第7章 燃素爆誕《フロギストン》VS振動支配《ウェーブポイント》
第五学区 とある病院
樫閑「正体不明の能力者から・・・奇襲攻撃!?」
蟻1『はい!今、俺たちはオモチャ箱にと一緒にお嬢と合流するためにそちらに向かっています。』
樫閑「なんで一緒に戦わないの!?」
蟻1『銃も爆弾も効かないんですよ!なんか全身に膜みたいなの張ったり、鉄をスパッと切ったり、とにかく訳が分かんないです!
仰羽さんが囮になって足止めするのが精一杯で・・・・!』
樫閑「分かった。くれぐれも警備員《アンチスキル》に捕まらないようにね。」
毒島「姉さんを襲った奴らか?」
樫閑「分からないわ。けど、仰羽が足止め程度しか出来ないってなら、相当強い敵ね。」
毒島「じゃあ、どうするんだよ?」
樫閑「とりあえず、“おもちゃ箱”と合流するわ。」
時は少し遡り・・・
第五学区 軍隊蟻《アーミーアンツ》集会所
かなり昔から使われていない廃工場。
正面の扉が取り払われ、大型トラック1台分は通れるくらいの大きさの穴が空けられている。
そこには30人近くの男たちが真剣な面持ちで銃を持っていた。
そこらのスキルアウトが持つような短銃ではない。マシンガン、RPG、対戦車ライフル、
多量のダイナマイトや何かしらの大型武器を分解したパーツなど、軍隊レベルの兵器がズラリと並んでいた。
仰羽が辺りを見渡し、集まった人間たちを見る。
仰羽「揃ったのはこれだけか・・・。」
蟻D「すんません。仰羽さん。」
仰羽「謝る必要はない。ここから先は一人一人の問題だからな。あいつらが戻ってきたら、大スペクタクルな土産話でもしてやればいい。」
蟻D「ウッス!」
仰羽「お前ら!メンテナンスはきっちり済ましておけよ!!」
軍隊蟻たち「「「ウッス!!」」」
大がかりな武器を扱うからではない。規律と統率のとれたスマートな組織運用。そこには無能力者のギャング集団の面影など無い。
無駄なく洗練されスポーツ選手の肉体のような組織、それはまさしく、軍隊そのものだった。
蟻E「仰羽さん!!大変っす!!」
仰羽「どうした!?」
出入口から三名のメンバーが駆け込んできた。
全身がボロボロになっており、耳から血を流している。
持っていた機関銃はまるナイフで切られたマーガリンのように凹凸が見当たらないほど、綺麗に真っ二つに切られていた。
学園都市製のウォーターカッターやダイアモンドカッターでも使わないとこうはならない。
蟻E「能力者がここに攻めてきました!!」
仰羽「どんな奴だ!?」
蟻F「ガキっす!!ウィンドブレーカーを羽織った小学生ぐらいの――――」
必死に相手の様相を伝えるメンバーの背後から、仰羽は一人の少女の姿を目撃する。
小学校高学年ぐらいの少女だ。使い古されたウィンドブレーカーを羽織り、長い黒髪をツインテールにしている少女だ。
ツリ目ではあるが、目鼻立ちは整っており、美少女と呼ばれる部類に入る。
だが、逃げてきたメンバーの言う敵と同じ格好をしており、仰羽は「美少女だ」と思う以前に「敵だ」と認識していた。
少女「ああ。、・・・いう・・・・・がえ・・・・・」
少女が謎の言語を唸ると、手を振り上げ、そして一気に振り下げる。
仰羽「お前ら!!避けろ!!」
ズガァァァァァァァァァァァァァン!!!!
