It takes al the running you can do, to keep in the same place.

 全力を以て走り続けよ。ただそこに留まるがために。





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「俺は……聖杯戦争を破壊しようと思う」

 開口一番、口を突いて出たのはそんな言葉だった。
 人々の織りなす喧騒もすっかり落ち着いた夜半のこと、自分の部屋として割り当てられた部屋で、相対する二つの影に向かって。
 あれこれと悩むことも、思いに逡巡することもなかった。自然と、世間話でもするかのような気軽さで、気付けば少年は宣誓していた。

 少年が違和感に気付いたのは、つい先刻のことだった。
 いつも通りの学校生活から帰宅し、台所から漂ってくるカレーの匂いに年甲斐もなく胸を躍らせ、妹の声を聞きながら部屋に戻ったその瞬間、少年の記憶は忘却の檻から解き放たれた。 
 次々と湧き出る記憶に、自分でも何故今まで忘れていたのか理解できないまま憤激した。自分はこんなことをしている場合ではないのだという嚇怒の念が巻き起こり、しかし次の瞬間には鉄の意思で捻じ伏せた。
 そして考えたのだ。今自分は何をすべきなのかということを。
 この世界の成り立ちと、聖杯戦争という頸木を考慮に入れて。願えば叶うという聖杯の存在を確と受け止めて。己が抱く理想を振り返って。
 その上で、彼はその結論に達した。

「あら、意外ね。貴方くらいの歳なら、もう少し野心や万能感を抱いていてもおかしくはないと思ったのだけど」

 からかうような含みの声に見上げれば、夜空に浮かぶ月を後ろに、一人の少女がこちらを睥睨していた。
 窓枠に腰かけた銀貌は月の光を受けて煌と輝き、しかし夜の影を落として優しく微笑んでいた。
 街灯という文明の眩さすらも色褪せてしまうほどに、その少女は美しかった。

「それこそ誤解だよ。俺の願いなんて聖杯を使うほど大層なものじゃない。いやむしろ、この聖杯戦争を壊すことそれ自体が、俺の願いに繋がる可能性だってある」

 少年は、一種蠱惑的とさえ言っていい少女の声に、しかしまるで動じる様子もなく返した。
 そして、聖杯戦争の破壊が願いに直結するという言葉は、決して嘘ではない。

 この街に来て数日、彼はこの世界の成り立ちについてある程度理解を得ていた。
 疑似的な電脳空間。現状の科学では到底成しえない超技術、その産物であると、不確かなれどもある種の確信を抱いている。
 ならば、そんなことを可能とする存在は―――

「俺は時計機構を―――オルフィレウスを天の玉座から引き摺り下ろす」

 そうするしかないのだと、俺は再び心に誓った。

 仮に、いいや間違いなく、時計機構はこの電脳世界の構築に関わっているのだろう。
 ならば、俺のすべきことは決まっている。
 カレンが死んでしまったあの時、俺は激情のまま誓った。この理不尽を俺に強いる"敵"を決して許しはしないと。それは紛れもなく、俺自身の心だ。
 この悲劇(マイナス)を塗り替える為に、たとえ世界が相手であろうとも俺は俺自身の意思で戦い続ける。俺は確かにあの時誓ったのだ。

「この舞台を作り上げているのが本当にそいつなのか……絶対とは言い切れないけど、それでも俺は聖杯なんていらない。俺は日常(ふつう)を守ることができればそれでいいんだ」

 それを果たすためならば、俺は戦うことを厭いはしない。
 静かに耳を傾ける少女は、変わらず笑みを浮かべるだけだった。

「普通の人間でありたいから、当たり前の日々を過ごしたいから。そのために貴方は戦う。
 やるべきことを正しくやろうと努力する。それを心がけない限り、人は何者にもなれない。貴方は、それをしっかり理解しているのね」
「夢だけを見て、言い訳ばかり上手い人間なんて誰からも必要とされないだろう?
 俺は、ただ自分の在るがままに生きたいんだ」

 やる前から諦めない。夢はただ胸に抱く。一度決めたことは投げ出さない。
 言葉にすれば簡単なことだけど、それをきちんと履行してこそ、人は人足らんのだと、そう思うから。
 俺は、たとえ最後の瞬間を迎えようと、心乱れることなく自身を中庸に保っていたいのだ。

