ヘンゼルとグレーテル。
聖杯戦争運営より通達された討伐令の文面に記された名前に、
衛宮切嗣は顔を顰めた。
彼の当惑も無理はない。
聖杯戦争のマスターとして電脳の戦争に参ずるには、ある資格が必要だ。
ただ三度限りの絶対命令権。
人智を超えた存在の手綱を引く為の保険であり、同時に舞台へ上がるための通行証でもあるそれ。
即ち令呪――それは一人に三つ宿るもの。故に二人一組のマスターなどという存在は、
ルールの根底からしてあり得ざるものだ。しかしこの文面では「ヘンゼル」と「グレーテル」、二人のマスターが存在するように読める。
「……やれやれ」
とはいえ、その常識はあくまで"本来の"聖杯戦争であったならの話。
電脳世界で行われる、世界線の敷居を取っ払った異形の戦争においては、本来あり得ないような特例やイレギュラーが容易く罷り通る。切嗣はこれまでの数週間で、それを確りと理解していた。
第一、全並行世界という莫大な人類史集の中から英霊を呼び込むという時点で教科書通りに進む筈がない。
本来、英霊の座に送られないような人物。
過去、未来を通り越した座標点より召喚される人物。
果てには神霊などに代表される、聖杯戦争の限度を超えた存在まで。
これまでこの街で鎬を削り、もの皆虚しく滅び去っていったのだ。
そう考えれば、二人で一組のマスターなど大して珍しいものでもない。
少なくとも、驚きに値するようなものではないだろう。
二人一組のサーヴァントとなれば流石に些か面倒だが、マスターならば、殺す手間が少々増えるのみで済む。
そしてこのグリム童話の双子を名乗る二人組について、衛宮切嗣は容易い相手だと踏んでいた。
聖杯戦争の大前提、民間人への露出と度を越した虐殺行為という禁忌を何ら躊躇することなく犯し、本戦開幕と同時に事実上すべての陣営を敵に回した時点で、件の陣営が知略に長ける手合いでないのは見えている。
恐らくは生粋のシリアルキラー、ないしはトリガーハッピー。
聖杯を手に入れることよりも目先の殺戮を優先する、短慮で浅はかな思考回路の持ち主。
いざ追われる側の立場に立たされてみて討伐令に尻込みし、雲隠れを決め込むような輩であれば、そもそもこれだけの数の凶行を重ねてはいないだろう。
今後もきっと、『双子』の凶行は続く。
災害のように、暴走した機関車のように、箍の外れた殺戮を繰り返していく。
そして当然、そんな彼ら、彼女らの行き先に未来などあろう筈もない。
まず間違いなく、『双子』はそう時間を要さずに脱落するだろう。
自分の手を汚さずとも片の付くだろう相手。
しかし切嗣は、ルーラーの発布した討伐クエストに乗るつもりでいた。
言わずもがな、対象殺害の報酬として与えられる令呪を目当てとしてだ。
切嗣のサーヴァントであるアーチャーは、一言、手駒として御し易い英霊では決してない。
過剰火力もいいところの宝具に、彼の持ち合わせる精神異常のバッドステータス。
霧亥は間違いなくサーヴァントとして絶大極まる存在で、単純な戦力のみを見て考えるならば、そのスペックは間違いなくこの本戦で最強に近い位置に居るだろう確信さえ切嗣にはある。
だが、過ぎた戦力は得てして使う者の首を絞めるものだ。
彼の宝具を何の躊躇もなく解放した日にはルーラーの警告、最悪討伐令を喰らう可能性が極めて高い。
それほどまでに、霧亥は優れた力であると同時に、過ぎた力であった。
その霧亥を確実に従わせる手段となれば、それはもう令呪以外にない。
意思疎通が不可能という訳でこそなかったが、数週間の戦いを経て、霧亥はいつか必ず、ともすれば破滅に繋がりかねない逆境を招くだろうことが切嗣には容易に推測できた。
いざという時の保険は、多いに越したことはない。
双子を狩ることで、暴れ馬を通り越した暴発寸前の核兵器のようなあのサーヴァントを抑止するための備えを獲得する。これからの行動方針を大まかに自分の中で整理してから、衛宮切嗣は宿泊していたハイアットホテルを出、活気に溢れる雑踏へと歩み出した。
その彼の後を、霊体化したアーチャーが付いて行く。主従の間に言葉はない。
どちらも今は必要ないと判断していたから、そんなものが生まれよう筈もなかった。
◆ ◆
切嗣の拠点は現在三つ存在する。
一つは数時間前まで滞在していたハイアットホテル。
もう一つは此処から南下した港湾区に存在する、それよりも数段グレードを落としたビジネスホテルだ。
残る一つはこのK市に再現された「衛宮邸」。こちらは滅多に寄り付くことのない場所で、殆ど万一の備えとして場所だけ確保しているようなものだ。
拠点を複数保有する以上、同じ場所へ長々と滞在するのは得策ではない。
だから切嗣はこうして数日置きに、二つのホテルを行き来し、足の付く可能性を最大限減らすことにしていた。
