「大丈夫なのかよ、診療時間は?」
「大丈夫大丈夫。ちゃんと予約してるし」
「でも、呼ばれた時に居なかったら飛ばされるでやんすよね?」
「時間的には間に合うと思うよ、梯君。にしても、精神病院に入るのって初めてだなぁ」
向かい側にある病院へゆったりとした足取りで向かっているのは病院から与えられた服を纏う焔火と付き添いの荒我・梯・武佐の“不良”3人組である。
4人が『形製グループ』系列の精神病院へ足を進める理由は1つしか無い。それは、【叛乱】において少女が被った精神的ショックの治療のためである。
「一生縁が無いと思ってたんだけどなぁ・・・まさかね」
「緋花・・・」
「・・・フッ。それにしても、意識を失っている間に九野先生が全て手配していたって知った時の固地先輩の顔・・・おかしいったらなかったわ。ププッ」
「ど、どんな顔してたでやんすか?」
「呆気に取られてたというか・・・『師匠の行動を予測できなかった弟子の気まずさ』みたいなのが全開だった」
人生において精神病院に通うことを想定していなかった焔火の複雑な声色と表情に彼氏の顔が曇る。
【叛乱】における数日の監禁にて少女が被った精神的ショックの詳細は誰にも明かされていない。彼女自身未だ整理が着いていないこともあるだろう。
だからこそ今回の件に関わった“天才”
九野獅郎は『形製グループ』とすぐに接触を取り、焔火のために便宜を図ったのだ。
「良いカウンセラーやセラピストの方に出会えるといいね、緋花ちゃん」
「・・・うん」
「精神医療ってどんなことをするでやんすかね?」
「そういや、紫郎が少し調べてたよな?」
「俺が調べた限りでは、まず患者と医療士さん達との信頼関係を作ることが大事みたい。そこから、実践としての心理療法が始まるのが基本形。
そして、この分野で効果抜群として最近注目されてるのは『EMDR』って名前の心理療法らしいんだ」
「『EMDR』・・・でやんすか?」
「俺も詳しくは知らないし、素人の意見で緋花ちゃんに変な先入観ができても困るからお医者さんに直接尋ねてみるのもいいかもね。お医者さんの方から提案があるかもしれないしさ」
「そうだね。ありがとう、武佐君」
素人なりに情報を集めていた武佐の言葉に元気を貰う焔火。この辺は救済委員として活動する荒我に様々な情報を齎す彼らしい行動と言えるだろう。
兄貴分である荒我も武佐の言葉を自身の活力に変える。舎弟の頑張りに応えずして何が兄貴分か。
「オイラがカウンセラーって単語を聞いて思い出すのは『塔川のメンタルカウンセラー』でやんすね。オイラ、一度彼に会ったことがあるでやんす」
「塔川って・・・『
シンボル』の仮屋先輩が通ってるスポーツ工学の学校だよね、梯君?第7学区にあって181支部が設置されてる・・・」
「正解でやんす、緋花ちゃん。『塔川のメンタルカウンセラー』は、オイラが肖像兄貴に再会する勇気をくれた人物でやんす。
スキルアウトを抜けた際に制裁を喰らった肖像兄貴と喰らわなかったオイラ・・・兄貴らしい人が第19学区で働いていると噂で耳にして、
会いに行くか行かないか迷っていたオイラを、偶然出会ったあの空手部主将は奮い立たせてくれたでやんす」
「俺も『塔川のメンタルカウンセラー』の噂は荒我兄貴のための情報収集中に何度か聞いたことあるよ。今じゃ他校生からも相談を受けてるらしいね」
「へぇ・・・『塔川のメンタルカウンセラー』か」
「へぇ・・・空手部主将か」
「・・・拳。貴方、今『拳を交えてみたい』って思ったでしょ?」
「あ、あはは」
彼女の冷たい視線に彼氏は引き攣った笑みを見せる。喧嘩上等喧嘩大好きな荒我の性格は、既に把握し切っている焔火である。
だが、そんな彼の友達から有益な情報を得ることができたのも事実。自分に活かせるか活かせないかはさておいて、耳にして損になることは無い情報である。
「おっ!?長話してる間に病院玄関が目の前に!?」
「わかりやすい誤魔化しどーも。まっ、そろそろ長話は切り上げ時かもねー。・・・・・・」
そうこうしてる間にも足は淀み無く進み、焔火達は精神病院前に到着する。いよいよ迎えたこの時を前に4人の体に緊張が走る。
不安、期待、他にも色々な感情が浮かんでは消えていく中、この中で一番感情が揺れ動いているであろう彼女の手を・・・
ニギュ!
