既に太陽が南中に入ったころ、まるで陽光から逃げるように路地裏の影に潜む影があった。
 白衣の男、名は岡部倫太郎。先の公園での戦闘で逃走し、姿をくらませていた男である。セイヴァーとそのマスターから逃げ果せたと確信が未だ持てず、路地裏の影に隠れていた。

「もう大丈夫かと思うか?」

 誰もいない虚空につぶやく岡部。一見すればいつもの一人芝居に見えるだろうが、今は彼へ言葉を返す者がいた

(わかりませんわ。私たちはそういったことに疎いので)
(海賊が気配察知スキルなんてもん持つわけないじゃん)

 二種類の女の声が念話で直接脳へと入ってくる。
 声の主は二人の伝説的な女海賊。ライダーのサーヴァント『アン・ボニー』と『メアリー・リード』の声である。
 名を馳せた場が海の上である彼女達の言う通り、魔術師の気配など察知するスキルは無い。故に表に出て行動できず路地裏をあちらこちら歩き回る状況が続いていた。

「そこの君、待ちたまえ」

 そんな岡部に背後から声を掛ける男がいる。
 岡部の心臓がはねあがり、背筋に悪寒が走る。ここは路地裏。そんな場所にいる人間など自分をはじめとして表に出られない後ろ暗い人間だろう。今はそんな相手と、たとえNPCだとしても関わりたくない。
 恐る恐る振り返る。 ライダーがいるとしても心強い気はしなかった。近くにまだあの白い男が彷徨いているかもしれないのだから出すわけにはいかないからだ。
 岡部が振り返ると、そこには机と机を挟んで椅子が一つずつ。片方の椅子は男が座っており、机には「あなたの運勢占います。カール・エルンスト・クラフト」という紙が貼られている。
 つまり、男は占い師だろう。カール・エルンスト・クラフトというのは男の名前だろうか。

「何をそんなに、恐ろしいものでも見るような目で私を見るのかね?
 私は君を取って食おうなどとは思っておらぬよ」

 黒い外套を羽織り、女のように長い髪を黄色いリボンで纏めた白人男性だった。
 身なりの良さと枯木を思わせるほど痩せ細った男の姿は岡部の想像した悪漢のイメージからはかけ離れていたが、生理的に無視できない存在感を醸し出していた。

「少し、占いをしていかないかね?
 ああ、料金はいらんよ。こちらは退屈で仕方ない故に何か暇でも潰したくてね」

 男の口調は粘っこく胡散臭く占い師というより詐欺師の印象を受ける。
 直感的に相手にしてはいけないと岡部は感じた。

「だったらこんなところじゃなくて表の通りでやればいいのでは?
 俺なんかより占いが必要な人間が大勢いるぞ」

 言外に関わるなという意味を込めて突き放すような口調で告げる。
 しかし、占い師はその機微を理解していないのか──あるいは理解した上で受け流したのか──薄ら笑いを浮かべる。

「これは手厳しい。確かに占ってもらおうとする人間は表の方が多いのだが、彼等は基本的に切羽詰まっていない。胡乱な占いを本気で信じる人間などごく少数であるし、占いの結果に人生を掛ける者は輪をかけて少ない。
 そして何より、俗世の人間の悩みは落差が小さくて占う側としてもつまらない。故にこのような路地裏で占いをした方が益になると私は思っている」
「だが見ての通り、俺は科学者だ。占いなど信じると思うか?」
「信じるとも。君は見たところ日の当たる場所にいるべき人間だ。そんな人間がこのような場所へ逃げ込むなどよほど切羽詰まった事情と見てとれる。
 まさに猫の手も借りたいのではないかな? そんな人物にこそ占ってあげたいと思うのだよ、私は」

 確かに男の言う通り、羅針盤の針が定まっていないのは事実だった。白い男がいるか、いないか。戦うべきか、逃げるべきか。 数多の選択肢はあれど確かな正答、最適解を導けない。
 だがその時

(アン、あのさこの人)
(言いたいことはわかりますわメアリ)

