帰ろう、帰ろう。

家に帰ろう。

静かな、まるでいつかの日のように。

僕は、生まれたところに帰る。

  ウィリアム・アームズ・フィッシャー作詞、アントニオン・ドヴォルザーグ作曲『家路』


―――――――

『二人』のマスターと、『一人』のサーヴァント。
彼等の間には、奇跡のような相性の良さがあった。
時代に見捨てられた者、光を知らない子供達。双子とアサシンの間にある違いは、生きているかどうかの差しかない。

しかし、それだからこそ。
その『二人でひとつ』のマスターと、『たくさん』のサーヴァントには、『似ているからこその、決定的な違い』があった。



「それじゃあ、詰まらないね」
「そうね、見ているだけでは詰まらないわね」

灰色に濁りかけている川の色を見下ろすようにして、三人分の人影が土手の斜面に腰かけていた。
三人ともが、子どもだった。
黒い正装の二人に、黒い襤褸の一人が反論をした。

「――あぶないよ?」

この時、マスターとサーヴァントとの間で、初めて、意見が割れたのだ。

瓦礫と無辜の死傷者が地べたに転がっていた市街地からいち早く離脱し、『兄様』が意識を取り戻すまでのしばしを休息に費やして。
兄様が目を覚ましてから双子とジャックが話し合いを始めたのは、『ライダー(ヘドラ)の討伐令』についてだった。

より正確に言えば、ジャックは『特に話し合うこともない』と議題にあげるつもりもなかったところを、
眼を覚ました『兄様』が状況を知りたがり、姉様が戦闘が終了するまでの流れを語った後で、『そう言えば』と切り出したのだ。

「ジャック。危ないのはどこだって同じよ。もうあちこちで天使様がたくさん呼ばれているわ」
「そうだね。でも天使様はいいけど、あのお魚たちは厄介だね、姉様」

昨夜の時点で双子とジャックの『討伐令』が出された。
その時点では、これからはただのNPCよりも豪勢な客人――マスターとサーヴァントがこぞって押しかけてきてくれるはずという期待があった。
双子も、ジャックも、それに対して『来るならこい』というスタンスで一貫していた。
双子にいたっては、『やっとこの町で本当に生きている、殺しがいのある人々がたくさん集まってのパーティーができる』と楽しみで胸を高鳴らせていたぐらいだ。

しかし昼過ぎになって、新たな討伐令が出された。
双子とジャックも知っている、島を溶かして船を沈めてしまう怪物の討伐令だ。
放っておけばすべての参加者が町ごと呑み込まれ、
そして討伐に乗り出せば双子のそれよりも多くの報酬が手に入る。
殺しに向かわないデメリットも、殺しに向かうメリットも双子より大きい、そんな条件の指名手配だった。

「私達のところに来るはずだったお客様が、みんな取られてしまうわ」
「みんな血だまりより、灰色の海で漁をする方が忙しくなるよ。詰まらないね」

双子は気だるそうな眼で、赤紫色に陰り始めたに空と、灰色の川面とを眺めている。
このままサーヴァント達が何の行動も起こさなければ、遠からず川の上流までをヘドラの稚魚たちが荒らしまわるようになるだろう。

ジャックとしては、『討伐令』に対して自分達がどうこうしようとは考えていなかった。
朝に交戦した『殺しても死なないサーヴァント』の存在ははっきり言って不快だったし、あれがもっと力をつけて『より殺しにくく』なっているという状況が、歯痒くないわけではない。
しかし、一度は撤退を選んでしまった強敵に対して再び挑みかかり、『マスター(ふたり)』の命を危険にさらしてしまうほど、ジャックは無謀でも向こう見ずでもない。
今のジャックにとっては、自分の殺意を満足させることよりも、仲間である双子を失わせまいとする方がよほど大事なことだった。
そもそも、彼女たちは、根っからのアサシン(暗殺者)だ。
海上一帯に制海権を持っている魚の大群とことを構えるともなれば、それは1人の兵卒として動くことを余儀なくされる『戦争』であって、『暗殺者』が立ち回るには向いていない。
先刻のファミリーレストランでの交戦にしても、『双子(マスター)を守る』という目的さえなかったならば(そして敵方から先に目を付けられるといったような事情でも無ければ)、単純な白兵戦力で上回るだろう(しかもサーヴァントではなくマスターの方がソレだったのだが)相手に真っ向から喧嘩を売るような愚行はとうてい犯せなかっただろう。