「拳・・・」
「行こうぜ、緋花。診療に同席することはできねぇけどよ、俺は何時でもお前の・・・お前の『心』の傍に居るぜ」
「・・・うん!」
彼氏のゴツゴツした手が優しく掴む。彼の体温が・・・気持ちが彼女の『心』に伝わる。これ程の優しさを焔火は早々味わったことが無い。
彼となら・・・彼『等』となら乗り越えられる気がする。自分は独りじゃ無い。そのことを絶対に忘れないと胸に刻みながら少女達は病院へ歩を進めて行く。
「毒島さん。
毒島帆露さん。いらっしゃいますか?」
「うおっ!今から診療開始か」
「ちょっとゆっくり歩き過ぎたかな?私の番はもう少し後だけど・・・座るトコ全然無いなぁ」
「この雰囲気・・・正直ちょっと異様でやんすね」
「風邪とかじゃないからね。普通の病院とは勝手が違うんだと思うよ」
荒我達が受付に赴いた時には既に診療が開始されていた。見れば、焔火以上の高身長な女性が看護師の案内に従って診療室へ入って行く最中であった。
診療室は受付室付近や奥の方等幾つかあり、それぞれにカウンセラーやセラピストの各種資格を持つ医師達が患者の来訪を待っている。
席は患者で埋まっており、数分待っても一向に空く気配が無い。
「・・・仕方無い。すぐ呼ばれるし、このまま立って待つかな」
「大丈夫か?」
「これくらい平気。早くリーダー達の仕事も手伝いたいし、この程度でグダグダ言ってたら話にならないよ」
「えっ!?緋花ちゃん、もうしばらく入院するんじゃないでやんすか!?」
「梯君!声が大きいよ!」
「武佐君の声も大きいでやんす・・・」
荒我の心配気な問い掛けに答える焔火に、病院内であるにも関わらず梯が大きな声を挙げたことも無理からぬことである。
彼女は【叛乱】において色んなダメージを被った。冒されていた薬物の除去は済んだとは言え、全快では無いことは明白である。
「しない。数日中には退院するつもり。外的なダメージは通院レベルだし、精神的なモノはこれからお医者さんと相談して・・・かな。お姉ちゃんはもうしばらく入院が必要だろうけど」
「荒我兄貴・・・」
「俺も止めたんだけどよ、言うこと聞かねぇんだよ。なぁ、緋花?」
「・・・私にも色々あるの。それにさ、外傷より精神的ショックを重視された結果としてこの精神病院に転院するかもしれないんだよ?
病院や患者さんのことを悪く言うつもりは無いけど・・・この雰囲気の中で生活するのはキツいよ」
「「「・・・・・・」」」
焔火のか細い声に何も言えなくなる“不良”達。確かに、焔火の言は的を射ている。健常者の目から見て、目の前の光景はやはり異様というしか無い。
席に座っている者の多くが俯いたり、落ち着きが無かったり、付き添いであろう保護者(=教師)に何事かを延々と呟いていたり等、思わず目を逸らしてしまいたくなる光景である。
下手をしたら、症状が悪化しかねないと思ってしまう。焔火が不安になる気持ちもわかってしまう。
「・・・ならよ、緋花が退院したら俺達が緋花の寮へ毎日遊びに行ってやるぜ」
「えっ?」
「それは良いアイディアでやんすね」
「朱花さんが入院したままなら、緋花ちゃんは寮で1人ってことになるからね。ゆかりちゃんにも声を掛けてみようよ、荒我兄貴!」
「あぁ。皆で緋花を支えようぜ!」
「「了解(でやんす)」」
「皆・・・!!」
だから、皆のできる限りの力で
焔火緋花を支えよう。決して軽くない傷を負った少女を自分達の力で背負ってあげよう。
専門の医療行為において自分達にできることは殆ど無いだろう。ならば、それ以外のことで元気付ける。それが、彼女の力になることを信じて。
「焔火さん。焔火緋花さん。いらっしゃいますか?」
「ほら、呼ばれたぜ?行って来い、緋花。ちゃんと『待ってる』からよ?」
「うん・・・うん!行って来る!!」
看護師の口から少女の名前が出た。遂に彼女の精神的ショックを本格的に取り除く第一歩が刻まれる。