 サーヴァントが声を出す。
 もしかしてマスターなのか、と岡部が警戒する。
 待ち構えていた? この距離ではどうすれば避けられるのか? もしかしたらコイツがサーヴァントなのか?
 脳内に無数の疑問が浮かび上がり、それを処理する前にメアリーが答えを出した。

(話し方が超ウゼェ)
(あの船長と別次元のウザさですわね)

 岡部が危惧したものと全く異なる会話が飛んできたので悪口かよと突っ込みを入れそうになった。

「どうしたのかね科学者どの?」
「いや、何でもない。占ってくれ」

 ともあれ、タダだと言うしこの際だ。とりあえずは占ってもらおうと椅子に座る。

「それで何を使うんだ。手相か、易か?」
「いいや。私は基本的には星見で占うのだが、今は昼だ。昼でも出来ないことも無いが、知識が無い者にはわからないし、視覚化されないと俄には信じがたいだろう。なのでこのタロットカードで占おうと思う」

 男が取り出したのはタロットカードだった。カードを混ぜて揃え、それを岡部が三つの山に分ける。

「さて、何を占えばよろしいかな?」
「もしも今路地裏から出た場合どうなるかを教えてくれ」
「承知した。では分けた山のうち一つを選びたまえ」

(右がいいんじゃないかな?)
(では私は左で)

 無視して真ん中の山を選ぶ。出てきたタロットカード二枚のうち一枚目は「吊るされた男」の逆位置。
 そのイラストを見たアンとメアリから不快感が立ち上ったように感じたのは気のせいじゃないだろう。
 本来ならば足を縛って吊るされているはずの男の首にも縄がかけられており、これでは縛り首だ。
 刑死者。縛り首。
 彼女達の当時の状況を詳しく知らない岡部でも海賊は捕まれば縛り首ということは知っている。
 ましてやタロットカードの吊るされている男の格好は海賊そのものだった。

「ほう、タロットカードの一枚目は『現状』を表します。そして『吊るされた男』、刑死者の逆位置」
「俺が縛り首になると?」
「いいえ。確かに見た目は刑死者ですが、意味するところは無意味、無駄、空回り。
 視野が狭く己の持っているものの特性を理解出来ていないということを意味している。
 まずは現状を見直さなければこの通り縛り首になってしまうという暗示だよ。
 まぁ、陸に上がる海賊など正しくこのようになる定めだろう」

 二人の苛立ちが更に強くなったのを感じた。
 ────この男、実は分かってて言ってるんじゃないか。

「この絵柄のような、陸に上がった海賊のような結末を迎えないためには海に戻るのがよろしい。君でいえば路地裏から出るにしても、出口を選ぶと良い。
 とりあえず持てる力を発揮するには機と場所選び、やるべきことを見直すべきではないかな」

 二枚目のカードを裏返すとそこにあるのは星のイラスト。

「さすれば星の正位置。『成功』、『祝福』、『幸良き未来』を得られるでしょう。以上が占いの結果であります」
「星の説明が雑すぎないか。二枚目はこれからの事を暗示するのだろう」
「その通り。ですが、現状を見直せばどう転んでも吉となるとも取れる」
「生憎、何とかなるでどうにかなった試しが無いんでな」
「では考えてみるがよろしい。そもそもそうなった発端を。
 事件であれば己の行動を、争い事であれば自分の判断を。何を相手にし、どこで動くべきだったか。それが失敗ならば今後はどうすべきか。
 考えるうちに自然とこの先どうすればよいか見えてきますゆえ私から言えることはこれ以上ありませぬ」

 岡部はそうかと述べて席を立ち上がる。

「礼を言う。占いの事は胸に留めておこう」
「とんでもない。私としても良い退屈しのぎになったと感謝している」

 とかいいながら男もまた立ち上がり占い道具を片付け始めた。次々と道具が鞄の中へ仕舞われていく。

「店を畳むのか」
「左様。ここで会ったのも運命だ。
 あなたの言う通りもう少し人の多い場所で占いをしてみようと思ってね」
「そういえばあんた。日本語が上手いな」
「この国には縁がありましてね。ドイツから何度か渡日してるうちに話せるようになりました」
「へぇ、ドイツ。そういえば名前を言ってなかったな。
 俺の名は鳳凰……いや、岡部倫太郎だ」
「私の名は──」
「カール・エルンスト・クラフトだろ?」

