青木奈美はただの人間だ。
先刻まで
シャッフリン達を瞬殺しておきながら何を、と思われるかもしれないが、少なくとも『
プリンセス・デリュージ』ではない時、変身していない時はただの人間だった。
凄惨な事件を潜り抜けたことで精神は強靭になろうとも、身体は人間だった。
つまり、逃げるために走り続けていればのどが渇く。
身体が水分を求める。疲労する。
当たり前のことだった。
だから、奈美は足を止めた。
ハァ、と大きく息を吐きだし、また吸って、それを何度も繰り返して息を荒げた。
夕闇から夜闇に変わった帳の中で、たった1人、荒い呼気と汗の感触だけを確かなものとしていた。
「追って来られたりは………………してない。大丈夫」
住宅の灯りがすっかりまばらになっていることを確認して、奈美はあの住宅街とは別のフィールドに離脱できたことをひとまず安心した。
道路沿いにぽつねんと一台だけ立っていた自動販売機の前で財布を取り出し、水分補給を選択する。
まだ夜も始まったばかりだった。なので、気付けも兼ねて普段は買わない苦そうなコーヒーのボタンを押してみた。
ぐびぐびと飲み干していく。
やはり苦い。背伸びをし過ぎたかもしれない。
飲み干しきる前にぷは、と息継ぎをする。
呼吸が戻ってくると、進行方向も客観的に見えてきた。
道路は図書館のあるのある山中へと、まだまだまっすぐに伸びている。
ただの女子中学生が徒歩で踏破して、図書館に戻るには時間も労力も無駄が多いだろう。
さっき殺してきた『あの男』も、タクシーを使ったぐらいの距離だ。
こちらから戻るよりも、アーチャーを呼びつけた方が楽に合流できそうだと考え直した。
図書館を無理やり貸し切り状態にしてしまった後始末もあるだろうが、それが終わりしだいこちらに向かい、道中で落ち合うように念話を飛ばそう。
……厄介なのは、念話で話すならば先刻までの『成果』を報告しなければならない事だ。
想定外の事態も幾つかあったので、どう話をまとめたものかと眉根を寄せる。
修羅場から離脱して、一連の復讐計画も終わらせてしまえば、『次はどう動けばいいのか』という集中状態から解き放たれてしまう。
激情がおさまってくると、うっ憤のやり場を持って行きあぐねる。
余計なことばかり、浮かんでくる。
さっきまでの自分に対する焦燥や、後悔や、思い出ばかりが呼び出されてきて、頭が上手く回ってくれない。
――ブルーベルのキャンデイーが欲しい。
そう思った。
飴玉なんて、のどの渇きを癒してくれるわけでもないのに。
おそらく、コーヒーのせいで口の中が苦いからだけではない。
このK市に招かれるよりも以前、失われた仲間たちの復讐計画を立てるために、仲間たちの最期を調べたり、武器庫などの下見をしたりした時に、あの魔法少女は共にいた。
『気分を変える魔法のキャンディー』を使って、メンタルケアじみたことをして貰った時もある。
彼女と魔法のキャンディーがあったおかげで、人恋しさや寂しさ、無気力さを幾分かは埋められていたというのが正直なところでもあった。
もしもあのまま魔法の国上層部とオスク派への復讐計画を決行していたら、彼女はそれでもついて来てくれたのだろうか。
ブルーベルからキャンディーを貰っていた頃は――このK市にやって来る前は、今のようではなかった。
もっと迷いが無かったし、不要な感情をすべて削ぎ落としたかのように、ただ為さねばならない事ばかりを考えていた
たとえ無関係な――たまたま護衛で雇われていただけの、無辜の魔法少女だったとしても、立ちふさがる限りは殺す。
それぐらいの熱量を持って、犠牲を出すことに何の疑問も持たずに、『ある魔法少女』を誘拐しようとしていたはずだ。
今のデリュージは、時間さえあれば色々なことを考える。
これも『気持ちを落ち着かせるキャンディー』が無くなったせいなのかは分からない。
例えば、ただのNPCであり、言うなれば木偶に過ぎなかった(と当時は思っていた)
越谷小鞠を助けてみたり。
例えば、アーチャーから討伐令に参加するマスターを背後から狙うという策を示されて、露骨に動揺をしたり。
例えば、越谷小鞠から『私のことを助けてくれた』と指摘されて、返す言葉に迷ってしまったり。
シャッフリンとそのマスターに対しては、憎悪を剥き出しにして慈悲も容赦もなく踏み躙ることができたけれど。
それも、あの邪なる神父のアーチャーに煽られたからこそ、あのエネルギーを発揮できたとも言える。
そして、今この場所では、この地にいるもう一人のピュア・エレメンツのメンバーを思い出している。
小学二年生で、よくブリーフィングルームに計算ドリルを広げていた。
インフェルノに子ども扱いされると、機嫌を悪くしていた。
でも実際幼かったから、デリュージもフォローする回数が多かった。