だからこそ、意外だった。
同じく暗殺者であるはずの双子は、ヘドラと他のサーヴァントとの闘争から蚊帳の外に置かれることを望まないばかりか、『詰まらない』と断言した。
ジャックにとって、『殺戮』とは魔力補給(しょくじ)の手段か、殺意を覚えた敵を滅ぼすためにしてきたものだ。
そこに喜怒哀楽の『喜』こそあったけれど『楽』は無く、『面白い』とか『詰まらない』という言葉で表現することを、さっぱりジャックは知らなかった。

「でも、海の方に近づくのは、この町でもきっと一番危ないよ。
あの灰色の汚い水に触っただけで溶けちゃう――ふたりが死んじゃうよ?」

死んでほしくない。
それは心から心配しての問いかけだった。
マスターが消滅すれば聖杯戦争で負けてしまうというだけではない。
初めて出会った、同じ子ども達である同士を失いたくないからだ。

「「大丈夫(だ)よ。お魚にはわたし(ぼく)達を殺せない」」

しかし、その答えは頭を撫でられることで帰ってきた。
姉様はジャックの右側に座り、兄様はジャックの左側に回り込んで。
右側と左側から、ふたつの手がのびて、黒い襤褸をかぶった少女の頭をゆっくりと愛撫する。

「どうして?」

あまりにきっぱりと豪語するものだから、ジャックはどうしてそう言い切れるのか問い返した。
この二人はサーヴァントではない、ただのか弱い子どもなのに。
さっきだって、電撃を使う規格外のマスターの、その攻撃のわずか一端だけで兄様は昏倒してしまったし、姉様も瓦礫の山に潰されただけで死ぬところだったのに。
ただの人間相手に戦ってきただけの、銃器を上手く使えるだけの小さな子どもが、どうしてそんなに自信満々に言い切れるのか。



「「わたしたちは、死なない(ネバー・ダイ)」」



ジャック・ザ・リッパー(名無しの子ども達)の信仰(かちかん)を、根底から揺さぶる言葉を。

その眼は、とても意地悪なことを考えているかのように細められて。
その口は、口角がにんまりと吊り上がっている。
それが二人の壊れた笑顔だと、ジャックは知っている。

「死なない……?」

ジャック・ザ・リッパーは殺せない生き物など知らない。信じられない。
それはつまり、死なない生き物も知らないということだ。
それなのに、彼と彼女は『死なない』と言う。

ずっとジャックの元から、いなくならないと言う。

「死なないのよ」

右側で、少女の声がする。

「死なないんだ」

左側で、少年の声がする。

「だってわたしたちは」

その声は、理性ではなく。

「いっぱい、いっぱい」

その声は、傲りではなく。

「いっぱい、いっぱい」

それは、正しい論理的帰結ではなく。

「「殺してきたんだから」」

確固たる、信仰だった。

ジャックの右手と左手にそれぞれ手を繋いで、いかにも仲の良い子ども達がするように手をぶんぶんと振る。
子どもの命と子どもの命が、子ども達の集合体たる『彼女達』と手をつなぐ。

「こんなにも人を」
「殺してきたの」
「僕らは、それだけ生きることが」
「できるのよ」
「命を」
「増やせるの」
「わたしたちは、死なない(ネバー・ダイ)」
「そうよ」
「殺して」
「殺されて」
「命のリングを紡ぐ」
「そう」
「「えいえんなの――」」

「えいえん?」

右と左から囁きかけられながらも、ジャックは分析する。
言葉にくらくらとしながら、考える。
このふたりに、油断はない。
彼女たちは幼くとも裏の世界の『プロ』なのだということは既に察しているし、
午後の戦闘を経て『他のサーヴァントが乱入しなければ、危うく殺されるところだった』という自分達の『限界』も認識できないほど愚かではない。
ヘドラと交戦してからもすぐに撤退を指示したように、身の危険が迫れば無茶をしない慎重さもある。
だから今、ここで二人が説いているのは、『死なないように用心はするけれど、それはそれとして』という、別次元での問題だ。