 貼り紙を指差して言う。
 おやおや私としたことがと恥ずかしがりながら貼り紙も剥がし、道具を全て片付けた。

「またご縁があったらお会いしましょう」
「そうだな」

 そういうとカールは歩いてどこかへ消えていった。

(どう思うライダー?)
(カトラスで切り刻みたい)
(いいえ、マスケット銃で撃ち殺しましょう)

 思いっきり感情的な答えが返ってきた。

(いや、感想じゃなくて占いの内容だ)
(あの胡散臭い口調はともかく内容自体は一理ありますわね)
(現状を見直せというやつか。では、もしもあの白い男達ともう一度ぶつかった場合、勝つ勝算はあるか?)

 岡部の素人目では戦いの詳細など全く理解できない。
 そもライダーの声が無ければ撤退という判断すらできなかったはずだ。

(サーヴァント自体の戦闘能力はこちらが上だったけどセイヴァーは防御が上手いから崩しにくい)
(それにあのマスターが厄介ですわね)
(あのマスター。一人で私たち二人を相手に出来そうだったしね)
(悔しいですが、このまま逃げるのをおすすめしますわ)
(問題はどこに逃げるかだよね)

 むーとメアリが頭を抱え、岡部はもとより黙りこんでいる。
 だがアンだけは閃いたという風に手を叩く。

(海の上なんてどうですの)
(何故海なんだ?)
(私達が何の英霊か忘れましたの?)
(確かに陸より船の上でやり合う方がましかもね)
(船の扱いと戦いなら任せて下さい)

 言われてみれば尤もな意見だろう。というよりも何故二人とも今まで気付かなかったのか。

 いや、違う。彼女達はマスターの指示で戦うサーヴァントであり、それを活かすために動くべきは俺だ。
 あの占い師の言う通り、周りを見ずに空回りをしていたのだ。その結果、いきなり敵から逃げ出す始末。目も当てられないだろう。

(まゆりを死なせた時から、俺は全く成長していないではないか……)

 俺は考えなければならない。
 この円環の如き繰り返す殺戮の運命から逃れるために。永劫回帰はもういらない。

(マスター。おーい)
(大丈夫ですの?)

 いつまで経っても反応しない岡部にライダーが心配そうな声をかける。

(ああ、問題ない)

 ひとまず岡部は海へ向かうために歩き出し始めた最初の一歩で



 ────世界線変動が発生した。

                           0.XXXXXX→0.160826



 まずは目眩がした。
 次にノイズが頭に響き、壊れたブラウン管テレビの如く周囲の景色がズレ、そして瞬時にそれらは修復される。
 周りの状況は目眩がする前から一切ズレていない。だが何が起きたか明白だった。
 世界線が変動したのだ。

 岡部倫太郎は世界の変動が感知できる。
 魔眼「運命探知(リーディング・シュタイナー)」。因果律の変動と収束を観測する能力である。
 今までは自称魔眼であったがサーヴァントや魔術なんてものが存在する以上、もはや正式な魔眼で良いだろう。
 正式じゃないのに何で魔眼なのかって? お察しください。

 ともあれ世界が動いたのは間違いないだろう。問題はどうして世界が変わったか、だ。
 まさか占ってもらったから世界線がズレたなどということはあり得ない。世界線はそれほど脆くない。もし故意に世界線変動をやるのなら時空を超越した事象が必要になる。例えばタイムマシンで過去に飛び過去を変えるような。

 岡部は知る由も無いが、今この時、別の場所で未来予知を持つ者が本来死ぬべき者を生かしたため世界が動いたのである。

 岡部倫太郎の望みはかつての世界線、変動率1%を超えた世界線へ行くことだ。そのためには改変された内容、つまり岡部が過去に干渉した内容を取り消す必要がある。
 だが、この聖杯戦争には岡部以外に世界線を変えてしまう者がいる。そしてソイツがいる限り岡部の、いやラボメンの運命に安息は訪れない。
 なぜなら聖杯戦争に勝利して聖杯の力で1%の世界線に戻ってもソイツが存在し続ける限り世界は変わってしまうからだ。

 ならばどうするか、愚問だ。
 やることなど一つしかないだろう────捜しだして殺すしかないではないか!!

