天罰と傲慢の違いは何か The_tower_of_BABEL.




 『天罰』。
 十字教においてはしばしば現れる『「神」から人類への干渉』である。例を挙げると、ソドムとゴモラの裁き、ノアの大洪水、バベルの塔の崩壊などがある。都市の壊滅、文明の崩壊、言語の分裂……どれもこれも、『天罰』というのはとてつもない威力を持つ。
 その上、これらの事象でさえ本当に『神』からの直接干渉であるかというとそうではなく、堕落都市ゴモラを火の矢の雨で焼き払った 神の力《ガブリエル》からも分かるとおり、実質的な裁きは『神の 御使《みつかい》』たる天使が行っている。
 しかしながら、高密度の 天使の力《テレズマ》の塊ともいえる天使の扱う力といえば当然人間の感覚でいえばまさしく『天災』であり、それらを再現した術式であっても通常の魔術師では到底再現も出来ないレベルである。
 この『天罰』のメカニズムを再現した魔術師としては、現代では元『神の右席』前方のヴェントなどが挙げられるが、彼女にしても『完全なる死を伴った天罰』までは使えなかった。
 しかし、人が完全な天使の術式が使えないのは『人間だから』ということが理由であるわけではない。単純に、『出力』が足りないのだ。天使の力《テレズマ》というと、どうしてもひと括りに考えがちだが、実際には対応する天使ごとの属性というものがあり、天使の術式レベルの魔術となると特定の属性の 天使の力《テレズマ》をかき集めないと発動することができないわけだ。それにそもそも、人間の身体にそれほどの要領の 天使の力《テレズマ》を封入してしまえば、その大規模なパワーを制御仕切れず爆散してしまうのが関の山。そういうわけで、『天罰』は天使のみが使え、人間は使うことが出来ない、という結論に至るのである。
 ……では、もしもそれに足るだけの、聖書の中でだけ語られるような『天罰』を起こすに足る 天使の力《テレズマ》をかき集め、制御する方法があったとしたら?
 ――その時は、恐れ多くも神話の世界の『天罰』が、現代の世の中に顕現することとなるだろう。……尤も、現代社会はそれと同レベルの天変地異を第三次世界大戦中に体験しているのだが。



 イギリスはロンドンの中央部からほんの少しだけ離れたところに、『聖《セント》ジョージ大聖堂』はある。『元々窓際部署だった「必要悪の教会《ネセサリウス》」の本部に使う教会を探していた際、中心部から少し離れたところにあるこの聖堂が起用されたものの、その後件の教会が異例の成長を遂げてしまった為、なし崩し的に清教の頭脳部となってしまい、施設の重要さと比べると立地条件が悪くなってしまった』という残念な逸話のあるこの大聖堂だが、現在大広間のような荘厳な空間には三人の少女しかいなかった。
「………………………………」
「……、」
「……、」
 無言な三人の中でも特にむすぅっとしているのは、ハーティ=ブレッティンガムという中学生くらいの少女である。もう冬も近いこの季節なのに、『おいおいそこまで見せちゃっていいの!? ええ、そこイっちゃう!?』って感じの下手をしなくてもR-15レベルの黒革拘束着を着ている酔狂な少女だ。……まあ、これには拘束具の内包する魔術的な意味などもあるのだが、最近出来た彼女の友人に言わせてみれば『ただの露出狂ッス』らしい。実際、社会の大多数の人間は同じ意見を抱くだろう。
 ちなみに、むすぅっとしているのは機嫌の問題ではなく、彼女が常に仏頂面な為だ。ハーティは現在、必要悪の教会《ネセサリウス》所属の魔術師として活動しているわけだが、それ以前は処刑《ロンドン》塔にて罪人相手に拷問《オシオキ》する拷問官として活躍していたのである。拷問官といえば、拷問中でも受刑者に感情を見せてはいけない。そんな訳で、魔術の闇は一人のいたいけな少女をデフォ仏頂面少女へと変貌させてしまったのである。
「……ええと、スンマセン。今回の用件について、早いトコ説明してくれると嬉しいんスけど」
 そんな沈黙の空気に耐えきれずに口を開いたこの高校生くらいの少女は、ヴィクトリア=ベイクウェル。紺のロングスカートにセーラー服、その上からブレザーのような上着を羽織るという、今時日本でも見られないような典型的なこの金髪スケバン少女は、つい最近隣のR-15少女とともに『とある事件』を解決させ、その報酬をもらえるということで彼女と同じように女子寮でのんびりティータイムと洒落込んでいた彼女をとっ捕まえてこの大聖堂にやってきた訳なのだが。