魔法少女アニメには、いちばん詳しかった。
挟み将棋と、本来の将棋の
ルールの違いを知らなかった。
ぱっちりした翠の瞳の、無邪気で大胆な魔法少女。
ピュアエレメンツには堅苦しい上下関係など無かったけれど、一番幼かった彼女はその分だけ守るべき存在に近かった。
そんな彼女がマスターとしてこの街にいるなんて、にわかに信じられなかった。
あのシャッフリンの言うことだったし、『テンペストのサーヴァント』をこの目で見た今でもなお、完全に実感が湧かないところはある。
だとすれば悪い夢か、底意地の悪い神様が仕組んだ陰謀にしか思えないほど理不尽な仕打ちで、吐き気がする。
一度は奪っておきながら、たった一つきりの願いを叶える椅子を賭けて殺し合わせようという趣向に。
しかし、その一方で『テンペストが生きて巻き込まれている』と知った時、ほっとした自分が確かにいた。
テンペストが生きているのならば、それはピュアエレメンツ全員を、生きて取り戻すことができるという証左ではないかと、そういう意味でほっとした。
そして、そんな風に計算してほっとした自分自身を、本当にゲスだと見下げていた。
だから、/だけど、 会わないことにすると選んだ。
皆を取り戻さなければいけないから、/会いたくて話がしたくてたまらないけど、 会えなくなった。
テンペストは、おそらく聖杯など望まないだろう。
子供向けアニメに出てくるような『正しい魔法少女』を、普通にそういうモノだと思っている。そんな小学生魔法少女だ。
ディスラプタ―との戦いだって世界を守るためだと、騙されて信じたまま亡くなった。
そんなテンペストに、『正しい魔法少女』から外れたデリュージが会えるはずがない。
どの面を下げて、会えるというのか。
すでに一度、心の中で『テンペストがさっきの策のせいで殺されても仕方ない』と見殺しにしているのに。
なるべくなら、奈美が聖杯を手にするまでは会いたくない。
そう結論づけて、しかしそれは、間接的に『テンペストには勝手に脱落してほしい』ということを意味すると気づいて、また自己嫌悪した。
そして、テンペストのことだけでなく、さっき殺した相手のことや、さっき喧嘩別れした女の子のことも思い出した。
いや、アーチャーに報告しなければならない以上、思い出す必要はあるのだけれど。
極力は事務的に、さきほどまでの立ち回りに失敗は無かったかどうかを顧みようとする。
想定外だったことその一は、『
松野おそ松の弟とそのサーヴァントを回収することに失敗した』ことだ。
取るに足りない脆弱そうなサーヴァントだったと報告を受けたけれど、それもあのシャッフリンからの伝聞情報である以上は信用しきれない。
そもそもマスターと違って、サーヴァント同士では肉眼で正確なステータスまで見ることはできないのだから、100パーセント言い切れはしないだろう。
これからは、『家族のかたき討ちをしようとする主従』から狙われる羽目になるかもしれない。
身内を理不尽に奪われた人がどれほど憎悪を募らせて無謀な真似をするかということは、他でもないデリュージ自身がよく知っている。有り得ないとは言い切れない。
しかも、松野の弟を処分し損ねたのはアーチャーの作戦ミスではなくデリュージのミスだ。
その苦々しさもある。
テンペストのサーヴァントと紫パーカーの男が対峙する光景に違和感を覚えた時に、すぐに『双子の兄弟』という可能性に思い至っていれば、もっとやりようはあった。
あの場をいったん離れて松野の弟を追いかけ、仕留めるチャンスもあった。
ただ、そんな失点を犯した中でも不幸中の幸いだったのは、向こうからこちらの身元を特定される材料を与えなかったことだろう。
奈美は松野に対して『田中』という偽名しか名乗らなかったし、帽子にサングラスで変装して、学校名や個人情報に繋がるものは出さなかった。『人造魔法少女』だとか、『シャッフリンの攻撃がまるで通用しないアーチャー』だとか、断片的な情報ならば得られたかもしれないが、松野がそれらを弟に伝える時間の猶予だってそう無かったはずだ。
とはいえ、奈美はファルのような神視点を持っているわけではない。
あくまで『松野の弟に情報が漏れてしまった可能性は低い』というだけで、はっきりと否定できはしないのだ。
『松野おそ松は田中と名乗る魔法少女のマスターから弟を連行するように指示され、しかしその指示を裏切って弟を逃がしたために殺されたのだろう』ぐらいは伝わってしまったかもしれない。
あのバカの弟なら警戒するほどの相手ではないかもしれないが、問題は、その弟がテンペストと繋がっていることだ。
テンペストのサーヴァントが、松野弟の扮装をした兄と戦っていたということは――おそらく、テンペスト主従と松野弟の主従は、信頼のおける仲間というわけでも無いのだろう。
