『死神』という暗殺者がいた。

 殺し、騙し、探り、偽り、考え、そして殺す。
 男の人生は死と隣り合わせ……というより隣人(ターゲット)の死を作り出すこと大半であった。

「そういえば『私』はどうなったんでしたっけ?」

 記憶はとある研究所の事件前後を境にプツリと途切れている。故に自分が最強生物になった後のことは分からない。
 暗殺者としての全盛期が今の自分であならばやはり……あの異形のまま教師になったという与えられた知識に間違いないのだろう。

 しかし、私が教師ですか。
 たった一人の弟子に裏切られたのに、と男は自嘲した。



       *       *       *



 『ペチカ』という魔法少女がいた。

 人間の少女が魔法の力を得て変身した仮初めの姿。それがペチカ。
 超人的身体能力、容姿端麗、料理の魔法。

 しかし、それは与えられたものに過ぎない。むしろ、同じ魔法少女達の中にいれば埋もれるレベルのパラメーターだ。

 ああ、でも。それでも。
 〝彼〟が好きだったから。諦められないから。
 私はあの『ゲーム』に参加した。そして────思い出した。



       *       *       *



 K市の山道を高速で下りる影があった。
 影は舗装された道路でも獣道でもなく、藪や太い木の枝を足場にして高速で降りている。
 いうまでも無いが人間業ではない。
 いや、正確には人間でも可能だが、移動速度が速すぎた。降りている影は跳躍のたびに30メートルは移動しているのだ。

 やがて影は木々が織り成していた闇から出て文明の通った砂利道を移動し始めた。
 その影の正体は新種のゴリラ……ではなく可憐な少女だと知れば余人は視覚が狂ったと思うだろう。だが事実としてその小さな体躯からは想像を絶する運動エネルギーが生み出されていた。
 そしてもう一つ奇異な事がある。山道を通ってきたとは思えぬほど彼女は汚れていなかった。それどころか服のほつれ一つない。
 怪力。そして美しさの維持。これらを説明する言葉は現代の一般科学に存在しない。当然だ、彼女は科学ではなく魔法の存在。魔法少女なのだから。

「早く帰らないと日が暮れちゃう」

 彼女の名は『ペチカ』、本名は建原智香。
 臨時下校により建原智香は帰宅の途についていた途中、強力なサーヴァントと遭遇し、逃亡した。
 攻防速耐の全てにおいて桁違いな相手に対し、死神は技術をもって対抗するも抗えず、命からがら逃げ出したのだ。
 極力人混みを通り、されど大胆な動きをする時は避け、撒けたと確信した二人は再接触を恐れて山道を通って建原宅へと向かった。

「すいませんマスター。こんな不甲斐ないサーヴァントで」
「いえ、そんな……」

 それを言ったらペチカだってそうだろう。相手のマスターと戦えず、かといってアサシンの援護もできず。
 むしろ足手まといと言っていい。そのせいでアサシンは苦境に立たされたのだから。

(───止まってください)

 死神に指示されてペチカは停止する。
 実体化したアサシンが人差し指を口に当てて静かにとジェスチャーしながらもう片方の手の指を地面に当てる。
 そこには血溜まりがあった。こういう時に建原智香であれば悲鳴やパニックに陥るのだが、魔法少女に変身している彼女(ペチカ)は超人的な精神でショックを口に手を当てる程度に抑えた。

(魔力の残滓を感じます。どうやらサーヴァントか魔術師がここで何かを殺したようですね)
(人でしょうか?)
(可能性はありますが猪などの野生動物かもしれません。宝具の試し撃ちの可能性もあります)

 アサシンが遠くを指差すと血痕が点々と先に続いていた。
 それが意味することなどいうまでもない。

(マスター、どうしますか? 暗殺か偵察か無視かの三択です)
(死神さんの傷はまだ癒えてないので戦いはなるべく避けたいです)
(お気遣いありがとうございます。ならば無視した方がよいですね。こちらへ行きましょう)

 当初の下山コースを少し迂回してペチカは山から無事に降りた。
 一先ず安心──とそう思った時。

『ルーラーからの新しい討伐令をお伝えするぽん』
「え?」

 見覚えのある──アサシン以上に死神な──マスコットキャラクターが現れた。



       *       *       *



 別の場所でデリュージがスノーホワイトのマスコットキャラクターと勘違いしていたが、ペチカは違う。
 彼女はマスター……ここではルーラーと呼ばれている魔法少女のマスコットキャラクターとして知っていた。
 故にペチカはファルに質問攻めをした。
 ここはどこか。これも魔法の国の仕業なのか。クランテイル達はどこにいったのか。などなど。

 結論としてこの聖杯戦争というものと魔法の国は全く関係ないこと。他の参加者については答えられないが、今までの関係性とは全く違うと答えられる。

『ではヘドラ討伐の件、伝えましたぽん』
「待っ──」

 そういってファルは消えてしまった。

「マスター。そのあなたが参加していた『ゲーム』とやらのマスターはどんな人物なのですか?」

 どんな人物、と言われても直接の面識ペチカには主観と起きたことしか話せなかった。
 強制的に引きずり込まれたゲームで『魔王』を倒すように言われたこと。
 途中で死ねば現実でも死ぬことがわかったこと。ゲームの途中下車は許されなかったこと。
 そして参加者は魔法少女になる時にとある魔法少女によって殺し合いをさせられて生き残ったから魔法少女になれたことを思い出したこと。
 そして──あれ?

