母として今まで育ててきたというのに。
愛しい子供達よ、私を殺すというの?
――――エレナ・チャウシェスク
【1】
煌びやかな光には、仄暗い闇が付き物だ。
例え何処の国のどんなの街であろうが、その例外にはなり得ない。
光の灯る街の列から外れれば、ホームレスが屯している、なんてザラだ。
男もまた、そんなホームレスの一人だった。
一軒家を見つめ、ゴミを漁り、霞を食って明日を繋ぐ。
そんな惨めな生活を、彼は何年も続けていた。
境遇を嘆いた事はあれど、改善したいと望んだ事は無い。
現状を打開したいのであれば、何かしらの法を破らなければならない。
法に挑まなければ、どん底から夢を掴む事など出来はしないのだ。
男には、そんな勇気も度胸もありはしなかった。
だから彼は今、犯罪に手を染める事なく静かに暮らしている。
幸いな事に、同じホームレスの仲間との関係もそう悪くは無い。
過ぎたものは望まない、このまま平穏に暮らしていければそれでいい。
今の男にとっては、それが唯一の願いであった。
が、そんな彼でも、最低限の優しさのようなものはあった。
例えば、真夜中の公園に佇む子供に注意する、くらいの良心は。
小汚い自分の格好とは正反対の、如何にも上品な礼服を来た双子だった。
片方はショートヘアーの少年で、もう片方はロングヘアーの少女である。
人形と見間違いそうな程整った二人の顔立ちは、どちらも女性の様にあどけない。
いけない、と思った。
いくら日本の街と言えど、こんな真夜中では誰が徘徊しているか分からない。
加えて羽振りの良さそうな双子の少年少女と来たら、変態に襲われてもおかしくないではないか。
何をしているか知らないが、早く家に帰りなさい。
男はなるべく警戒されないように、優しい声色で双子にそう告げた。
彼の言葉を聞いた双子は、さも愉快気に顔を見合わせて、
「どうしよう姉様?一人くらいなら僕らで遊んでもいいよね?」
「横取りは駄目よ兄様。今日は"あの子"に沢山食べさせないと」
こちらなど気にも留めずに、双子は話し合っている。
彼等が言っている事の意味を、男は図りかねていた。
"食べさせる"といい"あの子"といい、一体何を指して話しているのか。
もしかすると、この子らは気が触れているのかもしれない。
こんな深夜に二人でやって来て、その上あの要領を得ない会話だ。
双子の正体は、精神病院から抜け出してしまった哀れな患者なのかもしれない。
首を突っ込むべきではなかったかと、男は少しばかり顔を青くした。
そういえば、と。
今日のこの場所は、やけに静かである事に気付いた。
この公園には、深夜になると決まって不良共がたむろしているのだ。
ところが、この日に限っては不良の一人も見かけないではないか。
気にかける程関わりがある訳でもないが、それが気になってしまった。
その時、ぴちゃん、と。
男の丁度真後ろで、液体が地面に垂れる音がした。
雨雲が現れる気配など全くしなかったにも関わらずだ。
後ろを振り向き、その時になってようやく理解する。
彼の付近に立ち尽くす木の枝に、何か棒の様なものが引っかかっている事に。
滴り落ちる液体は、それの端から流れ出ているものだった。
「えっ」
目を凝らして、それの正体に気付く。
枝に引っかかるあの物体は、人体の一部ではないのか。
本来物を掴む部位が、どうしてあんな場所で"羽休め"をしているのだ。
そもそも、あれを所有していた人間は何処に行ってしまったのだ。
「……!?な、なんだ、これ……!?」
気付くのなら、もっと早く気付くべきだったのだ。
この公園全域に広がる、日常とは無縁な異臭に。
遊具に飛び散った、まだ生暖かいであろう液体に。
遠くで転がっている、かつて人間であった肉塊に。
自分のあまりの鈍感さを、これほど呪った日はあるまい。
この公園が凄惨な殺人現場と化している事を、この瞬間まで見抜けなかったなど!
