セバスチャン=ボールドウィン。
2m程の背丈でウェーブのかかった髪型をしており、ダークスーツを着た強面の大男だ。
しかしそんな厳つい外見とは裏腹に意外とフェミニスト。滅多な事では物怖じしない性格で、ときどきウッカリな部分も持ち合わせているというお茶目?な部分もある。
しかも
必要悪の教会でも有名な親バカであるのだ。
「…………彼が、ですか。」
殺害命令を下された魔術師の名前を聞いて、どこか渋ったような顔つきになる。
セバスチャンの娘はハーティと同じくらいの年齢で、そのせいかどうかは分からないがハーティの服装よく注意しておりもっと肌を隠すよう言い聞かせているのだ。
ハーティからすればいい迷惑だったのだが、どこか腑に落ちない自分がいるのも事実だった。
「そうよ。けど殺すのはあくまで“今回の事件”と関わりがありける場合よ。私とて杞憂であることを祈りけるのよ。」
そう、ローラは白磁製のティーカップの中の紅茶を飲み干す。
古びた木製のテーブルに置かれたティーカップは、さながら裁判官が打ち鳴らす小槌の様な厳粛な音を響かせた。
「さぁ、任務の時間なるのよ。」
ローラは女帝の如き笑みを浮かべながら、四人に命じた。
“あの日垣間見た光景”を思い浮かべながら、権謀術数を張り巡らせながら。
女帝は駒を戦場に送り出す。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「神様。」
荘厳な教会の礼拝堂で、少女は祈る。
栗色の髪の毛に緑色の瞳。
制服は所々煤けており、袖が解れており、ボロボロだった。
少女が祈る理由は恐怖。恐怖心はその根源を脳裏に甦らせる。
木を練り込んで作った様な槍を持った、目元を隠し、悲壮感を漂わせている森の亡霊を連想させる男。
赤い鋼鉄の馬に乗って、せせら笑いながら自分を見る、人の命を何とも思ってない残忍な雪の精霊の如き少女。
5つの穂先を持つ黄金の槍を持った、無表情なのに、まるで怒り狂う様にどす黒いフレアを噴き上げる太陽の如き男。
「神、様……神様ぁ………。」
少女は祈る。
なぜ、自分がこんな目に合わなければならないのかを問いながら。
手の中の十字架を強く握りしめながら。
「エミリア。」
捧げている祈りを思わずやめ、エミリアと呼ばれた少女は振り返る。
「司教様……。」
司教、と呼ばれた人間は身長180cm弱の壮年の男性で、口には微笑を浮かべている。
「大丈夫だよ。此処は神聖なる父の家。あの悪魔達はここには入ってこれない。」
「あの、パパは?パパは私の唯一の家族なんです。ケータイもアイツらに壊されて、それで。」
「あぁ、心配には及ばない。私が連絡をつけておいた。直、君を迎えに来るそうだ。」
そう言われたエミリアは僅かながら、笑顔を取り戻す。心の中に得た微かな安堵は、暗闇を照らす強い光の様だった。
微笑みを浮かべたまま、司教はエミリアに語りかける。
司教はポケットから銀貨を取り出す。
取り出された、錆一つない銀貨は不思議そうな顔をしたエミリアの掌の中に落ちる。
「これを君に差し上げよう。」
「これは……?」
「私個人の大切なお守りだ。敬虔な十字教徒である君だからこそ渡すんだ。私は君を信用しているよ、エミリア=ボールドウィン。」
「はい…。はい、ありがとうございます司教様!!」
「さぁ、祈りなさい。その喜びを神に感謝するんだ。」
「はい、ありがとうございます!!」
そうして再びエミリアは祈り続けた。
司教はそんな彼女を満足そうに見ながら、礼拝堂から出た。
「いや、いい娘を持ったな。日頃から自慢するだけあって、本当にいい娘だよ。」
鷲鼻が特徴的な老齢の男が通信用護符を通して話していた。
「≪本当に、従えばエミリアを解放してくれるんだな。≫」
「大人しく従えば、な。期待してるよ。セバスチャン=ボールドウィン」
そうして、鷲鼻の男が一方的に通信を切った。
