「遅いぞ、焔火!何を手間取っている!?」
「す、すみません!も、もう少し!」
「全く。これだから落ちこぼれは・・・。少し顔を洗ってくる。それまでに済ませろ!」
「(今日も今日とて・・・)」
「(固地先輩。・・・。絶好調だね)」
ここは、[対『
ブラックウィザード』風紀委員会]が設置された
成瀬台高校では無く、近頃評判の焼肉屋『根焼』の裏手である。
風紀委員第178支部の面々は、『根焼』の店長の厚意により建物内の一室を借りて、着替えを行っていたのである。
「お、お待たせしました!!」
「・・・!!」
「綺麗・・・!!」
今日から固地の指導を受けることになった176支部の焔火が、一番最後に裏口から姿を現す。
今彼女が着用しているのは、薄緑色の花柄付きワンピース。色付きのサングラスを掛け、麦藁帽子を被り、ショルダーバッグを持つ焔火に真面と殻衣は思わず目を奪われる。
「そ、そうかな?私の普段の私服って短パンとか半袖とか動きやすさ重視だから、こういうのは着慣れてないんだけど・・・」
「す、すっげぇ似合ってるよ・・・。な、なぁ、殻衣ちゃん?」
「う、うん。・・・。焔火さんて背も高いし、スタイルいいし。・・・。綺麗だよ」
「あ、ありがとう・・・。な、何か照れくさいね///」
真面と殻衣から褒められ、焔火は照れてしまう。合同捜査初日ということもあって、今日は皆気合が入っている。
本来ならば、焔火は176支部の面々と行動を共にする筈だったのだが、
昨日の固地と加賀美の話し合いにて『債鬼君のやり方に早く慣れた方がいい』という加賀美の意見もあり、
今日から数日間は固地達178支部の面々と行動を共にすることになっている。
「それに引き換え・・・俺は・・・。何時もしているコンタクトが恋しいぜ」
「私も。・・・。コンタクトって苦手。・・・。この系統の服って、今まで着たこと無かったし」
「えっ?えっ?な、何で落ち込んでるの?」
焔火の姿に落ち込む真面と殻衣。真面の今の服装はというと、英語がプリントされた青系統の半袖にジーンズを履き、鍔付きの帽子を被っている。
これ自体はまだいいのだが、固地の指示により何時もしているコンタクトレンズの代わりに、太い黒縁+牛乳瓶の底のような度がキツそうな眼鏡を掛けているのだ。
一方、殻衣は白系統のレース入りブラウスにデニムパンツ、何時もは三つ編みに束ねている髪はストレートに、掛けている眼鏡の代わりにコンタクトレンズをしている。
焔火を含めた3人は、普段醸し出している雰囲気からは予想できない程見た目がガラリと変わっている。
「か、殻衣っちのその姿も似合っていると思うよ!わ、私もそういう服装の方が好きだなあ・・・。真面は・・・その・・・あれだけど・・・」
「や、やっぱりー!!この眼鏡か!?この眼鏡のせいかー!!?」
「そ、そう?・・・。今度からこっち系も着てみようかな?」
「おい・・・何時まで無駄口を叩いている?これから仕事だぞ?」
そんな所に、178支部に君臨する“風紀委員の『悪鬼』”こと固地が、『根焼』の裏手にある水場から戻って来た。
ちなみに、彼の服装は上下共に臙脂色のジャージにハンチング帽という出で立ちであった。
「固地先輩・・・。意外に、私服のセンスが悪いですね。それ・・・悪い意味で浮きません?」
「別に構わない。悪い意味だろうが良い意味だろうが、普段とは違う雰囲気を出していればそれでいい。
尾行任務に就いているわけじゃ無いしな。ククッ。尾行か・・・面白い(ボソッ)」
「えっ?」
「いや・・・何でも無い」
焔火の言葉を軽く受け流し、固地は本題に入る。ちなみに、同支部の秋雪は固地の判断で成瀬台に居残って事務作業をしている。
「これから捜査任務を開始する。とりあえず、178支部(ウチ)の管轄範囲及びその近辺をもう一度徹底的に洗い直す。
本当ならば捜査範囲をもっと拡大させたいが、何せ176支部から落ちこぼれが参加しているからな。余計な真似をしないとも限らん」