しかし、あの戦いは、ランサーのサーヴァントがマスターの許可を得ずに独断でしかけた戦いであるかのように、ランサーは話していた。
しかも、戦いが終わった後の両者には、殺意を完全に解いたような空気さえあった。
であるならば、テンペストが『あの人達がどうなったのか気になるし、また会ってみようよ』とか言い出せば、あっさりと二組の主従は再合流を果たす可能性もある。
そうなれば。
『魔法少女ピュア・エレメンツの誰かが、聖杯を狙うスタンスでK市にいて、すでに一般人のマスターを一人殺害した』ことが、テンペストに知られるかもしれない…………それは嫌だ。
ピュア・エレメンツのメンバーだとばれなくとも、テンペストの中で『田中』という少女は『誰かのお兄さんを殺した、極悪人のマスター』だと思われる…………ぞっとしない。
――考えすぎかもしれない。
幾らなんでも、悪い可能性の上に悲観的な推測を重ねている。
そう自覚して、深呼吸をした。
11月の冷たい夜風を肺の中にため込んで、頭を切り替える。
テンペスト達だって、まずは物別れになってしまった主従との再会よりも、今まさに街に侵攻している
ヘドラへの方を気にするだろう。
今から、そこを深刻に憂慮したところで仕方がない。
想定外だったことそのニは、越谷小鞠のことだ。
明日からの学校でのロールプレイにも直結するという意味では、むしろこちらの方が近い問題だと言える。
越谷小鞠の前ではさも優位を保って見せたが、あの場で身元が割れるような形で他の主従と接触してしまったこと、そしてその主従によって別のサーヴァントから逃がされてしまったことは、予期せぬ失点だった。
しかし、失点を上回るだけの収穫もあった。
――まがい物の家族とやらに配慮して、薄っぺらな正義感で私に聖杯を諦めろと言っているのであれば、貴女は随分と傲慢な人なんですね。
あの言葉が、きっかけになった。
ブラフをかけたつもりは無かった。
冷淡に突き放そうとする感情にまかせて、言い放った言葉だった。
しかし、結果的にブラフになった。
なぜなら、あの言葉にはひとつだけ明らかな『隙』があった。
あそこで死んでいた松野おそ松には、『まがい物ではない家族』がいることだ。
しかし、越谷小鞠はそこを指摘しなかった。
知っていれば、どんなバカでも『その人には本物の家族がいたんだよ』と反論できる瑕疵だったのに、何も言わなかった。
それどころか、とても素直に『反論が思いつかず、自分の方が間違っていることに困っている』という顔をしていた。
つまり、越谷小鞠は、松野の弟がマスターだということを、まだ知らない。
『悪い人ではなかった』などと断言できるだけの付き合いがあったのだから、これから知る機会などいくらでも巡って来るかもしれないが、今のところは知らない。
それは、いい情報だった。
もし、越谷小鞠がそのことを知った上で松野家と付き合っていたのならば、『デリュージのことを憎んでいるはずのマスターが、デリュージの身元を知っているマスターと繋がっている』ことになってしまう。
越谷小鞠にデリュージを害するつもりが無くとも、デリュージを殺そうとするかもしれないマスターに身元が知られてしまうリスクを生む。
ましてや下手をすると、そのまま松野弟とはつながりのあるテンペスト達と接点ができる――なんて可能性もまったくゼロではないし、
そうなれば一足飛びに『青木奈美ことプリンセス・デリュージが、聖杯欲しさに人を殺した』ことまでがテンペストに伝わるという結果を生む。
今のところは決してそうなっていないことに、奈美はほっとした。
そもそも、小鞠たちが最後に乱入してきた赤いサーヴァントに殺されていればすべて考えるだけ無駄になるのだが、そこまで期待できるほど、己が強運だとは思わない。
同盟相手と言えば、とまた考える。
収穫は、もうひとつあった。
午前中に学校で起こった事件――校庭で起こった三人のサーヴァントによる戦闘のうち、一人については正体が確定したことだ。
黒い襲撃者を迎え撃っていたセイバーのサーヴァントは、越谷小鞠をマスターに持つ、聖杯戦争をしない主義の者だった。
それさえ分かれば、正体不明の、もう一人の白いサーヴァントについても、推測をすることができる。
おそらく、第三のサーヴァントは、聖杯を狙う好戦的なスタンスでもなければ、かといって聖杯戦争に叛逆しマスターを元の世界に帰そうとするような正義感のスタンスでもない。
前者だとしたら、『どちらかのサーヴァントに加勢して、もう一人の脱落を狙う』のか、あるいは『傍観に徹して、戦闘する連中の共倒れを狙う』のか、どちらかの行動をするのが賢明だ。
好戦的な主従ならば、倒しやすいサーヴァントから潰そうとしない理由が無い。