(その後のことが思い出せない。確かゲームの中に戻ってそこで何か起きたはずなのに)

「どうしました?」
「それが……ちょっと思い出せなくて」
「思い出せないですか。知らないじゃなく?」
「何か大事なことがあったはずなんですけど……」

 困った顔をする智香。
 ルーラーに繋がる重要な出来事のはずなのに……思い出せ……ない。

「もしかするとルーラーによって記憶の一部がロックされているのかもしれませんね」
「そんなことが可能なんでしょうか……」
「聞いた限りだと何でもアリな人物に聞こえます。
 しかし、そうなるとこれ以上思いだそうとするとルーラーに口封じされるかもしれません。
 現状、覚えている範囲で対策をたてましょう」



       *       *       *



 変身を解除した智香は帰宅後すぐに荷物を起き、自宅から拠点のホテルへと急いだ。
 家族を巻き込まないことと夜中にK市を徘徊するためにアサシンが用意してくれた拠点だ。
 家にいた弟に友達の家に泊まると告げて両親に書き置きを残し、一口コロッケをいくつか持って家を出た。
 逃げ延びたとはいえ、あのアーチャーとマスターがまだ近くにいる可能性も考慮して人通りの多いところを通る。

 しかし、問題はホテルに到着するまでに変身をしなければならないことだ。
 建原智香がホテルに入ったところを見られた場合、よからぬ噂が立つのは当然としてそうなれば聖杯戦争のマスターの目を引く可能性だってあり得る。
 学校には他のマスターが潜伏している可能性が極めて高いというアサシンも言っていたし、目立つことは避けたい。
 同じ理由で人前で変身するのも駄目だ。そもそも魔法少女は一般人に魔法少女だと知られてはならない決まりがある。
 よってどこかで人の目が届かないところに行って変身する必要があった。
 人混みをこっそり抜けて人気のない路地に入り、角を曲がって人のいないところへ行く。そして変身しようとして────

「おや、そこのお嬢さん。少し待ちたまえ」

 誰かに声をかけられて振り向くといつの間にそこにいたのだろうか。男の人が椅子に座っていた。
 外国の人だろう。女の人のように髪が長く、黒い該当を羽織っていて前にある机には紙が貼ってある。

(あなたの運命占います。カール・エルンスト・クラフト……ということは占い師ですか)
(そうみたいですね)
(特にサーヴァントやマスターという気配は感じませんが念のためいつでも変身できるように)

「急に呼び止めてしまってすまないね。だが見ての通り占い師の端くれ……君に見過ごせない凶兆を見た故、声をかけさせてもらった」
「凶兆……ですか?」

 なんだろう。と不安に思ったペチカに占い師が告げる。



「左様。君には死相が出ている」



 智香は心臓が止まるかと思った。
 内容だけではない。あまりにも恐ろしいとこを平坦な声で言うものだからまるで神様に決められてしまったような……いわゆる死の運命を感じてしまったのだ。

「突然言って驚かせてしまったか。すまない。信じがたいと思うが出ているものは仕方ない。
 もしも思い当たる節や不安があるのならここで占っていかないかね?
 ああ、お代は結構。子どもから金品を巻き上げることなどせんよ」
「は、はぁ」

 まくし立てるような長口上に思わず肯定してしまう。
 アサシンは特に何も言ってこない。
 座っていいということだろうか。
 とりあえず座って占い師と対面することにした。

「まだ日も落ちぬゆえそうだな、タロットカードがよいか」

 そういうとカールという男はタロットカードを取り出す。
 占い師曰く、スリーカードオラクルという、三枚のカードを選ぶ。形式の占いらしい。
 一枚目は凶兆の原因となる過去、二枚目は現在、三枚目は未来を意味するらしい。

「では一枚目」

 一枚目。隠者の逆位置。

「閉鎖的、陰湿的、消極的、悲観的、誤解や劣等感など後ろ向きなことを意味する。
 君はどうやら内向的な性格のようだね」

 グサリとペチカの心に突き刺さる。
 悲観的。劣等感。まさにペチカはその塊ではないか!
 図星を突かれて困惑するペチカをよそに薄ら笑みを浮かべたまま占い師が二枚目のカードをめぐるとそこには

「塔……」

「そうとも。これが現状の状態を示す『塔の正位置』。意味は惨劇や悲劇、被災や事故。
  これが今、君が行こうとしている未来だよ。
 どうかな……どうやらその顔は思い当たる節はあるようだね」

 あるといえばある。
 発令されたヘドラ討伐令だ。
 災害級のサーヴァント。海岸線付近は既に人が立ち入れないという。
 そして『マスター』と呼ばれていたルーラー……報酬の代償に人の死を誘発するイベントを引き起こす怪物もいる。