固地の言葉に真面と殻衣は顔を引きつらせるが、焔火は顔色を変えない。自分は落ちこぼれ。そう認識しているからこそ、自分はここに居る。固地の指導を受けにここに居る。
「今日の俺達の設定は絵画クラブだ。昨日言った通り、全員ペンと小型のスケッチブックは持って来たか?」
「「「はい!」」」
「よし。今日は夏休み初日。クラブ活動の一環として、絵画クラブが学園都市に繰り出すのはおかしいことじゃ無い。
今回俺達が着ている服装も、その一環だ。何時もの制服ないし意外でも何でも無い服装では、俺達が風紀委員だとわかってしまう可能性も高くなる。
人の雰囲気を感じ取る嗅覚を鈍らせるためにも、変装は有効だ。学園都市という科学の総本山でもな。
そのために、風紀委員の腕章も付けていない。真面!あれはできているな!?」
「は、はい!」
真面が、ナップサックからリングで纏めたカードの束を出す。それに記載されているのは・・・ある単語とある時刻。
それが、1枚のカードに10組、それ等が束になっているリングは幾つもある。ある地点からは、カードの色も違っていた。その色の種類は・・・23種類。
「これは・・・?」
「焔火!これが何なのか、そして今回の捜査任務においてどういう意味を持つのか答えてみろ!」
「えっ!?」
固地からの問い。これは、唯の問いじゃ無い。自分を試している。そう瞬間的に判断した焔火は、目の前のカードの束に思考を集中させる。
「(これは・・・駅名?だとすると・・・バス?電車?・・・・・・これが意味すること・・・今回の任務に関係している・・・・・・)」
そして1分後、考えを纏めた焔火は固地の問いに答える。
「これは・・・バスの時刻表ですね。カードに記載されている時刻の1つに、私が使用する通学バスのものがありました。
そして、これが意味するのは・・・“時間外”・・・ですね?」
焔火は、固地の回答を待つ。この答えが本当に合っているのか、もし違っていたら・・・そんな心中渦巻く感情の荒波に押されながらも、焔火は待つ。
「フッ・・・」
そして、固地は笑みと共に口を開く。
「その通りだ。まぁ、正確には『該当する停車駅にバスが寄る最終時刻』だがな。これからは、各学校も休みになる。そのために、バスの運行ダイヤも変更されている。
加えて、夜間においては塾に通う生徒のために、夏休みながらも臨時バスが多く出ている。
つまり、昨日までのダイヤとは大幅に変更されているということだ」
「・・・はい」
「そして、このダイヤ変更で最も注意しなければならないのは営業時間外、つまり営業時間が終了した後だ。
違法ドラッグのようなものが一般の人間、ここでの人間とは俺達学生に限るが、秘かに流通している場合、それを手に入れる時間帯というのはやはり夜間が多いだろう」
「スキルアウトの主な活動時間帯は夜。・・・。それは、夏休みに入っても変わらない」
「昼間と夜間。どっちがバレにくいって言えば、やっぱり夜間だよな。人間の心情的にも」
「しかも、『ブラックウィザード』は私達の捜査の網を悉く掻い潜っている。一般人が寝静まる夜間・・・それも深夜帯に活動している可能性が高い」
固地の言葉を受けて、殻衣、真面、焔火が意見を出し合う。その議論に、固地は更なる追加材料を与える。
「まぁ、そんなことは管轄で実際の被害が出た花盛支部もわかっている。彼女達も、風紀委員の活動時間外である深夜帯に秘かに動いていたようだが・・・結果は芳しく無い。
これ等のことから、『ブラックウィザード』には透視系能力者のような周囲の状況を観察できる奴が居る可能性がある。だが、これも何時まで持つか・・・ククッ」
「ど、どういうことですか?」
焔火が、笑い声を発した固地に怪訝な視線を向ける。その視線に、禍々しい目を見開いて答える固地。
「これからは、ドラッグの氾濫速度は増す。それは、つまり俺達学生に更なる被害が及ぶということだ。出回っているドラッグは、中毒性が高い代物であることは知ってるな?