たとえ堅実に生き残ろうとしており、序盤からあまり動きたくない主従だったとしても、『傍観に徹して、主従の存在を伏せる』方が正解だ。
そのリスクを冒してまで姿を現し学校を守ったからには、白いサーヴァントもまた聖杯戦争否定派だったのかというと、それも腑に落ちない。
先ほど相対した越谷小鞠とセイバーに、あの白いサーヴァントと同盟するなり接触するなりした素振りがなかったからだ。
小鞠は学校での襲撃事件が終わってから、臨時休校の報せが出て学活を経て下校になるまでの間もずっと教室にいたこと、そしてその後はすぐに校門を出て帰路についた様子を奈美も見ていた。
仮に『何としても戦わずにマスターを元の世界に帰す方法を見つけたい!』という意思が白いサーヴァントにあったならば、
『見るからに学校を守る為に戦っており、停戦にも応じてくれたサーヴァント』とそのまま物別れしたのは不自然だ。
ただマスターが狙われないよう身を潜めているだけでは戦争離脱に向けて少しも進展しないことぐらい、サーヴァントならば判断できるはず。
バーサーカーが撤退した直後に、霊体化して消えるのではなく交渉を持ちかけるのが自然だ。
実際に小鞠とそのセイバーは『戦う意思が無く、マスターの越谷小鞠を帰すためだけに動いていた』ことも、先ほど裏を取ることができた。
けれど、実際に第三者の白いサーヴァントが行った動きは、停戦を促すための調定のみ、という半端なものだった。
考えられることは、一つ。
白いサーヴァントとそのマスターは、未だに聖杯戦争におけるスタンスを決めかねているのだ。
叶えたい願いと、他のマスターを犠牲にする決断との間で迷っているのか。
それとも、実現可能性が高い方につこうという日和見なのかは分からないが。
もしもあの主従とことを構える時がくれば、そこが切り口になるかもしれない。
――もっとも、ヘドラの侵攻によっては、明日も学校があるかどうかさえ分からないけれど。
そう言えば、ヘドラ問題をどうするかもまだ残っていた、とも思い出した。
シャッフリン達相手には、同盟を持ちかける口実として使わせてもらった所はあったけれど、結局どう動くかについては、後回しにしていたのだ。
だが、夜はまだ長い。
無事に一組は殺したしもう寝ましょうと、討伐令を無視するわけにもいかない。
バカ正直に討伐令に参加して、背中を気にせずに隙を見せている他の主従を見逃してやるのは、あまりに『もったいない』。
しかし討伐令に参加する主従を狙うことで、ヘドラが勝ち残ってしまう可能性を上げるのは、かなり『リスクが大きい』。
だからこそ、いったん決断を先送りにしていた。
しかし同じ『保留』の判断でも、傍観に回るのと、状況を見て動くのでは違う。
戦況を観察して、ヘドラ討伐の進捗がはかばかしくないようであれば――このままでは聖杯戦争の存続さえ危ういようであれば、討伐に参加すればいい。
もしヘドラが殲滅される方向に向かっていて、消耗して油断もした主従を発見したならば、トドメを刺せばいい。
同じ『保留』でも、あの邪なるアーチャーなら、そう提言すると思う。
他の主従を血眼になって探さなくとも、海岸沿いを探索すればあちこちで戦端は開かれていることだろう。
もちろん、下手をすれば『討伐令に加勢してくれるかと思いきや、背中を狙ってきた油断ならない主従』として目を付けられるリスクもある。
だから、いっそう慎重に動く必要はあるけれど。
あのアーチャーなら、上手くずる賢い立ち回りをするのではないかと、そういう意味では信用ができる。
そもそも探索中にヘドラに襲われても倒されないだろう不毀なる者だから、その点でも有利だ。
いつまでも『策に動かされる側』というのも癪に障るし、こちらからアーチャーに指示しよう。
ついでに、討伐令絡みで『ファルはルーラーに忠実ではないかもしれない』という可能性を伝えれば、あの神父も何かまた正道ではないことを考えるかもしれない。
その考えを『アーチャーに報告すること』の締めとして、奈美は頭の回転をゆるやかに止めた。
――テンペストなら、『正しい魔法少女』として、正々堂々と討伐令に参加するだろうか。
止まる前に、歯車はそう軋んだ。
ちくりと胸が痛んだ。
会いたくないことは確かだったけれど、かといってその為に止まるわけにもいかない。
そうだ、アーチャーも言っていた。
戦争において最も優先すべき事は勝つこと。
何をしても、どんな手段を使っても、最終的に勝てなければ意味が無い。そして、勝てなかった者の願いは踏みにじられる。
そして、デリュージはそれを知っているはずだ。あの魔法少女によって奪われた日常を。踏みにじられた仲間の命を。砕かれた願いを。
――じゃあ、さっき殺した男は?