「…………」
 肝心の召集した張本人、イギリス清教のトップにしてこの聖《セント》ジョージ大聖堂の主である大学生くらいの少女、ローラ=スチュアート、通称『最大主教《アークビショップ》』はハーティたちと顔を合わせた瞬間から何故か無言を貫き通していた。まるで、何かに怯えているような表情で。
「……あの。さっきから何に対して怖がっているというの?」
 言外に『何も用事がねーならさっさと帰らせろよ』と言いたげに問いかけるハーティ。不機嫌な訳ではないが、彼女もティータイムの途中だったのだ。もう紅茶は冷めてしまっているだろうが、入れなおして仕切り直しはしてもいいじゃないかと思っている次第である。
「おっ!! お、おおお、怯えているっ!? この私が!? バカなことを言いなしよ、ハーティ! 私はイギリス清教の最大主教《アークビショップ》なるのよ!? まさかちょっと不機嫌な部下に指令を言ひ渡したれば何を言わるるか怖しとて怖気づきたる訳などなしにけりなのよっ!!」
「……そうですか。じゃあこれは独り言なんだけれど、この仏頂面は職業病なだけで別に不機嫌な訳じゃないわ」
 がくがくと震えながら本音を駄々漏れにするローラに、ハーティは上司の顔を立てて『独り言』を呟く。すると、捨てられた子犬のようだったローラは見る間にしゃっきりと己を取り戻していった。この威厳をいつまでも持続して欲しいものだ、と思う魔術師二人である。
「まず、先の『キース=ノーランド謀反事件』の解決に関して。二人の迅速かつ的確な対処、褒めて遣わしたるわ。銀行の口座にボーナス振り込みたるから、確認すべしよ」
 ボーナス、という言葉にぴくりとスケバンが反応するが、それ以上の反応は出てこなかった。清教の魔術師は殆ど公務員のような扱いである。食いっぱぐれはないが、かといって仕事の出来が給料に直結するようなことは少ない。そんな環境でのボーナスに反応が乏しかった理由は簡単、
「……で、そのボーナスを餌にチラつかせてまた面倒な仕事を押し付けるって? 随分な飴と鞭じゃない。貴女、拷問官に向いてますよ」
「う、うう……。かようなるから嫌なりと思いたるのよ……。ステイルはまだ可愛げがありしけど、ハーティは何だか戯れに済まなし恐ろしさがありけるし」
「まあ、何だかんだ言って元拷問官ッスからね……。ちっぱいの癖になんか生意気ふべぇっ!? ぎゃあ!! スンマセンハーティさん!! 調子コきましたッス!!」
 無礼を働いたスケバンに自慢の拷問器具で折檻した元拷問官の少女は、そのまま無言でローラに続きを促す。一瞬にして気圧された最大主教《アークビショップ》(笑)は冷や汗を額に貼り付けながらも続きの説明を始めた。
「今回は犯人の特定などといふ小難しき任務にはあらず。ずばり、『フレデリック=モンドリオ』を始末せよ!! それだけの単純な任務にありけるのよ~」
「……『フレデリック=モンドリオ』?」
「……って、ええ!? あの『フレデリック=モンドリオ』ッスか!?」
 ローラの言葉に、様々な反応を返す二人の少女。ちなみに言うまでもないことだが、前者はハーティ、後者はヴィクトリアである。
「『フレデリック=モンドリオ』って言ったら、ハーティは知らないかもしれないッスけど、科学サイドとの『境界』を割った魔術師を特に、……というか、ほぼ専門的に狩ってる魔術師ッス。確かに、アイツ『科学と「折り合い」をつけてる魔術師が気に入らん』とかいって感じ悪かったッスけど、そんな殺すとかまでしなくてもいいんじゃ……、」
「そうじゃなしよ、ヴィクトリア」
 おずおずと言うヴィクトリアに、ローラは緩く首を振った。
「確かにアレの科学嫌いはどこかで修正せねばとは思ひたりてはいたけれど、それとは関係なし。……ここ最近、イギリスに住む科学サイド推進派の役人が連続で殺されたる事件は知りしね?」
 そう言うローラに、ハーティとヴィクトリアは両人とも頷いてみせる。
「その容疑者に、フレデリック=モンドリオが挙げられたるのよ。アレは結構有能な人材だったからどうにか庇ひたかったのだけど……流石に証拠が揃ひすぎたりければ、さしもの私も庇ひきれずして、指名手配さるるといふ訳よ」
「科学排斥、っていう訳ね……。個人の主義主張はどうでもいいけど、それを自分の中に留められずに曝け出すのは間抜けとしか言いようがないわね。まあ、それが魔術師というものなんですけど」
「随分な物言ひね? あなたも魔術師にありけるでしょう?」
「私は、魔術師である以前に『拷問官』ですから」