 クソと壁を殴り、苛立つ岡部に彼のサーヴァントは驚きの声を上げる。

(マスター。本当に大丈夫?)
(どうしました? 顔色が優れませんわよ)
(問題ない)

 ライダーに言うべきか一瞬迷うが、今はまだいいだろう。こんな奇天烈な話をこの状況でする気になどならない。

「それで何をするんだったか」
「海へ行こうって話だったでしょ」
「もうボケが始まったんですの」

 ああそうだったと適当にはぐらかしつつ、岡部は歩み出す。



       *       *       *



 そして数十分後、岡部達は海沿いにいた。
 この時代の海に着いて海賊の二人が最初に放った一言は「おえぇ」だった。

「この時代の環境破壊は深刻だね」
「流石に知識としては知ってましたけど実際に見ると『酷い』としか言えませんわ」
「いや、これはない。流石におかしい」

 海にそれほど縁のない岡部であるが、それでも今、目の前の惨状に眉を顰めずにはいられまい。
 青く美しい海は黄緑色へと変色し、周囲は錆の褐色と塩のような白い粉末が埋め尽くしている。
 潮風は粘性すら感じる温い臭気に変わり、潮の香りは塩基性と腐卵の混ざった悪臭へと変えられている。

 異海、魔境。海は人が住めるとも寄り添えるとも思えない極悪環境と化していた。
 犯行は未知のサーヴァントの仕業と考えれば簡単であるが。
 海を? 丸ごと? どうやればこんな風になるのだ?
 先ほどの白い男とは別の意味で桁違いだ。

 海がヤバイ。語彙が乏しいと思われるかもしれないが、この光景を見ればそうとしか表現できなくなる。

「流石にこの海へ出たいとは思えないね」
「ですわね。完全に後手に回りましたわ」
「一旦、周囲から情報を集めよう。何が起きたか探るべきだ」

 岡部の提案に二人は頷き霊体化する。
 次から次へと現れる強敵に岡部は希望を持てずにいた。


【C-6/海岸/一日目・午後】
【ライダー(アン・ボニー)@Fate/Grand Order】
[状態] 完治、健康
[装備] マスケット銃
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:マスターに従う。
1:海がとっても臭い
2:討伐クエストへ参加する
3:セイヴァーとそのマスター(ニコラ・テスラ)には注意する

【ライダー(メアリー・リード)@Fate/Grand Order】
[状態] 完治、健康
[装備] カトラス
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:マスターに従う。
1:これは船が出せませんわね
2:討伐クエストへ参加する
3:セイヴァーとそのマスター(ニコラ・テスラ)には注意する

【岡部倫太郎@Steins;Gate】
[状態] 健康、気疲れ
[令呪] 残り三画
[装備] 白衣姿
[道具] なし
[所持金] 数万円。十万にはやや満たない程度
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争に勝利する
1:海について情報を集めなくては
2:未来を変えられる者を見つけ出して始末する
3:討伐クエストへ参加しつつ、他マスター及びサーヴァントの情報を集める
4:『永久機関の提供者』には警戒。
5:セイヴァーとそのマスター(ニコラ・テスラ)は倒さねばならないが、今のところは歯が立たない。
[備考]
※電機企業へ永久機関を提供したのは聖杯戦争の関係者だと確信しています。
※世界線変動を感知しました。
※セイヴァーとそのマスターに出会いました。




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最終更新:2016年05月20日 20:24