たくさん殺した。
命を奪うことで、生き延びた。
だったら、その奪った分の命だけ生きる道理が、自分たちにはあるはずだ。無いはずがない。

確かに、ジャックも殺した。
殺し続けていたら、ジャック・ザ・リッパーと呼ばれるようになった。
その呼び名がついたから、『サーヴァント』になれた。
ここで存在していられるようになった。
ジャックもまた、殺し続けたことで命を伸ばすことができたようなもので。
だから、ひょっとしたら、彼女たちの言うこともその通りなのかもしれない。
かつての『わたしたち(霧夜の殺人鬼)』よりもずっと多く殺した双子ならば、命を増やせるのかもしれない。

だけど、でも、だけれども。

「永遠に、生きたいの?」

それでもなおジャックは、首をかしげずにはいられない。

世界は、とても醜くて。
わたしたちは――あなたたちだって、そのことを知っているはずなのに。

「あなたたちは、生きていたいの?」

堕胎を許さない大人の身勝手で、選択肢もなく産み出されてしまった、チャウシェスクの子ども達と、
堕胎をするしかない大人の身勝手で、選択肢もなく産まれる権利を奪われた、イーストエンドの子ども達。
似ているようで、しかし、似ているからこそ違う。
産み出されなかった子ども達の願いは、『おかあさんのお腹のなかに帰る』ことだった。
永遠に生まれてこないことであり、永遠に生き続けることではなかった。

捨てられた子ども達の怨念が形を成したジャックにとって、『生きる』というのは地獄のような世界で消費され続けることに他ならない。
『死なない』ことと『生きる』こととは、区別のつかない難しい命題だ。
いつだって、死にたくないと望んでいる。消えたくないと強く願っている。
そういう意味では『生きたい』と思っていたのかもしれないが、『生きている』と実感したことなど一度もない。
この世を素晴らしいものだと感じられたことなど無い。
日の当たる場所を、あたたかな世界を、人生にばんざいと感謝したことは有り得ない。

「生きたいわ。やりたいことがあるもの」

しかしその世界を、彼女たちのマスターは受け入れている。

「そのやりたいことは、苦しいのを我慢して生きてまでやることなの?」

受け入れて、もっと生きたいのだと、笑って語っている。

「生きるに値するかどうかとか、そういうのじゃないよ」
「そうしたいから、そうするのよ」
「それ以外には、何もない」
「ジャックは――『ジャックたち』は、そうじゃないの?」
「わたしたちは――」

彼等と一緒にいたい。それは確かな事だ。
ならばジャックは、何を望めばいいのだろう。

(不思議――)

彼等と一緒に『みんなでおかあさんのおなかに帰る』ことを望むのか。
それとも、彼等と一緒に『永遠(ネバー・ダイ)』を望むのか。

「――わからない」

『彼女たち』は、神様を信じたことなど無かったから。
どこかに神様の恩寵があったとしても、自分たちはそれが手に入らないと諦めてきたから。
だから、初めて触れた『宗教』に、まだ戸惑うことしかできなかった。

「それにね、何も僕たちがあの魚の群れ(ライダー)を正面から相手にすることは無いんだよ」
「漁夫の利を狙いましょう。その方が、この国の故事に則っているわ」
「違うよ姉様。その故事は中国のだよ……でも、そうだね。アクアパッツァよりもミートソースの方が僕たち好みだね」
「血と臓物の、ミートソースね」

しかし、戸惑うジャックに、双子はすぐに代替案を示してくれた。
討伐令に参加するといっても、なにもライダー(ヘドラ)を狩ろうというわけではない。
ヘドラを狩るために集まって来るたくさんの連中を、狩ればいい。
背中がガラ空きになっている連中を狙う方がずっと効率的だし、自分達を的にするよりも安全だし、アサシン(暗殺者)らしい。

「そっか……その方が、他のサーヴァントもマスターもきっと慌てるし、上手くいくよね」

それにもっと上手く運べば、たくさんのマスターやサーヴァントに追い詰められて弱っているかもしれないヘドラに、トドメを刺す機会さえも無くはない。
その計画は、『面白い』とか『詰まらない』にはピンと来なかったジャックでさえも、胸がワクワクすることのように感じられた。
さらに言えば、この計画ならば双子(マスター)を危険な海岸線に近づけさせすぎるリスクも少ない。
必ずしもヘドラとの戦いの最前線に出る必要はなく、討伐令に向かう途中の主従を狙う、討伐から一時撤退した主従にトドメを刺すなど、いくらでも状況を俯瞰して動けるのだから。