歯車がまた、そう軋んだ。
あの男は敗北させたと言えるのか?
確かにこの手でサーヴァントもろともに殺害し、復讐を完遂したけれど、デリュージは勝利したと言えるのか?
『あんな屑でさえ家族を守ったのに、仲間を見捨てたデリュージはそれ以下の悪党だった』と証明されただけではないか?
「帰りませんよ」
私は止まらない、と口にする代わりに。
『青木さん、帰ろう?』と問われた答えを、そうつぶやいた。
そう、あのクラスメイトは、テンペストを思い出させるだけではない。
何の打算も裏読みもなく、『最期まで付き合う』なんて言葉を口にしそうな純朴なところは、あの『鏡の魔法少女』を思い出させる。
『帰ろう』などと、困った顔で言うところは、『キャンディーの魔法少女』をダブらせる。
彼女たちは『戦わない魔法少女』だったし、だからこそ越谷小鞠は『戦わないマスター』だという意味でも重なるのかもしれない。
でも、重なるからこそ、撥ねつける。
まだ帰れない。
もう後戻りはできないのだ。
少女としての青木奈美にとっても、『正しくない魔法少女』としてのデリュージにとっても、初めてただの人間を殺したという重みは軽くない。
青木奈美は、プリンセス・デリュージを、聖杯のところに連れて行かなければならない。
途中でどんな地獄が待っていようとも、絶対に連れて行かなければならない。
それで、次は何をすればいい。
そうだ、念話でアーチャーを呼ぶのだった。
絶対に油断ならない従僕だけれど、デリュージに『正しくない魔法少女』のやり方を示すという事にかけては、いい仕事をしてくれる。
今の彼女には、感情を操り、迷いを生む記憶をかき消し、目的を一つに絞るキャンディーに代わるものが、必要だった。
それが甘言だと分かっていても、甘いキャンデイーの代わりが必要だった。
奈美は、缶コーヒーの最後の一口を飲み干した。
やはりどうしようもなく苦かった。
【C-5/B-4の付近/一日目・夕方】
【青木奈美(プリンセス・デリュージ)@魔法少女育成計画ACES】
[状態] 健康、人間体(変身解除)、強い苛立ち
[令呪] 残り二画
[装備] 制服
[道具] 魔法少女変身用の薬
[所持金] 数万円
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯の力で、ピュアエレメンツを取り戻す
0:念話でアーチャーを呼ぶ
1:ヘドラの討伐令に繰り出してくるはずの主従を観察。もしヘドラ討伐が捗々しくないようであれば討伐に参加し、そうでなければ隙を見て討伐令に参加する主従の背中を狙う?
(状況を見て判断。ただし他の主従には目をつけられないよう慎重に)
2:ピュア・エレメンツを全員取り戻すためならば、何だって、する
3:テンペストには会わない。これは、私が選んだこと。
4:越谷小鞠への苛立ち。彼女のことは嫌い。
5:アーチャーにファルの言動から得た推測(聖杯戦争の運営側は一枚岩ではない)を話してみる
※アーチャーに『扇動』されて『正しい魔法少女になれない』という思考回路になっています。
※学校に二騎のサーヴァントがいることを理解しました。一騎は越谷小鞠のセイバーだと理解しました。
※学校に正体不明の一名がいることが分かりました。スタンスを決めかねているマスターだと推測しました。
※ファルは心からルーラーのために働いているわけではないと思っています
最終更新:2016年12月15日 20:46