当然、ドラッグが無くなればそれを求めて中毒者は『ブラックウィザード』と接触を図る。何せ、薬物の禁断症状というのは相当なものだからな。
中毒者は、絶対にドラッグを求めて動く。そして・・・その中毒者は一般人だ」
固地が何を言わんとしているか。焔火は、その意味を徐々に理解し始める。
「一般人に、俺達風紀委員の捜査を掻い潜れる能力等有りはしない。
このドラッグの中毒者の大半は無能力者かレベルの低い能力者と推測できる以上、能力による妨害もそれ程大きくは無い。
焔火!人間が、この手のドラッグを求める理由は何だと思う?」
「・・・今回でしたら“レベルが上がる”という謳い文句に釣られたり・・・単純に好奇心で・・・とかですか?」
「それもある。他には、ストレスとかもあるか。フッ、周囲の人間より能力に劣っていたり、学校や塾の成績がすこぶる悪い学生達のストレスは、さぞ激しいものだろうな」
「・・・固地先輩・・・!!まさか・・・!!」
理解が進むにつれ・・・焔火は固地の狙いを看破する。
「一学期も終わり、夏休みという開放感溢れる時期に突入した学生は様々なものに手を出しやすくなる。
それは、夏休みに入って尚塾等で勉学に励む学生も同様に。中には夜遅くまで塾で勉強している人間も居る。碌に遊べず、ストレスを解消できない学生が。
そして、塾帰りに帰宅用のバスに乗らずに・・・どこかで耳にした開放感を感じられるドラッグを手に入れようとする輩も、もしかしたらいるかもしれない。
そうなれば・・・こちらにとってはチャンスだ。規模が拡大するということは、それに応じたリスクを抱え込むことになる」
「・・・それまでは、違法ドラッグの氾濫を黙認すると言いたいんですか・・・!!?」
「俺としても、事件解決は早い方がいいに決まっている。だが、現時点では事件解決への道程は厳しいと言わざるを得ない。
何せ、奴等の情報を俺達は殆ど掴めていないからな。だったら・・・その情報を掴める可能性が高い方法を俺は採る。それだけの話だ」
「・・・ッッ!!」
焔火は、思わず歯噛みする。固地の言う方法は確かに有効性が高い。だが、それまでにドラッグによる被害者は多く出る可能性もまた高い。
非情な作戦。焔火はそう判断し、固地を反発の意を込めた視線で睨み付けてしまう。
「・・・何だ、その目付きは。奴隷の分際で、よく主人に刃向かう気概があるな、“風紀委員もどき”」
「・・・!!」
「俺のやり方があくどいことは、お前も噂程度なら知っていた筈だ。気に入らないなら、さっさと立ち去れ。俺のやり方に異を唱える奴隷等、お払い箱だ。俺は要らない。
176支部(もとのばしょ)に戻って、加賀美(もとのしゅじん)にでも慰めてもらうんだな。フッ、落ちこぼれらしい顛末だ。ハーハハハッ!!」
「ッッッ!!!」
「(固地先輩・・・)」
「(ホントに性格悪い・・・)」
固地の言葉が、焔火の心を抉る。この男は、まだ自分のことをこれっぽちも認めていない。自分はまだ、スタートラインに立っただけ。少なくとも固地にとっては。
ここでおめおめと退散するということは、スタートすらしないまま元の場所に戻るということと同じ。
それでは・・・自分がここに居る意味が無い。土下座してまで希った自分の覚悟が、霧散してしまう。それだけは・・・絶対に駄目だ。
「・・わかりました」
「ん?何か言ったか、奴隷?」
自分はまだ・・・何もこの男から学べていない。この男の信念を見定めることもできていない。
「固地先輩の言う通りにします。確かに、先輩の方法は事件解決の手掛かりを掴める可能性が高い。
私は・・・固地先輩の指示に従います。出過ぎた真似をしてすみませんでした」
「焔火ちゃん・・・!!」
「焔火さん・・・!!」
焔火は、固地に謝罪すると共に頭を下げる。真面と殻衣が息を飲む中、固地は愉快そうに言葉を放つ。
「フッ・・・。最初からそういう態度でいればいいんだ。そもそも、俺に指導を懇願したのはお前なんだからな。それなりの態度というものがあるだろう?