彼女らがもっと理性的な大人だったならば、『ヘドラを討伐しようとする主従を殺す』ことのデメリットをも考慮して動いたかもしれない。
少なくとも、彼女たちより少し年嵩の魔法少女は、『ヘドラの討伐が遅延したことで、取り返しのつかないことになるリスク』について考えてから動こうとしていた。
しかし双子とそのサーヴァントは、『ヘドラの討伐が上手くいかなければ、自分達まで死ぬかもしれない』ということまでは考えられない。
なぜなら彼等は、死なない(ネバー・ダイ)ことになっているのだから。

「……でも、残念。どっちにしても、青い海が見られなくなっちゃったわ、兄様」
「初めて見る、青空と青い海だったのにね、姉様」

赤紫色から紺色へと、彩度を落としていく薄闇の中で。
薄闇の中を吹き抜ける寒風が、ススキの穂をざわざわと揺らす中で。

作戦会議の最後に、双子はその町の海が汚染されてしまったことを嘆いた。
灰色の空の下で、灰色の壁に閉じ込められた場所で育てられた双子にとって、青空の下の青い海は、いつか行ってみたい夢の場所だったのだ。
ヘドラを囮にしてやろう、という計略も、そんな青い海を奪った存在への、八つ当たりじみた動機が無かったと言えば嘘になる。

「でも大丈夫、空はまだ青いままだよ、姉様」
「青空の前に夜がやって来るわ。楽しい夜になりそうね」

くすくすと、あはははと、二人そろって笑い声をたてる。
その笑い声に対して空気を読んだわけでもないだろうが、おだやかな音楽が笑い声に彩りを添え始めた。
『みんな、遊ぶのをやめて、家に帰りましょう』という無粋なアナウンスがくっついてきたのは、余計だったけれど。

別の場所の公園で話し合いをしていた小学生のマスター達は、これを『この町のいつもの夕方の時報だ』と気にも留めずに話し合いを続けていた。
しかし、それなりに教養を身に着けている双子にとっては、それは『いつもの音楽』というよりも『十九世紀に東欧生まれの作曲家が作った、歌曲に編曲もされている有名な歌』だった。
知っている歌だった。
だから姉様は、その曲に合わせて歌い始めた。

「Goin' home, goin' home, I'm a goin' home」

帰ろう、帰ろう、家路へと。
皮肉なのか、双子にとってもジャックにとっても、縁のない世界の歌を。
ドヴォルザークという東欧の作曲家が、新大陸から故郷を――帰る場所のことを思いながら作った曲を。
その歌声に、兄様とジャックが、うっとりと眼を細めて聞きいった。

「All the friends I knew, All the friends I knew.Home, I'm goin' home!」

歌声だけならば天使だと評される、その歌唱で。
遠き山に日は落ちて、星は空を散りばめぬ。
この国ではそんな歌詞がついている歌を、その通りになりつつある景色の中で。

――いざや楽し。まどいせん。

楽しいことは、帰るべき家ではなく、これから自分達が始めるのだと。

【C-4/K瀬川沿い、東岸側/一日目・夕方】

【ヘンゼル@BLACK LAGOON】
[状態] 疲労(小)
[令呪] 残り三画
[装備] 戦斧
[道具]
[所持金] 店から持ち出した大金
[思考・状況]
基本行動方針:やりたい放題
1:ヘドラを囮にして、他のマスターやサーヴァントを狩る。
※ヘドラ討伐令の内容を、グレーテルから聞きました。
※ジャックの願い(おかあさんのおなかに帰る)を知りました。

【グレーテル@BLACK LAGOON】
[状態] 疲労(小)
[令呪] 残り三画
[装備] BAR
[道具]
[所持金] 店から持ち出した大金
[思考・状況]
基本行動方針:やりたい放題
1:ヘドラを囮にして、他のマスターやサーヴァントを狩る。
※ヘドラ討伐令の内容を、ファルから聞きました。
※ジャックの願い(おかあさんのおなかに帰る)を知りました。

【ジャック・ザ・リッパー@Fate/Apocrypha】
[状態] 疲労(中)、全身にダメージ(小)
[装備] 『四本のナイフ』
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:
1:ヘドラを囮にして、他のマスターやサーヴァントを狩る。
2:双子の指示に従う
3:あのサーヴァント(ヘドラ)、殺したい
4:『えいえん』って――???
※ヘドラ討伐令の内容を、ファルから聞きました。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2016年10月22日 17:23