第二十三学区 国際特殊環境研究所
研究室のソファーで踏ん反り返りながら、木原故頼は家政夫《ヘルプマン》からの電話を受けていた。
目的だった毒島帆露の拘束は出来ず、10人もの能力者を戦闘不能にされたという最悪の方向だった。
それでも飄々としている家政夫《ヘルプマン》の態度が気に入らず、故頼は一方的に通話を切った。

故頼「ふん。使えん奴らめ。」

亜継「まぁ、あいつらは所詮、雑兵。まだまだ戦力は残ってるぜ。」

故頼「あの時、振動支配《ウェーブポイント》から逃げたお前が言えた口か?」

亜継「一応、貰った金の分の仕事はしたつもりだ。」

故頼「ああ言えば、こう言う。」

亜継「そんなことよりよぉ、さっさと境界突破計画《プロジェクト=アフターライン》について教えてくれよ。」

故頼「まぁ、お前にならいいだろう。」

そう言うと、木原は立ち上がり、学園都市の全体地図を取り出した。

故頼「貴様は・・・“魔術”という存在を知っているか?」

亜継「まぁ、“まじゅつし”なんて奴らを何度かぶっ殺したことはある。俺からすれば、能力者とどう違うのか分からねぇけどな。」

木原「ふん。まずはそこから説明しなければならないか。」

超能力を科学の産物とするなら、魔術はオカルトの産物だ。
才能の無い人間が才能のある人間(能力者)に対抗するために生み出された能力であり、
その力の行使は神話や宗教、学問を基にしていたり、または神話や宗教が過去に行使された魔術を基にしていたりもする。
学園都市の超能力が才能の産物となれば、魔術は努力による産物だ。

亜継「ん~。まぁ、なんとなく分かった。」

故頼(こいつ・・・絶対に理解していないだろうな。)

それでも気にせず、故頼は計画について語り続ける。亜継に聞かせて理解させたいわけではない。自分が語りたいのだ。
宇宙頭脳《スペースブレーン》の失敗から落ちぶれ続けた自分が再び、学園都市の表舞台に現れる切っ掛けとなる重要な計画だ。
その理想の実現が目の前まで迫ってきている。その昂る気持ちを計画について語るという行為で発散しているのだ。

故頼「それなら、説明を続けよう。」

魔術はオカルトという科学とは相容れない領域の技術でありながら、エネルギー理論は科学と通ずるところが多い。
いや、発生年代的に考えれば、その逆だ。科学のエネルギー理論は魔術やオカルトをモデルケースにしているかもしれない。
現代ではオカルトとなってしまった錬金術が近代科学の発展に貢献したように・・・
とにかく、魔術の行使にもエネルギーが必要とされる。
天使の力《テレズマ》、地脈、龍脈、世界の力、マナ、思念・・・etcなど、地域や信仰する宗教によって呼称は違うものの、
魔術の行使にエネルギーが必要なことに変わりは無い。

亜継「要するに、魔術は無から有を生み出せねぇってわけか。」

故頼「ふん。そこを理解する頭脳はあるようだな。」

亜継「てめぇ・・・、俺のこと舐めてるだろ。そんで、境界突破《アフターライン》ってのは何なんだよ?」

故頼「境界突破《アフターライン》は、科学と魔術の境界を越える実験だ。」

亜継「おいおい。科学と魔術は相容れないって言ってたじゃねぇか。」

故頼「科学も魔術も行使するのは人間だ。脳の構造さえどうにかすれば、問題ない。」

魔術のエネルギーとして、個人が保有する魔力を使う魔術師も少なくない。
具体的な手順としては、基本的にまず自分の生命力を「魔力」に精製する所から始まる。
生命力、つまり人間の体に元から流れているエネルギーが「原油」だとすると、 魔術を使う前に魔力という「ガソリン」に精製する必要があるわけである。
より具体的には呼吸法などで血液の流れや内蔵のリズムなどを無理矢理いじることで、普段とは違うエネルギーを精製することができる。
宇宙頭脳《スペースブレーン》の生き残った被験体は放射線や無重力環境、非道な能力開発によって通常の人間とは異なる呼吸法を使い、
血流や内臓のリズムも狂ったり、整ったリズムではあるものの通常とは異なるリズムであったりした。
偶然か必然か、実験によって被験体に生じた“身体の歪み”が生命エネルギーを魔力へと精製する回路として成立していたのだ。

