魔術と科学はよく似ている。
 その言葉を語弊に感じる者もいるだろう。
 さりとて魔術とは無軌道に、万物を実現する技術ではない。
 科学に法則が存在するように、魔術にも術理が存在するのだ。

 たとえば魔術を扱う上で、たびたび登場する魔法陣。
 魔術を行使するためのそれは、数学や科学の方程式に似ている。
 儀式に必要とされる生け贄は、化学変化の原材料のようなものだ。
 神ならぬ人が神秘を纏い、身の丈を超えた力を振るう。
 そのためには適切な技術が必要となり、それ故に行使される力は限定される。
 なればこそ魔術というものは、科学の一つとして解釈することもできる。

 ああ、されど。
 それはあくまで一般論だ。
 何事にも例外は存在する。理の外側に立つものが存在する。
 魔術の枠を超えてしまえば、もはや幻想と呼ぶほかないだろう。
 されどそれは確かにいるのだ。
 対価や法則の限界を超え、その先に到達した者は、確実に存在しているのだ。

 真に奇跡を振るいし者に、術理の枠は意味をなさない。
 本物の奇跡の体現者は、ルールなどたやすく超越する。

 たとえそれが、造物主によって構築された、絶望の法則であったとしても。


◆ ◇ ◆

 死んだ友の魂には、その後の安寧すらも許されなかった。
 美国織莉子はそれを知った時、深い悲しみに囚われ涙した。
 同時にその友を死なせてしまった、自分自身の罪深さを、改めて思い知ることになった。

 友を殺したのは織莉子自身だ。
 平穏な人生を送っていた彼女を、戦いへと駆り立てる理由を作ってしまった。
 身勝手にも自らの使命へと巻き込み、死地へと追い込んで死なせてしまった。
 もっと長く生きられたであろう命は、齢僅か15にして、永劫に喪われてしまったのだ。

 そしてその少女は、今ここにいる。
 理性も言葉も奪われて、戦うためだけに存在する、獣へと貶められている。
 それは紛れもなく織莉子の咎だ。彼女が犯してしまった罪だ。
 安らかな眠りすらも許さず、少女を修羅へと変えてしまったのは、美国織莉子の過ちだ。

 だが、同時に理解してもいた。
 美国織莉子のパートナーは、彼女以外にはあり得ない。
 傍らに立つサーヴァントとして、他に召喚される英霊など、存在するはずもないのだと。

◆ ◇ ◆

「何だよ、これは……!」

 話が違う。
 男は己の胸の内で、何度となくその言葉を繰り返した。
 複雑に入り組んだ路地裏で、男は必死に逃げ続けていた。
 左手の甲にうっすらと残るのは、消えかけた赤い令呪の残滓だ。
 それは彼が、聖杯戦争の参加者であり、同時に脱落者であることを意味していた。

(あれが……あんなものが!)

 何かの間違いではないのか。
 あんなものが存在し得るのか。
 己が対峙していた敵は、バーサーカーのサーヴァントだったはずだ。
 狂化のスキルを付与することで、ステータスを底上げし、1ランク上のスペックを獲得したサーヴァント。
 されど理性を大きく損ない、単調な行動しか取れないことが、デメリットとしてつきまとうサーヴァント。
 それが狂戦士のクラスであったはずだ。それが常識であるはずなのだ。
 なのに何だ、あのサーヴァントは。
 あんなものが認められるか。
 あれがバーサーカーなどであるものか。

「ひぃっ!」

 回りこむようにして、影が躍る。
 綿毛の塊のような使い魔たちが、群れをなして襲いかかってくる。
 これだ。これもまた違和感の一つだ。
 こいつらは敵マスターの使い魔ではない。サーヴァントが召喚したものだ。
 にもかかわらず、奴らはこちらの位置を正確に把握し、行動を先読みして追い立ててきている。
 そんな複雑な行動予測など、バーサーカーには不可能なはずだ。
 よしんばそれがマスターの指示でも、それほどに細かな使い魔の操作を、バーサーカーに実行できるものなのか。

「この……このぉっ!」

 手近なゴミバケツを引っ掴み、強引に振り回して使い魔を払った。
 こんな抵抗など無意味だ。それは理性では理解している。
 何しろこんな使い魔ごときは、敵サーヴァントの本懐ではない。
 真に恐れるべきものは、こんな雑魚などでは断じてない。

