな彼が友達のような付き合いをしていた自分と風間のみにくれた秘蔵薬を西島は飲み干した。



ゴクッ!!



「(今飲み干したのって・・・!!)」
「・・・カカカ」

西島が飲み干したモノの正体に勘付いた一厘が警戒の色を強める。一方、西島は全ての手札を切ったことを内心で実感しながら眼前の同類へ言葉を放つ。

「一厘鈴音。テメェの信念ってヤツを、『今』の俺は信じ切ることはできねぇ」
「・・・そう」
「だがよ・・・秘蔵の『薬』で更に強化したこの俺をお前が逮捕できたってんなら考えてやる!!!」
「ッッッ!!!」

思い掛けない西島の言葉に一厘は瞠目する。そして気付く。今まで憎しみや絶望に染まっていた彼の顔に微かな、しかし確かな希望が浮き出ていることに。

「手札全部切って、それでも通じねぇってんならしゃーねーわ!!俺の絶望がテメェの希望に打ち負かされたって話だしな!!」
「西島・・・!!」
「だが、俺の絶望を甘く見んじゃねぇぞ!!今から俺の絶望の深さってヤツをテメェに目に見せ付けてやるよ!!カカカ!!覚悟しろや!!!」
「・・・望む所よ!!私の“手”で、あなたを必ず絶望の底から救い上げてみせる!!!」

互いに好戦的な笑みを浮かべる2人。同類同士、これが本当に最後の勝負。この勝敗が、2人の人生を大きく変えることは誰の目から見ても疑う余地は無かった。
当然当事者足る2人も同じ認識である。故に、ここからは双方共に全力でぶつかり合う。互いの夢(おもい)を込めて。



「ガフッ!!!??」



しかし・・・



「んはんはぁぁ・・・・・・ゴホッ!!!??」



現実は、早々に人の夢や想いを叶える程甘い世界では無い。



「はっ・・・?」
「えっ・・・?」



少なくとも、正義を為そうと懸命に努力していた者達―眼前で突如発生した出来事に目を白黒させている鉄枷や一厘―へ『いわれなき暴力』を振るっていた“弱き者”達に対しては。



「な、何だ・・・こりゃあ・・・!!!??」
「んはははっっ・・・・・・俺の血ぃぃいいい・・・!!!??」



少年2人は、崩れ落ちる束の間に己の口から吹き出た赤黒い液体が付着した手を眺める。その意味を・・・2人は最期まで理解できなかった。



「西島!!!」
「おい!!!」


少年少女の悲鳴が少年2人の鼓膜に劈くのを各々が認識した直後、西島と風間は意識を失う。そして・・・






「『憐れまず』。これで、俺と親しき付き合いである2人の抹殺には成功したか」

ほぼ同時期に『薬』によって倒れた西島と風間を望遠スコープでもって遠方から観察しているのは、彼等と同じ『ブラックウィザード』の構成員・・・戸隠禊。
彼は冠に意識を刈り取られた数秒後、脳波レベルに応じて胸部に放電することで装着者の意識を回復させるシールドAEDの恩恵を受けて気絶状態から回復、
スタングレネードを用いることでひとまず戦場から離脱していた。冠によって骨が折れているであろう鼻から発する激痛に苛まれながらも、忍者の末裔は冷静な思考を続行する。

「『苦しまず』。あの2人も俺の『薬』によって殆ど苦痛を認識すること無く逝けただろう」

戸隠が西島と風間に渡していた『薬』とは、決して能力強度を上げる薬では無い。摂取すれば極短時間の内に摂取者を死に至らしめる劇薬であった。
処置の方方が無いわけでは無いが、ここは病院では無い。警備員達の持ち得る医療技術では話にならず、成瀬台支部に所属する勇路の『治癒能力』では劇薬の除去は不可能である。
そんな劇薬を彼が2人に渡したのは他でも無い、自分の正体を知る人間が治安組織に捕らわれるくらいなら1人でも多く抹殺するためである。
『薬』を使わざるを得ない場面とは、すなわちそれだけ追い詰められている証拠だ。つまり、治安組織の手に堕ちる可能性が高いというわけだ。
その可能性によって自身が被るリスクを鑑みた戸隠は、虚偽の説明と共に劇薬を2人へ手渡した。そして・・・2人は戸隠の想像通りに使用した。
彼の本性は、必要ならばたとえ友達相手でも平気で殺すことができる冷酷な殺し屋である。

「『良からず』。戦況は、おおよそ『ブラックウィザード』に不利。ならば・・・そろそろ潮時か」

望遠スコープから目を離した戸隠は、上空を飛行している超小型の無人偵察機MAVから送信される映像を携帯電話越しに見る。
彼は、決して『ブラックウィザード』に所属する『だけ』の忍者では無い。そもそも彼が『ブラックウィザード』に居るのは、
一大組織に成長した『ブラックウィザード』の中『で』活躍することで忍者の再興への足掛かりを掴むことが目的・・・では無い。
『ブラックウィザード』に身を置くのは単なる“依頼”でしか無い。では、“依頼”とは何か?そんな彼の『本当』の正体を知るのは・・・『ブラックウィザード』では2名のみ。
戸隠禊はいよいよもって決断する。自身に宛がわれた本当の役目を。殺し屋足る自身が狙う本当の標的を抹殺せんがために、再び戦場へ身を投じる。


「『逃さず』。狙うは・・・“弧皇”達の首級!!」

continue!!

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最終更新:2013年08月30日 20:50