イギリスは1日の天気が変わりやすい。1日のうちに晴れていると思ったら、いきなり雨が降り、めまぐるしい気温の変化がある。1日中雨が降り続けるようなことは滅多にないが、数時間雨が降るようなことだって珍しくない。
イギリスの首都であるロンドンも例外ではなく、今まさに土砂降りであるにもかかわらず傘を差さない男が墓地の前に座り込んでいた。

黒いジーンズに濃紺がかった青いYシャツに黒いベスト。そして鎖着きの首輪をしている。鎖の先にはルーン文字が刻まれた青い石のアクセサリーがついている。
見様によってはパンクファッションの一環か、少しアレな性癖の人間か……とにかく墓地の雰囲気にふさわしくない様なそんな男だった。
銀髪青眼の顔付はどこか思い出に浸っており、寂しげな雰囲気を漂わせていた。

「そんなところに座り込んでいると風邪をひくぞ、馬鹿弟子。」

黒い長髪を後ろで束ねており、左目の下に泣き黒子に官能的な厚ぼったい唇を持つ女性だった。
女性にしては178㎝と長身で逞しくがっしりとした肉体。ファッションは黒のライダースジャケットとライダースパンツだった。
彼女は座り込んだ男に降りかかる豪雨を傘で遮る。その雰囲気から二人の関係は恋人同士では無く『教師と生徒』と言ったようなものに近かった。
彼女の名はサラ=エテラヴオリ必要悪の教会において新人魔術師の育成・精鋭メンバーの更なる強化も担当している鬼教官だった。

「師匠?どうしてここに?」
「どうもこうもあるか。弟子の悩みに気付けなくて何が師匠か。ま、最もお前は悩みとかとは無縁の人間だと思ってたんだがな。何せこの私の弟子でありながら恋愛をこなすというハードスケジュールをこなしていたんだからな。」
「……気づいていたんですか?」
「当たり前だ。で、何に悩んでいるんだ?私で良ければ訊くが?」

サラの言葉の後に、男は応える事は無くただ大粒の雨が地面を打ち付ける音のみが響き渡った。

「……ま、言いたくないのなら言わなくていい。」

そう言い放ったサラは、内心呆れ果てていた。
この男はお人好しで気苦労が絶えない。「人に構いすぎて自分が損をする」、そういうタイプの人間だった。
こんな甘い男に少し影響を受けてしまった自分にも、彼女は呆れていた。

「それよりも本題に入るぞ。」

そんな自分たちを矯正するように、彼女は目の前の弟子に要件を言いつける。










そう言われた男、―――――――――――――アーノルド=ストリンガーは立ち上がった。


◇     ◇     ◇     ◇    ◇ 


時間は少し昼を過ぎた頃。必要悪の教会の女子寮にて。

「あー、お腹いっぱい!!オルソラの作るご飯は本当美味しんだよねー。」

そう、元気いっぱいに呟きながら廊下を歩く少女がいた。
少女は18歳くらいで160cm程の背丈だった。
服装はランジェリー系の衣服とデニムホットパンツ、黒のニーソックスで屋内で優雅にダンスを踊っているよりは、屋外で元気に走り回っている方が相応しい、開放的な雰囲気の美少女だった。
しかしながら、その右腕は義手。鋼鉄とも生身とも判別のつかない奇妙なフォルムだ。健康的な色の肌にはあちこちの傷痕が目立っている。
少女、――――――マティルダ=エアルドレッドは午後の予定を考えながら廊下を歩いていた。



ドッガラガッシャーーーン……!!