 少なくとも、自分はただの人間だから戦いたくないし傷つきたくない、けど平穏と安心だけは傷つかないまま欲しいだなどと、そんな恥知らずな真似はしたくない。

「ええ、いいわ。お誂え向きに私も彼も、聖杯に抱く願いなんてないもの。
 貴方の道程に付き合いましょう。それが、今生における私達の道」

 少年の選択を、法悦に濡れた女の声が肯定する。
 星空に坐す太陰を背に、少女は軽く窓枠から足を下ろすと、王侯貴族もかくやと言う足取りで近づいてきた。
 蒼白の月光に彩られるその姿は、まさしく月乙女(アルテミス)そのもので。

「ああ、ありがとう。これからよろしく頼むよ、アサシン」

 少年はただ、少女と、その脇の暗闇に座る男に礼を言った。
 アサシンという呼び名は、少女ではなく、暗がりの男へと向けたものだった。





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 俺たちは、当たり前に生きて死のう。
 どこにでもいる人間として、健やかに、慎ましやかに。
 勝たなければ傷つき、負ければ死ぬような厳しさとは無縁の優しい世界へ、さあ―――

 そう願ったのは、いったい何時のことだったか。
 誰に向けて誓ったのか。
 記憶は軋み、無謬の果てへ引き裂かれた。





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「そういうことだけど……貴方はそれで構わないわね、ゼファー」
「この期に及んでそれを聞くか、普通?」

 問答より幾ばくか、夜の帳が漆黒の深度を更に深めた頃。月乙女と暗殺者はそんな言葉を交わしていた。
 旧知の仲であるように、彼らは気安く、家族に語りかける穏やかさで会話する。
 それは英雄譚に記される勇者などではなく、市井に住まう常人であるかのような平凡さを醸し出していた。

「聖杯目指して殺して回って得られる勝利なんざお断り。サーヴァントの枠に括られてるから逃げるなんて不可能。かといって無意味に死んでいく敗北は論外。
 なんだよこれ、詰みじゃねえか。勘弁してくれよマジで」

 軽薄な口調で自嘲するように話すアサシンは、真実凡夫であるかのように泣き言めいたことを口走っている。
 月乙女は、まるで子供を愛する母のように、あるいは弟を愛する姉のように、静かにアサシンを見つめていた。

「聖杯戦争、英雄が集う殺し合いね……正直なんで俺が英雄扱いされてんのか分かんねえし、また戦うなんて真っ平御免なんだけどな。
 でも、震えてどこかに隠れてたってこの世界そのものが戦場になるんだろう?」
「英雄譚に出てくるような、いいえ、英雄譚そのものな冗談極まる破滅の死闘。際限なく膨れ上がる闘志(ちから)、決意(ちから)、宣誓(ちから)、野望(ちから)。あらゆる者を焼き尽くすソドムとゴモラの再現ね。嫌になるわ、本当に」
「誰が勝っても後に残るのは焼け野原ってか? やってられるかってんだ、そんなもん」

 そこで、二人は言葉を切って。

「だから」
「そう、だから」

 口を開き、素直な感情を吐露する。

「"こんなもの"は、認めない」
「貴方はやりすぎたのよ、どこかの誰かさん」

 それはすなわち、"光"への憎悪。
 聖杯戦争を開き、奇跡を以て何かを為そうとする誰かへの嫌悪感だった。

 どうでもいい、どうでもいいのだ。例え裏側にいるそいつが【世界を救う】なんて大層なお題目を抱いていようが、まとめて心底知ったことじゃない。
 願いを叶えたいなら自分だけで勝手にやればいい。無関係の俺達を巻き込んで、理想のために傷つき死んでくれなどと押し付けるな。
 百歩譲ってこの際俺自身のことは度外視してもいい。自分の罪は知っているし苦しむのも自業自得だ。そもそもが一度死んで再現されたサーヴァントでしかないのだから、更に死んだところで何の痛痒もないだろう。
 けれど、俺以外の連中は?
 聖杯を求めて殺戮を容認するような連中はどうでもいいが、例えば俺たちのマスターのような、屑でも塵でもない者まで何故巻き込まれなければならないのか。
 気に入らないのだ、そこが。どのような大義名分を掲げようと、どれだけ崇高な理想があろうと、ならばそこに赤の他人の命を勝手に賭けても許されるのだという傲慢が。

「だから、私たちはマスターの願いを肯定するのよ。遍く光を破壊するために、私たちは走り続ける」

 誰からも賞賛などされないであろう身勝手な思いから、俺たちはマスターの意思を肯定していた。
 聖杯戦争を破壊する。それはすなわち、高みに坐す勝者を殺すという、どうしようもない下衆な悦楽。