焔火は心強い仲間達に出立の声を掛ける。今できる精一杯の笑顔を見せながら。
「荒我君。余り病院の中をウロウロしちゃ駄目でやんすよ」
「つっても、あそこにずっと居るってのは気が滅入るぜ」
「緋花ちゃんの言うことももっともだよね。あの雰囲気の中にずっと身を置くのは精神的にキツい」
「だからと言って、ずっとトイレに篭るのはどうかと思うでやんす」
焔火が奥の方にある診療室に入ってから15分程が経過した頃“不良”3人組は病院に備え付けられている、あるトイレに篭っていた。
3人共小便器の前に立ち、用を足した後もずっとその場を動かずにいる。実は、彼等もあの精神病特有の雰囲気にどうしても慣れることができず、
こうやって受付から結構離れているトイレにまで退散して来たというわけである。このトイレは焔火の診療室から近い位置にあり、
『ちゃんと「待ってる」からよ?』と言った荒我にとっては何とも都合の良い“待合室”なのであった。
「荒我兄貴は、緋花ちゃんの退院について本当の所はどう思ってるの?」
「・・・本音を言っちまえば、姉貴と同じ期間くらいは入院した方がいいって考えてる。だが、アイツは頑なに拒む。その辺の本音をアイツは語ってくれねぇ」
「朱花さんも『しばらくは一緒に入院』って形の方が安心すると思うでやんすけどね」
「まさか、『朱花さんと一緒に居たくない』ってわけじゃ無いだろうし。どうしてだろう?」
「まぁ、俺達がどうこう言ってもしゃーねーよ。まずは医者に任せるしかねーよ」
議論はすれど答えは出ない。全ては、焔火の『心』が最優先される問題である。彼女が打ち明けなければ、こちらも取るべき手段を見出せない。
整理が着いていないのならば、着くまで待つもしくは着く手助けをするくらいしかできない。
「そんじゃ、トイレに篭るのもこれくらいにするか」
荒我の一声で約10分程のトイレ滞在も終わりを迎える。一応病院ということもあってきちんと洗面所で手を洗い、手を乾燥させる。
さすがに再び受付のあの異様な雰囲気渦巻く場所へ戻る気は無い3人は、今度は何処へ足を運ぼうかブツブツ呟きながらトイレの扉から出た。
ドン!
「きゃっ!?」
「うおっ!?」
その瞬間静かな廊下に響いた衝突音。先頭に居た荒我に俯きながら歩いていた少女がぶつかって来たのだ。
原因は少女の前方不注意。しかしながら、普段から喧嘩等で鍛えている荒我は自分と同じくらいの体格である少女にぶつかられてもこけるばかりか、
衝突によってバランスを崩した彼女を咄嗟の反応で抱き抱える程の頑強さ・反射神経の良さを見せる。
「・・・!!」
「荒我君!?」
「大丈夫!?」
「お、おぅ。俺は大丈夫だ」
梯や武佐の声に反応する荒我。この程度のことで傷を負っていては自身が慕う斬山に合わす顔が無い。
「それより・・・大丈夫かアンタ?ったく・・・普段から前を見とかねぇと事故に遭うかもしれねぇぜ?」
「・・・!!!」
荒我は舎弟に無事を伝えながら己の腕の中で驚愕に顔を染めている少女に無事の確認と前方不注意に関する注意を行う。
しかし、少女は荒我の言葉など聞いていない。今少女の頭の中を占めているのは、『“不良”の腕に自分が抱かれている』という事実である。
「あの娘、すごく綺麗だね。モデル並みのプロポーションだ。フフッ」
「あぁ・・・また、武佐君のナンパ師の血が騒ぎ出したでやんす」
「ッッ!!!」
自身の体型に言及した男の声の方へ視線を向ける少女。彼女は見る。ドレッドヘアーにマスクをした“不良”と金髪スポーツ刈りな“不良”の姿を。
「おい。どうしたんだよ?・・・うん?アンタ・・・さっき受付で見たような・・・」
そして、改めて自分を抱く“不良”を瞳に映す。リーゼントスタイルに髪を纏めている傷多き少年を。
目の前の少年は怪訝な視線を自分に向けるが、少女は彼の疑問に応える余裕は一切無かった。あるのは“悲劇”という名の・・・記憶。