そんな考えは大きな物音で吹き飛ばされた。しかも恐らく音源は自分の知り合いの部屋だ。
駆けつけてみるとドア越しに「助けてー」と気の抜けた声がしていた。ノックも無しにドアを開けた。

「―――なにやってんの、リオ?」
「あぁ、マチか。いやー片づけようって思った矢先雪崩起こしちゃってさ。手伝ってよ。」

雪崩を起こした張本人は一纏めにした長い黒髪で藍色の眼を持つ、情熱的な印象と官能的な印象を与える女性だった。
名前はリオ=ホーストン。必要悪の教会の魔術師――――――――――つまりはマティルダの同僚だ。
そんな彼女は本やガラクタ、空き瓶の山に埋もれながらマティルダの愛称を呼びながら助けを求めていた。
これで午後の予定は同僚の片づけで潰れそうだ。
ふと、マチが視線を落とす。そこにはいかにもマチが興味を引きそうな代物があった。

「ねぇねぇ、リオ。この剣どうしたの?すごい業物っぽさそうだけど。」

マチが興味を示したものは全長80㎝程の片手剣。北欧に古くから伝わるヴァイキングソードだった。
そう、マチは戦いが好きだ。それも三度の飯よりも好きだった。
年頃の女の子は恋や洋服なんかが好きだが、マチはそういったものよりも強い相手との闘いが好きだった。

「あぁ、コイツはオズが使ってた霊装でね。要らないって言うからアタシがもらったんだ。」
「オズ君が?そういえばオズ君剣使ってたなー。これなんて霊装?」
「あぁ、コイツは北欧神話のサガの一つの、たしか―――――――――――――――――――」

そうやって片づけの時間は思い出の品を振り返る時間に変わっていった。


◇      ◇       ◇       ◇      ◇


僕は偽物だ。
僕は、醜い。
僕は、紛い物の、戦士。戦士の出来損ないだ。






















「ハァアアア!!」
「―――――――ッ!!」

思案している一人の少年に、朱色の、高温の流体が打ち込まれた。
咄嗟に我に返る少年はすぐさま防御態勢をとる。
防ぐための道具は盾はなく、腕。しかもその腕は普通の腕では無く鱗で覆われていた。
否、鱗が覆っているのは腕だけではない。少年の顔を除いた全身が鱗で身を固めている上に、背中には翼、更には尾まで生えていた。
その鱗の鎧で覆われた腕を振るい、迫る赤熱を薙ぎ払った。その鱗の籠手からは熱による蒸気が出ていた。
しかし薙ぎ払われた高温の流体は少年からから離れ、もう一人の男の方へと集まっていった。
ジーンズを穿き、ポロシャツの上から胴体と両腕を覆う簡易な鎧を装着しており、ウェーブのかかった髪の毛を後ろで一本にまとめている男だ。
男の名はオージル=ピサーリオ。高温の流体の正体は彼の霊装である『屠殺者(アラードベイル)』だ。
オージルは元通りの穂先となった『屠殺者』を構える。

「………やめだ。やめやめ。」

そしてすぐに臨戦態勢を解いた。

「はい?」
「だからやめだって言ったんだよ、オズ君。」

練習試合の最中に臨戦態勢を解かれ、オズ―――――、オズウェル=ホーストンは呆気にとられていた。

「え、オージルさん?何で急に?」
「オズ君、君何か考え事していただろう?」
「え……!!」

そう、オージルに内心を突かれオズは口籠るしかなかった。

「目の前の戦いに集中しないで殺し合いをするなんて無謀にも程があるよ。そんな状態で必要悪の教会の戦闘員が務まるのかい?」
「う。そ、それは……。」

オージルは槍を納め、毅然とした表情でオズウェルに問いかける。問われたオズウェルは口籠ることしかできなかった。

「…――なーんて、堅っ苦しい事は無しだよ?」
「はい?」
「考え事があるのなら、とっとと話して解決するに限る。ま、どうせマチちゃんの事だろう?」
「な、なななななななななにを言って……いや、違うんです。」
「うん?君心変わりでもしたのかい?他に好きな人が出来たとか?」
「そういうことじゃなくて!!……あぁ、もう馬鹿らしくなってきたなぁ。」