亜継「あのガキ共を使って魔術を使おうってわけか?だったら、何でわざわざ第十二学区に運び出すんだ?面倒くせぇだろ?」

故頼「まだ計画について、全てを語っていない。質問は語り終わってからにしてもらおう。」

しかし、被験体たちの身体の歪みによる魔力も計画の実行には十分ではなかった。
そこで最も容易に手中に収められる魔力を必要とした。それが地脈・龍脈だ。
地脈・龍脈は土地に起因するエネルギーであり、地理的条件を踏まえることが出来れば必要な分だけ抽出することができる。
学園都市内で地脈・龍脈からエネルギーを抽出するのに適した場所が第十二学区なのだ。
いや、そもそも第十二学区は学問の性質上、地脈・龍脈を意識して建築物を配置している節がある。
ここまでは実験に必要な材料の説明だ。
そして、これから話すのは実験の趣旨についてである。
これほど似て非であり、案外似ている魔術と科学。これらを組み合わせた何かを開発しようと誰もが考えるし、それが実行されたこともある。
しかし、脳の回路が違う事で能力者が魔術を行使すると異常をきたし、回路の混乱によって脳が破壊されるという結果であった。
この実験自体が正式なものでない為、結果も口伝によって故頼に伝えられたものである。
宇宙頭脳《スペースブレーン》では、その結果の真偽の確認のためという意味合いもあり、同様の結果が得られた。
しかし、得られたのはそれだけではなかった。
魔術の行使によって能力者が死亡した瞬間、もしくは死亡する直前に正体不明のエネルギーを観測することに成功した。
それが何なのか分からなかったが、魔力でもなく、AIM拡散力場でもない第三のエネルギーの可能性も秘めているのである。
もし、それが第三のエネルギーだとすれば、魔力と科学エネルギーの衝突と反発による産物という位相を越えた現象を立証することが出来る。
そうなれば、科学も魔術も関係無い。全く新しく、異なる概念が生み出されることとなる。
宇宙頭脳《スペースブレーン》で観測した際は、突然の出来事もあり、サンプルとして保存することが出来なかった。

故頼「境界突破《アフターライン》はその新エネルギーの採取と解析だ。」

亜継「へぇ。やっぱ分かんねぇ。」

故頼(やっぱり、理解してなかったのか・・・。)

亜継が理解しているかどうかなんて、故頼にはどうでもよかった。
話し終えるタイミングでも見計らっていたのか、丁度良く、何者かが研究室のドアをノックする。

故頼「入れ。」

彼の声と共に「失礼しま~す。」というやや無礼な挨拶と共に一人の男が中に入り込む。
いかにも悪そうな顔つきに白衣の男、細身ではあるが、木原故頼と同じ匂いがする。

男「木原さん。輸送の準備、出来たっす。」

故頼「そうか。では、すぐに出発する。」

亜継「おいおい。明日じゃねぇのかよ。」

故頼「向こうには情報が漏れてしまっている。それに今は能力者集団がスキルアウト共に奇襲をかけているはずだ。
この混乱に乗じて第十二学区に向かう。」

亜継「へいへい。俺は能力者殺しと給料さえ貰えば、どうでもいいんですけどね。」



第五学区 風輪学園
軍隊蟻《アーミーアンツ》が第四支部として体育館を拠点としているのがバレてしまったのか、木原が雇った能力者集団が学園内に入り込んでいた。
全員が能力を発動させる準備をしながら、ゆっくりと学園の奥へと足を進めて行く。
これが悪質なスキルアウトならば、皆で競って銅像を破壊したり、窓ガラス破壊リレーを行ったりするわけだが、彼らはそういったことはしない。
破壊活動を行っている者はいるが、ごく一部にすぎない。
彼らだって、伊達に能力者なわけではない。才能を持ち、それなりに頭がいいのだ。
そういったことが無意味だと理解している。加えて、能力者の寄せ集め集団ということもあって、連帯感がない。
それが破壊活動の拡散を防いでいることもある。