どの程度効果的かはさておいても、切嗣のように拠点爆破などといった外道の策を躊躇なく取る手合いにはある程度有効な手段となる筈だ。
そういう算段でいつも通り外へと出て、軽食を摂る為にファーストフード店へと入った。
ハンバーガーを二つ注文し、代金を支払って店を後にする。
こうなればもう、買い物というよりは作業に近い。
手間なく食べられ、腹も膨れることから切嗣はジャンクフードを愛食していたのだったが。
踵を返して出口へと向かう切嗣の耳が、とある会話を捉えた。
――中学校に、テロリストが侵入したんですって。
――あたしの聞いた話だと、あそこの高校でも同じようなことがあったらしいわよ。
――やだ、物騒な世の中ねえ……
切嗣は店を後にするなり携帯電話を取り出し、地方ローカルのニュースサイトへとアクセスを試みた。
適当な建物の壁に背を委ね、チーズバーガーの包装を解いて頬張りながら、片手で携帯を操作する。
問題の記事は、幸い苦労することなく見つけ出すことが出来た。
舞台となった場所は二つ。
S中学校とY高校。
どちらもそれなりに歴史の長い、K市に備え付けられた学び舎だ。
記事を読み進める切嗣だったが、無論、彼は端からこれをテロリストの仕業だなどとは思っていない。
地上から数メートルはあろう壁面を破壊しての校内侵入。
屋上に残された兵器を用いた交戦の痕跡。
双方に共通しているのは、犯人の目的が一切不明だということ。
この時点で、これが聖杯戦争絡みの事件であることなど考えるまでもなく分かる。
重要視すべきは、襲撃者が何者なのか、ではない。
白昼堂々現れた人外の襲撃者を、一体誰が撃退したのか――ということだ。
警察に臆して逃げ出すような手合いではまずないだろう。
だとすれば、誰かが――サーヴァントに対抗できる手札を持った誰かが行動を起こし、その手札を切ることで事態を収束へ導いたのだと考えるのが妥当なところだ。
この場合の『手札』とは、言うまでもなく同じサーヴァントのことを意味する。
(少なくとも最低一人は、S中学とY高校にマスターが潜伏している)
下手をすればペナルティものの暴挙を犯す理由には想像がつく。
学校を狙ったのは人が集中しやすく、また特定の年代層が一点に集められるという理由で、目的は生徒の皮を被って潜んでいるマスター及びそのサーヴァントを炙り出すこと。
これは自分ならこうするという話以前に、少し考えれば誰でも思いつくような方策だ。
とはいえ切嗣が霧亥を使ってこういう手段に及ぶことはまずなかったに違いない。
そういう意味でも、どこかの誰かが起こしてくれた騒ぎは切嗣にとってプラスに作用してくれた。
路傍に停車しているタクシーを捕まえて乗り込み、「Aデパートまで」と一言。
Aデパートは、S中学校の近くに存在する複合商業施設だ。
無論、切嗣が用のある場所はそんな所ではない。
が、襲撃の舞台となった中学校をわざわざ行き先で指定するほど怪しい話もないだろう。
常に万全を期し、足取りは掴ませないに越したことはない。
切嗣は微かに暖房の利いた車の中で、運転手の世間話を軽く受け流しながら窓の外を見た。
ふと、その時思い出す。
このK市に存在する「衛宮切嗣」ゆかりの場所は、何も拠点の一つである「衛宮邸」のみではなかった。
冬木の聖杯戦争へ臨むにあたり、拠点と据える手筈であったアインツベルンの城と、それを覆うように鬱蒼と広がった森。丁度今から向かう地区からそう離れていない位置に、それがある。
「……まさかな」
一瞬脳裏を過ぎったのは――厭な想像。
最愛の彼女が城の中で微笑む絵を思い浮かべ、かぶりを振ってそのビジョンを拭い去った。
それは彼らしくもない、感情に任せた行動であった。
切嗣はまだ知らない。
森の奥で待ち受ける者は、彼の妻などではなく。
彼がやがて辿り着く結末のその先、死後の未来から訪れた最愛の娘であることなど、知る由もない。
【一日目・午前/B-1・タクシー車内】
【衛宮切嗣@Fate/Zero】
[状態] 健康
[令呪] 残り三画
[装備] なし
[道具] 小型拳銃、サバイバルナイフ(キャリコ短機関銃を初めとしたその他武装は拠点に存在)
[所持金] 数万円程度。総資金は数十万以上
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯による恒久的世界平和の実現
1:中学校へ向かい、情報を収集する
2:アインツベルンの森の存在が引っ掛かる
3:討伐対象の『双子』を抹殺し、令呪を確保したい
【アーチャー(霧亥)@BLAME!!】
[状態] 健康
[装備] 『重力子放射線射出装置(グラビティ・ビーム・エミッター)』
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯獲得
1:サーヴァントの討滅
最終更新:2016年03月12日 01:39