悩んでいるオズウェルに対して、あくまで飄々とした態度でいるオージル。そんなオージルのおかげで少し気が晴れた様子でもあった。
オズウェルは自身に使っている術式、『幻獣の狂戦士(ファンタジア=ベルセルク)』を解除する。
自身を覆っていた鱗は分解され、包帯の如き形状になる。鱗に鎧の下に着ていたのは、灰色のYシャツに黒のベスト、そして黒いスラックスと戦士とは程遠い、紳士的なものだった。

「あのですね、僕が悩んでいるのは……まぁ、マチさんが関わってるのは確かなんですが……。」

オズウェルはその胸の内をオージルに話す。それで少しは気が楽になるかもしれないが、結局はどうにもできない。結局は他人に解決することなんてできない。
これはオズウェル自身の問題なのだから。


◇      ◇       ◇       ◇      ◇


ロンドンの一角にあるカフェ、『ティル・ナ・ノーグ』。
店名である『ティル・ナ・ノーグ』の由来はケルト神話に出てくる楽園。海神にして妖精王マナナン・マクリルが統治している、妖精たちの棲み家でもある。
一方、カフェ『ティル・ナ・ノーグ』は激務に付かれるビジネスマンや試行錯誤を続ける魔術師にとっての楽園である。
その中にいるゴドリック=ブレイクはここのバイトであり、一人の魔術師でもある18歳の青年だ。
彼はポツンとレジで本を読んでいた。ちなみにタイトルは『アリスのおいしいお茶菓子の造り方』。魔術的な関心では無く、趣味の料理の為に読んでいる。

カラン。と扉が開く音がした。
ゴドリックと同い年くらいの、長い金髪を一纏めにした青目の男だ。
黒のジャケットにラフなYシャツ、ジーンズを着ているが、一番特徴的なのは深紅のマフラー。其処には真鍮色の太陽がプリントされていた。

「いらっしゃいませ。こちらの席へ。」

ゴドリックはすぐ様バイトの役目を果たすために接客を始める。男はゴドリックに誘導された席に座った。

「じゃあ、この……アヴァロンセットってのを一つ。」
「解りました。」

メニューをみて男が一つのセットを注文する。
それから約10分。ゴドリックが男にアヴァロンセットを持ってきた。
セット名に冠されたアヴァロンとはアーサー王伝説に出てくる楽園。致命傷を負ったアーサー王が癒しを求めて渡り最期を迎えた地でもある。
このアヴァロンはティル・ナ・ノーグを原典としているという説もあり、美しいリンゴで名高い楽園であった、ケルト語で『リンゴ』を意味するとされるという伝承がある
そのことからだろうか……アップルティー、リンゴ味のシャーベットが添えられたアップルパイ、アップルソースのたっぷりかけられたローストチキン……とにかくリンゴたっぷりだった。
そんなリンゴ尽くしのセットを黙々と食べ、食後のアップルティーを楽しんでいた。

「魔術師がカフェをやってるなんてね。」
「ん、あんたも魔術師か。」
「うん。とある魔術結社に入っている。君は見たところフリーランスのようだけど、まさか……」

急に男の眼差しが変わる。眼差しの温度はどんどん低くなっていく。
『日常』から『非日常』へと、血みどろの魔術師の世界へと変わっていく。
それに釣られてゴドリックもまた臨戦態勢に入っている。レジの下にある彼の霊装『灼輪の弩槍(ブリューナク=ボウ)』を準備する。
男は相変わらず動きを見せないままだ。魔術師の目をしたまま、唇を動かした。





















「料理を振舞うために魔術師になった……ってとこかな。」
「なら今頃コックにでもなってるわ!!」

シリアスな表情のままであまりにも的外れなことをいう男に、ゴドリックは思わず突っ込みを入れてしまった。

「そうか。なら普通に依頼とかも出来るんだね。」
「まぁ……そうだけど。なんか依頼でもあるのか?」
「ないよ。」
「ないんかい!!?」

男は即答するとアップルティーをまた一口飲む。口の中の液体をすべて胃袋へと送った後、また一言。シリアスな表情のままゴドリックに話しかけた。

「君はツッコミが上手いね。」
「誰のせいだと思ってますかっはあ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”!!!?」