能力者A「軍隊蟻《アーミーアンツ》を潰せば、金を渡すってのは本当なのかよ?」

能力者B「まぁ、金が貰えなくてもいいんじゃね?あいつら、最近調子のってるしよぉ。
無能力者が能力者に逆らったらどうなるか、叩きこんでやろうぜ。」

能力者C「賛成。賛成。ヤンキー系女をファッ○するのもいいなぁ。」

能力者A・B「いやいや、無能力者狩りと強姦は関係ないだろ。」

能力者D「ねぇ。あいつら、そろそろこっちに来るよ♪特攻するのバレバレだっつの♪」

広域探知系の能力を持つ能力者Dが指さす方向に軍隊蟻《アーミーアンツ》が拠点とする体育館があった。
どうやら、熱を探知する能力らしく、数多くの熱源が体育館の中に集中していることに気付いていた。

能力者A「っしゃあ!さっさと潰すぞぉ!」

能力者B「抜け駆けは許さねぇ!」

能力者C「FUCK YOU!!」

騎兵隊ばりのイケイケドンドンで体育館の方向へと走り抜ける3人。その3人に呼応して、他の能力者たちも数名ほど彼らについて行く。
――――――が、彼らが体育館に辿りつくことはなかった。
突如、轟音と共に一筋の閃光が体育館の壁を貫き、突入していった数名の能力者たちが吹き飛んでいった。
超音速を越えた砲弾の衝撃によって発生したソニックムーブによって周囲も吹き飛ばされていく。

寅栄「てめぇら!行くぞ!」

寅栄の呼びかけと共に数台のトラックが体育館の中から飛び出していく。
先頭のトラックを寅栄が運転し、助手席には冷牟田が座っていた。

冷牟田「レールガンを撃つことで突破口を開くなんて・・・随分と荒いことをするのね。」

寅栄「四の五の言ってる場合じゃねぇだろ。」

作戦は至って簡単だ。
軍隊蟻《アーミーアンツ》が用意していたレールガンを撃つことで突破口を開き、そこをトラックでとにかく走り抜ける。
あまりにもお粗末な作戦だ。
レールガンは予め、パーツ毎に分割していたのを体育館の中で組み上げて完成させた。
一介のスキルアウトが持つには怪し過ぎる武装だが、理論は分かっているのだから、後は材料と電力さえ揃えば何とかなる。
砲身は廃棄予定だったリニアトレインのレール、細かい機器はリサイクル業や廃品回収業で手に入れた家電やロボットのパーツ、
電力はこの学校に供給される電力ラインを全て盗んでレールガンに供給させた。

冷牟田「そんなものを置いて行くのもいいのかしら?」

寅栄「どうせ1発撃ったら砲身が壊れて使い物にならねぇ。元々は使い捨てが目的だからな。」

トラックが飛び出し、舞う粉塵が吹き飛ばされた体育館跡地には砲身が崩壊し、
本体や電力供給の為にある周辺機器はレールガンの衝撃に耐えられずに吹き飛ばされたり、黒焦げになっていたりした。
戦車と同じくらいの大きさを誇るレールガンだったが、スキルアウトが揃えられるパーツで作れば、大型化は否めなかった。
周辺は盗んだ電力ラインのコードが大量に繋がれていた。とてつもなくゴテゴテで手作り感が溢れる兵器だった。

寅栄「よし!このまま一気に突き抜けるぜ!」

トラック3台が正門前の広場に到達した。
正門前の広場もその外にも能力者の姿はちらほらあったが、猛スピードで走るトラックは止められない。
このまま外に出れると誰もが思った瞬間だった。
突如、先頭のトラックがスリップして横転する。
雲ひとつない月明かりの照らす夜であるにも関わらず、まるで雨が降った後のように路面は濡れていた。
いや、“濡れていた”という表現は正しくない。正確に捉えるとすれば、“路面そのものが液状化していた”のだ。
先頭につられて2台目も衝突して正門付近の壁にぶち当たる。
異変に気付いた3台目はすぐにブレーキを踏んだことで液状化した路面の犠牲にならずにすんだ。