「君達一体――――」
まさか、君達がこれをやったのかと。
男が振り返ったその先に、双子の姿は消え失せていた。
その代わり、奇抜な格好をしたショートヘアーの少女が立っているではないか。
彼女の両手には、新鮮な血液が付着したナイフが握られている。
逃げよう、という思考すら働かなかった。
そう考えるその前に、男の首は切断されていたのだから。
刎ね飛ばされた男の顔には、驚愕だけが張り付いていた。
かくして、平穏な生活を望むただの人間は。
聖杯戦争という名の災厄、それが生み出した怨霊に、命を刈り取られたのであった。
【2】
むせ返るような鮮血の臭い。暗い夜でも目に付く夥しい赤。
かつて人々がたむろしていた公園は、屠殺所もかくやの凄惨さであった。
これだけ惨たらしい現場なら、次の日には新聞で一面を飾るだろう。
日本の歴史を辿ってみても、ここまで残忍な殺人事件は珍しい。
そんな地獄絵図の中で、楽しげに笑う影が二つ。
長髪の少女と短髪の少年が、シーソーで遊んでいる。
同じ色合いに同じ髪色をした彼等は、狂い方さえ同じだった。
ヘンゼルとグレーテル。
お伽噺の双子の名を冠した彼等は、無邪気に笑っている。
この双子にとっては、血肉の咲くスラムこそがお菓子の家だった。
「"あの子"何人食べたのかな、姉様」
「何人だっていいじゃない。たんと食べさせてあげましょ。"あの子"の気の済むまで」
そう言って、"グレーテル"が"ヘンゼル"に微笑んだ。
事情を知らない者であれば、仲睦まじい姉弟に見えるだろう。
周囲の殺人現場が、そんな幻想を容易く打ち砕いてしまうのだが。
"あの子"とは、双子が呼びだしたサーヴァントである。
聖杯戦争という蠱毒の参加賞として、最初に与えられる超常の僕。
今の双子にとって、彼女は共に遊ぶ親友であった。
六本のナイフを得物とするアサシン。
その真名は、正体不明の殺人鬼「
ジャック・ザ・リッパー」。
生まれ損なった幾万の胎児、それらが身を寄せ合い生まれた怪異。
「警官がこぞって僕らを追いに来るね」
「警察だけじゃないわ。きっと他のマスターも一緒よ」
これだけの殺戮を行えば、他の参加者も黙ってないだろう。
格好の餌だと言わんばかりに、彼等は血眼で双子を追うに違いない。
「何人追ってくるかな?」
「沢山来てほしいわね。お茶会は大勢の方が楽しいもの」
その時は私達も遊びましょと、グレーテルが再び微笑んだ。
彼女らからすれば、殺人など遊びの一つであり、同時に世界の節理である。
殺し殺され世界は回る、それが壊れた双子が打ち出して結論であった。
「"あの子"と一緒に遊びましょ。私達、きっとずっと仲良くできるわ」
「そうだね姉様、"あの子"がいれば、今よりきっともっと楽しいや」
双子はがシーソーから降りたのは、そのやり取りの後だった。
そろそろ、一人で狩りをしているアサシンを迎えに行ってあげよう。
あの子は寂しがり屋だ。早く行って褒めてあげねばなるまい。
「沢山殺したから、明日はきっと良い事が起こる」、と。
彼女は時代に見捨てられた子供達。光を浴びずに消えていった小さな魂。
チャウシェスクの子供達、あるいはホワイトチャペルの胎児達。
生き場を失くした孤児の怨念、そんな物が街に残すものなど――。
「もし聖杯が手に入ったら、どうしようか、姉様?」
「そうね、もしそうなったら三人……いいえ、"みんな"で考えましょ」
【CLASS】アサシン
【真名】ジャック・ザ・リパー
【出典】Fate/Apocrypha
【属性】混沌・悪
【ステータス】筋力:C 耐久:C 敏捷:A 魔力:C 幸運:E 宝具:C
【クラス別スキル】
気配遮断:A+
サーヴァントとしての気配を断つ、隠密行動に適したスキル。
完全に気配を断てば発見することは不可能に近い。ただし、攻撃態勢に移ると気配遮断のランクが大きく落ちてしまう。
しかし後述するスキル「霧夜の殺人」の効果により、この弱点を克服しており完璧な奇襲を行う事が出来る。
【固有スキル】
霧夜の殺人:A
暗殺者ではなく殺人鬼という特性上、加害者の彼女は被害者の相手に対して常に先手を取れる。
ただし、無条件で先手を取れるのは夜のみ。昼の場合は幸運判定が必要。
精神汚染:B+
精神干渉系の魔術を中確率で遮断する。マスターが悪の属性を持つ為、ランクが本来のものより上昇している。
魔術の遮断確率は上がるが、ただでさえ破綻している彼女の精神は取り返しのつかないところまで退廃していく。