「アタシも、古きよきリーゼントの住まう国ジャパンにある技術がそんなに悪いものとは思えないんスけど……。テレビとか、ない生活なんて考えらんないッスし」
 どこか抜けた回答をするスケバンに、ハーティとローラの二人は『テレビはともかくリーゼントが既に絶滅種であることは黙っておこう……』と思う。
「で、始末というからにはフレデリック=モンドリオの使用魔術と居所くらいは教えてくれるんでしょうね?」
「ええ、それは勿論調べ尽くしたるわ」
 ローラはそう言って、得意げに人差し指を振る。すると、それだけの動作で虚空から一枚の古びた羊皮紙が現れ、ハーティの手元に収まる。
「『シェフィールド大学』。彼奴は其処に潜伏したるといふ情報が、既に私の下に入りたるわよ」



 そんなこんなでシェフィールドである。
 シェフィールドとはイングランド中部にあるイギリス有数の工業都市であり、現在も学園都市系列の外部協力企業が点々と存在しており、一種の学術都市としての様相を呈している、魔術大国イギリスの中では珍しく科学色の比較的濃い都市だ。
『確認するわよ』
 手の中で通信用の札型霊装を弄びつつ、ハーティは話を切り出した。
『フレデリックの使う魔術は主に「ソドムとゴモラ」の伝承に基づく魔術よ。より正確に言うと、「ソドムとゴモラを滅ぼした硫黄と火の矢の雨」の応用ね。平面を「天空」と対応させて、床や壁、天井から火の弾を撃ち出す術式、といったところです。あとはまあ、ロトが「天罰」を逃れた洞窟の伝承を応用した防御術式があるとか、そのくらいね』
『フム……。「天罰」ッスか。確か、「前方のヴェント」の使ってた魔術も「天罰」ッスよね』
『まあ、「天罰」といえば「天罰」だけど。……そもそも、天使は「天罰」なんて魔術は使わないですけどね』
 ハーティの発する魔術的な会話に対応して、溜息をつくように彼女の手の中の霊装が震える。
『「天罰」っていうのは基本的に天使が行うものだから、その本質は「天使の術式」と何ら相違ないものなの。「神の右席」の使用していた術式は高純度で、フレデリックの扱う術式は一般人でも使用できるように純度を薄めたもの、それくらいの違いしかないんですよ』
『ふむぅ……』
『それに、「天使」という要素よりも「高純度」という要素の方が重要だって言うのは、貴女が自分自身の使う魔術で証明しているでしょう?』
 ハーティの言っているのは、ヴィクトリアの使う北欧神話系の術式、『幻影の王』である。幻影の豊穣神を呼び出し使役するという、割と珍しい形式の魔術なのだが、これはいわば『神のレプリカ』とでも言うべき術式で、細かい理論は省くが彼に対応する霊装を振るわせればそれがたとえレプリカでも普通の魔術師の数十倍単位の威力を発揮してくれるという、極めてお得な魔術なのだ。
『えへへ、そんなに褒めないでくださいッス』
(……別に、褒めた覚えはないんだけどね……)
 勝手に照れだしたヴィクトリアに、ハーティは心中で溜息をつく。
『それに、科学を併用したプロの魔術師を何人も屠っているような相手が、全くの無策で篭城したっていうのも腑に落ちないしね』
『どういうことッスか?』
『相手は魔術師との戦闘のプロよ。私たちもそれなりに場数は踏んでるけど、多分フレデリックに比べれば鼻で笑われる程度のもの。『そういう修羅場』をくぐってきた人間が、何の魔術的役割も持たないところに篭城するっていうことは、そこに留まることで何らかの手――、おそらく、大規模術式を使う手立てが出来る、というわけなんだと思います』
『……、』
『でも、フレデリックの使う「ソドムとゴモラ」の魔術には「水」――つまり、「神の力《ガブリエル》」の 天使の力《テレズマ》が深く関係しているわ。そして、このシェフィールドに「水」の属性を持つ世界の力が流れた地脈は通っていない。これが何を意味するか、分かりますか?』
 問いかけるハーティに、ヴィクトリアは怪訝な表情を浮かべて首を傾げる。呆れたハーティは溜息をついて、
『つまり、フレデリックにはまだ切っていない手札があるってことよ』

 そんな訳でハーティとヴィクトリアの二人はシェフィールドのイギリスには珍しい科学的な街並みを歩いていた。
 普段はかなり『悪目立ち』する外見のハーティだが、この街は学園都市の影響か、かなり変わったファッションが流行っているので特別視線を集めることはなかった。尤も、ハーティもバカではないので一般人の多い街に紛れ込むときには自身の認識に違和感を感じさせないように相手の感覚を弄くる魔術を使ったりするのだが。