表情はシリアスなムードを保っているにも拘らず、男は余りにもマイペースな発言を繰り返す。もしかして天然なのだろうか。
そんな男に対してツッコミの最後で奇声を上げるゴドリック。
普通の人間なら急に奇声を上げるわけがない。ちゃんとゴドリックなりの理由があった。

「コラ、ゴドリック!お客様に向かってなんて口の訊き方してるの?」

蜂蜜色の髪に緑色の眼を持つ、白いワンピースを着て、黄色のエプロンを着けた女性が後ろに立っていた。
左頬には傷痕がある。惨い裂傷がはっきりと残っている。しかしその傷すら霞む様な快活さを、女性は持ち合わせていた。

「ジュリア、何てことを…してくれるんだ。幾らなんでも股間を蹴り上げるなんて、どうして、そんな……」

そう、ゴドリックが奇声を上げた理由は、ジュリアがゴドリックの股間の紳士を蹴り上げたからである。男性からしたらどんな拷問よりも惨い。下手したら将来に関わる一撃だった。
今現在ゴドリックが倒れ込み泡を吹いていることからその威力が漂ってくる。

「全く……申し訳ありませんお客さ、ま……?」

ジュリアが謝ろうとして、男の方を振り返る。そして不思議そうな表情をした。

笑っていた。
ゴドリックに対する嘲笑ではない。何かを懐かしむ様な、そして少し羨望を込めた。
男はそんな表情をしていた。

「いや、済まない。貴方たちは本当に仲がいいんだな。まるで姉弟、いや、カップルのようだ。」
「「な!!?」」

よろよろと立ちあがるゴドリックに、その隣に立つジュリアに向かって、男は平然とすごい発言をする。

「ちょ、カップルって……って痛い痛いジュリアギブギブ!!」
「やだ―――お客さん、そんなお世辞言ったってなんも安くなりませんよぅ!!」

羞恥心からだろうか、ジュリアはバシバシとゴドリックの背中をたたきながら顔を真っ赤にしていた。

「じゃ、僕はこれで。お代はテーブルの上に。邪魔して悪かったね。」

男は終始自分のペースを崩さないまま、そしてゴドリックとジュリアのペースを崩しっぱなしのまま店を後にした。


◇      ◇       ◇       ◇      ◇


――――――――――――それから、2日後。

アイルランドの首都、ダブリン郊外の教会。
礼拝堂の隣には一つの巨大な円卓が備えられた会議室があった。剣や槍、弓で戦うためではなく、言葉で戦うために設けられた部屋。
燦々と輝く日光が部屋にいる人間を照らしている。
そのうちの一人、陽光に背を向けていた人間は、2日前にカフェ『ティル・ナ・ノーグ』にいた男だった。
その男はアタッシュケースを置く。ゴトリ、と重厚な音は古めかしい円卓の上に置かれることで、座ってる人間の注意を引き寄せた。

「皆さん。今日はこの場に集まっていただき、感謝します。」

そうして円卓に座っている人間に、男は自身の言葉を響き渡らせる。
同時に、男が槍を取り出す。
唯の槍では無く、5つの穂先を持つ、全長170㎝程の長槍だ。黄金の輝きを持つそれは陽光に照らされ、更に輝きを増していた。

「とうとう、計画を実行に移す時が来ました。」

長い金髪を後ろに結んでいる男だった。幼い顔つきだが、実年齢は18歳。自身で考える事が十分にできる年齢だ。
服装は黒のジャケットにラフなYシャツ、ジーンズ。『ティル・ナ・ノーグ』を訪れた際身に着けていた、深紅の太陽が印象的なマフラーは着けていなかった。










「このエドワード=ハント。必ず皆さんの強欲を叶えて見せましょう。」

冷酷な笑みで、エドワードは円卓に槍を突き刺した。

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最終更新:2014年01月25日 22:15