エミリアに銀貨を渡した司教が、鷲鼻の男に近寄り話しかける。
相手を値踏みするような目をしており、口には微笑からは親愛の情は全く何も感じられなかった。人によっては人間の姿をした寄生虫と例えるだろう。
先程、エミリアに対して優しい態度をとっていた人物と同じ人間だとは思えないほど冷徹な人間だった。
「あぁ、全くだ。
グレゴリー=ガーランド司教。それにしてもさっきは“素晴らしいプレゼント”を渡してくれたものだがな。」
「あぁ、実に素晴らしい贈り物なんだよ。あれは。」
二人の司教は策略を重ねながら、イギリス清教からの増援を迎えるために準備していた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その日の夜。
「ここが、魔術結社『至高の獣を得る者』の本拠地ですか。」
「『最強の魔術生命体を作る』為に存在する魔術結社。―――――――つまり、私の相手にぴったしな魔術生命体がいるかもってことよね!!」
シャチの如き背鰭と尾鰭が生えた姿のオズウェルが魔術結社を眺め、戦闘態勢に入ったマチが準備体操をしながら期待を胸に募らせる。
「そういえば、オズ君って剣の霊装を使ってたんだよね?」
「え。そ、そう言えばそうでしたね。」
「どうして剣をやめて今の戦闘スタイルに変えたの?」
「そ、それは………、拳で戦う道に憧れたというか…………。」
マチに自身がかつて使っていた剣の事を言われて、オズはしどろもどろに弁解するしかなかった。
「オズ君?どうしたの?」
「……………いや、なんでも。いきましょう。」
マチがオズの事を不安そうに見上げる。下から見上げるマチの顔にオズは一瞬、顔を赤くするが、直ぐにマチに返事をした。
「(僕は本当に、難易度の高い人に一目ぼれしてしまったなぁ。)」
以前、バルバラに「アンタが惚れた相手は相当難易度高いわよ」と言われたのを思い出した。
しかし、それも今だけは不要なものだ。
マチに抱く恋心。自身の悩み。
「(結局、紛い物の戦士の自分をどうにかできるのは自分自身だけなんだ。)」
その言葉を最後に戦闘に不必要な感情全てを心の奥底にしまい、突入した。
「なに、これ?」
「これは……?」
結論から言えば無人だった。
魔術結社『至高の獣を得る者』の本拠地は廃墟を基に改造されており、彼らの目的である『最強の魔術生命体を作る』を果たすためにそれなりの準備が整えられた場所であった。
何らかの魔術的処置が施された培養器の様なもの。魔術生命体を捕える為の檻。水棲の妖精を再現した時に必要になるであろう水槽。
そんな設備の整った施設には今も魔術生命体作りに励んでいる魔術師がいてもおかしくない。奇襲であるならば尚更だ。
しかしそんな魔術師は独りもいなかった。誰一人いなかった。
マチやオズが驚いているのは其処では無く、大量にぶちまけられた血痕。床に転がり、倒れ臥した死体。人間のみならず、魔術生命体の物もチラホラある。
あまりに凄惨な光景や漂う血生臭さにマチやオズは唖然としていた。
「雨……?」
オズは身体が濡れるような感覚がした。
床に溜まった血の水溜りには波紋が出来ていた。一気にバケツの中の水を被せられる様な感覚では無く、霧の中で徐々に濡れていくような感覚だった。
「なんだろ、これ。血生臭さとは違う別の臭い……。」
「この臭いは、酒ですね。」
「ほえ?オズ君お酒とか飲んでたっけ?」
「い、いや!!たまに姉さんの酒盛りに付き合わされてるだけで決した自分から進んで飲んでるわけじゃ……。」
突如。
オズは言葉を詰まらせた。
次に跪いた。その時に跳ねた水溜りの音で、マチは振り返ってオズの方を見る。
「オズ君、後ろ!!」
マティルダ=エアルドレッドは見た。跪いたオズの背後辺り。その上空から一人の人間が降ってくるのを。
その人間が剣のようなものでオズを斬り殺そうとしているのを。
「ラァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
オズは振り返ることもせずに、身体を動かし斬撃を躱した。
斬撃を躱され、手応えを得られなかった男はイラついた表情で二人を見据えた。
「チッ、外したか。」
金髪にそめた、ウルフカットの青年。顔立ちから東洋人、恐らく日本人だろう。
身長は高く、細いがしっかりとした体つきだ。
腰には鞘とペットボトルを備えており、右手には刃渡り80cmの日本刀が握られていた。
「俺は
鬼島甲兵(きしま こうへい)。
イルミナティって組織で幹部をやっている。」
「身体が、痺れて……。お前何をしたんだ………!?」
「コイツだよ。」
そう言って、鬼島はペットボトルを二人の足元めがけて投げる。ペットボトルは空で液体は一滴も入ってなかったがそこから漂う臭いはアルコール特有の物だった。
「『神便鬼毒酒』っていう霊装だ。酒呑童子っていう化け物を殺すために用いた道具の一つだ。
簡単に言っちまえば『人外』を弱める力を持つ。つまり手前見てえな化け物相手にはぴったりの霊装って訳だ
…………なあ、オズウェル=ホーストン!! 」
鬼島は標的をオズ一人に狙っている。傍にいるマチには目もくれず、初対面のはずのオズの名前を叫ぶ。
「なんで、僕の名前を?」
「そんなのどうでもいい。俺は人外を切り刻んでぶっ殺せば……それでいいんだからなぁああああああああああああああああああああああ!!」
そう言って鬼島は刀を振り被り、オズを斬り殺そうとする。オズは痺れる身体を鞭打ち必死に躱す。
「オズ君!!」
マチが加勢しようと、義手型霊装『螺旋の腕』を起動させ、風を纏わせる。
「っと、オメェには用が無いから。ホレ、お前たち。」
鬼島が面倒臭そうにマチを一瞥しながら手下を呼ぶ。この魔術結社を殲滅するのにかき集められた、イルミナティの構成員だ。11人はいる。
構成員は炎を纏う剣や、水を操る槍、雷撃を放つ弩。地を隆起させる斧。様々な霊装を持ってマチに襲い掛かる。
「マチさん!!」
「お前の相手は、この俺だ!!」
今度は突き刺してくる。一流の剣士であるその動きでオズを傷つけていく。
ギリギリで躱せているのはオズが人外の身体能力を得ているからだった。
防御重視の形態である『フォルム《オルク》』でさえ一流の剣士たる鬼島の必滅の一撃を逃れている。
「(でも、おかしい!!さっきから僕の表皮に触れている筈なのに!!)」
オズウェルが今とっている形態はフォルム《オルク》。起源は
シャルルマーニュ伝説に登場する海の怪物オルクだ。
刃物を通さない鱗を持っていたことからその体は鉄より硬く、刃物限定で武器破壊の効果も持つ。
鬼島が持ってるのは日本刀。れっきとした刀剣類だ。
にも拘らず破壊どころか、刃毀れすら起こす気配も無い。
「不思議そうな顔してるなぁ?お得意の刀剣破壊ができないってか?」
その口ぶりでオズは確信する。鬼島はオズの顔だけではなく魔術の内容すら把握していることだろう。
「なんで、僕の魔術を知ってる、いや何故僕の武器破壊の効果が発揮されない?」
息切れをおこし、ズタボロになりながらオズは鬼島と距離をとる。そのうえさっきから痺れが取れるどころかじわじわと体を蝕んでいた。
「あぁ、それはこの霊装のおかげだ。霊装『童子切安綱』のな。」
『童子切安綱』。
大江山の鬼・酒呑童子を討ち果たした、天下五剣と呼ばれる名刀だ。
その性質は「鬼殺し」。転じて「人外殺し」。
人の形に似ながら人ではない存在に対して、「人ならざる要素を壊す」という致命的な効果がある。例えば日本の代表的な怪物の鬼は「頑丈な外皮」「圧倒的な膂力」をもっているが、この霊装で切られるとそれらが失われるか、大きく弱まってしまう。
「コイツはレプリカなんかじゃねえ。正真正銘のオリジナルだ!!