冷牟田「痛たたた・・・。トラックの運転も荒いのね。」

寅栄「んなわけねぇだろ。あいつらのトラップか何かだ。」

すぐさま軍隊蟻《アーミーアンツ》のメンバーは横転したトラックの外へと出て行く。

寅栄「お前ら!大丈夫か!?」

仰羽「また傷口が開きそうになりましたよ。」

三上「サークルのメンバーは無事だ。約1名はのびているけどな。」

元気そうに出て来る三上と神座、しかし神山の方は気絶し、三上に肩に担がれていた。

蟻たち「こっちも全員無事です!」

全員の安全を確認してほっとするも束の間、ここは能力者集団の巣窟であることを気付かされる。

???「ちっ・・・。しぶとい奴だ。こんな居場所のない街で必死に生きようとするお前らが理解できねぇよ。」

そこには一人の少年が佇んでいた。
風輪学園高等部の制服を着ており、黒髪をベースに所々、金色のメッシュをかけている。
何かを恨んでそうな、憎んでそうな表情をしている。
彼の足元を中心に正門付近の地面は液状化していた。
彼の持っている能力、状態変化《コンディションチェンジ》と呼ばれる能力で沸点・融解点・凝固点を操作し、
アスファルトを液状化させていたのだ。

???「俺は黒丹羽千責。お前らがバケモノと呼んで蔑む能力者さ。」

寅栄「別に、俺らは全ての能力者をバケモノ呼ばわりしたことはないんだけどなぁ・・・。」

神座「バケモノ!?それって、この神座残時ちゃんも入るn――――――――

全てのセリフを吐き終える前に突如、神座がその場から姿を消した。
全員が「えっ!?」と思った瞬間、茶髪のポニーテールに両目の泣きボクロが特徴の女が現れた。年齢からして、おそらく高校生ぐらいだろう。
彼女は突如、姿を消したはずの神座を胸元で抱え、首筋にナイフを当てていた。

???「私たちに歯向かわない方がいいですよ。じゃないと、この子の首が血で真っ赤に染まるわよ。」

軍隊蟻《アーミーアンツ》の武装部隊が彼女に銃口を向けた途端、彼らが持っていた全ての武器が消え去り、彼女の元へと転送されてしまった。
白高城天理の能力、座標回帰《リセットポイント》によって、視認できるものは全て、彼女の手中にあるようなものなのだ。

??「ははっ。これでてめぇらは丸腰って奴だ。よくやったな。白高城。」

白高城「先輩に敬語使えって教えられたよね?木原一善。」

スカジャンにデニム姿、茶髪のコーン・ロウ(編み込み)、左の眉毛にピアスを付けたいかにも不良という姿の高校生、
木原一善が能力者チームの取りまとめをしていた。

一善「故頼のクソジジイの実験の邪魔をしないようにぶっ殺せって言われてるんだョ。だから、悪ぃが全員、ここで死んでもらうぜ。」

寅栄「そんなクソジジイの実験を成功させるために、こんな夜中にスキルアウト退治するなんて、親戚思いな奴なんだな。」

一善「はぁ?あのクソジジイの実験なんざどうでもいい。俺はてめぇらを潰して金がもらえれば、それでいいんだョ。それに・・・」

木原が服の袖をまくり、自らの腕をまざまざと見せつける。
形は人間の腕そのものだったが、それは機械で構成されたサイボーグの腕だった。
外部を人肌に近い合成樹脂で覆い、その内部を衝撃吸収用の硬質ラバー、超強化プラスチック、鋼で構成されている。

一善「せっかく腕を新調したんだ。こいつの性能を試したかったんだョ!!」

一善が突如、サイボーグの腕で寅栄へと殴りかかる。
寅栄は咄嗟に腕でガードするが、白高城が神座の首筋に当てたナイフをちらつかせる。
無論、それは「抵抗するな」という彼女のサインだった。
一善の右ストレートが綺麗に彼の頬へと衝突した。

寅栄「ぐはっ!!」

強固な素材で作られたサイボーグアームによるパンチは通常の人間以上に強力であり、そして拳そのものが凶器だった。
あまりの衝撃に脳が揺さぶられ、眼球が飛び出しそうになる。頭蓋骨が砕けてしまうのではないかと心配するほどのものだった。