昨日も言ったが、俺は見限ると判断した時はすぐに最後通牒をお前に下す。風紀委員失格という烙印付きでな。異論は認めない。わかったか、奴隷?」
「・・・はい。本当にすみませんでした」
「・・・もういい。頭を上げろ。いい加減、見苦しくなってきた。お前如きに時間を費やす暇は無い」
「・・・はい」
頭を下げ続ける焔火を促し、固地は本題話を再開する。
「このカードの束は、23学区全ての駅名及びバスが立ち寄る終着時刻が記載されている。この時間を過ぎても出歩いている奴は・・・」
「怪しいですね。スキルアウトか、それとも・・・」
「ドラッグを手に入れるために出歩いてる一般人。・・・。ですね?」
「その可能性は十分にある。風紀委員会としては、今まで被害が報告されている人間の活動範囲を重点的に調べる方向だが、
俺達はまず自分達のテリトリーから調べて行く。その方が効率的だからな。思わぬ結果に結び付く可能性もある。
だが、それだけでは不十分だ。そのために、真面にこれを作らせた。学業及び通常の風紀委員活動と平行しながら作成し、
今日までに間に合わせた真面の働きは評価できる。さすがは、俺の部下だ」
「かなりしんどかったですよぉ。言われてから数日間、不眠不休でこれを作ってましたし・・・。おかげで、目が痛くなっちゃいましたよ。眼精疲労がやばいやばい」
「真面君。・・・。お疲れ様」
「・・・殻衣ちゃんに褒められると元気が湧いてくるよ」
「それじゃあ、そんな元気が湧いた真面と殻衣には、このカードに記載されている内容を3日で全て暗記してもらおうか」
「ええええぇぇぇっっ!!?」
「・・・本気。・・・。ですよね?」
「もちろん、本気だとも。一々カードを見ながらというのでは、咄嗟の判断時に意味が無い。全て頭に叩き込んでいるというのが普通だ」
「これを・・・3日で?いい加減眼精疲労が溜まってるってのに・・・」
「本当に。・・・。容赦無いですね」
「・・・・・・」
部下である真面と殻衣に指示を出す固地。その光景を、真面から手渡されたカードの束を手に持つ焔火は複雑な感情を抱きながら見ている。
真面も殻衣も、固地からは部下として認められている。それは、あの2人が固地の無理難題にちゃんと応えてきた証。
対する自分は・・・。痛い程に握り拳を作る焔火に、固地から声が掛かる。
「おい、焔火。お前には3日とは言わない。落ちこぼれのお前には、ハナっからそこまでは期待していない。1週間の猶予をやろう。その間に、このカードに記載され・・・」
「・・・1日です」
「ん?」
この男に認めてもらうためにはどうすればいいのか。本物の風紀委員になるための意味ある過程として、自分の為すべきこととは一体何なのか。
視界不良なんてモンじゃ無い。お先真っ暗な今の現状を乗り越えるためなら・・・何だってやってやる。自分が嫌だと思うことでも何でもやり切ってやる。
例えば・・・あの男の部下が全て暗記するのに3日掛かるというこの時刻表を・・・自分なら・・・
「1日で行けます!!明日までに・・・これに記載されている駅名と終着時刻を全て暗記してみせます!!」
「ほう・・・」
焔火の発言に、固地は興味深げな視線を送る。焔火にとって、これは無謀なことでは無い。
彼女は、学力重視の小川原高校付属中学校に通う生徒である。抜群に成績が良いとまでは行かないが、それなりの成績は出している才女なのである。