少女の手から出た衝撃波によって、延長線上にある鉄骨や廃工場の壁、放置されていた工場の機械が真っ二つに切り裂かれていた。
集めていた火器や人間が切り裂かれなかったのが幸いだ。
蟻G「うわっぁぁぁ!?」
蟻H「暗部からの襲撃か!?お前ら!持ち場につけ!!」
蟻I「なんでもいい!!火器の照準を標的に向けろ!!」
突然の攻撃にメンバー達は慌て、近くにある火器を握って少女へと銃口を向ける。
その動作は機敏で、統率されて、軍隊さながらだった。
蟻H「仰羽さん!!下がってください!!」
仰羽はすぐに射線上から身を退く。
蟻D「威嚇だ!!手足を狙え!!」
蟻たち「「「ウッス!!」」」
数人のメンバーが少女に狙撃銃を構え、照準を合わせる。
そして、「撃て!!」という声と共に幾重もの銃声が工場内で響き渡る。
蟻C「やったか!?」
察しの良い読者ならお分かりであろうが、上記の言葉は「やれていない」フラグである。
少女は何事も無かったかのようにそこに立ちすくんでいた。銃弾は外れていない。外れること無く少女の手足を撃ち抜いた筈だった。
しかし、全ての銃弾は少女の皮膚に当たる直前で塵となって砕けていったのだ。
蟻A「くそっ!全然効いてねぇじゃねぇか!?」
蟻B「もももも、もしかして・・・、学園都市最強の一方通行《アクセラレータ》?」
蟻C「んなわけねぇだろ!なんで一方通行が俺たちを襲うんだよ!!それにあいつは反射だろ!?」
軍隊蟻たちは第二射の準備をするが、少女が唸り声を挙げた途端、大きく地面が揺れ、亀裂が走る。
仰羽「お前たちは火器をトラックに積んで、樫閑達と合流しろ!!」
蟻D「仰羽さんは!?」
仰羽「俺はこいつを足止めする!!」
そう言うと、仰羽はズボンの左右のポケットからライターを取り出し、双方の火口を少女へと向ける。
仰羽は瞬時にライターのスイッチを押し、火を点ける。
最初に普通の小さな火が出たが、一瞬にして大出力の火炎を放射し、少女へと向かっていく。
まるで炎が意志を持っているかのように性格に少女を取り囲み、一気に炎の竜巻を発生させる。
燃素爆誕《フロギストン》
それが
仰羽啓靖の能力だ。
空気中の物質から超可燃性ガスを合成して、それを導火線とすることで炎を操る能力だ。
彼の場合、空気中から窒素、酸素、水素、そしてライターに仕込んでいるシャーペンの芯から炭素を補給することで、
超可燃性ガス、燃素を生成している。
欠点と言えば、他の発火能力者と違い、ライターなどの火種が必要なところだ。
炎の竜巻が少女を取り囲んでいる間に他のメンバー達が車やバイクに乗り込み、その場から撤退する。
仰羽「あいつらは逃げたか・・・。――――!?」
突如、少女を取り囲んでいた炎の竜巻が一気に消え去り、周囲の空気が一気に冷却化される。
地面には氷が張り、廃工場内に季節外れのダイアモンドダストが舞い散る。
仰羽(空気を一気に冷却化させるってことは、温度変化系の能力者か!?)
少女が両手を振り上げる。
仰羽は最初の攻撃と同様のものだと予想し、すぐに少女の手の動きに注視し、避ける準備をする。
クロスするように振り下げると、再び手から衝撃波が出て、延長線上にある物体全てに×印を刻んでいく。
仰羽(でも、温度変化系だとしてもあの衝撃波はどう説明する!?温度操作による気圧配置の変化と空気の流れにしては強過ぎる!)
少女「があああああああああああああああああっっっ!!」
少女が唸り声を挙げるとともに、口から衝撃波が放たれる。
仰羽「うぉあ!!」
衝撃波に吹き飛ばされ、仰羽は壁に叩きつけられる。その衝撃は非常に力強く、一瞬、気を失いかけた。
仰羽は立ち上がろうとして地面に手を付いた瞬間だった。何か触り覚えのある筒状の物体を掴んだ。
仰羽「ったく、ちゃんと火器の回収は確認するようにあれ程言ったが・・・。」
それはダイナマイトだった。
おそらく、回収し忘れ、トラックに積まれなかったものだろう。
仰羽「だが、でかした!」
仰羽はすかさずライターでダイナマイトに火を点け、少女に向けて投げつけた。
ドガァァァァァァァァァァァァァン!!!
突如、廃工場が爆発を引き起こした。まるでアクション映画のラストシーンのような大爆発、
壁は四方に吹き飛び、内部は消し炭となり、黒煙を挙げている。
そして、燃え上がる炎の中から、仰羽が瓦礫の下から現れた。
仰羽(威力が大き過ぎるのも、少し問題だな。)
流石は学園都市製の最先端科学で造られたダイナマイトだ。筒一つで廃工場一つが簡単に吹っ飛ぶ。
仰羽がそう思った瞬間だった。彼は信じられない光景を目の当たりにする。
あれほどの爆発の中、相手の少女は無傷だった。それぐらいは仰羽も予想していたが、
彼女のみならず、その周囲半径1mの床は無傷で残されていたのだ。
そこで仰羽は悟った。
仰羽(なるほど、そういうカラクリか・・・。)
仰羽「貴様の能力!!見破ったぞ!!」
堂々と叫び、少女に向けて力強く指を指す。
少女は「なにごと?」と言わんばかりに首を傾け、頭上に「?」マークを掲げる。周囲の状況などお構いなし、
自分が戦っているなんて自覚も無く、あまりにもおとぼけた天然の疑問符である。
仰羽「銃弾を砕く謎の膜、物体を切断する衝撃波、局地的な地震、吹き飛ばす衝撃波、大気の極低温化、
そして衝撃まで相殺する全方位防御帯・・・、ここまで多彩な芸当が出来る能力とならばかなり限られる!」
少女「うあ?」
仰羽「お前の能力は“振動を支配する能力”だ!
