イギリスはロンドンの中央部からほんの少しだけ離れたところに、『聖《セント》ジョージ大聖堂』はある。『元々窓際部署だった「
必要悪の教会《ネセサリウス》」の本部に使う教会を探していた際、中心部から少し離れたところにあるこの聖堂が起用されたものの、その後件の教会が異例の成長を遂げてしまった為、なし崩し的に清教の頭脳部となってしまい、施設の重要さと比べると立地条件が悪くなってしまった』という残念な逸話のあるこの大聖堂だが、現在大広間のような荘厳な空間には三人の少女しかいなかった。
「………………………………」
「……、」
「……、」
無言な三人の中でも特にむすぅっとしているのは、
ハーティ=ブレッティンガムという中学生くらいの少女である。もう冬も近いこの季節なのに、『おいおいそこまで見せちゃっていいの!? ええ、そこイっちゃう!?』って感じの下手をしなくてもR-15レベルの黒革拘束着を着ている酔狂な少女だ。……まあ、これには拘束具の内包する魔術的な意味などもあるのだが、最近出来た彼女の友人に言わせてみれば『ただの露出狂ッス』らしい。実際、社会の大多数の人間は同じ意見を抱くだろう。
ちなみに、むすぅっとしているのは機嫌の問題ではなく、彼女が常に仏頂面な為だ。ハーティは現在、必要悪の教会《ネセサリウス》所属の魔術師として活動しているわけだが、それ以前は処刑《ロンドン》塔にて罪人相手に拷問《オシオキ》する拷問官として活躍していたのである。拷問官といえば、拷問中でも受刑者に感情を見せてはいけない。そんな訳で、魔術の闇は一人のいたいけな少女をデフォ仏頂面少女へと変貌させてしまったのである。
「……ええと、スンマセン。今回の用件について、早いトコ説明してくれると嬉しいんスけど」
そんな沈黙の空気に耐えきれずに口を開いたこの高校生くらいの少女は、
ヴィクトリア=ベイクウェル。紺のロングスカートにセーラー服、その上からブレザーのような上着を羽織るという、今時日本でも見られないような典型的なこの金髪スケバン少女は、つい最近隣のR-15少女とともに『とある事件』を解決させ、その報酬をもらえるということで彼女と同じように女子寮でのんびりティータイムと洒落込んでいた彼女をとっ捕まえてこの大聖堂にやってきた訳なのだが。
「…………」
肝心の召集した張本人、イギリス清教のトップにしてこの聖《セント》ジョージ大聖堂の主である大学生くらいの少女、ローラ=スチュアート、通称『最大主教《アークビショップ》』はハーティたちと顔を合わせた瞬間から何故か無言を貫き通していた。まるで、何かに怯えているような表情で。
「……あの。さっきから何に対して怖がっているというの?」
言外に『何も用事がねーならさっさと帰らせろよ』と言いたげに問いかけるハーティ。不機嫌な訳ではないが、彼女もティータイムの途中だったのだ。もう紅茶は冷めてしまっているだろうが、入れなおして仕切り直しはしてもいいじゃないかと思っている次第である。
「おっ!! お、おおお、怯えているっ!? この私が!? バカなことを言いなしよ、ハーティ! 私はイギリス清教の最大主教《アークビショップ》なるのよ!? まさかちょっと不機嫌な部下に指令を言ひ渡したれば何を言わるるか怖しとて怖気づきたる訳などなしにけりなのよっ!!」
「……そうですか。じゃあこれは独り言なんだけれど、この仏頂面は職業病なだけで別に不機嫌な訳じゃないわ」
がくがくと震えながら本音を駄々漏れにするローラに、ハーティは上司の顔を立てて『独り言』を呟く。すると、捨てられた子犬のようだったローラは見る間にしゃっきりと己を取り戻していった。この威厳をいつまでも持続して欲しいものだ、と思う魔術師二人である。
「まず、先の『