仰羽「寅栄さん!」

咄嗟に仰羽が燃素爆誕《フロギストン》を使おうとするが、ライターを白高城の座標回帰《リセットポイント》で奪われ、手も足も出ない。

一善「おいおい。この程度で終わりじゃないだろうなぁ?」

口から軽く血を吐く寅栄に対し、一善は再び彼に殴りかかる。

一善「こいつの性能を試したいからよぉ。まだまだ倒れんじゃねぇぞ!!」

抵抗できず、苦しむ寅栄に対して、一善は一方的に無慈悲なまでに彼を殴り、蹴り、サイボーグの腕から出した爪で斬りつけていく。
あまりにも残忍で、感情の伴った人間がやることなのかどうか疑ってしまう悪魔の所業だった。
能力者集団の中にも「おい。いくら何でもやりすぎだろ。」などと、口に出さなくても既に表情に出している者もいた。

冷牟田「―――――――――――――――――――」

そんな中、冷牟田は部下である神座の救出のために尽力していた。
表向きは、人質を取られたことで手も足も出ず、ただ怯える神座を眺めることしか出来ないように見せかけていたが、
彼女は既に部下を救うためのアクションを起こしていた。
紙片吹雪《コールドペーパー》で誰にも気づかれず、ひっそりとカッター仕込みの紙切れを白高城に向けて動かしていた。
ただのゴミとして認識させるために地面すれすれを低空飛行させる。

冷牟田(あと1m・・・。もう少しの辛抱よ。)

冷牟田が集中して紙切れを動かしていたが、突然、能力者の一人に紙切れを踏みつぶされてしまう。
それは偶然でも不幸でもない。その能力者は紙切れを狙って踏みつけたのだ。

能力者E「こっそり能力を使おうとしたって無駄だ。こっちにはAIM探知系の能力者がいる。能力を使おうとすれば、拡散力場が活性化してバレバレだ。」

冷牟田「くっ!」

白高城「次、こんな小細工をしたら、殺しますよ。」

神座「花柄~!」

黒丹羽「・・・で、そっちはまだ終わらないのか?」

黒丹羽が一善と寅栄の方を振り向く。
もう何度殴って蹴ったのか覚えていられないほど、一善による暴行は続いていた。
しかし、それでも寅栄は立っていた。彼を挑発するように余裕の笑みを見せ、口から血反吐を吐き捨てる。
一方の一善は息を切らし、肩で呼吸するほど体力を消耗していた。さすがに心臓や肺までサイボーグにしていなかったようだ。

寅栄「凄ぇな。凄ぇよ。そんなへなちょこパンチで俺に挑む度胸と無謀さだけは認めてやんよ。」

一善「てめぇ・・・・!!!」

まんまと寅栄の挑発に乗った一善は頭に血が上り過ぎて、血管が浮き上がっていた。
そして、「ぶっ殺す!」という声と共にサイボーグの腕から大きな爪が飛び出してきた。

一善「そんな調子に乗ったセリフが吐けるのは今の内だ。」

??「それはこっちのセリフだ。」

一同「!?」

突然、聞こえた声の方を振り向くと、正門前には大量の男女がバイクに跨り、エンジン音を鳴らしていた。
そして、能力者たちを挑発するかのようにライトを当てる。
総勢50名近くの大軍隊が風輪学園の正門前におり、その光景は圧巻だった。

蟻P「軍隊蟻《アーミーアンツ》!!我が義を通すために罷り通る!!」

白高城「そんな・・・・、こんなに大勢のメンバーがいるなんて聞いてないわよ。」

白高城がよそ見をした隙を神座は見逃さなかった。
すかさず、手を上に伸ばして彼女を顔を掴むと、無理やり引っ張って自分の視線と合わせる。

神座「さっきのお返しだ!」

神座が白高城にそう告げると、2人の間で眩い光が何度も点滅した。
一瞬の出来事だったが、そこで数十回もの光の点滅が白高城の脳へと働きかけた。

白高城「・・・・・・・・・・・」

空白思考《ホワイトノイズ》
神座残時の持つ催眠系の能力だ。光の明滅により相手の脳内に干渉し、思考に空白を作る。
サングラス等で容易に防がれるが、そのような装備が無ければ光ゆえに防御困難。
光は能力だが、思考の空白は能力ではない。光によって引き起こされる、ただの現象である。