最初の衝撃波で切断させた攻撃は超音波カッターを能力で再現!数百万サイクルの超音波を出せば、金属も容易に切断できる!
銃弾を防いだのは“振動の膜”を張ることで自身に近付く物体を数百万サイクルの超音波で分子間結合を崩壊させた!
俺の炎を消し、周囲を冷却化させたのは、分子の格子運動の振幅を小さくすることで振動による熱を奪った!
大方、零点振動で絶対零度にまで持って行ったんだろ!
今の熱や衝撃から身を守る全方位防御帯もこれらを利用して相殺した!さしずめお前の能力は“振動使い”ってところか!?」
仰羽がしたり顔で少女を見つめるが、少女は「?」マークを頭に掲げたまま、首を傾けたままだった。
仰羽(あれ?ハズレ?)
少女「あーうー。」
仰羽(そう言えば、こいつは唸り声しか挙げてない。・・・ってことは、言葉が通じないのか?)
すると、少女が瓦礫の中を探り、一本の鉄パイプを取り出した。
どんな攻撃が来るのか、仰羽は指先一つ見逃さず、少女の挙動に集中する。
振動は非常に多彩な攻撃を展開する。単なる振動だが、一見して地味な能力ほど全ての物理現象と深く関わりを持つ。
そうなれば、多様性によって工夫次第ではレベルなんてどうにでもなってしまうものだ。
「また衝撃波が来るのか・・・」と仰羽は身構える。いつ攻撃が来るのか分からない。全神経を研ぎ澄ませ、少女の行動を凝視する。
仰羽(さて・・・次はどんなショーを見せてくれるんだ?)
第五学区 病院前
病院裏の道路で樫閑、毒島、レディース達は“おもちゃ箱”を待っていた。
毒島「そういえば、“オモチャ箱”ってのは、何の隠語なんだ?」
樫閑「ああ。あれは、武器庫のことよ。」
毒島(そういえば、かなりの武器・弾薬を持っているって家政夫《ヘルプマン》が言ってたな・・・。)
毒島「その武器って、どれくらいあるんだ?」
樫閑「んー、まぁ、人員や武装をフルで活用したとしたら、先進国の軍隊の一個師団に相当するわね。」
毒島「い、一個師だ―――(ムグッ)」
大声を出しかけた毒島の口をレディースの一人が塞ぐ。
レディースA「毒島さん。それはあまり口外しないで欲しいっす。」
レディースB「そうそう。銃刀法違反と武器密輸の罪でいつ警備員《アンチスキル》にパクられるか分かったもんじゃないらかね。」
樫閑「まぁ、一個師団ってのも末端のメンバーまで武装させた場合であって、第三次世界大戦でも起こらない限り、
そんあことにはならないわよ。」
レディースC「姐御。来ましたよ~。」
レディースCが指さす先には、数台の中型トラックがやってきた。
一見すると、ごく普通の運送業者のトラックだが、中身は学園都市でも最新式に近い兵器が大量に詰まっているのだから驚きだ。
その兵器の入手ルートについては寅栄だけが知っており、彼曰く「俺の人徳」らしい。
戦闘のトラックを運転しているメンバーが窓を開け、顔を出した。
蟻B「お嬢。こっちのコンテナに乗って下さい。簡易ブリーフィングルームと各チームのリーダーを揃えています。」
樫閑「姐御って呼びなさい。」
運転手の言う通り、樫閑と毒島、レディース達が乗り込む。
トラックの貨物コンテナ内部はバッテリーで発電しているのか、電気が点いており、無骨な金属テーブルと学園都市の全体地図、
数人の男たち、数台のノートパソコンがそこには置かれていた。
樫閑「相手の能力は?」
蟻D「俺らも詳細は把握してませんが、手を振ってその先の物体を切り裂いたり、局所的な地震を起こすってことぐらいしか分かりません。
俺たちは仰羽さんにお嬢と合流する様に言われて、今に至ります。」
樫閑「寅栄には伝えたの?」
蟻D「今、連絡してますが、ケータイが繋がりません。」
樫閑「こんな時に・・・・」
樫閑が眉間にしわを寄せ、ペンでデスクをトントンと叩くと、華麗に指先でペンを回して学園都市の全体地図のある一角にペン先を立てる。
そこは先ほどまでは軍隊蟻《アーミーアンツ》の隠れ家だった場所であり、現在は仰羽と謎の能力者との戦場になっている。
樫閑「グループを3つに分担するわ!A班は仰羽啓靖への加勢と撤退支援!B班は非武装の状態で
寅栄瀧麻の捜索と状況の報告!