「――見苦しい」

 くすくすと、嗤う声がした。
 はっとして、遥か頭上を見上げた。
 月を背に、立つ影がある。
 白いドレスを夜風に揺らし、微笑を浮かべる人影がある。
 中学生かそこらという顔立ちの割には、頭一つほど背の高い印象を受ける少女。
 プラチナブロンドの長髪を揺らし、エメラルドの光を瞳にたたえた、輝くような美貌の少女。
 それが敵のマスターだった。
 純白の装束に身を包み、高貴な光を放つこの少女こそが、男の命を狙う敵対者だった。

「サーヴァントを失ったその時点で、勝敗など決しているというのに」
「おまっ……お前は一体、何なんだ!」

 裏返り気味な声を上げた。
 正確にはマスター自身ではなく、彼女が従えるサーヴァントにだ。
 こんな奴はありえない。
 戦術をもって敵を追い詰め、理性にて勝利を得るバーサーカーなど、存在し得るはずもない。
 そんな例外に出会ったことなど、断じて認められるものか。
 そんな冗談のような存在に、負けるなどということが認められるか。

「何てことはないわ。私はただの魔法少女。聖杯戦争という舞台においては、取るに足らない一人の魔術師」

 たんっ、と靴音が響いた。
 振り返るその先に、金色が光った。
 ぞくりと産毛を逆立たせながら、男はその姿をしかと見る。
 己を追撃し命を狙う、狂戦士の姿を目の当たりにする。

「けれどその子は私にとって、何より特別なサーヴァント」

 それは黒衣の少女だった。
 燕尾服を模した衣装を、しなやかな尾のように棚引かせ、獲物を狙う姿があった。
 両手に携えたのは漆黒の爪。眼帯を当てた顔で光るのは、肉食獣を思わせる金の単眼。
 前傾気味のその姿勢は、さながら黒豹のようだった。
 追い詰められた男の前には、殺意を放つ少女の姿は、地獄門の魔犬獣(ケルベロス)にも見えた。

「私のただ一人の友達よ」

 影が揺らぐ。
 刃が浮かぶ。
 漆黒の少女のその背後で、不確かな影が形を作る。
 バーサーカーから生じた魔力が、黒い器を伴い具現化する。

「ォオオオオ――ッ!」
「うわぁあああああっ!」

 獰猛な魔獣の雄叫びが、街の片隅に木霊した時。
 男の断末魔の悲鳴もまた、闇夜に上がってそして消えた。


◆ ◇ ◆

 跪く姿を、眼下に収める。
 自らの足元と跳び上がり、恭しく頭を垂れるバーサーカーを、美国織莉子は一人見下ろす。
 きっと自分は幸せ者だ。
 彼女はこんな姿になっても、織莉子を助けるために駆けつけてくれた。
 輪廻の輪から外れてもなお、美国織莉子を助けんと、こうして再び立ち上がってくれた。
 見捨てることもできただろうに。
 無視することもできただろうに。
 それでもこんな薄情者の自分を、愛し支えようとしてくれたのだ。

「ご苦労様」

 自らも身をかがめ、手を伸ばした。
 つやつやとした黒髪に、そっと手を触れ優しく撫でた。
 視線を上げた黒髪の少女は、にっこりと微笑みを浮かべている。
 バーサーカーのサーヴァントは、理性を失うとばかり聞いていたが、それにも例外はあるようだ。
 もちろん生前に比べると、知性は大幅に低下した上に、言葉を話すこともできない。
 それでも彼女は、自分への愛情を、大事に抱えたまま忘れずにいた。
 その上どれほどの命令であろうと、それが織莉子の指示であるなら、忠実に実行してのけた。
 きっと彼女の愛の深さが、常理を超えもたらしたものなのだろう。
 絶望の呪いに屈することなく、己の信念を保ち続け、それこそを魔女の性質として遺した。
 そんな規格外の奇跡を成し遂げた少女だ。人を超え、魔法少女の法則を覆し、魔女すらも従えた少女だ。
 それほどの強さを持った彼女だからこそ、このような例外的な結果を、自らのものとして掴んだのだろう。

(ならば、私は応えねばならない)