「で、フレデリックが潜伏しているのはシェフィールド大学、だったかしら」
 言いながら、ハーティは手持ちの携帯電話(スマートフォン)を操作して画面上に地図を呼び出す。地図上では、ハーティ達の現在地点が赤い点として点滅しており、その上に目的地であるシェフィールド大学が緑の点として点滅していた。
 ハーティが携帯電話の画面上の緑の点を触れると、そこから新たにシェフィールド大学の情報が記されたウィンドウが表示される。
「学園都市を除いた世界の大学の中でもトップ七〇位に君臨する学校、ね……。フレデリックが好きそうな学校じゃないですか」
「どうするんスか? 清教の方から大学には入場許可をもらってるらしいッスけど、まだ日中だし、学生の多いこの時間帯に戦闘するのはマズくないッスか?」
 不安げに尋ねるヴィクトリアに、ハーティは緩く首を振った。
「それに関しては問題ないわ。最大主教《アークビショップ》から人払いのルーンを預かってますから」
 そう言うハーティの右手には、確かに人払いのルーンが描かれた紙(防水《ラミネート》加工済み・ステイル=マグヌスお手製)があった。
 人払いのルーンとは数多にある『ルーンの魔術』の中でも最も基本的なものであり、それだけに使用者(作成者)の実力が問われるルーンの一つである、ルーンにより『地脈』の流れに干渉、人に『近づこうと思わせない』ことで、結果的に人を払うという結果を発生させる魔術だ。
 今回、市街戦になることを考慮した最大主教《アークビショップ》が、ハーティに何枚か持たせていたのだった。
「とはいえ、さっき話したフレデリックの持つ『手札』はおそらく地脈や世界の力に関するもの。最悪、人払いのルーンが無効化されることも有り得るわ。そのつもりで、短期決戦を挑みますよ」
「了解ッス!!」
 そう言って、気持ちも新たにガッツポーズするヴィクトリアだったが、気合を入れて右手を挙げた拍子に通行人にぶつかってしまう。ドン、と自分よりも明らかに大柄な男とぶつかったヴィクトリアは僅かによろめく。
「あ……、すみませんッス」
 反射的に謝るヴィクトリアだが、ぶつかられた通行人はむすっとした表情でヴィクトリアを一瞥した後、すたすたと歩き去ってしまった。周囲の通行人も、そんなヴィクトリアの方を白い目で見つめていた。
「……、」
 ヴィクトリアは去っていった通行人の方を少しだけ苦い表情で眺めていたが、その姿が見えなくなると、すぐさまハーティの方に向き直った。
「……なんスかアレ! 感じ悪っ!!」
「いや、今のは貴女が悪いでしょ?」
「にしても、シカトじゃなくたって、『ちゃんと前見て歩けやボケ!!』とか『おぉい……気ぃつけろよ嬢ちゃん……』とか『いってぇ~、腕折れちまったじゃねえかよぉ~弁償しろよぉ~』とかあるじゃないッスか!!」
(そっちの方がマズイと思うんですけど……)
「それによーく周りを見渡してみたら……、」
 そう言って、ヴィクトリアはあたりを見渡す。
「なんつーか、街全体が『冷たい』感じしないッスか? 通行人同士が互いに避けあってるみたいな……。ロンドンだって都会ッスけど、ここまでお互いに避けあったりはしてないッスよ」
 言われてみて、ハーティは周囲を見渡してみた。どうでもいい人間はとことんどうでもいいハーティは今まで気付かなかったが、確かに街は車などが出す以外の音――店の売り子や、通行人同士の会話の声などは殆どなかった。たまに聞こえる会話の声も、歩きながら携帯に話しかけているようなものばかりである。
「……まあ、科学サイドの都市なんて大体こんなものじゃないの? そこまで気にするほどのことじゃないと思うけど。むしろ、こっちの方が静かだから私は好きですね」
「ええー……、まあ、ハーティみたいな変人、……もとい!! もといって言ってるから鉄槌構えないで!! ……『大人しい子』にとってはこっちの方がいいのかも知れないッスけど、感じ悪いことに変わりはないと思うッス」
 むぅ、と唸るヴィクトリアに、ハーティは呆れ、
「別に私たちがここに住む訳じゃないんだからどうでもいいじゃない。それより、侵入の手順ですけど……、」
「そ~ゆ~ことじゃなないんスよ~~!!」
 ……スケバンと拷問官の凸凹コンビ、こういうところの温度差はまだ激しい。

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最終更新:2011年10月11日 01:18