「そして三枚目。未来だ」

 ペラリとカードがめくられて、そこにあった絵柄はフードを被った髑髏の怪物が鎌を持っている絵だった。
 XIII-DEATHと描かれていて……その意味に気付いた時、智香の顔から血の気が引いた。

「なるほど『死神の逆位置』。ああ、逆位置は破滅や死ではない故、そんなに怯えなくていい。
 逆位置の意味は新生、新しい始まり、つまるところ人生の再出発(リスタート)だ。
 ふむ。もしも何かを為そうと考えているならば一旦改めて別の可能性を模索することをお奨めする」
「死ぬことではないんですね……?」
「言った通り死神の逆位置は破壊された後の新生だ。新しい人生の始まりや価値観、考え方がガラリと変わる転換期を暗示する」

 新しい人生とはなんだろう。
 智香は想像すらできない事件に関わりっぱなしだ。それでも智香もペチカも考えは変わらない。
 雷同不和。風見鶏。ただ周りに流されて嵐が過ぎるのを待つだけだ。


 この時、アサシンの様子がおかしいことに智香は気づかなかった。



       *       *       *



 占い師に礼を言って拠点へ帰る途中、アサシンが話かけてくる。

(マスター。占いの結果を100%信じる必要はありません。
 確かに結果はあれでしたが、そもそも人間だれしも不安を抱く生物です。あの男はそれを利用したかもしれません。人引きや詐欺師の常套手段ですよ)

 とアサシンは慰めてくれるも心配性の智香としては気が気でない。
 こういったオカルトが信じてしまうのは建原智香……というより女子高生の習性ではないだろう。
 故にペチカは気にしてしまう。いったい何が待ち受けているのか。自分はどんな風に変わってしまうのか。
 それを察した死神は苦笑いをしつつもマスターに提案を投げ掛ける。

(ならばヘドラの討伐は一旦おいて別の目標を探しますか?
 あの占い師も言った通り、現状に流されているのは危険です。ましてやルーラーがマスターのいう支配者ならば慎重に行くべきだと思います)
(どうするべきでしょうか)
(籠城をオススメします。おそらくヘドラ討伐は早くて今夜か明日のうちに片付くでしょう。拠点のホテルに籠って嵐が過ぎ去るのを待つのも手じゃないでしょうか)

 そうするべきだろうか。
 ペチカにとって尤も相応しい選択に思えた。
 突然転移させられた電脳世界を思い出す。
 無理矢理組まされたチームを思い出す。
 出られないゲームの中の無力を思い出す。
 そして────そんな自分のために死んだ魔法少女を思い出す。

(わたしは……)

 そうだ。思い出した。忘れていた。
 森の音楽家クラムベリーによってペチカといたもう一人の少女もまた魔法少女になった。
 彼女はクラムベリーの試験がおかしいことに気付き、ペチカを最後まで生かしてくれた。
 そしてクラムベリーと戦い、恐怖で動けないペチカの前で嬲り殺された。その時ですらペチカは動けないままだった。

(死神さん。私は……)

 ペチカは魔王城の戦いで自ら動いた。
 皆で生き残りたいと、皆で終わらせたいとそう思ったからではないのか。
 それが正しいことだと思ったから奮い立ったのではないのか。
 少なくてもペチカが動いたことで自分を守っていた魔法少女達が戦いに専念することができるようになり、勝利できた。
 ならばあの時の行動に間違いはない。

(後悔はしたくないです)

 ヘドラによって偽りの家族やここで出会った人々が殺されるのを見過ごせば、きっと後悔する。
 たとえ先に悲劇が待ってると、死相が出ていると言われても。

(だからヘドラを見過ごすことはできません)

 アサシンの口から笑い声が零れる。
 ペチカの朝令暮改に対して呆れたのでも嘲笑ったのでもない。
 ペチカの成長を純粋に喜んだのだ。

(タロット占い。当たりましたね)

 意地悪な子どものように、もしくは微笑ましい光景を見た■■のように笑った。

【B-4/宿泊施設/一日目・夕方】

【ペチカ(建原智香)@魔法少女育成計画restart】
[状態] 健康、魔法少女体、死相
[令呪] 残り三画(右手)
[装備] 制服
[道具] なし
[所持金] 一万円とちょっと
[思考・状況]
基本行動方針:未定
0:ヘドラの被害を防ぐ
1:聖杯を手に入れ、あのゲームをなかったことにする?
2:魔法少女として、聖杯戦争へ立ち向かう?

※ペチカは記憶復活直後からの記憶がありません。
※山に誰かがいたことを知りました。(アタランテです)


【アサシン(死神)@暗殺教室】
[状態] 疲労(小)、腹部にダメージ(小)、全身にダメージ(小)
[装備] なし
[道具] いくつかの暗殺道具
[所持金] 数十万円程度
[思考・状況]
基本行動方針:マスターを導く
1:方針はマスターに委ねる
2:バーサーカー(ヒューナル)に強い警戒。
3:アーチャー(霧亥)を討つ策を考えておく

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最終更新:2016年09月11日 22:58