 これほどの愛情を注いでくれた少女だ。
 最強の守護者と断言できる、頼もしくも愛おしい少女だ。
 それほどの少女に愛されているなら、その愛に報いなければならない。
 それほどの少女を死なせたのだから、その罪は贖わなければならない。
 既に悲願は達成した。最悪の魔女を討伐し、人類文明の滅亡を回避できた。
 そうして使命に殉じたはずの命が、ここでこうして蘇っている。
 一度死んだはずの命なら、もはや迷うことはない。
 使命を終えた美国織莉子は、世界のためなどと言い訳をせず、己自身のために戦うと誓った。
 聖杯を手に入れ、この愛すべき友を、現世に復活させることを心に決めた。

「帰りましょう――キリカ」

 立ち上がる友へと、声をかける。
 満月を背負う漆黒の少女の、その名前を織莉子が呼ぶ。
 その名はキリカ。呉キリカ
 絶望の毒をその身に受けて、されど我が物とした精神の怪物。
 呪いよりなお強き純粋な意志の下、魔女の法則を従えてのけた、強く気高き魔王の姿。
 最強の魔法少女とは、元来は明るい笑顔の似合う、たった一人の少女だった。
 その心を取り戻す――それこそが恩義への報いであり、そして贖罪でもあった。


◆ ◇ ◆

 毒喰らう毒。
 魔を穿つ牙。
 畏れよ、汝我が姿と名を。
 この美しくもおぞましき、赤と漆黒を纏いし姿を。

 我は愛を謳いし者。
 我は無限に喰らいし者。
 恐怖も悲嘆も憎悪も死も、全てを無為と嘲笑い、斬り捨て呑み干し血肉とせし者。

 その名は理を超えた理。
 絶望を踏破しねじ伏せた、最愛最強の魔法少女。
 神の法則を覆し、その身に従えた魔を統べる魔王。

 我は至高の名と共に在り。
 美国織莉子と共に在り。

 魔人キリカはここに在り。


【クラス】バーサーカー
【真名】呉キリカ
【出典】魔法少女おりこ☆マギカ
【性別】女性
【属性】混沌・狂

【パラメーター】
筋力:B 耐久:B 敏捷:A+ 魔力:A 幸運:C 宝具:B

【クラススキル】
狂化:B
 全パラメーターを1ランクアップさせるが、理性の大半を奪われる。

【保有スキル】
愛:EX
 無限に有限なるもの。絶望の鎖を噛み千切り、世界の法則すらも従える牙。
 力でも技でも理想でもない、キリカの持つ最大最強のスキル。
 かつて魔女となった彼女は、呪いよりも明確な意志の下に、絶望をねじ伏せ魔女の性質を固定化させた。
 このスキルによりキリカは、いかなる状況下においても、マスターの命令を忠実に実行する。

戦闘続行:A
 魔法少女の肉体は、ソウルジェムが破壊されない限り死ぬことがない。
 瀕死の傷でも戦闘を可能とし、肉体が完全消滅しない限り生き延びる。

対魔力:C
 第二節以下の詠唱による魔術を無効化する。
 大魔術、儀礼呪法など大掛かりな魔術は防げない。

速度低下:C
 魔術系統の一種。発動した対象の敏捷性、および反応速度を遅らせる。
 生命体に対して発動した場合、相手は自分の速度が落ちていることを認識できない。

【宝具】
『福音告げし奇跡の黒曜(ソウルジェム)』
ランク:C 種別:対人宝具(自身) レンジ:- 最大補足:-
 魂を物質化した第三魔法の顕現。
 キリカを始めとする魔法少女の本体。肉体から離れれば操作はできなくなるし、砕ければ死ぬ。
 キリカの固有武器は鉤爪であり、平時は3本×2=6本を展開して用いている。
 固有魔法は速度低下。 制御が難しく、6本以上の鉤爪を展開した際には、数が増えるごとに精度が低下する。

『円環の理(MARGOT)』
ランク:B 種別:対人宝具 レンジ:1~30 最大補足:20人
 かつて安らかなる絶望の果てに、キリカの魂が生じた魔女。
 その性質が何だったのか、正確な情報は残されていない。
 しかしその魔女は、生前のキリカの意志を遺したかのように、美国織莉子を守り戦い続けた。
 円環の理に導かれた現在は、キリカの魂と同化し、その力の一部として操ることができる。
 発動時には使い魔の生成も可能。戦力としては心もとないが、戦闘能力を持たないマスターにとっては脅威となる。