小川原の試験レベルに比べれば・・・この程度の暗記は屁でも無いのである(とは言っても、結構ギリギリではあるのだが)。
「・・・いいだろう。ならば、明日までに全て暗記して来い。俺がテストしてやろう。真面!殻衣!」
「は、はい!!(・・・な、何か)」
「はい!(・・・。嫌な予感が)」
「この落ちこぼれが1日で暗記できると豪語するからには・・・俺の部下であるお前達にも1日で暗記してもらわなければ話にならないぞ?」
「えええぇぇ!?」
「そ、そんな・・・!!」
「・・・お前等。俺の顔に泥を塗るつもりか?うん?」
「「い、いえ、そんなつもりは・・・」」
焔火の言葉によって、思わぬ余波を喰らった真面と殻衣。2人共に今日の徹夜が決まった瞬間であった。
「はぁ・・・。徹夜か・・・」
「うぅ・・・」
「・・・ごめんなさい。私が変なこと言っちゃったばかりに・・・」
真面と殻衣の落ち込みように、焔火も己の発言を反省する。固地の性格を考えれば予測できたことだけに、尚更反省の念が強くなる。
「・・・今度からちゃんと考えて言ってくれよな。どっかの空気の読めないぶっきらぼうみたいな真似だけは勘弁してくれよ・・・」
「(ぶっきらぼう?・・・そういえば、神谷先輩もぶっきらぼうなタイプで、リーダーを困らせていたっけ?)」
「ま、真面君。・・・。焔火さんも反省してるんだし、今回は大目に見てあげようよ」
「殻衣ちゃん・・・。別にそこまで怒ってないけどさ」
「・・・ごめんなさい」
真面と殻衣に謝る焔火。最近の自分は謝ってばかり。この状態から早く抜け出したい。そんな自分に苛立つ焔火の口から、つい愚痴が出てしまう。
「・・・固地先輩も固地先輩よ。部下に色んな無理難題を押し付けて。これにしたって、自分はどうなのよって話じゃない?
量自体もメチャクチャ多いし。・・・殻衣っちも言ってたけど、尋常じゃ無いね。あの人の傲慢さは」
それは、固地に対する愚痴。こんなことを言っても仕方無いことはわかっている。わかっていても口から出てしまうのは、心が持つ防衛本能の表れか。
「・・・もう覚えてるよ、固地先輩は」
「えっ・・・?」
そんな陰口を叩いてしまう焔火に言葉を向けたのは、固地のような傲岸不遜な人間を嫌う男・・・
真面進次。
「前の風紀委員会が終わったその足で支部に帰って、俺は固地先輩からこのカードの作成を指示された。
俺がパソコンの画面と格闘している間、何時もなら外回りに出掛けている筈の固地先輩が珍しく事務仕事に没頭していた。
内容は・・・俺が指示されたこと、つまり学園都市中のバス停と終着時間を片っ端から調べ上げていたんだよ。もちろん、暗記するために」
「・・・!!」
「固地先輩は。・・・。部下に押し付けるだけの傲慢な人じゃ無いよ?」
次に話し出したのは、固地によって何時も外回りに連れ出されている少女・・・
殻衣萎履。
「『部下にできることを自分ができないわけが無い』。・・・。固地先輩の口癖みたいなものだけど、その言葉通りにあの人は誰よりも努力してる。・・・。
あの人なら、その日に全て調べ上げて自分の頭に叩き込んでいるんじゃないかな?・・・。
何時寝ているんだろうって心配になるくらいの仕事量を、学業と共にあの人はこなしているわ」
「・・・!!!」
焔火は、2人の言葉に衝撃を受ける。固地との接し方から、2人は固地のことを嫌っていると思っていたからだ。