空白思考《ホワイトノイズ》によって白高城はボーッとして、身体から力が抜けたことで神座を解放してしまった。
人質を取り戻したサークルと軍隊蟻《アーミーアンツ》の武装部隊と正門から新たに参入してきた軍隊蟻《アーミーアンツ》は一気に反撃に入る。
他の能力者が発する炎や電撃を掻い潜って武装部隊は白高城に奪われた武器を取り戻し、サークルの神座と三上も能力を使って暗部仕込みの戦闘能力で他者を圧倒する。

蟻P「てめぇら!突入だ!」

一気にバイクで中へと突入する軍隊蟻《アーミーアンツ》の増援。一人一人のスペックが低くても、圧倒的な数の暴力で能力者集団を圧倒していく。
木原一善は真っ先にその犠牲となった。
寅栄をあれほどまで殴って蹴ったことでメンバーの怒りを買い、集中的に積極的に、まるで蟻の群れが虫の死骸に集まるように集中的だった。

蟻P「寅栄さん。大丈夫すか?」

寅栄「お前は・・・・」

寅栄たちの助けに来たのは、九野や緑川の忠告を聞いたことで事件の捜査から抜け出したメンバーたちだった。

寅栄「お前ら、何でここにいるんだ?」

蟻P「何で?って。筋を通しに来たんすよ。“義を以って、筋を通せ。筋を通せぬことを生涯の恥とせよ。”
あんたが、それを教えてくれたことを思い出したんすよ。」

寅栄「これは学園都市そのものを敵に回すかもしれないんだぞ!それでもいいのか!?」

蟻P「生き恥をかくぐらいなら、戦った死んだ方がマシっす!」

寅栄「―――――!!」

蟻P「ここは俺たちが食い止めます!寅栄さんは俺らのバイクを使って、ここから逃げて下さい!」

そう言って、蟻Pは寅栄に自分のバイクのキーを渡す。
次々と他の増援も横転したトラックに乗っていたメンバーに自分のバイクのキーを渡す。

「大切に使えよ。」

「傷つけたら弁償だからな。」

「お前は無免許だろ。トラックに乗せてもらうか、誰かと2ケツしろ。」

寅栄「俺たちが逃げるまでの時間稼ぎだ。深追いはするなよ。」

蟻P「うっす!あと、第二三学区に張り込みしてた連中から伝言っす。」

―――――木原に動きあり。第5学区高速道路を走行中。―――――――――

寅栄「分かった。伝言ありがとう。武装部隊とサークルは離脱する!俺たちの目的は本丸を潰すことだ!」

蟻たち「うっす!」

鉄パイプや金属バットを振り回して能力者集団を必死に押さえこむ軍隊蟻《アーミーアンツ》の増援たち。
発火能力《パイロキネシス》に身を焼かれ、念動力《サイコキネシス》でその身を飛ばされても再び立ち上がり、
それぞれが機能を果たすことで軍隊蟻《アーミーアンツ》という一個の生命体のような連帯攻撃だ。

蟻Q「ご武運を祈ります!」

仰羽「おう!お前らも無理するなよ!」

増援に護られながら、数十台のバイクが正門から抜け出し、横転しなかった3台目のトラックが横転したトラックを抜けて風輪学園の敷地外へと出ていった。

蟻P「さて・・・と。寅栄さんには時間稼ぎって言ったんだけど・・・・」

蟻Q「ああ。うちのリーダーをボコった奴を見逃すのは筋が通らねぇな。」

蟻R「ちょっくら、軍隊蟻《アーミーアンツ》の・・・無能力者《レべル0》の恐ろしさを教えてやる必要があるみたいだな。」

喧嘩上等と言わんばかりに腕や指をポキポキ鳴らして、戦闘態勢に入るメンバーたちと能力者たち。
無能力者の意地と能力者のプライド、互いに点いてしまった火はぶつかり合わないと消せないようだ。