C班は
毒島拳を連れて軍隊蟻《アーミーアンツ》の第十九支部に移動の後、指示を待て!」
軍隊蟻たち「「「ウッス!!」」」
次々とメンバーに的確な指示を出し、それにつき従うメンバーたち。
その時、樫閑の目は変わっていた。いつもは落ち着いた雰囲気を出す女子高生だった。
しかし、今は違う。戦場の全てを見極め、予測し、最高の勝利へと導く軍神の目だった。
第二三学区 国際特殊環境研究所
病院のように壁と床、天井が白に統一された研究所内部は、様々な環境が設定された複数のブロックによって区画されており、
それぞれのブロックの特殊な環境が別のブロックに影響を与えないように厳重に隔離、独立されている。
その内の一つ、放射線標識やDANGER、関係者以外立ち入り禁止など、ありとあらゆる手段で周囲に必要以上の注意を促しているブロックがある。
そこは
木原故頼が担当する区画だった。放射線に汚染された環境を再現し、そこで様々な実験を繰り返している。
全員が防護服や対放射線機能のある駆動鎧に身を包んで慎重に作業している。
そんな中、一人の防護服を着た人間が洗浄と機械による放射線の精密検査を受け、研究区画から出て来る。
そして、そのまま指定された女性更衣室へと向かった。
??「ふぅー。やっぱり、学園都市最新の放射線対策が施されていると言っても、少し心配ね。」
防護服の中から聞こえる凛々しい女性の声。防護服を脱ぐと中から冷牟田花柄が出てきた。
学園都市製の対放射線技術と共に最高の内部環境の恒常性を誇るこの防護服を着ていれば、快適な環境が約束されているため、
汗ひとつかくことはない。しかし、それなりの窮屈さは感じるのは仕方のないところだ。
冷牟田がロッカーから携帯電話を取り出す。
そこにはたくさんの着信履歴が残っており、その全てが
神山才人という人間からだった。
冷牟田(何か変化でもあったのかしら?)
そう思っている途端、再び、神山から着信が入る。
冷牟田「どうしたの?たくさん履歴に残ってたけど・・・。」
すると、電話口の向こうから、あまり生命力の感じられない掠れた声が聞こえてくる。
神山『・・・・№108が軍隊蟻《アーミーアンツ》と接触しました。』
マスク越しのモゴモゴとした声からもしっかりと聞こえた神山からの報告に冷牟田は驚愕する。
冷牟田「!?・・・・、それで?状況は?」
神山『武器を出しているところに№108が襲撃、・・・・副リーダーの仰羽啓靖が足止めしている間に他のメンバーは武器を持って逃走しました。
・・・・№108は戦いに消極的であり、仰羽は相手の出方を窺っています・・・、要するに今は両者がこう着状態です。』
冷牟田「そう。引き続き、№108の監視をお願いね。」
神山『・・・・嫌だ。』
冷牟田「どうして?」
神山『もう・・・4ヶ月もあいつに付きっきりですよ。そろそろ、血毒感染《ブラッドカース》で殺していいですか?』
冷牟田「それはもう効かないって分かっているじゃない。あんたが組成した細菌も分子の格子運動の調節で超高温殺菌か超低温殺菌されるのがオチよ。」
神山『・・・・・。別の人に代わって下さい。三上とか神座とか。』
冷牟田「あの2人も別の仕事で忙しいのよ。もう少しの辛抱だから、頑張って。」
そう言うと、静かに反論する神山を無視して、冷牟田は電話を切った。
そして、何かを企む不敵な笑みを浮かべる。
冷牟田(振動支配《ウェーブポイント》と軍隊蟻《アーミーアンツ》が接触したのね。予想通りに予想外ね。)
そう言うと、冷牟田は携帯電話のボタンを操作し、何者かに電話をかける。
冷牟田(少し危ない賭けだけど、無理やりにでも時計の針を進めるかしら・・・。あの愚か者が気付いた頃には後戻り出来ないくらいにね♪)
最終更新:2012年03月30日 20:16