そのうえ『神便鬼毒酒』には『ヒト』の能力を強化する性質がある!!テメェ見てえな格上の人外をぶっ殺すのにこれ以上最適な霊装はねえ!!」
つまりオズの『切り札』である形態以上の防御力であっても、武器破壊能力であっても、この刀にオズが打ち克つ方法は無い。
他の形態であるならば遠距離攻撃も出来ただろうが、このフォルム≪オルク≫には遠距離攻撃の機能は無い。
この言葉にしなくても人外への憎しみをあらわにしている男がそうそう形態を変えるチャンスを与えてくれるはずも無かった。
つまり相性最悪な相手に、何の対策なしに挑んでしまったのだった。
「さぁ、分かったらとっとと斬らせろこの化け物ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
そして一気に距離を詰め。
「がはっ……。」
右肩から一気に袈裟切りにされてしまった。
飛び散る鮮血はまるで噴水の様で。
それが自分の血だという事に現実味は無くて。
そしてそのまま血だまりの上に倒れてしまった。
「は。まぁこんなもんだ。」
「鬼島さん、こっちも終わりました。」
構成員たちが鬼島の元へ近寄ってきた。ズタボロになったマチの髪を掴みながら。
マチは命に別状はなさそうだったが完全に気絶していた。
「おう、そうか。そいつはどうなってもいい。持ち帰ってなんかの実験台にでも……。」
鬼島が言葉を止める。足に違和感を感じる。弱弱しいながらもしっかりと何者かが足を掴んで話そうとしなかった。
「その人を、放せ。手を、出すなぁ……。」
鬼島はつまらなさそうな顔を一瞬だけする。
「うっぜぇなぁ!!」
そして足で払い、蹴りつける。
フォルム≪オルク≫は完全に解除されて、上半身は完全に肌を晒していた。
解除されたことで『神便鬼毒酒』と『童子切安綱』の対人外の効果は消え失せていたが、致命傷を負った身体であるのは間違いなかった。
袈裟斬りにされた体にはなんの力も残されていなかった。
「やめろ。マチさんを、傷、つけるな………!!」
それでも、再び鬼島にしがみついてきた。
目の前の大切な人をこれ以上傷つけたくなかったから。
自分を見下してくる鬼島に精一杯の抵抗を眼差しで語る。
「お前…………。そうかそうかぁ!ははっおいおい何の冗談だっていうんだよ!人外の化け物が人間に恋だと?バッカじゃねえの、片腹痛ぇなぁ!!」
唐突に何かを理解した鬼島は笑いながらオズを振りほどき、蹴り飛ばす。
強化された鬼島の蹴りの一撃は10m弱の距離を作った。
蹴り飛ばされたオズはそのまま指先一つ動かさず倒れ伏したままだった。
「おい、その小娘ちょっと寄越せ。」
鬼島は部下から気絶しているマチを取り上げると、自身の足元に横たわらせる。
「おう人外。お前どうやってコイツを殺して欲しい?
心臓を一思いに貫いて殺させるか。全身の皮膚剥いでショック死させるか。それとも首を跳ね飛ばすか。
所詮お前は負け犬だ。俺がどんな方法でコイツを殺しても文句は言えねぇんだよ!!これは所謂『生存競争』なんだよ。弱けりゃ食われておしまいなのさ。何されても文句言えねぇんだよ。
さて、最後のチャンスだ。あと一回立ち向かってこい。それで敵わなかったらコイツを殺す。お前の目の前でな!!」
その言葉を聞いてオズはピクリと指先を動かす。
しかしそれだけ。
立ち上がることも。面を上げる事も、言葉を発することさえしなかった。
「おいおい白けさせんなよ人外。10数えて起き上がらなかったら殺す。頭から下の生皮全部剥いで殺す。背中掻っ捌いて骨と臓物全部取り出して殺す。でもって顔をグチャグチャにして切り刻んで殺す。
カウントスタァートォ。じゅ――――――う、きゅ―――――――――う、は―――――――――ち。」
鬼島は冷徹にカウントを取る。
なんでもよかったのだ。
目の前にいる人外を肉体的にも精神的にもズタボロにできればそれで良かった。
鬼島はそれこそ、自分が最も嫌う『鬼』の表情でオズウェルを追い詰めようとしていた。
弱弱しく、立ち上がる。
オズはズタボロになりながらも立ち上がった。
「ごぉ――――――――――、お?なんだよようやく立ち上がったか。さぁ立ち向かって来い人外!!これが最後のチャンスだぁ!!」
鬼島は狂い叫びながら、オズに刃を向ける。
オズは一言も発しない。何の動作も示さない。視線は床を見つめたままで鬼島を見つめてこない。
「『Bestia525(獣となりてまで守る者)』。」
ただ一言。それを発した。
魔法名、殺し名を発した。
そして、灰色の鱗の嵐が巻き起こった。
最終更新:2014年07月15日 01:01