「行きましょう。罪を重ねることになったとしても、尽きるまで走り続けることが、命にとっての義務なのだから」

 聖杯戦争が終わるまでの命だとしても、死を上回る苦難があったとしても、自壊だけは選んではならないとヴェンデッタは告げる。
 他の誰が死に救いはあると説いても、既に死して未来を失った自分たちだけはそれを否定する権利があると、ただ厳かに訴えていた。

「ああ、行こうヴェンデッタ。全ての願いが途絶えるように」

 そして彼らは歩みを進める。奇跡をもたらす聖杯の恩寵を打ち砕くために。
 ただひたすらに勝者を滅する弱者として、意味のない八つ当たりをすると決めたのだ。
 それは勝利でも敗北でも逃亡でもない。この聖杯戦争を仕組んだ誰かを地に引き摺り下ろすという、これ以上なく生産性の欠如した弱者の足掻きでしかない。
 けれど俺はそうしたいと願う。痛みを伴う正しさからでも、心地いい間違いからでもない。
 今まで生きた傷だらけの足跡を愛するからこそ、血を流させる運命を蹂躙したいと願うのだ。
 ただそうしたいという心のままに、俺達が掴んだ輝きを奴らにも見せてやろう。

 恐怖に震え、心の悲鳴を耳にして、それでも尚と胸に抱いた"逆襲"の想いと共に。
 今こそ、遍く光を踏み躙るのだ。

 故に彼は人狼と恐れられたリュカオンでも。
 嘆きを謳うオルフェウスでも。
 星を滅ぼすスフィアレイザーでもなく。
 単なる一人の人間「ゼファー・コールレイン」として、■■■を始めようとしていた。

 ―――太陽系から放逐された冥王の星光が、冥府の底で目覚めの時を待っている。

【クラス】
アサシン

【真名】
ゼファー・コールレイン@シルヴァリオ ヴェンデッタ

【ステータス】
筋力D 耐久D 敏捷C++ 魔力C++ 幸運E 宝具A

【属性】
中立・中庸

【クラススキル】
気配遮断:A
サーヴァントとしての気配を絶つ。
完全に気配を絶てば、探知能力に優れたサーヴァントでも発見することは非常に難しい。
ただし自らが攻撃態勢に移ると気配遮断のランクは大きく落ちる。

【保有スキル】
仕切り直し:A
戦闘から離脱する能力。
また、不利になった戦闘を戦闘開始ターン(1ターン目)に戻し、技の条件を初期値に戻す。

単独行動:B
マスターからの魔力供給を断ってもしばらくは自立できる能力。
ランクBならば、マスターを失っても二日間現界可能。

潜入工作:C
敵地に潜り込み、間諜として活動する能力。
このランクであれば、間諜としてのセオリーさえ守れば敵対活動を疑われない。
ただし、このスキルが高ければ高いほど、英雄としての霊格が低下する。

【宝具】
『狂い哭け、罪深き銀の人狼よ(Silverio Cry)』
ランク:D++ 種別:対人宝具 レンジ:1~10 最大捕捉:1
アサシンの持つ星辰光。その能力は振動操作。
自身の周囲を索敵するソナー、対象物と固有振動数を合わせて破壊する防御無視のレゾナンス、対象物の内側から振動を叩き込み崩壊させるハーモニクスなどがある。
この宝具の発動中は敏捷と魔力に++の補正を与えるが、使用後に多大な反動がアサシンを襲う。マスターにかかる魔力消費はそんなでもない。

『月乙女-No.β死想恋歌(Eurydike)』
ランク:B 種別:人造惑星・比翼連理 レンジ:1 最大捕捉:1
魔星の一、歪み捩れた骸の惑星。アサシンと繋がれた比翼連理。通称ヴェンデッタ。
少女の姿をした独立した存在であり、固有の人格を保有する。彼女はサーヴァントでないため実体化にかかる魔力消費は極めて少なく、サーヴァントとしての気配も持ち合わせない。その代わり戦闘能力は皆無。ほとんど一般人程度の力しか有しない。
ただし彼女はEXランクにも匹敵する膨大な魔力を内包する。彼女の実体化が後述の宝具の発動条件となる。

『冥界へ、響けよ我らの死想恋歌(Silverio Vendetta)』
ランク:A 種別:対人宝具 レンジ:1~99 最大捕捉:1
月乙女(ヴェンデッタ)の持つ星辰光。それはアサシンとの完全同調。
ヴェンデッタとアサシンが同調することにより、一時的にアサシンの各種能力を飛躍的に上昇させる。また魔力そのものを視認・干渉することが可能となり、ヴェンデッタとの間に無制限の感覚共有を為すことも可能。
この状態でもアサシンは自身の星辰光を使用可能。そして使用後は意味不明なレベルの反動がアサシンを襲う。