【weapon】
なし

【人物背景】
かつて希望を運び、いつか呪いを振り撒いた少女。
絶望よりも強い意志の下、死してなお大切な者を守り抜いた、美国織莉子の最愛最強の守護者。
閉ざされた心をねじ曲げて、愛する者を欺いてなお、その隣に寄り添いたいと願った、魔法少女の末路である。

固有魔法により相手の速度を落とし、相対的にスピードで優位に立つ、変則的な高速戦闘を得意とする。
鉤爪を敵に向かって投擲する「ステッピングファング」、
無数の爪を縦に連ね巨大な刃を成す「ヴァンパイアファング」を必殺技に持つ。

魔女となったその魂は、輪廻の果てに生誕した、神の下へと召されたはずだった。
しかし聖杯の呼びかけと、想い人の呼び声に応じ、少女は再び現世へと降り立つ。
全ては彼女の背負った重荷を、もう一度分かち合うために。

【サーヴァントとしての願い】
織莉子を守る

【基本戦術、方針、運用法】
基本的にバーサーカーには、複雑な思考を行う知性が存在しない。
しかしキリカには、織莉子から下された命令のみ、忠実かつ確実に実行できるという、例外的な特徴がある。
この特性と未来予知の魔法を最大限に活かし、理性にて暴力を制御し立ち回っていこう。
使い勝手のいい速度低下も、十分に活用していきたい。

【マスター】美国織莉子
【出典】魔法少女おりこ☆マギカ
【性別】女性

【マスターとしての願い】
キリカを受肉させ、生き返らせる

【weapon】
ソウルジェム
 魂を物質化した第三魔法の顕現。
 美国織莉子を始めとする魔法少女の本体。肉体から離れれば操作はできなくなるし、砕ければ死ぬ。
 濁りがたまると魔法(魔術)が使えなくなり、濁りきると魔女になる。聖杯戦争内では魔女化するかどうかは不明。

【能力・技能】
魔法少女
 ソウルジェムに込められた魔力を使い、戦う力。
 武器は宝玉。浮遊する無数の宝玉を展開し、自在に操り敵にぶつける。
 固有魔法は未来予知。一瞬後の敵の行動から、数週間後に訪れる破滅まで、様々な未来を見通すことができる。
 ただし制御が不安定で、予知するつもりのなかった情報も、勝手に予知されてしまうことが多々ある。
 当然未来予知も魔力を消費するため、燃費が良いとは言いがたい。
 必殺技は魔力の刃を宝玉に付与し、光と共に切り裂く「オラクルレイ」。

【人物背景】
見滝原市にて活動している魔法少女。
市議会議員を父親に持っていたお嬢様である。
母は幼い頃に他界し、父も汚職の疑惑をかけられてことで自殺したため、現在は独りで暮らしている。

基本的には温厚でおっとりとした性格。
しかしその一方で、目的のためには手段を選ばない、冷酷な判断力を有している。

魔法少女としての願いは「自分が生きる意味を知りたい」。
未来を見通し、救済の魔女による地球滅亡を知った織莉子は、
それを食い止めることを使命=生きる理由とすることを誓った。
キュゥべえの目を逸すため、相棒のキリカに魔法少女殺しを命じながら、
自らは救済の魔女となる魔法少女を探していたのだが、キリカが巴マミに倒されたことによって計画は破綻。
残された手札と時間で、ターゲットである鹿目まどかを殺すことを強いられた織莉子は、
その守護者である暁美ほむら、そしてひいては周囲の人間ごとまどかを抹殺するため、見滝原中学校を襲撃する。
結果的に集結した魔法少女達によって、織莉子はキリカ諸共倒されてしまったのだが、
命を落とすその瞬間、最後の一撃を放ったことにより、まどかの殺害に成功し人類を救った。

本来ならソウルジェムが砕けたことにより、命を落としたはずなのだが、何故か生還し、聖杯戦争の舞台に招かれている。

【方針】
優勝狙い。いかなる手段を使ってでも勝利し、キリカを現世に復活させる。

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最終更新:2015年12月11日 22:57