『嫌あああぁぁぁっっ!!!』
少女の悲鳴が木霊する。
『国鳥ヶ原生か・・・悪くねぇ。オラッ、暴れんな!!』
“不良”面を全面に出した暴漢の苛立たしげな声が劈く。
『うるせぇな。黙れっての!!』
己の瞳を汚す鮮血の噴出音が鼓膜を震わせる。
「(ッッッ!!?)」
「(何でやんすか、この声は!!?)」
「(これは・・・俺の『思考回廊』と似た精神系能力!!?)」
突如脳内を巡る『音』に“不良”3人組は混乱する。決して幻聴などでは無いリアルさを有する『音』。3人の内2人は無能力者であり、
残る1人も『音』だけでは無く脳内に思い浮かべた『映像』なども送信できる精神感応能力者である。
そもそも、ナンパ師である彼が暴漢のような真似を行う筈も想像する筈も無い。ならば、誰がこの『音』の発信源なのか。
「や・・・やっ・・・い・・・や・・・いや・・・・・・」
心臓の鼓動が早くなる。脂汗が噴き出てくる。自分が何を喋っているのかすらわからない。故に、『大衆念話』という念話能力を有する彼女―発信源―は能力による感情の吐露を意識せず行う。
そうすることで、少しでも忌み嫌う“悲劇”の記憶から逃れようとするように。
『助けて・・・「拳」』
だが、“悲劇”は少女に纏わり付いて離れようとしない。現実から目を逸らす余りに後遺症を患った今の彼女にはどうやっても離せない記憶が・・・
『心』の奥底に眠らせていたあの時の光景が・・・自身の肉親の存在をも忘れる程の衝撃を味わらされたあの“悲劇”が、まるで新たな産声を挙げるかのように少女―毒島帆露―の中で“暴走”する。
「嫌あああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっ!!!!!」
「なっ!!?」
「嫌!!!嫌!!!離して!!!離してえええええぇぇぇっっ!!!!!」
「お、落ち着くでやんす!!!オイラ達は何もしないでやんすよ!!!」
「まさか・・・彼女もここの患者!!?」
「何してるの、あなた達!!?」
「マズいでやんす!変な誤解が生まれそうなシチュエーションでやんす!!」
「荒我兄貴!!」
「んなことより、今はコイツを落ち着かせねぇと!!おい!!落ち着けって!!!」
「嫌ああああああああああぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!!」
錯乱、狂乱と形容してもよい帆露の取り乱しっぷりに驚く荒我達へ、少女の悲鳴を耳にした看護師達が足早に近付いて来る。
状況的に、今の構図は『“不良”である荒我達が帆露へよからぬことを敢行しようとした』という誤解を受けても仕方無いモノであった。
看護師の付き添いの元帆露が処置室へ向かった後荒我達は必死の説明を行い、偶々近くを通り掛かった男性の証言等もあって何とか病院側の誤解を解くことに成功するに至ったのである。
「今・・・の、は?」
「・・・・・・」
焔火の震える声を聞いて少女のカウンセリング等を担当する心理療法士は詰めていた息を軽く吐いた。
焔火が受けたショックから、少女を担当する医師もまた女性であった。彼女はこれまで幾度と無く性犯罪に関する症例と向き合って来た。
今も尚彼女を頼ってこの精神病院へ足を運ぶ患者は多い。そんな彼女はすぐに察した。『今』のは、自分が去年から担当している患者が起こした“暴走”だと。
「・・・久し振りの発作ね。これは、私も行かなきゃいけないかな?」
「あ、あの!」
「うん?」
「今の声は・・・『音』は何ですか!?『国鳥ヶ原生』って単語も・・・いや、それよりあの下衆な声は・・・・・・ま、まさか!!」
確信に近い予感。自分に被害を与えた“性別”は違えど、今の『音』から連想するのはある事柄しか無い。