第五学区高速道路
第二三学区から境界突破に必要な被験体を運び出した故頼たちは第五学区の高速道路上にいた。
警備員《アンチスキル》でも少数しか配備されていない大型の軍用トラック。対
戦車ミサイルにすら耐えうる強靭な装甲を持ちつつも、スポーツカーに退けをとらないスピードと機動力を有するトラックだ。
正直言って、トラックと言うよりは装甲車に近く、屋根のハッチから亜継が顔を出し、搭載されている電磁狙撃砲を構えているのだから、
ますます戦場を滑走する装甲車に見える。
第二三学区の第一二学区は隣接しているのだが、第二三学区の職員と言えども第二三学区内での行動範囲は制限されており、
第五学区寄りに研究室を構えていた故頼たちは第八学区、第一二学区側の出口の利用が出来なかったのだ。
そのため、第五学区、第八学区の高速道路を経由して第一二学区へと向かわざるを得ないのだ。

亜継が与えられたオモチャを遊ぶ子供のように搭載された電磁狙撃砲をいじくり回し、撃つ構えで装甲車の前方をスコープで覗く。

亜継「ん?」

亜継の独り言が通信機で運転席にいる故頼へと伝わっていた。

故頼「どうした?」

亜継「警備員《アンチスキル》が検問を敷いてやがる。電磁狙撃砲でブチ殺しとくか?」

故頼「武器と姿を隠せ。我々は形式上、“合法的な輸送”を行っているのだ。わざわざ事を荒立てる必要はない。」

亜継「ちっ。つまんねぇな。」

亜継は楽しみであった戦闘のチャンスを逃すと、面白くなさそうな顔で武器を隠し、自身も装甲車の荷台の中へと姿を隠した。

検問所へと辿りつくと、数名の警備員《アンチスキル》がバリケードを張り、工事現場にある光る棒で装甲車に止まるように指示を出し、故頼たちもそれに従った。
一人のポニーテールで警備員《アンチスキル》の防護服の上からでも分かる巨乳の持ち主が運転席へと近付いて来た。それは紛れも無く、黄泉川愛穂だった。
第七学区の担当である彼女がなぜ管轄外である第五学区の高速道路にいるのかは分からないが、そんな事情を知らない故頼たちは疑問に思いもしなかった。

黄泉川「はいはいーい。ちょっと止まるじゃんよ~。」

故頼「何事だ?」

黄泉川「第二三学区から、機密情報を外部に持ち出されたって通報があったじゃん。悪いけど、中身を見せてもらうじゃんよ。」

故頼「我々は学区の許可を得て、合法的に積み荷を運んでいる。」

その証拠に、故頼は第二三学区が発行している持ち出し許可証を黄泉川に見せつける。

黄泉川「だったら、中身を見ても問題無いじゃんよ。」

故頼「内部には機密情報も詰まっている。中身を見るなら、統括理事会の許可証を提示して頂きたい。」

黄泉川「・・・・・・。」

故頼「もう用は済んだかね?我々は先に行かせてもらおう。」

黄泉川の不服そうな顔を見下ろしながら、故頼は装甲車のアクセルを踏んで検問を通り抜けていった。
それを見届けると、黄泉川は携帯電話を取り出して、何者かに連絡をとった。

黄泉川「九野先生か。1,2分しか時間稼げなかったじゃんよ。」

九野『ご苦労だった。たとえ刹那でも稼いだ時間に意味はある。』

黄泉川「意味があるって・・・」

九野『後は、軍隊蟻《アーミーアンツ》に任せるさ。』

警備員A「いいんですか?行かせちゃって?」

黄泉川「この検問自体、違法なものだから仕方ないじゃんよ。それに、ちょっとだけど、時間稼ぎにはなったじゃん。」

警備員B「みなさん、来ましたよ。」

警備員Bが指さす方向にいくつものライトがこちらに向かってくる。
それは、十数台のバイクと1台のトラックで構成された軍隊蟻《アーミーアンツ》の武装部隊だった。

警備員C「検問を開けろ!」

警備員《アンチスキル》たちは検問を開けて、軍隊蟻《アーミーアンツ》を素通りさせる準備をした。
そして、アクセルを緩めることなく、バイクとトラックは全速力で検問を通過していった。

黄泉川「あ~あ。油断して、武器が丸出しじゃん。」

そう言って黄泉川は、軍隊蟻《アーミーアンツ》があの事件の被害者の無念を晴らし、故頼の実験を阻止してくれることを信じて彼らを見送った。

ちゃっかりと武装している証拠写真を撮りながら・・・


最終章 蟻群矜持《ボトムスピリット》 後編 につづく

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最終更新:2012年03月31日 17:39