『闇の竪琴、謳い上げるは冥界賛歌(Howling Sphere razer)』
ランク:EX 種別:対星宝具・侵食固有結界 レンジ:1~30 最大捕捉:1000
創生・星を滅ぼす者。
現在この宝具は一切機能していない。この力が真価を発揮するのは、真に逆襲が果たされる時となるだろう。
仮に発動する場合、月乙女-No.β死想恋歌はその形を失い、二度と発動を取り消すことはできない。

【weapon】
星辰光の発動媒体となる短刀に加え、両手がオリハルコン製の義手となっている。

【人物背景】
やる気なし、根性なし、意気地なし、金なし、職業なし、甲斐性なし、生活能力なしの駄目人間。
元々はスラム街の出身で割と凄惨な幼少期を過ごし、青年期において帝国軍隊に入隊。同時に改造手術を経て星辰光奏者となる。
その後は何の因果か十二部隊の一つ「ライブラ」の副隊長に任命され、数多くの暗殺任務をこなすようになる。
任務達成率は高く隊長や部下からの信頼も厚く、星辰光奏者としての実力も帝国トップクラスではあったのだが、過去のトラウマ、終わりの見えない暗殺任務による精神の磨耗、自分では絶対に届かない強者を間近で目撃することによる精神的鬱屈が積もり重なっていき、最終的には軍部より脱走して市井に降った。その後はマダオ暮らしの日々を送る。
主役のように光を求めて駆けることができず、なのに目を背けることを嫌がるから、雄々しく散ることを心底恐れるどうしようもない凡夫。
誰かがいないと生きていけない、誰かがいるから生きていける。そんな、どこにでもいるただの人間。

【サーヴァントとしての願い】
この聖杯戦争を仕組んだ何者か、その目論見も意図も分からないし理解するつもりもない。
けれど"逆襲"だけは受けてもらう。


【マスター】
秋月凌駕@Zero Infinity -Devil of Maxwell-

【マスターとしての願い】
オルフィレウスの打倒。聖杯に興味はない。

【weapon】
下記に記述。
基本的には両手に具現させた篭手状の殲機による格闘を行う。

【能力・技能】
刻鋼人機(イマジネイター)と呼ばれる存在。有体に言うと後天的に改造されたサイボーグのようなもの。
常人を遥かに超えた身体能力と知覚領域を兼ね備え、殲機と呼ばれる固有武装を展開する。動力源は精神力。
イマジネイターには位階があり、自己の希求を具現する輝装、自己の陰我を具現する影装、詳細不明の"真理"の三段階が存在する。

  • 極秤殲機(マクスウェル・デストロイヤー)
輝装。能力は自在熱操作。
両腕に楯にもなり得る重装甲を纏い、打撃と共に炎熱や冷気を叩き込む。
「この世は総じて+と-の連続」という達観。
「その中で、客観的な価値と主観的な価値の間に起こる齟齬にこそ、人の価値が集約する」という哲学。
「自分は然りと己を持つ中庸でありたい」という願望から生じた輝装である。
近距離武装なのは、遠い何かよりもまず先に自分に対し考えを巡らせるという精神性から顕れている。

なお、少なくとも輝装及び影装段階はあくまで既存科学で編まれているため、サーヴァントに掠り傷一つ与えることはできない。
ただし、既存の物理を超越した新たな"真理"であるならば、話は違ってくるだろう。

【人物背景】
あらゆる外的な事象に対し、常に中庸であることを心がけ自己の均衡を失わないことを信条とする少年。
本人としては普通や平凡であることを望んでいるが、その精神性は異常事態や極限の逆境において真価を発揮するという矛盾した人物像を持つ。
本人も自己の歪みや異常性には自覚的で、当人なりに折り合いをつけて日常を謳歌している。

生まれながらの超人にして精神異常者。大した由来もなく最初から精神性が完成していたというナチュラルボーンフリークス。
その本質が露になれば、ゼファーが「なんだこのバケモン(白目)」になること必至。
マレーネ√、礼との戦闘に入る前より参戦。

【方針】
この聖杯戦争の裏に潜むであろう何者かを打倒する。それがオルフィレウスでも他の誰かであろうとも、目指す先は変わらない。
……たとえ自分の精神が異常だとしても、この思いは譲れない。

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最終更新:2015年12月15日 09:42