「患者のプライバシーに関わることなので私の口からはお答えできません・・・とは言え、あなたは風紀委員なのよね。なら、気になっても仕方無いか」
「は、はい!!」
「それ程知りたければ風紀委員として自分の手で調べてみなさい。今あなたが語った自分の抱える『問題』を放り出して・・・というのならオススメしないけど」
「うっ・・・」
「これでも、色んな性犯罪の後遺症を抱える娘達を見て来たわ。私自身『そんな』経験は無いから、中々患者さんに響かないことも多くてね。
だから断言してあげる。もし、この件に関わるのなら相応の覚悟が必要になるわよ?どうせ、今の感じなら私が止めてもあなたはきかないだろうし。
後でしっぺ返しを食らいたくなければ、せめて自分の『問題』を解決する確固たる意思を持った後にしなさい」
「先生・・・」
「今はまだ逃げてもいいわ。逃げることは、決して悪いことだらけじゃ無い。でも、逃げ続けても駄目。・・・あの娘は今も逃げ続けているわ。
私が提案した『EMDR』をずっと拒否しているのもその表れ。患者の負担も相応にあるから拒否する選択はあっても良いのだけど。全てはあの娘次第というのがやはり難しい所よね」
この直後、診療室へ駆け込んで来た看護師から事情を聞いた女性医師は焔火に断りを入れながら診療室を後にする。
診療自体はあらかた終わっていたこともあって焔火に不満は無かった。そして、少女はその時慌てていた看護師からある少女の名前を確と聞いた。
『音』の主であろう女性の・・・毒島帆露の名前を。
「これからも姉さんを頼みます」
「あぁ。君も体だけは大事にね」
「はい」
黒色のパーカーにバンダナ・サングラスによって顔を隠した少年が、
国鳥ヶ原学園高等部の女子学生寮を管理する男性へ封筒を渡す。
2人は見知った仲であり、それなりに親しい言葉遣いで二言三言言葉を交わした後に少年の方が寮から立ち去って行く。
「ふぅ・・・半月・一月に1回ペースのこのやり取りもすっかり慣れてしまったな」
寮監は少年の後姿を複雑な思いで見やりながら、手に持つ封筒の重さを実感する。それなりの重さを感じる封筒の中身・・・それは金。
彼は、ある事件によって深い傷を負った肉親の治療のためにどのような手段を用いているかは知らないが月に1、2度のペースで寮監へ金を渡していた。
「こんなことを言っても仕方無いのだろうが、実の姉に『忘却された』弟というのは果たして如何程のやるせなさをその『心』へ刻んでいるモノなのだろうか・・・悲しいな」
独り言を呟く寮監の脳裏に浮かぶのは、退院して寮に帰って来た姉に突如気味悪がられて追い払われた弟の姿。
入院時には発症していなかった追想障害を急に発症した姉の狂乱振りに尻餅を付き、信じられないと言わんばかりの表情を浮かべた少年の姿は今でも忘れられない。
こうして彼が自分へ金を渡して去って行くのも、偏にその時のショック故であろう。
「“吠える闘犬”は潰したが・・・今回も手がかりはゼロ・・・・・・か」
寮監に自分で定めたノルマの札束を渡した少年・・・帆露の弟である
毒島拳は静かに、ゆったりと次の狩りのために必要な“戦意”を昂ぶらせて行く。
『霞の盗賊』の立ち上げ人として、必要な治療費を稼ぐために今日も彼は修羅の道を歩んで行く。
そう・・・全ては深い傷を負った姉のために。だが、彼は気付いているだろうか。自身が―血を分かつ姉さえも―起きた現実から目を逸らしている事実に。
例え、元凶を討ち取ることが叶ったとしても・・・それで姉の傷が完全に癒されるわけでは無い当然の事実に。
焔火緋花が直面している『問題』と類似した『問題』からかつて逃げ出し、今も逃げ続けている毒島姉弟。2人が本当の意味で前を向ける日が訪れるのは・・・果たして何時か。
「・・・姉さん・・・もう少しだけ待っててくれよ。姉さんを酷い目に合わせた野郎を・・・俺の手で必ず」
continue…?
最終更新:2014年01月14日 21:30