もちろん、焔火の見立ては正しい。真面も殻衣も、人間として固地のような人間は嫌いな部類に入る人間だ。
自分達に無理難題を押し付けて、ガミガミ叱り飛ばし、非情な作戦に巻き込むこともザラにある。でも・・・自分達はあの人を認めている。
「私には、固地先輩がどうしてあれ程までに風紀委員の仕事に没頭しているのかはわからない。・・・。あの仕事量は、普通の風紀委員が受け持つ量じゃ無い。・・・。
過去に何かあったのか。・・・。固地先輩の遊んでいる所なんか見たこと無いし」
「でも、あれだけやってりゃあスキルってのは嫌でも身に付く。あの人は、同僚からどんな誹謗中傷を喰らっても平然としている。理由は・・・わかるだろ、焔火ちゃん?」
「・・・結果を出す・・・!!」
「そう。あの人は、周囲を黙らせるくらいの結果を出し続けている。だから、誰も文句を言えない。文句を言いたければ、自分より結果を出してみろってな感じ。
俺はああいう人間は嫌いだけど・・・実力だけは認めてる。あの人から学べることも多いし。色んな意味で」
「そうね。・・・。私も入った当初は風紀委員になったことを後悔する程だったけど。・・・。今は固地先輩の下で働けるのを嬉しく思っているわ。・・・。
これは、固地先輩には内緒よ?・・・。あの人が知ったら、余計に連れ回されるから」
「・・・!!!」
それは、部下である2人の紛れも無い本音。
固地債鬼という男を、心の底から認めているからこそ出た言葉。
「だから、焔火ちゃん。キツイ言葉かもしれないけど、そんな調子じゃあ固地先輩から何も学べないよ?」
「ッッ!!」
「ここに焔火さんが居る意味を。・・・。あの時、土下座してまで固地先輩に懇願した意味を。・・・。もう一度考えて、焔火さん」
部下である真面と殻衣の助言。それ等を受けた焔火は、もう一度己に問い直す。
「(そう・・・そうよ!!『何だってやってやる』って今さっき思ったばかりじゃ無い!!何意気地の無いことを漏らしてるのよ、私!!)」
『・・・固地先輩も固地先輩よ。部下に色んな無理難題を押し付けて。これにしたって、自分はどうなのよって話じゃない?
量自体もメチャクチャ多いし。・・・殻衣っちも言ってたけど、尋常じゃ無いね。あの人の傲慢さは』
焔火が口に出した愚痴。内容は真面や殻衣達を思っての言葉に聞き取れるが・・・本当は違う。自分のための愚痴。弱音や不満の意を含んだ言葉。
「(こ、こんなんじゃ駄目!!もっと・・・もっと本気で!!あの人に・・・固地先輩に付いて行かないと!!)」
強烈な日光差す中、焔火は己を叱咤する。固地の在り方や今回のような作戦に対して、焔火はどうしても拒否感を抱いてしまう。
しかし、今はそんなことに囚われている余裕は無い。暇も無い。自分がここに居る意味。
自分とは全く違う風紀委員(こじさいき)の在り方を学ぶために、
焔火緋花はここに居るのだ。
それを見極められないまま終わるのは・・・嫌だ。絶対に・・・嫌だ!!
「よしっ、それじゃあ行くぞ!!」
「はい!」
「わかりました」
「・・・ハッ!は、はい!!」
『根焼』の店長に礼を言い終えた固地が、出発の号令を掛ける。真面、殻衣に僅か遅れて焔火は178支部の面々と共に街に繰り出す。
固地の指導は、まだ始まったばかりであった。
continue…?
最終更新:2012年06月05日 22:03