情報抹消:B
対戦が終了した瞬間に目撃者と対戦相手の記憶・記録から彼女の能力・真名・外見特徴等の情報が消失する。
これに対抗するには、現場に残った証拠から論理と分析により正体を導きださねばならない。
外科手術:E
血まみれのメスを使用してマスター及び自己の治療が可能。
だが見た目は酷く痛みはしないが黒い糸がミミズのような乱雑に処置される。
120年前の技術でも、魔力の上乗せで少しはマシ程度。
【宝具】
『暗黒霧都(ザ・ミスト)』
ランク:C 種別:結界宝具 レンジ:1~10 最大補足:50人
霧の結界を張る結界宝具。骨董品のようなランタンから発生させるのだが、発生させたスモッグ自体も宝具である。
このスモッグには指向性があり、霧の中にいる誰に効果を与え、誰に効果を与えないかは使用者が選択できる。
強酸性のスモッグであり、呼吸するだけで肺を焼き、目を開くだけで眼球を爛れさせる。
魔術師ならばダメージを受け続け、一般人ならば数分以内に死亡する。英霊ならばダメージを受けないが、敏捷がワンランク低下する。
最大で街一つ包み込めるほどの規模となり、霧によって方向感覚が失われる上に強力な幻惑効果があるため、
脱出にはBランク以上の直感、あるいは何らかの魔術行使が必要になる。
『解体聖母(マリア・ザ・リッパー)』
ランク:D~B 種別:対人宝具 レンジ:1~10 最大補足:1人
通常はDランク相当の4本のナイフだが、条件を揃える事で娼婦達が切り捨てた"子ども達"の怨念が上乗せされ、凶悪な効果を発揮する。
条件は3つ。「時間帯が夜であること」、「相手が女性(または雌)であること」、「霧が出ていること」。
全ての条件が整っているときに宝具を使用すると、対象の身体の中身を問答無用で外に弾きだし、解体された死体にする。
条件が整っていない場合は単純なダメージを与えるに留まるが、その際も条件がひとつ整うたびに威力が跳ね上がる。
この宝具はナイフによる攻撃ではなく一種の呪いであるため、遠距離でも使用可能。防御には呪いへの耐性が必要となる。
【weapon】
上述の宝具を得物とする。また、太股のポーチに投擲用の黒い医療用ナイフ(スカルペス)などを収納している。
【人物背景】
19世紀のイギリスで発生した連続猟奇殺人事件の犯人。一人称も「わたしたち」。
性格は純粋にして残酷。あどけない口調ながら頭の回転は速いが、精神的に破綻している。
他者の悪意に対しては残酷に応じるが、好意には脆く、また母親に対する強烈な憧れを持っている。
その正体は、堕胎され生まれることすら拒まれた数万もの胎児達の怨念が集合して生まれた怨霊。
怨霊は魔術師により呆気なく消滅されたが、その後も残り続けた噂や伝承により反英雄と化した。
【サーヴァントとしての願い】
胎内回帰。
【マスター】ヘンゼルとグレーテル
【出典】BLACK LAGOON
【マスターとしての願い】
一緒に"永遠に"生き続ける。
【weapon】
『戦斧』
「ヘンゼル」が使用。何の変哲もない二本の片手斧。
『M1918(BAR)』
「グレーテル」が使用。20世紀に多用された自動小銃。
【能力・技能】
殺し屋、あるいは快楽殺人犯として培った殺人技術。
また、両者共に倫理観が完全に破綻している。
【人物背景】
揃って喪服のような黒い服を着用したプラチナブロンドの髪を持つ可愛いらしい男女の幼い双子。
殺人を「遊び」と称す極めて危険な殺し屋であり、同時に倫理観の欠如した快楽殺人犯でもある。
元は共産党政権時代のルーマニア出身の孤児だったが、政変の影響で多くの子供達と共に施設から闇社会に売られ、
スナッフフィルムへの加害者としての出演、その後始末の片棒まで担がされた事で精神が破綻してしまった模様。
殺さなければ生き延びられなかった境遇から、「殺した分だけ自分たちの寿命を延ばせる」という思想を持つようになっている。
互いをそれぞれ「兄様」「姉様」と呼び、髪型や服装を交換することで声や人格をも入れ替えることができる。
よって、「ヘンゼル」は「グレーテル」であり、同時に「グレーテル」は「ヘンゼル」でもある。
本来聖杯は「グレーテル」だけを招くつもりだったのだが、上記の性質から双子を揃って呼んでしまったようだ。
【方針】
楽しく遊ぶ。
最終更新:2015年12月21日 22:46