キース=ノーランド謀反事件』の解決に関して。二人の迅速かつ的確な対処、褒めて遣わしたるわ。銀行の口座にボーナス振り込みたるから、確認すべしよ」
ボーナス、という言葉にぴくりとスケバンが反応するが、それ以上の反応は出てこなかった。清教の魔術師は殆ど公務員のような扱いである。食いっぱぐれはないが、かといって仕事の出来が給料に直結するようなことは少ない。そんな環境でのボーナスに反応が乏しかった理由は簡単、
「……で、そのボーナスを餌にチラつかせてまた面倒な仕事を押し付けるって? 随分な飴と鞭じゃない。貴女、拷問官に向いてますよ」
「う、うう……。かようなるから嫌なりと思いたるのよ……。ステイルはまだ可愛げがありしけど、ハーティは何だか戯れに済まなし恐ろしさがありけるし」
「まあ、何だかんだ言って元拷問官ッスからね……。ちっぱいの癖になんか生意気ふべぇっ!? ぎゃあ!! スンマセンハーティさん!! 調子コきましたッス!!」
無礼を働いたスケバンに自慢の拷問器具で折檻した元拷問官の少女は、そのまま無言でローラに続きを促す。一瞬にして気圧された最大主教《アークビショップ》(笑)は冷や汗を額に貼り付けながらも続きの説明を始めた。
「今回は犯人の特定などといふ小難しき任務にはあらず。ずばり、『
フレデリック=モンドリオ』を始末せよ!! それだけの単純な任務にありけるのよ~」
「……『フレデリック=モンドリオ』?」
「……って、ええ!? あの『フレデリック=モンドリオ』ッスか!?」
ローラの言葉に、様々な反応を返す二人の少女。ちなみに言うまでもないことだが、前者はハーティ、後者はヴィクトリアである。
「『フレデリック=モンドリオ』って言ったら、ハーティは知らないかもしれないッスけど、
科学サイドとの『境界』を割った魔術師を特に、……というか、ほぼ専門的に狩ってる魔術師ッス。確かに、アイツ『科学と「折り合い」をつけてる魔術師が気に入らん』とかいって感じ悪かったッスけど、そんな殺すとかまでしなくてもいいんじゃ……、」
「そうじゃなしよ、ヴィクトリア」
おずおずと言うヴィクトリアに、ローラは緩く首を振った。
「確かにアレの科学嫌いはどこかで修正せねばとは思ひたりてはいたけれど、それとは関係なし。……ここ最近、イギリスに住む科学サイド推進派の役人が連続で殺されたる事件は知りしね?」
そう言うローラに、ハーティとヴィクトリアは両人とも頷いてみせる。
「その容疑者に、フレデリック=モンドリオが挙げられたるのよ。アレは結構有能な人材だったからどうにか庇ひたかったのだけど……流石に証拠が揃ひすぎたりければ、さしもの私も庇ひきれずして、指名手配さるるといふ訳よ」
「科学排斥、っていう訳ね……。個人の主義主張はどうでもいいけど、それを自分の中に留められずに曝け出すのは間抜けとしか言いようがないわね。まあ、それが魔術師というものなんですけど」
「随分な物言ひね? あなたも魔術師にありけるでしょう?」
「私は、魔術師である以前に『拷問官』ですから」
「アタシも、古きよきリーゼントの住まう国ジャパンにある技術がそんなに悪いものとは思えないんスけど……。テレビとか、ない生活なんて考えらんないッスし」
どこか抜けた回答をするスケバンに、ハーティとローラの二人は『テレビはともかくリーゼントが既に絶滅種であることは黙っておこう……』と思う。
「で、始末というからにはフレデリック=モンドリオの使用魔術と居所くらいは教えてくれるんでしょうね?」
「ええ、それは勿論調べ尽くしたるわ」
ローラはそう言って、得意げに人差し指を振る。すると、それだけの動作で虚空から一枚の古びた羊皮紙が現れ、ハーティの手元に収まる。
「『シェフィールド大学』。彼奴は其処に潜伏したるといふ情報が、既に私の下に入りたるわよ」